俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第十六話 開幕

 王都の城下町、その外れ。橙色の夕焼けが辺りを覆っている。

 辺りはまだ暗くはなっていないが、やはり人影はまばらだ。

 その中の一軒、寂れた印象を受ける小さな家の裏手から出ていく人影がある。ミリアだ。

 鎧姿ではなく麻でできた地味な服装である。

 

「手間を掛けて悪いな、御老体」

 

 呼ばれた人物のたくわえた白髭は少し黒ずんでいた。

 彼は年老いてはいるが虚弱ではない。

 むしろ老獪という言葉が似合いそうだ。

「いいえ。構いませんよ。

 ──しかし貴女は立派になられた。

 初めて出会った頃とは大違いですな」

「それはそうだろうな。なにせ5年来の付き合いだから」

 

 老人は少し口角を上げた。

 

「いいえ。心の話ですよ。

 目の光が違う。とても立派になられた」

「そうか? なんだか照れくさいな──おっと、そろそろ時間だ。すまないが失礼させてもらおう。

 繰り返しになるが、依頼金は失敗したら取っておいてもらって構わないからな。好きに使ってくれ」

「その心配はしておりませんよ。必ず成功させるのでしょう?」

「……ああ。勿論だ」

 

 老人はミリアを見送ると辺りを周到に見回し、人目を確認してから裏口の扉を締めた。

 その家に掛けられた錆びついた看板には『カペラ新聞』と書かれていた。

 

 

 

 あれから4日がたった。

 本日は作戦決行の日、当日。

 空にはいつの間にか2つ目の月が浮かんでいた。

 茂みの中からは薄ぼんやりと月明かりをはね返す王城が見える。

 日が沈んでから4時間はたっただろうか。

 森に囲まれた城とその城下町、当然ダキア側は警備も厚く抜け目が無いが、少人数ならば裏手に回る事が可能だ。

 無論、ミリアやカノープスの情報によってあってのものだが。

 俺のような素人でも勘付かれなかったのだから、騎士団長様々だ。

 

「さて、ここで別れよう。手はず通りに頼むぞ、カノープス」

「あいよ。そんじゃあまた、お互い生きて会いましょうねぇ」

 

 そう言うとカノープスが一瞬で姿をくらました。

 草をかき分ける音だけを残して消える様はまるで蜥蜴のようだった。

 

「よし、それじゃあ私達も始めるとしようか。──よっと」

 

 ミリアが鉤縄を城壁に器用に引っ掛ける。

 

「……なんだか騎士って言うより忍者みたいだな」

 

 服装も心なしか忍者っぽい。

 いつもの金色の刺繍の鎧でなく黒っぽい布の服だ。

 白銀の髪も今日は後ろで纏めている。

 

「うん? なんだニンジャって。

 ──よし。上手く掛かっているな。外れる心配はなさそうだ」

 

 ぐいぐいと引っ張って確かめる。

 掛かったのは3階。15メートル程か。

 

「ああいや、何でも無い。

 それよりこの高さ、ロープ一本で登れるか不安だな」

「私が抱えて登ろうか?」

 

 何てことのないように言う。

 

「……いいや、流石に一人で登るよ。大丈夫だ」

「そうか? 遠慮することは無いんだが。

 じゃあ先に行ってくれ」

「俺からか、何でだ?」

 

 登った先に人がいるかもしれないとか考えるとミリアからの方が良さそうだが。

 

「もし足を滑らせても必ず受け止めてやろう。安心して登るといいぞ」

 

 ……頼もしい限りだ。

 

 

 さらに外壁をつたったり狭い通風口を通る事三十分。

 体中がホコリだらけだが、ようやく王の寝室までたどり着くことが出来た。

 通気孔の中からは寝室の様子を伺うことは出来ない。

 かろうじて豪奢なベットがあることと、かなりの広さがあることが分かるぐらいだ。

 ミリアが音を立てないように通気口の格子を外す。

 ここでアクトルが寝ていれば話は早いんだが……

 ミリアが気配を消して猫のように部屋へと降りる。

 

「──やあ。誰かと思えばミリア君と……応久くんじゃないかい。

 夜這いにしては僕はまだ若すぎるよ。あと3年は待ってくれたまえ?」

 

 ……起きていたか。

 彼はベッドに座ったままにやにやと笑みを浮かべる。

 まるでここに来ることが分かっていたかのようだ。続いて俺も床へと降りる。

 床までは少々距離があったが、怒りが恐怖を上書きした。

 辺りを見回すが、寝室に居たのはアクトルただ一人だ。

 

「……ふざけるな。俺たちがどんな思いでいるかぐらい、お前にも分かるはずだろう」

「分からないねえ。ミリア君はともかく、君は全然。応久君はこの世界とは本来何の関わりもない、赤の他人だ。

 肩入れする理由が無いと思うのだけど?」

「ミリアとは他人じゃない。そして彼女を助けたい。理由はそれで十分だ」

 

 床に手をついたまま答える。

 必殺の魔法はすでに発動している。

 

「うーん、理解しがたいけれど、まあいいや。

 それで? 僕をどうする気だい? 僕を殺した所で、今更状況は変わらないよ? 

 死んだ人間だって、今更戻ってくる訳じゃないしね」

「……新たな犠牲は止められる。

 それに、明日になれば貴様の権威は失墜するだろう。

 いくつかの新聞屋に私が情報を流しておいた。貴様がダキアと繋がって戦争を操っていた決定的な証拠だ。

 貴様の未来は良くて投獄だ。諦めろ」

 

 ミリアが俺を守るように前に出た。

 

「ふふっ、それなら君たちはここに来なくて良いよね? 

 そんな情報なんて幾らでも握りつぶせる。

 それをさせないために君たちはここに居るんだろう? 僕を暗殺すれば上層部は大混乱だからねえ」

 

 彼は座ったまま動かない。

 

「……話が早いじゃないか」

「その作戦には重大な欠陥がある。君たち程度に僕は殺せないってことだ。

 ──後悔しながら粉微塵になるといいよ!」

 

 彼は右手を前にかざして凄惨に笑った。

 

「──あれ?」

「どうした。自慢の『光の糸』は出さないのか?」

 

 俺は床に手をついたまま続ける。

 眼前の物を問答無用で切り刻む、彼の最強の魔法。それが発動しない。

 

「何で──」

「ミリアから聞いたよ。お前の魔法は水を操っているんだってな。極細の水の糸を超高速で射出し、物体を切断している。そうだろ?」

 

 アクトルの頬を汗が伝う。

 俺もだ。これは冷や汗ではない。

 周囲の空気がまるでサウナのように加熱されているせいだ。

 

「──さっきからのこの熱気……そうか。君、この部屋を──いや、この城全体を熱しているね?」

「正解だ。ミリアの読みどおり魔法が使えないようだな?」

 

 曰く、あの魔法は精密なコントロールを要する。

 数十度気温を上げられればまともに使用することは出来ないはずとのことだ。

 

「──素晴らしい魔力だよ。それに制御も出来ている。比較的簡単なエンチャントとはいえ、たった数日間でここまでのものにするとはね。いやあ感心だよ」

「言っている場合か? 貴様はもはやただの子供と変わらん。大人しく拘束されろ」

 

 ミリアが詰め寄る。

 手を剣の柄に合わせたまま、いつでも抜ける格好だ。

 

「今からでも遅くはない。君たち、僕の部下にならないか?」

 

 ミリアが足を止めた。

 

「僕は感心した。褒めてあげよう。

 素晴らしい行動力と成長性だよ。君達は僕のもとでより輝ける。

 僕に剣を向けたことは不問としよう。勿論君達の生活と安全は保証する。どうだい?」

「本気で言っているのか?」

「勿論だ。僕は嘘はつかない。

 ……まあ、真実を隠すことはあったかもしれないけどね」

 

 彼は口元から笑みを消した。

 確かに嘘をついている様には見えない、が。

 

「「ふざけるな」」

「この歪な形を正さない限り、犠牲者は出続ける」

「他人を犠牲にしてお前の言いなりになるなんてお断りだ。残念だが大人しくお縄につけ」

 

 込める魔力を上げ、周囲の気温をさらに上げる。これで万が一にも『光の糸』は使えないはずだ。

 

「そうか……残念だよ。君達は惜しい人材なんだけれどなぁ……君たちが居れば、これからもっと、ずっと色々出来たんだけど……」

「御託はそれで終わりか? なら──」

 

「最後に1つ質問させてくれ」

 

 アクトルがミリアを遮って言う。

 

「どうして僕の魔法が『糸』だけだなんて思ったんだい?」

 

 アクトルの前の空間が歪んだ。

 現れたのは直径1メートル弱の『水の砲弾』だった。

 

 

 

 

 

 

 時は十数分遡る。

 近衛隊隊長、アルドラはは夜の巡回を行っていた。

 齢六十を超える人間の腰には、不釣り合いなほど巨大な棘付き鉄球をぶら下げている。いわゆるモーニングスターというものだ。

 夜間は三時間毎に見回りを行うこととなっている。侵入者や不審物が無いかどうかの確認である。

 が、しかしこれまで異常があったことはない。この王

 城、特に4階より上には自分たち近衛と、極少数の国の上層部以外はは立ち入りを禁じられている。

 ここに賊が忍び込むには何重もの警戒網を破らなくてはならず、相当軍の内情に精通していなければならない。

 そのような厳重な警備であるのに、何故隊長自らが見回りを行っているのか、理由は単純である。

 その、『軍の内情に精通した者』が裏切ったからだ。

 ミリア・フォン・メーティフェン。

 彼女と一対一で互角以上に戦えるのは、公国広しといえどかなり数が限られてくる。

 

「3階、異常なし」

 

 彼女は王に仕えることを生きがいとし、王のために死ぬのが本望だと思っていた。

 自分と同じだと。

 だから彼女がアクトルに刃を向けた時の落胆と怒りは大きかった。戦友であった彼女を躊躇いなく斬って捨てられる程に。

 4階への階段をゆっくりと上がる。

 百戦錬磨の彼ではあったが、そこに広がっている光景には数瞬硬直した。

 王の寝室へと続く広い廊下には、うず高く大量の椅子が無造作に積み上がっていたからだ。

 即席のバリケード。何十人いようが容易には突破出来ない程の密度。

 

「なんだ──これは。三時間前には何事もなかったはず。城中の椅子を用意してもこんな事には──」

「動くな」

 

 低い声と共にアルドラの喉元を何かが通過した。

 投げナイフだ。

 大量の椅子をすり抜ける、その正確な狙いにアルドラは驚嘆した。

 

「次は当てる。声を出すな。ゆっくり壁まで歩いて座れ」

「……」

 

 声に聞き覚えがある。

 第一騎士団副団長、カノープス。

 やはり奴は裏切っていたか。

 あの時、部屋を捜査した時は上手く隠していたのだろう。

 

「カノープス。貴様───

 ぬうんっ!」

 

 鉄球を振り下ろす。

 金属音とともに三本のナイフがはたき落とされた。

 一瞬でも遅ければアルドラの右目を、喉を、鳩尾を、ナイフが深く貫いていただろう。

 

「貴公、まだ話の途中であろう」

「喋るなと言ったじゃねえかアルドラのおっさんよお。その耳は飾りか?」

 

 アルドラはモーニングスターを構え直す。

 

「なるほど。この椅子は貴公の魔法による物か。少々邪魔よな。

 ───かあっ!」

 

 右足を踏みしめる。

 

 次の瞬間、廊下を無数の石柱が埋め尽くした。

 壁という壁から同時に迫り出した石柱は椅子のバリケードを粉々に粉砕したあと、何事もなかったかのように戻っていく。

 瓦礫ですらない、木っ端と化したバリケードを挟んで彼らは目を合わせた。

 

「これで少しは話しやすくなったな。

 貴公、何故王を裏切った」

 

「──化け物め」

 

 カノープスの判断は迅速だった。

 長い廊下を数瞬で駆け抜ける。

 壁を蹴り、横から閃いたナイフをアルドラは鉄棒を軽く動かしただけで受け止める。

 

「質問に答えよ。なぜゆえに王を裏切ったのだ」

「──ちっ、てめえ知らねえのか? 

 アクトルはな、国民のことなんざこれっぽっちも大事に思っちゃいねえ。

 国民全員──いや、この世の全てが駒にでも見えてやがるんだ」

「それがどうした」

 

 アルドラは表情を変えない。

 

「あ?」

「それがどうしたと言っておるのだ。我々は陛下の駒として生きるが本望よ。

 それにだ。これまで陛下が切り捨てたのは、自らに仇なす害虫や死んだように生きている屑どもだ。

 掃除をなさったところで何も問題はありますまい?」

「っ……そうかよ!」

 

 吐き捨てるように言うと、カノープスは地を這うような斬撃を放った。

 腱を狙った一撃だったが、アルドラは虫を払うように鉄球を振って弾く。

 ナイフと鉄球の絶望的なまでの質量の違いにより、ナイフは容赦なく弾き飛ばされた。

 

「……貴公はもっと賢いと思っていたがな」

 

 瞬間、カノープスの背後から轟音が響いた。アクトルの寝室のある方向だ。

 腹の底まで響く音に、双方の動きが一瞬止まる。

 

「まさか、殿下が戦っておられるのか。

 ……急がねばなるまい」

 

 アルドラがそちらに気を向けた隙に両手のナイフが閃いた。

 紙一重で避けたアルドラの頬から一筋の血が垂れる。

 

「つれないこと言うなよ──もう少し遊んでいこうぜ?」

 

「……よかろう」

 

 カノープスの後方から迫り出した鋭利な石柱が彼の脇腹を抉った。

 

「っ……!」

 

 カノープスの布地に、赤い染みが広がる。

 

「──ならば容赦はするまい。我に刃を向けるならば、この城全てを敵に回すと知れい!」

 

 アルドラは怒声を響かせた。

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