ありふれた異世界で魔獣は笑う   作:富竹14号

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 オルクス大迷宮で魔物と戦っただけの話。

 息抜き二作目(短編)、好評だったから書くかもしれませんね。


化物と化物が戦うだけの話

 

 

ーー暇だ。

 

 それは、俺の中に突然降って湧いて出た感情だった。

 

 意味も無く、何かやり尽くした訳でも無く、ただただ唐突に湧き出た感情だった。

 

 友達と遊んでいるのは楽しいし、本を読んでいると色んなことを知れてまた楽しい。

 

 楽しいけど…なんでだろう、俺はそれでも暇だと感じてしまう。

 

 何かが足りない、満たされない、渇いて渇いて仕方がなかった。

 

 どれだけ友達と楽しいことをしても、どれだけ嬉しいことがあっても、どれだけ喜ばしく思えるようなことがあっても、俺が心の底から満たされることは無かった。

 

 それが、まだ何も知らない子供だった俺には何なのかが分からなくて、自分が何をしたいのかが本当に分からなくて、心がムズムズとしていた。

 

 そのムズムズする感覚が嫌だったから、俺はこのムズムズを消すにはどうすれば良いのかを考え続け、ふとサッカーを習っている友達のことを思い出した。

 

 彼はサッカーの練習をしている時によく怪我をしたり、色んなことで怒られたりしていたのだが、その顔は何時も満ち足りたような顔をしていたのをよく覚えていた。

 

 それを思い出して、これまた思った。

 俺も、何か本気で打ち込める様な何かを見つければ、このムズムズは消えるのかな…と。

 

 そう思ったから、そうすればこの訳の分からないムズムズが消えると思ったから、俺は母さんに何かしらの習い事的なことをしたいと相談した。

 

 出来れば身体を動かす習い事が良いと付け足して。

 

 母さんは俺の言葉にほんの少し悩んだ後に…その言葉を口にした。

 

『それじゃあ、昔私が通ってた道場行ってきなさい』

 

 …今でも思う、これが今の俺を形作った最初の一歩だったんだと。

 

 この出来事が無ければ、この軽い言葉が無ければ、今の俺は存在していなかったし、本当の自分にも気づけなかっただろう。

 

 だから、俺は母にとても感謝しているのだ。

 

 何故ならば、あの時の言葉が無ければ、あの場所に行っていなければ、俺はこのムズムズの正体に気づくことも無く、この『世界』で過ごすことになっていただろうから。

 

 この、なんとも気持ちの良い高揚感も、全身に駆け巡る溢れんばかりの歓喜も、そして己を形作る切っ掛けをくれた母への感謝も、何一つとして知ることも無く、『コイツ』と相対していただろうから。

 

 全長10mを優に超える漆黒の巨体、業火を纏う悪魔の様な角、血の様に赤黒い鋭い眼光。

 

 鉢切れんばかりの威圧をその身に纏い、鋭い爪と牙を打ち鳴らし、聞くだけで震え上がりそうな程に低く、冷たい唸り声。

 

 そして、それ等全てを持ちながらも、油断も嘲りも慢心も遊びも一切持ち合わせず、今か今かと此方の隙を窺い続けるその目。

 

 その赤黒い瞳は、魔物には存在しないはずの『意思』を感じさせ、野生の中で生きる獣には持ち得ないはずの『誇り』を感じさせた。

 

 それ等のことを肌で感じ、体感し、そして改めて確信する、こいつは他とは違うと。

 

 何がどう違うのかとか、そういう具体的なことは俺には何一つして分からないけれど、それでも俺はそうに違いないと確信していた。

 

 本で見た限りでは、迷宮の魔物は死んで暫くしてからまた湧くそうだが、コイツは…コイツだけは違う。

 

 コイツはコイツだけの存在だ、コイツは一度殺したらもう二度と湧いてこないし、同じ様な存在はもう二度と生まれてこない…何故だか、そういう確信があった。

 

 もう二度と生まれないという確信があった、一度殺してしまえばそれで終わりだという確信があった。

 

 だから俺は…コイツを殺したいと思った。

 

 戦って、殺し合って、命を奪い合ったその果てに殺してやりたいと…そう思った。

 

 誰にもやらない、コイツだけは俺の手で殺したい、殺し尽くしたいと…心の底から思った。

 

 こんなことを考える自分がおかしくて、周りの人間の考えの方が正しいと言うことは自覚している。

 

 光輝(勇者)ならば俺のソレを否定するのだろう、八重樫(彼女)ならば俺のソレを諌めたのだろう。

 

 他にもメルドさんとか愛子先生とか、ハジメとか坂上とか谷村とか恵理とか、とにかく俺のこれを理解出来ない奴は、否定するか止めるかしてくれたのだろう。

 

 だけど、それを言ってくれる存在は、ここにはいない。

 

 ここには俺と、コイツしか存在していない。

 

 互いが互いに、相手を殺すことしか考えていない。

 

 殺意だけが充満するこの空間の中には、俺達しかいないのだ。

 

 倒さなければ、殺さなければ生き残れない、この狂気に身を任せなければ生き残れない。

 

 今の俺達は、そんな場所にいる。

 

 だから倒す、だから殺す、殺し尽くす。

 

 生きる為に、共に奈落に落ちたハジメ(友達)と一緒に帰る為に。 

 

 そして何より…俺が俺である為に、俺の乾きを潤さんが為に。

 ーーだから……

 

「…クハッ…!」

 

 今から自分がやろうとしていることに対し心が踊り、自然と笑みが浮かび上がる。

 

 身体は今か今かと待ちきれないとでも言わんばかりに震え、手に持つ斧槍…斧槍? 方天画戟? を握る手には無意識的に力が籠もる。

 

 今、眼前に居座るコイツは、一体どんな気持ちなのだろうと、何気なく疑問に思う。

 

 ほんの少しだけ考えてみて、即座にその思考を切って捨てた。

 

 どうでも良い、意味が無ければ理由も無い。

 

 ただただどう殺すかだけを考えたい、どうやって殺すのかだけを考えていたい。

 

 そんな願望の元、その思考を切って捨てた。

 

 そして、この思考の切り捨てにだけはキチンとした意味が存在した。

 

 それは、俺自身の完全なる臨戦態勢の完成を意味する。

 

 何ということは無い、文字通り敵を殺すことしか考えないだけの、至極単純なソレ。

 

 身体能力が上がるわけでもなければ、特殊な力を使える様になるわけでもない。

 

 ただ思考を殺すことだけに特化させる、ただそれだけのソレだ、スキルでもなんでもない。

 

 ……あぁ、それはそれとして───

 

 ──少し…無駄に考えすぎたな

 

 その思考を、その変化を、『コイツ』は感じ取ってくれたのだろうか。

 

 ゆったりとした動作で見の姿勢を解き、同じようにゆったりとした動作で攻撃の態勢へと移り始めた。

 

 そのゆったりとした動作の中には、隙と呼べる様なモノが一切存在しない。

 

 その姿は、やはり獣にも魔物にも見えない。

 

 俺には、それが人間の武人が見せる『構え』にしか見えなかった。

 

 互いが互いに相手を見る、相手しか見ない。

 

 ピリピリとした様な感覚、糸が張ったかの様な緊張感、視界が歪んで見える程の殺意。

 

 互いに動きは無し、何時始まるのかも分からないその殺し合いが始まるその瞬間が来るその時を、ただただ待ち続ける。

 

 静寂がその空間を包み込む、もう自分が何をしているのかさえ、俺には分かっていない。 

 

 そんな静寂の中、ギリッという音が鳴った。

 

 それは、俺が鳴らした音…歯を食いしばった際に発生した音だった。

 

 何ということはことは無い小さな小さな音、静かで矮小で人間なら何時鳴らしても不思議ではない音。

 

 しかし、今この瞬間に於いては、それは何よりも大きな音となってこの場に現れた。

 

 そう、今この瞬間に於いて、その音は何者も覆せないソレとなった。

 

 

 ーーそれが合図だった

 

 

 互いに、同時に踏み込んだ。

 

 地面が割れ、砕ける音と共に、俺と奴は一瞬にして肉薄していた。

 

 俺は手に持った斧槍を、奴は己の爪を。

 

 互いに同時に踏み込み、同時に振りかぶる。

 

 その際に、ほんの一瞬だけ奴の瞳を見ることが出来た。

 

 その眼は、ただ一言だけ語る、『死ね』と。

 

 何処までも純粋なソレ、ならば俺も語ろう。

 

 ただ一言だけ……『殺す』。

 

 声無き声で語り、雄叫びも無く、ただ静かなままに、振りかぶった凶器を振るう。

 

 斧槍が、爪が、己の振るった殺意が影と共に交じり合ったその瞬間ーー

 

 

 

 

 ーー全てを薙ぎ倒さんばかりの暴風と共に、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 


 

 

──ガゴォォーンッ!!

 

 音が鳴り響く。

 

──ガァァァーーンッ!!!

 

 鉄と鉄が激突したかの様な音が鳴る。

 

──ズガゴォォォーーーンッ!!!!

 

 大砲が放たれたかの様な音が轟く。

 

──ガァァンッ!! ズガァンッ!! ゴガァァンッ!!

 

 鳴れど鳴れども止むことの無い轟音、終わることの無い破裂音。

 

──ガガァンッ!! ガンッ!! ガンッ!!! ガンガガンァァンッ!!!

 

 何度も何度も何度も何度も、何時までも続き続ける、何かが打ち付けられる音。

 

 轟音としか呼べない音が、その閉鎖された大広間の様な空間に響き渡る。

 

 ……一体、誰が想像出来るだろうか?

 

──ガガガガガンッ!! ズドガッ!! ズバンッ!! バゴンッ!!

 

 これらの尋常ならざる轟音が、この何もかもを置き去りしかねないこの音達がーー

 

「ーーッ!! クハッ…!!」

 

「Guruaaaaaaaッ!!!」

 

 たった一人の人間と、一匹の獣によって奏でられているモノだということを。

 

「ッ!! ラァァッ!!」

 

 人間が、少年がその手に持った矛を振るう。

 

 それは音を軽く置き去りにし、振るった先に破壊を齎す至極の一撃…それをごく当たり前の様に繰り出す少年は、最早常人のそれでは無い。

 

「Gaaaaッ!!!」

 

 しかし、それに対する獣もまた、常域のソレでは無い。

 

 音を置き去りにしたその一撃を、獣は同じく当たり前の様に自らの爪で往なした。

 

 大上段から繰り出されたソレは、往なされた地面へと激突し、爆音と共に地面に大きなクレーターを作り出す。

 

 ソレを横目で見据え、すぐさま捨て去った獣は、今度は此方の番だとでも言わんばかりに攻撃を繰り出す。

 

 爪、牙、尾、角、炎、声、魔法…自身に存在するありとあらゆる技術を眼前の強敵…否…生涯最凶の宿敵に繰り出す。

 

 紅く脈動した爪を振るう、魔力を纏った牙で喰らう、刃の様に鋭い尾を薙ぐ、業焔を宿す角で穿つ、衝撃を持つ声で襲う、最大火力の魔法を放つ。

 

 爪は空間を裂き、牙は全てを噛み砕き、尾は全てを薙ぎ裂き、角は全てを穿ち、声は全てを弾き飛ばし、魔法は全てを消し飛ばしてきた。

 

 その表現に嘘は無い、事実からしてそうなのだから。

 

 正規の手段、非正規の手段問わず、獣に挑み打ち勝った者は一人として存在しない。

 

 例外も存在はするが正規非正規問わず、獣に挑み、生き残った者は存在しない。

 

 皆、獣が持つ武器に敗れ去った……解放者と呼ばれた者達、神を名乗る者でさえも。

 

 そんな化物を、そんな怪物を、そんな伝説を…眼前に存在する敵は越えようとしていた。

 

 襲い来る爪を持ちうる矛で往なし、迫りくる牙を避け、薙ぎ払われる尾を蹴り潰し、穿たれる角を真っ向から退け、声を自らの咆哮で相殺へと抑え込み、魔法を正面から叩き潰した。

 

 往なす度に地面が割れ、牙を避ける度に身体が軋み、尾を蹴り潰した際に脚が悲鳴を上げ、角を真っ向から受けた際に腕が潰れかけ、声を相殺した時に声が死にかけ、魔法を砕いた際には身体の全てが耐え難いと言わんばかりに絶叫を上げた。

 

 しかしそれでも、そんな状況であろうと、少年は一切の苦悶の顔を浮かべず、ある一つの表情を浮かべていた。

 

 ーーそれは

 

「……アハハッ…!!」

 

 笑顔、笑顔だった、何処までも純粋に、ただ楽しくて楽しくて仕方の無い子供の様に、ただただ純粋に笑っていた。

 

 実際楽しいのだろう、実際嬉しいのだろう。

 

 そうでなければ、こうも美しく、狂気的な笑顔が浮かぶ筈が無いのだから。

 

「ーーッ!!」

 

 そんな表情を浮かべたまま、少年は獣へと真っ直ぐに突っ込んだ。

 

 次は俺の番だとでも言わんばかりに、爛々とその紅い瞳を輝かせながら。

 

「…ッ! ラァッ!!」

 

 少年は目にも止まらぬ速さで自らの斧槍を振るい唸らせる。

 

 先程とは違う、一撃ではなく連撃、音を超えた超弩級の破壊力を持ったソレが何の臆面も迷いも無く振るわれる。

 

 振るう度に空間が揺れたのではないかと錯覚しかねない程の重い一撃、ソレ等全てを獣は往なし、防ぎ、そして反撃していく。

 

 工夫など無い、最早互いにそんな物に決定打を見い出せない。

 

 工夫なら戦っている最中に何度もした、こうして殺し合っている最中にそれはもう何度も試した。

 

 しかし、決まらない…もうどれだけの時間を殺し合っていたのか、それはもう互いに分からないが、それでも工夫という名の小細工は最早通じないことは明白だった。

 

 互いが互いに決着の一手を望んでいる、その一手を手に入れる為には、最早自分が敵の何かを上回るしかない。

 

 技量、速さ、力…何か一つでも此方が上回れば勝ち、上回れたら此方の負け…この殺し合いはもうそういう戦いなのだ。

 

「ザァラァァァッ!!!」

「Gaaaaaaaaaa!!!」

 

 また打ち合う、ただただひたすらに、我武者羅に、ただただ己が殺意の全てを込めて。

 

 打ち合えば打ち合う程にその力は際限等無いと言わんばかりに膨れ上がり、その速さは限界等無いと言わんばかりに跳ね上がり、その巧さは留まることを知らないと言わんばかりに磨き上げられていった。

 

 互いに傷が増えていく、決定打に成り得る様な物ではないが、確かに傷は増えている。

 

 爪が掠って少なくない量の血が吹き出す、斧槍が掠って少なくない量の肉が抉れる。

 

「ォォォォォオオオオオォォォッ!!!」

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!!!」

 

 打ち合う、打ち合う、打ち合う、打ち合う、打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う打ち合う…ウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウウチアウ…打ち合い続ける。

 

 最早互いに守りは捨てていた、少年と獣が今繰り広げているのは、正真正銘の打ち合い。

 

 殴られたから殴り返す、殴り返されたからまた殴る、また殴られたからまた殴り返すという至極単純明快な喧嘩のソレ。

 

 致命傷に成りかねない攻撃だけを予め潰す、それ以外は基本的に無視。

 

 防御も無ければ回避もへったくれも無い、本当にただ打ち合っているだけ、殴り合っているとも言える。

 

 不効率極まりない戦闘方法、しかし今この場に存在する彼等にとっては、これが最善の選択だった。

 

 少年にはもう、時間が無かった。

 

 スキルによって急激に成長していく肉体に、最早彼の肉体そのものが追いつけていないのだ。

 

 幾度の筋肉の断裂を無理矢理結合し、無理矢理治してきたツケが今、少年の肉体に現れていた。

 

 戦えば戦う程に、傷つけば傷つく程に、少年の肉体と意志は、ひたすらに生きようと足掻く。

 

 それ故に、最早時間が無い。

 

 このまま短期間の間に急な成長をし続ければ、もう少年の肉体は壊れかねない。

 

 休息がいるのだ、戦いの無い安寧の時間が。

 

 それ故に短期決戦、この僅かな時間の間に決着を付けなければならない。

 

 そうしなければ、死ぬのは自分だ。

 

 

 獣にはもう、余裕が無かった。

 

 魔力が底を尽きかけている、爪も牙も尾も角も、己の武器は最早何時壊れるかも知れない風前の灯火だ。

 

 どれか一つでも欠ければ即座に勝負が付く、それだけの力が少年にはあった。

 

 獣は断言する、目の前にいる敵は、この世の何よりも強い、今まで渡ってきたどの世界の猛者よりも強い存在であると。

 

 彼になら負けても良い、殺されても良いと、そんな風にも思っている。

 

 しかし、それとこれとは話は別である。

 

 勝てるものなら勝ちたい、負けないのであれば負けたくなどない。

 

 獣には意地がある、誇りがある。

 

 少年がそう感じた様に、獣の中には確かに確固たる意志が存在している。

 

 だからこそ、獣は全身全霊で持って彼を殺しに掛かる。

 

 負けてもいいとは思う、殺されてもいいとも思う…しかし、負けたいとは思わない、殺されたいとは思わない。

 

 それ故に短期決戦、自分の武器が壊れる前に決着を付けなければならない。

 

 そうしなければ、己は己足り得ないのだから。

 

 両者共に速度が上がる、最早互いに余裕も時間も何も無い。

 

 破砕音が増える、鉄の音が金切り声の様に響き渡る。

 

 互いに咆哮を上げている、しかし互いの武器の衝突音が紛れ込んでいるためか、最早声は聞こえない。

 

「ーーーーーッ!!!!!」

「ーーーーーーッ!!!!!!!!」

 

 鉄の音に紛れてまた声が鳴る、しかし聞こえない。

 

 響くのはただ鉄の音だけ、獣が吠えた様な音を発する埒外の鉄音だけ。

 

 一分か、二分か、それとも五分か…どちらにせよ、長いようで短い鮮烈なまでの数分がそこにはあった。

 

 血に濡れた斧槍が、血に濡れた爪が、其々が紅い残光を描きながら衝突し、火花を咲かせる。

 

 今ここに彼等以外の誰かが居た場合、その誰かはきっと、魅入らずにはいられなかっただろう。

 

 その光景は、それほどまでに鮮烈的で、幻想的で、狂気的なまでに美しかったのだから。

 

 何時まで続くのか…否、何時までも続いていて欲しい、何時までも見ていたい…そうとさえ思える様な濃密なソレ。

 

 何時までも、何処までも、何もかもを置き去りにして永劫の果てまで続くかとも思われるソレ、何時までも続き続けて欲しいとさえ思えるその時間。

 

──ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 しかし、忘れてはいけない、終わりとは何時だってーー

 

──ガガガガガンッ!! ズガガガンッ!! ガガッ!

 

 唐突に訪れるモノなのだということを。

 

 

 

 

──バキンッ!!

 

 何かが砕ける音がした。

 

 ソレが一体何の音なのか、少年も獣も見当が付いていなかった。

 

 唐突に鳴り響いたナニカの砕ける音、鉄の音でも自分の声でもなかったその音は、その空間にやけに大きく響き渡った。

 

 少年も獣も、その音に反応して、ほんの一瞬だけ動きを止めた。

 

 そう、今この瞬間、確かに彼等の殺し合いは停止したのだ。

 

 それを獣が認識した瞬間、獣の肉体の一部に激痛が走った。

 

 獣は激痛が走った場所に視線だけを向ける。

 

 視線の先にあったもの、それは…自分の折れた爪だった。

 

 自身に備わっていた片腕の五本の爪、それが一つの例外も無くポッキリと砕け折れていた。

 

 自身の爪が折れた、それを認識したその瞬間に獣は少年へと視線を戻した。

 

 そして獣は──

 

「………キハッ…!」

 

 

 凄惨に笑う、()の姿を見た。

 

 直後、獣の全身に血流が止まったかの様な悪寒が走った。

 

 全身全霊で凌げと本能が叫んだ、死力を尽くして防げと魂が叫んだ。

 

 本能と魂、どちらも己に備わる絶対不変の自己、決して消えることの無い絶対の危機感知能力。

 

 それに従い、獣は全身全霊で、死力の一滴すら残さずに、己の全てを防御に回した…否、回そうとしたと言った方が正しい。

 

 確かに獣は少年の攻撃を防ごうとした、防ごうとしたのだ。

 

 しかし、それでは最早『遅い』。

 

 この時、獣は二つの間違いを犯していた。

 

 一つは、ほんの一瞬でも少年から注意を逸らしたことだ。

 

 少なくとも、目を離していなければ『まだ』間に合った可能性はあっただろう。

 

 もう一つは、その一瞬の内にあった意識を攻撃以外のことに割いたことである。

 

 獣は攻めるべきだったのだ、決して、ほんの一瞬の間でも少年に時間を与えてはいけなかったのだ。

 

「……ァハッ…!」

 

 少年は既に己が獲物を構えていた、断頭台に立つ処刑人がその獲物を振りかざすその時の様に、大上段から振り下ろす形のソレ。

 

 獣はソレに全力で備えた、防ぐ、確実に往なす…そんな気概を持って。

 

 しかし…最早それすらも無駄である。

 

 何故ならば、もう既に少年は…『技』の構えに入っているからだ。

 

 撃たせてはならない、構えさせてもならない、何故ならその技は構えたその時点で既に技を放ったことと同義だからだ。

 

 その技を知る者は言うのだ、『気がついた時にはもう撃たれていた』と。

 

 この認識はあの勇者、果ては八重樫一家全員に共通することだ。

 

 八重樫道場に存在する裏含む全ての門下生が、この技の餌食となった。

 

 しかし、それも当たり前である。

 

 何故ならこの技は、殺意に敏感であればある程に防ぐ術が無くなっていくのだから。

 

 何故ならその一撃に悪意は無い、何故ならその一撃に敵意は無い。

 

 あるのはただひたすらに無邪気な童心、何処までも純粋で純真で悪意も敵意も闘争心も無い単なる子供の遊び心のような殺意。

 

 何処までも当たり前に、自然体に振り下ろされる絶対の暴力、だから防げない。

 

 自然体だから見逃してしまう、子供の様な殺意とも思えない殺意だからそのままにしてしまう、だから避けられない。

 

 この仕組みを知る者は誰もいない、使っている本人でさえも自覚していない。

 

 だから誰も正式に名を付けてはいない、数年前に初めて使って以来ずっと無名のまま。

 

 獲物が振り下ろされる、何よりも速く、何よりも恐ろしく、何よりも静かに。

 

 獣はそれに気づかない、気づけない。

 

 圧倒的な死の気配、暴力の極地、それが眼前にまで迫っているのに、獣はそれに気づけない。

 

 刃が身体に触れる、刃が身体に食い込む…その直前になって、ようやく獣は…眼前に死が広がっていることを自覚した、覚醒した。

 

 しかし、もうどうしようもない。

 

 獣がそれを自覚するのと同時に…暗い奈落の洞窟から音が消えた。

 地面に奔る亀裂、肉の裂かれる音、血の滴り落ちる音、その全ての音がほんの一瞬だけ…消えた。

 そして…その一瞬の後ーー

 

──ズガゴォォォォォォオォォォォォォンッ!!!

 

──空間が爆ぜたかの様な音が響き渡った。

 

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 ──負けた、その一撃を認識した瞬間、そう確信してしまった。

 

 振り下ろされる一閃、それに何の反応も出来ずに斬り裂かれる己の肉体…全てを感じていた。

 

 反応出来なかったことへの悔しさ、ほんの一瞬でも気を反らしたことへの後悔、その他幾多の感情全てを上回る程に湧き出てきたのは、ひたすらの歓喜の感情であった。

 

 何時振りだろう? 斬られるのは。

 

 何時振りだろう? 殴られるのは、蹴られるのは。

 

 何時振りだろう? 攻撃がまともに通じない敵に出会ったのは。

 

 何時振りだろう? 負けたのは。

 

 負けたくなかった、勝ちたかった…確かにそう思っていたはずなのに、いざ負けたとなると喜びの感情しか浮かび上がらなかった。

 

 忘れていた、ずっと昔に無くしたものを、死闘を楽しむこの感覚を。

 

「ハァ…! ハァ…!」

 

 目の前の男は成したのだ、目の前の男が…己を降したのだ。

 

 人の身のままで、未成熟のままで、己に挑み、打ち勝ったのだ。

 

 嗚呼、惜しむべくは、この身が本体等では無く、本体に通ずる為の最終試練であることだろう、5割程度の力でしか相手をしてやれなかったことだろう。

 

 出来る事ならば、完全に成長しきった男と殺し合いたかった、目の前の男がその矛を紅く磨き上げ、魔天の牙王となった姿を見たかった。

 

 それを許されるのは本体だけだ、だからこそ何処までも憎らしく羨ましい。

 

 今頃本体は眠っているのだろう、己と同じく挑戦者が現れないことに耐えながら、ただひたすらに。

 

 しかし、今回のことでその暇も終わる、何せとんでもない化物が現れた。

 

 この男は辿り着くだろう、本体へと、あの紅い赫い崩天の覇者の元へと。

 

 嗚呼、そう考えると、やはり本体が羨ましい。

 

 私は消える、迷宮の魔物達とは違う、負けたその瞬間から暫く経てば跡形も無く消え去ってしまう…それが残念でならない。

 

 私が私のままで残っていれば、きっとこの男は、私を鎧へと仕立ててくれただろうに。

 

 嗚呼…本当に……残念でならない。

 

 

 

 

 

「…おい……ふざけんなよ」

 

 男の声がした、私を下した男の怒りの籠もった声がした。

 動かない身体で視線を向ければ、ヨロヨロと足取りでこちらに歩いてくる男の姿が見えた。

 

「なに勝手に消えようとしてんだよお前…! 俺はまだ、お前を1ミリたりとも食っちゃいないんだぞ…!」

 

 男の足取りは、ヨロヨロとしたものから引きずる様なソレへと変わっていく、体力に限界が来ているのだろうと考える。

 

 しかし、そんな光景よりも、私は男の言葉に衝撃を受けていた。

 食うと言った、私を喰らうと言ったのか?

 

「ふざけんなよ…せっかく殺したんだぞ…もう二度と出てこないんだろお前…それなのに消える? ふざけんなよくたびれ損にも程があんだろうが……!!」

 

 あぁそうだ確かに言った、先程確かに私を喰らうとそう言った。

 

「まだ消えるなよ…! 俺が……お前の全部を食い切るまで…!!」

 

 そうか…食うのか私を…喰らってくれるのか私を!

 

 男が私の前に辿り着き、そのまま流れるように皮を剥ぎ始める。

 

 まだ痛覚が動いている、故にまだ痛い。

 

 しかし、そんなことはどうでもいい…この比べようも無い歓喜に比べれば痛みもまた心地良いのだから。

 

 やがて皮を剥ぎ終えたのか、男の手が止まった。

 

──そして

 

「んじゃあ……いただきます!!」

 

 その言葉と共に、男は私に齧りついた。

 

 私の腹から痛みが奔る、貪られる感覚が明確に伝わってくる。

 

 グチャクチャという生々しい音と共に、私の身体が磨り減っていく様な感覚に陥る。

 

「ングッ…! アァ、カブッ!!」

 

 苦しそうにえづきながら、身悶えながらも私の身体を喰らい続ける男。

 

 その肉体には、魔物を喰らったことによる影響で、肉体に魔力が張り巡らされ、そして同時に崩れていく。

 

 魔物の肉は彼等人間にとっては猛毒だ、私以外の魔物と呼ばれる存在は、その体内に魔石と呼ばれる機関を持つ。

 

 それで持って体内に魔力を巡らせ、骨や肉を頑丈な物とし、驚異的な身体能力を発揮する。

 

 その魔力は人間とは違う変質した物、そしてそれが彼等人間にとっては激毒も激毒なのだ。

 

 変質した魔力は、それを持つ存在を喰らった人間の肉体を内側から徹底的に壊していく、私自身何度も目にした光景だ。 

 

 私も同じだ、私の場合は機関というよりも私自身が魔石の様なものだ、だから他の魔物よりもその内包量は計り知れない。

 

 だから、普通は死ぬのだ、人間が我等を喰らえば例外無く死ぬのだ、肉体の変質に耐えきれずに。

 

 しかし…目の前の、私を喰らい続ける男はどうだ?

 

「アガッ!! ングッ……アァァムッ!!!」

 

 そんなこと知ったことでないと言わんばかりに私を喰らい続ける男の肉体は、確かに崩壊寸前だった。

 

 しかし、それももう無い、ただただ私を喰らう度に魔力が迸るだけ。

 

 『適応』したのだ、原理は知らない、だが適応したのだ…私達を武器へと変えたあの男の様に。

 

 噛み切る、食いちぎる、返り血を気にもせずひたすらに咀嚼音だけを鳴らし続ける。

 

 そんな男の背後で、この最終試練における褒美が完成しようとしていた。

 

 男が私を食らっている最中に落ち、飛び散った血が男の振るっていた斧槍に流れ込んでいる。

 

 鉄色だった刃は紅く染まり、嵌め込まれていた無色の宝玉は美しい翡翠へと染まっていく。

 

 私が何かした訳ではない、元々そういう武器で、そういう仕様なのだ。

 

 この迷宮の何処かにあるアレを手にし、そして戦い続けた者しか、ここには来れない。

 

 そしてその武器で私を殺して、初めてその武器は本来の姿を取り戻す。

 

 後は本体を降し、その中に眠る力を目覚めさせるだけなのだ。

 しかし、そんなことに男は気付かない。

 

 何故なら眼前の男は今尚私を喰らうことに夢中になっているのだから。

 

「アグっ! ガブッ!! グゥッ…ングッ!?」

 

 しかし変化が訪れる、男の動きが止まり、身体から力が抜けていく。

 

 すぐに分かった、限界が来たのだと。

 

「ァァァ…! こんな…こんな時に限ってッ…!!」

 

 苦しそうに男は呟く、私の肉を掴み、痛みに堪えるように膝を折り、身体を痙攣させる。

 

「ま…だ……まだ…!まだだ…! まだ全部食ってないんだよ…! まだ…! ま……だ……!!」

 

 未だに私を喰らおうとする男、しかしそんな男の意志とは裏腹に、その肉体に変化が訪れる。

 

 まず髪が伸びていく、ただ伸びていくのではなく、毛先が紅く染まりながら、ゆっくりと。

 

 次に角が生えた、私と同じ様に捻れ湾曲した悪魔の様な角がミチミチと音を鳴らしながら生えていく。

 

 続けて両手足に変化が現れた、バキバキッと骨が砕けるかの様な音と共に爪は鋭く頑丈そうな異形のものへと変化していく。

 

 そして最後に…下半身から尾が勢い良く、突き抜けるように生えた。

 

 ……いや、まだだ…まだ終わっていない。

 

「グッ…! グゥゥ……グゥルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 男が吠えると共に、その変化は如実に現れていく。

 

 男の腕を足を、身体を奔り抜ける血の様に赤い紅い紋様。

 

 紋様の出現に呼応したかのように、先程現れた角や爪に紅いナニカが奔り、脈動する。

 

 ドクンドクンと、まるで心臓が鼓動するかの様に力強く脈打つ。

 まるで、眼前の魔獣の誕生を祝福するかの様に。

 

「ァァアアアアァァアァァァァァァぁぁぁぁ…!! …ァァ………カフッ………勿体無いなぁ…」

 

 変化が止まり、弱々しく荒げていて声を収め、小さくそう呟いた男は、そのまま前のめりに私の身体…腹へと倒れ込んだ。

 

 小さくだが、寝息が聞こえる、気絶したらしい。

 

 その姿を見て、見せつけられて、私は…私は……ーー

 

 

──あぁ、なんて…愛おしい

 

 

 その少年を…愛してしまった。

 

 

 

 駄目だったのだ、そんな光景を見せられて、そんな姿を魅せられてしまえば、最早私は止まれない。

 

 武器に注がれるだけであった私の血…否、魂の全てをこの男に注ぎ込む。

 

 理由などいらない、本能が少年を欲してしまっている…それだげで充分過ぎたのだ…私の全てを捧ぐには。

 

 この少年は何れ辿り着くだろう、しかしそれでもこの願いだけは抑えられない。

 

 嗚呼、私の愛しき(ヒト)よ、どうか…どうか───

 

 

 

 

───我が血と共に生きてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 





主人公

 戦闘狂、ハジメを追って奈落に飛び降りて生き残った挙げ句にクソヤバい化物と戦うことになったヤベーやつ。

 後にユエさんとハジメに合流する。


魔獣

 ぼくのかんがえたさいきょうのまじゅう(ヤンデレ)
  
 その内本体の意識乗っ取ってエントリーしてくる。


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