雷血死神の前奏曲(プレリュード)    作:十三

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追憶の狂想曲(カプリチオ) 中篇

 

 

 

 

 

 《覚醒者(オーヴァード)》は、世間一般には知られていない存在である。

 

 SNS等を通じて外国の情報であっても容易く手に入る時代ではあるが、それでもなおこの超常の存在は秘匿され続けている。

 |UGN《ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク》の創設者である、アルフレッド・J・コードウェル博士は、人間とオーヴァードの共生を望んだ。しかし、本質的な圧倒的強者をありのまま受け入れられる程、人間というものは物分かりが良くない。

 脅威と感じた存在に対して、人間は容易く迫害という方法を取る。そこに人種も年齢も関係はない。常人はオーヴァードを恐れ、オーヴァードは常人を疎ましく思う。そこから行き着く先など馬鹿でも分かる。

 故に存在が隠される。オーヴァードが犯した犯罪はオーヴァードが鎮圧する。普通の日常を生きる常人たちは、その超常存在を知る事すら許されていない。

 

 分隊支援火器クラスでなければまともな傷すらつかない。或いはそれでも歯が立たないオーヴァードの相手は、オーヴァードにしか務まらない。

 人智を超えた異能を扱う人間兵器同士の戦いともなれば、双方無傷で済むという事はまずない。一度臨戦態勢に入れば、そこには太古の神話に語られたような暴虐が具現化する。

 

 つまるところ、今現在、この廃研究所で行われようとしている戦いは、()()()()()のものなのである。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 先に動いたのはラティーファだった。

 

 オリンピックの陸上金メダリストの瞬発力を余裕で超える敏捷性。目で追うどころか映す事すらできないレベルの速さで、ラウルの懐に潜り込む。

 

 戦技(エフェクト)――【一閃】 及び 戦技(エフェクト)――【獣の殺意】

 

 縦に見開かれた獣眼。それに睨まれたラウルが、一瞬だけ体の自由を奪われる。その隙を逃さず、ラティーファの両手に握られた軍用(ファイティング)ナイフの刃が喉元に迫る。

 派手さは無いが、堅実に命を狩る技の組み合わせ。瞬きすら許されない程の刹那の猶予だったが、その初手の行動をラウルは良く評価していた。

 

 戦技(エフェクト)――【赫き鎧】

 

 本来であれば自身の血液を使って全身を覆う防具を作り出す戦技(エフェクト)。しかしラウルはそれを自分の首の部分にだけ発生させた。直後、金属が超速でぶつかる音が響き渡り、首を刎ねる筈だったナイフは火花を散らすだけに終わった。

 血を局所的に展開しての防御。使用する血が小量な分、体力の消費そのものは少ないが、死に瀕する攻撃に対して人並み外れた胆力が無ければこの選択をする事はできない。

 多くの戦場を渡り歩いたが故の経験値を見せたラウルは、攻撃が防がれたラティーファが目を見張った時には既に、その額に銃口を突きつけていた。

 

 戦技(エフェクト)――【赫き弾】 及び 戦技(エフェクト)――【血族】

 

 至近距離で直撃すれば大ダメージは免れないレベルの、オーヴァードの血が塗布された13mm弾丸。(おおよ)そ拳銃から放たれるとは思えない口径の殺意がラティーファを捕える事は――無かった。

 

「……良い動きをする」

 

 口から漏れる称賛の言葉。如何に”最速のシンドローム”を誇る《ハヌマーン》と言えど、あの状況でも冷静に回避を行えるのは戦い慣れている証だ。

 

 戦技(エフェクト)――【吠え猛る爪】 及び 戦技(エフェクト)――【獣の力】

 

 戦技(エフェクト)――【加速装置】

 

 相手の回避を高い敏捷値で牽制し、その隙に防御不能の一撃を叩き込む。

 戦闘の詰め方は堂に入ったものだ。ただし、ラウルは一瞬だけラティーファを凌駕する疾さを以て強大な一撃を紙一重で躱す。

 正に雷速。本来であればこの速さを保ったまま戦うのが理想ではあるのだが、その性質上、この戦技(エフェクト)は細かな方向転換が効きにくいという欠点がある。故に一瞬だけ発動させて相手の反応の隙を突く、というのがラウルの得意とする戦い方だった。

 しかし、だからこそ元々の身体能力の上下関係は変わらないままである。依然として、ラウルの方が下位のままだ。

 

 フロア内を縦横無尽に跳ね回り、不規則に攻撃を仕掛けてくる存在を相手に、それでもラウルは冷静に対処していた。

 耐久力という面でも他の武器と比べて群を抜いている大型拳銃《メト・シェラ》は、オーヴァードの攻撃から身を守る盾としても使う事が出来る。とはいえ、オーヴァード同士の戦いでその程度は気休めにしかならない。

 ただラウルは、その”気休め”すらも最大限に活用する。最小限の動きで最大の防御を。時に回避を織り交ぜながらラティーファの猛攻を凌ぎ続けていた。

 

 オーヴァードの戦闘技能は、基本的に三つに分けられる。『白兵』『射撃』『RC(レネゲイドコントロール)』。戦士として戦うオーヴァードは、この三つの内のどれかの技能を集中的に伸ばす傾向が強い。

 理由は単純で、前述通りただでさえ超常的な力を持つ者同士がぶつかる場合、より”超常”に近い方が競り勝てる可能性が高いからだ。いわゆる”器用貧乏”なオーヴァードは一流にはなりにくい。

 しかし、だからといってどれか一つ()()に特化しすぎるのもまた悪手である。最低限の技量で修めた他の二つを戦闘の所々に織り交ぜる事が出来るのが一流の証明と言えた。

 確固たる得手分野を持ちながら、柔軟に、臨機応変に対応する。――全く以て何の参考にもならない理想論ではあるが、場合によってはコンマ一秒単位で攻守や状況が目まぐるしく変わるオーヴァード戦においては、それが出来るかどうかが生死を分ける事がある。

 

 シンドロームの力によって底上げされた身体能力を十全に使って攻め続けるラティーファと、得意の射撃能力をほぼ封じられた状態で、白兵とRC能力を駆使して防戦に徹するラウル。傍から見ればどちらが優勢かなど、火を見るよりも明らかだろう。

 それでも、ラティーファは攻めあぐねていた。身体能力は確実にこちらが上の筈なのに、致命傷どころか傷を与える事すら苦慮している有様だ。

 しかしそれでも、全てを防ぎきるのは不可能であった。鈍色の刃が、ラウルの薄皮に迫る度に、極少量の赤い液体が宙を舞う。

 

 戦技(エフェクト)――【紅の刃】

 

 だが《ブラム=ストーカー》にとっては、流血すら武器となる。飛び散った血液が空中で極小の刃となり、浮かび上がったそれはまるで意志を持ったように全方位に飛散した。

 高速で跳ね回っていたラティーファも、突如散弾のように撒き散らされた血の刃に対処が間に合わず、その内の幾つかは無慈悲に身体に突き刺さった。

 

「ッ……」

 

「《ハヌマーン》に、《キュマイラ》か。シンプルであるが故に強い組み合わせのクロスブリードだな」

 

「そういうアンタは、情報通り《ブラックドッグ》と《ブラム=ストーカー》ね。でも、聞いていた以上に厄介だわ」

 

 オーヴァード同士の戦闘において、事前情報というものは文字通り生死を分けるものである。

 敵がピュアブリードなのか、クロスブリードなのか、それともトライブリードなのか。そしてどのようなシンドロームを有しているのか。それが分からなければ、実質的な初見殺しの技を受ける事になる。

 その点では、早々に二つのシンドロームの技を見せ、その二つを高練度で修めているという情報を見せてしまったラティーファは浅薄であったといえるだろう。彼女にとってみれば初手の連撃で充分に仕留められるだろうという自信の裏返しではあったが、少々歴戦のIA(イリーガルエージェント)を侮っていたとも言える。

 

「……()()の狙いは時間稼ぎの筈だ。少し、会話に付き合って貰おう」

 

「それに応じる必要はない。アタシはアンタを倒せばそれで終わりなんだ」

 

「己惚れるなよ新参(ルーキー)。見た限り、オーヴァードとして覚醒してからまだ二~三年といったところだろう。戦士として独り立つには充分な時間だが、その程度の奴に易々と後れを取る程愚昧ではない」

 

 そう言いつつ、拳銃のリロードを済ませるラウル。

 その言葉の全てが嘘という訳ではないが、真実であるとも言えなかった。戦闘慣れしているオーヴァード相手に圧勝できるというのは稀だ。短期決着を決めなければならないというのならば尚の事だ。

 ラウルはラティーファの事を決して過小評価はしていない。ただそれを差し置いてでも、ここで明るみにしておかなければならない事があった。

 

D()()()()()()()()()F()H()()()()()()()()()()()()()()()。この研究所をわざわざ鎮圧したのは、まぁ、口封じだろうな」

 

 そうでなければ、この状況でラウルを抹殺しようとはしない。UGN本部がジャーム出現率の急増に伴って中東支部全域に()()()()()のを確認したD市支部長は、少しでも時間稼ぎをするために「FHの研究所を潰した」という実績を本部に挙げた。その行為そのものが大規模な自作自演(マッチポンプ)であったとも知らずに。

 ただそうであった場合、研究所の襲撃の段階で支部所属のエージェントが一人殉職した事自体がおかしい。研究所の情報は全開示されているようなもの。タイミングも見計らい放題。普通であれば一方的な蹂躙になり得る。であるならば――。

 

 

「作戦を共にしていた同僚(エージェント)を殺ったのはお前だな? 《ウィンディー》」

 

 

 ラティーファの眉間の皺が深くなる。この状況で無表情(ポーカーフェイス)を貫けないのはまだ未熟だなと思いながら、言葉を続けた。

 そのもう一人のエージェントは、支部とFHの癒着を知らなかった可能性が高い。恐らくその人物は、研究所を虱潰しに探す途中で、()()()()()()()()()を見てしまったのだろう。

 技巧(イージーエフェクト)――【無音の空間】を持つ《ハヌマーン》のラティーファであれば、暗殺はお手の物だろう。――()()()()()()()()()()()、の話だが。

 

「何が目的だ?」

 

 経緯は分かった。結果も分かりつつある。だが動機だけは当人に訊かなければ分からない。

 

「ジャーム化に際しての耐久実験。俺が言うのもなんだが、外道の粋を極めたような所業だ。何故加担した?」

 

 FH《ラムダの蠍》の所業そのものについては、ラウルも内心煮え滾る思いがあった。犠牲になったのは成人だけではあるまい。生まれながらに覚醒していたFHチルドレンも含まれていただろう。

 ラウルには、目の前の少女が嬉々としてそれを眺めていたとは、どうしても思えなかった。感情がそのまま表情に出て、街の子供らを慈しんでいた彼女には出来ないだろう。その姿そのものが偽りであったのであれば根底から覆るが、ラウルが見た限り、その感情そのものに嘘は無いように見えた。

 

 疑念と諦観が織り交ざったような視線を向けられたラティーファは、歯茎から血が滲む程に歯を噛みしめ、絞り出すような声を出した。

 

「…………街を、守るためだよ」

 

 結論からのその回答に対して、ラウルは眼光を鋭くするだけだった。

 

「この街で育ったアンタなら分かるでしょう? 何度も何度も戦火に巻き込まれて、その度に多くの人が死ぬ。他の場所も同じようなものだから、街を離れるわけにもいかない。国連の支援なんて望めたモンじゃない。誰も、国さえもアテにならないんだよ」

 

「それが、どう繋がる」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 迷って、迷って、ひたすら頭を抱えた末に、追い詰められた末に()()した結論、というのが正しい形容かもしれない。

 成程それは、正義や理想などという綺麗事では到底追いつけない狂気の答えだろう。実現できる土台があるのなら、猶更手を伸ばそうとするかもしれない。

 

「オーヴァードの力を使えば、攻められる事なんて無くなる。街の人が砲撃に怯える事も、街の外で乱雑に射殺されるような事も無い。ちゃんと守る事が出来る」

 

「破綻しているな。物事はそう上手くは行かない」

 

()()()()‼ もうこの方法しかなかった‼ この先数年数十年苦しみ続ける街の人を、私は見たくない‼ 支部長だって、同じ考えだった‼」

 

 ()()()()()()()()。ラウルはそう思った。

 あんな小さい街ひとつ守るためだけに、今までUGNが秘匿し続けてきたオーヴァードの存在を公にしようとした。ジャーム化しているとは言え、オーヴァードを戦争の手駒にしようとした。

 それは許されない事だ。こんな超常の力を持つ存在などを戦争の最前線に投入すれば世界の戦争の常識が根底から覆る。中東だけに留まらず、世界中にそれは伝播するだろう。今日以降あの街で流れる涙など比べ物にならない程の凄惨な景色がそこかしこで具現化するのだ。

 短絡的過ぎる。視野狭窄が過ぎる。天秤にかけたところでどう足掻いても釣り合わない。彼女は本当に、()()()それが成就すると思っているのか。

 

 ”そこ”に至った瞬間、ラウルの中で思考のピースがカチリと嵌った。

 

「……お前、《ヴァイパー》とは長い付き合いなのか?」

 

「? ――えぇ。アタシは三年前にD市でオーヴァードに覚醒した。あの人には、その時に拾って貰った」

 

「そうか」

 

 一見脈絡のないような事を訊いた後、ラウルは《メト・シェラ》の銃口を下げ、自身のコートの内側にしまい込んだ。

 傍から見れば戦いを放棄したような行動に、ラティーファも呆気に取られて軍用(ファイティング)ナイフを下ろしてしまう。

 

「何? 諦めたの?」

 

「いや、もういい。これ以上戦闘を続ける意味も無くなった」

 

 ラウルはその言葉通り、戦意を完全に霧散させた。それに触発されたのか、ラティーファの型の力も抜けていく。

 

「……ねぇ。アンタも、アタシ達と一緒に来ない?」

 

「……何だと?」

 

「アンタも、あの街で家族を亡くしたんでしょう? アンタだって痛みは分かる筈。その気があるのなら、支部長に話は通せ――」

 

「断る」

 

 逡巡する様子すらなかった。その返答の速さは、脊髄反射で飛び出したと言われても信じられるレベルだった。

 短い返答。しかしその四文字に込められた静かな怒気に、さしものラティーファも”呑まれた”。

 

「お前たちのそれを許容すれば、世界中で地獄の扉が開く。ありとあらゆる場所で死骸の山が積み重なる。あの街の人間を救う対価が、それだ」

 

「…………」

 

「そして膨れ上がった戦火は、いずれ一時の安寧を得たあの街をも容易く吞み込む。結局のところ、お前たちは何も守れない」

 

 ラティーファからは、ラウルの表情が見えなかった。

 だが分かる。彼は恐らく今、爆発しかけている激情を必死に抑え込んでいる。声が、声色が、その全てを物語っていた。

 

 直後、ラティーファの頭の中にノイズが走った。

 記憶の混濁、人格の混線、思考の不確定化――突如として(よぎ)ったそれらが彼女の動きそのものを停止させ、しかしその後、より強い刺激が全身を駆け巡った。

 

「ガーーハッ」

 

 膝から崩れ落ちた後の、吐血。内臓と骨と神経全てが沸騰したかのような刺激に襲われ、身体の自由の全てが奪われた。

 

「な……に、を…………」

 

「やはりRC(レネゲイドコントロール)攻撃は不得手だな。()()までにこれ程時間が掛かるのでは、実用化には程遠いか」

 

 戦技(エフェクト)――【蝕む赤】

 先程の全包囲攻撃に仕込まれたそれが、今になって効果を発揮した。

 

「邪……毒、か」

 

「そうだ。お前を殺しても違反行為にはならないだろうが、()()()()()()。お前にはこの事件の顛末を見届ける義務がある」

 

 そう言い、ラウルはラティーファの体を持ち上げ、肩に担ぎあげた。

 

 最初から最後まで言いようにされた。掌で踊らされた。ここまでされてしまっては、もはやラティーファに反抗する意思など無かった。

 

「(あぁ、そうか。何でアタシは……)」

 

 体内を駆け巡る激痛とは裏腹に、ラティーファの脳内のノイズが徐々に晴れていく。

 そしてその処理が終わる前に、彼女の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 家族を失い、自分も一度死に、しかしオーヴァードとして復活した後、少年はそれでも授かった力を他人の為に使おうとした。

 拙いながら力の概要を自力で覚え、崩れた建物の撤去や、迫りくる敵兵の撃破などを何度も何度も行った。

 

 ”これは、死んだ家族がくれた贈り物だ。なら、この力は困っている誰かの為に使う”。若干六歳にしてその考えに至っていた少年は、それを繰り返す事で街を守り、人を守る事に繋がると心の底から信じていた。

 下心など微塵もない。高潔な精神を持った両親の遺志を継ごうとした彼の行動を、咎める事など誰も出来なかった。

 

 しかしその当時はレネゲイドウイルスが世界に蔓延し始めた頃。いわばオーヴァードの黎明期。UGNさえ設立される前の事だ。超常的な異能の力を説明できる者など誰もおらず、その力の正しい使い方を教授できる者もまたいなかった。

 

 自分たちに利益と安寧を齎す子供。両親の在り方に従って、何も見返りを求めない子供。――自分達では逆立ちしても敵わない、強大な力を持った子供。

 

 

 

 

 バケモノ、と誰かが叫んだ。

 

 誰が叫んだかは定かではない。それでもその得も言われぬ恐怖は、水面に石を落とした時の波紋のように全方位に伝播した。

 自分たちが恐怖の底にいる時、自分達では理解できないモノを見た時。そうした時、人は人を容易く排斥できる。そしてその意識が一定以上まで膨れ上がった時、強制同調の圧がコミュニティーを支配していく。

 

 自分たちが誰に助けられていたか忘れたわけではない。何故ここまで生き残れたかを忘れたわけではない。

 ただそれよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな中でも少年を擁護していた大人の中でも、次第に彼を都合よく利用しようとする思考が蔓延するようになった。

 

 石礫と罵倒の応酬、寝ている時に数度殺されそうになった末に、少年の精神は完全に壊れた。

 生まれ育った街を離れてひたすら遠くへと走った。街の人間たちを虐殺しなかったのは、彼の中にまだ一握りの正常な心が残っていたからだろう。

 

 

「誰かの為に頑張ったところで、結局意味なんかない」

 

「力を持ってる人間は最初は大事にされても、最後は裏切られる」

 

「なら僕は、この力を()()()()()使()()()()()

 

 なまじ父親から様々な教えを受けていたせいで、少年はその思考に至ってしまった。

 疑う事もなく、善き心のまま人生を歩めるはずだった子供は、この日を境に生き方を変えた。

 

 力の対価に、金を受け取る。殺人への忌避感など、いつの間にか無くなっていた。

 いつどこで、路傍の石のように死んでもおかしくない生活。そんな生と死の狭間で、残りの人生を燃やし尽くす筈だった。

 

 

「失礼。貴方がMr.八神(ヤガミ)ですね?」

 

 今まで見た事も聞いた事もない、胡散臭い組織の人間がスカウトに来るまでは。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 UGN、I国D市支部地下――。

 

 地上の喧騒も、声も届かない。本来であれば静謐が満ちた場所。

 しかし今この場所は、所狭しと置かれた怪しい機械の駆動音が全てを支配していた。

 正しく肉塊、としか表現できないモノが詰められた培養槽。それらのデータが延々と画面上に表示され続けている。

 

 その中でも一際大きい培養槽の前に立つ男。自身の最高傑作とも言える()()を眺めていると、背後の出入り口から足音が聞こえた。

 

「《ノイマン》持ちでもないというのに、よくもまぁここまでの仕掛けを用意できたものだ」

 

「ほぅ? 何故私が”天才”のシンドローム持ちではないと?」

 

()()を有するオーヴァードはもう少し上手く立ち回る。中東の中でも僻地とは言え、お前の動きは少し雑過ぎた」

 

 コッ、コッ、と。罅割れた状態が当たり前な地上とは違い、新品同然な床を歩きながら、憮然とした表情のまま青年は言う。

 

「大抵の場合、色々な場所に派遣されるIA(イリーガルエージェント)を現地の支部長は信頼しない。やましい事を考えている奴は更に、だ。自由に街をうろつかせず、セキュリティで固めた支部の中に半ば軟禁しようとする」

 

 だがこの支部の場合、支部そのものが厄ネタの宝庫だった。

 地下への道は、外装とは対照的なほどに小綺麗だった。対オーヴァード用に構築されたセキュリティロック。《ブラックドッグ》の技巧(イージーエフェクト)では突破できなかった為、少々強引な方法で押し入った程だ。

 要は、あまりにも露骨に彼を遠ざけ過ぎたのだ。元から良からぬことを企んでいたのは分かっていた事ではあったが、その言動で確信に至ったと言っても過言ではない。

 

「大望を叶える一歩手前に至って、浮足立ったな? そのせいで思考の足元が留守になった。三流の仕事だ」

 

「では何故、それが分かっていて私の言葉に従った? ”仕事”をこなすだけならば、真っ先にここを突き止めれば良かったものを」

 

「強固な鎖を付けた番犬がいたんでな。選択肢がある中では、勝てない勝負はしない主義だ」

 

 事実、彼女の強さは油断できないものであった。一対一であればまだしも、複数戦の中で彼女を相手するのは相当骨が折れるだろう。

 すると男は――D市支部長、《ヴァイパー》ニザール・カッバーニは、世を斜に見たような皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「成程、()()は足止めの任を成し遂げたという事か。しかし、ほぼ無傷のままここに辿り着かせるとは……やはり現地で拾ったクソガキではものの役に立たんか」

 

「…………」

 

「まぁいい。準備は既に整った。ここまで来てしまえば、君の()()()任務も失敗だな。いい気味だよ、UGNの狗め」

 

「……流石に、ただの無謀者という訳ではなかったか」

 

「当然だとも。児戯に付き合わされて辟易としていたところだ。なぁ。UGN公認内部監査人(UCIA)よ」

 

 

 

 ――その部門の名を、知っている人間は少ない。

 支部長を務める幹部クラスであっても、その存在を知らないまま引退していく者も少なくないくらいだ。それもその筈。そもそも()()()()()人間の裏を暴いていくのが任務であるのだから。

 

 UGNの最高意思決定機関。十二名の評議員で構成される《中枢評議会(アクシズ)》よりの直々の命令を受けて動く、各支部の汚職や非人道的行為を調査・報告する役目を負った存在。それがUGN公認内部監査人(UCIA)である。

 その部門に属する者達は、普段は通常のUGNのエージェントとして職務に邁進する。しかし、評議会からの密命が降りてきた場合のみ、裏の任務を遂行する監査人となるのである。

 本来はその職務関係上、評議会議員がUGNに対して絶対の忠誠を誓うエージェントを選抜するのだが、ラウルの場合は少し違った。

 

『貴方に求めるのはUGNへの忠誠心ではないわ。組織に巣食う悪性腫瘍を、曇っていない客観視で以て探し出す事。他の議員のお歴々は自分が推薦した監査人を子飼いのように使っているけど、私は貴方をそんな風には扱わない。責任は私に押し付けて良いから、好きなようにやりなさい』

 

 傍らに護衛の(レネゲイドビーイング)を侍らせながら、ラウルを監査人に推薦した少女は初対面の開口一番にそう言った。

 以降ラウルは、「傭兵感覚の抜けないIA(イリーガルエージェント)を半ば意図的に演じながら、多くの支部の監査を行ってきた。大半の支部は真っ当に、もしくは少しばかり保守気味に職務を遂行していたのだが、稀に常軌を逸した悪行に手を染めていた所もあった。

 資金の横領、文書の偽装などはまだ可愛い方で、所属エージェントの生死を偽装した上で人体実験に利用していたり、敵である筈のFHと内通していたり、酷いものだと人類そのものに対しての反乱を企てている者もいた。

 

 まぁ、何が言いたいかというと――このI国D市支部はその全てに当て嵌まっていたという事だ。

 

 

 ラウルはニザールの眼前にある巨大な培養槽を見やった。

 180cmあるラウルの、軽く倍はあろうとかという程の巨躯。筋骨隆々の肉体の一部は強制的に変化させられており、まるで別の生き物のように脈動している。顔の部分には本来ある筈の目、鼻、口と呼べる部位は無く、代わりに頭上には天使の輪(ヘイロウ)のような物質が浮遊していた。

 明らかに、自然界に存在するようなモノではない。状況から鑑みても、人工的に造られたバケモノである。

 そして、こういった冒涜的な姿かたちをしたバケモノを生み出す輩の心情や目的などは、大方似通っているものである。

 

「……成程、FHと内通してまで造りたかったのがコレか。随分とまぁ悪趣味な事だ」

 

「芸術品と言ってくれたまえ。神の使徒とも呼べるこの肢体。素晴らしいとは思わないかね?」

 

「残念ながら審美眼には疎くてな。俺にはそれが、酷く醜い肉塊にしか見えんよ」

 

 傷一つない白い体ではあったが、ラウルにはチグハグでツギハギだらけの玩具にしか見えなかった。このバケモノが何を素材に造られたモノであるかなど、大体想像がつくからだ。

 

「霊感、などというものを信じた事はまるでないが、今なら少しだけ分かる。どす黒い怨嗟だ。一体どれほど犠牲にしてきた?」

 

「被検体という意味ならば、つい先日326人目を()()()ばかりだ。まぁその大半は碌に耐えられもせず自壊した能無しだったがね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()末に生まれた人造生命体。それが眼前のバケモノの正体。そんな、マトモな倫理観を持つ者であれば吐き気を催すような所業の末に生まれた作品を前にして、しかしラウルの感情は驚くほど冷え込んでいた。

 無論、その暴挙に賛同したわけではない。人間の怒りが臨界点を超えた際に逆に感情が冷え込んでいくのと同じように、彼もまた、両親から享受され、捨てきれていなかった倫理観に従って感情を励起させたに過ぎない。

 

「一つ訊かせろ。《ヴァイパー》」

 

「何だね?」

 

「《ウィンディー》はお前が”この街を救うために”手を汚したと言っていた。……本来の目的を教えろ」

 

「私が? この街を? ハハハハハッ‼ そうか、そうか‼ アレには()()()()()()()()()()()()()()な‼ ……いや、失敬。我ながらあまりにも荒唐無稽な言い訳で笑ってしまったよ」

 

 初対面の際の落ち着き払った性格とは真逆。仕事柄狂った人間など幾らでも見てきたラウルであったが、この男もまた例に漏れずその一人であったという事を再認識した。

 故にラウルは、初対面の人間を基本的に信用しない。人は幾らでも嘘を付ける。狂気を内包している人間は、その狂気を理解していれば”正常な人間”を演じる事など容易いのだ。

 

「度重なる戦争で風前の灯火となった街を隠れ蓑にしてまで、一体何を求める。コミックの悪役よろしく、世界征服でもするつもりか?」

 

「世界征服か。まぁ、当たらずとも遠からずと言ったところか。私はね、この世界における戦争の形を変えるのだよ」

 

 オーヴァードを本格的に戦争利用するという行為は、人間の大規模覚醒が始まった20年前から現在に至るまで許可されていない。

 それもその筈。能力次第では人類が扱う既存の兵器の破壊力を優に凌駕する事も可能なのだ。そんなものが前線に投入されればどういった変化が巻き起こるかなど想像に難くない。

 その身一つで絶対的な破壊力と耐久力を持ち、疲弊しても休息を取れば次の戦闘へと投入できる。まさに文字通りの人間兵器。それに対して一般の兵士は、ほぼ対抗する術を持たなくなる。

 核兵器を持つことでそれを抑止力とし、保たれて来た仮初の平和は、いとも簡単に破られることになるだろう。

 

「人類のオーヴァードへの強制的な覚醒、理性を持たず殺害行為だけをプログラミングされたジャームへの意図的な変化、それらを利用して造り上げる戦闘兵器の増産‼ 私は()()()から供与された全てを使って下地を作り上げた‼ オーヴァードが戦場を支配する世界は、もうすぐそこまで迫っているのだよ」

 

「…………」

 

「元は傭兵として戦場を駆けていた君ならば、少しは理解してくれると思ったのだがね?」

 

 重い、重い溜息を一つ。ニザールの理想を聞いた後に、ラウルが取った行動はそれであった。

 

「俺が傭兵時代に行っていたのは、戦場で一般兵を相手に虐殺を繰り返していたオーヴァード共の始末だ。お前が言うような御大層な理想を掲げた奴らを、何度も何度も殺してきた」

 

 ある日突然身に余る力を持てば、それに酔う輩は当然現れる。奇しくもラウルが自分で体験したような事を。

 強大な力で他者を押さえつけ、蹂躙し、脅し付け、虐殺や略奪を行う成りたてのオーヴァード達。そういった者達を疎ましく思う依頼者から、ラウルは仕事を請け負っていた。

 人間の――オーヴァードの効率的な殺し方は実戦で学んだ。自分の能力の把握や尖らせ方も全て自己流で賄った。死にかけた事は一度や二度ではなく、今に至るまで五体満足でいるのが逆に不思議なほどだった。

 

「お前の目的を訊いたのは、単に報告書の記載事項として必要な事だったからだ。俺自身は、お前の心情や理想になど、毛程も興味が無い」

 

 故に、今回の仕事もいつもと同じである。

 正義の味方、などでは断じてない。自分がそのような光の道を歩むなど許されない事だと理解しているし、そういった事が性に合わない事も分かっている。

 だから、それでも敢えて名乗る名があるのであれば、それは”悪の敵”くらいのものなのだろう。

 

 

「あぁ、でも一つ分かったことがある。――毒蛇というのは、こんなにも醜く嗤うものなのだな」

 

 

 直後、巨大培養槽に大きな罅が入った。

 まるでニザールの静かな怒気に呼応するかのように、中の巨人が蠢き始める。やがて耐えられなくなったのか、纏わりついていた液体と強化ガラスを周囲にぶち撒けてソレが降臨する。

 

 圧倒的な重量に、建物全体が揺れた。それと同時に、人外(レネゲイドビーイング)特有の重圧(プレッシャー)が撒き散らされる。

 そしてラウルは、眼前の存在が放つ強固な違和感を感じ取った。

 

「そこまで死にたいのであれば仕方がない。存分に試運転に付き合って貰おうか。――駆動せよ、アフラ・マズーター。あの矮小な存在を捻り潰したまえ」

 

「……一度だけ嗅いだ事のあるシンドロームの匂いだ。予想以上に、面倒な仕事になったな」

 

 銃に装弾された弾にシンドロームの力を捻じ込みながら、ラウルもまた、本気の殺意を怜悧に研ぎ澄ましていった。

 

 

 

 

 

 

 

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