俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第十一話 真実

 玉座への扉が重苦しく軋み、ゆっくりと開いた。

 開けたのはミリア。死地へ赴くかのような険しい表情をしている。

 勿論俺の心も張り詰めている。ミリアから全てを聞かせてもらったからだ。

 扉の向こうから冷えた空気がこちらに流れ込んできた。

 窓から差し込むきらきらとした朝日を受けて、アクトル王は書類を読んでいた。

 こちらに気がつくと、彼は書類を片隅に追いやりこちらに目を向ける。

「やあ、急にどうしたんだい? 急に面会したいだなんて。他でもないミリア君の頼みだから構わないけれどね」

 

 彼は気品ある、優しい表情をこちらに向けた。

 

「ありがとうございます。しかし……」

 

 ミリアが周りの護衛兵に目を配らせる。

 暗に人払いを頼んでいるのだ。

 

「──ああ諸君、遠慮してくれるかな?」

「しかしそれでは御身が……」

「いいや構わないよ。大丈夫だ」

「……分かりました。お気をつけて」

 護衛兵たちが一礼をして部屋から立ち去る。

 

「それでは我が君、本日はお忙しい中このような時間を作っていただき感謝します」

 

 ミリアが片膝をついて頭を下げる。

 俺も数瞬遅れて頭を下げる。

 

「能書きはいいよ。本題を話して?」

 

 アクトルはひらひらと手を振る。

 

「はっ。……話というのはですね、私がもしこの方──応久の勧誘に万一失敗していた場合はどうするつもりだったのかについてお聞きしたいのです」

「……それは、魔力が足りないからそれをどうやって補うつもりだったのかってことかい?」

「はい」

「なんだ、そんなこと? ──それは……そうだね、僕が一肌脱ぐつもりだったよ。僕一人じゃあ足りないから他にも協力してもらってね」

「───そうですか。ところで最近、浮浪者たちが消えているそうですが何かご存知でしょうか?」

「……知らないね。それが何か関係があるのかい?」

「分かりました。──それでは質問を変えましょう。この戦争では、我が国の有力な兵士たちが数多く戦死していますね」

「ああ。残念な限りだね」

「この5年で要人の暗殺も数多く起こりましたね。狡猾なダキアによって」

「……ああ」

「───現王政に反対するものばかりが亡くなっているのは偶然なのでしょうね」

「…………」

 

 アクトル王の目が据わる。

 

「私は反対していたつもりはなかったのですがね。異世界──向こうでダキアの強敵に襲われました。偶然にも私が魔法が使用できない環境で」

「……そうだったかい。危険な目に合わせてしまったね」

 

 空気がさらに張り詰める。

 時間が泥のように鈍化する。

 

「思えばこの戦争は不自然なことが多かったです。敵の位置が分かっているかのような襲撃計画。追撃すれば確実に仕留められる状況での撤退命令。何より、間に森があるとはいえ、この戦争は長引き過ぎている」

「……つまり、何が言いたいんだい?」

「何者かによって、我々の情報が敵に流れているということです。軍のトップか、もしくはそれ以上に位の高い人間が裏切っている可能性が高い」

 

 アクトルの瞳の色が変わった。

 吸い込まれるような暗い空色の瞳へと。

 

「もういいよ、下手なカマをかけなくても。そういうの、苦手でしょ? ミリア君。

 ──はぁーあ、しっかしミリア君にも気づかれちゃうかぁ……まだ気付かないだろうと思ってたんだけど、誰かに告げ口でもされたかい?」

「……それは認めるということで宜しいですか? 

 貴方が我々を、いや我が国そのものを裏切っているということに!」

 

 

 

 時は今朝に遡る。

 俺はミリアに揺すられて目を覚ました。

 寝ぼけ眼をこすって窓の外を見ると、朝焼けが見えた。

 時刻は5時すぎだ。文字を読めると同時に見かたが分かるようになった時計で確認する。

 

「やっと起きたか。すまないな。こんな早くに起こしてしまって」

「ううん……ミリアか。おはよう。随分と久しぶりな気がするな」

「そうだな。断りなく空けてしまってすまない」

 

 ミリアは心なしか疲れているようだ。寝ていないのだろうか。

 

「それはいいんだが、どうしたんだ? こんな朝早くに」

「……ああ、それなんだが重要な話がある。聞いてくれ」

 いつになく真剣な面持ちに少し気圧される。

「何かあったのか?」

「いや……私も頭が混乱していてな、何から話せばいいのか分からないが……単刀直入に言おう。この国は腐っていた」

「……本当に何があったんだ? 昨日一昨日と居なかったし。初めから説明してくれ」

「──すまない。私もまだ混乱しているんだ。

 何から……ええと、ではまず初めにカステル、覚えているだろう? あの廃工場で戦った奴だ」

「ああ、勿論だ。あいつがどうかしたのか?」

「彼の階級を覚えているか? 少佐だ。普段なら大隊クラスを率いている、いわば指揮官だ。まあ私と同じぐらいだな」

「そうなのか。俺は詳しくはないが」

「それにだ。あの男はどう考えても強すぎる。自慢じゃないが私はこの国で十本の指には入る使い手だと自負している。私が魔法が使えないとはいえ、あそこまで追い込まれるというのは基本的にありえないはずなんだ」

「……まあそうだろうな。戦ってる所を少し見ただけだが」

 

 俺みたいな素人でも分かるぐらいにはハイレベルな戦いだった。

 

「……つまりあいつは偶然出会ったにしては大物過ぎるって言いたいのか?」

「その通りだ。話が早いな。あいつはあんなところでケチな人攫いまがいをしている器じゃない。

 そんなものはもう少し下の部下にでも任せておいていい」

「じゃあ何だ? 他に目的があったのか?」

「そうだ。まあ実験材料の収集も目的の一つではあっただろうが、メインの目的があったはずだ」

「ふうん……まあいまいちピンと来ないけども。まあ実際に戦ったミリアが言うならそうなんだろうな。それで? その目的ってのは何なんだ?」

「……言ってしまえば私の暗殺だ」

「───えっ? それはおかしくないか? だってミリアはダキアだっけ、敵国にわざわざ連絡してから転移したわけじゃないんだろ? どこかから情報が漏れたってのか?」

「そうだな。それを踏まえて、だ。彼が最期に意味深な事を話していたろう?」

「……えっと、確か『もう少し疑い深くなったほうが良い』とか何とかだっけか? それは奴らの国──ダキアについてもっと警戒しておけって意味だと思ったんだが」

「そうだな。私もそう最初は思ったんだが、彼がわざわざそんなことを言うだろうか? 敵国の兵士である私に対して。警戒するなんて当然だろう?」

「まあ……確かにそう言われればそうかもしれないな」

「そこで私は考えを改めた。敵国で無いのならば、我が国について警戒すべきなのではないかとな」

「それは少し突飛過ぎるんじゃないかと思うが……

 いや! つまりはミリアの国側から暗殺依頼が出ていたと、そう言いたいわけか?」

 

 確かにそう考えると腑に落ちることがある。

 偶然、ミリアを見つけて拘束したにしては手際が良すぎると思っていた。

 

「そうだ。ダキアとアチアは上層部で繋がっている。そう考えると繋がる事が多々あった。

 富の公平な分配を説いた政治家の暗殺。

 民衆上がりの反骨的なリーダーであった軍人の相次ぐ戦死。

 そして何より森があるにしろ泥沼化し過ぎであるこの戦争。

 全てが国の上層部にとって都合の良いように動いている。仕組まれていると考えたほうが自然だ」

「──ちょっと待ってくれよ。それはおかしい。

 それだと俺がここに呼ばれた理由に説明がつかない。レヴィオルグ計画の全てが嘘って事も無いはずだぞ?」

 

 俺は昨日、実際に魔力を吸われている。

 全てがセットだったとしても、あの不思議な喪失感に説明がつかない。

 

「それは確かに嘘ではない。恐らくだが、過剰な犠牲を止めるため、戦争を終わらせる口実として威嚇しようというのだろう」

「うーん、それは違うんじゃないか? 俺が居ないんじゃそもそもレヴィオルグは動かないって話だろ。

 ミリアの言っていることが正しいなら、上層部の計画ではミリアは暗殺されて俺はここには居ないはずだ」

「ああ。だからそのための魔力が別に必要になるな。応久は見たか? あのがらんどうの街を」

「ああ、少し見て回ったぞ。確かに町並みの派手さに比べて人が少ない印象だったな」

「魔力は応久だけが持ってるものじゃない。

 個人差はあれど皆少しは持っているんだ。……そうだな。1000人も居れば応久と同じくらいの魔力量になるかな」

「……おい! まさか無理やり徴兵して補おうってのか!?」

「抵抗出来ない貧困層の人間を使うつもりだったのだろうな」

「吸われた人間はどうなるんだ!?」

「死ぬ。レヴィオルグの運用に必要な魔力は膨大すぎる。それを王都の貧困層から補おうというのだ。とても今みたいに複数回に分けて吸収している余裕はない。精神が確実に崩壊するだろうな」

「嘘だろ……そんなことが……そんなことが許されていいはずがない。何かの間違いじゃないのか?」

「気持ちは分かるがな。私が出発する前から王都からは人が消えていたよ。その時は上手く誤魔化されてしまったがな」

「そんな状況で、ミリアはこの2日間、何してたんだ? せめて俺に話してくれれば……」

「すまないな。私も確信が持てなかったんだ。だがこの2日間で確信が持てた」

「ってことは、この2日間は証拠を集めていたってことか?」

 

 よく見ると、目の下に深いくまがある。

 

「ああ。ダキアとの通信記録に敵軍の進路、アチアの要人の暗殺計画まで残っていた。

 ……予想以上に真っ黒だったな。とんだ道化だよ、私は」

「それは……いや、それでこれからどうするんだ?」

「これが国王がらみなのかどうかの判断をしておきたい。彼は私を拾ってくれた恩人だ。国王との面会時間はすでに作ってある。絡んでいなければこの事項を伝え、すぐさま粛正してもらう」

「──もし国王絡みだとしたら?」

「……そうだな、その時はこちらが粛正される側だ。だが心配するな。君は命の恩人だ。私が君だけは守ってみせる」

 

 そう言ってくれた彼女は、どこか儚げに見えた。

 

 

 アクトルは深くため息をつく。

 

「残念だよ。とても残念だ。あいつからミリア君を始末した方が良いと言われた時も僕は反対だったんだ。生き残って帰ってきてくれて嬉しかったんだよ?」

「なぜ! なぜこのような事をしたのです! 

 あなたは私におっしゃったではないですか! 高貴たる者の役割とは、民を導くことであると!」

「ああ、声を荒らげないでくれよ。煩わしい。それにあれは嘘ではないよ。彼らはただ役割を終えただけさ」

「役割……?」

「そうさ。彼らは役目をすでに終えている。尽くせる全てを僕に捧げるという役割をね」

「そんな……」

「君にはもう少し頑張ってもらう予定でいたんだけどね。これでそれもご破産だ」

 

 なんてことのないことのように彼は話す。

 まるで休日の予定が潰れてしまった程度の事のように、彼は平然としている。

 

「もういいです──もういい。口を閉じろ」

 

 りいんと金属音が響いた。

 ミリアの剣が鞘から抜かれる。

 

「おっと、これは反逆罪だよ? いいのかい? 僕に剣なんて向けて」

「反逆罪は貴様の方だ。兵士達全員への、国民全体への、これは反逆だ。貴様を拘束し、その後に私が持っている情報を全て公開する」

「……どうして僕が人払いに応じたか分かるかい?」

 

「───それはね、君達程度と僕では勝負にならないからだよ」

 

 彼の周りに数本の長い糸が現れた。

 朝日を受けてきらきらと輝く、光の糸。

 次の瞬間、俺は急に後ろに投げ飛ばされた。

 何を──と言いかけて気が付いた。

 石造りの床が綺麗に裂けている。

 俺が一瞬前までいた場所だ。

 ミリアも無事ではない。

 右腕の、けして薄くはない金属の鎧が一直線に切り裂かれている。数瞬遅れて鮮血がだらだらと垂れ下がる。

 

「凄い凄い! 今のを避けるなんてね! しかも応久君を庇うなんて! 

 ……これならどうかな?」

 

 再び光の糸が顕現する。

 量も範囲も先程の量の数倍はある。

 右後ろの窓に向かって俺は脇目も振らずに駆け出す。

 横で石柱が切り裂かれた。

 重い音を立てて3分割され、落ちる石柱。

 一瞬しか見えなかったが、その断面は鏡のように綺麗だった。

 窓を肩で叩き割り、そのまま飛び降りる。

 自由落下の浮遊感。当然だ。ここは6階なのだから。

 割れた窓から遅れてミリアが飛び出してくる。

 ミリアは窓枠を蹴飛ばし、一瞬で追いつくと、俺を両腕でふわりと掴んだ。お姫様抱っこの形になる。立場が逆だが。

 ミリアはそのまま空中で身を翻し、猫のようにしなやかに着地した。

 着地の衝撃は膝と腕で殺しきったのか、俺は少々のGを感じた程度だった。

 

「走れるか?」

「……あ、ああ」

「あの馬だ。早く乗るぞ」

 予め繋いであった馬に乗る。

 俺も不慣れながらなんとかミリアの後ろに座ることが出来た。

 

「しっかり掴まっていてくれ」

 

 返事を待たずにミリアは馬を駆けた。

 国境を警備する兵士の間を抜け、馬は森の中へと駆ける。

 

「……あの」

「黙っていろ。舌を噛むぞ」

 

 いや、危なくなったらあの窓から飛び降りろって言うからさ、普通は下にクッションか何が置いてあるって思ったじゃん? それを何だよあの助け方はお前はどんな身体能力してるんだよと思ったが、うん、まあ、そんな空気じゃないな。

 悪路でもあまり速度を落とさず馬は駆ける。

 日差しも木々に遮られ、辺りも薄暗くなっていく。

 

 

 

「……思ったより素早いなあ。生け捕りにするつもりで少し手加減しちゃったけど、間違いだったかなぁ……まあいいか」

 

 アクトルはゆっくりと机に置かれた受話器を手に取る。

 

「もしもし? 僕だよ。ミリアが気付いた。追手を出しておいてくれ。うん。逃げた先は森かな。ダキアとの国境の方。それじゃあね」

 

 アクトルは受話器を置いて溜息をつく。

 

「はぁ、こんなにここをめちゃくちゃにしちゃった。また怒られちゃうかなぁ……」

 

 どかりと彼は背もたれに深くもたれかかる。

 

「それにしても残念だなぁ。何をさせても従順で、雌犬みたいに可愛かったのに。何があったのかなぁ……」

 

 また溜息をつくと、彼はペンを取り仕事を再開した。

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