俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第六話 きょうだい

 寝ている間に、夢を見た気がする。

 子供の頃の夢。弟と、家の近くの森で他愛もない遊びをする夢。春の日、木漏れ日の中、笑いながら入り組んだ森の中を何処までも駆けていく。こんな時間がずっと続けは良いと思うような、そんな夢を。

 目が覚めてからは悪夢だった。

 男が出ていってから2時間くらいはたっただろうか。ただ、どのぐらい寝ていたかわからないので結局今が何時なのかを推し量ることはできない。

 さらに両腕と両足は紐のようなものできつく縛られており、ほどけそうにない。

 

 どうにかダンボールの中からは這いずり出しては見たものの、それだけだ。

 明かりが殆どない暗闇の中だが少しづつ目が慣れてきた。錆び付いた廃材が無造作に散乱している。あの男──カステルと名乗っていた──が言っていた、ここが廃工場だと言うのは嘘ではなさそうだ。窓も見当たらないため、地下だと言うのも本当だろう。

 油断した。この地があまりに平和だから気が緩んでいたのかもしれない。

 恐らくはあの段ボールの中に麻酔ガスか何かが仕込まれていたのだろう。私はまんまと罠にかかり、拉致されてしまったというわけだ。

 悔やんでいても仕方がない。状況を整理しよう。

 まず私は紐で拘束されている。結び目は強固でほどけそうにはない。芋虫のように這いずるのが精一杯だ。

 そして武器もない。まあ持っていたとしても振るえないが、我が愛剣は応久の家に置きっぱなしだ。

 カステルが私の名を知っている事に驚きは無い。やつは恐らく敵国、ダキアの兵士だ。私はそれなりに有名だから、あちらだけ顔を知っていたのだ。

 やつは応久の巨大な魔力反応で、偶然私を見つけたのだろう。『レヴィオルグ』は我が国の秘中の秘。私がここに来ていることをあらかじめ知るのは難しいはずだ。

 カステルは手練れだ。用心深く、隙がない。

 いつ私が縄をほどいて攻撃してきても対応出来るように立ち回っていた。

 状況は考えれば考えるほど絶望的だ。

 ここで私は死ぬのだろうか。

 ああ、まだやり残したことが沢山ある。

 もっと街の人々の笑顔が見たかった。

 もっと王のために尽くしたかった。

 ────平和な暮らしを、もう一度でいいからしたかった。

 あの日の決意はまだ半分も果たされていない。

 国に残してきた我が部隊はどうしているだろう。いや、我が隊は優秀だからな。きっと皆元気にやっている。

 応久は今頃、私を探しているだろうか。仕事が長引くやも知れないと言っていたから、まだ仕事中だろうか。

 国の命令とはいえ、あのような優しい一般人を戦争に巻き込みたくはなかった。願わくば、彼にダキアの魔の手が延びていないことを。

 ん? なにやら応久の顔が見えるな。これが走馬灯だろうか。まだ死にかけて居るわけでもないのに気が早いものだ──

 

「──おい! おい! ミリア! 大丈夫か! しっかりしろ!」

「なんだ本物か……じゃない! 応久! なんでここに居るんだ!?」

「良かった。気がついたか。そしてそれはこっちのセリフだ。何があったんだ? さっきから混乱しっぱなしだ」

 

 顔を左右に振って無理やり目を覚ます。

 

「応久、敵だ。私と同じように転移してきた敵国の兵士がいる。カステルと名乗っていた。……すまない。不覚にも私は連れ去られてしまったようだ」

「そんな……いや、そうか。まだよく飲み込めないが、でも間に合ったんだよな? 取り敢えず傷は無いし」

 

 応久が私の剣で縄を切ってくれた。持ってきてくれたのか。重かっただろうに。

 

「すまない。ありがとう」

「それより早くここから出よう。こんな不気味なところ、あと一秒だって居たくない」

 

 応久がスマホのライトで回りを照らす。廃材が乱雑に積み上げられており、見るからに危険だ。

 

「いいや、ここを離れる訳にはいかない。このままやつを放置したら何をするかわからない。ここでやつを無力化し、情報を聞き出す。それもわざわざ持ってきてくれたことだしな」

 

 私の愛剣を指さして言う。

 

「……危険じゃないのか」

「確かにそうだが、今は好機だ。やつは一旦寝ると言っていた。私が今動けば不意をつけるはずだ」

「俺は荒事に関しては門外漢だから任せるけども……俺はどうすればいい?」

「そうだな……私に付いてきて欲しい。私が狙われているとわかった今、単独行動は危険だ。こんな有り様で信用できないとは思うが、今は私の目の届く所に居て欲しい」

 

 応久は私にとって非常に重要な存在であることは向こうも分かっているはずだ。直接私が狙われたことは不幸中の幸いと見るべきだろう。

 

「……そうか。だけど俺はただ離れて見てることしか出来ないぞ?」

「ああ、それで良い。そして万一戦闘になり、私が負けたらすぐに逃げてくれ。そのぐらいの時間は稼ぐ。間違っても助けようとしたりするな」

「……」

「そんな顔をしないでくれ。私はとうに覚悟は出来ている。今だって、応久が助けてくれなければ死んでいただろう」

「……いや、そんなことは許せない。絶対に負けないで……死なないでほしい。そんなにすぐに命を無駄にされるなんて、そんなのはごめんだ」

 

 ……こんな状況でも私を気遣ってくれるのか。やはり優しいな。優しすぎるくらいだ。

 

「……わかった。そうさせてもらう。まだ戦闘になるかは分からないが。応久は私の剣の他に何か持ってきたか?」

「いや。こんなことになるとは思ってなかったからな。昨日も持ってた外出用の鞄と、あとはスマホぐらいだ。役立ちそうなものは何も入ってないよ」

「そうか。いつでも逃げられる用意だけはしておいてくれ。頼んだぞ」

「いいや、その必要はない。お前は負けないで、俺と一緒に帰るんだ。そうだろ?」

「……ああ。そうだな。その通りだ」

 

 そう言うと気持ちを奮い立たせ、扉を開いた。

 やはり地下だったようだ。やはり暗闇の中ではあるが、目が慣れたおかげて階段が見える。

 足音を立てないように気を付けて、私は階段を登った。

 

 

 

 

 月明かりが差し込んで来るお陰で、工場内はライトがなくてもなんとか周りが見える。スプレーで書かれた落書き。錆びついたグラインダー。積まれた大量のプロパンフラスコ。やはりこんなところは早く出て行きたいが、今はそうもいかない。

 ミリアの後ろについて工場内を探すこと約十分。その男は二階の会議室の錆びたパイプ椅子を一つだけ出し、座ったまま寝息を立てていた。

 深くうつむいていて、顔をうかがうことは出来ない。

 あのコートを着た大柄な男がカステルだろうか。

 ミリアが右手で俺を制し、足音を消して向かっていく。

 素人目だが、見事な足運びだ。耳を澄ましているのに、足の擦れる音一つ聞こえない。

 ミリアが無音のまま剣を振りかぶった。そのまま手か足を斬りつけ、無力化を図るつもりか。残酷だが、そんなことを言っているような場面ではないのだろう───

 

 思わず目を背けた俺の耳に、高い金属音が届いた。

 

 急激に空気が動く。男が右手の甲で剣を弾き、そのまま後ろに飛び離れたのだ。

 

「おうおうおうおう、寝込みを襲うたあ良い趣味してるじゃあねえか。キミ達アチアの野郎どもはよく、騎士道精神だとかほざいてやがりませんでしたっけえ?」

「狸寝入りなんてしているやつに言われたくはないな」

「私は寝てましたよ。全く……どうやって抜け出し───おっと、そちらの方が助けに来たのですか。大方あの人たちが何か手がかりを残したのですかね。

 だからあんなバカどもを使うのは反対だったんだよ」

「何をブツブツ言っている? 戦う気が無いなら大人しく手を上げろ」

 

 彼女の声には若干の苛立ちが含まれていた。

 

「しかしその魔力反応……ふむ、それが口実ですか。良いでしょう、かかってきなさい。範囲や位置は、後で聞き出すとします」

 

 瞬きをする間にミリアは数メートルあった距離を一瞬で詰める。

 

「───シイッ!!」

 

 彼女は一呼吸の間に直剣での三連撃を打ち込んだ。が、その全てが寸前で躱される。カステルの動きは流麗だが、体勢が僅かに崩れた。

 

「フッ!!」

 

 その隙を突いてミリアは蹴りを繰り出そうとした。だが脚が地面を離れることは無かった。カステルの腕が蛇のように伸び、彼女の膝を押さえたのだ。

 

「剣に注意を向けさせておいてからのハイキックですか。よく戦い慣れしていますね。私達相手でなければ首が折れていたかもしれません」

「……言っていろッ!」

 

 戦闘が続く。

 目で追うのもやっとだが、数分間見ていれば分かることもある。

 ミリアの剣術は正統派だ。要所に蹴りを交えたりはしているが、それを除けば剣道にもよく似ている。何万回と修練が積まれたであろう太刀筋は美しくすらある。

 対してカステルは、見たこともないような体術を使う。ミリアの直剣を紙一重で避け、逸らす。左右の腕には鉄板でも入っているのだろうか、剣を逸らす度に金属音が響く。両足は鞭のように動き、蹴りが真横や真下からミリアを襲う。

 ……優勢なのはカステルか。ミリアの直剣はすべていなされ、かすり傷すら与えられていない。一方カステルはクリーンヒットこそ避けられているものの、何回か打撃を入れている。

 ミリアは息が上がり、少しずつ疲れが見えている。このままではじり貧だ。

 カステルの槍のようなサイドキックをミリアが両手で防ぎ二、三歩後退した。俺はカステルの真後ろにいる。ここはカステルにとって死角なはずだ。今なら不意をつける……! 

 

「……はあっ!」

 

 拾っておいた鉄パイプで後ろから殴りかかる。まだカステルはミリアの方を向いている。これならもう防御は間に合わない───

 次の瞬間。

 カステルは体の向きを変えずに、フクロウのようにこちらを振り向きいた。

 直後、視界が上下反転する。

 さらに横方向に加速した俺の体は、プロパンフラスコの束の中に突っ込んだ。

 

「応久!」

 

 がらがらと崩れるフラスコの束の中で、俺はようやく投げ飛ばされたのだと気がついた。

 

「が……はっ……」

「大人しく待ってなあ! この女を料理したら、ゆっくり可愛がってやるからよお!」

 

 俺は壁によりかかってなんとか体勢を立て直した。

 

「応久、大丈夫か?!」

 

 ミリアが俺に駆け寄る。

 

「こいつ、人間じゃない……?!」

「──ああ。今ので確信がついた。こいつの体術は人間の限界を超えている」

「人間じゃないとは失礼ですね。私達は後発とは違って100%、混じりけなしの人間ですよ」

「……どういう事だ?」

 

 短い戦闘でも、ミリアは明らかに消耗してきている。少しでも時間を稼ぎたい。

 

「1+1。1+1は3にも4にもなるって言葉がありますよね?」

「何の話だ?」

「人が協力すれば一人一人よりもずっと強いって意味なんですけれど、まさに真理ですよね。そして私達は常に4。兄弟合わせて常にいつでも4なんです」

「……ッ! ダキア! 貴様らそれで良いのか?! そんな非人道的な、理ことわりに背くようなこと……!」

「ミリア、どういう事だ?!」

「応久、こいつらはな、二人の人間、それも兄弟を無理やり合成してつくられた存在だ!」

「ご名答。私達は合成獣キメラ計画の成功例第一号、ヒトとヒトとのキメラですよ」

 

 そこで彼らはにっこりと笑った。継ぎはぎだらけの顔で。

 

「そんな……そんな所業、なんで受け入れてるんだ? おかしいだろ!」

「おかしい? 何がですか? 私、カステルは最も信頼する格闘センスと強靭な肉体が

 俺、ポルクスは最も信頼する頭脳と判断力が手に入ったんだ。後悔なんざ微塵もしてねえぜ? 俺達が送ってきた奴らも、今頃感謝してるはずだ」

「送ってきた……? じゃあまさか、最近起こってる失踪事件は!」

「ああ、その通り。俺たちだけの仕業じゃあないけどな。俺たちの後発、人と獣とのキメラ。その実験台にしてあげているんだ」

 

 彼らは芝居ががった仕草で両手を広げた。

 

「……そうか。もういい。話すな。貴様は今、ここで殺す」

 

 ミリアは剣を突きつけた。

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