ーー時を戻して、現在ーー
俺は覚えている限りのこちらの世界の記憶を山本元帥と橋本に話した。橋本はただ茫然と俺の話を聞いていただけだったが、山本元帥は全てを知っているかのように聞いていた。
山本「…なるほどね。やはり、記憶が継承されるのは転生してきた者全員に言えることだな」
九鬼「閣下、『全員に』ということは閣下も2つの記憶があるのですか?」
山本「あぁ。私はブーゲンビル島で堕とされるまでの記憶、そしてこちらの世界での記憶の2つがある。あと、菅野くんも2つの記憶があるようだよ」
九鬼「…やはり、菅野教官も前世からの…」
山本「源田くんから聞いたが、彼はかなり優秀なパイロットだそうだね。実際に何機ほど敵機を堕としているかは、本人も謙遜して教えてくれなかったんだけどね」
橋本「源田…まさか、あの源田実ですか!?」
武蔵「あぁ。彼はこちらの世界では海軍航空隊の総司令部で働いているよ」
源田大佐まで…こちらの世界には相当な数の帝国軍人が転生しているのか…
山本「まぁ何はともあれ、記憶があるなら話は早いさ。九鬼君、では君が今回呉の司令官に選任された理由はもう分かるね?」
九鬼「閣下の推薦…という事でしょうか?」
山本「その通りだ。君が3ヶ月前に赤井中将の『排除』に貢献したこと、当鎮守府所属の榛名から信頼を勝ち取ったこと、それだけの事をしていれば司令官としては十分だ」ニコッ
九鬼(本当に山本元帥まで話は通っていたんだ…)
九鬼(それを踏まえて、やはりあの記憶は幻なんかじゃない…)
橋本「閣下、一つよろしいでしょうか?」
山本「ん?」
橋本「階級を2つも上げていただいて、我々を呉のツートップに据えていただくことは本当に光栄です。ですが、もう我々は閣下が選んでくださった頃の我々ではございません。ですから、皆さまのご期待に添える自信が…持てないのです」
橋本の言葉はまさに俺の言いたかった事だ。俺たちはこちらの世界の俺たちの記憶を引き継いでいるとは言え、心は元のまま。俺たちがこのまま呉の責任者になっても大丈夫だろうか…もう、榛名から信頼してもらった俺は、今は違う人格であって榛名にまた認めてもらえる確証は持てない。それならば他の、例えば菅野長官に再任してもらった方が事がスムーズに進みそうではある。
山本「…たしかに、君たちは今までこの世界の人間が知っていた君たちではない。でも、彼女たちを支えていく上では君たちの方が、むしろ転生者である方が都合が良かったりする。だから、どのみち君達が適任なんだよ」
九鬼「?」
山本「ハハ、そのうちわかるさ」ニコッ
武蔵「それに、今海軍は『若返り政策』なるものを実行しているんだ」
橋本「若返り?」
武蔵「うむ。実は、4大鎮守府は君たちを含めて今春から大幅な人事異動がなされたんだ。確かに呉の赤井は酷かったんだが、他の鎮守府も決して良い運営がなされたとは言えない状況でね…彼と横須賀鎮守府の副官の山口中将が中心となって、若い下級将校をどんどん鎮守府に送る事になったんだ」
山本「君たちのような若い子の方が艦娘に接しやすいし、それに最近の若い将校は礼儀正しいのが多いからね。物は試しに、という事でね」ニコッ
若返りか…今の海軍はお世辞にも内部が健全だとは言えない状態だということか?そうであれば、俺たちに出番が回ってくるのも納得できる。もう少しこちらの記憶を思い出せれば良いんだが…
橋本「に…少佐、そういうわけらしいですが、どうしますか?」
九鬼「あー、橋本、無理に少佐呼ばわりしなくていいよ。前みたいに2尉で十分だ」
橋本「はぁ…」
九鬼「まぁ、これも何かの運命だしな。一度死んだ身だし、困ってる人がいるならほっとけねぇ。それが女の子たちなら尚更だぜ」ムスッ
橋本「…少々動機が不純では…?」ジトッ
武蔵「まぁまぁ、それに、引き受けてくれるならこちらとしては嬉しいよ」ニガワライ
山本「ハハハ、そうだな。では九鬼君達にお願いをしようか」
山本「では改めて…」
山本「九鬼少佐、橋本中尉!」
九・橋「」ビシッ
山本「これより貴官らを呉鎮守府艦娘部隊長官、副長官に命ずる!」
九・橋「は!」ケイレイ
山本「…頼んだよ?」
九鬼「」コクッ
武蔵「では、あの奥に止まっている車に君たちの手荷物を既に全部入れてあるから、それで官舎まで上がってくれ」
九鬼(そんな記憶ないけど…てか、お金とか大丈夫かな…?)
ーー九鬼、橋本、車にて鎮守府へと移動ーー
武蔵「提督、改めてなのだが、本当に大丈夫だろうか?彼らのような青年将校、ましてや戦後社会からの転生者で…」
山本「彼らはあの戦争の歴史、そして「雪風」がいなくなった後の戦後日本を知っている。客観的なあの戦争に対する価値観がどんな化学反応を彼女たちと起こすか…私はそれが楽しみなんだよ」
武蔵「しかし…」
山本「あの2人、前世ではそれほど特筆した軍人、いや、彼らは自衛官といったかな…そんな存在ではなかったんだろう」
山本「しかし、彼らの目には曇りなき正義が宿っていた。それに私は賭けてみたい」
武蔵「戦後、戦争を経験していない彼らだからこそ生まれる何かに期待をしているのか?」
山本「」ニコッ
武蔵「…そうか。まあ、提督が決めた2人だ。私も信頼するとしよう」ハハ
山本「フフ、そう言ってくれると思ったよ」
武蔵「当たり前だ!なんてたって、私はお前の嫁だからな!」
山本「頼もしいねぇ〜」ニコニコ
武蔵「あ!今馬鹿にしただろ!」ムスッ
山本「おいおい、勘弁してくれよ」ハハ
ー現在時刻、0530ー
黒いトヨタの軍公用車に乗り込んだ九鬼、橋本の2人は呉鎮守府に向けて車を進めていた。
九鬼「しかし、公用車かぁ〜…なんか本当に偉くなった気分だな」ハハハ
橋本「2尉、気を引き締めてくださいね」
九鬼「はは、分かってるよ」
橋本「…それに、2尉は鎮守府の様子をご覧になったんですよね?」
九鬼「」コクッ
橋本「笑顔が消えましたね…やはり、かなりヤバい所なんですか?」
九鬼「ヤバい、なんて言葉じゃ言い表せないな……まぁ、本当に軍の一大拠点かどうかも疑わしかったよ」ギリッ
九鬼の顔からは笑顔が消え、その眼の中にはあの時の悲惨な状況が思い浮かぶ。菅野教官に抱きつき泣き喚く長門に吹雪、精神を病んでいる金剛に榛名。彼女達のような艦娘しか居ないと考えると、気が重くなる。
ふと窓に目をやると、瀬戸内のその奥から昇る朝日が照り輝く。1日の始まりを知らせる、何気ない日の光。しかし、この時の九鬼には1日のみならず、新しい人生の始まりを自覚させるような何かを感じ取っていた。
山に差し掛かる手前、小さなコンビニがふと目に入る。この時、九鬼にはとある考えが浮かんだ。
九鬼「橋本、あそこにコンビニに寄ってくれ」ユビサシ
橋本「え?コンビニですか?」
九鬼「あぁ、ちょっとな」ニカッ
ーコンビニ到着ー
橋本「何か飲み物でも買うんですか?」
九鬼「いや、大量の飯を買う」
橋本「飯…ですか?誰に?」
九鬼「艦娘たちだよ」
九鬼「さっき、アイツら半年分の食糧は送り込まれてるって言ったじゃん?」
橋本「ええ、ですから、当分は大丈夫なのでは…」
九鬼「…その中身、全部缶詰めなんだよ」
橋本「ええ!?ぜ、全部ですか!?」クワッ
九鬼「それが3ヶ月続いてるんだ。流石に何も食ってないよりはマシだが、舌がバグっちゃうからな」ニガワライ
橋本「…な、なるほど…それで…」
九鬼「まぁ、それにそもそもあの子たち、海軍の人間ってだけで警戒してくるからな。効果はないかもしれないけど、何かお近づきの印になればいいしな」
橋本「…」
九鬼「ま、金ならあるから心配すんな」ニヒッ
九鬼は足元のバッグから封筒を取り出す。そこには『海軍少佐昇任手当』と書かれていた。いわゆるボーナスである。
そして九鬼は江戸時代の悪代官のような仕草でお金を取り出す。その額はなんと…
橋本「ええ!?ひ、120万!?」
九鬼「いやー、佐官は儲かるなぁ!」( ^∀^)
九鬼「とりあえず5万円分をここで使おうかなって思ってる」
橋本「ご、5万円をコンビニでですか…」
九鬼「いや〜贅沢だねぇ〜」ニコニコ
そこで2人の海軍将校は爆買いをした。おにぎりに弁当にカップラーメンに嗜好飲料に……
とてつもない量にレジの店員は思わずヘルプを頼み、2人がかりで生産をしたんだとか…
コンビニでの買い出し後、弁当が崩れないことに気をつけながら後部座席に荷物を詰め込み、2人は鎮守府に向けて出発をした。商品選びと詰め込みと精算に時間を食い、時刻は0650を回っていた。
橋本「かなり時間を食いましたね」セノビー
九鬼「だけど、これでいい感じの時間につけるぜ」
橋本「?」
九鬼「実は山本元帥から『0700に迎えの艦娘が正門で待ってる』って連絡があったんだ。ちょうどいい時間つぶしになって良かったぜ」ニカッ
橋本「ここから鎮守府までは…あと7分で着きますね。では、行きましょうか」
2人を乗せた車はその後山間を走って登っていく。周囲を木々に囲まれ、青々と茂った草木が陽の光を遮る。しかしながら、時より垣間見える朝日が、森の中の植物たちに命を宿すように、優しく差し込んでくる。
この道のりも、風景も、山道の雰囲気も、3か月前にかつての九鬼が見た景色と全く同じだった。
彼の目にはあの日の榛名や吹雪、長門の顔が映る。苦しげに生きていた彼女たちが今どうなっているのか。面識はほとんどないものの、彼女達の身を案じずにはいられなかった。
しばらく走ると、森を抜けて風景が晴れた。雑種の木に代わって道をアーチのように掛けたのは大きな桜の木。まだ4月上旬のこの季節、桜は見頃を迎えていたのだ。
橋本「綺麗な桜ですね…」
九鬼「あぁ。綺麗だ…」
橋本「やはり海岸の施設には桜が似合いますね」
九鬼「…まぁ、この鎮守府は今海軍の組織とは程遠いがな…..」
彼の言葉と同時のタイミングで桜のアーチを抜け、ついに鎮守府が姿を見せた。
海軍基地らしい正門…とは言えない有様であった。「呉鎮守府」の表札を含む門には蔦が絡みつき、少々不気味さを帯びている。
正門に入るとすぐに本館があるのだが、こちらも車窓からでもわかるほどに覇気を宿していない。海自の幹部候補生学校を感じさせる造りだが、誰もここで働いていないのでは?と感じさせるほどには不気味であった。
鎮守府は丘の上に位置しているため、この本館の裏には絶景の望める艦娘寮、そしてグラウンドを含んだ中庭が存在する。立地としてはまさに展望台のような場所になっている。そんな場所に建ってあるのだから、不気味さに拍車をかけている。
橋本「これは…思っていたよりも酷いですね…」
九鬼(俺が初めてここを見た時も、こんな反応だったな…まぁ、2回目だからって慣れるとかねぇけど)
橋本「2尉、あそこ見てください!」
橋本が指差した方向には1人の女性の姿があった。彼が指差した方向にいた女性は、九鬼が見覚えのある者で、頭には壊れかけた特徴的なカチューシャを付け、所々が破けた巫女服を模した服を纏い、礼儀正しくこちらにお辞儀をしていた。
九鬼「あの子は……」
目を細めて彼女の姿を解析する久鬼に、橋本は問いかける。
橋本「あの人、なんだか目が死んでますね….本当に生きてるんでしょうか」
その一言で九鬼は思い出した。
あの時、爆破から免れるために間一髪で救い出せた、気絶していた艦娘。死んでいるのではないか、と思うほどに深く気絶していたあの時と、全く同じ雰囲気を感じとる。そして、九鬼はお辞儀を解いて上げた顔を見て確信をした。
九鬼「あの子は…金剛だ」
読んでいただいてありがとうございました。これからも宜しくお願いします。