俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第十三話 特訓

 レスト大森林。

 ダキア首都かさほど離れていない、開けた場所。

 数十メートルほどの場所にはいくつかの軍用テントが立ち並んでいた。

 その中央、一回り大きいテントの前に一人の女が立っている。

 

「リル・アル・シャウザです。入室しても構いませんこと?」

「ええ。どうぞ」

「失礼致しますわ。中尉殿」

 

 野営中の仮設テントの扉が開く。

 机の上と天井に置かれた橙色のランプが中をぼんやりと照らしている。

 

「こんばんは。なぜここに来てもらったかはわかっていますか?」

 

 上官が机に肘をかけて語りかける。蒼色の髪には木製の髪留めが着けられている。

 

「いいえ。皆目検討も付きませんわ」

 

 紫髪の女軍人が立ったまま答えた。

 上司に呼び出されたというのに、あまり緊張はしていないようだ。

 

「そうですか。だろうと思っていましたよリル君。

 話と言うのは、今日の作戦についてなのです」

「ええ。今日の作戦は大成功でしたわね。これで敵拠点の完成を3ヶ月は遅らせられますわ」

「ええ。それは良いのですがね。問題はその後です。貴女、小隊で捕えた捕虜をどうしました?」

「拷問して殺しましたわ」

 

 大尉と呼ばれた男は溜息をついて頭を押さえた。

 

「……国際法に違反していることは分かっていますか?」

「失礼ながら大尉殿、死体は話せませんわ。まさか友軍が告げ口するなんてこともないでしょう?」

「確かに発覚の可能性は小さいですがね。しかし発覚したときのリスクが大きすぎます。

 分かっていますか? 我が国はアチア以外とも戦争をやれるほど国力は無いのですよ?」

「ですからそういったことがないよう、証拠はすべて抹消したのですけれども」

「リスクがあることが問題なのです……はあ、今後はこういったことは控えるように」

 

 彼の表情には疲れがうかがえる。きっとそれは任務の過酷さゆえだけではないだろう。

 

「ええ。努力致しますわ」

「……もういいです。上官としての話はここまで。

 ここからは私個人の興味になるので、気楽に答えてもらって構わないですよ」

 

 軽い笑みを作って大尉は話す。

 

「……何でしょうか?」

「捕虜の死体を見ました。あそこまで残酷に、時間を掛けて弄られた死体を見たのは初めてです。止血された痕跡まであった。

 ──ああ、責めているわけでは無いのですよ。興味だと言ったでしょう? 

 話を戻しますが、ただの嗜虐趣味ではああはいかない。何故そこまでするのですか?」

 

 軍服の女が口角を上げた。

 

「……倫理や道徳ってありますわよね? あれを私は幼い頃から嫌というほど教わってきたのです。

 あれはその通りにすると心地良いですわね。喜ぶ人の顔は素晴らしいものですわ」

「そうですね。続けてください」

 

 上官は手振りでも話を促す。

 

「ですけれども私、気付いてしまったんです。常識、倫理、道徳、そういったものを知っていればいるほど、それを裏切った時の気持ちが甘美なものになると。

 背徳感と罪悪感、そして高揚感が混ざりあった気持ちは何者にも代えがたいものですわ。

 ですから私は普段から善い事をするように心掛けていますの。裏切った時の気持ちが薄れないように」

「……そうですか。その趣味は私には高尚すぎるようです。

 話に付き合ってもらってありがとうございました。もう退室してもらって構わないですよ」

「ええ。それでは失礼しますわ」

 

 軍服を翻して彼女は出ていった。

 微かな血の匂いを残して。

 

 

 

「おいおいおいおいあいつやべーって兄さん! 後方に送ったほうが絶対いいよ!」

 

 棚の影から男が出てきてまくしたてる。

 男は中尉と呼ばれた男と瓜二つだが、感じる印象はまるで違う。

 もっとずっと荒々しい、獣のような印象を受ける。

 

「おや。居たんですかポルクス。声が大きいですよ」

「……ああ、すまない兄さん。けどそれよりもさ、流石に最近はあの女ダメだと思うんだけど」

「同感です。けれども彼女──リル君は血筋だけは良いですからね。確か貴族の血でしたか。

 そんなわけであまり強くは言えないのですよ」

「情けねえなぁ……兄さんともあろうものがよう。しかし何だってそんな女がこんな最前線に居るんだよ?」

「はあ……本人たっての希望だそうです。

 まあ私としてもこのままで良いと思っている訳ではありません。何らかの策は講じますよ」

「……頼むよ兄さん。もう俺あいつと一緒に戦いたくねぇよ」

「分かっています。かわいい弟のためにも何とかしましょう。

 ──それはそれとして、今日はそろそろ休むとしましょうか。明日も朝早いのですから」

「そうだね。そんじゃあホットミルク作るけど、兄さんも飲むかい?」

「ありがとう。戴きます。砂糖を三杯入れてくださいね」

「相変わらず甘党だねえ。んじゃ、作ってくるよ」

 

 ポルクスはカップをカチャカチャと鳴らしテントを出ていった。

 あと数日でカステルたち遊撃大隊は本部に戻り、補充ができる。それまでの辛抱だ。

 今日は虫の鳴き声がよく聞こえると、カステルは今更になって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体の痛さで目を覚ました。

 一応毛布こそあったが、洞窟の中だ。硬すぎて熟睡できたものじゃない。

 辺りは真っ暗だ。洞窟の奥だから当然だが。

 ミリアは見当たらない。

 今が何時なのかも分からないまま、フラフラと洞窟の出口へと歩く。

 ほのかに見える光に向かって進むと、すぐに外に出ることが出来た。

 崖の隙間に丁度良くこの洞窟はできている。昨日は景色を楽しむ余裕は無かったが、ここからは広大な森林が一望できる。

 真っ赤な朝焼けと相まってそれはとても幻想的だった。

 

「起きたか。早いな。まだ寝ていても良いんだぞ?」

「おう、おはよう。よく眠れなかったんだ。ミリアは大丈夫か? こんなところで」

 

 洞窟の中だ。当然ベッドも布団もあったもんじゃない。

 

「私か? 私は大丈夫だよ。慣れてるからな。

 それより応久は大丈夫か?」

 

 確かに目の下の隈も取れている。万全では無いだろうが休めたというのは本当だろう。

 

「俺もまあ大丈夫だよ。ミリアと違って一昨日の晩はしっかり寝てるからな。

 ──さてと。まあ着替えられないのは仕方が無いとして何処かで体を洗えると良いんだが。流石に少し気持ちが悪いな」

 

 ぐっと伸びをしながら言う。

 

「ああ。それなら川がここからそこまで遠くない所にあるからそこで洗うといい。

 丁度今日はそこに向かう予定だったんだ」

「それは良かった。朝食を食べたら早速行くとしよう」

 

 

 

 あいも変わらず食事は缶詰とレトルト食品だが。

 多めに買っておいて本当に良かった。

 

「……食事中にすまない。少しいいか?」

 

 ミリアが早めに食べ終えて話す。食欲が戻っているようで何よりだ。

 

「おう、なんだ?」

「……昨日はすまなかった。取り乱して、当たってしまった。反省している」

「ああ、あれか? 全然気にしてないよ。誰だってそんな時はあるもんだよな」

「良かった。許してくれてありがとう。

 ……えーっと、それはそれとして、だな。あの……昨日の、特に夜のことは忘れてもらえると助かるんだが……」

 

 バツが悪そうにミリアが切り出した。

 

「……ええ!? あんなに好きだって言ってくれたのにか?」

「……うああああああっ!! 

 本当に……本当に勘弁してくれ……昨日のは違うんだ……魔法の副作用でだな……」

 

 顔を抑えて震えている。

 

「そりゃあないよ。昨日は俺だって恥ずかしかったのに」

「……だから違うんだって……昨日は集中しないといけなかったからテンションを無理やり上げる魔法を使ったんだ……

 その副作用でだいぶ理性が飛んだでいたから……本当に恥ずかしい……」

「それじゃああれは嘘だったってのか? 

 ええ……すごく喜んじゃったじゃないか……」

「いや……まあ……嘘じゃないけど……

 ──とにかく! 朝餉は食べたな?! なら特訓だ! これからの計画は考えたんだ! ここまで来たらとことん付き合ってもらうからな!」

「……ああ。勿論だ」

 

 

 

 森を抜けた先、崖の洞窟から1キロ半ほど歩いた場所にその川はあった。

 川幅は20メートルぐらいか。水もよく澄んでいて綺麗だ。

 歩いて向こうまで渡れる程度の深さで、向こうでは小魚が群れをなして泳いでいる。

 

「よーし着いたな! それではこれからの計画を確認するぞ!」

「そうだな。これから当面何をどうしていくんだ?」

「私はこれからアクトル王の及びアチアの上層部を制圧し、戦争をすぐさま終わらせたい。が、それは私一人では無理だ。協力してくれるな?」

「勿論だ。それでこそだな」

「ありがとう。頼もしいよ。

 よし。それではこれから特訓を始めたいと思う。覚悟は良いか?」

「おう。とはいっても何をやるのかまだ全然聞かせて貰ってないわけだが……」

 

 道中も何度か質問してみたのだが、着いてからのお楽しみだとはぐらかされてしまった。

 

「えーと、応久。前に手紙でここでは魔法を絶対に使わないようにって言ったのは覚えているか?」

「ん、ああ。特に意識することも無かったけどな」

「そこの川に向かって少し使ってみくれ。ただし! ただしだ。あくまでほんの少しだ。出力は最小限にするんだぞ? 

 あ、もう一歩川の方に歩いて」

「お、おう。やけに注意するんだな……」

 

 えーと、最小限か。それじゃあ手のひらをほんのりあっためるイメージで──

 

「あ゛っ゛づあああああああああ!!?」

 

 手のひらから火炎放射器のような炎が噴出される。

 紅の炎は俺の手首から先ごと空気を焼き焦がしていった。

 

「ああああああ!」

 

 反射的に川の中に手を突っ込む。

 しゅう! と熱したフライパンに水をかけた時のような音がした。

 断じて人体からしていい音ではない。

 

「うん……やっぱりこうなるよなあ……」

「おい! ミリア! やっぱりってなんだよやっぱりって! お前こうなること分かってたってのか!?」

「あー、まあな。これで分かったか? 絶対に使うなと言った理由が。

 ほら。手を見せてみろ」

 

 ミリアが水に浸けている俺の手を取る。

 ふわりと暖かさを感じたあと、痛みがみるみる引いていった。

 

「おお……すごいな。これが治癒ってやつか? 他人にも使えるんだな」

「そうだ。私以外に使う時は直接触れないといけないからあまり頼りにはするなよ?」

「それにしても凄いな。もう全然痛くないよ。医者の方が向いてるんじゃないか?」

「……そうかもしれんな。平和になったら医者をやるのも良い。私でも人に喜んでもらえるかもしれないな……」

「ああ。きっといいお医者さんになる」

「……ありがとう。そのためにも早くこの戦争を終わらせないとな。

 ──さて、今の魔法で身をもって分かったと思うが、今の応久は幼児が大剣を持ってるようなものだ。危なっかしくて仕方がない」

 

 確かにそうだ。出力を最小限に絞ってもあれなのだから制御できたものではない。

 

「それは分かったけどさあ……それを分からせるためだけに今のやらせたのか? 死ぬほど熱かったんだが……」

「すまない。が、一度は体感しないとわからないからな」

「なんでこんなにあっちと威力が違うんだよ?」

 

 あっちじゃあ精々全力でやっても蝋燭を着けられる程度だったはずだ。

「初めて会ったときにすこし話した気がするが、まあいいか。ここでは土地のマナが全然違うからな。魔法の規模もそれは比べ物にならないよ」

「場所が違うからってことか。そんなもんかね……

 ──それで? 特訓ってのはいまのをやり続けて慣れるのか?」

「それでも別に良いのだけれど。やりたいか?」

 

 首を全力で横に振る。

 冗談じゃない。

 

「だろうな。そこでだ。ほら」

 

 ミリアが小石を投げてよこす。

 反射的に手で受け止める。

 何の変哲もない丸石だ。

 

「それに魔力を込めてみてくれ。流し込むイメージでな。エンチャントってやつだ。

 実体がある分制御しやすいはずだぞ。ああ、勿論込める魔力は最小限でな?」

「はいよ。俺は門外漢だから従うけどな、こんなのがアクトル王を倒す役に立つとは思えないんだが」

「おいおい、とても重要な技術だぞ? 威力の単純な底上げになるし、その他にも色々と便利だしな。それに、今回の件に関しては確実に役に立つ」

「ふうん……分かった。どれどれ……

 ───あちちちち!」

 

 あっという間に焼け石になる。

 

「おっ、なかなか筋が良いな。石を溶かしてしまうかと思ったぞ」

「いや熱いわ! もっとこう……何かないのか!?」

 

 川の水で手を冷やしながら叫ぶ。

 

「うーむ。こればっかりは練習してもらう他ない。上手くすれば使用者にだけは熱を伝えないってこともできるらしいし、頑張ってくれ」

「らしいってなんだよ、らしいって?」

「私は固有魔法の都合でエンチャントには詳しく無いんだ。どうしても又聞きになるのは仕方なかろう。

 ───その代わりと言っていいか分からんが、鍛えれば相当強力なのは確かだぞ? 知り合いにも一人居るしな」

「へぇ……どういう奴なんだ?」

 

 手頃な石を再度見繕いながら相槌を打つ。

 

「第四騎士団のゼレストって人でな。弾丸に風を付与して軌道を自在に操れるんだ。弾丸自体の威力も素とは比べ物にならんしな。集団戦では無敵とまで言われてるんだぞ? 

 性格も騎士の鏡みたいな性格をしているしな。弱きを助け強きを挫く。格好いいんだ」

「……そうかい。分かった分かった。そんじゃあ大人しく練習しますよっと」

「ん? 何だそっぽを向いて。妬いてるのか? ふふっ、可愛い所あるじゃないかこのこの!」

「ばーか。そんなんじゃねえよ。

 ほら。俺は練習するから、ミリアはどっかその辺で見ててくれ」

「はいはい。分かった分かった。それでは私はその辺にいるから、火傷を治して欲しければ声を掛けてくれ」

 

 ミリアは川の方へと歩いていった。

 小石を見つめながら考える。

 俺にだけは熱くないようにできるとか言っていたができる気がしないな。

 うーむ。薄い膜を貼る感じだろうか? 

 一度全力で魔力を込めたらどうなるのだろうと思ったが、最悪治療も間に合わず黒焦げになって死にかねないので止めておいた。

 しかし何だかのんびりしている気がするが、こんなのでいいのだろうか。

 

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