無茶苦茶短い、三日書いてこれってのは流石にないと思った、まる。
『ベヒモス』…その名を聞いたのはほんの気まぐれのこと。
なんてことない、迷宮についての情報を集めようとして、そこら辺の冒険者やらギルドやらに突撃して、話を聞いていた時のことだった。
何時かは知らないが何年、何十年も前に迷宮に挑んだ『最強』と呼ばれた冒険者を完膚無きまでに叩きのめした最凶の魔物、未だ更新されずにいるオルクス大迷宮六十五階層の絶対的な壁として君臨している怪物…少なくとも湊はそう聞いていた。
それを偶然仲良くなったベテラン冒険者から聞かされていた湊は、もしかしたら何かの拍子に遭遇するかもしれないと、頭の隅にその情報を残しておいた。
しかし…しかしだ──
(こんなに早いなんて、誰もが思わんでしょうよ…!)
聞いてはいた、聞いてはいたのだ。
だからこそ覚悟はしてきたつもりだった、流石にないだろうと心の中で笑いつつも、もしかしたらがあるかもしれないという恐怖が湊にベヒモスという存在を記録させ続けた。
しかし、それでも、目の前の存在は…あまりに
(こうも違うか…人伝と現実とじゃ、こうも違うのか!)
重い、あまりにも重いのだ、まるで気配そのものが物理的に存在しているかのような重圧が湊に襲いかかる。
階段側に展開されている大量の骸骨達など屁でも無い、この場に於いて最も恐ろしいのは目の前の魔獣であると湊は確信していた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
ベヒモスが吠える、空気を裂くかのような鋭い咆哮を受け、メルドはハッと正気を取り戻し、直ぐ様矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
そう言って、必死の形相でせめて生徒達だけでも逃がすと決意の眼差しを見せるメルド、王国最強の騎士ですらこの動揺、それだけで目の前の魔物の危険性を評価出来る。
逃げなければ死ぬ、逃さなければ死んでしまうと、メルドの目が如実に語っていた。
「待って下さいメルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も───」
「馬鹿野郎! あれが本当にあのベヒモスなら今のお前達では絶対に無理だ!」
しかしそんなことで止まるようならこの男は勇者(笑)だ等と湊に呼ばれていない、自分達も一緒に戦うとその場に留まろうとする、それが逆にメルド達の邪魔をしているとも気づかずに。
「ヤツは六十五階層の魔物だ! かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! 分かったらさっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!!」
メルドは鬼気迫った表情で言葉を怒気と共に捲し立てる…が、それでも光輝は動かない、見捨ててなど行けないと踏み止まる、踏み止まってしまう。
何故ならそれこそが、天之河光輝という人間だからだ。
その余りの頑固さに、メルドはふと迷宮に入る前に聞いた湊のある言葉を思い出す。
湊は迷宮に入る前に、メルドにあることを告げていた…それは天之河光輝という人間への対処法だ。
対処法と言っても非常に単純で簡潔且つとにかく大雑把な方法だ。
その方法とはズバリ、『言って駄目ならとりあえずぶん殴れ』というものであった。
そしてその対処法を聞いたメルドは流石にそれはないと一考にもしなかったが、現状の光輝の様子にメルドは納得してしまった、確かにこれは殴った方が早いと。
ならば最早一刻の猶予も無し、殴ろう、とりあえず殴ろう、文句を言わなくなるくらいデカくて重くて鋭いやつぶち込もうと拳に力を入れたその直後、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してくる。
進路方向には未だ骸骨達に足止めされている生徒達が居る、つまりメルドや光輝達が突進を避けた場合、生徒達は全滅する。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――『聖絶』!!」」」
故にそうはさせまいと、それだけはさせまいとハイリヒ王国最高戦力達が全身全霊の多重障壁を展開する。
最高級の紙に綴られた魔法陣と四節から成る詠唱、更にそれらを含めた上での三人同時発動、一回限りに加えて大凡一分程度しか持たない代物でこそあるが、それが故に何者にも破ることを許さない絶対的な護りが顕現し、ベヒモスの攻撃を弾く。
衝突の瞬間に凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。
橋全体が石造りであるにも関わらず、橋は衝撃によって大きく揺れ、撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。
骸骨達…トラウムソルジャーは三十八階層に出現する魔物だ、当然今まで生徒達が遭遇してきた魔物の戦闘能力とは一線を画す。
そんなものが前方に立ち塞がり、しかも後ろからは最強の冒険者を叩き潰した最凶の魔物、その事実が生徒達をパニック状態に陥らせる。
「っ…!!」
トラウムソルジャーの一体の首を斧槍で跳ね飛ばしながら、湊は現状の生徒達を見渡した…皆、一様に階段へとがむしゃらに進もうとしている、そこには当然隊列もへったくれもない、みんな生き残るのに必死だ。
騎士団員の一人であるアランが必死になってパニックを落ち着かせようとしているが、命の危機に立たされている生徒達の耳にその言葉は届かない。
彼等は今、ようやく自覚したのだ…自分達が何処に立っているのかを、どんな状況に置かれているのかを。
ならば、実質他人であるアランの言葉なぞ、生徒達に届くはずもなかったのである。
「…ッラァッ!!」
複数のトラウムソルジャーを斧槍で薙ぎ払いながら湊は焦るようにベヒモスへと視線を向ける、そこには未だにメルドの側に留まり続ける
(何時までやってんだあんのバカァァッ!!)
怒りの感情を隠すこともせず、斧槍を大きく横に薙ぎ払ってトラウムソルジャーを薙ぎ払う。
しかし、そんな屁でもないと言わんばかりにトラウムソルジャー達は此方に向かってくる…いや、向かってくるだけならまだ良い方だろう、しかしその当のトラウムソルジャー達は小ぶりの魔法陣からどんどん出て来る、幾ら倒しても切りがない。
「あぁもう! 火力が足りねぇ!!」
湊は向かってきたトラウムソルジャーを上段から真っ二つにしながら文句を垂れる、それもそのはずで湊には光輝達と違って広範囲で高火力の技というものが存在しない、よしんば巻き込めて精々が四から五匹程度。
しかしそれでは足りない、トラウムソルジャーはざっと数えただけでも100以上居てしかも増えていっているのだ、このままでは冗談抜きで物量に押しつぶされてしまう。
何が悲しいってそれが出来るはずの光輝が何も考えずただ見捨てられないと駄々を捏ねてメルドの側に居座り続けていることだ。
メルドも何度か殴ろうかと拳を握りしめるが、その度その度にベヒモスが突撃してくるせいで殴るだけの余裕が持てないのだ。
それを見た湊はいっそ自分が行って引きずってこようかと考えるが、すぐに却下した。
何故か? 余裕がないからだ。
「ァアァッ!!!」
二度三度と斧槍を薙ぎ、何体ものトラウムソルジャーの首や胴体を泣き別れにさせ、更に跳ねたトラウムソルジャーの首を掴み取り、そのままフレイルか何かのように振り回す。
首でトラウムソルジャーの頭を粉砕し、斧槍で向かい来る骸骨達を上から真っ二つにする…その側から次から次へとトラウムソルジャー達が湊へと殺到していく。
「チィッ…!」
これだ、先程から異様なまでに魔物が湊の方に集まってくる。
他の生徒達の所にも向かってはいるが、それでも湊と比べると明らかに少ない。
斧槍をトラウムソルジャーの一体に投げつけて串刺しにし、そのまま一気に別のトラウムソルジャーの懐まで突っ込んで剣を抜刀術のように抜き放ち、胴体を両断する。
更に、トラウムソルジャーが刺さったままの斧槍を半ば力尽くで振り回し、串刺しにされていた骸骨戦士諸共辺り周囲の敵を吹き飛ばす。
そしてその背後からまた別のトラウムソルジャーが出現し、湊を背後から殺してやろうと襲いかかる。
「錬成!」
が…させない、やらせないと言わんばかりの決意の籠もった声と共にそれは阻止される。
トラウムソルジャーの足元が唐突に膨れ上がり、ほんの少し隆起となってバランスを僅かに崩した。
足元を崩されたトラウムソルジャーの剣は空を切り、そして攻撃を空振りさせられたトラウムソルジャーは──
「残念賞だ! 来世から出直せ!!」
そんなあんまりな言葉と共に、湊に首を跳ね飛ばされた。
「湊くん──」
「分かってる! 行ってこいっ!!」
そうハジメに言うが否や、目の前のトラウムソルジャー二匹の首を湊は刈り取る。
対するハジメも湊の言葉を受けてバッと湊とは反対方向へと走り出した。
目的地は現状最も危険な場所、目的地は…天之河光輝。
全ての始まりまで、あと僅か。
これどうやって主人公落とそう?