真昼の弟は転生者で、呪術師兼ララライの看板役者です。でも推しの子は知らない模様 作:水の虎
本編の続きを描かずに何をやっているのだろうこの作者は······
「誕生日おめでとう、姉さん」
それは心からの祝福だった。
だけど、そんな心とは裏腹に俺の顔が然るべき表情となることはない。
あの日から、俺の心と身体はどこかズレてしまった。
────本当に申し訳なく思う。
もうあれから五年、真昼はあの日からどんどん変わっていくのに、俺は変わることができず、置いていかれてしまった。
もう真昼は先へと歩んで行けるはずなのに、周と歩んで行けるはずなのに、それを他でもない俺が望んでいたはずなのに、当の俺がそれを引き留めてしまっている、二の足を踏ませてしまっている。
────嗚呼、そんな顔しないでよ
俺は大丈夫だから、どうかそんな悲しそうな顔をしないで欲しい。
貴女が周と幸せにしているのが俺にとっての幸せなんだ。
それ以外は何も
あの日、多くを失った俺の中に残る唯一の
大丈夫、それを壊す者はすべて俺が打ち払って見せるから。
そのために俺はここにいるのだから。
なのに何故だろう······
────心の悲鳴は、日に日に増していく気がする。
○ ●
二〇一〇年十二月六日。
真昼の二十二歳の誕生日を祝った後、俺は真昼と周の暮らす自宅マンションを出ると、待ち合わせの場所に向かう。
「────九十九さん」
「······もういいのか?」
「ええ、待たせてすみません」
「姉の誕生日なんだろう? 何ならお前の誕生日でもある。今日くらい休んだってバチは当たらないと思うぞ?」
「······大丈夫です。それにあれから五年、十分過ぎるくらい姉さんにも周にも良くして貰いました。来年には式も挙げるんです。いつまでもあの二人の人生を縛るわけにはいきません」
行きましょう。
そう言って俺は歩き出す。
あと八年、たった八年だ。止まってる訳にはいかない。
○ ●
二〇一〇年十二月十一日。
ひたすら呪いに埋もれる日々を過ごしていたが、九十九さん、それに弟弟子の東堂葵にも止められ、俺は五日ぶりに自宅へと帰宅した。
「······」
エレベーターに乗り、自分の部屋の階のボタンを押す。扉が閉まり、緩やかな上昇と共に訪れる僅かな浮遊感を感じながら、ぼんやりと上がっていく数字を眺める。
(足りない······こんなんじゃまだ······。でもあの二人と鍛練はしばらくできなさそうだから仕方ない、しばらくは適当に呪霊を相手にするか)
大雑把に明日以降の予定を考えていると指定の階に止まる。
エレベーターを降り、自分の部屋へと歩いていく。
『────!』
「?」
何かが聞こえた。
『······ドルの···に············んて作······!』
誰かが叫んでいる。それは未だに収まらず、なおも何かを言っているようだがどうでもいい。
下手に巻き込まれる前にとっとと部屋に入ってしまおう。
そんなことを考えていたが────
「この嘘つきが!!」
ここに来て一番の大声で放たれた言葉が俺の足を止めた。
決して自分に向けられたものでもない。だけどその言葉が持つ意味が、そこに込められた
予感があった。
これを無視してしまえば、見て見ぬ振りをここでしてしまえば、俺は何かを失う。
既にすべて無くしたも同然のはずなのに、ここを逃せば本当の意味で何もかも失ってしまう、そんな予感が。
だからさっきまでの無関心が嘘のように俺はその会話に吸い寄せられた。
「私なんて元々無責任で、どうしようもない人間で、人を愛することがわからないから······っ、代わりに、皆が喜んでくれる綺麗な嘘をついてきた────」
────いつか、嘘が本当になることを願って。
「────」
もはや俺の足は止まらなかった。気づけばドアから手を離し、足は勝手にそこへ向かう。
いざ足を向けてみれば想像以上に
「────
丁度目前まで来た時、
それが自分なりの愛の伝え方なのだと。
それと同時に視界に飛び込んできたのは俺にとっては見慣れた光景。
腹部を刺され、未だに止めどなく血を流す少女と、彼女を刺したであろうフードを被った男。
まだ何かを話しているが、それは俺の耳には入らない。
少女は刺された腹部を押さえてはいても、その顔に笑みを浮かべ男に手を差し出していた。
大した精神力だと思う。
······いや、良く見れば少女の後ろにはまだ小学校にも入学していないであろう幼子がいる。あるいは彼女は彼を守ろうとしてそのように振る舞って······
(違う────)
根拠はない。しかし断言できた。
厳密にはそれも間違いではないのだろうが、きっとそれだけではない。
嗚呼、だが彼女にはもう時間がない。
しゃべる度に彼女の中から血が失われ、その命の灯火を揺らがせている。
美しいと思った。
場違いなのは百も承知だが、その様は本当に綺麗だった。
だから────
「────なっ!? かはっ······」
失わせてはいけない、そう思ったら身体は動き、男を殴り飛ばして気絶させた。
「────」
「────」
少女の正面に立つような形となり、必然的に目が合う。
その瞳には星があった。
どこにいても見つけられるそんな星。
しかし、その輝きは今にも潰えそうだった。
「あ────」
ゆらり、と少女の身体はふらついた。
「アイ!!!」
倒れそうになる彼女を小さな身体で幼子が支えようとする────
「······」
その前に俺は彼女を受け止めた。
「入るぞ」
「え? あ······」
返事を待たずに俺は彼女たちの家に足を踏み入れる。
そのまま彼女を床に寝かせ、傷口を確認するが······
(出血が酷い。腹部大動脈か······)
今から救急車を呼んでも間に合わない。それをするくらいなら俺が抱えて病院に運び込んだ方がまだ可能性がある。もっともそれも可能性としては皆無に等しい。
そうなると残された手段は────
(······やるしかないか)
それを決め、俺は改めて向き直った。
「悪いが失礼するぞ」
「あ······まっ、て······わた、し······つたえ、っ······ない······と······」
「ちゃんと生きて伝えろ。じゃないと呪いになる。────少し触るぞ」
「っ、ぁ······!」
「!? おい!? 何やっ「少し静かにしろ」······でもそれじゃろくに止血できないだろ!?」
それを無視して俺は呪力を練る。
アイと呼ばれた少女の傷口に触れ、まず最初に結界術を行使した。
本来呪術における結界の代表は『帳』だが、解釈次第ではこういう場でも使える。
(────彼女の肉体そのものを一つの結界と定義する。それによってまずは止血、同時に肉体という器が損傷したことによって生じるかもしれない魂への影響を抑える)
これは元々五年前に反転術式を失って以降に覚えた技術だ。
これにより止血はもとより、仮に骨折をしたとしても強引に結界と定義付けて肉体を固定し、戦闘の継続を可能にした。
自分のではなく他人の肉体に対して行うのは初めてだが、うまくいった。
「っ!」
あっさりと止血が済んだことに抗議の声を上げていた幼子が息を呑んだ。
「······彼女は君の何だ?」
「母親だ······アイは、俺の────
「そうか。なら絶対に死なせられないな」
そう思っていると────
「え······何、これ······何で、ママが······」
もう一人、傍らにいる幼子の兄妹と思わしき人物が呆然と立っていた。
「今からお前の母親を治す。悪いが詳しいことを説明する時間はない。だが安心しろ────
それだけ言うと俺は目を閉じ、集中する。
そして既に練り上げられた呪力をさらに深く練り上げていく。
「ねぇ!!! 何でこうなってるの!?!? アクア!!!」
意識が深く沈み、声が遠くなる。
しかしその悲鳴ははっきりと聞こえた。
だけどその声すら聞こえなくなる。
それでも最後に────
信じよう。
そう聞こえた気がした。
その期待に応えないといけない。
だが、結局それは俺がここで反転術式を取り戻さなければ意味がない。
(酷い嘘だな、何が絶対に治すだ·····)
だけどさ······
────あそこでああ言わずにいつ言う。
絶対に成功させる。
あの二人に、真昼のような家族のいない空虚な日々を過ごさせない。
だから!!!
「夢幻呪法」
思い出せ────
「拡張術式」
────『追想』
○ ●
意識が逆行する。
足りない。
(『追想』)
まだ。
(『追想』)
もっと────
追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想追想
強引に俺は遡る。
あの日を越え、反転術式を獲得した日すら越え、俺の原初へ。
それでも────
(くっ···そぉ、っがぁっ!!!)
足りない、至れない、届かない。
だが────
(っ!? 何だ、これ······?)
何かが聞こえた。
────やめて、痛いよ、お母さん······
────ごめんなさい。
────お母さん。お母さんは私のこと······
────■してる。
それは一人の少女の原点だった。
(彼女の、記憶······?)
何故?
そう思っている内にさらにそれは流れてくる。
少しずつ自我を明確に芽生えさせていく彼女。
母親への愛と母親からの暴力。
まだ幼子であった彼女の心に相反するそれは抱えきれず、彼女の心は壊れていく。
場面が変わる。
母親の姿は見当たらず、彼女は施設らしきところにいた。
────ねぇ、星野さんのお母さんだけど······
────連絡はないわ。多分だけど······
────ええ。
それは、まだどこかで母親のことを信じていた彼女の心を完全に壊すのは十分だった。
(『追想』が彼女にも適応されてる······?)
ここに来てようやく俺は状況を把握した。
先に触れたが、肉体とはある種の結界と定義付けることができる。
だが、今はその
つまり一時的にだが、俺と彼女は呪術的に繋がっていると言え、その状態で『追想』を何度も行使したことによってその効果が彼女にも及び、結界を通して彼女の記憶が逆流してきたのだ。
そしてその記憶はなおも続く。
いつしか嘘の笑顔を浮かべるようになった彼女。
愛を求め、しかし愛に怯えながら日々を過ごしていく。
その最中で愛を知るためにアイドルとなるが、それでも彼女の求めるものは得られない。
しかしある時転機が訪れる。
そこから少しずつ、でも確かに彼女の世界は色づいた。
彼女は二つの希望を手に入れた。
どんな宝石よりも光輝くそれは、彼女という人間を変えていく。
楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、それらを分かち合い、彼女たち家族は一歩ずつ幸せへと向かっていた。
────そして今日、それが理不尽に奪われようとしている。
怒りを覚えた。
だが同時に、それは懐かしくもあった。
けど未知の感覚もある。
相反しながらも共存するそれに手を伸ばす。
(!?)
瞬間、呪力が
今の出力は反転術式を使えていたあの頃よりも明らかに────
「────」
行き場を探し、結界を通して濁流のように正の呪力が彼女へと流れ込む。
······ほんの数秒だった。
目を開けたそこには、傷口が塞がり、穏やかに眠る彼女の顔があった。
この世界線の夕
一言で言えば役者の道に進まなかった夕。
それによりアイと出会うフラグは折れ、何なら高専入学のフラグも折れた。
真昼や周と同じ高校に進学し、二人の交際を見届けるも、それと同時に本編同様心が壊れてしまう。
以降五年に渡りその状態が続き、『推しの子』のあの場面に立ち合うこととなった。
続かない