俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第十四話 散華

 太陽が段々とその角度を高くしてきた。

 額にもうっすらと汗をかく。小石は何とか触っても火傷しない程度まで調整できるようにはなったが、これではやはりカイロ代わりぐらいにしかならない。

 もう何個目かも分からない焼石を投げ捨てたところでミリアに呼ばれた。

 

「おーい! そろそろ昼食にしないかー!?」

 

 適当に返事をして声のする方に向かうと、既に焚き火の用意が出来ていた。

 

「おお、なかなか手際が良いな。どうやって火を起こしたんだ? そういえば昨日もだけど」

「ああ、洞窟の中にその辺の用意はしてあるんだ。稀にあの洞窟で野営することがあるからな」

「へえ、それにその魚、ミリアが採ったのか? ろくに道具も無いだろうに凄いもんだ」

 

 焚火の近くには3,4匹の魚が置いてあった。

 皮が光を反射して虹色に輝いている。

 

「ああ。子供のころよく採っていたからな。この程度なら素手でも採れる」

 

 ミリアの表情に少し影が落ちた。嫌なことを思い出させてしまったか。

 

「と、ごめん。無神経だったか」

「いや、いいんだ。気にしてないでくれ。

 ──ところで魚は苦手では無いよな?」

「おう、大丈夫だぞ。むしろ好きなぐらいだ」

「それは良かったよ。ここの魚は美味しいんだ」

 

 

 

 さくさくとミリアが手際よく魚に下処理をしていく。

 小さなナイフだが、器用なものでみるみるうちに魚が木の棒に通され、もう焼くだけというところまで来た。

 

「どうだろう、修行の調子は。上手く出来そうか?」

 

 ミリアは棒を石に挟んで焼いていく。これも慣れた手付きだ。

 

「どうだろうな。今何とか火傷しなくなってきた所だからな」

「ほう! それは凄いじゃないか! 流石だな!」

「……素直に褒められると照れちまうな。そんなに凄いのか?」

「まあ人と比較してどうというわけでは無いんだが。そもそも魔法を使える人間が少ないからな」

「なんだよ。ならどうして褒めたんだ?」

「ふふっ、褒めれるうちに褒めておこうと思ってな」

「何だよもう、変なやつだな……」

 

 焼けた魚は新鮮さもあってか、今まで食べたどんな魚よりも美味しかった。

 

 

 

 古い林道をミリアと二人で歩く。一旦練習は中断だ。

 何でも馬に水を持っていかないと行けないということで、ミリアは薄い革袋にたっぷりと水を詰め込んで持っている。

(ちなみに俺が持つと申し出たら「私に腕力で勝ってから言え」とか言い出したので腕相撲で決めた。秒で負けた)

 

「しかしなミリア、こんなにのんびりしてて良いのか?」

「うん? 何がだい?」

「いやさ、今俺たちは国から追われてるわけだろう? もっと動かなくて良いのかと思ってな」

「闇雲に動いても仕方ないだろう? 

 そのあたりは私が考えているから心配するな。当たり前だが王都に関しては君より詳しいんだからな」

「それはそうなんだが……」

 

 木を跨いだ蔦をミリアが払いのける。かなり古い林道で、歩くだけで一苦労だ。

 

「計画については、もう少し細かいところを考えたら話してやるからもう少し待っていてくれ。

 ──話は変わるが応久、この辺りに馬を繋いだんだよな?」

 

 一際大きい針葉樹が見えてきた。あの足元に馬を繋いだんだ。

 

「ああ。あの木の足元に──」

 

 そこで気が付いた。

 馬が倒れている。側には紫色の髪の女。

 馬の首と胴が泣き別れになっており、断面からはまだ血が流れていた。

 さらに現実感がないのは馬の臓物を食い漁る怪物どもだ。

 

『応久、下っていろ』

 

 ミリアの囁き声に従う。言われていなくても限界だった。吐き気がする。

 何が起こっているんだ。

 直視できない。あれは、あの怪物たちは。

 俺の故郷の人間だ。

 

 

 

 

 狼のような骨格と毛皮を持つもの。

 甲虫のような装甲を持つもの。

 鋭い針を全身に持つもの。

 十匹ほどの怪物の見た目は多種多様だ。

 しかし一つだけ共通点がある。

 それは頭部はどれも人間のそれであること。

 性別はバラバラだが年齢は皆若い。10代から20代といったところだろう。

 染色が切れかかった茶髪。片耳しか残っていないピアス。何より見慣れたアジア系の顔。

 どれもが彼らは日本人の成れの果てであることを意味していた。

 

「……うっ」

 

 嘔吐だけはなんとか堪えたが、微かに物音を立ててしまった。

 

「あらぁ? いつからそこにいらしたのかしら。隠れていないで早く出ていらっしゃい?」

 

 紫髪の女がこちらに気付く。

 

『私の後ろに。少し下がって離れ過ぎないでいてくれ』

 

 ミリアは剣の柄に手をかけ、木の陰から出て行く。

 俺も言われた通り十歩ほど下がって着いていった。

 物陰から出ると怪物たちは一斉にこちらに視線を向けた。

 瞳は間違いなくヒトのそれなのに、宿っている光は異様にギラついていて、余計に嫌悪感を掻き立てる。

 

「もうころしてもいい?」

 

 女の側にいた毒々しい緑色の皮膚をした怪物が話す。

 

「駄目ですわ。もう少しだけ待っていらしてくださいね。

 しかしああ、やっぱりミリア様の馬でしたのね。間違っていたらどうしようかと不安でしたのよ? 

 後ろの殿方はどなたか存じ上げませんが、まあ両方対象で間違いないですわね」

「……名前が知れているか。私も有名になったものだな」

「当然ですわよ? あなたがどれだけプロパガンダに利用されていたか、まさかご存知ないわけではありませんわよね?」

 

 女がくすくすと笑った。

 

「──私達はもうアチアの兵では無いんだ。戦う気はない。どうか見なかったことにはしてもらえないだろうか」

 

 ミリアが手を広げて言う。

 

「それが本当だったとしても見逃す理由にはなりませんわね。つい昨日、あなたを名指しで始末しろと命令があったものですから」

 

 一応、敵国であるはずなのに情報の回りが早すぎる。

 ミリアの顔が一際険しくなる。

 

「落ち着いて聞いてほしい。貴女は騙されている。君も駒に過ぎず、いずれは使い潰されてしまうんだ」

「うふふ、斬新な命乞いですわね? 

 ──うーん。これから殺す方と長く喋っても仕方ありませんわね。

 12号、16号、お待たせしました。可能な限りいたぶって、なるべく殺さないようにお願い致しますわね?」

 

 次の瞬間、刃と刃が交錯した。

 

 

 疾い。

 怪物が飛ぶような速度でミリアを襲う。

 ミリアに襲いかかったのは緑色の怪物と狼のような怪物の2体。他は遠巻きに戦いを観察している。

 俺をすぐさま襲ってこないこと、そして女のへばりつくようなにやにや笑いから察するに、こちらを舐めているのだ。

 しかしそれで十分だ。十分すぎるほどに怪物は強い。

 ミリアが狼のような怪物の腕に埋め込まれた刃をかろうじて直剣で受け流す。

 激しい金属音。

 よろめいて後ろに後退した所を緑の怪物の丸太のような蹴りが襲った。

 

「ぐあ……待ってくれ……話を聞いてくれ……」

 

 受け身も取れずにミリアは膝を着いた。

 

「無様ですわね。もう少しやるものだと聞いていましたが……まあ国民の気を惹くために隊長に仕立て上げられた女なんてこんなものなのでしょうか」

 

 狼のような怪物がミリアの無防備な脇腹を切り裂いた。

 軽金属の鎧を刃は容易く貫通し、鮮血が辺りに飛び散る。

 

「いいえ、それともこの子達が強いのでしょうか。素晴らしきは合成獣キメラ計画ですわね。

 この子達が失敗作だなんてとんでもない。

 ろくに訓練もしていない一般人がこれほど強くなるなんて、ああ、なんと素晴らしいものなのでしょうか!」

「…………」

 

 座り込んだミリアを緑色の怪物の蹴りが襲う。

 受け止めた右腕が逆の方向にねじ曲がった。

 

「この性能なら死んでいった初代の実験台たちも浮かばれることでしょうね」

「……貴様、情は無いのか?」

「? 勿論ありますとも。親本と切り離され、なんと可哀想で可愛らしいのでしょう。

 この子達の先代、初期の実験台──確か進攻した地域の村人でしたか──にも、無論敬意を払っております。

 ええ、彼らを愛し、また彼らから愛されているからこそこんなにもこの子達は強いのですわね」

「愛……だと……?」

 

 ミリアは座り込んだまま、俯いている。

 

「ええ。この子達はみいんな、私の事を一番大事な人だと思って、私を守るために、私を喜ばせたくて、必死に戦っているのですわ。

 なんて献身的で、なんて美しく、なんて尊いんでしょう! 

 例えばそう、そこの16号、狼さんは───私の事を姉だと思っているんでしたか」

 

 緑色の怪物がさらに踏みつけようと足を振り上げる。

 が、その攻撃がミリアに届くことは無かった。

 その足が太腿で切断されたからだ。

 

「ああああああ! いたい! いた───」

 

 さらにミリアのの右腕が霞んだ。

 直後に怪物の頭がずるりと滑り、地面に転がり落ちる。

 

「……分かった。貴様のような下衆に、もはや遠慮は無用のようだ」

 

 16号と呼ばれた怪物が斬りかかる。

 彼らに恐れはない。仲間の死に対して、欠片も怯むことは無い。

 しかし怯まないのはミリアも同じだ。

 肩を深く切り裂かれることを許容したことで、ミリアの剣は最短距離を超えた最短距離を駆ける。

 結果として、怪物は腹部を両断されることとなった。

 ゆっくりとミリアは刺さった刃を引き抜く。

 脇腹からの出血もいつの間にか止まっていた。

 

「……早くまとめてかかってくるがいい。私がまとめて天国へと送ってやろう」

 

 ミリアは剣を女に突きつけ、続けた。

 

「ただし貴様だけは地獄行きだろうがな」

 

 

「くっ……舐めないでくださいまし! お前たち! 殺してしまって構いませんことよ!」

「がんばる!」「わかった!」

 

 十匹を超える怪物共が一斉に踊りかかった。

 先頭は針のような棘で全身を覆った怪物だ。

 百足のような動きで滑るように距離を詰める。

 全身が鉾と盾を兼ね備える。その棘は鉄板を貫き、人間など容易く串刺しにするだろう。

 ミリアが地面に手を付いた。

 超低空の回し蹴りだ。

 棘を無視した緋色の三日月が怪物の顎を捉える。

 

「かはっ……」

 

 意識を失い突っ伏した怪物の無防備な延髄をミリアの剣が断ち切った。

 剣山を蹴り抜いた右脚は、衣服どころか肉まで裂けて白い骨が見え隠れしている。

 しかしその状態も束の間だ。即座に傷は修復される。

 さながらビデオテープの巻き戻しのようだ。

 だがその数秒の時間を怪物達は待ってはくれない。

 恐ろしく速い右のフックがミリアに向かう。

 黒金の甲殻で全身を覆った怪物だ。

 その甲殻は弾丸どころか砲弾までその肉体は弾いてしまうだろう。

 放たれたフックは彼女の腰ほどもある腕から放たれたとは思えないような速度だったが、彼女はこれを半身に構えるだけで躱した。

 彼女の背後で拳を受けた樹木が叩き折れる。

 

「ごめんな。今、楽にしてやるからな」

 

 パンチの硬直で動けない一瞬で、怪物の右腕は吹き飛んでいた。

 関節の部分、甲殻の薄い僅かな隙間を狙ったのだ。

 

「あ……え……?」

 

 何が起こったのか分からないといった表情のまま、怪物は喉元がぱくりと裂けて息絶えた。

 

 

 怪物たちは必死に戦った。

 どんな傷を負っても、目の前で仲間が死んでも戦い続けた。

 彼らには悲壮な決意があった。

 しかし怪物とミリアの間には意志では埋めようのない技術の差がある。

 その刃が美しく、残酷に閃く度に怪物たちは斃れていった。

 

「ばかな、ばかなっ……! 何なんだよお前! 

 こんなっ……簡単に! 私の仔たちがっ!」

「力も俊敏さも私より上だったよ。

 だがな、それだけで決まるほど戦場は甘くない」

 

 剣を十字に切り払い、血糊を飛ばす。

 半歩軍服の女の方へと踏み出した所でミリアの歩みが止まった。

 足首を怪物に掴まれたのだ。

 とは言ったもののそれはとても弱々しく、たやすくふりほどけそうだ。

 その怪物は脇腹から胸にかけてを深く斬られており、既に意識は消えかけている。

 大型爬虫類のような体格のせいで分かりづらいが、顔つきは10代中頃の少年だ。

 

「……まって……いったらだめ……いかせない」

 

 ミリアは一瞬驚くと歩みを止め、ゆっくりとしゃがんだ。

 

「……まだ動けたのか。

 ───『ちっ。逃げられてしまったか。逃げ足の速い奴め』」

 

 彼女が耳元でそう囁くと

 

「……よかった」

 

 怪物は満足そうに手を放した。

 ぼとりとその手が地面に落ちたときには、既に怪物の瞼は閉じていた。

 

「さてリルとやら。覚悟はいいだろうな?」

 

 既に彼女の周りを怪物は一人も居ない。

 すべてミリアの剣の錆となった。

 

「──まさか、こんなにあっさりやられてしまうなんて想定外ですわね。分かりました。降参ですわ」

 

 リルは諦観を漂わせながら両手を上に上げた。

 

「私はあなたのように剣を振るうことは出来ませんのよ。銃だって重くて撃てないぐらいなのです」

「そうか。ならばそのままじっとしていろ。苦しませずに冥府に送ってやる」

 

 ミリアが距離を詰める。

 

「ちょっ! ちょっと待ってくださいまし! 

 無抵抗の婦女子を斬るのが貴女の騎士道ですの!?」

「貴様は思い切り攻撃してきただろう。私達は当初無抵抗だったのに。それに貴様のような下衆にかける情けはあいにく持ち合わせていない」

 

 ミリアは歩みを止めない。

 

「──そうですか。悲しいですがこれも戦場の定めですわね。せめてもう一度だけ、あの方とお会いしたかったですわ……」

 

 悲しげに俯いて彼女は話す。

 ミリアが一瞬だけその動きを止めた。

 その一瞬のうちに、彼女の足元には黒い球体が投げ込まれていた。

 バシュッと音を立ててミリアは白煙に包まれる。

 

「!? ──けほっけほっ」

 

 リルはすぐさま後ろへと飛び退いた。

 

「はっはぁー!! 吸った!? 吸いましたわねぇ! 象も一吸いで昏倒する麻酔薬ですわ! 

 やっぱり貴女は甘っちょろい! こんな適当に考えた即興で隙を見せるんですからねぇ! 

 後の殿方はどう見ても素人ですし私でも何とかなるでしょう! 国へ帰ればいくらでも奴隷は補充出来ます! 想定外でしたがこれにてミッションコンプリートですわ! 

 オホホホホホホホホ……えっ?」

 

 白煙が薄れて風に消える。

 

「……初めてだよ。怒りを通り越して呆れが出てきたのは」

 

 ミリアは立っていた。しっかりとした足取りで。

 

「何で!? 確かに吸ったはずですわ!」

「残念だが私に薬物や毒は効かん。勝手に私の体が治してしまうものでな。

 ───さて。動くと痛いぞ」

 

 彼女が剣を横に構えた。

 

「……くそっ! このバケモノめがああっ!!」

 

 リルは一転、背を向けて走り出した。

 

「……いっそ清々しいな」

 

 ミリアが走り出そうとしたが、一歩踏み出した所でその足は止まった。

 木の陰から放たれた投げナイフがリルの喉元と心臓に深く突き刺さったからだ。

 リルはそのまま慣性で2、3歩歩き、そのまま地面へと倒れ込んだ。

 

「……団長も本当に変わったもんだな。昔のあんたならこんな奴、すぐさま斬り倒してたってのに」

 

 影から出したその顔と灰色の髪は俺にも見覚えがある。

 カノープス。俺がここに来て初めて話した男。

 初めて会ったときと同じように、彼はナイフをくるりと回した。

 

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