真昼の弟は転生者で、呪術師兼ララライの看板役者です。でも推しの子は知らない模様 作:水の虎
始まりは一本の電話だった。
「もしもし? 久しぶりですね冥さん」
『ああ、久しぶりだね椎名君』
電話の相手は冥冥。貴重な一級術師の一人だった。ついでに言えば夕にとってはビジネス的な面で世話になっている人物でもある。
「そういえば一年前くらいに話してた株、予想通り上がりましたね」
『そうだね。それに君も随分とこの手のことが板についてきたようだね』
「お陰さまで」
『だがその割には最近稼いでいるようには見えないけど?』
「もう十分に稼ぎましたし、これ以上稼ぐ理由もないので」
正直これ以上金があっても困るというのが夕の感想だった。
これで羂索がまだ存命しているというなら有用な呪具を手に入れるのに使ったりなんなりとしていたのだろうが、今となっては必要のない肥やしとなっているのが現状だ。
(あ、護身に使えそうな呪具があったら買おうかな)
もちろん自分ではなく家族用にと、やや思考を脱線させつつ冥冥との会話を続ける。
『────ところで椎名君、面白い情報があるんだが買わないかい?』
「冥さんが情報を買えなんて珍しいこと言いますね。口止め料とかもらってそのまま口を噤みそうなのに」
『ふふ、そうだね。でも情報っていっても結構不確かなものでね。私もあくまで人伝に聞いただけさ。だけど聞いた限り君ならきっと興味を持つと思ってね。何せ君に関わる情報だ』
割と失礼なことを言われても冥冥は気を悪くした様子を見せず、その情報について語っていく。
そうしてもたらされたその情報に────
「······なるほど。なるほどなるほど。確かにそれは面白い情報ですね。はは、これは伝えてくれて助かりましたよ冥さん」
『ふふ、ふふふ。君ならそう言ってくれると信じていたよ椎名君。それなら報酬の方は期待して大丈夫かな?』
夕は笑った。彼はこの後の動きについて素早く思考を巡らせていく。なお目は笑ってない。
ちなみに電話口で冥冥も笑っている。彼女は彼女でこの情報で得られる報酬額について頭の中でそろばんを弾いていた。相変わらず守銭奴である。
「ええ、それはもちろん。とりあえず前金を振り込みました。裏取りでき次第さらにその十倍出しますよ」
『いやはやなかなかに大盤振る舞いしてくれるじゃないか······』
電話越しでも伝わった感嘆の声。早速口座を確認したのか、冥冥は振り込まれた額に笑みを深めた。
「それだけ価値ある情報でしたからね。これからもその手の情報があったら是非こちらに回してください。いい値で買いますよ?」
『ふふ、やはり連絡して正解だったね。じゃあこれから君は忙しそうだから私はこれで。期待してるよ椎名君?』
こうして二人のやりとりを終わった。
余談だが通話が切れた後も「ははは」、「ふふふ」とお互い笑い合っていたが、その様は実に対照的だったことを記しておく。
○ ●
藤宮夫婦は困惑していた。
「······なあ真昼、あれって···」
「······夕ですね」
だよなと周が言えば、ですねと応える真昼。
「「何でここに······?」」
ここは二人の通う大学。
今日も今日とて講義を終え、一緒に帰ろうとしていたが、正門の方に行けば行くほど人が増え、騒がしさも増していくことに二人とも首を傾げていた。
別段ただ騒がしいだけなら何も思わない。時今ぐらいが最も生徒の帰りが多い時間帯だし、近々学園祭もあるため最近は大学内のそこかしこが活気に満ちている。
だが、その日は少し様子が違った。生徒たちの騒めきに困惑とそれに勝る好奇心が宿っていた。
そうしていざ正門付近にやってくると────
「これは······」
「······凄い人ですね」
予想以上の人の多さに瞠目し、思わず二人して立ち止まった。
加えて言うなら現在進行形で人が人を呼ぶ状態なので、二人がやってきた方からさらに人がやってくる始末。
「────あ、椎名さんと藤宮くん。もしかして今帰り?」
「ええ、そうなんですけど······」
「この人だかりは何なんだ?」
なおも集まってくる人の多さで立ち往生する二人に顔見知りの女子生徒が話しかけてくる。
丁度人だかりから出てきたところだったため、周はこれ幸いにとこの状況について尋ねた。
「まあ気になるよね。実はね────」
女子生徒が答えようとした瞬間、人だかりに変化が起きた。
月並みな表現をすればモーセの如く────この状況の原因になっている人物によって人の波が割れていく。
割れた先、そこから歩いてくるのは二人にとって見慣れた人物。
こうして話は戻る。
「や、姉さん、周」
「······どうしてここに?」
当然の疑問に対する答えはニヤリとした顔だった。
一応周囲に人がいるから余所行きの笑みを浮かべている夕だが、その顔はよく見れば明らかにこの状況を楽しんでいる顔をしている。
「まあ、面白そうだったからっていうのも少しあるけど、ちゃんとした理由はあるよ? ちょっと話したいことがあってね」
「話し、ですか······?」
「まあ別にいいけど······とりあえず移動しないか?」
それなら家でもいいのではとも思うが一先ずそれを呑み込み、これ以上騒ぎが大きくなる前にこの場を退散するのが吉と判断する。何せこの男は時々突拍子もないことをしでかすから。
「オッケー。じゃあカフェにでもいこうか。近くにオススメされたけどいってない店があるんだよね~」
○ ●
「それで話って何なんですか?」
「まあまあ焦らないで。ここは注文した品がくるまで世間話でもしようじゃないか。二人ともキャンパスライフはどう?」
そうやって楽しそうな様子で逆に聞き返す夕に対し、二人の方はというと────
「······明日大学いったら質問責めに合いそうなんだが」
「私と夕が双子と知ってる人は少ないですもんね······」
と、確実に今日のことであれこれ聞かれることを想像して神妙な表情をしていた。
なお原因の人物は「大変だね~」と言っているが、のほほんとした姿と裏腹にどこか真意を悟らせない顔をしていた。
そんな夕の様子に何かあるなと察しつつ雑談していると、注文の品がやってきた。
「······思えばこうして姉さんや周とゆっくり話すのは久しぶりだね」
軽くテーブルの品々に手をつけていると、突然そんなことを夕が呟く。
「···そうですね」
「ああ、ここ数年は本当に色々あったからな」
夕も、真昼も、周も、高校に上がってからは色々な変化が起きた。
環境が変わり、思わぬきっかけで苦い過去と向き合うことになりつつ、人との出会いによって、繋がりによって救われた。
それからは本当に幸せの日々だった。もちろん中には辛いことも苦しいこともあったが、その度に支えられ、大切な人がいてくれる暖かさと幸せを実感することができた。
「────とりわけ高校最後の年は色々ありましたね。正直周くんと恋人になった時以上のことなんてそうそう起こらないと思っていました」
どこか感慨に耽っていた三人だが、ふと思い出したように真昼はフッと笑い、それを聞いた周も「そうだな」とまったく同じ反応をした。
「その節は迷惑をかけたよ」
「別に迷惑だとは思ってませんよ? 色々と驚きましたけど」
「むしろよくあの時まで隠し通せていたよな」
「そりゃあかなり気を遣ってたからね。少なくともある程度地盤的なものを固めて安全を確保できるまで言うつもりはなかったし。そういう意味ではバレた時は結構ギリギリだったよ。何とか最低限はできてたけど」
呪術という言葉を出さずにここ数年を振り返っていく。
「······そちらに関しては何もできない私たちが言うのもあれですが、あんまり危険なことをしないでくださいね?」
「あはは、わかってるわかってる。そもそも俺はもうフリーの身だから基本仕事の選択は自由。そんなに心配することないよ」
危険を伴うことはおおよそ高専在学中に終わらせたと伝えるが、なぜか真昼は胡乱げな目を向けてくるし、疑問に思って周の方を見てもどこか呆れた様子。
信用なくない? と思っていると真昼が口を開いた。
「そういう割には『最強』になったと硝子ちゃんから聞きましたよ?」
夕は目を逸らした。なお内心では「家入さーん······」などとなっている。
「ま、まあそれは事実だけど、本当に危険なことはしばらくはないから大丈夫大丈夫······」
「······しばらく?」
「······残念ながら年々呪いの被害は増えてきてるからね。場合によっては多少駆り出されることはあるかも。あれだね、副業呪術師」
生命に関わる副業とはこれ如何に······
「ま、呪術界は常に人材不足だから仕方ないんだけど。だから見合い話が来る訳だし」
「見合い?」
「ほら、俺がアイにラブレター送ったじゃん」
「お、おう、そうだな······。というかそういう話をこういう場所でしていいのか?」
「結界張ったから大丈夫。近くに人もいないし」
急な話の転換に戸惑う二人だが、夕は気にせず話を続け、ラブレターを書くまでの経緯を説明した。
「────まあ、そんなわけで俺にもそういう話が来るくらいには人材不足なんだよ呪術界も」
「見合いね······。確かに真昼と夕からすれば気分のいい話じゃないか」
「別にそれ自体は否定しないよ? 言った通り呪いの被害が近年は増えてるし、仮にそうじゃなくても呪いに対抗するための力は確保しないといけない。そういう意味では政略結婚的な見合いも仕方ないとは思うよ。まあそれをいざ俺が受け入れるかはまた別だけど」
そう夕は締め括りつつ、今言った呪いに対抗するための見合い────すなわち家同士の繋がりはしかし、現在の呪術界では権力を保持したりとややズレた方向の手段になっている現状に顔をしかめた。
「本当、人の柵は面倒だよね。その中で生きるしかない以上仕方ないとはいえ、もう少しどうにかならないかね。そこに関して言えば呪術界かそうじゃないかに限らず変わらないし」
「? 何かあったんですか?」
「うん、実は姉さんと周の大学に行く前に週刊誌の方にちょっと顔を出してたんだよね」
「週刊誌······? 何かの取材かなにかですか?」
しかしその割には妙に夕が不機嫌だった。いや顔は笑っているのだが······
「────いやね、うっかり週刊誌に熱愛報道が出されそうだったんだよねー」
困っちゃうよねー、と言う彼の目は明らかに笑ってなかった。
そして当然夕のその発言に真昼と周も目を剥く。
何せ『週刊誌』と『熱愛報道』のワードからしていいものを想像できない。
「あ、大丈夫だよ。その記事は出ることないし、むしろ出てたらその週刊誌の方が終わってたしね」
「だ、大丈夫って······っ、でも夕とアイちゃんの関係が知られたのはまずいのでは?」
「いや相手はアイじゃないんだよね」
「へ?」「ん?」
先ほどまで少し青ざめた顔をしていた二人の顔が途端に呆けた。
「え、じゃ、じゃあ誰を相手に記事にされそうになったんだ······?」
それに夕は「ん」と指を指した。
「わ、私ですか······ッ!?」
「そ、姉さんと一緒にいるところを撮られたみたいだね。まったく、記事にするにしても少しくらい相手の素性を調べろっての」
吐き捨てるように夕はそう言った。仮に記事が出てたとしても、少し調べればわかることを調べずに記事にした記者、ひいては週刊誌側の信用度はガタ落ちしていただろうが、それでもそれを見た一部の人間が······ということもある。
なお夕が騒ぎになるのを理解した上で二人の大学に顔を出したのは、自分と真昼が姉弟の関係にあるのを周知させる意味合いがあった。これで万が一似たようなことがあっても問題ないと夕は考える。迎えに行った時に真昼を「姉さん」と呼ぶところをあの場にいた生徒は目撃しているため、明日あたりには二人の大学内の人間に広がり、誤解されることはなくなるからだ。
「────そういう訳でごめん。正直ちょっと先走ったし、勝手なことした」
「いえ、気にしないでください。そもそも夕との関係を聞かれることがないだけで別に隠してた訳じゃありませんし、そういう事情があったことは理解しました」
「ん、ありがと姉さん」
「夕の方こそ大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。とはいえその辺は改めて考えないとね。ふふ、ふふふ······」
二人は思った、「あ、これ大丈夫だわ。というかちょっと怖い」、と。
久しく見ていなかった悪巧みでもしてそうな夕の顔。二人は知っている。こういう時の夕ほど手がつけられないものはないと。
ちなみにどのくらいかというと、どこぞの特級コンビの二人すら「うわっ、敵に回したくねー」と匙を投げるレベルである。
······こうして、椎名家周りのセキュリティは見直され、より強化されるのだった。
一方、その頃────
「フフッ、アッハッハッハッ!」
某一級術師は口座残高の数字を見ながら笑っていた。
椎名夕
ちょっと週刊誌にカチコミした人。実は威圧感みたいのが欲しくてランボルギーニでカチコミしにいった。なお二人乗りのためしなかったが、それがなければ多分二人の大学前に普通に乗り付けてた。
藤宮周・真昼
明日がちょっと憂鬱な人たち。今回の件で改めて弟が芸能人なのだと感じた。
ちなみに大学内で真昼は基本旧姓を使っているが、やはりあまり似てないせいかただ同姓なだけと思われている。
冥冥
言わずと知れた守銭奴にして夕のフリー術師仲間な人。もともと将来的にそうするつもりだったが、それにあたってフリーの術師がどんなものかを聞いたりしていた。
ちなみに情報を知ったのは単なる偶然だが、今回の一件でウハウハだったから、以降はそれなりにこの手の情報のアンテナを張るようになった。
ぶっちゃけこの人がいなかった場合カチコミされるどころではなかったため、週刊誌の人間は割とマジで足を向けて眠れない。