地獄華異聞・皇紀弐千六百五年   作:ごまぬん。

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#7 Pledge of───

 

 ─────そもそもからして。

 

 私は何故、『彼岸花』になろうなどと思い至ったのか。

 

 流行り病で両親を亡くし、自身も死にかけていたところを救われたのが、あの護国の鬼将・御蔵座木綿喜であったからと言うことは出来る。

 さりとて、調査局は日本中で発生する孤児(みなしご)すべてを拾い上げているわけではない。暗殺者を育てるにも銭と人手が必要で、()してや今は戦中戦後の時世である。

 ()()御蔵座が、半端な同情だの何だので、死にかけの(めしい)なんぞを飼おうとするはずが無い。

 

 だから、きっとそれは、私の意志に違いなかったはずなのだが───。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「流れないな、走馬灯」

 

 ろくな死に方をしないぞ、とは散々忠告された。御蔵座はともかくとして、排撃対象の悪党や───戦災の混乱に乗じ、組織からの離反を試みた()()()()()()()()なんぞにも。

 元・重病人の見地から言うならば、血と便を垂れ流しながら布団の中で死ぬ以上に惨めで尊厳の欠片も無い死に方は有り得ぬ、と一笑に付していたが……なるほど、どうしてこれはろくでもない。

 

 まぁ、なんというか。

 悔いが無いと言い切ってしまえば嘘になるけれど、存外実りのある人生だった。少なくとも、ここで何かしらの心残りを思い出したところで、二度目が欲しいとは口にすまい。

 ゆきなはきっと、これからも上手くやるだろう。御蔵座も胡桃も吹上だって居る。いや、この任務が済んだら京都に帰るのか?

 どちらでもいいな。それは、私が気にすることじゃない─────。

 

 

 

 

 

「海里ちゃあああぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 

 

 

 ……は?

 

 

 

 風切り音。目など見えずとも解る。

 待てよ、それは違うだろう。なんで貴女が。同性と心中なぞ趣味じゃない、というか、せっかく勝ったんだから生きて帰れよ。

 

 と同時に、波の音が聞こえる。海面が近い。

 たとえ水の平面であろうと、この高さから落ちれば、その衝撃は鉄板張りの床と大差ない。そもそも周りは私が爆破した地下整備港(ドック)の瓦礫だらけだ。鉄骨が突き刺さるのが怖くないのか?

 

「ゆき、な。貴女───」

 

「いいからっ!! 手、出して!!」

 

 どうして、と抗議する暇も無かった。平時の壮健ぶりに増して数段は大きく、切迫した声につられて、思わず手を差し出してしまう。

 そして、ゆきなの手がこちらに触れた瞬間───。

 

「……痛っっったいちょっと何て握力してんですか貴女!!」

 

「ご、ごめんっ!! でも絶対絶対離さないで~!!」

 

 そうは言われても、此方は手に力が入らない。代わりにゆきなの手は梃子でも引き剥がせそうにないが。

 そんなこんなでしばらく宙を漂っていたが、急に強い力が上方向にかかって、止まった。

 

「───……、で」

 

 思わずため息が漏れる。

 

「一体全体どういう了見ですか、これは」

 

「えへへ……。あのね、木綿喜さんからの言いつけでね。またぞろ海里ちゃんが無茶を仕出かしそうだからー、()()を持って行けってさ」

 

 またぞろとは何だ、またぞろとは。他人(ひと)を自殺志願者みたいに。もし私が危ない橋を渡っているとしたら、それは御蔵座の命令のせいだろうが……。

 いや、年端もいかぬ盲の女子が、市井の悪党や政府の高官相手に暗殺稼業を()っていること自体が無茶と言えばそうかも知れない。

 ……閑話休題。

 

「それは───結華の鋼線(ワイヤー)ですか」

 

「え? わ、すごい。よくわかったね」

 

「放った瞬間に独特な風切り音がしますからね。貴女こそ、そんなものどこに隠していたんです?」

 

 同行者が如何なる暗器を用いていようと、私の耳なら存在を察知できるはずだが。

 

「髪の毛だよ! いざって時に忘れないようにね、木綿喜さんにいつものリボンと一緒に結んでもらったの!」

 

「道理で」

 

 御蔵座め、本当に徹底していやがる。

 奴は私のことを暗器蒐集家(マニア)とでも考えている節がある。突入時点で私が結華の鋼線(ワイヤー)の存在に気付いていれば、間違いなく欲しがると思ったのだろう。

 そして、それを松下男爵との戦いで使い潰していれば、こうして命拾いすることも無かった。

 

「……、……まぁ。一応、感謝しておきます。助かりました」

 

「ふふ。どういたしまして!」

 

 それが御蔵座の差し金だという一点が果てしなく癪に障るけれど、とりあえずゆきなには罪は無い。

 命を救ってもらった恩人に悪態を吐くなど、人の道に反するというものだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 第三海堡での一大作戦からしばらく、我々は今日も今日とて帝都の暗がりを駆けずり回っている。

 松下男爵より爾後、一揃いの手下と軍備と政治戦略を持ち合わせるような大物は減ったが、それでも内地・外地を問わずきな臭い輩の噂は尽きない。つまり、私たち『彼岸花』の仕事が無くなることはない。

 

「で、だ。もうじき『八咫烏』のお歴々が京都を発ち、東京(こちら)に直接やってくる。日露戦争以来のお引越しだ」

 

 そんな或る日、香木の()()()を吹かしながら、御蔵座はしれっと告げた。

 

「八咫烏というと……以前お話しされていた、"陰陽師もどきの覆面集団"ですか?」

 

「そんな言い方したか? いや……うん、したか。まぁそれはいい」

 

 『八咫烏』───我ら国家安全保障調査局、並びに『彼岸花』部隊の上位者にあたる国防組織だ。

 明治政府の樹立以前からこの日本という国の枢要に根を張っているらしいが、その正体や全貌は杳として知れない。

 平時……というか、ここ数十年は京都の地下深くに設けられた掩体壕(シェルター)に籠り切りで、調査局内部のあらゆる権力──すなわちは日本国政府が擁する権力の数割──を掌握した御蔵座であっても、構成員の素顔すら拝んだ試しが無いという。

 

「そこで残念ながら、我々『彼岸花』は『君影草』『花菱』諸共に解体される。俗物の進駐軍最高司令(マッカーサー)はともかく、後ろに控える極東委員会の()()()()()()からの突き上げは避けられんという判断だろう」

 

「あら。ということは、我々もついにお役御免ですか。今後は婦女子らしく糸でも紡いで日銭を稼ぎましょうかね」

 

「だが八咫烏も莫迦ではない───もとい、奴らは()()()()()()()()()だ。"国防"の二文字のためなら平気で孤児(みなしご)を攫い、暗殺者に仕立て上げるような外道連中が、()()()()()()()()()()()くらいのことで膝を屈すると思うか?」

 

 この女は本当に、心臓が遷移金属(チタン)ででも出来ているのだろうか。

 如何に現在の御蔵座の権勢が強かろうと、さすがに進駐軍と主上とその八咫烏とやらには劣るだろうに。

 

「───ですのでっ!」

 

 えっちらおっちら二階から降りてきた胡桃が、どすんと音を立てて机に荷物を置いた。

 例によって書類だろうが妙に量が多い。小柄な彼女には似つかわしくない大きさの旅行鞄まで携えている。

 

「我々にはさっそく、新たな指令が下っていますの!」

 

「は?」

 

 何の音も発さなかったが、御蔵座はきっと厳粛そうに首肯したのだろう。目が見えずともわかる。

 

「彼岸花部隊は解体後、人員を再編成し、八咫烏の出先機関として欧米各国との折衝に出向く運びとなった。老人諸兄は()()()()()()()()()()()()()()()───と仰せだが、すなわちはそういうことだ」

 

 御蔵座は『思っていたより話の通じる連中で助かった』、と小さく呟いた。たぶん何か致命的な誤解がある。もしくは誤解ですらないのかも知れないけれど。

 

「明後日には此処を引き払って紐育(ニューヨーク)へ発つ。言い忘れていたがお前も来い、海里」

 

「はっ───はあぁ!?」

 

 寝耳に華厳の滝を流し込まれた気分だった。聴覚(みみ)は私の生命線だというに何て真似をしてくれるのか。

 

「なに、海を渡っても我らのやることは変わらん。討つべきを討ち、為すべきを為す───世の太平のために。とはいえ安心しろ、お前の仕事は私の護衛が主だ。今後はこの()()()な島国の政府や軍の爺どものみならず、世界中の要人から恨みを買う羽目になるんだからな。まったく嬉しい忙しさだ」

 

「ふざけないでください! 大体どうして恨みを買うのが前提なんですか!? 何でも殺しで解決しようとするのは悪い癖ですよ!」

 

 などと説法を試みはしたものの、どう甘く見積もっても十年は言うのが遅かった。

 そもそも此奴は『花菱』の外交官や『彼岸花』の司令官である以前に、三度の飯より"人狩り"が好きな生粋の人格破綻者であることを忘れていた。

 

「木綿喜さ~ん!! 私、船旅って初めてだよぅ! なに持ってけばいいの~?」

 

 とか何とか言っていたらゆきなまで来た。……ゆきなまで来た?

 まさか、この頭に藁でも詰まっていそうな侍かぶれまで連れて行くと!?

 

「……胡桃、辞表ってどこに置いてます?」

 

「あはは、海里さんったら冗談がお上手なんですから。原則として、彼岸花部隊は終身雇用ですわ! そもそも、存在そのものが国家機密のぼくたちを、御蔵座司令が見逃してくださるとお思いで?」

 

「ぬ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!」

 

 畜生、こんなことなら幼少の内に熱病でぽっくり逝っておくべきだった。

 もしくは、祈って縋る仏を間違えたのかも知れない。

 

「まぁまぁまぁ! この四人なら、外国に行ってもきっと楽しいよ!」

 

「能天気もここまで来ると才能ですね?」

 

「海里ちゃんは……嫌?」

 

「……うっ」

 

 そ……そんな幼子みたいな声を出されては、弱い……!

 

「あ。そういえば司令、彼岸花……もとい調査局は解体されますが、ぼくたちの所属はどうなるんですか? 名無しでは不便かと思いますけど」

 

「あぁ」

 

 香木の偽煙草を()()と吹かし、御蔵座はしばらく思案する素振りを見せた。

 焼けた木屑を灰皿に落とす音が、狭い荒家(あばらや)に数度響き───。

 

「そうさな。何十年かかるかはいざ知らず、しかし八咫烏は必ずこの国から進駐軍を追い払う。元より私はそのように動いていたし、いずれは正式に、新たな組織として再出発することとなるだろう」

 

「……気の長い話だこと」

 

「この百と一年で、我が国は決定的に変わった。それが良き未来を築くのか、悪しき結末を招くのかはわからんが……願わくば、二度とこのような悲劇には行き当たって欲しくないものだ」

 

 何の冗談かと思ったが、今度の台詞は茶化す気になれなかった。

 

「うん。なるべく単純(シンプル)で、洗練されたものが良い。あえて英語というのも面白いか……。これからの我々は……」

 

 御蔵座は遠くを見ている。

 遠くて近い、この国の……否、この広い広い世界の行く末を。

 

「─────Direct Attack(ダイレクト・アタック)。我々が、この国最後の"軍隊"(銃を持つ者)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄聞・皇紀弐千六百五年

 

#7 Pledge of peacemaker,Or Way to the next blood

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

























これにて一件落着。
ご愛読、ありがとうございました!
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