真昼の弟は転生者で、呪術師兼ララライの看板役者です。でも推しの子は知らない模様 作:水の虎
······なんかアイさんがめっちゃチョロくなってる気がする。
あの雨の日から数日後。
僕はある児童養護施設に足を運んでいた。
施設に入ると、見覚えのある職員がいたので、愛想のよい笑顔を心がけて挨拶する。
「こんにちは」
「あら、確か貴方は······椎名くん、だったかしら? この前はアイちゃんを送ってくれてありがとう」
「いえ、なり行きでしたので気にしないでください。それより、今お時間は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。もしかしてアイちゃんに会いに?」
幸いにもこの前送った時に顔を覚えてくれたようで、用向きを察してくれた。
「はい。突然押しかけるようになってしまって少し申し訳ないとは思ったんですが、約束した手前あまり期間を置くと彼女が拗ねてしまいそうなので」
「ふふ、確かにそうかもね」
アレ?
冗談のつもりで言ったつもりだったのに肯定されてしまったぞ。
そんな驚きが表情に出たのか職員の人はクスクスと笑いながら、あの日僕が帰った後のアイのことを教えてくれた。どうやら思った以上に僕は彼女に懐かれたらしい。
「······別に他の子たちとアイちゃんは仲良くないという訳じゃないけど、あそこまであの子が誰かに懐くなんて今までなかったことなの」
そう語る職員の眼には、あの日僕が抱いた不甲斐なさと似たものがあった。
「椎名くんは、何でアイちゃんがここに入ったのか聞いたのよね?」
「ええ、彼女を送った日の道中に彼女が話してくれました」
アイは母子家庭だったらしいが、当の母親はロクな養育をせずに彼女をほったらかし、何年か前に窃盗で捕まってアイはこの施設に来たらしい。
そしてつい最近釈放されたらしいが、アイを迎えに来ることもなければ連絡もつかず、そんな事実に耐えかねた彼女が施設を飛び出したのがあの雨の日だった。
「だから椎名くん、あの子と仲良くしてくれないかしら?」
「······ええ、構いませんよ。元々彼女が知りたいことを教えるって約束もしましたし、できる範囲でやらせていただきます」
律儀に頭を下げてくる職員の人に苦笑を浮かべながら了承の意思を見せるが、その内心で僕は罪悪感を覚えていた。
────彼女と接する機会を持ったのは、真昼の精神状態の変化を知る鏡にするため。
彼女のことを思い、こんな自分に頭を下げたこの人に対する申し訳なさを持ちなつつも、僕はそれをやめるつもりはなかった。
あくまでも優先すべきは真昼。それがあの日呪いをかけることしかできなかった僕のできる唯一のこと。
そう自らに言い聞かせながら、僕はそっとほぞを噛むのだった。
○ ●
「こうして来てもらったのに申し訳ないんだけど────」
どうやらあの日の翌日、アイは案の定というべきか風邪をひいたらしい。
高熱や頭痛、咳やら倦怠感、その他諸々と、思いつく限りの風邪の症状すべてを見事にコンプリートした彼女は、数日経った今もダウンしているようだ。
「いえ、さっきも言いましたが、押しかけたのはこちらですから。むしろ事前に連絡の一つでもいれるべきでしたね」
申し訳なさそうに謝罪してきたことにかぶりを振り、最近持たされた携帯の番号をメモして渡す。
「ちょっとだけ顔を見せにいってもいいですかね?」
お互いの連絡先の交換が終わると、物は試しにそう頼んでみる。
やや難色を示したが、それでも了承してくれた。
「アイちゃんはこの部屋にいるわ」
「無理を言ってしまってすみません」
「気にしないで。けど、申し訳ないけど私はそろそろ戻らないといけないから······」
「わかりました。自分のことは気にせずにどうぞ戻ってください。こちらも顔だけ見たら帰るので」
「ごめんなさい、とくに声とかはかけないで帰って大丈夫だから」
そう言って去っていく彼女の背中を見送ると、僕は部屋へと入った。
······ちなみにちゃんとノックはした。忘れると真昼や小雪さんからお小言が飛んでくるから。
「ん~······カナタさん?」
寝ていると聞いていたが、アイは起きていた。熱のせいか起きたばかりなのか知らないが、こちらを正しく認識できていないらしい。
尚、後日聞いたらアイの呼んだ『カナタ』とは僕を案内してくれた職員の人らしいが、正しくは『カナデ』という名前らしい。
······まあ、それは置いておいて。
「残念。夕さんでした」
「ゆう······?」
「うん、夕だよ」
焦点の合わない目を僕に向けるアイは首を傾げて聞いてくる。
「何で、ゆうが······いるの?」
「ひどいな。約束って言ったのはアイの方だろ? 君に会いに来たんだよ。······まあすぐに帰るけ────」
「やだ」
「いや、風邪なのに無理しちゃダメでしょ。また来る「やだ」······から」
「さびしい。一人にしないで、ゆう······」
「·········わかった。じゃあ寝るまでだ。アイが眠るまで一緒にいる。今日はそれで我慢してね?」
「······わかった」
仕方なく折れて妥協案を言うと、何とかアイは頷いてくれた。まだちょっと不満そうだけど、流石に泊まってやることはできない。
「ゆう、手」
「握ればいいの?」
「うん」
握った手は熱のせいか熱く感じた。
帰ってほしくないということを言外に伝えにでもきているのか、意外と強く握られている。
(僕たち、まだ出会ったばっかのはずなんだけどなぁ······)
懐かれたとは聞いていたし、その自覚も少しあったがここまでとは思わなかった。それだけ『愛』に対する彼女の執着は強く、それを知っているであろう僕にその執着が向いたのだろうか?
「······っ、どうしたアイ?」
「······他のこと考えてる。ダメ···」
「えー······」
今まで以上に強く手を握られたと思ったらそんな駄目出しが飛んできた。とはいえ、彼女は病人で僕はそのお見舞いに来た以上、できる限り要望に沿ってやるべきなのだろう。
「ハイハイ、ではどうすればよろしいですか?」
「頭撫でて」
「即答だね。まあ、いいけど」
リクエストに応えて頭を撫でる。ここ連日寝ていたが、まだまだ風邪の影響で体力が戻ってないのかすぐにアイの瞼は重くなり始めている。
「無理して起きてないで寝ていいんだよ?」
「そしたらゆうは、帰るんでしょ?」
「まあ、そういう話しだったし······」
「だったらやだ」
「······まったく君は」
そうは言いつつも、既にアイは半分眠りかけている。それでも彼女は半ば意地なのか、寝ないようにぽつりぽつりと口を開く。
「······ゆう」
「何だい?」
「私ね······こうやって······頭撫でられるの、始めて······なんだ。風邪をひいても······こんな風に、誰かがいてくれることなんて、なかった。手も······握ってもらえると、すごい······安心する。······ゆう······だから、かな?」
「······さあね。それがわかるのはきっとアイ本人だけだよ。だからそれも含めて今度話そう? そのためにも今はゆっくり休みな」
「ほんとぉ······?」
「本当だよ」
「やく、そく······」
「うん、約束だ」
「ゆ、う······」
「ん?」
「あり、が······と············」
「おやすみ、良い夢を」
そうして彼女は穏やかな寝息を立て始めた。
それを横目に僕は────
「───夢幻呪法······」
自らの生得術式に呪力を流す。
幻術を司るその術式の解釈を広げ、拡張させた能力を引き出す。
────拡張術式・『追想』
自己の原点を強く想起させ、その時に抱いた感情や想いを現在に上書きする自己催眠術式。
「────············」
このままでいいのかと思ってしまった。
彼女のことを利用するためにここに来たのに、いざこうして彼女と接したら、助けねばならないのではという気持ちを抱いてしまった。
「······自惚れるな、椎名夕」
そこで無理矢理その思考を止める。
自分がどの程度の存在なんてわかっているはずだ、と。
たかが、現実を少し歪めたように思わせる程度の力で何ができる。
欲張るな。持てるすべてをたった一つに集約させろ。
お前が歩む世界は、それをやってようやく、という場所だろ?
そうやって、僕は今日も自分に言い聞かせた。