真昼の弟は転生者で、呪術師兼ララライの看板役者です。でも推しの子は知らない模様   作:水の虎

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決めた······決めたぞ。

もう後戻りはできない。

人の心は······


幕間③●

 

 

 

 領域が解けていく。 

 

 塗り替えられていたベールは剥がれ落ちていき、本来の世界が戻ってくる。

 そこに人の影は一つしかない。

 もう一人いた人間は既にいない。文字通り欠片さえ残さずにこの世から消滅したからだ。

 

 

「────」

 

 

 領域が解けても空の色はそこまで変わってなかった。

 見上げたそこには夕暮れの赤を侵食していく藍色。

 まるでそれは夕の領域が傾けた世界のバランスが戻っていくようにも思えた。

 

 

「·········まあ今の世界を崩そうとしてたのはあいつだけど」

 

 

 けれどもうそれは起こらない。

 少なくとも羂索の手によって世界が傾くことはなくなった。

 

 

「────帰ろう」

 

 

 改めてそう言って歩き出す。

 しかしそこでふとあることに気づく。

 

 

「·····················壊れた」

 

 

 懐からスマホを取り出し、電源ボタンを押すが何の反応もなかった。

 

 

 ここは異国の辺境。

 交通網などロクに発達してなく、連絡手段は失われた。

 不幸中の幸いとして、スマホ自体は複数所持してるし、それを含めた荷物は別のところに預けているが────

 

 

「マジかよ······」

 

 

 ここから徒歩で帰らなければならない。

 その事実にただでさえ重い身体は余計重くなるのだった。

 

 

  ○ ●

 

 

『────驚いたな。一級相当の呪物を取り込んで死なずに受肉化······それどころか自我を奪われずに逆に食らい返すとは······』

 

 

「·········」

 

 

 少し前のやりとりを思い出す。。

 自分の望む物を、望む場所に行くための切符を寄越したのは、額に縫い目のある奇妙な人物だった。

 どういう意図がそこにはあったかは知らないし興味もない。

 

 

「いよいよですね────夕さん?」

 

 

 カミキヒカルは呟く。

 その瞳には闇夜の黒よりも暗く澱んだ星が浮かんでいる。

 彼の目的はあの日からずっと一つだった。

 もう四年になる。

 

 

 

 あの日────呪術師としての夕を見た時に抱いたこの気持ちは色褪せるどころか、時間を追うごとにカミキの中で強くなっていった。

 

 

 

 初めて会った時からその命の価値を感じていた。けれど何か他の者とは違う。それが気になって関わっていたが、その理由はついぞわからなかった。

 しかし彼が初めての主演となった舞台、その最終日の公演前夜、カミキは遂に夕という人間の根幹にあるものを目にした。

 

 

 本当にたまたまだった。

 夕と特級呪霊が戦った雑木林にカミキもいたのだ。

 奇跡的にも夕が来るまで特級呪霊に気づかれることなく、そして降ろされた帳の範囲内ギリギリの場所にいたことによってカミキは見てしまったのだ。

 夕と特級呪霊の発する呪力にあてられ、本来非術師であるはずの彼の目にもその戦闘は捉えられた。

 あまりにも凄絶で、常識外れで、理解の及ばない光景。

 

 

 

 ────だがカミキヒカルという人間はそれに目を奪われた。

 

 

 

 生と死の境界で行われる命の奪い合い。

 命と命がぶつかることで生まれる煌めき。

 それは宝石が研磨されるかのごとく、その輝きを強めているように見えた。

 

 

 

 ────自分もその舞台(ステージ)に立ちたい。

 

 

 

 けれどカミキに呪術師の才などない。

 人の命の輝きが増減するのは、その命の価値の範囲だけ。それがないのに無駄に時間を浪費するのは愚の骨頂。

 誰よりも命の価値を尊ぶ人間だと思っているカミキはそこを弁えていた。

 それでもカミキにとって耐え難かったのは自分に対する夕の関心だ。

 椎名夕という人間、否、呪術師はカミキヒカルという存在にまったく興味を抱いてなかった。

 基本彼はどこか一線を引いて人と接する。

 そのあり方にカミキは「それでこそ僕の見初めた最上の命」と思うと同時に、自分もその他大勢と同じ括りということに我慢できなかった。

 どれだけその視界に入り、自らの存在を示そうとも彼の目がこちらに向くことはない。

 

 

 実際のところ、夕はただ必要以上に関わって呪い関連のいざこざに他人を巻き込みたくなかっただけなのだが、カミキからすればそう感じたのだ。

 

 

 いくら芸能界の才能ある人間の命を奪い、自らの命の重さを味わおうとしても満たされない。

 椎名夕という最上を知った故に、カミキの無聊はどれだけ慰めても意味がなかった。

 

 

 

 ────何とかして自分もそこに。

 

 

 

 無駄だと断じたのにカミキは呪術について独自で調べ始めた。

 けれどわかったのは結局自分(非術師)ではどこまで行っても追いつけないということ。

 しかし、そんなカミキがあの奇妙な人物と出会ったのはそんな時だった。

 

 

 夕と同じく呪術師と名乗ったその人物は一つの提案をしてきた。

 自分の知る彼の情報を提供すること。それをすれば夕と同じ場所に立つ手段を教えると。

 悩みつつもカミキはそれを呑んだ。

 海外の劇団関係者に夕が高い評価を受け、その国の劇団の公演に呼ばれるかもしれないこと、またその他些細ではあるが自分の知る限りの情報を話した。

 

 

 その後さらなる条件を呑んで渡されたのが一級相当の呪物。

 それは何の介入も起こらなければ夕が回収していたであろうものだった。

 

 

 カミキはそれを躊躇いもなく口にした。

 最悪は······いや、ほぼ間違いなく命を落とすと言われたが、そんなのは気にならなかった。

 呪物を飲みこみ訪れる変化。全身に広がる不快感と痛み。

 

 

 

 ────しかしカミキヒカルはそこにたどり着いた。

 

 

 

 峠を越え、身体を包んでいた不快感は薄れ······というよりそれに慣れ始め、気づけば自分の内側、その中心にそれはあった。

 

 

 

 ────呪力。

 

 

 

 本能的にカミキは悟った。

 試しに全身に巡らせてみると得も言えぬ全能感が満ち満ちた。

 逆に今度はその中心へと意識を向け、さらに深く沈めて行くとその核心が一瞬垣間見え、カミキは理解した気がした。

 

 

 

「────あれこそが命······魂と言い換えてもいい。僕は見た。命の輝き、その核心を」

 

 

 

 口元が三日月の形を作り、しのび笑いが漏れる。

 

 

 案外諦めないことも時には重要なのだとカミキは考えを少しだけ改めた。

 そう言う意味ではあの名も知らぬ者に感謝する。

 しかし不満があるとすれば────

 

 

「縛り、でしたっけ?」

 

 

 呪物を取り込み、受肉化させることによって呪力を得る。確かにその方法を教えて(・・・)もらった。けれどそれを提供するかはまた別問題だった。

 もっとも結局は呪物を提供されたのだが、それにあたって縛りを結ばされた。

 そのお陰でせっかく呪術師として夕と同じ場所に来たのに、カミキは自由に動けなかった。

 

 

「────まあ、それも今日までです」

 

 

 取り出したスマホで電話をかける。しかし返ってくるのは出れないことを告げる電子音声だけ。それがもう数日続いている。

 

 

「死んだんでしょうね。まあ当然です」

 

 

 若干盲信的な部分があったところが否めないが、夕が羂索に負けるはずないと思ったカミキの目は正しかった。

 そして羂索の死によってカミキの縛りはなくなり、とうとう彼は自由となる。

 

 

「始めましょう夕さん。下準備(・・・)をして待ってますよ────僕と貴方だけの舞台で」

 

 

  ○ ●

 

 

 そうしてアイの出産が行われた日に、カミキも宮崎の病院に足を運んだ。

 

 

「────あなたが椎名······いえ、星野アイさんの担当医ですか?」

 

 

 一瞬その質問に驚く様子を見せるも、その医師────雨宮吾郎は冷静さを取り戻しつつこちらを詰問してきた。

 

 

「!────」

 

 

「なっ!? おい!」

 

 

 しかしそれを嘲笑うかのようにカミキは森へと走る。

 吾郎も思わずそれを追いかけ、付かず離れずのスピードを維持しながら奥の方に彼を誘い────

 

 

「っ······どこいった?」

 

 

(さあ、消えてください。僕の舞台のために────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「······ア·············イ·········っ·········」

 

 

 

 

「さて、もう少し爪痕を残しましょうか。そうなると────ッ!?」

 

 

 呪術師としての力で吾郎を手にかけたカミキはその矛先をさらに別のものに向けようとしていたが、そこに呪霊が奇襲をかける。

 

 

(呪霊がなぜ······?)

 

 

 さっきまでここはもちろん周辺にだっていなかったはず。

 そう思いつつカミキは呪術師に成り立てとは思わないほど慣れた動きで呪霊に近づいて祓う。

 

 

「まあ、だからといって大した問題は────これは······」

 

 

 さらに呪霊が集まってくる。

 まるで何者かの意思に基づいたように(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「·········仕方ありません。些か不完全燃焼ですがここは引きましょう」

 

 

 カミキはその場を立ち去る。

 

 

 そして残された吾郎は────

 

 

 

(すま、ない······アイ······椎名くん······やく、そ······く······)

 

 

 既にその命は終わろうとしていた。

 

 

 そんな中、最期に彼の脳裏に浮かんだのは────

 

 

「······さ··········ぃ·········な、ぁ······ち、ゃ······」

 

 

 それを最後に吾郎の意識は闇に消えていった。

 

 

 

 

「───────!!!」

 

 

 それからしばらくして一人の少年が駆けつける。

 

 

 それは────

 

 

  ○ ●

 

 

 時は少し遡りアイの出産のいくらか前。

 

 

(電話? それに知らない番号だ·········)

 

 

 夏油傑はスマホの通知に訝しげな顔を浮かべた。

 

 

「·········もしもし?」

 

 

 少し迷いつつも彼はその電話に応じた。

 

 

『────よう夏油』

 

 

「椎名先輩!?」

 

 

 それはつい先日連絡が途絶えた夕からだった。

 

 

「先輩、今まで何をし『そんなことより頼みがある』······頼み?」

 

 

『ああ、悪いが今すぐアイのところに向かってくれ。できれば五条も一緒で』

 

 

「何があったんですか?」

 

 

 気になることは色々あるが、ただ事ではないことを夏油は察して話を聞くことを優先する。

 

 

『呪詛師に襲われた。俺個人を狙ったものだ』

 

 

「っ······なるほど。一応聞きますが無事ですよね?」

 

 

『何とかな。お陰でスマホがお釈迦になってこうして連絡するのが遅れたけど』

 

 

「わかりました。悟を連れて今から向かいます」

 

 

『頼む。俺もこれからすぐに帰国する』

 

 

 

 

 通話の後、夏油は五条に連絡をとった。幸いあちらも丁度手が空いたタイミングだったので、そのまま宮崎へと向かった。

 

 

 現地で顔を合わせたアイや彼女に付き添っていた真昼や周の三人にも夕からの連絡はいっていたらしく、ここ数日の心配が吹き飛び安心した顔をしていた。

 三人には心配させないために、呪いにより時間の流れがズレる事態に見舞われることはままあると伝えていた。しかし実際のところ呪物の回収任務でそうなる可能性はまずない。夏油も五条も最悪の可能性を想像してここ数日ピリピリしていただけに、夕からの連絡を受けた時は心底ほっとしたものだ。

 

 

「そういえばお二人はなぜここに?」

 

 

 安堵と共に投げかけられる疑問。

 当然下手に夕が呪詛師に襲われたことは言えなかったが、彼が過保護を発揮したと言うと全員が苦笑しながら納得していた。

 

 

 

 

「────夏油は······大丈夫なのか? 少し顔色悪そうだけど?」

 

 

 けれどその後の会話でそんなことを言われた夏油は少し驚いた。

 丁度五条が席を外していて良かった。でなければきっと彼に余計な気遣いをさせたに違いない。

 

 

「ええ······私は大丈夫です。この時期の呪術師は繁忙期なので大体誰も彼もこんな感じです」

 

 

 そうやって笑って夏油は誤魔化した。

 夕が海外に行っている間に受けたいくつかの任務で見た光景。

 直近の夕のこととも重なり、それらは夏油の中で僅かなしこりとなっていた。

 それでも、その疼き出す何かを呑み込み、今日も彼は呪術師として······

 

 

  ○ ●

 

 

 いよいよアイが産気づいた。

 

 慌ただしくなる周囲を横目に、夏油はぼんやりと考えに耽っていた。

 

 

(······いけない·········今は集中しないと)

 

 

 しかし、すぐに気を引きしめ直す。大丈夫だと思うが、万が一に備えなければならない。それが今の己のなすこと。何せ今はここに自分しかいないのだから。

 

 

「!?」

 

 

 すると、事態が急変する。

 

 

(······呪霊が祓われた)

 

 

 病院周りに配置していた複数の呪霊、その一体が祓われたのだ。

 だが────

 

 

(どうする、向かうか······? いや······)

 

 

 その思考を夏油は即座に断じる。

 思い出すのは一年前の星漿体護衛の任務。

 護衛対象であった天内理子のお世話係、黒井美里と別行動をした故に一度彼女が人質にとられた。

 優先順位を間違えてはいけない。

 五条は今空港に夕を迎えに行っており不在。

 だという以上、もしもの事態に対処できるのは自分のみ。

 そして最優先するのはアイたち。

 

 

「·········」

 

 

 せめてもと思い、呪霊が祓われた場所に複数の呪霊を追加で向かわせる。

 だが、以降これといった動きはなかった。

 そのまま時間は過ぎ去り────

 

 

「!────」

 

 

 誰かが駆けてくる足音。

 一瞬身構える夏油だが、すぐにそれは杞憂に変わる。

 やってきたのは夕だった。

 息を切らし、本当に一目散にここに来たのがわかった。

 

 

「姉さん! 周!」

 

 

 珍しく余裕もなく声を荒げる夕。

 それを一瞥して夏油は遅れて追いついてきた五条の方に歩いていく。

 

 

「悟、ここを頼む」

「? 何かあったのか傑?」

「ああ······すまないが一応警戒緩めないでくれ」

 

 

 返事を待たずに夏油は動く。

 病院を出て、その場所に向かう。

 その先には────

 

 

「ッ! 雨宮さん!」

 

 

 病院近くの森、その奥へと進むとそこには血を流し倒れている吾郎の姿があった。

 何度か夕と共にアイの見舞いに訪れ、顔を合わせていた夏油は彼へと駆け寄る。

 

 

「!?────···············これは·········」

 

 

 が、徐々に夏油の動かす足は遅くなっていく。

 

 

「·········残穢」

 

 

 そうしてとうとうその足は完全に静止した。

 その理由は今しがた彼が口にした通りだ。

 この場にある残穢が示す答えは────

 

 

「呪詛師」

 

 

 決して夏油は吾郎と深い関わりがあったわけじゃない。

 それでも、彼が夕やアイの立場を知りながら、最大限の尽力をしていたのは知っていた。

 彼もまた、自分が守るべき弱者だと思っていた。

 けれど少しだけ夏油はわからなくなった。

 

 

 任務先で見た非術師の醜さ。

 

 終わらない呪いの循環。

 

 それによって失われるかもしれない仲間の命。

 

 そして今見ている光景。

 

 

 何が正しいのだろうか?

 夏油は答えを出せない。

 

 

「────」

 

 

 季節は今日も廻っていく。

 されど、夏はまだ終わらない。

 

 

 

 





人の心はなかった。



椎名夕
(出産に立ち会うのを邪魔してきた)最大の敵は羂索ではなく時間だった。
あの後滅茶苦茶必死に走った。
行きに送迎した人とかいないかって?
いるけど羂索の手の者かもしれないから頼らなかったんだよ。


夏油傑
曇った人。
夕が海外にいる間に羂索の厳選した胸糞任務を受けてやや陰りがある。
果たして無事にロリコンという異名で笑われる明るい未来にたどり着けるか。

 
カミキヒカル
メロンパンの置き土産。
久しぶりに(会話集を除く)登場したが、それと同時に運命が決まった人。
やってることは好きな人に振り向いてもらいたい小学生以下。
最近になって需要と供給をどっちも伸ばしつつあり、着実に勢力を拡大しているゴロさり派閥を敵に回した。


 
というわけで幕間でした。
どうだったでしょうか?

そういう訳で次はいざ四章といきたいところですが、投稿はもう少し先です。
まあ、多分? 一週間くらい? 少なくとも二週間以内には必ず投稿する······はず!

その間は以前描いたけど作者が存在を忘れていた番外編一つと、そろそろ貯まってきた会話集⑥があるのでそれを投稿します。
多分最初に番外編で、明後日くらいには多分投稿します。多分!

何か予定が曖昧ですみません。
投稿頻度も最近は落ちていますが、それでも何とか完結まで持っていくつもりなので、応援よろしくお願いします。

それではまた明後日に。

 
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