俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について 作:Cassandra
アパートの部屋を開けると同時に、額から汗が頬へと伝うのを感じた。
今年の夏も酷い暑さだ。日は既に沈みきっているというのに気温は30度を超えている。
ワンルームのアパートは夏はサウナ、冬は冷蔵庫に居るようで、本当に俺は現代日本に生きる人間なのか疑問に思えてくる。
一応エアコンは備え付けてあるのだが、相当な年代物でもはや生ぬるい風を吐き出すばかりである。
アルバイトを終えて帰ってきた男に対してこの仕打ちだ。これでは明日への英気など到底養われようもない。
つまりバイトでミスをするのは俺の責任ではない───
……自分を騙していても仕方がないか。風呂にでも入ろう。
夕食はまだ食べていないが、汗をとっとと流さなくては気持ちが悪くて仕方がない。
アパートの風呂はユニットバスで、浴槽が小さいからすぐに溜まってくれる。十五分も居間でスマホを弄っていれば浴槽は一杯になってくれるだろう。
と、そろそろ溜まったかな。
ソシャゲのスタミナを使い終え、風呂場へ行こうとしたその時、バチッバチッと何かが弾けるような音が俺の耳に入ってきた。風呂場の方だ。
まずい。ドライヤーか電動シェーバーでも風呂場に落としたのだろうか。
走り出しそうになったその時、続いて
「きゃあああああああっ!!!」
絹を割くような、と言う表現が的確に当てはまるであろう悲鳴が聞こえた。
「な?!」
何が、何が起こったんだ? この部屋には俺以外は居ないし今のは明らかに女の声だったしなんなら女性なんてこの部屋に上げたことは一度もないし─────
混乱した頭でそんなことを考えながら風呂場にたどり着くと、そこには俺を更に混乱させる光景が広がっていた。
ぐちゃぐちゃに乱れて濡れた白髪。針金でも入っているのか、変形した形のまま戻らない白いスカート。上半身は金色のプレートを鈍色の鎖で縫い付けてあり、いかにも堅牢そうだ。
アニメや漫画でしか見たことのないようなその姿。それが狭い風呂桶にすっぽりと嵌っている。
うまく頭が働いてくれない。
「いてて……全く研究部の連中はだいたいの座標さえあってればいいと思ってるなこれは……まあ、命があっただけいいとするか」
そう言うと彼女はお湯を滴らせながら立ち上がって
「! 、貴方は……間宮応久さまでしょうか?」
そう聞いた。
「えっ……ああ……そうだけど」
「よかった。私はアチア公国第一騎士団団長、ミリア・フォン・メーティフェンと申します。
──応久さまにお話があるのですがその前に……その……」
「服とタオルケットを貸して頂けないでしょうか……?」
彼女は顔を赤らめながらそう言った。
もちろん女物の服など俺は持ってはいないため、とりあえず着れそうなパーカーとジーンズを貸して、風呂場で着替えてもらった。
流石にいくら顔立ちが整っているとはいえ、初対面の女性の着替えを覗くほど俺も剛の者ではない。大人しく部屋で待っていると、いくらか落ち着いた様子のミリアが出てきた。
時刻はすでに20時を過ぎている。真夏とはいえ太陽はとうの昔に沈んでいった。
正直怖い。いや本当に怖い。家に帰ってきた時に鍵は掛けておいた。この部屋に入る方法は無いはずである。
だが事情を説明してほしい気持ちが勝った。
「ええと、とりあえずいくつか質問させてくれる?」
「ええ、もちろん」
「どうやってこの家に入ったんだい?」
「えっと、転移魔法によって、ですね。私は詳しくは無いのですが、世界間を跨いでの転移魔術は革新的な技術だそうです」
「そっか、分かった」
まともに話をする気はないということが。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 何で無言で追い出そうとしてるんですか!」
彼女(ミリアだっけ?)を玄関口まで引っ張っていく。
「だって正体も経歴も不明の不審人物と関り合いになって面倒事に巻き込まれたくないし。あ、その服ならあげるから」
「身の上なら最初に話したでしょう! 一旦話を聞いてください! もう!」
そう言うと、俺の腕を強引に振りほどいた。こいつ、思ったよりも力が強い。
「えぇ……仕方ない。話を聞いたらその鎧を持って出ていって貰うからな」
「よかった。ではまずは私がなぜここに来たのか話させてもらいます」
「うん。本当のことを話してね?」
「単刀直入に申し上げますと、応久さまに力を貸していただきたいんです」
「力?」
「ええ、まあ『力を貸す』とは言っても何かして欲しいという訳ではないのです。『魔力』を分けて貰いたくてですね」
「ふうん、魔力ね……」
信じた訳ではないが、話を聞くと言った手前、取り敢えず話を合わせなければいけないだろう。
「まずは……そうですね、我が国を取り巻く環境から話すとしましょうか。
我が公国は隣国と戦争状態にあります。
その隣国……ダキア帝国はいわゆる侵略国家というもので、宣戦布告もなしに我が公国に攻めいってきかたと思えば、公国の民を虐殺してきました。『女性は拐って怪物との仔を生ませ、兵器に転用している』なんて噂もあります」
「…………」
それは……ぞっとする話だ。しかし、戦争ってものは何がなんでも勝たなくてはならないものだろうし、手段は選べないのかもしれない。
「そんな戦争がもう5年も続いています。国力的にもお互いほぼ互角であり、一進一退の攻防の中で多くの同胞が命を落としました」
歯噛みするその横顔は強い怒りと後悔を感じさせる。少なくとも何もかも嘘ではなさそうだと感じた。
「ですが、我が国とて打開策が無いわけでは無いのです。一気に戦況を変えるべく、大規模破壊兵器である、 『レヴィオルグ』の開発に成功しました。これさえあれば、一瞬で一つの町を焼き尽くす事が可能です」
「核兵器みたいなものか?」
「核兵器……?」
「あ、いや、なんでもないんだ。続けて」
「──ええ、成功したは良いものの、動力の確保に難儀しておりまして。我が軍の保有している魔力だけでは到底たりないのですよ。
何せ、我らが隊の魔力をすべて集めて半分にも満たないという有り様でして。研究部の奴らは理論さえあれば実用性なんざどうでもいいと思ってるんだからな、まったく」
「……えっと?」
ミリアはこほんと咳払いをして続ける。
「失礼。魔力が足りないという話でしたね。えっと、そこで応久様の魔力をお借りしたいという訳なのです」
「……話が突飛過ぎる。あと、そんな魔力なんかに心当たりなんて無いよ」
「何をおっしゃる。ここに来てから検出器が強力な魔力反応を検出しっぱなしですよ。──応久様は心当たりが無いと仰いましたが、例えばそうですね……手からそよ風か静電気程度の雷、指先くらいの火を灯せたりなんかするのではないですか?」
「──なぜそれを?!」
両親以外はには親友にだって話していない。しかもそれを他の人に話してはいけないと教えてくれたのは他でもない両親なのだ。
「あ、合っていました? やっぱり一番一般的ですからね。少しやってみてください。その方が説明しやすいですし」
などとミリアは言う。誰にも打ち明けたことの無い秘密をいかにも当たり前の様に言われるとは、少し嫌な気分だ
「はぁ……分かったよ。少しだけだからな」
指先に意識を向けて、明かりをイメージする。すると、
ぽっ
と指先に蝋燭ぐらいの小さな火が灯った。小さな頃はこれの危なさが分からなくて、良く暗い時に使ってたっけ。
「まあ、こんなところだよ。ライターが無くても良いのは便利だけど、そんなに危険なものの動力に使えるとは思えないけど」
と、手を握って火を消す。
「……素晴らしい! 期待どおりです! ──あぁ、すみません、一人で納得してしまって」
「説明しますね。魔術の規模って言うのは、大気中のマナによっても決まるんですよ。本人の魔力と大気中のマナの掛け算と言えば適当ですか。つまり、ここは大気中のマナが薄すぎるんです。えい」
そう言うとミリアは急に手を握ってきた。
「えっ、ちょっと、待っ……暖かい?」
「ええ。私も魔力には自信がある方なんですがね。ここではこの程度です」
腕の中からじわりと暖かみを感じる。気のせいか疲れまで取れていくようだ。
「えっと、つまり……」
「ええ。もし応久様がこちらの世界に来たとしたら、今の火でこの建物ぐらいは消し炭になっていたでしょうね。鍛練なしでこれなのですから、末恐ろしいです」
「それで? 俺にどうしろっていうんだよ。戦争に参加して国を救ってくれとでも?」
「いいえ。そこまでお手を煩わせるわけにはいけません。まあ、そうしてくれるのならそれでも良いですが」
彼女は水晶をいくつか縫い付けた布のようなものを取り出して続ける。
「これを手に巻き付けて、えっと……5分ほど待って頂ければ、この布が先の最終兵器の起動に必要な魔力を吸い取ってくれます」
「ふうん……」
まあ、そのぐらいならいいか。この力が沢山の人を殺すというのは流石にいい気はしないが、遠い異世界の事であるし、それでもっと多くの人が救われるのならば。
「いいよ。分かった。この布を巻いて放っておけばいいんだな?」
「そうです! はぁ……良かった。これで一安心です。多分魔力切れで5日ほど動けなくなりますが、その間はしっかりお世話致しますから安心してくださいね!」
「今すぐ帰れ」
いやお前は何を言っているんだ。明日も大学の講義とバイトがあるのである。
「ひどい! さっきまで乗り気だったじゃありませんか!」
「ひどいはこっちのセリフだ! 何が「お手を煩わせるわけにはいけません」だ! おもいっきり煩わせてるじゃないか!」
「……そんなこと言われても帰れませんよ。私、国中の期待を背負って来てるんですから。国王じきじきに見送りまでしてもらったんです。それに、魔力が無いと帰還用の装置も動きません」
ミリアは急にしおらしくなって言う。こっちが正しいはずなのに悪いことしたような気持ちになってくる。理不尽な。
「ああ、もう、分かったよ! 考えてやるから、少し考える時間をくれ。別に今すぐ必要って訳じゃ無いんだろう!」
彼女が本当に悪人でないのか、見極める時間がほしい。
それに彼女が変なコスプレイヤーで、俺を騙そうとしている可能性も高いのだ。
「ええ、ええ! 安心しました。是非よろしくお願いしますね!」
そう言って手を握ってくる。そう無邪気に笑われると無理に断らなくて良かったとか思っちゃうじゃないか。悔しい。
「あっ……でも困りましたね、今晩泊まる所がありません」
……横目で見るな。
「仕方ない。ここで良ければ泊まっていいよ。──あ、でも条件がある」
「いやらしいのは駄目ですよ」
「俺のことをなんだと思っているんだ。……敬語、止めてくれないかな。多分そう年違わないだろ。堅苦しくて、息がつまる」
「───ああ、ははは。それは良かった。私も堅苦しいのは苦手でな。正直、辛かったのだよ」
こうして二人の奇妙な同居生活が幕を開けた。
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