ヘビースモーカーなPは菜帆とお団子を食べるようです。
俺は今、この上なく口が寂しい。
アイドル事務所のプロデューサーとしては嬉しい事に、ここ数日仕事がひっきりなしに来ている。
おかげ様で連日仕事は持ち帰りだクソッタレ。
我が愛しの
だがこれも全ては頼もしき担当アイドルの為。おじさん血の痰吐きながら頑張っちゃうぞ。
なんて考えるものの……
「アメスピが吸いてぇ……」
ポケットから出てきた空箱を眺めながら呟く。
もうすぐ禁煙二日目。俺の精神は限界に達していると言っても過言ではない。
何故この事務所には喫煙所はあっても煙草自販機が無いのか。
そりゃアイドル事務所だからな、仕方ない。
クソッタレ。
「みんな頑張り過ぎなんだよ。もう少しおじさんに優しくしてくれ」
まぁ贅沢極まる悩みなんだが。
流石にそろそろ集中力とか諸々が切れてきた。
お口が寂しいコーヒー休憩にでも入るか。
――コンコン――
「追加の仕事以外ならどうぞ」
「じゃあ入りますね~」
部屋に入って来たのは我が事務所イチのぷにょふわアイドル。海老原菜帆だ。
「なんだ未成年か」
「未成年ですよ~、まだダメですよ~」
「安心しろ。手を出す気は微塵もない」
俺がそう言うと、菜帆は露骨に頬を膨らませる。
そういうサービスはファンにやれ。
「成人済みならお使い頼んだんだけどな」
「何のお使いですか~?」
「俺の
「アイドルにタバコを買わせちゃダメですよ~」
優しく「メッ」と言われてしまった。
そりゃそうなんだが、俺はニコチンが欲しいんだ。
「プロデューサーさん、またタバコばっかり吸ってるんですか~?」
「タバコは俺の恋人だ」
「別れた方が~良いと思いますよ」
俺と恋人の仲を裂こうとするなんて、酷いアイドルだ。
「まぁなんだ。せっかく来たんだしコーヒーでも飲むか? 丁度今から休憩だ」
「お砂糖とミルクもお願いしま~す」
「へいへい」
俺がコーヒーミルで豆を挽いていると、菜帆は来客用のソファに座り、テーブルに何かを置いていた。
まぁ後で聞けばいいか。挽いた豆をコーヒープレスに入れて、お湯と共に5分待つ。
「さて、今回の要件は?」
「歌鈴ちゃんからお団子の差し入れで~す」
「タールは?」
「ゼロで~す」
なーんだ。
「プロデューサーさんは一度しっかり禁煙した方がいいですよ~」
「俺は煙草と共に生き、肺と共に死ぬ運命なんだ」
「健康的に長生きしましょ~。タバコじゃなくてお団子でもくわえましょう」
「そもそも俺甘いの苦手なんだけど」
「タバコよりは健康で~す」
ぐうの音も出ない正論だな。
「なので空箱はゴミ箱にぽ~い」
「あぁ! 俺のアメスピちゃん!」
「今日はコーヒーとお団子で我慢しましょうね~」
ニコニコ笑顔だが、有無を言わさぬ圧がある。
海老原菜帆、恐ろしい17歳よ。
「は~いプロデューサーさん。お隣にどうぞ~」
「正面でいいだろ。俺おじさんよ」
「お隣にどうぞ~」
またもや有無を言わさぬ笑顔。
どうにもこの笑顔は苦手だ。本能的に逆らえない。
「そんじゃあ、お邪魔しますよっと」
「は~い。いらっしゃいませ~」
「……なぁ菜帆よ、一つ聞いてもいいか?」
「はい?」
「なんか団子の箱デカくね?」
俺の知っている団子の箱とはずいぶん違う。
何本入ってんだ?
「歌鈴ちゃんから貰った、だんご庄のお団子ですよ~」
「何本入り?」
「30本くらいだと思いま~す」
多いわ! 甘さの海に沈むわ!
ブラックコーヒーでも流しきれなさそうだぞ!
「一本一本は小さくて可愛らしいので大丈夫ですよ~」
「あぁそりゃ安心……できないな。30本は多い」
これ今日は晩飯いらないかもな。
菜帆が開けた箱の中には、串団子がたっぷり入っている。
本当に多いなオイ。
「ここへ更に~、付属の追いきな粉をドバーっとかけま~す」
「わーお、きな粉にきな粉でカーニバルだな」
というか、かける前に一言聞いてくれ。
唐揚げのレモンと同レベルだぞ。
眼前の甘さにすこしゲッソリしつつ、俺はコーヒーという命綱を取りにいった。
「はいよ。砂糖とミルクはご自由にな」
「はーい。さぁプロデューサーさん」
「んあ?」
「あーんしてください」
オイオイ、サービス満点じゃないか。
しかしだなぁ……
「そういうのは俺じゃなくて、もっと若い男かファンにでもしてやれ」
「まぁまぁそう言わずに~」
「俺、君の倍近い年齢、オーケー?」
「オーケーですよ~。あーん」
まるで聞いてないな小娘め。
ていうかまた笑顔の圧が強い強い。
本当に不思議なんだが、逆らえないんだよ。
「……あーん」
あーあ、口開けちまった。
「ふふふ。どうですか~?」
「甘ぇ」
「美味しいですか? じゃあ私も~」
口の中が甘いきな粉味に染まる。
甘さ控えめなんだろうが、十分ある。
俺は即座にブラックコーヒーを口に含んだ。
「ん~、美味しいですね~。後で歌鈴ちゃんにもう一度お礼を言わなきゃ」
「あー、そうだな」
ブラックコーヒーを飲みながらの空返事。
菜帆とこういうやり取りをするのは何回目だろうか。
もうわからん。
「~♪ ~♪」
「……おーい、菜帆さんや」
「はーい」
「身体が近い」
具体的には胸が近い。
デカいんだよ、17歳組の中では。
「近づいてるんですよ~」
「おじさんを揶揄うんじゃない。せめてもっと若い男を探せ」
まったく。女子高生ってのはよくわからん。
「む~。プロデューサーさんだからしてるんです~」
「やめとけやめとけ。煙草の火触るようなもんだぞ」
「プロデューサーさんならポカポカだと思いますよ~」
「そのポカポカ、かなり煙草臭いけどな」
「私は好きですよ~、プロデューサーさんの匂い」
「じゃあ禁煙しろとか言わないでくれ」
「それはそれで~す」
酷いなぁ。万が一菜帆と結婚したら、俺の肺は健康になってしまう。
「ほらプロデューサーさん、もう一本どうぞ~」
「次は自分で食う」
「あーん」
「……あーん」
逆らえない。
誰か俺を情けない男だと笑い飛ばしてくれ。
「ふふふ。美味しいですよね~」
「……だな」
「タバコ休憩よりも、お団子休憩の方がきっと幸せですよ」
「どうだろうな~」
「お団子の方が幸せです」
だって……と、菜帆が続ける。
「私が隣に居るんですから。と〜っても幸せですよ」
「……かもな」
海老原菜帆17歳。本当に強い女の子だよ。
「なので~、禁煙してくださいね」
「それは無理」
煙草も心の癒しなのだ。
こればかりは止められん。
「む~。もうあーんしてあげませんよ~」
「それで説得できると思うなよ小娘」
饅頭みたいに頬を膨らませて抗議する菜帆は華麗にスルーする。
俺はテーブルの団子を一本取り、今度こそ自分で食べた。
「あー……煙草吸いてぇ」
「お仕事終わってからですよ~」
俺はデスクに積み上げられた書類を見て現実を再認識してしまう。
「おのれ……優秀なアイドルめ」
「は~い。みんなで頑張ってま~す」
こりゃしばらく煙草は吸えそうにないな。
菜帆の言う通り、お団子で我慢するか。
「あぁ……甘い」
「お団子美味しい~」
俺の気持ちなど露知らずか、隣で菜帆は幸せそうな笑みを浮かべているのだった。