地獄華異聞・皇紀弐千六百五年   作:ごまぬん。

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#3 Signal fire,or...

 

 神奈川県西部、足柄上郡山北町。

 我々が足跡を追う松下男爵の三男、彌太郎氏の一家が在住するという……まぁ、この国では珍しくもない山間の僻地である。

 一口に僻地と言っても、丹那隧道(トンネル)の開通に伴って東海道本線が経路を変更する以前は、交通の要衝として栄えていた。土地も充分肥沃で、軍人嫌いの軍人の小倅が引っ込むにはうってつけの()()()田舎である。

 

「あぁ、彌太郎さん。鉱山の(ふもと)に住んでる学者さんですね。植物の……あと動物にも」

 

「ご存知なんですか?」

 

 鉱山───鉄鉱石を産する三保鉱山のことだ。神奈川の北西には丹沢山地なる鉱物資源に恵まれた山地が広がっており、この周辺もその一帯に含まれる。

 三保鉱山の鉄鉱業自体は町の数ある産業の一つでしかなかったものの、戦争による鉄需要を受けて採掘が加速。が、ここ十年ほどで産出量が頭打ちとなったため、現在は閉山か当面の事業停止に向けて調整が進められているという。

 ちなみに、ここまでの蘊蓄(うんちく)はすべて、胡桃が取り纏めた資料の受け売りだ。私は視力こそ失ったが耳が良い。一度聞いたことは忘れない。

 

「もう越してきて十五年ほどになりますか。いつの時代もどこの界隈も、余所者は変な目で見られるもんだけど……あの人は随分と賢いし優しくって。実は、この店で出してる品も、彌太郎さんに知恵を借りて作ったのがいくつかありましてね」

 

 そう話すのは、昔ながらの小さな茶屋を営む地元のお婆さんだ。

 薩摩芋(サツマイモ)や梨を上手く使った菓子が名物で、配給制で希少な砂糖がほとんど入っていないとは思えないほど甘味が強い。

 東京にある『彼岸花』の現拠点も、元々はこういう店だったらしいが……御蔵座め。何と勿体ない真似をしてくれたのだ。

 

「しかし、その。こんな山奥まで来て貰って何だけれど、あんまり色好い返事は聞けないかも知れませんねぇ」

 

「と言うと……」

 

「何年か前に重い病を患ったらしくて、特に近頃、陛下の放送(玉音放送)があってからはずっとお屋敷で臥せってらっしゃるんですよ。奥さんが医者の所にお見えになってるとは聞きますが、あまり上手くいっていないようで……お気の毒に」

 

 それは……また、何とも言えないな。

 一縷の望みをかけて親類縁者を見つけ出したが、無駄足だったか?

 

「わかりました。お見舞いのつもりで、顔を出すだけ出してきます」

 

「あら、まだ若いのにご立派だこと。でしたら、このお団子も持って行ってあげてくれませんか」

 

「なになに? おばあちゃん、これくれるの~!?」

 

「あなたの分じゃありませんよ、ゆきな。お話を聞けて助かりました。では」

 

 まぁいい。病人でも話くらいは出来るだろう。

 それに、細君()の方は健在であるようだし───死んでさえいなければ、情報を()()()()術はいくらでもある。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 改めて方々で道を聞き回り、件の松下彌太郎宅に辿り着いたのは夕刻だった。

 山岳の麓、東京・杉並の松下家本邸とは打って変わって、一階建ての質素な和風家屋だ。

 本邸の離れですらもう少し広かった記憶がある。父君(松下元少佐)と趣味が合わなかったというのは事実やも知れぬ。

 

「ごめんくださーい!!」

 

 相変わらず耳に響くゆきなの声。まだ戦っているところを見た試しは無いが、かの薩摩の示現流の使い手だったりするのだろうか。……彼岸花(暗殺者)なのに? 確かに、すべての標的を初太刀で殺せれば討ち漏らしはあるまいが……。

 

「……」

 

「……、あれ? ごめんくださーい!!」

 

「…………」

 

 ───と、それはそれとして。

 ゆきなの猿叫に応える声は無かった。どころか、目の前の屋敷からは、人間の生活音らしきものが一切聞こえてこない。

 最初にここらへ足を踏み入れた時から違和感はあった。生活臭も薄まってきている。数日は家を空けているに違いない。

 

「おぅい」

 

 やや途方に暮れていると、また別の現地住民が話しかけてきた。声音からして還暦は越えた男性だろう。

 

「お前さんら、松下さん()に何の用だ?」

 

「あっ。えーっとね、私たち、彌太郎おじさんを訪ねて来たの。こう見えても遠縁の親戚、なんです」

 

「うん? そうだったのかい。泥棒かと思って飛んできちまったよ、すまねぇな。わはは」

 

「ご近所にお住まいの方ですか? 泥棒とは……穏やかじゃありませんね」

 

「おう、それな」

 

 よっこらせ、の掛け声と共に、籠か何かを地面に降ろす音が聞こえる。

 見たところ……もとい聞いたところ、山菜採りにでも行っていた帰りらしい。

 

「松下さんは留守だぜ、ざっと一週間ほど前からだ」

 

「一週間前?」

 

「あぁ。んで……うぅん。そうだ、お嬢ちゃんたちはどうしてここに?」

 

 ()()然々(しかじか)。空襲で帝都を焼け出されて云々。

 もちろん、この辺りは使い捨ての大嘘。どうせ向こうは半年も経てば忘れている。

 尚、ゆきなには『私が()()を盛っている間は喋るな』と厳命してあったり。

 

「ほぇー……、そいつは大変なこった。いや、本当、疑っちまってすまねぇ。お前さんらの苦労も知らず……!」

 

「構いませんよ。それより、せめて彌太郎さんに言伝を残そうと思うのですが。連絡先などご存知ではありませんか?」

 

「だったら任せな。(わし)は毎日のようにここらを通っとるから、次に見かけた時に話しておこう。……それと、もうすぐ日が暮れる。町に戻るにしても夜の山道は危ない、お前さんらさえ良ければ、今夜は儂の家に泊まってくといい」

 

「え! いいんですか!?」

 

「ハッハッハ、もちろん! 女房も孫もきっと喜ぶ、是非話し相手になってやっとくれ」

 

 おっと、嬉しい誤算だ。宿代が浮いた。どうせ調査局の経費で落ちるから、元より私の懐が痛むものでもないが。

 

「───。……しかし、うむ。ん〜……」

 

「……何か気になることでも?」

 

「いや……、……いや。……そうさな。嬢ちゃんらも、多少は世の中のことを弁えとる歳だろうし……。もとい、正直に話させてもらうが……」

 

 お爺さんは()()()()と頭を掻き、ややばつが悪そうに言う。

 

「松下さんが病気で大変らしいのは知っとるな。近所付き合いの時も、奥さんばかりが矢面に立っとったってのも」

 

「えぇ」

 

「それがの……儂が最後に見た時、松下さん……彌太郎さんは、()()()屋敷から出て行くとこだったんだ。あそこの夫婦に子供は居ないから、外出なら奥さんが付いていくのが道理だろうと思うんだが。まぁ……でも、その時は、ようやく具合が良くなったのかも知れんと思って……」

 

 けれど、儂の頭が変になったんでなければ、と前置きを挟んで。

 

「彌太郎さん、どうも()()()()()歩いて行ったような気がしてなぁ。商店街や役所のある通りとは真逆だ。町医者の診療所の方に繋がっとるわけでもなし」

 

「……」

 

「女房に話したら、きっと見間違いだろう、腕の良い医者に罹りに夫婦で帝都に帰ったんだ、なんて言うから……とりあえずはそういうことで納得したんだが。どうにも不気味でよ」

 

 呼吸と心音に嘘や悪意の兆しは無い。つまり、この人は松下彌太郎に何かを口止めされているわけではない。本当に、単なる顔見知りというだけ。

 だからこそ……奇妙だ。

 

「あぁ。嬢ちゃんらに聞かせるようなことじゃなかったかも知れんが、他人に話せて少し楽になったわい」

 

「いえ……。こちらこそ、お話しいただけて助かります」

 

「おう、おう。それじゃあついてきな、儂の家はすぐそこだ」

 

「お邪魔しまーす!」

 

 まだ早いだろ。……突っ込みを入れる気も出てこないな。

 松下元少佐───そして、三男の彌太郎氏。お前たちは、何者だ?

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 一晩明けて朝。田舎の老夫婦が作る山菜と獣肉料理は存外に美味であった。特に猪と(ぜんまい)

 そういえば、ゆきながお孫さん二人──横浜の方から疎開に来ているらしい姉弟──によく構っていたが、子供をあやす技術などどこで鍛えたのだろう?

 

「お世話になりました」

 

「良いってことよ! これからも苦労するだろうが、達者でな」

 

「お世話になりましたっ!」

 

「お姉ちゃんたち、またねー!」

 

 さて、捜査は振り出しに戻ったと言える。彌太郎氏は腕の良い医者に罹りに、帝都へ帰った()()()()()()という。

 もちろん、これはお爺さんの奥方による推測であり、確定情報ではない。遠路遥々やってきて、たった一日で蜻蛉帰りというのも面白くないので……。

 

「三保鉱山か」

 

 事業停止中の鉱山に消えた、彌太郎氏らしき影。

 勘というよりは半ば願望だが、何となく無視できない。どのみち彌太郎氏が失踪してから一週間は経っているのだし、一日二日ここに留まったところで先行きは変わるまい。

 

 坑道の封鎖と警備は存外にいい加減で、近くの事務所に詰めている人員もごく少なかった。入り口にも守衛が一人立っているだけだ。

 やり過ごす方法はいくつか思いつくが───いや、待て。

 

「か、勘弁してください! 私たちだって、何も疚しい気持ちがあるから止めてるんじゃないんですッ。下手につつき回って坑道が崩れたりしたら、誰にも責任が取れないと……!」

 

「黙れ!! この神州日本を救うには、もはや我々が立つ他無いのだと何故解らん!? 貴様、それでも帝国臣民か!」

 

 誰だ? 革靴や安全靴や草履に混じって、()()の足音。一兵卒か士官かまでは判別できないが、恐らく陸軍の兵士。

 兵隊()()()の小勢、と言うには頭数が多いし武装も充実している。満州や南方諸島といった外地であればともかく、進駐軍直々の監視下で武装解除を──ついでに我ら調査局による粛清を──受けた内地の軍部に、このような残党勢力が残っていたとは(にわ)かに信じ難い。

 

「わ、わ、わ!? 大変だよ海里ちゃんっ、早く助けないと!」

 

 まったく厄介な。敵を殺すだけなら楽だが、無辜の市民に『執行』の瞬間を見られては困る。

 

「ゆきな。私はあの頭目らしい男の相手をして、守衛の方を避難させます。周りの連中はあなたが片付けてください」

 

「ん───わかった!」

 

 良い返事だ。お手並み拝見といこう。

 巻布を解いて、しゃらり、という抜刀の音。

 

「さて」

 

 風。匂い。視覚が機能せずとも、大気は世界の様子を雄弁に語ってくれる。

 怒鳴り散らす頭目の男までは、ざっと六十と五米突(メートル)。守衛の脇を固め、頭目の恫喝を掩護している兵士が二人。それから、坑道の入口付近を歩き回る有象無象が十人ほど───。

 

「かかりますよ」

 

 まずはこちらから見て左側の兵士に、吹き矢──葦の吹き筒と竹串の矢を組み合わせた伝統的なもの──を放つ。……命中。

 首筋の痛みに気づいた敵が声を上げると同時に、右側の兵士へ九四式拳銃を発射。腎臓の位置に当たって血が噴き出る。

 

「あぐっ!?」

 

「何だ? 何事だ!!」

 

「敵襲だと───、うっ……!? ぐ、グッ……ゴボ……!!」

 

 吹き矢には毒が塗ってある。生憎と彼岸花(ヒガンバナ)ではなく鳥兜(トリカブト)の毒だが、当然殺傷性はこちらが上回る。

 敵方の反応は早く、拳銃や軍刀(サーベル)を抜く音が複数聞こえた。匪賊(ひぞく)紛いと言えど軍人は軍人か。しかし、

 

「───……!」

 

「がぁあ!?」

 

 ゆきなの太刀が閃き、一味の兵士を斬り捨てた。

 ()()()()()()()()風切り音。尋常ならざる速度で、尚且つ正確に真っ直ぐに刀を振り抜かなければあのような音は出ない。

 

「……貴様ら!? 一体何者───」

 

 答える義理は無い。頭目の男の足を蹴り払って膝裏を抑え、腕を捻り地面に引き倒す。

 念のために鳩尾(みぞおち)を踏みつけ、九四式拳銃の銃床で鼻っ柱を叩き折る。

 

「はがっ!! がっ、あ……」

 

「御免」

 

 長細い錐状の暗器『雀蜂』を取り出す。常ならば心臓か脳幹を一突きして即座に葬っているところだが、此奴は情報源として生かしておく必要がある。舌でも噛んで自決される前に手早く()()せねばならない。

 穿つのは、致命の急所ではなく───人体に存在する神経の収束地点、いわゆる鍼治療における『経穴』だ。鍼師が患者の()()を打って筋肉や内臓の異常を取り除くのとは反対に、私のこれは正常な肉体の機能を乱して破壊する。

 さっき蹴った時に感じた体重と、声から推測できる年齢で、性別が男なら……この辺りか。

 

「───、……!? ……! ……!」

 

 よし。これで指一本、舌一枚とて動かせまい。

 拘束用の縄なんぞが欲しいところだけれど……まぁ近くを探せばあるだろう。鉱山だし。

 

「ヒッ……!! ひぃぃ! あっ、あっ、ややや……や、山神様……! わた、その、私は何も見ておりません! だからどうか、私の! 命だけはお助けをぉぉぉ……!」

 

 山神様……? 山の神様、か?

 うーん、とんでもない勘違いをされてしまった。人間は極限状況下に陥ると、時に突拍子もない妄想に取り憑かれてしまうものだ。たぶん私の若白髪も()()()()演出に一役買っている。

 

「……そこの方、いえ……人の子よ」

 

「はっ……? ……は! はいぃ!!」

 

「私がこの不埒者どもを誅するまで……今日は一日、鉱山に近づいてはなりません……。事務所の仲間たちにもそう伝え、ただちに家へ帰りなさい……」

 

「ははーっ!! 必ずや御意に、御意に……!」

 

 暗殺者が神を騙るなど不信心もいいところだが、口封じの手間が省けて助かった。次があったら天狗の仮装でもしてくるとしよう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ─────その手が『天狗道波平行安(てんぐどうなみのひらゆきやす)』の鞘を払った瞬間、ゆきなのかんばせから表情が抜け落ちた。

 三尺(約九十一糎)余の長寸にして質実剛健な太刀姿。波平派並びにその源流と目される大和伝の作風を踏襲していながら、しかし切っ先は同時代──平安時代後期から鎌倉時代初期──の古刀には珍しく、鋭利に伸び上がっている。

 

 日本刀を携えた書生(学生)風の少女、という一種異様な()()()の姿に、軍服の男たちはしばし困惑した。

 滝川ゆきなにとっては、その刹那で充分だった。

 

「え」

 

 ひとりの兵士の首が飛んだ。

 示現流の猿叫こそ無かったが、まさに雲耀(うんよう)の太刀───雷霆の神速で放たれし剛剣。

 

「……ふっ」

 

「がぁあ!?」

 

 少女が短い息を吐く。一つ結びにした濡羽色の長髪が翻る。

 次の瞬間には、先刻とはまた別の兵士が腹を裂かれている。ゆきなが刀の損耗を厭い、意図的に背骨を避けなければ、そのまま胴体を両断されていただろう。

 

「お前ぇッ……よくも!」

 

「───!」

 

 ようやく我に返った敵が、腰に提げた拳銃と軍刀(サーベル)を構え始める。遅い。

 サーベルを持つ手を落とす。斬り上げる。左右に大きく跳んで拳銃の狙いを乱す。そのまま踏み込んで斬り払う。

 相手が軍刀を振り上げた()()鳩尾を突く。波平の刃を抜きながら襟首を掴み、振り回して銃撃に対する盾とする。

 と同時に、逆手で抜刀した脇差──戦国時代は末備前の数打物(量産品)だが、長船祐定(おさふねすけさだ)の銘が切られた上等の一品──を(なげう)つ。回転しながら飛ぶ脇差は、敵の下顎を抉って上顎に突き刺さった。

 兵士が倒れ込むより先に走り寄り、脇差を回収。文字通り返す刀で駆け出して、別の敵に拳銃を向けられるより早く刺し殺す。

 留針(ピン)の抜かれた手榴弾が放られた。ゆきなは即座に太刀の柄を翻し、峰で打ち返す。爆発───およそ三名殺傷。

 

「そ、……そうか。貴様らか! 政府の影に潜む処刑人、無貌の死神……!」

 

 その場にゆきなの剛剣を受けて無事で居られる者は無かったが、唯一、この男だけは初太刀での決着を免れていた。

 撃剣を繰り返す。一合、二号、三合───。

 

「おのれ、何故邪魔立てする!? 我らは共に主上(おかみ)に仕える義国忠勇の烈士!! それほどの力を持ちながら、欧州列強に(おもね)るなど!」

 

()()()()()。『彼岸花(わたしたち)』は誰にも仕えない、私たちが守るのは国そのもの……って、木綿喜さんが言ってた」

 

「ギッ……!? が、あぁぁ!!」

 

 四合目を打ち合う瞬間、ゆきなは右の太刀と左の脇差の()()で受けた。

 力の均衡が破れ、たたらを踏む男の左脇腹へ、さらに()()()()が叩き込まれる。

 蹴りの姿勢から身を沈めて跳ぶ。胴体に一太刀、走り抜けて背後からもう一太刀。

 

 残心を終え、二刀の血振るいを済ませた後、ゆきなと海里の他に動いている影は無かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ムーッ! ンンー!」

 

「このおじさん重いよ〜」

 

「とてもそうは見えませんけど……」

 

 降って湧いた災難をどうにか退け、坑道に入った。当然ながら、電灯も篝火も点いていなければ──光を失って久しい身でも、周囲の明暗程度は把握できる──中は暗い。

 捕らえた敵の頭目はゆきなに運ばせている。人間とはあのように、俵みたいに抱えていられるものだっただろうか?

 

「まっくら……うぅ、ちょっと不気味」

 

「ふむ……あ。そうでした」

 

「?」

 

「はいこれ」

 

 袖を探り、暗器に紛れていた携帯電灯をゆきなに手渡す。

 平時は胡桃が愛用しているが、今回の任務のために貸し出してくれたものだ。すっかり忘れていた。

 

「わ、ありがとー。……海里ちゃんはいいの?」

 

「えぇ」

 

 その場でしゃがみ、足元に落ちていた手近な石ころを放り投げる。

 ()()()()()()()()()───壁や天井から返ってくる音、そして換気用に掘られた通気孔から漏れる風の感覚を基に、頭の中で坑道内の地図を描き上げていく。

 小部屋がいくつかある以外は、ほぼ一本道のようだ。問題はどこの小部屋に今回の事態の鍵が眠っているか、であるが……。

 

「ゆきな。先に別の部屋を調べてきてください。私はここでその男の尋問に取りかかります」

 

「尋問? ……あんまり痛くしたらかわいそうだよ?」

 

「さっき自分がもっと痛くてかわいそうな目に遭わせた人たちのことを忘れましたか?」

 

 先刻の修羅鬼神の如き戦いぶりには感心させられたが、やっぱりどこか抜けてるなこの女。

 

 ゆきなを見送った後、外に音が漏れにくそうな扉付きの小部屋を選んで入る。

 再び『雀蜂』で男の経穴を刺し、身体の麻痺を解く。今はもう縄で拘束してあるので逃げられる心配は無い。

 

「……ハァッ! ハァッ……! き……貴様……! 私は何も話さんぞっ、いや、……いや! お前たち、こんなことをしてただで済むと思って───」

 

「あ、そういうのいいんで」

 

 旅行鞄から箱を取り出す。我らが御蔵座司令お手製の『お楽しみ箱』だ。

 正直あまり使いたい代物ではないのだが、これも仕事だ。降って湧いた()()は有効活用せねばなるまい。

 

「な───な、なな何……だ? それは……」

 

「さぁ。実は私もよく知らないんですよね。この通りの目なもので」

 

 まず手に取った籠の中からは、何かが竹に擦れる音が聞こえてくる。

 どう使うんだったか。確か、使う側は事前にこの……あった。点字だ。この塗り薬を指や口元につけておくのだ。さもないとこっちが噛みつかれる。

 

「ふぅ、これでよし。さて」

 

 籠の蓋を開け、中のものが出てくるのを待つ。

 しかし、それにしても御蔵座は面白いことを考えるな。手懐けるのも一苦労だろうに、しかも籠に入れて持ち運ぼうなどと。

 

「ぁ……あぁ……」

 

「楽に死にたかったら、すぐに全部吐いた方が賢明ですよ?」

 

 私の手のひらで、細長い蛇が()()()()と啼いた。

 

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