雷血死神の前奏曲(プレリュード)    作:十三

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追憶の狂想曲(カプリチオ) 後篇

 

 

 

 

 覚醒者(オーヴァード)という存在を知る界隈において、大別したレネゲイドの種類――シンドロームは十二種類というのが一般常識である。

 

 光を操り、透明化や幻覚を作り出す《エンジェルハィロゥ》

 重力を操り、時間や空間にも干渉できる《バロール》

 体内の電流・電圧を操り、機械操作にも長ける《ブラックドッグ》

 体内の血液を操り、血液武器の創造や超回復を司る《ブラム=ストーカー》

 体組織を獣のそれへ変え、人外の身体能力を発揮できる《キュマイラ》

 自身の肉体を変化させ、自由自在な攻防を繰り出せる《エグザイル》

 神経伝達能力を強化しての超高速戦闘、及び振動を司る《ハヌマーン》

 物質の錬成、及びその余波の砂塵を操る《モルフェウス》

 思考能力を増大させ、天才を作り出す《ノイマン》

 自己の因子を周囲に展開し、領域を作り出す《オルクス》

 熱と冷気。温度に関わる概念を操る《サラマンダー》

 化学物質を生成し、主に毒物の扱いに長ける《ソラリス》

 

 

 しかし半年前、新たなシンドロームの存在が確認された。それが自然発生した新種であるのか、単に今まで人類がその存在を認識できていなかっただけなのかは分かっていないが、ともあれその能力がレネゲイドの種類の一つとして確立されたのは間違いない。 

 だが、元より”禁忌”と呼ばれたシンドローム。発症者は徐々にその数を増やしていると言われているが、その数はまだ多くはない。

 その為、その異様な雰囲気は容易に嗅ぎ分ける事ができる。故に、ラウルが眉を顰めたのも無理からぬことだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、彼が導き出した結論の一つであった。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 口もない無貌が、咆哮したような感覚があった。

 

 オーヴァードの死体を繋ぎ合わせて作り出された異形の存在。本来であればマトモに駆動すらしない筈の仮初の肉体が不気味なほどに滑らかに動いているというのは、極めて冒涜的な感性を植え付けてくる。

 道理もなく、倫理もなく、存在意義すら曖昧なモノ。――それが拝火教(ゾロアスター)の最高神、正義と法の神の名を与えられているというのは何という皮肉か。

 

 とはいえ、眼前のデカブツはあくまでも副目標に過ぎない。真っ先に攻撃するべきは、コレを生み出した狂気を孕んだ者である。

 

 戦技(エフェクト)――【赫き弾】戦技(エフェクト)――【雷の牙】

 

 放たれた弾丸に、肉食獣の(あぎと)のような輪郭を纏った雷が塗布される。指定した獲物を狙うかのように、直線的な軌道から狩りをする獣のような、獰猛さを伴った軌道へと変化する。

 時速換算で亜音速にも達するそれを、躱せる者など早々いない。――だがその餓狼の弾丸は、対象に着弾する前に分厚い掌に阻まれた。

 

 戦技(エフェクト)――【生贄の蛇】

 

 アフラ・マズーターから放たれた特殊なレネゲイドの波長が、ラウルが撃ち出した弾丸を捻じ曲げ、その巨体へと引き寄せた。

 

 ……予想はしていたが、厄介ではあった。

 明らかに傀儡の様相を呈しているというのに、戦技(エフェクト)の発動自体は問題なくこなしている。それも、創造主を守るような行動を。

 否、そのくらいであれば()()の過程で幾らでもインプットできただろう。真に厄介なのは、ラウルが懸念していた通りのシンドロームを有していたという事。

 

「クハハハハッ‼ 貴様の牙もその程度か。そのような(なまくら)では、アフラ・マズーターに傷一つ付ける事もできまい‼」

 

 戦技(エフェクト)――【ヒュドラの怒り】

 

 戦技(エフェクト)――【飢えし影】

 

 二体一という数的有利から生み出される攻撃の波状。ニザールの背から新たに生み出された腕が確かな殺傷能力を持って室内を縦横無尽に動き回り、それを回避しようとする動きを、アフラ・マズーターから生み出された影の触手が的確に絡め取りにかかる。

 一瞬の隙を突いて反撃として放った弾丸も、全てアフラ・マズーターの皮膚に着弾してしまい、そして弾かれる。

 この異形の前では、小手先の技術は通用しない。故にラウルは、白兵もRCも封印して得手としている射撃攻撃一本に絞って攻撃を仕掛けていた。

 しかし決定打が生まれない。生半可な破壊力ではそもそもアフラ・マズーターの防御は突破できず、元凶であるニザールへの攻撃は全てカットされる。

 

「面倒だな――ッ‼」

 

 思わずそうぼやいた瞬間、新たに壁から出現した影に足を掴まれる。そのまま足ごと引き千切られるかと思ったが、影はラウルを空中で振り回すと、(おもむろ)に壁へと叩きつけた。

 予想外の行動に、一瞬防御戦技(エフェクト)の発動が遅れた。強大な衝撃をモロに喰らったラウルの意識が一瞬だけ飛びかけるが、オーヴァード同士の戦いではその一瞬が命取りである。強引に意識を引き戻したラウルは、壁を蹴ってそのままアフラ・マズーターに肉薄する。

 

 戦技(エフェクト)――【雷の牙】+【アームズリンク】+【雷攻撃】+【電撃収束】――堕雷ノ天罰(バアル・ゼブル・バアル)

 

 体表面が硬いのならば、至近距離から芯まで抉る貫通力を以て貫けばいい。

 この上なくシンプルな理論であったが、この複合技はラウルが持つ手札の中でも上位に入る攻撃力を誇る。故に触れさえすれば何かしらの変化が起こせるという自負があった。

 しかし――。

 

 戦技(エフェクト)――【原初の黄】――禁忌・再構築《バロール》――【虚無の城壁】

 

 アフラ・マズーターの顔面の中心に巨大な一つ目が顕現し、その魔眼を中心に高重力波が形成される。

 視界に映らない、空間ごと捻じ曲げられて作られた巨大な盾。さしもの強力な雷も、重力の波形で逸らされてしまっては効果を発揮しない。周囲の機器に重大な損傷を与えつつも、アフラ・マズーターとその背後にいたニザールには一切ダメージが入らなかった。

 思わず舌打ちを鳴らすラウル。重力の影響であらぬ方向に吹き飛ばされ――直後、右肩部分に何かが刺さった。

 

 戦技(エフェクト)――【異形の祭典】

 

 極限まで伸び切ったニザールの左腕。その先から更に伸びた爪の先がラウルの体を捉えていた。

 振り払おうとすると、危害を加えられるのを嫌ったのか、自ら離れていった。まるで先程ラウルが考えていたように、()()()()()()()()()()()()と言わんばかりの攻撃。その理由は、すぐに理解できた。

 

「……成程」

 

 地面に着地すると同時に、強烈な酩酊感が全身を襲う。両脚に力が上手く入らず膝をついたが、重くなる瞼を気合で見開き、直後に飛んできたアフラ・マズーターの巨大な拳を寸でのところで躱した。

 

 戦技(エフェクト)――【猛毒の雫】

 

 予め爪先に塗られていた邪毒が、今現在ラウルの身体を一瞬で犯し尽くしていた。

 内臓や骨などに異常はない。侵蝕されたのは神経。それも脳に近しい部分。反射神経は著しく衰え、震える脚は銃床で殴りつけても治まる気配がない。

 

「無様な姿じゃあないか。本部の覚えめでたいIA(イリーガルエージェント)も、こうなってしまっては形無しだな」

 

 嘲るニザールであったが、それでも決してアフラ・マズーターより前に出ようとはしない。臆病と言ってしまえばそれまでだが、これ程優秀な肉壁が存在するのであれば、その選択も当然と言えた。

 

「だが感謝せねばならないな。君の命を奪う事で、私は証明できる。このアフラ・マズーターが、本部の狗すらも殺し切れる存在であるという事を」

 

 己に陶酔するニザールの言葉を、実のところラウルはほぼ聞いていなかった。

 もはや戯言の類に成り下がった言葉を聞く意味など何処にも無い。だが、ニザールが《ソラリス》の戦技(エフェクト)を見せた事で確信に変わったことが一つあった。

 

【蝕む声】――FHの《ソラリス》が良く使う、分泌した幻覚物質を使用した催眠の技巧(イージーエフェクト)だったな。……それを使って《ウィンディー》を操っていたのか」

 

「……何を言い出すかと思えば。君ほどのオーヴァードがそんな事を気にかけていたのか。もはや役立たずとなった傀儡の調整の過程など聞いて、何になる」

 

「役立たずの傀儡、か」

 

 茫とする思考を徐々にクリアにしていくために、深い息を一つ吐く。

 

 

「これまで私の計画を探ろうとした者共は全てアレに処理させた。表向きの顔も必要だろうと思い、適当な博愛精神を擦り込んでは見たが……見ていて正直反吐が出そうになったとも。私が最も厭う姿と言っても過言ではないな」

 

「弱さを嘆くだけの弱者を愛して何になる。所詮この街の人間どもは何もできん。不幸を吐き、幸運を待ち望むだけの愚図の群れ。餌を求める雛鳥の方がまだマシだろう」

 

「だが、そんな塵屑どもを救ってやるのが力ある者の責務というものだ。その過程で屍が積み上がったとしても、まぁ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 破裂音が室内に響き渡った。ようやく立ち上がったラウルが、その拳で近くにあった機械をただのスクラップに変えた音だ。

 もう一度、深い深呼吸。それを終える頃には、ひとまず冷静さを取り戻していた。

 

「何の得にもならない御託を並べてくれたが、あぁ、確実な事が一つある」

 

「?」

 

「お前のその妄想じみた稚拙な企みは、お前が傀儡と呼んだ女によって崩されることになる」

 

 技巧(イージーエフェクト)――【ショート】

 

 ラウルの手から流された電気が意図的に電子機器に過負荷を起こし、それが有線で繋がっている部屋中の機器に伝播していく。やがて発火と共に煙が充満し始め、ラウルの姿を覆い隠した。

 

「ッ――小賢しい真似を‼ アフラ・マズーター‼」

 

 戦技(エフェクト)――【原初の赤】――禁忌・再構築《キュマイラ》――【吹き飛ばし】

 

 背から生えた巨大な片翼をはためかせ、煙を吹き飛ばす。しかしそこに、ラウルの姿は無かった。

 

「……どこに行った。あの状態では高速移動など――そうか」

 

 一瞬しか効果が無かった目晦まし。その僅かな間に大柄の成人のオーヴァードを連れ出せる人間など、今現在では一人しかいない。

 

「仕方あるまい。用済みの玩具の後始末も一緒に済ませるとするか」

 

 吐き捨てるようにそう言ったニザールの瞳には、もはや妄執じみた狂気しか映し出していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 所詮自分は、拾ってくれた恩人の使い捨ての駒でしかなかった。――ただそうでしかなかったという事実を突きつけられた今でも、不思議と憎悪と呼べるような感情はあまり湧いてこなかった。

 むしろ自分の心の中で煮え滾っていたのは、洗脳されていたとはいえ、ニザールの独断専行を諫めようとした同僚たちを自分の手で殺め続けていた事。その行為は、その事実だけはどれだけ擁護されようとも変わることは無い。

 

 だから、この男を助けたのもきっと筋違いの罪滅ぼしの一つなのだろうと考えていた。

 

「回復が遅いぞ。《キュマイラ》の生命力ならそれ程かからず解毒できる程度の毒しか撃ちこんでいなかったはずだ」

 

「……内臓機能までグチャグチャにしておいてよく言うわよ」

 

「邪毒というのは厄介だ。ともすればその後の戦闘行為全般に影響も齎す。だから――」

 

 ラウルは軽く頭を振ると、その赤い瞳に光を取り戻す。

 

「数秒、数十秒。長くても数分で解毒できるように心がけておけ。白兵で戦うのなら、身に着けておいて損はない技能だ」

 

「……別にいいよ。この件が終わったら本部に連行されるんでしょう? もう陽の目を見る事もないかもしれないんだし」

 

 諦観と言っても差し支えのない声色で言うラティーファを横目で見ながら、ラウルは深く座り直した。

 

 

 邪毒から回復したラティーファの手であの場所から連れ出されたラウルは、現在彼女の手引きで地下の資材置き場に身を隠していた。

 本気で隠れるのならば地上に出た方が良かったのだが、アフラ・マズーターの背中から翼が生えるのを横目で視認していたラウルがそれを止めた。一度アレが外に出て空中を根城にしようものならば、余計に戦いにくくなる。

 何より、【ワーディング】を使用したとはいえ、超広範囲攻撃など繰り出されようものならば、一般人を巻き込む可能性も大いにあった。

 

 だから、仕留めるのならば地下(この場所)で。その方針にはラティーファも同意だったようで、素直に頷いた。

 

「ねぇ、訊いてもいい?」

 

「あのバケモノ――アフラ・マズーターとやらの事か」

 

 身体をまともに動かせるようになるまで時間こそかかったが、それでも扉の隙間から戦闘行為を覗き見る事ぐらいはできていた。

 だからこそ不可解だった。現存する十二のシンドロームとは異なる、あまりにも悍ましい攻撃を繰り出していたあのバケモノの事が。

 

 するとラウルは、「俺も詳しい事は知らんが」と前置きした上で口を開いた。

 

「半年ほど前から、学者連中が新たなシンドロームの存在を公表し始めた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()する。それがそのシンドロームの特徴だった」

 

 それまで、一人のオーヴァードが発現できるシンドロームは一種類(ピュア)二種類(クロス)。多くても三種類(トライ)だった。

 だがその新種のシンドロームは性質上、四種類以上の効果を同時に発現させることができる。無論制約は存在するが、それでも多種多様な技を操れるというのはそれだけで大きな脅威でもあった。

 

「二ヶ月前、俺は欧州での任務で、そのシンドローム持ちと戦ったことがある。後で知ったが、どうやらFHの大物だったらしい。不意を打たれて、二度ほど蘇生(リザレクション)を使う羽目になった」

 

「……そんなに強かったの?」

 

「撃退はしたがな。吸収・模倣という能力は、それだけで(すこぶ)る厄介だ」

 

 その時は夜間という事もあったため、距離を取っての視界外からの戦闘でどうにか辛勝を捥ぎ取ったが、制限された室内ではそうはいかない。別の手を考えざるを得なかった。

 

《ウロボロス》――それが奴が内包しているシンドロームだ」

 

 326人のオーヴァードを繋ぎ合わせた悪趣味な作品。複数の色を混ぜ合わせると黒に近しい色ができるように、多種多様なシンドロームが混ざり合わさった結果、あのような特異なシンドロームが発現したのだろう。

 無論、その他の要因もあるのかもしれないが、それ自体はラウルには関係ない事だった。

 

「そんな、そんな反則みたいな力を持つ奴に勝てるの?」

 

()()()

 

 不安げな声色で訪ねてきたラティーファとは対照的に、ラウルは確信を孕んだ口調でそう断言した。

 

「奴の特性――長所と短所は既に理解した。長所は言わずもがな、意志を持たない人造生命体であるが故の迅速な反応と処理速度、そして巨躯を活かした防御力と攻撃力の高さだ」

 

 そして、短所。それをラウルの口から聞いたラティーファは、思わず目を見開いた。

 

「それは、本当なの?」

 

「俺の推測が正しければな。そうであれば勝つ事自体は、難しくはあるが充分可能だ。()()()はお前に任せる事になるがな」

 

「……分かった」

 

 自分も一枚噛んだ状況の後始末であるのなら、自分が立つのは自然の道理というものだろう。――たとえそれで命を落としたのだとしても。

 

「死は、逃げだ」

 

「え?」

 

「状況にもよるがな。だが、少なくとも今のお前が戦場で死ぬのは許容できん」

 

 奪った命を自分の命で補い、帳尻を合わせようとする。その責任の取り方を全て否定するわけではない。

 だが、死んでしまえばそれで終わりだ。それ以上は償えない。不足分が生まれたのであれば、それは踏み倒す事になる。

 

 洗脳が解けたラティーファが死にたがっていた事はすぐに理解できた。それが罪悪感から生まれたものであるという事も。

 勝手にしろと突き放すのは簡単だった。しかし今回の作戦を成功させるにあたってはそう易々と死んで貰っては困る。差しあたっては、全ての元凶に痛い目を見せるまでは生きて貰わねばならなかった。

 

 たとえ責任能力が問われなかったのだとしても、その末路を見届けるのが贖罪の第一歩なのだから。

 

()()()。まずはそれからだ」

 

「……了解。元々アンタに生かされた命だからね」

 

 オーヴァードはその性質上、常人より遥かに死ににくい存在である。故に、殺すときは徹底的にやるのが常識だ。

 長らく催眠状態であったとはいえ、同僚殺しの罪を背負った自分が今こうして生きているのは、「事の顛末を見る義務がある」と言って手心を加えたこの男のお陰なのである。

 手加減されたことに忸怩たるものがないのかと言えば、それは嘘になる。だが、あの場で殺されて解放されたとして、果たしてそこに未練は無かったのか。

 

 否、である。死を以ての救済よりも、生きて贖罪の道を歩む事を選ぶ。元来彼女は、それを厭わない性格だった。

 

 だから、戦う。責任の一端を負うために。そして何より、仏頂面で節介を焼いてくれた目の前の男への恩を返す為に。

 その為に、彼女は戦うのだ。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 D市支部地下は、地上部分の質素さに反して地下が深い。

 とはいえ、それ自体はさして珍しい事でもない。オーヴァード、ひいてはUGNという組織全般が一般社会から隠れて存在している以上、大都市ならまだしも、地方に拠点を構える支部であればどうしても外観は目立たないようにしなければならない。その分、支部としての機能の大半を地下に沈めているというのは良くある事だ。

 しかし、それを差し引いてもこのD市支部は異常であった。元々戦時下で警察機構など無いに等しく、治安維持組織である軍隊すら協力者として抱き込んであるというのなら、地下の大改造も充分可能であるだろう。

 

 本部の許可を得ない違法生体実験。それに使用する()()の保管場所。そして――完成した実験体の試運転を行う場所。

 

 製造ラボが破壊され尽くされた以上、戦闘ができる程の広さがあるのはそこしかない。現在、ニザール以外で唯一この地下実験施設の構造を把握しているラティーファは、意図的に()をそこに誘導した。

 ニザールにしてみれば、全てを知る状態になったラティーファとラウルを逃がすわけには行かないだろう。その執念は理解していたから、敢えてこの地下で決着を着ける事を選んだのだから。

 

 技巧(イージーエフェクト)――【彼方からの声】

 

 振動を操る《ハヌマーン》ともなれば、あらゆる音を使い分ける事など造作もない。施設の壁伝いに音を出し続け、()()()

 そしてその行為は、程なくして効果を示す事になった。

 

 扉の破壊音。実験体の暴走用に頑丈に造ってあったはずのそれを容易く壊してしまうのもどうかとは思ったが、今更施設の耐久面を論じても意味は無い。

 壁を、天井を。巨躯を移動させるには全てが窮屈になる筈のそれらを壊しながら来たのだろう。しかしその体表に傷は一つもない。稼働した直後から全く変わらない状態を維持しているのを見るに、ダメージは全く蓄積していないように感じられる。

 

「羽虫のように逃げるのはやめたのかね? ならばここが君達の墓場という訳だ」

 

「誘いに乗ってその大口か。研究員よりも劇団員を目指した方が有意義だったな」

 

 そのあからさまな挑発に、ニザールは一つ鼻を鳴らすだけで受け流した。

 

()()まとめて処理できるのであれば面倒も減るというもの。《グリム・リーパー》、君の遺体の一部でもUGN本部に送りつけて、私なりの宣戦布告とさせてもらおうじゃないか」

 

 そう言いつつ、ニザールは再び自らの腕を変化させる。

 予測が困難な伸縮腕。アフラ・マズーターの攻撃を避けつつ、そちらにまで意識を向けるのは得策とは言えない。

 だがそれも、オーヴァードが二名いれば変わってくる。

 

「三十――いや、二十秒だ。下拵えは任せたぞ」

 

「了解。……はぁ、これを使うのは本当に久し振りかなぁ」

 

 そう呟くように言って、ラティーファは徐に着込んでいたベストを取り外し、ジャケットも脱ぎ捨てた。

 長身で、起伏の富んだ女性らしい体系の上半身を覆うのは黒のシャツ一枚。その状態で、徐々に体が変化していく。

 

「ぐっ……ああぁぁぁああああッッッッッ‼」

 

 もはや悲鳴と大差ない程の絶叫を挙げながら、変貌を遂げる。

 あくまでも人間としての原形を保ったまま肉体の一部を変化させる《エグザイル》のそれとは違う。《キュマイラ》の因子を持つ彼女が行うのは、人間とは異なる別の生物への()()である。

 

 戦技(エフェクト)――【完全獣化】

 

 時間にして数秒。直前まで彼女が立っていたそこに佇んでいたのは、全身を艶やかな赤い体毛で覆った、一頭の狼であった。

 どこか神性さすら思わせる雰囲気。その獣眼には獰猛さと気品が同居しており、その姿を見てまず胸に去来するのは恐怖ではなく放心だろう。

 

「ほぅ」

 

 完全に戦闘態勢に入っていた筈のラウルですら、短い感嘆の言葉を漏らした。

 しかしそんな事など知らないラティーファは、その四足に力を込め、全力でアフラ・マズーターに向かって飛び掛かった。

 

 感情などというものは既に消滅して久しいアフラ・マズーターは、ただ無機質に飛び掛かって来た敵に対して拳を振るったが、ラティーファはそれを軽く捻り躱し、肉薄する。

 

 戦技(エフェクト)――【振動球】+【破砕の音】+【さらなる波】+【バランスブレイク】――独奏破天・重壊(カデンツァ・ノヴァ)

 

 放たれたのは、あらゆるものを砕き壊す程の振動の塊とも言える球。

 先程と同様に重力による壁で防御しようと戦技(エフェクト)を発動させるアフラ・マズーターだったが、銃弾と違ってある程度指向性を操作できる”振動”に対してそれは十全な効力を発揮しなかった。

 

 とはいえ、それそのものにアフラ・マズーターの強固な表面装甲を破るだけの効果は無い。しかし着弾と同時に状態異常(バッドステータス)の”重圧”が圧し掛かり、動きが更に鈍くなる。

 しかしそれでも、戦闘の為だけに生み出された存在である。眼前の敵を最優先討伐対象と指定し、全力で排除しにかかった。

 

 戦技(エフェクト)――【原初の青】――禁忌・再構築《サラマンダー》――【炎の加護】

 

 戦技(エフェクト)――【原初の白】――禁忌・再構築《サラマンダー》――【終末の炎】

 

 戦技(エフェクト)――【原初の黒】――禁忌・再構築《サラマンダー》――【インフェルノ】

 

 部屋中に波及する程の超高熱の連続攻撃。体毛を焼かれ、肉にまで炎熱が回ったラティーファは苦しそうな呻き声を挙げたが、それでも怯んで攻撃をやめることは無かった。

 その果敢な戦闘の様子を見て、ニザールは僅かに眉を顰めた。

 

「【完全獣化】だと⁉ 馬鹿な、アレにそんな技を習得させた覚えは――」

 

「余所見とは、随分と余裕だな」

 

 戦技(エフェクト)――【加速装置】

 

 足に電気を溜め、超高速で接近する。それに気付いたニザールは先程と同じように猛毒を付与した爪の腕を伸ばして迎撃を試みたが、ラウルは焼き切れそうな程の思考の果てにその軌道を読み切り、寸でのところで完全な回避に成功する。

 そして、伸び切った腕を引き戻すには更に数秒かかる。無論ラウルは、そのような猶予など与えるつもりは毛頭なかった。

 

 戦技(エフェクト)――【雷の槍】+【紫電一閃】

 

 無防備になったニザールの鳩尾へと、手加減なしのRC攻撃。

 

「カ――――――」

 

 肺の中の空気を全て吐き出したかのような声にならない声を挙げ、大きく後方へと吹き飛ぶ。

 しかしラウルはそれだけで終わらせず、更に距離を詰め、倒れ込んだニザールの腹に足をかけた。

 

「貴……様ッ‼」

 

「渾身の策が一つ潰れただけでこのザマか。やはり所詮はド三流だな」

 

 心底呆れ果てたような声色でそう言い、まるで遺伝子に刻み込まれたかのような慣れた手つきで――ニザールの左脚に突き付けていた大型拳銃(メト・シェラ)の引き金を引いた。

 

「グ――アアアアアッッ‼」

 

 重々しい銃声と共に放たれた13mm弾丸は、いとも容易く左脚を破壊する。

 弾痕が生まれる、などという生易しいものではない。頑強なオーヴァードとはいえ、戦技(エフェクト)を付与した大型口径弾丸を至近距離から撃ち込まれれば、筋繊維や骨ごと千切られるのは道理だ。

 そして、”対象の機動力を奪う”という意味を持たせるならば、()()()()()()にも銃口を向ける行為も当然であると言えた。

 

 二つ目の銃声と共に、宙に右脚が舞った。

 血飛沫が床を汚し、追加の絶叫も響き渡る。だがそれを聞いて尚、ラウルの心は冷めきったままだった。

 

「お前は、痛みが許容すべき犠牲だと言ったな?」

 

「ァ……」

 

「他者に与えて平然としているモノを、自分が食らって恨み言を漏らすというのは道理が合わん」

 

 UGNも決してクリーンな組織という訳ではない。傘下にはニザールと同じような非人道的な実験や計画を行う人間が存在する。

 狂っている、と言えるだろう。世間一般的な倫理観の持ち主ではそのような行為はできまい。だが彼らは、そういった狂気を薪と火種にしてUGNに利益を齎す”結果”を残している。

 その結論を残せるのならば、たとえ自分の身を実験体にしてでも押し通そうとする輩も多い。そういった覚悟を持って狂気の世界に生きているのだ。

 決して善い行いではない。赦せるような行為でもない。だがそういった天才は、本当の意味でリスクとリターンを理解しているのだ。

 

 だがこの男は、一方的に犠牲だけを許容した。そうして生み出したのは、世界に破滅しか齎さない戦いの権化のような代物。それですら()()()であるのだから始末が悪い。

 

「多くの犠牲を積み上げて、造り出せたものがアレか。《ウロボロス》の基本技能すら習得できていないとは笑わせる」

 

「‼」

 

「何だ、気付いていないとでも思ったのか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正確には、製造段階で取り込んだシンドロームを放出(アウトプット)する事しか出来ない。ラウルやラティーファが放った戦技(エフェクト)を表面防御や防御戦技(エフェクト)で受け止めたのがその証拠である。

 新たにシンドロームを取り込むのが理論的に不可能だったのか、はたまた調整の時間が足りなかっただけなのかは定かではないし、ラウルにとってそんな事はどうでも良かった。

 

 この化け物がもし”完成品”であったのなら、二人がかりでも始末するのは難しかっただろう。そういう意味ではこの才能が足りなかった男に感謝すべきなのだろうが、そのような感情は欠片も、微塵も起きなかった。

 

「だか、ら。何だと、言うのだ」

 

「何だと?」

 

「何も生み出せず、壊すしか能のない愚物が、分かったような口をきくな‼」

 

 脂汗をかき、荒い息を吐きながら、それでもニザールは吐き捨てるように言う。

 

「未完成品だと⁉ そうだとも、この程度ではまだ生温い‼ 次に生み出すモノはもっと美しく戦場を蹂躙できるだろう‼ 覚醒の衝動にすら耐えられない下賤な者共を恐怖で支配し、選ばれた存在であるオーヴァード(我々)が世界を席捲する‼ ”あのお方”の理想を叶える世界を作り上げるのだ‼ その偉大さが何故――」

 

黙れ

 

 

 八神ラウルは基本的に、自分を碌でもない人間だと定義づけている。

 その半生が過酷なものであったという事実は言い訳にはならない。あのような善性の両親から生まれた人間が、今まで数えきれないほどの死体を積み上げてきた愚者と化した。

 死ぬべき時に死ねず、他者の命を奪い尽くして生き続ける存在。――成程、死神(グリム・リーパー)というコードネームは確かに自分に合っていると、そう自虐する事も何度もあった。

 

 だが、そんな存在でも、そんな人でなしであっても、憤慨する時はあるのだ。

 

「オーヴァードが選ばれた存在だと? 寝言は寝て言え。コレは呪いだ。レネゲイド(こんなもの)に頼らなければ生きていけなくなった弱い者だ。俺達なんぞより、いつ死ぬかも分からない日常で懸命に、平和に生きている人間の方が何倍も上等だろうがよ」

 

 享受できるはずだった平穏を自ら手放して非日常に耽溺する者。そして平穏の中で生きれるはずだった人間を欲望(エゴ)で地獄に導く者。そういった者共をラウルは嫌悪する。

 

 手に職を付けて日々懸命に生きる者、愛する家族を養うために額に汗を浮かべて働く者、夢を叶えるために邁進する者、友と共に学業に励む者。――世界というのは、そうした人間が輝けるべきなのだ。

 下賤と誹られる謂れはない。下等と見下されるなどあってはならない事だ。ラウルからしてみれば、この街で生きるために懸命に水を運ぶ子供の方が、眼前の男より遥かに上等であるように見えた。

 

「もう一度言う。俺はお前の心情や理想になど毛程も興味が無い。だが、お前の罪は理解できた。本来であればその良く回る舌を撃ち抜いてやりたいところだが、お前は生かして捕縛しろとの命令でな」

 

 だから、という一言を放った直後、水中で藻掻くように動かしていたニザールの両腕を同時に撃ち抜いた。

 

「グ、ァ――――――――――――‼‼‼」

 

「安心しろ。俺の経験上、肉体操作を得手とするシンドローム持ちは()()()()()。面倒だから、そのまま気絶しておけ」

 

 本来であれば致死量に達するであろう流血。ニザール自身は痛覚が許容値を超えたせいで身体を痙攣させて失神していたが、体内のレネゲイドウイルスが宿主の命を繋ぎ止めるために迅速に止血を行っていた。

 【リザレクション】はオーヴァードであれば大抵の存在が標準的に有している戦技(エフェクト)であるが、四肢が欠損している状態での蘇生は完全なものにはなり得ない。ラウルの言葉通り、肉体変化を得手とする《エグザイル》のシンドローム持ちであったからこその蘇生であったと言える。

 

 意識を飛ばしたまま床に伏す元凶の姿から目を逸らすと、そのすぐ横を大質量の生物が通り過ぎて行った。

 否、通り過ぎて行ったというよりかは吹き飛ばされていったと表現する方が正しいだろう。それでも赤狼は立ち上がり、化物を睨み続けている。

 

「厳しいか?」

 

『アンタが、時間を稼げって言ったんでしょうが』

 

「礼を言う。後は、アレを仕留めて終わりだ」

 

 ちらりと、狼と化したラティーファが倒れ伏したニザールの方を見て、しかしすぐに今まで立ち向かっていた敵の方に向き直った。

 

『何発か撃ったけど、致命傷になった感触は無かったよ。相当硬いね』

 

「それでいい。外皮は裂けなくても、高密度の振動球を食らえば内部へのダメージは必ず通っている。良い手札を持っているな」

 

『……白兵以外は苦手だってのは本当だよ。苦手だけど、()()()()()()技を磨かないで罷り通る程甘い世界じゃあないからね』

 

「同感だ」

 

 だからこそ、先程ニザールの意表を突けた。”仕込んでいないから”といって油断した愚者の落ち度である。

 

 立ち昇った煙の奥から姿を現す巨人。コートの内ポケットから取り出した新たな弾倉(マガジン)を装填しながら、ラウルが問う。

 

「先程までの大技、後何発撃てる?」

 

『……一発。流石にそれ以上は侵食率がマズいね』

 

 恒常的に100%を超えるようになってしまうとジャームに堕ち、二度と元には戻れなくなる。それが侵食率と呼ばれるものである。

 戦技(エフェクト)を使う度に、または肉体が大きな損壊をする度に上昇して行くそれを常に意識しながら、オーヴァードというものは戦わなければならない。

 

「上等」

 

 かく言うラウルの侵蝕率も、ゆうに90%を超えていた。一時的な超過であれば問題は無いとはいえ、普通であれば火力を控えて行動するオーヴァードが多くなる値である。

 だが、その程度の事で怯むような男ではない。むしろ、()()()()()を撃ち込む最大のチャンスですらあった。

 

 その好機を逃すまいと、ラウルは跳躍して赤狼の背に乗った。

 

『ちょ……‼』

 

「デリカシー云々を問うなら後にしろ。最後のアタックだ。一瞬で良い。奴の動きを完全に止めてくれ」

 

 そのオーダーに、ラティーファは逡巡し、やがて不承不承と言ったような態度で頷いた。

 

 床を蹴り、駆ける。《キュマイラ》と《ハヌマーン》のクロスブリードから生み出される速度が、あらゆるものを置き去りにしていく。

 

戦技(エフェクト)――【原初の赤】――禁忌・再構築《ブラックドッグ》――【雷神の鎚】

 

 それでも、虚空から発生した無数の雷がラティーファを焼き殺そうと迫ってくる。その重圧(プレッシャー)に臆することなく前に進み続け、垂直に伸びた柱に足をかけると、そのままアフラ・マズーターに向かって跳んだ。

 

戦技(エフェクト)――【振動球】+【破砕の音】+【さらなる波】+【ブレインシェイク】――独奏破天・放壊(カデンツァ・ベル)

 

 防御戦技(エフェクト)を出す暇さえ与えない振動攻撃。それをモロに食らったアフラ・マズーターは、身体を構成する細胞を全て揺さぶられ、一瞬だけ”放心”してしまう。

 茫然自失。果たして人造生命体にそのような行動がインプットされているのかはさておき、千載一遇のチャンスに際して、ラウルは先程装填した特製の弾丸を叩き込むべく、銃口を向けた。

 

 戦技(エフェクト)――【雷の残滓】+【雷の牙】+【滅びの一矢】+【ブラットバーン】――堕血ノ死宣告・晩鐘(アズライール・バエル)

 

 放たれた弾丸は、寸分も過たずアフラ・マズーターの中心を抉る。

 面攻撃であるラティーファの振動攻撃への防御に適した形へと変化していた外皮では、点攻撃の極致である【滅びの一矢】が付与された弾丸を防ぐ事はできず、奥へ奥へと沈んでいく。

 そして――中核で()()()

 

 解毒が間に合わない程の凄まじい速度で広まった邪毒の因子がアフラ・マズーターを形成する細胞を支配下に置き、【ブラッドバーン】の効力でそれらが一気に内側から叛逆する。

 途端に、肉が膨らみ始める。ボコボコと沸騰した水のように形が不定形になり――大爆発を引き起こした。

 

 ラウルの指示で巨大な柱の陰に間一髪で隠れる事に成功したラティーファは、試運転施設のあらゆる場所に高速で付着した肉塊を見やって眉を顰めた。

 罷り間違ってもこういった死に方はしたくない――思わずそう思ってしまう程に、その光景は悲惨だったのだ。

 

『【完全獣化】――解除』

 

 そう口にすると、先程の巻き戻しを見ているかのように、赤狼から人の姿へと戻る。それを見たラウルは、徐に自分が着ていたコートを脱ぎ、人間体に戻ったラティーファに投げつけた。

 変化する種類にもよるが、《キュマイラ》の【完全獣化】は(ベース)となる人間体よりも大きい生物になる事が多い。故に、変化前に着ていた服が全て破れてしまうというパターンも多かった。

 ラティーファもその例に漏れず。ベストとジャケットは予め脱いではいたが、それを回収するには些か距離があり過ぎた。

 

「……意外と紳士なところもあるのね?」

 

「どうだろうな。それに、服を着ていないまま()()()()を受けるのは嫌だろう?」

 

 その言葉の意味が分からず首を傾げていると、ラティーファの視界の中に突然、数名の黒ずくめの集団が現れた。

 全員が体型が隠れる大きなフードを着ている為、年齢も性別も分からない。まさか敵の増援かと身構えるが、ラウルがそれを制した。

 

「やめておけ。こいつらは敵ではない。……味方であるかと言えば、そう断定も出来ないがな」

 

 その銃身に合わせて作った特大のガンホルダーに銃を収め、しかしラウルは闘気を未だ纏ったままその集団を見つめていた。

 

「本部直轄の回収部隊《黒妖精(デックアールヴ)》。任務が終わった際に、文字通り全てを回収するのが仕事だ。人も、物資も、()()も、な」

 

 その全員が《バロール》の空間転移エフェクト持ちであり、音もなく現れ、UGNの益と不益になる全てを浚っていく。決して戦闘行為には参加しない彼らの事を揶揄する声は少なくないが、その練度を見れば高い実力は有している事が分かる。だから、ラウルは決して警戒を解いていなかった。

 

IA(イリーガルエージェント)、八神ラウル様。お疲れ様でした。I国D市支部長ニザール・カッバーニの身柄、及び()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()の回収任務、確かに終了いたしました』

 

 発言者の声色もくぐもっており、その人物詳細がまるで読めない。《エンジェルハイロゥ》の技巧(イージーエフェクト)【天使の外套】辺りの影響下と思ってはいるが、明らかではない。

 

「報告、確かに受領した。周辺住民及び現地戦闘部隊への記憶処理も委任して良いという事だな?」

 

『承っております。特に戦闘部隊の方には念入りに記憶消去を行いましょう』

 

 ニザールと繋がり、間接的にFHとも繋がっていた戦闘員たち。念のための情報封鎖を徹底するのであれば()()()しまった方が確実だが、かなりの数の人間が一斉に消えて騒ぎになってしまえば元も子もない。

 元より、記憶捜査はUGNの得意とするところである。そこの手腕を疑ってはいなかった。

 

『ではそちらの――ニザール・カッバーニの協力者、ラティーファ・ニールの身柄も拘束させていただきます』

 

 そして、この結果になる事も当然だった。

 洗脳されていたとはいえ、同僚のUGNエージェントの殺害、及びアフラ・マズーター製造計画に間接的に加担していたとあれば、重要参考人としての連行は免れないだろう。

 小さい溜息を一つ吐き、ラティーファに連行に従うよう促そうとしたが、彼女はラウルに言われるまでもなく、コートを羽織ったまま前に出た。

 

「《グリム・リーパー》。いや、八神、ラウル」

 

 堅さの中にどこか気恥ずかしさを滲ませたような声色。ラウルがその感情の機微に気付くことは無かったが、振り向いたラティーファの、どこか複雑な感情を織り交ぜた笑顔を見て察する事はできた。

 

「ありがとう」

 

 その一言を残して、ラティーファは《黒妖精(デックアールヴ)》と共に消えていった。広大な場所に一人取り残されたラウルは、しかしそれも慣れたものだと言わんばかりに出入り口に向けて歩き出す。

 

 

 地上に出ると、陽は既に傾き始めていた。この場所で起きた事について、今は誰も気付いてはいないが、やがて波紋のように異常事態の情報は伝播していき、そして消されるのだろう。

 舗装されていない道路を、歩いていく現地民たち。彼らは大きなガンホルダーを吊り下げたラウルに一瞬だけ目を向け、しかし敵意が無いと分かるとすぐに視線を前に向けて歩いて行ってしまう。

 

 何も変わらない。武力と暴力が存在しているのが当たり前の街。ただしそれでも、意味の分からない理不尽な殺戮で一掃される謂れは無い。

 父と母、妹がいた場所。力を得た自分を追放した場所。何とも言えない形容し難い感情が心中で渦巻くが、彼にとってそれは、過去の事であった。

 

「あ――」

 

 漏れ出たような声をした方に視線をやると、自分とそれ程歳が変わらないような青年が固まったようにラウルを見ていた。

 その傍らには、小さい子供が二人。状況から察するに、彼の実子なのだろう。その子供たちと繋いでいた手は、傍から見ても分かる程に震えていた。

 

「お前、もしかして、ラウ――」

 

 さて、一体誰だっただろうか。

 どうでも良い事だった。たとえその青年が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に面影が似ているからと言って、感心を向けるには至らない。

 ラウルにとっては既に終わった事。そして眼前の青年は自らの子供と共に日々を生きている。それだけの事だ。深堀りする気など無い。

 

「さぁ。人違いじゃないのか?」

 

 次は、もう少し涼しいところに行きたい。

 胸の内で熾きた熱を感じながら、ラウルはふと、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 一週間後、UGN本部評議員執務室。

 

 

「報告書には目を通したわ。まずは任務の遂行、ご苦労様」

 

 巻いた金髪(ブロンドヘア)を揺らしながら、本部最年少中枢評議会議員――テレーズ・ブルムは、併設された応接スペースのソファーに座っていたラウルの向かいに腰かけた。

 

「激戦だったでしょうに、急に呼び出してしまって悪かったわね」

 

「充分に休息は取った。侵蝕率も元の値に戻っている。アンタが謝る事じゃない」

 

「貴方ならそう言うと思ったけれど――まぁいいわ。まずは結果報告から」

 

 そう言い、テレーズはラウルの前に数枚の書類を差し出した。

 

「ニザール・カッバーニの尋問は今も続いているわ。五日前に意識を取り戻したから色々と聞き出そうとしているけれど、どうにも蜥蜴の尻尾切りだったようね。FHの幹部クラスの情報はあまり持っていなかった」

 

「その程度の関わりであそこまで大きく出られたのか。いや、それだけFHの影響力が大きくなっている証拠か」

 

 ただそれでも、と。ラウルとテレーズはほぼ同時に口を開いた。

 

「未完成品とはいえ、あれだけの力を持つ人造生命体を作成できるだけの遺産(レガシー)を流した人物。そして口走っていた”あのお方”」

 

「まぁ、まず間違いなくDr.コードウェルでしょうね」

 

 十一年前、UGNの設立から五年後。設立者であったアルフレッド・J・コードウェル博士はニュージーランドの研究施設でレネゲイドの研究中に事故に巻き込まれて死亡した。

 それは間違いなく公式見解であったのだが、それから数年が経ったとある冬の日、博士の名を名乗る人物が世界中のほぼ全てのメディアをジャックして宣戦布告を行ったのだ。

 

 死亡したはずのUGN設立者が、FHの幹部として蘇った。その事実が界隈に激震を走らせたのも無理は無かった。

 

「《プロジェクト・インフィニティコード》、そして《ウロボロス計画》。生憎と名前しか知らんが、そういった計画が存在している事は理解している。事実、ウロボロスシンドロームを持つFHエージェントも増えてきているようだしな。俺が戦った博士の子飼い、《伝染師(デモン・ディジーズ)》もそうだった」

 

「アレはUGN本部の中でも機密扱いよ。もし中身まで知っていたら――本部も貴方に対する監視を強めるでしょうね。あぁ、勿論。私は今なにも聞かなかった事にするわ」

 

 こういうところが苦労人の性を生み出す要因の一つなのだろうな、などと他人事のように思いながら、ラウルは話を続ける。

 

「まぁ、ニザール(アレ)からは搾れるだけ搾り取っておいた方が良いだろう。だが――」

 

「分かってるわよ。《ウインディー》ラティーファ・ニールの身柄は丁重に扱っているわ」

 

 見透かされたような言動ではあったが、若い身の上で評議員の一角として活躍する少女である。この程度の読み合いはお手の物と言えた。

 

「流石にエージェントの殺害については無罪という訳には行かないわ。でも《ヴァイパー》の洗脳が解けた今、こちらの事情聴取にも素直に応じて貰ってるみたいだし、まぁ、貴方が懸念しているような事にはならないわよ」

 

「そうか」

 

「報告書を見る限り高い実力も身に着けているようだし、UGNも万年人手不足ですからね。懲罰の意味も込めて暫くは私の下で管理させてもらうわ」

 

「アンタの下なら問題ない。まともな戦闘技術を学ばせればもっと使えるようになるだろうさ」

 

 それで彼女の罪悪感が完全に消える事はないだろうが、それで良いとも思えた。

 殺し殺されるのはこの界隈では珍しくない。いざ殺すとなった時に躊躇いが出るようでは二流扱いされる。ただそれでも、そういった人らしい感情を忘れない事は何よりも大事だとラウルは思っていた。

 

 テーブルの上に置いてあった紅茶を最後まで飲み干して、ラウルは差し出された書類の最後の一文字まで目を通した。

 

「それで? 本題は何だ。大方、次の任務が決まったとかそういう類の事だろうが」

 

「察しが良いわね。次は日本よ。霧谷支部長から要請が来たわ。とある支部の戦力支援をして欲しいとの事よ」

 

 戦力支援。つまるところは何らかの影響で支部直下のエージェントが減り、その穴埋めとしての戦力を期待されているという事である。

 こういった要請の場合、長期任務になりやすい傾向がある。とはいえ日本であるならばひとまず衣食住の心配はしなくとも良くなる。その点では幸運と言えた。とはいえ――。

 

「いち支部の戦力増強の為に俺を呼ぶのか。霧谷はUCIAとしての仕事もお望みか?」

 

「名目上はIA(イリーガルエージェント)としての要請ね。でも、今の日本では何が起こるか分からない。そこの支部長がクロであった場合は、()()()()()やって頂戴。責任は私が取るから」

 

「了解した」

 

 そう言ってラウルは立ち上がった。

 年若い評議員の執務室に長居をしていると、あらぬ噂が立つ可能性もある。そうでなくとも常日頃から精神をすり減らして仕事をしている上司である。伝えるべきことを伝え、聞くべき事を聞いたら早々に立ち去るのがラウルのいつもの行動だった。

 

「もう少しゆっくりして行ったら?」

 

「俺に気を配るくらいならもう少し寝たらどうだ。ファンデーションで隠しているつもりだろうが、目の下の隈が薄く見えているぞ」

 

「……そういう事には目敏く気付くのね」

 

 ふぁ、と口元を隠して小さく欠伸をする上司を見ながら、扉に向かって歩いていく。

 

「任務詳細は後で送っておいてくれ。準備ができ次第出発する」

 

「分かったわ。――あぁ、そうそう。彼女に伝えたい事があったら言っておいて頂戴。時間が出来た時に伝えておくわ」

 

 余計な気を回さなくてもいい、と言いそうになったが、無下にするのも憚られた。

 さてどうしたものかと考えていると、ふと思い浮かんだ言葉をそのまま伝える事にした。

 

 

「またお前と共闘できる日を楽しみにしておくぞ、()()()()()()。――そう伝えておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本はコスプレ文化が発達していると聞いたが、UGN関係者にもそういう趣味嗜好の人間が居たのか。――ラウルがそう思った時の視線の先にいたのは、黒いゴシックロリータ衣装を身に着けて装飾を付けた傘を手に持った少女だった。

 年齢自体は十代前半くらいだろうが、オーヴァードの中にはそういった年齢の子どもがいるのも珍しくない。エージェントとして前線に出るのもまた然りだった。

 オーヴァードの身体能力を以てすれば、服装による動きにくさなどは大抵が無視できる。微かに血の匂いが纏わりついていた事から、恐らくは《ブラム=ストーカー》のシンドローム持ちだろうとあたりを付け、そのまま支部の中を進んでいく。

 

 やがて辿り着いた支部長室。ノックをしてから扉を開けた先では、テレビで流しっぱなしになっているバラエティ番組を横目で見ながら仕事をこなす、覇気がまるで感じられない男がいた。

 

 最低限しかセットされていない髪。そして無精髭。外見だけ見るならば昼行燈と言えるような風貌であったが、警戒心自体は解かずに距離を取ったまま視線を向けた。

 

「あぁ……今日は来客が多い日だね」

 

 気怠げな声色でそう出迎える。呼んだのはそちらの方だろうという言葉を呑み下して、無言を貫いた。

 

「初めまして。君が《雷血死神(グリム・リーパー)》、八神ラウル君かな?」

 

 

 いつもと変わらない仕事。淡々とこなし、淡々と終わらせる。ただそれだけの筈だった。

 

 しかしこの支部での出会いが、彼が抱き続けた飢餓感を埋める事になる事を――ラウルはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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