『ラプタ』(仮)   作:ポポアップル

4 / 5
注意事項
i. 本作品は不定期に投稿されるとともに、改稿も行われます。ですので本作品に関しましては完成途上の「草稿」を見ている、という認識で読んでいただきますようお願いいたします。
 
ii. 本作品はゲーム"RimWorld"、同作品向けに有志の方々が作成されているMOD、そしてあたしほもづき氏とidatenzz氏原作の四天王シリーズの世界観を参考・前提にして執筆されています。ですので上述の作品についてある程度の予備知識が必要である場合があります。


⑥~⑦

 

「あれは…『実験体』か?」

 

キトリがクミに尋ねる。

 

「ここに棄てられたのか。その割には欠陥もないように見えるが。」

 

その幼いラックルの赤い髪は結われ、側頭部に馬の尻尾のようなおさげを下げていた。服も着ていたが、多少の汚れとほつれを除いてはこのごみ溜めの中を這いずり回っていたにしてはこぎれいであった。

 

「髪も結われて、服も着せられて…。愛玩用のラックルかね、こいつは。うなじに隷属端末が無いのが奇妙だが。」

 

そう言うキトリに対して、クミは各部屋のダストシュートの出口のある上を見まわしながら、つぶやいた。

 

「この幼体ならあの狭さでも問題あるまい…。」

 

「…なんだって?」

 

「ただ…まあ、確証はないかな。」

 

「おい、ひとりごちてないでさ、何を思いついたんだい。」

 

そう言われてクミは視線を一度、そのラックルに向けてからキトリの方に戻した。

 

「もしこの幼体があそこから落ちてきたら?と思ったんだけどね。あの部屋のダストシュートの狭さでもこのサイズのラックルならここまで突っかかりながら落ちてこれるだろう。逆に他のダストシュートや輸送管じゃあ広すぎて落っこちて地面にあたった時に深手を負ってしまうと思って。もしあの部屋でここに落ちたのがこのラックルでもつじつまが合うと思ったんだけど…」

 

「待ってくれよ。じゃあセラ博士はあのダストシュートにこのラックルを落っことしたって…?私はてっきり書類か何かを隠蔽のために落としたと思ったんだが…。…あ。」

 

その時、ふとキトリ脳裏にあのねじに引っかかっていた髪の毛と布切れを思い出した。

 

「クミ…。その幼体を連れて、もう一度あの部屋へ行こう。確かめたい事がある。」

 

 

人に慣れているのか、理由はわからなかったが、幼体のラックルは存外、抵抗することなく2人の後をついてきた。牙も尾の先端の毒針も備わっているので2人は油断こそしなかったものの、野生のそれと比べてあまりに従順なそのラックルの振る舞いに、キトリは驚いた。

 

ラックルを連れてその部屋へ着くと、先ほど「折檻」をうけたナユタが助手の遺体、それに部屋中のあらゆる引き出しや物をいれられそうなものをひっくり返して漁っていた。逃げ延びた研究員の乗った船の行き先を突き止めようとしているのだろう。ただ、例外のようにセラ博士の遺体には、白衣のようなものが掛けられて伏せられていた。

 

「あ…キトリさんに…ク、クミさん。どうされたんですか。…て、そのラックルは一体…」

 

言葉を紡ぐ前にクミがそれを遮った。

 

「この部屋にはダストシュートがあっただろう。そこに何かないか調べろ。」

 

ナユタの顔がクミの声に反応するようにぴくっと動いて、それで痛みが来たのか顔が少し歪んでまた表情が戻った。そして「はい」と腫れぼったい口を動かして指示を仰いだナユタが部屋の右端へと駆けて行った。傷が痛むのだろう。それに歯が数本折れているようにも見えたが、その傷を作った当の本人は対照的に冷たい口元を結んで部下の報告を待っている。

 

キトリがナユタを待つ間、ふいに体が下に引っ張られた。幼体が自分の右後ろで、親に甘える子のように服を引っ張っていたのだった。

 

ラックルは上半身だけ見ればほとんど人間のそれと大差ない。言葉こそ話さず、人間との言語的なコミュニケーションは不可能だが、ハンターの中にはその外見的な特徴故に情を抱いてしまう者もいる。ゆえにラプタ社会には「尾を見る」という慣用句がある。ラックルの「尾」とされる部分は臍の下の鱗に覆われた部分である。そこを見ればどれだけ人らしい顔立ちのラックルでも、その生き物が爬虫類由来のそれと一目でわかる。そこから転じて「尾を見る」という言葉は、「真の人となりを見極める」とか「物事の本質を見極める」という意味になった。そしてキトリはその言葉の通り、尾を見て、その上にちらつく赤髪を靡かせる童顔を極力視野に入れぬようにした。

 

「特には…。あ、ここになにか挟まってる。これは…布と糸?」

 

ナユタの声を聞き、キトリは彼女のもとへ、ラックルの首根っこを掴みながら向かった。まだ短い腕を振り回しながら、蒸気が筒から噴き出す音のような威嚇音を出していたが、それを抑え付けるようにキトリは細く鋭い目をナユタへ向けた。それを数秒続けて幼いラックルは萎れた花のようにうなだれた。

 

視力がある一般的なラックルは敵対的な相手に威嚇をして見定め、自らの振る舞いを定める。向こうが上だとわかればラックルは項垂れるか視線を逸らす。だがそうでなければ容赦なく相手に襲いかかる。噛み付かれるだけならまだしも、牙と尻尾の先端の毒腺から毒を入れられれば、種によっては最悪、死に至る。ゆえにまだラックルの捕獲を生業にして間もないハンターはこの「抑圧」で目線を逸らすなどして、容赦なく文字通りラックルの毒牙にかかることになる。

 

キトリがネジとダクトの間に引っかかる髪の毛と布切れを取り出すと、幼体のラックルと見比べるようにしげしげとその二つを交互に見合わせた。

 

「どうだい。見たところ、髪の毛は同じように見えるけどね。」

 

艶のある赤髪とキトリの手にあるそれは確かに、同じもののように見えた。ナユタは2人のやり取りを見てようやくそのラックルと髪の毛の連関を見出したのだろう、「なるほど」と言わんばかりに目を見開いた。…呑み込みが遅い。

 

「…その花の刺繍のある布切れは、右袖の破けているところのそれじゃないかね。」

 

クミがそう指摘すると確かに、ラックルの右袖の先が破れ、そこから刺繍と同じ色の糸が、プラプラと垂れ下がっていた。

 

「じゃ、じゃあこのラックルはこのダストシュートを…?」

 

そう恐る恐るナユタが言うとキトリは確かにその線が濃いと思った。しかし分からないのはなぜセラ博士は死の間際に幼体のラックルをおそらく庇い、逃がしたのだろう。いずれにせよこのラックルには博士が命を賭してまで守るだけの「何か」があるのか。それともラックルへの愛がとりわけ強かった博士なりの、最後の贖罪だったのか、さまざまな可能性があるが今はとにかく…。

 

「とにかくこの幼体は連れ帰ろう。特別であろうがなかろうがラックルはラックルだ。捕獲の対象だよ。そいつはキトリに任せるよ。」

 

キトリが言葉を口にする前にクミが代わりに指示を出した。

 

—捕獲—、その言葉がクミの口から出たときそばでうなだれていた幼体がビクッと肩を震わせたように見えた。

 

「今—、」

 

キトリは思わず言葉を発した。だが—いや、幼い幼体だ。ストレスに敏感なのだろう。たとえ愛玩用として人にある程度慣れていたとしても、彼らの出すちょっとした音に反応することはよくあることだ。ましてや見知らぬ他人の言葉ならなおさらだ。そう思い幼体の方を一瞥すると今度は小刻みに震えていた。—そうだ、怯えやすいのだ。この幼体は…きっと。

 

頭の中に浮かんだあり得ない疑問に決着をつけると、キトリは先端がとても細い針状の電極になっている操蛇棒と呼ばれる道具に手をかけ、幼体のラックルが身をよじる暇もなく、ちょうどうなじのあたりにそれを刺し、電流を流す。ー

 

途端に、幼体のラックルの身体は痙攣し、尾が一瞬切れんばかりに伸びて、そのまま動かなくなった。

 

「…隷属端末はないんですね。それに尻尾もそのままだ。」

 

「ああ。不用心な飼い主だったのか、それとも…まあ、分からんさ、研究員だのなんだのの考えることなんてのは…。」

 

キトリはナユタと目を合わせず、ただ手際よく捕獲の「作業」を行なっていった。まず、尻尾の毒牙を切り落とす。そうしたら尾の部分を三つに畳んで、それぞれの箇所に輪をつくり、尾を折りたたんでそれらを数珠のようにして繋げて縛り上げる。ただ尾を一括りにして束ねるだけでは身を捩って逃げ出す恐れがあるのだ。それから毒腺と繋がる歯を2本抜けば、少なくともこの幼体のラックルに毒で殺されることはない。

 

「さて、それじゃあやろうか…。」

 

ー最初こそ、耐え難いものがあったが、今ではまるで野の花を摘み取るように容易く、キトリは牙を抜けるようになった。

 

キトリはうつ伏せに倒れる幼体の頭を鷲掴みにして持ち上げ、下顎を下げる。すると童顔に似合わぬ鋭い牙が2つ、左右対称に出てきた。

 

「へえ、幼体にしては立派な牙だね。それに…鱗の輝きも見事だ。これは…うん、成体になれば良い値がつく。良い値が…。」

 

そう、ぶつぶつと言うクミの口角が歪に、うごめく芋虫のようにもぞもぞとした後、上がった。それをキトリが見るとすぐにクミは表情をあらためた。キトリは最近のクミが頻繁にするこの表情を見るたびに、不穏なものを感じ取っていた。孵してはならぬ卵の殻が破れ、邪悪なものが姿を見せようとしている瞬間に立ち会っているような、不穏な気配を…。

 

「なあ、クミ…。」

 

「うん?」

 

クミの表情はまた、いつものー冷たく、虚ろなそれに戻っていた。

 

「いいや、何でもないんだ。」

 

ーまだ孵らない、いや、そもそも孵るものなんていない。ーキトリはいつものように、もう朽ち果てそうな扉を固く閉ざすようにくだらぬ推察をやめて、図嚢から牙抜きを取り出した。

 

ハンターにとって捕獲時に採取する「牙」とは、一種のトロフィーでもあった。故に多くのハンターはこの大きなペンチのような器具を持つ瞬間に、至上の喜びを感じるのだった。後ろではナユタが固唾を飲んで先輩の牙抜きの様子を羨望と興奮が入り混じった眼差しで見んとしていた。一方、そんな視線を注がれているキトリはというと、「牙抜き」の瞬間こそ心を無にして臨んでいたのだった。今でも時に押し上げてくる感情の波が、手元を、心を狂わせないように。

 

キトリはすぅっと息を吸い込んだ。そして牙抜きの両刃を牙にあてがった。幼いラックルの脈動が牙抜きの刃を、柄を伝ってキトリに響き、震える。ー何も考えない、何も感じていない、顔は見ず、ただ牙だけを見るー。キトリは慎重に牙と肉の繋がりを確かめる。そして、ぐっと、力を込めて引き抜いた。血が滴り、それは哀れに引きはがされた。牙を抜き気を緩めてしまったのか、キトリは幼体の「顔」を見てしまった。気を失い、安らかな寝顔をした少女の口から、血が垂れ落ちている。そして自分の手元には根元にその血がべっとりとついた牙があった。その牙は震えていた。いや、牙が震えているのではなかった。震えていたのはキトリの手元なのであった。キトリにとってもう慣れてしまった行為であったのに、感情を司る手綱はもはやキトリには御せなかった。脂汗がにじみ出て、動悸が激しくなる。

 

「キ、キトリさん…?」

 

そう呼ばれる声で、キトリは現実に引き戻された。振り返るとナユタが不安げな表情で様子を伺っていた。

 

「ナユタ…、お前、牙抜きはしたことがなかっただろう。キトリ、こいつに牙抜きをさせてもらえないか。」

 

「あ、ああ。そうだな。ナユタ、やってみるといい。」

 

クミの言葉はキトリにとって渡りに船であった。いまはただ、この幼体から離れたい一心で、ナユタに後を託してしまうことにした。

 

「え…?でも、いいんですか?キトリさんの獲物なんじゃ…」

 

「いいんだよ。折半って事にしようじゃないか」

 

そういって、良い先輩面をすることが精一杯であった。ナユタの肩を軽く叩いて立ち上がるとクミの方へ向かっていった。

 

「…悪いね。見苦しいところを見せちまって。」

 

「まあ、あの鈍いナユタは気付いていないみたいだし、良かったんじゃないか。…確かに幼いラックルを相手にするときは辛い時がある…いや、あったね。」

 

「…もう思い出すことはないさ。」

 

「うん、ない…ない…。」

 

そう、言葉を尻すぼませながら、クミの口元はもごもごとうごめいていった。目は虚ろに、幼体を見ながら笑っていた。キトリはその傍らでナユタの仕事ぶりを見守っていた。頭を持ち上げて牙を露出させると、一本の牙が現れた。

 

「牙で指を切ったりするなよ。気を失ってるから毒を入れられることはないと思うが、種によっては少量の毒でも体に入れば重体になる。ましてやそいつはこの研究所にいたラックルだからね。何があっても不思議じゃない。」

 

間近で見る牙に興奮していたナユタは、キトリのその言葉で再び気を引き締めた。そしてうかつに牙に触れようとしていたその手を引っ込めて、牙抜きに手を掛けた。

 

「なるべく口を大きく開かせるんだ。牙がまっすぐになるように。口が閉まって牙が折りたたまれてる状態じゃあ、うまく抜けないからね。」

 

「は、はい。」

 

ナユタは恐る恐る上顎を持ち上げて、牙をなるべく大きく露出させた。その間にも幼体の口からは絶え間なく血が滴っている。それを見てキトリは今になって、ナユタに牙抜きを任せたのを悔いていた。だが、託した以上、ナユタに事を遂げさせなければ。だが、できる限り早急に…。

 

「牙を抜くときは、なるべくまっすぐにやるんだ。回しぬいたりするなよ。じゃないと…」

 

「『商品』に傷がつく。」

 

クミが言葉を紡いだ。ナユタが返事をすると慎重に牙抜きの刃で牙を挟んだ。クミはそれを静かに見ていた。キトリはクミの発した言葉にやるせない気持ちを抱きながら再びナユタの仕事を見守った。ナユタは手ごたえのありそうな場所を探っているのだろう。なかなか次の工程に移れずにいた。口元から落ちた血が作る血だまりが大きくなるにつれて、キトリはじれったさを感じて始めていた。…その時、幼体の眉がぴくっと上がり、すこし瞼が上がると次の瞬間瞳に稲妻が走るように光が戻り、眼が大きく開かれた。

 

「ナユタ、離れろ!」

 

キトリが叫ぶ。ナユタの右手は、牙抜きを挟んでちょうど真上に、牙の先端があった。キトリは大きく開かれた幼体の口に、手を滑り込ませてナユタの右手を牙抜きごと振り払った。次の瞬間、キトリの手の中心の一点が燃えるように熱くなった。右手を見るとそこには鬼の形相をしたラックルの片方しかない牙が、手のひらを貫いていた。その光景が目に入った瞬間、激痛が走る。

 

「っ…!」

 

「こいつ…!」

 

クミは素早く操蛇棒を取り出し、幼体の脊椎に電流を流した。そして再び幼体は気を失った。ナユタは、一瞬にして豹変した目の前の獲物を前に、呆然と腰を抜かすばかりであった。

 

「大丈夫か!」

 

「くっ…、ああ。」

 

「今抜いてやるから…、おい、ナユタ!手伝いな!」

 

ナユタが我に返り、顎を持ち上げて口を開かせると、クミがゆっくりと牙からキトリの手を引き抜いた。しかし、キトリはすぐに異常に気が付いた。右手の痛みはいつの間にか引いていた。というより感覚が消えていた。その代わり全身から汗が吹き出し、眼に見えるもので歪んで見えないものが無くなっていたのだ。

 

「やられた…。かなり強い毒みたいだ。」

 

クミはたちまち腫れあがったクミの右手の付け根を紐で縛り上げた。

 

「これで回りが遅くなればいいんだけどね…。」

 

介抱をするクミの顔すらぼやけてよくわからなくなってくる。クミが声を荒げている。ナユタのうろたえる声が聞こえる。言葉さえも、キトリにはゆがんだ音玉のように聞こえてきた。やがて世界が靄に包まれたように、キトリは気を失っていった。




感想・指摘・質問などフィードバックは大歓迎です!
誤字・脱字のような文体に関する指摘から内容に関する質問まで、ネタバレのような作品進行上の不都合がない限り、積極的に対応いたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。