地獄華異聞・皇紀弐千六百五年   作:ごまぬん。

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大変……大変長らくお待たせしました……。
コーラル焼いたり盈月の儀に参加したり、何かと忙しかったんです! 信じてください!



#6 Decisive battle

 

 鉄板張りの地下整備港(ドック)に、相対する影が三つ。

 

 赤服白髪の彼岸花。盲目の暗器使い、百束海里。

 紺服黒髪の彼岸花。無双なる剣士、滝川ゆきな。

 

 立ちはだかるは───彼方よりの叡智をその身に宿す怪人物、松下蘭堂男爵。

 

 男は陸軍の将校准士官軍衣に深紅の外套を羽織り、胴体と手足を南蛮胴具足のような曲線的な装甲で(よろ)っている。

 顔面にはあの『8』の字型の機械装置が()()()()()()、さながら奇怪な仮面を被っているが如き様相だ。

 

「……紙芝居とか映画に出てくる人みたい」

 

「まさに怪人、凶賊の類ですか。二十面相のように紳士的なら良かったんですが」

 

「私とて、無辜の民が相手なら力に訴えたりなどせんよ。しかし、君たちは違うだろう? 政府の猟犬、殺しの徒花───嘆かわしいことだ。乱れんとする世を力で抑えたところで、その先に待つのはさらなる乱世だけだというのに」

 

「最初に世を乱そうとした元凶に言われる筋合いは……ありません!」

 

 海里の九四式拳銃が火を噴く。

 盲目を残った『四感』で補い、日常生活どころか暗部組織での戦闘すら行う海里の射撃精度は、並みの軍人を凌駕する。

 超至近距離からの発砲。ましてや面積が限られ、後退する空間も無い通用足場(キャットウォーク)の上で、海里の銃撃を避けることは不可能─────。

 

「───!」

 

「……!? あの動きっ」

 

 では、ない。

 少なくとも今の松下蘭堂にとって、たかが銃撃程度のことはまったく恐れるに値しない。

 

「ゆきな、何が見えて───いえ、わかります。わかりますが、でも……!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「言っただろう。()()()()()と」

 

 告げて、松下は佩いていた軍刀を抜き放つ。故も無き昭和期現代の量産品だが、数打物の中から選別された最高精度の逸品であり、男と共に数多の戦場を駆けた愛刀でもある。

 磨き抜かれた刃は鈍く気品ある銀の光沢を宿し、生粋の人斬りたるゆきなでさえも心胆寒からしめるほどだった。

 

()ァつッ!!」

 

 轟く稲妻を思わせる強烈な踏み込みの後、神速の一閃が迸った。

 斬撃の刹那、怪人が漏らした恐るべき気迫、鬼気、()()。そうとしか呼べぬ予兆を感じたゆきなが、此方も抜刀して迎え撃っていなければ、今頃は海里の首が宙を舞っていただろう。

 

「くうぅっ……!!」

 

「っ、ゆきな!」

 

「い……いいから撃って! 私一人じゃ勝てない!」

 

 我を取り戻した海里が、再び銃撃を試みる。松下は即座に鍔迫り合いを解き、わずか数(センチ)だけ後ろに跳んだ。男の顔面から数(ミリ)の虚空を銃弾が貫いていく。

 海里は錐型暗器『雀蜂』を袖口に消すと、代わりに複数の手裏剣を投げ放った。それと共に、腰の帯に隠し巻いた鞭状の刀剣───印度(インド)伝来の『雷鳴(ウルミ)』を抜いて斬りかかる。

 

 松下の反応は速い。曲線軌道を描いてそれぞれ異なる方向から飛来する手裏剣を、いとも容易く打ち払った。

 ほとんど間を置かず迫った海里の一撃を捌き、それに同調したゆきなの面打ちと小手の二連撃をも弾き、岩山をも裂きかねぬ剛剣にて返報する。

 

「……、一つ訂正しよう。闇に隠れて人を狩る匪賊とはいえ、諸君らは優れた兵士だ。ここで死なせねばならぬのが実に惜しい」

 

 怪人は余裕綽々だ。この閉所で、熟練の暗殺者二人を相手に、息一つ切らせていない。

 元軍人の壮健体であることを加味しても、齢七十を超える老爺にあるまじき異様な膂力と持久力であった。

 

「未来───そっか」

 

「ゆきな?」

 

「そのまんまの意味だよ。先の先の極意なんてもんじゃない……あの人、()()()()()()んだ」

 

 海里は一瞬、またぞろゆきなの放蕩娘ぶりが炸裂したと思った。何もこんな窮地で呆けることも無いだろう、と。

 しかし、違う。ごく短い付き合いだが知っている。滝川ゆきなが振るう天狗道波平行安の刃の煌めき、剣技の冴えを()()いれば理解できる。事が(いく)さに関わるとなれば、彼女の嗅覚は何よりも鋭い。

 

「……ほう。我が龍眼の面の権能を見破ったか。つくづく惜しいぞ、叶うなら違う形で出会いたかった」

 

 怪人が刀を構え直す。その身から生じる圧力、殺意が色濃さを増す。

 これまでのような防戦、様子見のような戦いは終わりだと、仮面越しに向けられる視線が告げていた。

 

「───天誅ッ!!」

 

 再び雷速の突進、ゆきなが対処するがそれでもなお速い。撃剣は三合と続かず、力の流れを乱されて波平行安が跳ね上がった。

 ゆきなの首筋に吸い込まれる一刀、庇いに入った海里が鞭剣を振るって迎え撃つ。

 勢いは削げたものの、鞭剣は元より刀剣同士での打ち合いを想定した武器ではない。()()()という激しい異音と共に、曲がりしなる特殊合金の刀身が砕けた。

 

「っ!」

 

「せやあっ!!」

 

 飛散する銀色の破片を目くらましに、海里は敵兵から奪った銃剣を抜く。防がれる。

 同時に、体勢を立て直したゆきなが小手、胴、面打ちの三連撃を見舞う。防がれる。

 

 龍眼の権能───未来を掌握する魔人を前に、二人の彼岸花は窮地に立たされていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ゆきな曰く、松下男爵には()()が見えているのだという。

 我らの攻撃が悉く通じないのはそのためである、と。

 

 真実であればまさに無敵であろう。

 しかし───それでも、私たちは瞬殺を免れ、()()()()()()()()

 

「はっ……、はっ……」

 

「……く」

 

 仮面の魔人と壮絶な剣戟を演じるゆきなを前衛として、私は支援に徹している。

 お互い既に息が上がってきており、このままなら先に体力気力が尽きるのは私たちの方だ。

 

 ───翻って。

 男爵の龍眼、未来視の異能は完全ではない。あるいは、何らかの弱点がある。

 

 魔人にはこちらの繰り出す攻撃が一切通用しない。

 相手は今より起きる出来事を知っているのだ。防御も回避も完璧で当然である。

 

 他方、龍眼の権能と神速の剣術を持ち合わせていながら、男爵は私たちを殺し切れていない。

 未来視の力をもってすれば、敵の防御の間隙を穿つことなど容易いだろうに。それは何故か─────。

 

「ふうっ……」

 

 想像し、追跡する。

 一寸先の未来が見えるという人間の思考を。他者と異なる時間の流れを生きる世界を。

 

 この場で注目し分析すべきことは何か。見落としている要素は無いか。

 例えば……仮に龍眼の権能、未来視が機能を損なうとしたら。()()ことがあるとしたら、どんな理由だ?

 

 ───ひとつ。男爵は、今日までのあらゆる事態を裏で操っていたわけではない。

 それが可能ならそもそも、この襲撃自体を予知して計画の実行を早めるなり、あるいはどこかの時点で我ら調査局そのものを廃滅せしめていたはずだ。

 

 もうひとつ。男爵は未来視で攻撃から逃れる時、既にそこに()()()()()()()()()()を回避している。

 龍眼で見えた未来の光景に対し、現在の男爵が行動して、現実の結果が変わった。捻くれた考え方をするならば、それは"未来視が外れた"と表現してもいいだろう。

 そして如何に男爵が行動しようとも、現実として起こる事象(現在)、生み出される結果(過去)は一つだけだ。あの軍刀が振るわれる時、男爵が()()()()()()()()と、未来を読めない私たちの目に映る太刀筋はどのみち一つのみなのだ。

 

 即ち。

 

 あの未来視の異能は、『いま目にしているもの』の『一手先』までしか読むことが出来ない。

 

「見えた」

 

「えっ? ……え?」

 

「失礼、今のは比喩です。それよりゆきな」

 

 そうとわかれば、やるべきことは明白だ。

 戦闘の極限状態にある意識をさらに沈み込ませ、耳と肌に伝う環境情報を今一度"見つめ"直す。

 

「……男爵がこちらの攻撃を避ける時、私が次に撃った場所へ足を向けるよう誘導してください。勝ちの目が出たら合図します、そうしたら一度下がって」

 

「うひゃうっ……! あ、う、うん! わかったっ」

 

 何だ今の艶のある声は……あ、急に耳元で囁いたからか。まぁいい。もう少し頑張ってもらおう。

 さて、もしもこちらの推察が外れていれば一巻の終わりだが───どうだ。

 

「……人狩りの暗殺者と言えど、年頃の子女に求めるような覚悟でもないが」

 

 九四式拳銃の残弾は弾倉内に四、予備が十八。

 手裏剣と鞭剣(ウルミ)は喪失。虎爪(バグ・ナク)は軍刀相手には射程不足、軽鎧相手には威力不足。吹き矢は未来視で躱されて当たらない、しかし男爵の動きを制限するのには使える。

 催涙手榴弾は通じるか? 防毒覆面(マスク)か否かは知れないものの、現代より未来の技術で造られているという男爵の『龍眼の仮面』に、その手の機能が備わっていない保証は無い。

 

「往生際が悪いな。兵士であれば……潔く死ねぃ!!」

 

「っ!? う……おぉっ、まだまだぁ!!」

 

 ゆきなは変わらず防戦一方、だがそれでいい。

 男爵の未来視は攻勢よりも防御に長ける。こちらの剣を見切られて、回避不能の反撃を喰らうよりずっと()()だ。

 

「───ッ……!」

 

 刹那、伸び上がる軍刀の切っ先に頬を裂かれた。足が重い。体力の限界が近い。

 けれど……まだ戦える。熱病に爛れる臓腑から血を吐き出していた幼き日の方が、今よりずっと苦しかった。

 

 軍靴(ブーツ)が鉄板の床を鳴らす。そちらに向けて拳銃を撃つ。

 魔人がわずかに身を逸らすと、銃弾はその胸を掠めて虚空に消え、ぱちんという火花の散った音だけが残る。

 

 まだだ。

 撃つ。撃つ。ゆきなの切り込み、躱された、そこにも撃つ。当たらない。

 

「哀れな」

 

「つぁっ!?」

 

 一際甲高い金属音が響き、ついにゆきなの剣が完全に押し負けた。

 

「チェアアァァッ!!」

 

 軍刀を寝かせ、頭上に掲げた構えから、剣先が霞むような速度での突き。

 黒髪の少女の胴体はがら空きで、手の中の天狗道波平行安を引き戻すには間に合わない───。

 

 

 

 一秒後、男爵の剣が()()()()を貫いた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 絹を裂くような悲鳴を───飲み干して、わずかな苦悶の吐息だけが漏れる。

 

 

 

「海里ちゃんっ!!」

 

 よほど悲鳴じみた絶叫を上げたのは、しかし恐らくいま最も()()()()()であろう当人ではない。

 

「貴様……!!」

 

「捕まえ、ました」

 

 肩を抉って左胸を串刺しにする軍刀の峰を、百塚海里は掴み取る。固定する。

 武器を奪われ、動きを止めたこの一瞬。あの恐るべき龍眼の権能、絶対回避の未来視は限りなく無力化され、

 

「はっ───!」

 

「小癪、なッ!」

 

 軍刀を掴んでいる左手とは反対側、海里の右拳。その指の股から、鋭利な鉤爪が飛び出す。印度伝来の暗器、虎爪(バグ・ナク)

 対し、男爵は即座に未来視を"更新"し、躊躇なく剣を捨てて後ろに下がった。乾坤一擲の反撃の努力は、たったそれだけのことで無に帰した。

 

「ふふ」

 

 そして、赤服白髪の彼岸花は凄絶に嗤う。見開かれた目は灰色に濁っており、光を映さず、焦点を結ばず、されど明らかに松下男爵へ向けられている。

 海里の着物の袖口から、飛び散る鮮血と共に、留針(ピン)の抜かれた()()()()()()()()()()()()転がり出た。

 

 乙型九九式手榴弾の殺傷可能範囲はおよそ五米突(メートル)

 この距離、この閉所。そのうえこの数。逃げ場は無い。今、この瞬間から龍眼の権能で掌握できる範囲に、爆死を免れる未来は───。

 

「ぬぅぅ……あぁぁぁ!!」

 

 ある。手榴弾を蹴り払い、殴り飛ばし、薙ぎ払い、通用路から下に落とした。

 常人ならば不可能な芸当だった───だが、男爵には未来が見える。若き頃から鍛練し、また決起の日に備え外科的な強化改造を施した超常の肉体がある。

 からん、ころんと音を立てて、連続する爆発音と熱。衝撃波。命懸けの自爆特攻すらもが失策した。

 

 これで終わりだ。

 男爵が少女に突き刺さったままの軍刀の柄を掴み直し、両断するのに三秒と掛からない。

 否、万が一に備えて慣れた武器(軍刀)を使ってはいたが、強化改造施術を受けた男爵の膂力は、その五体のみで人間を容易く破壊できる。軍隊式の柔術と沖縄伝来の琉球空手を修め、素の体格でも優る彼が、近接で負ける道理は無い。

 肩を刺し貫かれ、無理な姿勢で吶喊し、頼みの綱の暗器も大半を喪失した海里に、男爵が仕掛ける白兵戦に対処できる体力は残っていない。

 

「貴様らでは届かんよ、彼岸花ッ───」

 

 龍眼の権能が、魔人の視界に未来を映す。

 回避する余地は無い。引くべき退路は無い。逃走は無意味だ。

 

 

 

 ()()()、という歪んだ金属音が響き渡った。

 

 

 

「───ゆきな!! 斬りなさい!!」

 

 海里の怒号を聞いたゆきなが駆け出す。

 魔人が見る未来には、刀を振り被るゆきなの姿がある。しかし、その剣は()()()()()()()()()()()

 

 隠匿された地下整備港(ドック)という環境───建造途中で解体予定だった伊号潜水艦を運び込むだけでも、恐ろしく無理をした。()()()()()()が万全ではなかった。海里の聴覚(みみ)は、三人分の体重に軋む通用足場(キャットウォーク)の悲鳴をずっと捉えていたのだ。

 手榴弾による発破、ゆきなの斬撃。さらには密かに誘導され、幾度となく()()()()()()()()()()()()()細い足場が、ついに崩壊した。

 

「莫迦な……有り得ぬ! 我が龍眼を欺くなど……!!」

 

「目に見えるものだけに、頼り過ぎましたね」

 

 暗殺者と魔人は空中へ投げ出される。真下には海面と、そこに浮かぶ伊号潜水艦の甲板があり、落着までの距離は十米突(メートル)程。

 錐型暗器『雀蜂』が海里の手中に現れる。空中では身動きが儘ならず、軍刀は海里の左肩を貫いたまま、されど男爵の五体は健在。

 身に着けた胸甲のわずかな間隙、心臓を狙って振り下ろされる『雀蜂』を、未来視で以て避ける。空中で動けぬのは海里も同じこと、男爵は身を捻って受け流し、さらには軍刀を引き抜いて構えた。

 当然、同じ高さから落下したとて、その(ダメージ)は常人の海里の方が深くなる。受け身を取られれば話は別だが、今ここで切り捨ててしまえば関係ない。

 

「まだだ……私は、俺は、……帝国は!! まだ、負けて───」

 

「ぜりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 そして裂帛の気炎が迸り、振り向いた先で男爵は目を(みは)った。

 崩壊した足場の瓦礫が───錆びつき、砕けて剥き出しとなった鉄骨、釘、杭が散乱する中を、少女剣士が()()()()()くる。

 滝川ゆきなの手の中で、天狗道波平行安の白刃が獰猛に煌めいた。

 

「……見え、ぬ」

 

 どれほど先の未来を見ようと。

 どれほど可能性の枝を伸ばそうと。

 龍眼の権能は最早、魔人が勝利する結末を示さない。

 

 

 

 須臾の後、彼岸の花が一輪咲いた。

 

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