さて。意気揚々と拠点を飛び出してきたはいいが、これからどうしたものか。
正直に言って、
お
「えいやっ!!」
……などと、先行きを憂いていたのだけれど。
「うぅん、何度見ても豪快な
「あぁ……はい」
件の松下元少佐、あるいは男爵の足跡を辿ること数日。
人探しならまずは家探し、ということで我々が足を運んだのは、松下家の邸宅が所在するという杉並区の一角だ。
帝都・東京を執拗に苛んだ連合軍による空襲も、実際のところ被害規模はまちまちであり、ここは比較的
とはいえ、我々が追い求める松下邸は──よりにもよって──世田谷区と隣接する南端の地域に位置しており、物の見事に焼夷弾の餌食となっていた。
明治期よりその威容で知られ、長く激動の時代を見守ってきた和洋折衷建築とて、この通り燃え朽ちてしまえば形無しだ。
市井の人々の話によれば、邸宅の主である松下とその妻もまた、三月十日の東京大焼殺にて屋敷と共に没したと推察されている。
夫妻には二人の息子と一人の娘、長男一家の孫が一人居たというが、彼ら松下家
さりとて、この国難の時代である。焼け残りとはいえ広大且つ
「───実は、小生の父と少佐殿……松下男爵は、長く戦地で共に過ごした間柄でしてな。小生も多少なり縁があるということで、復員早々ここらに派遣される運びとなったのです」
「なるほど。こちらには、作業が終われば何か建つのですか?」
「そうですなぁ。このまま不発弾でも見つからん限りは、進駐軍の事務所……いえ、この広さなら寄宿舎か、車の修理所にでもなるのでしょう。既に出来上がっている畑を掘り返すのも忍びないので、そこは上と話し合うつもりでありますが」
並みの軍務より骨が折れる仕事です───と、肩幅の広い国民服姿の
田舎での暮らしも
今は、まず棟梁率いる役人の一団が瓦礫の山を
「棟梁ー! これはどっちに置いてくればいいですかー?」
「あぁ、今の時間なら回収担当は北の方ですよ! 一人で運べますか?」
「全然平気ですっ! 私、力持ちなのでー!」
男所帯の力仕事に年若い女子が二人、それも片方は
元より組織の
素手で
おまけに人当たりは良くて美人(私はそのご尊顔を拝んだ試しは無いが)ともなれば、やや残念な脳味噌の出来を差し引いてもお釣りが来るほどの優良物件だ。
「しかし、少佐殿にこのようなご親戚が居られたとは知りませなんだ。小生も子供の時分には、坊ちゃまやお嬢様とはよく遊んでおりましたが」
「いえ、
「なんと……左様ですか。お察しします」
いえいえ、と応じる。無辜の市民を騙すのは気が引けるが、これも仕事だ。
大戦が終わり、御蔵座による政府内の大粛清も完遂された今後、『彼岸花』の活動はより注意深く隠匿されたものになるだろう。……進駐軍の気が変わって、一時期の
そのために必要な予行演習と思えば、否やとは唱えられまい。
「それより。蘭堂のおじ様には、お子さんやお孫さんが居るという話でしたね?」
「えぇ、まぁ。ご長男とご次男は少佐殿と同じく陸軍で勤め、立派に役割を果たされましたが……確か、三男の
ずいぶん鼻の利く男だ。七十を超すであろう
───とはいえ、ここに来て新しい情報が拾えた。ようやく明確な進展だ、この機を逃す手は無い。
「ありがとうございます。貴重なお話を聞かせていただいて」
「なんの、ご親族の頼みとあれば当然のことですとも───おっと。撤収の時間ですな」
懐中時計で刻限を確認した棟梁が方々に声をかけ、集まってきた作業員や現場監督から書類を受け取ったり、何かを書き込んだり、回し合ったりする。それが一通り済めば日当の支給だ。
「はいどうぞ」
「ありがとうございますー!!」
「ゆきなさんの働きぶりと海里さんのことを思えば、本当は三人分でも五人分でもお渡しすべきなのですが。これも決まりですので……いやはや、申し訳ない」
「とんでもございません。突然上がり込んできた私たちに、真っ当な額をくださるだけでも有難いですよ」
「おいおい、お前さんら! 華盛りのお嬢さんが男に混じって泥仕事たァ、並大抵の苦労じゃねェだろう。そう遠慮してちゃあいかん、今日もうちでメシ食ってけ!」
「そうですよ棟梁! ゆきなの姐さんの給料がこれっぽっちなんて有り得ないでしょっ。せめて食い物でくらい恩返ししないと!」
「え~!? いいんですか? じゃあっ」
「こら。ありがとう皆さん───ですが結構。今夜は連絡のついた友人の家に邪魔するつもりなのです。お気遣いだけ受け取っておきますね」
危ない危ない、うちの優秀な猟犬を取られるところだった。
まったく粗野な男どもで困るけれど……まぁ、焼け野原の上でも懸命に生きる
◇ ◆ ◇ ◆
帰路、と呼ぶにはまだまだ馴染みの無い街道を行く。
内地勤めの兵士が復員したこともあるが、
「あー。今日もよく働いたなぁ」
「ご苦労様です」
その一角で立ち止まり、
創立はなんと文久二年、小規模ながら実に由緒正しき
国家安全保障調査局は強大な組織である。『君影草』と『花菱』が骨抜きとなり、事実上半壊してさえもそれは変わらない。
……御蔵座の眼鏡に適わなかった者、つまり職務と組織の大義に忠実でない人間は全員粛清された、というだけの話ではあるにせよ。
この旅館で起きた立て籠もり事件を『彼岸花』が解決したのは四半世紀以上も前のことだが、
調査局はこうやって、日本の津々浦々に勢力を拡大してきた。嘘偽りが常道の組織が、最後に頼るのが人の恩とは、まったく皮肉な話だ。
まぁ、食う物と潜伏拠点に困らないのは素直に有り難い。
夕食と入浴を終えて夜更け。
幸か不幸か、今日も出番の無かった
「それなに?」
と、ゆきな。
私からすれば、昭和の時世にもなって
「先代の使い手は『
「へぇ〜。じゃあこっちは?」
「見ての通り手裏剣です。よく切れるので触っちゃ駄目ですよ」
「こっちは?」
「吹き矢ですね。先端の黒く濡れてる部分は毒で、触ると死にます」
「これは?」
「『
「こっちは」
「『
「それとこれ……」
「九四式拳銃を見るのは初めてですか? 素人が下手に触ると爆発します。気をつけて」
「……節操ないね」
「余計なお世話です」
ちなみに同期の彼岸花の中なら、私などはまだまだ可愛い方だ。
吹上の奴は懐に拳銃を八丁忍ばせているし、結華に至っては軍用の
「それより、今日のところは早く休みましょう。明日の内に本部へ戻って報告を済ませて、神奈川行きの列車を手配してもらわなければなりません」
「はーい」
暗器の整備を済ませ、電灯の明かりを落とす。
さっさと布団に入って目を閉じる……おっと、目はずっと閉じているんだった。
「むんっ」
……、ゆきなが私の布団に潜り込んできた。何を考えている?
「何ですか急に」
「えへへー。このお宿も今夜までなんだよね? 最後にほら、ちょっとした思い出作りだよ。あと寒いし」
「そっちが本音か」
言われてみれば、九月も半ばを過ぎて大いに肌寒くなってきていた。
だから何だという話ではあるのだが、この穏やかで緩み切った心臓の音と、明らかに私より高い体温を足蹴にするのは……。
「───おやすみなさい」
「おやすみぃ。んふふ……くぅ」
寝入るの早っ。