俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について 作:Cassandra
ミリアに見送られてボロアパートの外に出る。
「それじゃあ行ってくるよ」
「ああ、気をつけて」
空気が生暖かい。今朝は朝からしとしとと雨が降っていた。
俺の気分もあまり晴れたものでは無い。今日はこれから5日間も休みを取らねばならないのだ。バイトも繁忙期ではないとは言え、シフトに俺は組み込まれてしまっているだろう。何を言われるか分かったものではない。
───だが協力すると決めた以上は仕方ないことか。腹をくくるとしよう。
しかしなぁ……それを乗り越えたあともずっと寝込んでいるようなものだからな……やはり憂鬱だ。
ひときわ大きい水溜まりを遠回りして、俺はバス停に向かった。
大学の門をくぐったのは、たまたま五林と同じタイミングだった。
いつもの明るい調子で彼は話しかけて来る。
「はよざいます応久さん」
「おう、おはよう」
「今朝方のニュース、見ました? 最近物騒ですよねぇ」
「ニュース?」
そういえば、最近家にいると話し相手がいるからか、あまりテレビとか見ていないな。
「おっと、ご存知ない? アレですよアレ。例の失踪事件のやつ。ここから数キロも離れてない所で起きたって話じゃないですか」
「またその話か。五林、お前そういうの意外と気にするんだな」
馬鹿にしているわけではなく、体格のいい見た目的にあまり気にしなさそうだ。
「応久さんが気にしなさすぎるんすよ。キャッチーだし、怖いじゃないですか。それに、これまでは若者が中心だったのに今回は中年で、しかも警察官だったらしいですよ?」
「警察……それは確かにちょっと怖いな」
柔道や剣道をやっているイメージがあるし、何より銃を持っている。そんな人間がなにも
「やっぱり夜中に起こったのか?」
「ええ、これまで通り」
そうか……まあこれからしばらく出歩く予定がないって言うのは不幸中の幸いかな。
「あ、そうだ話変わるけど五林」
「うん? なんすか?」
「俺、明日から5日間ほど休みとるから。何かあったらよろしくな」
「へえ、休みですか。何かあったらメールででも……あ、休みって彼女さん絡みですか?」
「うっ」
「あ、図星ですね? あの人ってあのきれいな白髪といい茶色い目といい、外人さんですよね? やっぱり苦労しますかぁ……」
「ニヤニヤするんじゃない。それに彼女でもねえよ」
「ふうん、まあその話は昼休みにゆっくり聞かせてもらうとしましょうか。今日もお互い頑張りやしょうね」
「おう。そんじゃあな」
さて、講義のノートを写させてもらう相手を見つけなくては。幸いなことに会えば話す程度の友人がいる。
飯でも奢ればノートぐらいはくれるだろう。
ミリアはスプーンを机に置くと、手を合わせる。
郷に入っては郷に従え、という言葉もあるがミリアはこの『食材に感謝する文化』を気に入っていた。
「ご馳走さま。────レトルトでも意外と美味しいものだな。我が隊のレーションも見習って欲しいものだ」
さて、億劫にならないうちに洗ってしまわなくては。
鼻歌交じりに食器を台所に持っていき、スポンジに洗剤を馴染ませ、汚れを落とす。
この辺りの作業も大分慣れてきた。
丁度洗い物を終え、暇になったミリアの耳に、チャイムを鳴らす音が届いた。
「宅配便でーす。荷物をお届けに上がりやしたー!」
騒がしい声。若い男のものだ。
「たくはいびん……? ああ、荷物を届けてくれるのか」
もちろん彼女に心当たりはない。応久が頼んだのだろうか。
「居ませんかー!?」
「ちょっと待っていろ! すぐに行く!」
玄関まで小走りで向かう。ドアを開けると、宅配便の制服を着た男がいた。
「まいど。〇〇運輸っす。ここに判子かサイン、お願いします」
「……?」
「ああ、名前書いてもらえれば大丈夫っす」
男は胸ポケットからペンを取り出し、渡した。
「ん、そうか。ならこれでいいか?」
(……名前読めねぇけどまあいいか。どうでもいいし)
「ええ、OKです」
「……君、その指大丈夫かい? 良くない方向に曲がっているぞ。医者に見せた方がいいんじゃないか?」
「……ああ、これですか? ちょっと挟んじゃいましてね。それより、この荷物壊れ物なんであんまり動かさないようにしてくださいね?」
「ああ。承知した」
ミリアはドアを閉めると、言われた通りそっと廊下の隅にダンボールを置いた。持った感じ、なんだか液体が入っているようだった。
──あまり中身を詮索するのも良くないか。なんだかとても眠い。昼食後だからだろうか。
どのみち、あまり外には出るなと釘を刺されているんだ。少しだけ仮眠を取るとしよう。
ふう、やっと昼休みか。
今日も弁当は持って来ていない。準備で時間を取られて作る暇がなかったからだ。
「五林、今日もどっか飯食べに行かないか?」
「もちろんいいですけど、今日も弁当無いんっすね」
「最近忙しくてな」
「まあ忙しくなきゃあ休みなんて取りませんか。そりゃあいろいろありますよねぇ。うんうん」
「だからお前が思ってるようなのじゃ無いよあの人は」
言いながら財布の中身を確認する。
昨日散財してしまったが、まだ多少の余裕があった。日頃アルバイトに勤しんでいて良かったとしみじみ思う。
そういえばミリアに財布貸しっぱなしだったな。……まあいいか。さすがに今日1日ぐらいは家にいてくれるだろう。
「どうしました?」
「……ああすまない。ちょっと考え事をな」
「なんでもいいですけど、早く行きましょう?」
「そうだな。俺も腹がぺこぺこだ」
朝から講義を聞いているとすぐに腹が減る。
「どこ行きます? 応久さん決めて良いっすよ」
「そうだなあ、この前行けなかったしラーメンとかどうだろ」
「えぇ……俺はこの前食べたばっかりなんですよねぇ」
「人に決めさせておいてケチつけるなよ……」
「え、じゃあ牛丼屋行くときどっちが約束を反故にした、とかの話します?」
「うっ……分かったよ。じゃあ中華料理とかどうよ。なんか新しく出来てなかったか?」
「確かに近くに出来てましたけど……なんかまずいって噂っすよ? 友人が『二度と行くか!』って怒ってましたね」
「なんだよ、そこまで悪いと逆に行ってみたくなるな」
「や、実は俺も噂だけで食べに行ったことはないんすよ。怖いもの見たさで行ってみても良いっすけど」
「よし、決まりだな。そんじゃあさっさと行こうぜ」
アルバイトを終えてアパートにつく頃には、夏とはいえ日はすっかり沈んでいた。雨もきれいに上がり、星が良く見える。
外灯と月明かりのおかげで見通しは悪くないが、最近は物騒だ。なるべく早く帰るとしよう。
ミリアにはだいぶ遅くなると伝えているから、多分そこまで心配はしていないはずだ。
バイトにこれから5日間出れない件については、なんとか許してもらえた。店長が優しい方で本当に良かった。まあ、代わりにキリの良い所まで作業していたらこんな時間になっていたわけだが。
しかし、昼に食べた中華料理はまあ不味かったな……
あまり食事にこだわる方ではないが、あれは詐欺だろ。
俺の食べたラーメンは給食のパック麺みたいだったし、 五林の頼んだホイコーローは露骨に春雨でかさ増しされていた。
食事の話が異様な盛り上りを見せたせいで、五林にそこまでミリアについて突っ込まれなかったのは不幸中の幸いってやつか。
俺の部屋までの階段を登りきってからふと気がついた。部屋の明かりがついていない。
俺の部屋はワンルームなので、必然、リビングの電気が消えているということになる。
風呂にでも入っているのだろうか。そこまでこまめに電気を消すなんて、意外と倹約家なのだな、なんて思いながらドアを開ける。
「ミリア……?」
バスルームの電気はついていなかった。
部屋の中にあったのは、耳が痛くなるような静寂と吸い込まれるような暗闇だけだった。
時は少し遡る。
錆び付いたドアが荒々しく開かれ、数人の若者たちが入ってきた。ドアの上には【備品庫】と書かれている。
4人いる若者たちの2人は、2人がかりで大きな段ボールを抱えており、さらにその中の一人は大手の宅配業者の制服姿だ。
電気の消えた部屋の中では、廃材の山にに片膝を立てて座る男が携帯端末を操作していた。
男はフードを目深に被っており、その表情は伺えない。
不安定な廃材の上ではあるが、男はむしろリラックスしているようである。
若者たちが入ってくると、男は視線を上げて言った。
「思ったより早かったじゃないですか。しっかり連れてきてくれましたか?」
「え、ええ。ここに」
「ふうん、どれどれ……」
フードの男が段ボールを開けると、そこには銀髪の女性──ミリア──がすやすやと眠っていた。
「うん、良くできました。『お願い』、ちゃんと聞いてくれて嬉しいです」
男は若者たちに微笑みかけた。
「ま、まあ簡単なもんでしたよ。旦那が渡してくれた麻酔ガス、ここまで運んできても起きないぐらいには良く効きましたし」
「それは重畳」
「そういえばこの制服、どうやって手に入れたんすか? 本物そっくりですけど」
「ん、その制服の出所……気になりますか?」
男の表情は笑顔のままだ。
「い、いいえ、やっぱいいです。それより、これでもう終わりですよね。許してくれるんですよね……?」
「許す……? いやいや、私は初めからあなた方を憎んだりなどしていませんよ。ただ、あなた方が私のお願いを聞いてくれれば『助けてあげる』と言っただけです。『救済』と言い換えてもいいかもしれません」
「救済……?」
「ええ。あなた方の肉体を一つ上の次元へと昇華させ、目的なく日々を過ごすあなた方に大いなる目的を与えてあげる。これを救済と言わずしてなんと言うべきでしょう?」
そう言いながらフードの男は話していた若者の腹部を殴打し、気絶させた。
「ぐっ」
若者たちの間に戦慄が走る。
「や、やべえ、だから俺は無視して逃げようって言ったんだ! 早く───っ!!」
一斉に逃げようとする若者たちだったが、しかしすでに唯一の出口には男が回り込んでいた。
「あまり動かないでいてくれると痛い思いをしなくてお互い良いと思うんですがね」
男が左手の甲を何度か叩くと、真横に灰色に濁って光る光の板が現れた。
板は複雑な多角形をしており、中はどろりとした濃淡がある。
「さあ、大人しくこの中に入って下さい。なあに、すぐに痛いのも怖いのも全部忘れてしまえるはずですよ」
男は笑顔を崩さない。
「いやだ、だれか、たすけ、いやだぁぁぁ───」
スイッチを切ったように悲鳴が途切れる。
今、最後の一人が光る板に吸い込まれ、消えた。
「ふう。こういう荒っぽいのは本来ポルクスの役目なんですがねぇ……」
そう男が一人ごちると同時に段ボールの箱がごとんと動き、中から
「……おい! ここはどこだ?! 誰か居るのか?!」
と声がした。
「……まったく、彼らがうるさいから騎士様が起きちゃったじゃないですか」
そう言いながら男は段ボールを開ける。
「! ──貴様は誰だ! ここは何処だ?! 何故私はここに居る?!」
男はゆっくりと質問を咀嚼してから話し始めた。
「まあ答える義理も無いんですが、一つ目に私の名前はカステル。最も今ではややこしいので専ら『少佐』とだけ呼ばれていますがね。少し寂しいです。
「二つ目にここは廃工場の地下です。いくら叫んでも誰も来ない、とは言っておきます。
「三つ目は貴女をアチア公国の第一騎士団長と見込んでいくつか聞きたいことがあるので、ここに呼んだ次第です。
「ご理解いただけましたか?」
男は子供に読み聞かせるように、優しく話す。
「……拷問をするということだな? この私に」
ミリアは苦々しげに口を開いた。
「話が早くて助かります。
拷問だって?!
……起きたんですか。貴方も。
ああ、いや意識はおぼろ気だったんだけどね。それよりさ、首尾は上々みたいだね?
ええ。あの人たちはよくやってくれました。
ならそうだ、せっかく女騎士に拷問するんだし、『くっ……殺せ!』とか言われたあとにえっちな拷問するやつ、あれやろうぜあれ!
貴方……私が寝てる間にこれ──スマートフォンでいいんですよね──で変なもの見たんでしょう。真面目にやってください。そうですね……ここにはろくな道具も無いですし、指先から骨を砕いていってはあげましょうか。多分20本も砕けば話してくれると思うのですが。
ちぇっ、つまんねえの」
彼女は歯を食いしばり、怖気に耐える。
「それでは、一仕事終わらせましたしそろそろ私は睡眠を取らせてもらいます。そろそろ年ですかね、二徹がきつくなってきました。
貴女もまだガスが抜けきっていないはずです。ゆっくり目を覚まして下さいね。
あいよ。ミリアちゃんまったねー!」
カステルと名乗った男は扉を軋ませて出ていった。
ミリアの視界を濁り一つ無い闇が覆った。