真昼の弟は転生者で、呪術師兼ララライの看板役者です。でも推しの子は知らない模様 作:水の虎
真昼や周、高専組への妊娠報告と反応を楽しみにしていた人がいたらすみません。描こうと思ったんですが筆があまり進みそうになかったので省きます。思い付いたら描くかもしれないですがあまり期待しないでください。
秋も深まり、冬の影も見え始めた今日この頃。
夕とアイ、そして斎藤は九州の地を踏んでいた。
目的は当然妊娠したアイとそのお腹の子どもの検査。
三人が訪れたのは宮崎県のとある総合病院。
「······思ったより早くこれたな·········椎名君、もしかして君何かしたか?」
「大してはしてませんよ」
「逆に言えばある程度はしたのか······」
そんな風にぼやく斎藤はここしばらくのことを振り返っていた。
子どもを産むと決め、病院の選定と平行し、出産によって活動を休止するアイの諸々の手続きなどを行っていたが、それがやけにスムーズに進んだ。
原因は当然夕である。
とはいえ夕は夕でその間、アイとの関係を知る人物たちへの説明やら、今後の自身のスケジュール調整など、こちらもやることは結構山積みだったため、本人の言う通り大してはしてない。
もっとも、それでも多少は手を出して動いたあたり、彼のアイに対する想いの強さが見てとれなくもないが······。
とまあそういう経緯があり、こうしてちゃんとした検査のために病院を受診するのが結局一ヶ月ほどかかってしまったわけだ。
「────夕も社長も立ち止まってどうしたの? 早く行こうよ」
「うん。今いくよ」
これから楽しいことと同じくらいきついことも待っているであろうに、その不安を見せずに笑う少女は後ろの二人に振り返りながら声をかける。
「アイ、そんなに急ぐと転ぶよ?」
「むぅ、子どもじゃないんだから転ばないよ」
「だとしても······だよ? もう一人の身体じゃないんだから」
「夕最近ますます過保護になってるよね。まあいいんだけどさ────ふふ」
「? 何で笑うのアイ?」
「んー? だって『もう』じゃなくて、とっくの昔に私一人の身体じゃないもん♪ 私は夕のもの、だよ?」
そう言って笑うアイ。
(────こいつらもしかしていつもこんな感じなのか······?)
と、その様子を見ていた斎藤は戦慄としていた。とはいえ────
「······まったく」
仕方ない、と思いつつ二人を見る彼の眼はどこか暖かい。
視界の先でいつの間にか手を握って寄り添い歩く夕とアイ。
かつて『愛』がわからないと言った少女はそこにはなく、またその隣の少年もとても幸せそうだ。
特に夕の方は斎藤の知る限り、常に飄々として、実際にそれに見合った振る舞いをする人間という印象が強い。それがどうだ。今はただ愛する少女と一緒にいることを素直に喜ぶ年相応な少年らしい姿を見せていた。
「変わったのはアイだけじゃないってことかね······」
そう呟き、斎藤も二人の後を追うのだった。
○ ●
産婦人科医・雨宮吾郎はこの日、これまでの人生で一番と言える衝撃に見舞われていた。
彼の目の前には産婦人科を受診してきた患者がいる。
患者である少女の他にも付き添いが二人。
一人は親御さんかな? と思われる金髪の男性。
そしてもう一人が少女とそう変わらない年頃の少年だった。
恐らくこの少年が少女の相手でお腹の子どもの父親なのだろうと察しはつく。何せごく自然に少女の隣に寄り添っているから。
(な、何でアイがここに······? えっ? ソックリさん?)
改めて目の前の状況に吾郎は困惑する。患者として現れたのが推しのアイドル────B小町の不動にして絶対的なセンターのアイなのだから。
正直未だにこの現実を受け入れられないが、理性とは違う部分、長年ファンとして彼女を追い続けてきた彼の本能が目の前の人物を本物だと告げていた。
実際、目を通したカルテには『星野アイ』と記載されていた。
ファンとしての自分が思わず「へぇ~苗字は星野って言うのか~」とか呑気に言っているが、それどころではない。
推しのアイドルに男!? を通り越して妊娠しているのだから。
「先生? どうかしましたか?」
「っ······失礼············とりあえず検査してみましょう。しばらくお待ちください。準備の方をしてきます」
声をかけられ我に返る吾郎。そこで自身の本分を思い出す。
あくまで今の自分は医者と言い聞かせ、彼は診察室を後にした。
「検査の結果────十週の双子です」
「「双子······」」
「────」
被りつつもどこか対照的なアイと男性。一方少年の方は最初に顔を合わせた時と変わらぬようにも見えるが、何かを考え込んでいるようにも見える。
「·········アイ、本当にいいんだな?」
「うん────産むよ、私は。それに双子だよ? つまり想像の二倍は賑やかになるってことだよ? ねっ、夕?」
「そうだね。きっと楽しい毎日になるよ」
アイのその言葉に夕と言われた少年はこれまでの愛想笑い染みた表情を崩し、顔を綻ばせた。
「·········わかった────先生、アイのことをお願いします」
それに続いて二人も頭を下げてくる。
吾郎も医者としてそれを了承した。本音としては複雑だが、それでも彼はどこまでもアイの
その後、色々な葛藤を抱えつつ吾郎はこれからの説明などをし、自分のやるべきことに努めるのだった。
○ ●
一通りのことを終え、時間ができた吾郎は一人屋上に足を運んでいた。
手すりに腕を置き、もたれるようにしながら宵闇の空を見上げる。
改めてアイの妊娠について考えるが、やはり完全には整理しきれない。
アイドルとて一人の人間、それをわかってはいるがやはり自分たちは身勝手な理想を押しつけてしまっているのだろうと吾郎は思った。
「────あれ? センセだ」
「星野さん·········夜風は身体に障りますよ」
「おっ、夕と同じこと言うね~。でも大丈夫だよ、ちゃんと厚着してるから」
物思いに耽っていると当人が屋上へやってきて吾郎はどう声をかけるか迷ったが、反射的に医者としての言葉が出た。
それにアイは軽く笑って答える。彼女の言う通りしっかり防寒しているようだが、明らかに本人の体格に見合わない大きさのコートがその身体にかけられていた。発言内容とそれを鑑みればきっと夕と呼ばれていた少年が自身のコートを彼女に貸し出したのだと察しがついた。
「······夕っていうのは君のそばにいた子かい?」
「そっ! 私の未来の旦那様!」
せっかく話に上がったからと尋ねたところ、吾郎に返ってきたのは長年ファンとしての彼女を追い続けてきた彼も見たことないほど魅力的な笑顔だった。
「そうか······大事にされてるんだな」
「あっ、わかっちゃう?」
「そりゃあね·········」
ぼつりと思ったことを溢すと、彼女もそう聞き返してくるので苦笑しながら頷く。
アイのそれに負けないくらい夕が彼女を大切にしていることをつい先ほどまでの話し合いで理解したからだ。
自分の説明に真剣に耳を傾け、場合によってはこちらに何度も質問をしてきた。彼は相当出産について調べたのか、聞いてくる内容はどれもそこらのネットでちょっと拾ってきた知識ではなく、しっかりとその手の専門書を読んだのだろうと思える質問ばかりだった。
正直途中から名目上の保護者そっちのけの話になったが、医者として吾郎は嬉しかった。
彼らぐらいの男女だと女性側だけで、相手の男がいないで受診に来ることもままある。よしんば相手がいても、その責任について受け止めきれておらず、嘆くものだっている。しかし彼はアイやお腹の子のことを案じ、自分のできることをやろうとしていた。
表情こそあまり変化させることはなかった──あるいはアイに不安や心配を与えないようにあえてそうしてたのかもしれない──が、その様子からアイを大切にしているのはありありと伝わってきた。こんな男女ばかりなら、と医者として思うほど、彼は現状に向き合っていた。
(ただ一つ気になるのは·········)
アイの体型を鑑みて、場合によっては帝王切開の可能性もあるという説明の時、彼は深く考え込んでいた。大切な彼女にメスを入れるかもしれない事実に流石に思うところがあったのかと吾郎は考えた。
しかし、当の本人は少し思案顔をしつつもすぐに愛想笑いを浮かべ先を促していた。まあアイが自分と夕の子どもなら小顔だから自然分娩でいけると言ったのもあるかもしれないが、その後ボソッと彼が何かを呟いていたのが気になった。
うまく聞き取れなかったが「最悪は使うか」と言っていたような気がする。
そう思っていると────
「アイ·········と、雨宮先生もいらっしゃったんですか。こんばんは」
「ええ······こんばんは」
アイを迎えに夕がやってくる。
彼女も夕が来ると嬉しそうにそちらに歩みより、当たり前のように手を握った。
するとそれに彼もわかりやすく表情を緩め、優しそうな眼差しをアイに向けていた。
崩れる前も後も笑っているという意味では変わらないのに、その差は天と地ほどの違いがあった。
「もう話し合いは終わったの?」
「うん。この後手続きだよ。そこには一応アイにも同席してもらうから迎えに来た。それよりは厚着はしてるようだけど寒くない?」
「大丈夫大丈夫。夕のコートがあるから。夕こそ寒くない?」
「大丈夫。それにアイの身体の方が大事だから」
「残念。寒いって言ってくれればくっついてあげたのに」
残念と言いつつ全然残念そうじゃない顔でアイはそう言う。くっつくも何も手を繋いでる時点で距離なんて無いに等しいであろうに、まるで夕を試すようにクスクスとアイは笑う。
「やっぱり寒いかな」
「も~、最初からそう言えばいいのに」
当然夕もわかっててアイに付き合うようにそう答えた。口に出す言葉とは裏腹にその答えにご満悦そうにして、ただでさえあるようでなかった距離を縮めピトッと身体を密着させた。
「·········」
じゃれ合うような二人のやりとり。それも片方は推しのアイドルの少女というファンにとって中々に心にくるものを見せつけられているが、なぜかそこまでダメージはこなかった。
「────君はアイドルをやめるのか?」
「あれ? 私のお仕事のこと言ったっけ?」
「昔の患者に君のファンがいた。それと安心してくれ、君の·········君たちのことは誰にも言いふらしたりはしない。医者だからね」
「······そっか────やめないよ」
「つまり······」
アイは少し悪そうに笑い、公表しないことを語った。隣の彼も特にそれに何も言わず肩をすくめていた。
「────私さ、今凄い幸せなんだ。最初は空っぽで何もなかったのに、夕と会って、色々あってアイドルになって、そして今子どもができた。最初はアイドルのスカウトはそこまで乗り気じゃなかったけど、社長の言葉に思うところがあって、最後には夕の後押しもあってアイドルになった。それは結果的に正解だったね」
彼女は語り出した。その内容は吾郎からしたら興味を惹かれるものだった。まさか推しのアイドルがアイドルになるきっかけが目の前の少年とは。あくまで背中を押したようなニュアンスだったが、その結果が見事目の前の一番星のような少女なのだから。
そしてアイはさらに言葉を紡いでいく。
「アイドルになって、『愛』を知って恋もして、夕と結ばれて今────私が欲しかったものが全部ここにある。でも私欲張りだから。それだけじゃ足りないみたい」
────だからそれも全部手に入れるの。
そう締めくくった彼女はやはり夜空に瞬くどんな星にも負けないほど煌めいていた。
そしてきっとその隣には彼がいるのだろう。いや、というより彼がいてこそ、真に星野アイという少女は輝くのだろうとさえ吾郎は思った。
欲張りでどこまでも幸せを求めるその姿、吾郎はそれに魅せられた。アイドルであるが、それ以上に一人の少女であり、母でもある彼女。
僅かながらも垣間見た等身大の『アイ』はしかし、やはりどこまでも眩しい一番星のようだった。だからか────
(嗚呼、ようやく和解した······)
医者として、またファンとして、双方の自分が納得するのを感じる。
故に宣言する。
「星野アイ────僕が産ませる」
安全に元気な子どもを必ず、そう吾郎は誓いを立てた。
それにアイはキョトンとした顔を一瞬見せ、かと思えば嬉しそうに笑った。
「────雨宮先生」
すると、今まで黙っていた夕が口を開く。
「まずはお礼を言わせてください。こちらの事情を理解してくださり感謝します」
そう言って頭を下げるその姿は先ほどアイと話す時の年相応のそれではなく、どこか引き込まれる貫禄のあるものだった。
「ですが一つ、お聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
「大事な······大事なことです。雨宮先生────」
思わず少し身構えながら次の言葉を待つ吾郎。
「雨宮先生はどんな女性が好みですか?」
(────ん?)
聞き間違いだろうか、最初はそう思った。
「どんな女が好みですか?」
「うん·········?」
でも違った。何故か普通に好みを尋ねられた。
(·········もしかして警戒してる?)
確かにアイほどの美少女ともあれば、パートナーとしてそう思うのは無理はない。しかし吾郎とて弁えた大人。一回りも離れた少女にそれを向ける気はない。
何よりアイとあれほど想い合う彼に勝てるとも思わない。ぶっちゃけ顔の方も夕はアイに見劣らないくらい整っている。
(何か虚しくなってきたな······)
改めて現実を突きつけられて吾郎の眼が死ぬ。
「────相変わらずその挨拶してるんだね夕?」
「まあね。でも最近は少しこの挨拶について思うところがあるんだ」
(えっ、何? あれって挨拶なの?)
内心で思いっきり首を傾げる中、彼らの会話は続く。
「えっ、もしかしてその挨拶やめるの?」
「いややめないよ? ただ相手が男の人だからって好みの対象を女に限定するのはどうかなって。最近は同姓とのそういう関係も少しずつ社会的に認められて来てるし、僕も一芸能人として限定した物言いはどうかなって思ってるんだ」
「つまり?」
「どんな女、もしくはどんな男が、じゃなくて、誰に対しても『どんな人が』って尋ねるべきかなって」
なるほど~、とその答えに頷くアイ。吾郎は「いやそうじゃないだろ」と思う。
明らかにズレた発言に微妙に顔をひきつらせるが────
(ん? 一芸能人ってことは彼も······? いやそういえばあのセリフをどこかで────いや待て······夕ってまさか······!)
遅ればせながら吾郎はアイの相手が誰かに気づく。
「し、椎名、夕······?」
「あれ? もしかして僕の方は気づいてなかった感じですか?」
「あ、いや·········まあ······」
「気にしないでいいですよ。それより気づいたきっかけは僕の挨拶ですか?」
「そう、だね······でもあれって挨拶なのかい?」
「曰く『性癖にはその人の人柄が出る』そうです。まあ僕も僕でこれは受け売りなんですけどね。でもこうしてしっかり僕のことを思い出してくれるくらい定着してて何よりです。元々名前を覚えてもらうために始めたので」
どこまで本気なのだろうかと思いながら吾郎は相槌を「それで先生の好みはどうなんでしょう?」······いやこれ百パー本気だわと吾郎は理解した。
「え、ええと······それは答えた方がいいのかな······?」
「う~ん······僕個人はそこまで答えに頓着しないで、どちらかと言うと聞いた時の相手の反応で接し方を変えるようにしてるんですけど、今回は割と答えが欲しいと思います」
「そ、そうなのか────それにしても好みか······」
ふと吾郎の脳裏に一人の少女の笑顔がよぎった。そのせいか、彼の口は気づけば勝手に動いていた。
「────まっすぐに夢を見る娘。例えどんな理不尽の中であっても、目をキラキラとさせる、そんな娘が僕は······って何を入ってるんだろうな。ごめんね? こんなおじさんのこと聞いたって気持ち悪いだけだね」
どこか自嘲するようにかぶりを振る吾郎。
「────愛ほど歪んだ呪いはない、か」
「えっ?」
「失礼つい······今のも受け売りなんですけど、思わずそう思いました」
「は、はあ······」
「それと、別に気持ち悪いものではありませんでしたよ。むしろ真剣に答えていただきありがとうございます。アイのことをよろしくお願いします」
「お、おう······いいのかいでも? 産ませると言った手前あれだが、僕は······」
芸能人としての二人の正体を知る自分に任せていいのかと吾郎は言外に告げる。
「夢を尊ぶ人を好ましいと言った先生が何かするとは思いません。それに、アイも先生のことを気に入ったみたいですし。ねっ、アイ?」
「うん! 私もセンセになら任せられると思う。センセ、私たちの子どもをお願いね?」
「改めてよろしくお願いします、雨宮先生」
「······はい────必ず」
そんな二人の信頼に、吾郎もまた決意を新たに頷くのだった。
今回は基本的にゴロー先生よりの三人称で描いてみました。
それと、長かったこの章もそろそろ終わりが見えてきました。多分後五話くらいですかね?
ここからは少し駆け足気味で巻いていくこともあると思いますがご了承ください。不足分の補完は番外編や四章で行うつもりです。
まあそんなわけで次回の話は結構時系列が跳ぶと思います。
ちなみに冒頭で触れた親しい人間への報告の話についてですが、
この話の一週間くらい前の周の誕生日に周両親も呼んで祝いつつ報告。
最初は固まる真昼と周だが最後には理解を示し祝福。
その流れで育児についての協力も頼む。
って感じの流れでしたけど何か筆が本当に進まなかったんですよねー。高専組の方の話も同様で、何か思いつきませんでした。
何か長々と言い訳みたいになってすみません。
それではまた次回。