とある自衛官が鎮守府復興してみた   作:うわぐつ24号

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今回も読んでくださりありがとうございます。どうぞ。


13話 あの日々の夢

ーーー

 

 

榛名「……!!!」ガバッ

 

とても良い目覚めとは言えなかった。

 

比叡からの執拗な罵倒に耐えられず、思はず目を瞑った瞬間、現実の世界で榛名は目覚めた。

 

 

 

寝袋を着たまま勢いよく起き上がった榛名は、辺りを見回す。

 

シミだらけの天井、少し埃被った床、窓からは廃れた中庭が見える。

 

隣の大会議室からは九鬼と橋本が忙しそうに掃除をする音が聞こえてくる。

その音を聞いてひとまずの安堵を覚える。

 

 

先ほどまでの嫌なものはすべて夢。そう思うと、少しだけだが肩の荷が降りた。

 

 

榛名「一体…何なのでしょう…」

 

額には汗がびっしりと溢れている。

額だけではない。

あらゆる汗腺が熱気を帯びて代謝を促していた。

 

まるで、体の中の負の記憶を追い出さんとしているようだ。

 

 

 

 

 

先程の夢の内容は、脚色こそされていたが榛名の実体験そのものだった。

あれは、数多くの別れの中の一幕にしか過ぎない。

 

あのような悲しみを、恐怖を、数え切れないほどに味わってきた。そして、その分だけの別れも経験してきた。

 

 

思い出すだけで、ひどい頭痛が押し寄せてくる。頭の中をかき混ぜるような、重たい頭痛。

 

夢から覚めた時はいつもこの症状が榛名を襲っていた。

薬も無いから、収まるまで我慢をするしか無い。

 

 

 

 

カチッ…カチッ…カチッ…

 

 

静寂に包まれた空き部屋に、埃まみれの時計が動く音だけが響く。  

 

 

何も感じない、真っ白で虚無な時の流れが、榛名の心の傷に染みていく。

 

榛名はこの時間が嫌いだ。

夢で見たものを、今度は意識のある状態で思い出さねばならなくなってしまうからだ。

 

今この瞬間だってそう。

 

 

 

多く経験してきた別れの1つを思い出していたのだ。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

『榛名さん、私達が必ず守ります!』

 

『榛名さーん、そんな顔しないでくださいよ!漣まで悲しくなるじゃないですか!』

 

 

ーーー

 

 

 

 

あの日…2人は、朧と漣は、大粒の涙を流しながらそう言っていた。   

 

泣きじゃくなりながら、笑顔で敬礼をするその手は、もうボロボロだったっけ。

右腕は塞がらない傷がビッシリとこびり付いていて、漣に至っては右目を失った状態での出撃だった。

 

艤装も普段使っている12.7センチ連装砲は、砲身が取り外され、大量の爆弾を内部に秘めたものを持っていた。

 

 

 

 

 

およそ1年前、鎮守府に残されていた最後の駆逐隊、第7駆逐隊に特攻命令が出された日。

 

 

第7駆逐隊は日本海軍の駆逐艦娘の中で最高練度を誇る駆逐隊の1つだった。

ある時は4人のみで20以上の敵の大艦隊を壊滅させたこともある。

 

その時の指揮官は、言わずもがなである、菅野直。

 

彼に褒められていた時の精鋭7駆は、あの曙でさえも笑顔になるほどには喜んでいた。

 

 

 

鎮守府の中で一番最初に死者が出て、そして最期まで生き残っていた駆逐隊、それが7駆である。

 

 

 

その最初の犠牲者が、駆逐艦曙だった。

 

 

 

赤井は着任早々にその曙を撃ち殺した。

 

理由は簡単。艦娘に自らの威厳を見せつけるため。

 

 

アイツはとにかく自己顕示欲の強い男で、それでいてどこまでも器の小さな人間であった。

 

そんな奴が、自らに素っ気ない態度を取る艦娘を放って置くはずが無い。

 

 

見せしめと言わんばかりに中庭に曙を縛り付け、自らの拳銃で眉間を撃ち抜いた。

あの乾いた銃声は、今でも鼓膜にこびりついている。

 

 

 

 

縛られ、力無く死んでいった曙の、あの絶命した瞬間の顔、最期まで自分を曲げず7駆を守り続けた誇り高き駆逐艦であった曙は、奴の傲慢さによってこの世から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

あの時覚えた単純な怒りはもうどこからも湧いてこない。

本当なら、この理不尽な状況に怒り狂って叫ぶのが正しいのかもしれない。

 

 

つくづく己の意志の弱さに嘲笑が出る。曙ほど強い意志を持っていれば、比叡も、霧島も失わずに済んだのではないかと思ってしまう。

 

変わるはずのない過去の記憶にどうしようもない虚しさを感じ、また、恐怖を感じて榛名は震える。

 

 

 

ふと時計に目をやると、寝付いてからわずか30分ほどしか経っていなかった。

こういう時に限って時間というのは意地が悪い。

 

 

榛名「30分で、あれだけの夢を見るなんて…」ボソッ

 

彼女の体感としては3時間ほどの夢を、その6分の1ほどで見てしまっている。

 

いつも夢の恐怖に耐えられず、もっても1時間で起きてしまう為に、疲労は溜まっていく一方であったのだ。

 

 

 

そんな生活が3ヶ月続いている。

赤井が死ぬまでは、いつ自分が殺されるのかと怯えていた為過去に目をやる余裕すらなかった。

 

しかし、幸か不幸か、生き残りの艦娘達の中で最も外傷の少ない榛名は、赤井の死からここまで3ヶ月間、不覚にも自らの過去を振り返るようになってしまった。

 

そこで出てくる幻想は、決まって同じパターン。

 

赤井か、今までに犠牲になった大切な戦友たち。どちらも揃って榛名を地獄に引きずり込むことを続けている。

 

 

それが3ヶ月。今まで虐げられてきた事に比べればどうってことはない、とにかく1番動ける私がここを守らないと、その思いだけでひたすらに健常なふりをしてきた。

 

そのツケがどんどん回ってきている状況であった。

 

自分の心の中で収めていた小さな怪物は、自らの心の中で育ってしまっている。

 

小さかった怪物は、収集のつかない所まで行きかけている。

実体のない恐ろしい怪物。自分をいつまでも食わずに、少し後ろをずっとずっとついて回っていた。

 

歩みを止めれば、食いかかってくる。だから、絶対に歩みを止められない。

止めてしまえば後ろから噛みつかれ、無残に食い殺されてしまう。

 

3ヶ月もの間、休みなしでひたすらに逃げ続けてきた。1日1日が永遠にも感じられるほどに、逃げ続けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比叡「もう榛名も疲れたでしょ?早くこっちにおいでよ」

 

榛名「!!?」ガバッ

 

 

…後ろから聞こえた比叡の声。

 

 

まただ。また、幻聴だ。

 

 

 

比叡は榛名の心の中で、彼女を引きずり込もうとしている。

 

当然ながら、現実には居るはずがないのだ。

 

心臓が早鐘を打って、背後の『何か』に怯えている。

 

 

 

 

比叡「ほら…榛名、おいでよ。お姉ちゃん待ってるよ」

榛名「嫌…違う…」フルフル

 

 

冷えに冷え切った恐ろしく冷たい声が、榛名の脳を貫く。

 

比叡「違わない…何も違わない…」

榛名「違う……あなたは…お姉様では…」

比叡「人殺しがさ…責任逃れのつもりなの…??」

 

 

榛名「やめて!!!!!比叡お姉様!!」

 

 

 

 

 

 

……榛名の金切り声が、静かな空き部屋に響く。繰り返すが、比叡がここにはいるはずがない。

 

ずっと…ずっと心の中の『つくられた』比叡と対話をしていただけである。

 

這いずるような比叡の声は榛名を殺しかけて、榛名が叫べばそこで止む。ギリギリまで待って、自分から死へと飛び込んでくるのを待っているのだろうか。

 

 

比叡はこんな下衆な事をするような人ではない。

ずっと笑顔で、頼りになって、少し金剛にベタベタするけれど周りをいつも和ませる。そんな光のような存在だった。

 

それもこれも、精神の中では全てが崩れる。ドス黒い何かが、自分にとって大切な比叡の殻を被って囁いている。

 

命を賭して守ってくれた比叡の殻を被っている。

いや、被らせている。それはひとえに、榛名の弱った心のせいだ。

 

 

孤独な心を埋めるように、比叡をなんとか顕現させている。しかし、弱い心では生前の比叡を呼び出すことは出来ない。

もう、黒く染め上げた比叡しか来てくれないのだ。

 

 

いつも、その事実を思い出す度に自らの精神の衰弱を、榛名は自覚する。

 

自分は決して健常者ではない。

そう自覚するとともに、酷く落ち込んだ気分になる。

 

心に穴が空いたような、空虚な感覚がまたしても襲ってきては、それが今度は悲しみに変わる。その繰り返しだ。

 

  

 

 

 

 

 

 

九鬼「榛名さん!今の声は!?」

榛名「九鬼…さん」

 

榛名の金切り声を聞きつけた九鬼が慌てて部屋まで飛んできた。

榛名自身は自覚できていないのかもしれないが、かなりの大声で叫んでしまっていたようだ。

 

 

榛名「すみません…えと、その…大きな、虫がいたもので…」アハハ…

九鬼「そうですか…それにしても、かなり顔色が悪いですよ?」

 

榛名が取り繕っているのは流石に分かる。

オロオロと目を泳がせた頼りない返答に、九鬼は少しばかり違和感を覚えた。

 

 

九鬼(なんだか怪しい…)ジト…

榛名「…九鬼さん、どうかしましたか…?」クビカシゲ

 

やはり榛名の目には嘘が隠れている。明らかに動揺している。

 

九鬼(何か隠してるのか?)

 

懐疑的な視線を榛名に浴びせつつ、九鬼はゆっくりと榛名へ近づく。

 

九鬼「…先ほどの悲鳴、何かあったのですよね。本当の理由を教えてください」

榛名「ですから…虫が…」

 

ため息を1つ溢して、辺りを見回した後、九鬼は榛名に落ち着いた口調で問いただした。

 

 

九鬼「であるならば…『比叡お姉様』ってどういうことでしょうか?」

榛名「!?」

 

比叡の名を叫んでしまった所まで聞こえてしまっていたらしい。

 

そこを指摘されれば、これ以上の嘘も無駄であろう。

 

降参したと言わんばかりの表情の後、榛名は視線を合わせずに打ち明けた。

 

 

榛名「分かり…ました。すみません、本当の事をお話します」

 

榛名のその一言に、九鬼はひとまず荒い呼吸を整えて、ゆっくりと榛名に正対するようにして座る。

 

 

榛名「変な…話なのですが…」

 

榛名「先ほど…比叡お姉様がいたのです…」

九鬼「比叡さん…?ですが、彼女は…」

 

その一言に九鬼が違和感を覚えるのは当然だ。

 

過去に在籍していた艦娘の事も頭に入れていた九鬼は、比叡が既に沈んでいることを知っていた。

 

だからこそ、『比叡がいた』という一言に首を傾げたのだ。

 

 

榛名「勿論、ここには居ません…榛名が見た比叡お姉様は、その…」

 

九鬼はタジタジな榛名を見て、納得した。

つまりは…

 

九鬼「幻覚…だと」

榛名「…」コクッ

 

九鬼の言葉に榛名は首を縦に振る。ここまで来たら言うしかあるまい、と覚悟を決めて榛名は話し出す。

 

 

 

 

 

榛名「九鬼さん…貴方は…榛名のことをどう思っていますか?」

九鬼「どう思っているか、ですか…」

 

九鬼(さすがに裏で怪しいと思っている、なんて言ったら不味いよな…)

 

九鬼(ここは…取り繕うしかねぇか…)

 

正直に幻覚のことを話してくれた榛名に申し訳ないと思いつつも、ここは嘘を付くほかないだろう。

 

 

九鬼「そうですね…鎮守府の中で我々にも、また艦娘の皆さんにも気を遣ってくださって、とても感謝してますよ」

 

榛名「そうですか…であれば…榛名は…」

榛名「お二方に、嘘を付いていたようですね」

 

 

目を細めてゆっくりとそう言う。九鬼はその言葉に黙って耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

榛名「よく…夢を見るんです」

 

九鬼「夢、ですか?」

 

榛名「はい…比叡お姉様、時には霧島が私を責める夢です」

 

その夢を思い出したのだろうか。少しばかり震えながら、その続きを話す。

 

 

榛名「2人がどのように沈んだのか、それはご存知ですか?」

九鬼「はい。確か…小笠原諸島の奪還作戦の際に、金剛さんと榛名さんを庇われて…と聞いております」

 

榛名のフラッシュバックを考慮して、ゆっくりと返答した。

ここでトリガーを引いてしまえば、本当に取り返しがつかなくなってしまう。

 

 

榛名「2人は…私とお姉様に全てを託して…犠牲になりました。私達を生かすためです」

 

榛名「2人共、天国から優しく見守ってくれていると、思いたかった…でも…」フルフル

 

 

榛名「それは…全くの間違いでした」ポロポロ

 

榛名「榛名は毎日…眠りにつく度に…2人に襲われて…」

榛名「銃口を突きつけられたような…圧迫感のある夢が毎日毎日…だから…」

 

 

 

九鬼(だから、目の下にそこまで大きなクマが出来ているんだな…)

 

 

榛名「『早くこちらに来い』、『お前だけが生きるのか』と、何度も言われ続けるのです。そうして、2人が榛名を殺める寸前で…起きるんです」

 

榛名「自分でも分かっています。それは夢に過ぎないって。でも…榛名は…」

 

 

九鬼はそこまで聞いて、これまでの話の全てに辻褄が合ったことを確認した。

 

 

 

菅野の忠告、文書の違和感、榛名の独り言、目の下のクマ。何から何まで、榛名の精神疾患が原因であることに繋がっている。

 

九鬼や橋本の前では健全な者として振る舞っていたつもりだったのだろう。

しかし、榛名は本来どこまでも真っ直ぐで透き通った心の持ち主。そのため、菅野を含めて近しい人間には精神異常を隠すことが出来ていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

九鬼(さて…ここまで話して、どう出てくるか…)

 

九鬼は全ての話にここで繋がりを見た。

榛名が自らで素性が明らかにした今、彼女がこれまで通りの都合の良い対応をしてくれるとは思わない。

 

もしそれが続けば、いつか限界が来る。

 

そうなれば必ずどこかで大規模なフラッシュバックを起こし、九鬼や橋本はおろか、大切な金剛にまで手を出しかねないかもしれない。

 

 

 

お互いが黙りこくっているので、2人の間に気まずいような、そんな空気が流れる。

  

 

 

九鬼(やっぱり…どう考えても榛名さん、異常だよな…) 

 

 

本来、ここまでの理不尽を被れば先ほどの川内のように憤慨して殴り掛かるのは当然だ。

しかし、そのように怒り狂わない所に、榛名の優しさが表れている。

 

 

普通、ここまで精神疲労が進めば、自らを傷つけた大元の海軍に怒りが向いたっておかしくない。むしろ、それが普通だと思う。

 

しかし、その矛先までもを自らに向けている。本当の所はどこか自己の範疇に収めているのだ。

 

九鬼達にしてみれば、襲われる心配をしなくて良いため、ひとまずは安心出来るだろう。

 

 

だが、問題は榛名がいつ壊れてもおかしくない事である。

 

現在は金剛が比較的落ち着いているため、まだ安全だろう。

だが、万一にも金剛が何かの衝撃で傷ついた場合、それが軽傷だったとしても、一気にタカが外れて爆発しかねない。

特に榛名のように抑え込みが強いタイプの者はその傾向が顕著に表れる。

 

 

九鬼の目には、今の榛名は噴火寸前の活火山同然に映っている。

 

 

 

そして、これから大きな変化を榛名の心のなかで起こしていくであろう存在は、間違いなく九鬼と橋本だ。

 

 

九鬼(仕方がない。少しばかりこちらに不利になっちまうが…これしか方法はないか…)

少しの思考の後、九鬼は榛名に次の提案をした。

 

 

 

九鬼「榛名さん、一度我々から距離を取りましょう」

 

沈黙を破ったかと思ったら、あまりにもきっぱりとした言い草に榛名は動揺した。

 

榛名「へ?ど、どうして?」

 

九鬼「恐らくですが、私は貴方に無理をさせてしまっていたのでしょう」

 

九鬼「榛名さん、貴方はとてもお優しい。だからこそ、毅然とした態度を我々に取ることが出来なかった…私はそのように考えています」

 

九鬼「先ほどの川内さん…私は…彼女は正常な反応を示したと思っています。

本来、あなた達を傷つけた海軍の人間を見れば川内さんのように怒りをぶつけるのが普通だと思うのです」

 

九鬼「しかし…貴方はそれを今までしなかった。いや…」

九鬼「抑え込んでいた、というべきでしょうか」

 

九鬼「今の貴方は精神的に異常です。毎晩同じ夢を見る…それも、筆舌に尽くしがたいような悪夢です」

九鬼「そのせいでろくに睡眠がとれていない。艦娘とか関係なく、本来であれば倒れているはず」

 

榛名「……」

 

九鬼「しかし、まだ貴方は意識がはっきりとしている。それは…なんででしょうか?」

 

榛名「そ、それは…」

 

九鬼「金剛さんですよね」

榛名「…」

 

榛名はおもむろに目を逸らした。どうやら図星なのだろう。

 

九鬼「貴方は恐らく、あなたにとっての最後の希望である、金剛さんを守るために、あなたの本能があなたを突き動かしている。違いますか?」

 

榛名「……」

 

 

九鬼「我々は金剛さん、そして皆さんに危害は加えない。とは言っても、海軍の人間の言うことです。信じられないのは当然のこと」

榛名「……」

 

榛名は九鬼と目を合わせようとはしない。

 

 

 

 

 

九鬼「だからこそ…見ていて下さい」

榛名「…」

 

九鬼「言葉ではなく行動で…貴方の信頼を勝ち取ります」

榛名「……」

 

九鬼「何かあれば…私たちに矛を向けたって構わない」

 

九鬼「あなた方の笑顔が戻るまで、この九鬼、尽力いたします」

 

九鬼は榛名の目をガッチリと掴んだように見つめて言い放つ。その気迫に、榛名は九鬼の目を見る事ができなかった。

 

信じてもらえなくたって良い。その時は体を張ってでも訴えかける。その熱意と自信がヒリヒリと榛名に伝わっていた。

 

 

 

「良いんじゃないですか?榛名。そう言ってくださっているなら」

 

 

ふと後ろから声がした。振り返ってみると、そこには金剛が起きていて、寝袋から出てくる最中だった。

 

金剛「貴方が無理をしているのは分かってましたヨ。その…私の為デショ?」

 

慈悲深い目で榛名に語りかける。その目からは大切な妹を守ろうとする、姉の壮大な母性とも言うべきものが感じられる。

 

 

榛名「は、はい…お姉様は榛名にとって、大切な方です!比叡お姉様と霧島が最後に残してくれた希望…そ、それがお姉様なんです!」

 

金剛「それは貴方だって同じデース。むしろ、私は逆と思いマスヨ?」

 

 

ボロボロに傷ついているであろう金剛は無理やりでも笑顔を作ろうとしている。その痛々しさに、九鬼は思はず顔をしかめた。

 

 

金剛「貴方は私の大切な妹ネー。だからこそ、榛名には笑って欲しいんデスヨ」

榛名「お姉様…」

 

金剛「榛名がしてくれた事は本当にありがたいヨ。だけど…」

 

金剛「だけど…」

 

 

 

 

金剛「だけど…それで貴方が傷ついたら、私がこんなになった意味が…無いデース……」ポロポロ

 

 

作り笑顔のまま、静かに金剛は涙を流す。悲しさと悔しさ、どちらが滲み出ているのだろうか。それすらも分からないほどに、複雑な表情だった。

 

金剛「霧島が言っていまシタ…『榛名お姉様はきっと無理をするだろうから、金剛お姉様が守って上げて下さい』って…」

 

金剛「『今度は第3戦隊2人で、仲良く生き残って下さい…』って……」ポロポロ

 

やがて、金剛はしゃくり上げながら榛名に訴える。とめどなく涙と嗚咽が押し寄せてきている。

 

死んだ妹の遺言など、健常な時でも思い出したくないはずだ。

 

 

金剛「だから…だから榛名…無理しちゃ…ノー、ですヨ?」ニヘラ

 

 

九鬼「…ッ」クルッ

 

九鬼は思わず顔を背ける。

 

痛々しい。この言葉以外に、金剛に対する印象は無かった。

また、彼女がどれだけ強い姉なのか、それがよく分かるであろう。

 

いつ倒れてもおかしくないほどに、金剛の体はボロボロになっている。彼女が人間であれば間違いなく死んでいる。

 

妹を守る。その為には死ねない。

その強い信念だけが彼女を生き長らえさせているのだ。

 

結局のところ、お互いがお互いの為に身を、心をすり減らして守り合っていた。

どちらかが一方的に守られていたわけではない。

 

金剛型4姉妹、なんと強い絆で結ばれているのだろう。

 

九鬼はその絆に心を撃ち抜かれていた。

 

 

しかし、そんな状況でも、姉は強いようだ。

 

 

心身をお互いにすり減らした両者、だが、目の前のに広がる光景は、金剛に抱きつく榛名だった。

 

 

つい先程までは逆の立場だった2人。ボロボロでコミュニケーションすら危うかった金剛が、逆に榛名を抱擁している。

 

姉とは、妹の為なら心の傷さえも乗り越えられるらしい。これが姉、これが金剛型4姉妹、これが……

 

九鬼(戦艦金剛、なのか……)

 

 

 

ただただ圧倒されるしか無かった。その強き姉の信念の迫力、オーラに感銘を受けていたのだ。

 

 

金剛「九鬼さん」

 

九鬼「は、はいっ…なんでしょうか」

金剛「先程の、榛名と距離を取るというのは、本当ですか?」

 

また中立的な話し方に戻っている。この様子からして、当然ながらまだ指揮官として認めてはもらってないようだ。

 

九鬼「はい…勿論です」

九鬼「自分で言うのもなんですが、他人というのはそう簡単に信頼を置けるものでもないと思いますし、お二方であれば尚更です」

 

金剛「…そう、ですか」

 

九鬼「それに、自分のような感じで来られるの、結構胡散臭いと思うんです」ニガワライ

 

九鬼「いきなりやってきた青年将校が自分の事信じろだの何だの…って普通は信用できません。先程の川内の反応が正しいのです」

 

九鬼「言葉よりも行動で…それが自分のモットーですから」

 

金剛「そう、ですか…」

 

 

なんだかアッサリとしている。率直ではあるが、金剛はそんな印象を抱いた。

信頼関係を1からリセットなんて、そうそうやりたくはないだろうが…

 

とはいえ、榛名のことを考えればそれがベスト。これ以上は何もできまい。

 

 

 

九鬼「では、自分は清掃に戻ります。また何かあれば、いつでも申して下さい。失礼致します」タッタッタ…

 

口早にそう伝えて、サッサッと出ていってしまった。

 

あれだけの大劇場のような展開からしてみれば、なんだかすぐに戻っていったような感じだ。

 

こちらに配慮したのだろうか…そんなことを金剛は考えてみる。

 

金剛「ウッ…」フラッ

 

どうやら限界のようだ。いかんせん感情を出しすぎてしまった。流石に自らの状態を考慮すべきだったのだろう。

 

金剛は寝袋の上に倒れるように体を倒した。

 

膝の上では泣きつかれていたのであろう、榛名が寝息を立てている。

 

静かな寝息だ。この様子なら、少しだけ悪夢の事を忘れているのかもしれない。

 

とはいえ、金剛に他人の心配をしている余裕は無さそうだ。

彼女もまた、次第に瞼が閉じていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りに落ちる瞬間に考えたことは、妹の安否、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

九鬼「」コツ…コツ…コツ…

 

廊下をゆっくりと歩いている。

 

 

 

 

九鬼「……」

 

九鬼(他人を簡単に信頼しちゃいけない。か……)

 

 

九鬼(なんでそんな大切なこと、口に出るまで忘れてたんだろうな…)

 

 

九鬼「いつぞの嬢ちゃんに、教えてやりたいよ…」ボソッ

 

 

 

「2尉、お話は終わりましたか?」

 

ふと後ろから声をかけられた。そこには、汚れで体の至る所が黒くなっている橋本がいた。

 

 

九鬼「おぉ…だいぶと汚れちまっているな…」

橋本「それは貴方も同じですよ」ハァ

九鬼「マジ!?」バッ

 

慌てて九鬼は自身を見渡す。確かに、迷彩服は色々と汚れてしまっている。雑巾がけをした際の汚れが飛び散ってしまっていたのだろうか……

 

 

橋本「そんな状態であの2人の所に行っていたなんて…」

橋本「距離を置くどころか、嫌われたって文句言えませんよ」ハァ

 

九鬼「なんだよ、聞いてたのかよ」ニガワライ

橋本「まぁ、あれだけの雄弁でしたからね」

九鬼「テメェ馬鹿にしてんだろ」コノヤロウ

 

 

橋本「…良いんですか?せっかくお近づきになれた艦娘ができたのに」

 

九鬼「…まぁ、そんな簡単には行かねぇさ」

 

九鬼は俯いて静かに呟く。自信のないような、そんなか弱い声で。

 

 

九鬼「思えば…簡単に信頼してほしいなんて、虫のいい話だよな」

橋本「それはそうですが…」

 

頭を掻きながら橋本は躊躇い気味に返す。やはり味方は欲しかったようだ。

 

 

九鬼「なにはともあれ…また振り出しだな」

橋本「ですね…独力で色々とやるしか…」

 

 

 

 

橋本がそうため息混じりに話すのを横目に、先程の榛名の様子を振り返る。

 

九鬼は(…赤井さえいなきゃ、榛名も純粋な心で過ごせたんだろうな…)

 

哀愁漂う心情で、榛名のことを九鬼は憂う。

  

そこにいた人影は、榛名と、もう1人の、懐かしい『ある』自衛官だ。

 

 

 

 

 

 

 

九鬼(…『アイツ』も、榛名に似てキレイな瞳だったっけ…)

 

 

 

 

彼の脳裏に浮かんだのは、ある1人のパイロット。

 

 

今はもう、何処にもいない…1人の戦闘機乗り。

 

 

 

 

九鬼(もう…アイツのような犠牲者を…増やしちゃいけねぇんだよな)

 

九鬼(なのに…ゴミ野郎は……どの世界でも蔓延ってやがる………)

 

 

 

 

 

 

九鬼(どこへ行っても……外道は外道だな……)ギリッ

 

 

 

 

 

九鬼の心の中で、消えていたはずの黒い灯火が、少しだけ燻ったのかもしれない………

 

 

 




九鬼と橋本、この二人の過去なんかもいずれ遡ってみるつもりです。

これからもよろしくお願いします。
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