地獄華異聞・皇紀弐千六百五年   作:ごまぬん。

5 / 7
#5 Man from doomsday

 

 かちゃん。

 

「よし」

 

 地下への通用路である門扉の目盛盤(ダイヤル)、鍵穴、共に解錠成功。

 鍵開けは得意だ。錠前内部の作動音を聞き分けるこの耳があれば容易い。

 

 激しい銃声が連続している。大日本帝国第三海堡───海上要塞の正面ではマコトと花火が大立ち回りを演じ、吹上と結華はその混乱に乗じて地上の建物から制圧に取り掛かった。

 私とゆきなは、事の元凶にして敵の幹部たる松下男爵を逃さぬよう、先行して要塞地下に急ぐ。

 

「海里ちゃんって本当に何でも出来るね」

 

「まさか。読み物は胡桃に頼り切りですし、前線指揮は司令どころか吹上にも及びません」

 

 しかし、そう考えると甲号彼岸花の称号も安くなったものだ。

 御蔵座の(いぬ)として政府中枢に巣食う癌を切除して回ったのを功績に数えるとしても、狩った獲物の数ばかりが彼岸花の本懐ではあるまいに。

 

「さて、と。ここから先は敵地です、準備はいいですね?」

 

「元から敵地だと思うけど……うん。行こう!」

 

 鍵開け用の針金を仕舞い、代わって錐型暗器『雀蜂』と九四式拳銃を取り出す。そんな私の横で、ゆきなは脇差と(みはり)の兵士から奪った銃剣を抜く。

 警戒を厳にして、門扉を開けた。施設内の通路は存外広く、大の男四人ほどが並んで通っても余裕があるだろう。

 入り口での待ち伏せこそ無かったものの、四方八方で聞こえる足音からして、地下を守っている兵士の数は十や二十では済むまい。せめて吹上たちの方へと、景気良く人員を吐き出してくれれば助かるのだが。

 

「急げ!! 敵襲だ、迎撃しろ! 閣下をお守りするんだ!!」

 

「糞っ、一体どこの何者だ? ()()()狩りは完璧って話じゃなかったのか!」

 

「和服の女だって聞いたが本当かよ。まさか、例の『彼岸花』部隊とやら───」

 

「おや。詳しいですね、兵隊さん」

 

「……あ?」

 

 敵の兵士が振り向くより先に、『雀蜂』を肋骨(あばら)と肺の隙間へ滑り込ませ、心臓を一突きする。

 隣ではゆきなが(ふくろう)の如く敵に躍りかかり、喉笛を掻き切って一人仕留めた。平素の()()()とした雰囲気が嘘のように鮮やかな手並みだ。

 

「な!? 何だ貴様らっ、ぎゃあ!?」

 

「御免」

 

 騒ぐもう一人の敵の眉間を、拳銃で撃ち抜いて黙らせる。進路確保。

 

「ふぅ。じゃあこれで……えっと、道わかる? 海里ちゃん」

 

「施設内の見取り図は配られていますね。私も事前に、点字付きのものを触らせてもらいましたが……やはり修繕に伴い、細部が改められているようです」

 

 元が大正時代に一度壊れた施設であるため、仕方ないと言えば仕方ない。

 とはいえ御蔵座が予想していなかったはずは無いし、吹上だって私の聴覚()による探索を頼って地下担当に選んだのだろう。我ながら厄介な才能を育ててしまったものだ。

 

「けど、この辺りはまだ地図の通りだね。次の角を右、突き当たりの階段から下に降りてー」

 

「そこの通路に五人、奥の門扉の前に守衛が二人、平時は歩哨ですが地上の増援に向かうべきか相談しているのが二人。去るのを待っていては時間が掛かりますし、吹上たちの負担も増えますから、私たちで全員片付けましょう」

 

「に、人間電探(レーダー)だ……」

 

 誰が人間電波探査機(レーダー)か、どっちかというと音響探査機(ソナー)だ。……あんまり変わってないな?

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 五つの錠前を破り、三度階段を下り、二十八人の敵を屠った。

 通路横に立ち並ぶ部屋には大抵寝台(ベッド)か事務机が詰め込まれていて、たまに書類棚が置いてあるが、中身は一部が歯抜けになっている。機密文書の処分は順調らしい。

 地上に逃がされた分は、まぁ気にする必要も無いだろう。吹上と彼女が指揮する紺服(乙号)の彼岸花が三人だ、敵が生きて外に資料を持ち出せるとは思えない。

 問題は松下男爵だ。護衛の敵兵士の話し声が聞こえる距離まで近づいた。件の標的らしい者の足音は、状況の割に落ち着いている。

 

「行き止まりだ。地図上だと道は続いてるけど、ここから先は崩れて沈んだから進めないはず」

 

「松下男爵も、潜水艦の整備港(ドック)も見当たらなかったのが妙ですね」

 

 まぁ、()()()()()()()()()()()のであれこれ検討する必要は無い。

 廊下の壁を曲げた指で小突きながら進む。そうして反響する音、()()()()()()()()()()()が聞こえてくる部屋を特定する。

 兵士らの宿舎であろう一室に踏み込んだ。奥から三番目の寝台(ベッド)を脇に退け、再び小突いて反響音を確かめつつ、指先の方にも神経を集中する。

 

「ここか」

 

 この部屋だけ床の凹み、擦り減りの具合が大きい。人が多く出入りしている証拠で、触れれば違和感もある。

 二人で協力して床板を外す。ゆきなが『おぉ』と声を漏らすのが聞こえた。隠し扉だ。

 仕掛けの基部に()()()をつけ、先刻も使った針金と鹵獲した銃剣でこじ開ける。封鎖されているかとも思ったが、計画の要たる潜水艦をそう易々とは放棄できないか。敵も人間ということだ。

 

「ようやく黒幕とご対面ですね。敵も必死でしょう。特火点(トーチカ)とまでは言わないにせよ、機関銃座くらいは設置されているかも知れません。ですので、はい」

 

「なにこれ。変なのー」

 

「司令殿の心遣いです」

 

 襷掛け鞄から取り出した防毒覆面(マスク)をゆきなに渡し、自分も被る。と同時に、御蔵座から預かってきた虎の子の秘密兵器を用意する。

 催涙手榴弾といって、常人なら即死はしない──馬や小動物なら喉か肺を病むかも知れない──程度の毒瓦斯(ガス)が充填されており、発破すれば煙幕と目鼻への激痛で広範囲の敵を無力化できる。らしい。

 隠し扉を通って整備港(ドック)に続く路に入り、右と左に一回ずつ曲がったところで、手榴弾の留針(ピン)を抜いた。手前の角の向こう側へと投げ込む。

 

「わ、わ、わ!? すごい煙だけど……!!」

 

「煙が目に見える濃さの内は、決して覆面(マスク)を取らないように!」

 

 一声かけてから、ゆきなの手を引いて走る。私の聴覚(みみ)に煙幕は効かない。

 この閉所に充満した瓦斯の威力は絶大だ。愛国心溢れる益荒男(ますらお)たちが雁首揃えて悶えているところを悠々と通過。途中、まだ幾らか元気のありそうな敵に(とど)めを刺すことも忘れない。

 不意討ち、騙し討ちは彼岸花(わたしたち)の専売特許である。凡百の兵隊如きの待ち伏せになど掛かるものか。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 通路の雰囲気が変わった。床は混凝土(コンクリート)ではなく鉄板張りとなり、空間には湿り気とわずかな潮の香りが漂う。

 潜水艦の乗組員や整備士と思しき敵兵の数が極端に少ない……ほとんど人の気配が無いのが引っかかるものの、事ここに至って立ち止まってもいられないだろう。大人しく歩を進める。

 

「来たか」

 

 (しゃが)れた男の声。声音は老人のそれだが深みがあり、この広い整備港(ドック)にもよく(とお)る。相応の肺活量が無ければああはならず、とどのつまり歳経てなお鍛錬を欠かしていない証拠だ。

 

「海里ちゃん、あそこ」

 

「指差されても見えませんがわかります。───松下蘭堂男爵ですね?」

 

「如何にも」

 

 この男が、そうか。

 終戦間際の大本営(軍部中枢)を襲った嵐のような大粛清、御蔵座による政府浄化計画から逃れたという時点で、相当な食わせ者であろうことは予想できた。

 我々が切除し損ねた、この国に残る最後の膿。果てしなき怨嗟の渦と屍の山を築き上げて、未だ血を流すことを止めぬ亡霊がそこに居る。

 

「一応言っておきます。今すぐ施設を放棄して投降なさい、そうすれば命までは取らないと約束しましょう」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「是非も無し。この場で御命、頂戴仕る」

 

 『雀蜂』と拳銃を構える。隣のゆきなが()()()()という澄んだ音と共に太刀を抜いた。

 さりとて、松下の心音は、とても窮地に在るとは思えないほど落ち着いていた。───まだ何か隠しているな。

 私に嘘や隠し事は通用しない。もう少しだけ様子を見よう。

 

「……まぁ、そもそもあなたの企て自体、最早破綻したも同然ですけどね。今、地上(うえ)では我々の仲間が、あなたの兵隊を消して回っている。潜水艦は精密な兵器だ、ただの一人で動かせるものでは」

 

「君は、"今日"を信じているかね」

 

「───はい?」

 

 何のことだ?

 

「昨日の自分と明日の自分が、今日の自分と地続きだと確信しているか?」

 

「哲学的、ですね。生憎とその手の禅問答には無縁でして」

 

「ならば一つ、講義して進ぜよう。時間とは───歴史とは、流水で編まれた綾模様のようなものなのだよ」

 

 時間稼ぎの長広舌、あるいは狂人の戯言という風情ではなかった。

 その言葉には裏が無い。ただ穏やかに諭すような口調は、善意、信仰、真理を語る者のそれだ。

 

「時間は常に流動している。歴史は常に変化している。未来とは現在の積み重ねなれば、過去を変えれば世界のすべてを変えられるのは必定。そして私は」

 

 紛うこと無き怪人物が、その懐から奇妙な物体を取り出した。

 

「未来を得た」

 

 黒光りする正体不明の金属で出来た、『8』の字型の機械装置。一見して時計に似ているが針も何も無く、五芒星や六芒星を象る黄金色の装飾が、まるで歯車の如く複雑に噛み合わさっている。

 使途不明なれど決して単なる工芸品の類では有り得ない、この世の存在とは思えぬほど精緻な……否、この世の摂理そのものであるかのような─────。

 

「……!?」

 

 待て。

 ()()()()()()()()()()()()()だと? どうしてそんなことがわかる?

 盲いたこの目が解するのは、光の明暗くらいのものだ。直接触れてもいない物体の形状を、ましてや色味を識別することなど不可能に決まっている……!

 

「ね……ねぇ、海里ちゃんっ。何か変だよ、あの時計……」

 

「二年前の冬だった。初めて彼と……『()()()機関』の使徒にして、未来から現れたという男と出会ったのは。ミカヅキ(三日月)伯爵と名乗る黒人だ。彼は私に、これより先の時代で解明された素晴らしい知識を伝授し、また魔法の如き科学技術をいくつも披露してくれた」

 

「落ち着きなさい、ゆきな! あれの正体が何だろうと、相手は同じ人間です。首を落とし、心臓を突かれて死なぬ人間は居ません……!」

 

「……そして、百八十年後の未来、誤った進歩の歴史を辿った人類は滅ぶと伝えてきた。自分はその結末を変えるため、過去へと飛んだのだとな」

 

 あの老人の講釈を黙って聞いている場合ではなかった。あれを今すぐどうにかしなければ、何か取り返しのつかないことになる。元より話し合いで解決できるとは思っていない。

 

「君たちに恨みは無いが、邪魔立てするのなら容赦はしない。御覧に入れよう」

 

 ゆきなが得物を振り被り、剣の間合いへと踏み込むのを見計らって、九四式拳銃の引き金を絞る。

 牽制の銃弾が着弾し、わずかに遅れて雲耀の太刀が迸った。空気が裂ける音。超高速度をもって完璧な軌道で振るわれる断頭の一閃、見るまでもなく絶命必至の斬撃で、

 

「───なっ……!?」

 

 かつん。

 数(メートル)先の鉄板が鳴った。

 

 ほんの一瞬、たった一歩であの距離まで後退し、ゆきなの豪剣から逃れたというのか?

 いくら肉体派の元・陸軍将校とはいえ、齢七十を超す老爺の身体能力では……いや、そもそも直前に私の銃撃が命中していたはずだ。即死には至らずとも痛打であったのは間違いない。

 一体どのような妖術を用いれば、あんな動きが可能なのか。

 

「これこそが帝国を───未来を救うための、力だ」

 




















え? さてはインディ・ジョーンズとバイオハザード見ただろって?
やだなぁ、プロット自体は最初から変わってませんよ! 細かい描写は後で考えようと思ってただけで(鉄面皮)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。