俺の部屋にくっころ女騎士が転送されてきた件について   作:Cassandra

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第七話 信頼

 ミリアの瞳に怒りが燃える。無論、俺も奴を野放しにしておくのは看過できない。

 だがミリアの消耗は素人目にも明らかだ。このままでは彼女は負けてしまうだろう。

 

『ミリア、俺に作戦がある。聞いてほしい』

 

 声を潜めて話しかける。

 

『何だ? 先程までで分かっているとは思うが、やつは生半可な策では……』

『俺がやつの目を眩ます。そしたらミリアは昨日ひったくりにやったように奴に向かって剣を投げてくれ。そうすれば──』

 

「──悪くない。やってみよう。まずは普通に戦えば良いんだな?」

「ああ。頼んだ」

 

 

 ミリアが床を蹴って突進しつつ、斜め下から斬擊を繰り出す。

 その斬擊を彼は脚で逸らし、さらに体を傾けて躱した。

 

「ハッハァ、お話は終わりかぁ!? しかし良いことばっかりだぜぇ? 筋力も、持久力も倍以上だ。おまけにこんなことだって出来る!」

 

 カステルは躱した勢いのまま両手を地面につけ、そのまま足を開くようにして蹴りを繰り出した。本来曲がるはずのない太腿やスネが折れ曲がり、蹴りに十分な重さを与える。

 

「ぐっ……それは人々を犠牲にして良い理由にはならない!」

 

 頭部に向かって繰り出された蹴りを何とか左腕で受け止めながら、ミリアが片手で突きを繰り出す。

 

「いいえ、なるんですよ。私達は貴女と同じです。国のため、民のため、そして何より自分のために、上に言われた通りに戦う。盲目的な分、貴女の方が厄介なぐらいです」

 

 流星のように繰り出された突きを右腕で逸らす。辺りに金属音が響いた。

 

「……ッ貴様に私の何が分かる!」

「拳と剣を交えれば分かりますよ。貴女が忠犬のように従って来たことぐらいはね」

「ふざけたことを! 言うな!」

 

 ミリアが十字を切るように斬擊を放つが、彼は飛び退いて躱す。

 

「おお怖い怖い。そんなに気にするなって。兄さんの話に深い意味なんてねぇからよ!」

「だまれッ!」

 

 ミリアが距離を詰め、横薙ぎにに剣を振るった。

 

 

 ──

 

 

「がはっ……!」

 

 ミリアが腹部に掌打を受けて後退する。

 彼女の限界が近い。唇の端からは鮮血が垂れているし、左腕はだらんと下がったままだ。

 一方彼らは独特の構えを崩していない。いくつか浅く斬られてはいるが、まだまだ余裕がありそうだ。

 

「いい加減諦めたらどうだい? 長い時間いたぶるのは趣味じゃねえんだ。そこの男も逃げたって良いんだぜ? 俺達は追わねえからよ」

「あいにく、街を荒らした元凶を放置して逃げるほど平和主義者じゃなくってな」

 

 ──状況は最悪に近い。しかし、ようやく位置が整った。鞄から打ち上げ花火を取り出し、勘付かれないよう『魔法』で点火する。

 

「はあああああっ!」

 

 こちらへと視線を向けさせるべく、大声で俺は鉄パイプを構え、突進する。発射のタイミングが早くても遅くても、俺は死ぬかもしれない。その思いが心臓の鼓動を加速させた。

 奴までの距離はあと3歩というところで、右腕から火花が放たれる。

 暗闇に慣れた目にはちゃちな花火でもサーチライトのように眩しい。視界は一瞬で真っ白に塗りつぶされた。

 

「──!」

 

 一瞬遅れて、ミリアの剣がカステルの喉元へと投げられた。空気を切り裂いて抜き身の刃が飛翔する。奴の視界は数瞬の間、光の中だ。これなら──

 

 辺りに金属音が響いた。

 

 蹴り上げられた抜き身の直剣は空中でくるくると回転し、虚しく地面へと転がる。火花はカステルの背後へと飛んでいった。

 

「何か準備してるとは思いましたが、なかなか面白いことをしますね貴方。しかしこれで終わりです」

「……そうだな。終わりだ」

 

 俺は地面へと伏せる。

 直後、耳を引き裂くような爆発音。発信源はカステルのすぐ後ろだ。巨大な衝撃が腹を突き抜ける。

 カステルは3メートル程吹き飛んで倒れた。あの衝撃だ。もう立てまい。

 

「がはっ……そうか……てめえ、あの時栓を緩めて……!」

「ああ。プロパンフラスコにガスが残ってたのは僥倖だった」

「……何か言い残すことはあるか」

 

 俺と同じく伏せていたミリアがカステルに剣を突き付けた。

 

「……末期の言葉を遺させてくれるたぁ、流石騎士様はお優しいねぇ。

 ええ……甘すぎます。……ですが、嫌いではありませんよ」

 

 彼らのコートはずたずたに避け、全身に破片が突き刺さっている。

 

「……お礼に忠告です。貴女、もう少し疑うことを覚えた方がいい。

 その通りだ。長生きしたきゃな」

「何だと? それはどういう──」

 

 彼はニヤリと笑い、続けた。

 

「ククク、そこまで教えてやる義理は流石にねえなあ。

 ……さて、それではお言葉に甘えて末期の言葉でも語らせてもらいますか。……ポルクス。私は貴方と一緒に居れて幸せでしたよ。ありがとう。

 ……そうかい兄さん。俺もだ。ありがとう。

 よし。じゃあな」

 

 がちりと音がした。彼らは音がするほど歯を噛み締めると事切れた。

 

「……奥歯に毒でも仕込んであったか」

 

 ミリアがどこか悔しげな表情で言う。

 月明かりが窓から少し差し込んだ。

 照らし出された蒼白い彼らの顔は、安らかだった。

 

 

 

 

 

 

 あまりに現実感が無い。

 自宅の明かりを付けるまで、一言も言葉が出なかった程だ。

 

「さて応久、すまないが私はこれから私は帰らねばならない」

 

 家に帰るなりミリアが発した言葉はそれだった。

 

「帰るって……故郷の異世界にか?」

「ああ。奴らの言動、どうも引っ掛かる所が多い。一度確かめておきたいんだ」

「しかし、そんな体で……」

 

 立っているのもつらいはずだ。あの爆風だって、伏せていたとはいえ俺より近くで受けている。ここに帰って来るのも、肩を貸してやっとだったってのに……

 

「私なら大丈夫だ。私のことは忘れてくれて構わない。もう会うことも無いだろう」

 

 ミリアは素っ気なく言う。

 ふらふらと部屋のすみにおいてあった黄金色の甲冑を着ると、スカートの中から円筒形の水晶を取り出して操作を加えた。

 

「それでは、さよならだ」

 

 ミリアの横に、藍色に光る濁った板が現れた。板は多角形で濃淡が常に動いている。これが異世界への門だろう。

 

「待て」

 

 ミリアの細い手を掴んだ。

 

「俺も一緒に連れていってくれ。ここまで関わっておいてそれは水くさいだろ」

「──駄目だ」

 

 彼女はあくまで平坦な声で続ける。

 

「君の安全は保証できない。君も最初、迷惑がっていたじゃないか。喜んでくれ。厄介者がいなくなるんだからな」

「……大丈夫だ。俺の迷惑なんて考えなくていい。少しでもミリアの力になりたいんだ」

「……私が迷惑だ。足手まといに付いてこられても困る」

 

 彼女はそっぽを向いて、俺の手を振りほどこうとする。

 

「いいや。お前は手ぶらで帰れるような状況じゃない。『レヴィオルグ起動のための魔力の確保に成功した』実績が要るはずだ」

 俺がそこまで言うと、彼女は少しだけ頬を緩めた。

 

「……駄目だと言っているのにな……君は本当に、仕方の無いやつだよ」

 

 そう言ってミリアはゆっくりと優しく、手を握り返してくれた。

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