行われなかった2004年の高崎大賞典の裏はウマ娘世界だとこんな感じだったんじゃないかという話です。

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址を飛び立つ旅がらす

降り注ぐ雪は勢いを増し、外の全てを白く塗りつぶしていく。曇った窓を手で拭うと、真っ白に染まったダートコースが見えた。

 

部屋の中を見返すと古ぼけたソファーや衣装掛けが端に置かれ、端の備品を入れる金属の棚には黒いラジカセが置いてある。雑に立てかけてある姿見は表面がホコリで汚れており窓は吹雪で時折ガタガタと音が鳴る。そんな中央の設備とは違った全体的に寂しい部屋にまだ若い金髪のトレーナーと鹿毛の髪をポニーテールにまとめたウマ娘の2人がいる。

 

「レース、無くなっちゃいましたね。」

 

体育着を着たウマ娘が、つい先ほど告げられた哀しい事実を、改めて噛み締めるように呟いた。今日は財政難で閉鎖することになった高崎レース場で最後のレースが行われる日。

彼女は本来ならメインレースの高崎大賞典を走り、80年続いた歴史の最期を華々しく飾る主役の1人になるはずだった。

だが、レースは8Rを以って雪のため開催中止となり、そして今日でレース場が閉鎖されるため延期処置も取れない。つまり、今日の11Rに行われるはずだった高崎大賞典は、大晦日の雪の前に夢や希望もろとも消えてしまったのだ。

 

「———すまない…」

 

「謝ることないですよ。トレーナーさんだってまだ新人だし、天気もしょうがないものなんですから。ほら顔をあげてください。」

 

トレーナーの顔に優しく手が添えられる。

 

「それにトレーナーさんには感謝してるんです。中央で結果が残せずここにきて半年ですけど、トレーナーさんはすごくわたしのことを気にかけてくれました。」

 

「最初はサブトレーナーでしたけど、一緒に頑張ってくれて結果も出せて、それで正式にわたしの担当になってくれた時はとても嬉しかったです。今日は走れませんでしたけどここまで頑張ってきたことは無駄じゃありません。わたしは園田に行きますがそこでもきっと頑張れます!」

 

「そういえば君は園田に行くんだったね。」

 

「そういうトレーナーさんは大井に行くんですよね。一度行ったことがありますけどすごい都会で目が回りそうでしたよ。」

 

「せっかく行くなら大井がいいって言ったらそれが通ってね。レベルは高いけどやれるだけやってみるよ」

 

「レベルが高いのもそうですけどちゃんと馴染めますか?あんまり話すの上手じゃないですしそこも重要ですよ。」

 

「...なんとか頑張る...」

 

彼が気まずそうに逸らした目は窓の方を向き、それに釣られるように彼女も目をそちらに向ける。窓はかすかに震え、部屋の中はボロボロの暖房が最後まで役目を全うしようと唸る音がする。

 

「それにしてもすごい雪ですね。さっきまで走ってた娘はべしゃべしゃになって大変だったんじゃないですか?」

 

「雪でダートが緩くなって大変だって言ってたな。それでも走れたことは楽しかったって言ってたし服は泥だらけだったけど笑顔だったぞ。」

 

「ウイニングライブも嬉しそうにやっててこっちも笑顔になりました。」

 

そう言って椅子を引きずり、距離を縮める。

 

「トレーナーさんは、わたしが今日レースをできてたら、テンリットルさんやサンエムキングさん相手でも勝ってたと思いますか?」

 

彼女が挙げたウマ娘はどちらも有力なウマ娘達だ。特にテンリットルはこのレースを連覇しており、3連覇をかけて望むはずだった。

 

「...わからない。だが俺は最後まで君のためにやるべきことをやって、そうすれば勝てていてもおかしくないはずだ。」

 

「最後までトレーナーさんらしい答えです。なんだか安心しちゃいました。」

 

そう言ってトレーナーの方を見たが、やはり顔はすぐれない。どうしたら元気になれるか考えながら周りを見渡すと、衣装掛けにライブで着るかもしれなかった勝負服がかかっているのが見えた。

 

「そうだ!」アイデアが思いつくままに声も出た。

 

「トレーナーさん、ここでライブをしましょう!」

 

一気に顔を近づけ、興奮したように言葉を紡ぐ。疑問符を頭に浮かべたトレーナーへ言葉を重ねて浴びせる。

 

「せっかく重賞用の衣装があるのに着ずにいるのは勿体ないじゃないですか。それにここにはラジカセもありますし曲だって流せますよ!」

 

そう言ってカセットをぺしぺしと叩く彼女におずおずと声をかける

 

「君がそうしたいなら俺は手伝うが...他に誰か呼んだりしないのか?」

「いえ、トレーナーさんと2人がいいです。」

 

「チームの娘を呼んだりしないのか?」

「いいえ、トレーナーさんと2人がいいです。」

 

「...わかった。じゃあ準備をしよう。」

 

「そういえばトレーナーさんてビデオカメラを持ってましたよね。フォームの確認とかに使ってたやつ。今日は持ってますか?」

 

「あるぞ。」

 

「やった!これで撮影会ですね!」

 

急な押しの強さに少し引きながら、足の高さが合わない折りたたみ机を横にズラし、底面の合皮に穴が空き、スポンジが丸見えのパイプ椅子を畳む。

1人が踊れるだけのスペースを確保したところで、着替えのため廊下に放り出された。

 

暖房のない寒い廊下で点滅する蛍光灯を見つめながらぼんやりと今までのことを振り返る。

 

新人で右も左も分からない中入ったレース場はすでに限界を迎えていて、仕事に慣れるため右往左往している中廃止の流れがどんどん進んでいき、何も出来ないまま気づけばレース場がなくなってしまうことへの無力感、手応えを感じたウマ娘を晴れ舞台に送れなかったことの悲しさが胸を包む。

担当には顔を上げてくれと言われたがそう簡単には気持ちの整理がつかない。

そう思いながら手持ち無沙汰に寒い廊下をうろつき、横の部屋の様子をちらりと眺めたりしていると合図があった。

 

 

「じゃーん!どうですか?」

 

そう言って現れた彼女は初めて着る重賞用の勝負服を少し浮足立ちながらもしっかりと着こなし、自信ありげにポーズを取っている。

 

「いいね。すごく綺麗だよ。」

 

率直すぎる褒め言葉に驚いた彼女の尻尾が少し上に上がる。

 

「トレーナーさんってそんなこと言えるんですね。そういうこと言わないタイプだと思ってました。」

 

そういう彼女の顔は嬉しそうだ。よく見ると耳もご機嫌に動いている。

 

「それはともかくライブです!CDは入れてあるので再生はトレーナーさんにお願いしてもいいですか?」

 

「わかった。その前にちゃんとビデオが映るか確認する。」

 

「お願いしまーす」

 

そして準備が終わり、ついに2人だけのライブが始まる。

 

音の邪魔にならないよう暖房を切った部屋にはラジカセから流れるライブ曲の音と、ダンス用の靴が床を鳴らす音だけが聞こえる。幸い吹雪は弱まった。

練習の成果を存分に発揮し、彼女は伸びやかに、思う存分踊る。この楽しい時間がもっと続いて欲しいと思ったが、既に半分がすぎた。

 

間奏パートにトレーナーの方を見ると、先程までずっと暗かった表情が今は明るくなっている。悲しい顔で別れたくないと思い提案した2人だけのライブはどうやら既に成功しているようだ。だがまだ曲は終わっていない。

最後まで間違わないよう、一際集中する。暖房で温められた空気が体にまとわりつくがあともう少しだ。冷静かつ大胆なダンスはいっそう激しさを増す。

いままで何度か勝ち、ライブを行ってきたが今日はそのどれよりも上手く踊れている。

その喜びとともに踊ったダンスはついに終わりを迎え、最後のポーズをちょっと変えてキメたわたしは、心地よい疲労と満足感に包まれていた。

 

 

ふと気づくと拍手の音が聞こえる。トレーナーの方を見ると、少し泣きそうな笑顔で大きな拍手をしていた。

上機嫌になり、ついアイドルのパフォーマンスの真似をしてしまう。

 

「ありがとうございました!」

 

そういった私の耳には、よりいっそう大きな拍手が飛び込んできた。

 

「すごく良かったね。」

 

「ありがとうございます。ちゃんと練習してましたし上手くいって良かったです。」

 

「最後のあれはアドリブ?」

 

「わかりました?昔中央でメイクデビューを走った時勝った子がこれやっててその時からどこかでやりたいと思ってたんですよ。」

 

「君らしくてよかったな。」

 

「ありがとうございます!そういえばちゃんと撮れてました?」

 

「大丈夫だ。後でPCからDVDに落としておく。」

 

「わかりました。」

 

そんな会話をしながら、2人は椅子や机を元の位置に戻す。すぐに畳まれてどこかへ行くことになるものだが、なんとなくこうしなければならない気がた。

 

「じゃあトレーナさん!着替えるので外で待っててください。」

 

そう言われると再び外に押し出される。

 

点滅する蛍光灯は、先程より少し明るく見えるような気がする。雪はさらに降り、帰るのは簡単では無いだろう。 雪の降る音を聞いていると、ドアの奥から声が聞こえた。

 

「そういえばトレーナーさんはこの後どうするんですか?」

 

「残ってる仕事を済ませてから同僚と一緒に紅白を見るんだ。」

 

「いいですね。ちなみに何が気になってますか?」

 

「マツケンサンバかな?」

 

「なるほど、わたしはハナミズキが聴きたいです。でも寮のテレビが共用のやつしかないからみんな集まってぎゅうぎゅう詰めなんですよ。」

 

「大変だな。でもそれもひとまず最後だしみんなで楽しもう。」

 

「はい!みんなでお菓子パーティーがあるらしいので私も旅がらすを持っていきます!」

 

「寮までの道は暗いから気をつけるんだぞ。」

 

「この後みんなで一緒に集まって帰るから大丈夫です!」

 

「なら大丈夫か。雪で滑らないようにな。」

 

「はい!」 その瞬間ドアが開く。

最後に部屋を見渡し、忘れ物や消し忘れがないかをしっかり確認し、再び廊下に出る。

 

「短い間ですがお世話になりました!」

 

「こちらこそありがとう。またどこかで会えるといいね。」

 

「はい!大井に来た時はよろしくお願いします!良いお年を!」

 

「良いお年を。」

 

 

最後に言葉を交わし、2人は別れる。

空はだんだん暗くなり、色彩の消える世界まであと僅かに迫っていた。

 

 

 

 




この元ネタとなったウマ娘はトウカイボスという子です。このあとも園田で5年走り続け、11歳で引退しました。
騎手は今ヘルシェイクでアツい矢野騎手です。当時は金髪だったらしいですね。

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