ー虚しい。
ただただ虚しくて、そして悔しい。
あの日の私は、何の気力も湧かずに空を見上げていた気がする。
というか、見上げることしかできなかった。
昭和20年の9月だった。日本は連合国との戦争に負け、陸海軍は共に武装解除。海軍では残存艦艇、そして航空機の武装解除が着々と行われていた。
とは言っても、もう海軍には武装解除するだけの艦艇もほぼなかったんですけどね。
駆逐艦のような小型艦艇は、雪風さんをはじめ多くの方が生き残ったと聞いています。
ですが、私たちのような主力艦、特に戦艦や空母はほぼ全滅です。恐らくまともに航行可能なのは横須賀にいた長門さんだけだったのではないでしょうか。
まだ、夏の蒸し暑さが残る季節でした。呉の街には重たらしい空気が流れていた覚えがあります。街を歩く人々は生気がなく、薄暗い霧が立ち込めているような、無力感にみんなが苛まれているようでした。
私たち呉の艦艇は、あの呉軍港空襲から時を止めたように動けずにいました。近くでは青葉さんが着底していました。彼女の右舷には大きな破口が何個もあり、主砲、高角砲は空を向いたままでした。
天城さん、大淀さんは大破横転していました。彼女たちは活躍の場を得られず、ここ呉で固定砲台としての役目を遂行していました。
悔しかったでしょう。自分達の武器を生かす場が与えられずに力尽きてしまったのですから。
かく言う私…榛名は、凄く寂しかった記憶があります。
私たち姉妹は日本戦艦の中でも最古参の型でしたが、第一線で使い続けてもらいました。金剛お姉様とは共に第3戦隊の主力として、何度も死線をくぐり抜けてきたんです。
あのレイテの時までは。
戦況もすっかり劣勢になり、フィリピン防衛のために帝国海軍は連合艦隊のほぼ全てを投入して対抗しました。
ですが、米軍の物量に押され、武蔵さん、扶桑さん、山城さん、そして…金剛お姉様を失いました。
とうとう私は金剛型最後の生き残りになってしまったんです。
私は昭和20年からはずっと瀬戸内海から出られず、ただただ敵機を撃ち落とす日々でした。でも、私たちの対空兵器に勝る量の米軍には勝てなかった。
呉軍港で着底した私は戦後の9月になっても解体されず、本当に生殺しでした。
時より私の甲板には海軍の将校さん達も訪れて、その度に涙を流していたんです。
『ごめんな。こんなになるまで戦わせてしまって』
ある将校さんのこの言葉が今でも頭に残っています。艦橋にはカモフラージュのための草木が垂らされて、船体のあちこちに被弾跡のある私を憂いてくれたのでしょう。
軍艦だった時の私は、その言葉を聞いて何かが崩れていく感覚に襲われたんです。
あの頃の華々しい金剛型4姉妹はもう体を成していない。3人とも海の底へと沈んでしまった。生き残った私にも敗者とあう現実を突きつけているような、こんな悲惨な状態に、私の心は耐えられなかった。
ごめんなさい。
この言葉を言いたくて仕方がなかった。沈んでいった3人、私に乗り込んでいた水兵、将校のみなさん、そして何より、守り切れなかった日本の全ての人たちに。
もし生まれ変われたなら、今度は誰一人として死なせたくない。
そう強く願いました。
ほんとうに、ごめんなさい。
その時、一瞬気が動転したような感覚に襲われて、辺りが真っ暗になりました。その後に激しい揺れに襲われて、気がついたら…
「艦娘」になっていたんです。
私は戦艦榛名の艦長室で仰向けに倒れていました。あの時の感覚は本当に新鮮でした。自分の体の中にいるという感覚に、戸惑いに戸惑って錯乱していたのを覚えています。
動揺して辺りを見回しました。でも造りは間違いなく私、戦艦『榛名』の内部だったんです。
榛名「ここ、は…?」
??「お、気がついたかい?」
榛名「!?」
??「おぉっと、びっくりするじゃないか。そんなにいきなり振り返ったら」ハハハ
声がする方を振り返ってみると、眼鏡をかけた優しそうな将校さんが私の方を向いて椅子に座っていました。
この優しい声色、どこかで聞いた事がある。何か先のことをいつも見透かしているような、常に物事の真理をついた眼差し…
榛名「あ、あなた…は…?」
恐らく私は彼に会った事がある。でも、肝心の記憶が錯綜していて、誰かが思い出せない。
そんな私の様子を察してか、彼はニコッと笑顔になって名前を教えてくださいました。
堀「私は海軍中将、堀悌吉だ」
その時、私の脳内に電流が走ったように彼の記憶が舞い込んできました。
堀悌吉。
彼は戦前に山本五十六元帥や、井上成美大将から絶大な信頼を置かれていた優秀な将官でした。
この世界が別世界だとはわからなかった私は当惑しました。
開戦前に予備役に回されてしまった彼が、何故現役の軍人なのか。何故私が人の姿なのか。そして、『榛名』を含めた連合艦隊がどうして健在なのか。
『ここは、あの戦争が起こった世界とは違う、別の世界なんだよ』
彼は優しく私に語りかけ、素性を教えてくださいました。その優しい彼の笑顔、間違いなく堀中将の物でした。
榛名「ええと…その…わ、私は…」
堀「ハハハ、戸惑っているみたいだね」
戸惑う私を見て穏やかに彼は笑いました。
榛名「その…ここは…」
堀「ん?君ならもうこの景色は見慣れていると思うのだが…」
榛名「それは、そうなのですが…」
あの時は私はまだボケていたのでしょう。そもそも軍艦の私が人とお話ししている事自体、摩訶不思議でしたから。
榛名「その、私は何者なんでしょうか…?」
一瞬口をあんぐりと開けて私の言葉を聞いていた彼ですが、状況が分かったのでしょう。制帽を脱ぎ、端正な短髪を掻きながら答えてくださいました。
堀「そうだったな。まだ、分からないのは当然だよね」ハハハ
堀「まず、先ほども言ったように君は戦艦『榛名』そのものだ」
榛名「…へ?」
堀「にわかには信じられないと思うが、君は榛名なんだよ」
榛名「ですが、榛名は今ここに人として…あれ?」
堀「ほら、今自分のことを『榛名』と言っただろう?」
榛名「あっ…」
思わずハッとしました。私自身は分かっていないつもりでも、身体には戦艦『榛名』としての遺伝子がきちんと流れていたんですね。
堀「何が何だか分からんとは思う。実を言うと、我々も君たちの存在にはつい最近気がついたばかりでね」
堀「我々は君たちを『艦娘』と呼んでいる」
榛名「かん、むす…?」
そこから彼は色々な事情を教えてくださいました。私たちは軍艦でありながら若い女性の見た目をしていること。そして私たちは艤装を展開する事ができ、海上航行をする事が可能な事。とはいえ、地上にいる時はなんら一般女性とは変わらないこと、
そして、私たちは軍艦時代の記憶を引き継いでいること。
その事から導ける結論は…
榛名「つまり私は…前世から転生してきた、と…」
堀「そうなるな。だが私はそのさらに先の未来から転生してきた」
榛名「堀中将、まだ生きていらしたんですね」
堀「あぁ。しかしまぁ、海軍は馬鹿な真似をしたな」タメイキ
榛名「貴方が海軍に残っていらしたら、アメリカと戦争には、ならなかったかもしれないですね」
堀「…戦争だけは、いかんのだよ」
堀「君たちには苦労をかけた。許してくれ」ペコッ
榛名「あ、いえいえ!そんなことを言わないでください!私たちは…その…」
榛名「兵器、ですから。そんなことはないですよ」
なんでだろう…なんで、自分で言ってて心が痛いんだろう。
堀「だが、今の君は兵器じゃない」
堀「私たちは二度とあのような戦争を起こしてはならないんだ」
堀中将は強い眼差しでそうおっしゃいました。
堀「榛名。君にはこの世界に来た理由、分かるかい?」
榛名「い、いえ…」
堀「私はね、もう一度日本を救うチャンスを神が与えてくださったと思っているのだよ」
堀「ここは確かに別世界の日本だ。そして、別世界が故に対米戦争とは別の危機に瀕している」
堀「今この世界には、深海棲艦という化け物があちこちの海で暴れている」
榛名「深海棲艦…?」
堀「うむ。幸いにも日本近海にはまだ出現していないが…」
堀「米太平洋艦隊は、壊滅した」ギリッ
榛名「米海軍が…壊滅…!?」
ありえない。帝国海軍を打ち砕いた米軍が壊滅…
そんなに強力なものなの…?
堀「というのも、奴らには通常兵器が効かないんだ」
榛名「じ、じゃあ、どう倒すんですか…?!」
いやだ。せっかくまたこうして命をもらったのに、また悲しみを生むなんて…そんなの…
堀「そこで君たちなんだ」
堀中将は静かに私を見てそう告げました。
その時、私はハッと気がついたんです。
榛名「もしかして、私たち艦娘って…」
堀「そう、敵に対して唯一有効な反撃ができる。それが、君たちなんだ」
堀「実際、この日本海軍の艦艇の中で次々と艦娘が出現している。君が出現する前には、あそこに泊まっている天城でも艦娘が出現したね」ユビサシ
そう言って艦長室の窓から見える、空母天城を指差しました。そこには確かに呉で横転したはずの軍艦の天城がいたんです。
榛名「本当に違う世界に来てしまったんですね…」ボソッ
堀「…あの辛い大戦を経た君にこんな頼み事をしてしまって済まない。だが、どうか協力してほしいんだ」
榛名「…」
堀「米軍のみならず、欧州の列強海軍はほぼ全てが壊滅し、奴らは主要都市を所構わず爆撃し、蹂躙している」
堀「おそらく、第二次大戦の死傷者数を今の欧州だけで超えてしまっているだろう…だから、「任せてください」
榛名「中将のお言葉、嬉しいです。その、軍艦の時はこうしてお話も出来なかったので…私の声が誰かの耳に直接届いているだけでも…嬉しいんです」ニコッ
榛名「それに…榛名の本懐、分かっています。私は前世では皆んなの笑顔を守れなかった…だから、今度こそ、叶うことならば、次こそは…」
榛名「守りたいんです」
私は出来る限りの想いを言葉に乗せて言い切りました。堀中将は少し驚かれたような様子でしたが、すぐに私に正対をしてくださいました。
堀「…君の勇気に、敬服するよ」ケイレイ
榛名「…はい、榛名は…」
榛名「榛名は大丈夫です!」ニコッ
ー現在ー
榛名「というのが、榛名がこちらの世界に来た経緯です」
橋本「…軍艦として、やはりお辛い経験をされたのですね」
九鬼「…そういう話聞くと、あの戦争を遠い話には感じることは出来ないな」ウツムキ
橋本が買い出しから帰ってきて、少し休憩をしている際にお互いの事を知っておこうという榛名の提案で彼女の経緯を聞いていた2人は、しみじみと話を聞いていた。
金剛「わ、私も同じような感じデース…」
九鬼(金剛さん、少しずつだけど心を開いてくれているのか…語尾も俺の知る金剛さんに戻ってきてる)
橋本(榛名さんの裾を掴んでいる辺り、完全に信頼してくれているわけではないようですがね)
2人は心の中で同じことを考えていた。とはいえ、着任初日でここまで距離を近づける事ができたのは大戦果だと言えるだろう。
榛名「この姿になってからは、全てが新しくて、毎日が楽しかったです」
榛名「春の暖かさ、夏の蒸し暑さ、秋の涼しさ、冬の冷たさ…この肌で感じるもの全てが、私に生きることを教えてくれてたんです」
榛名「些細なことで笑って、美味しいご飯を食べて幸せを感じたり、恋愛小説を読んで感動して涙を流したり…」
榛名「船団護衛の際に、目的地まで無事に行けた時には船乗りの人たちから心の底から感謝されたり…」
榛名「小さな子供から感謝のお手紙をいただいたり…」
榛名「こんなに沢山の感情があるんだと思ったときは、人の姿ってとても贅沢だなって感じます」ニコッ
にこやかにそう語る榛名。2人も思はず心が暖かくなった。
九鬼「…生きているって本当に素晴らしいですね」
橋本「はい…あの時死んで、またこうして命をもらって、当たり前の大切さに気づけましたよ」
九鬼「だからこそ…あの子たちにもこの素晴らしさ、思い出してもらえるように、頑張らんとな」
橋本「…そうですね」
2人は静かにそう語る。
金剛「榛名ぁ…私、また眠くなってキマシタァ…」ムニャ…
榛名「また、榛名のお膝でゴロンってしますか?」
金剛「…久しぶりにお布団で寝たいデース…」
榛名「お布団ですか…」
姉妹の様子から察する事ができるが、この鎮守府には布団はない。
だが、こんな時のために先ほど橋本はホームセンターまで行っていた。
橋本「寝袋なら先程購入してきたのですが、使われますか?」
金剛「寝袋….じ、じゃあ、それでお願いします…」
やっぱり、榛名以外にはまだ警戒心が強いようだ。
橋本「では持ってきますね。あ、2尉、他のもついでに降ろすので手伝ってください」
九鬼「はいよ。じゃあ、少しだけ待ってて下さい」
榛名「はい。わかりました」ニコッ
そう言って2人は一度車へと戻っていった。
ーーー
金剛「スー…スー…」
2人が退室後、金剛は榛名の膝枕で再び寝ていた。
榛名はそんな金剛を愛おしそうに眺める。
榛名「お姉様、もうお姉様にお辛い思いはさせません。だから、榛名を見ていて下さい」
榛名「お姉様、もし何か嫌なことをされたら榛名に仰って下さい」ニコッ
榛名「その時は…2人を…」
榛名「殺しますから」
まぁ、手放しに榛名をいい人では描けません…榛名提督の皆様、お許しを…
追記 誤字報告ありがとうございます。