漢の勢力図は日々変化する。大勢力であった袁紹は破れ、中原と河北は曹操が実権を握る。先日足場を固めきらないうちに攻めてきた劉備は益州北部を掌握。徐々に南部へ手を広げている状況だ。南という括りでは孫策が袁術を破り名実ともに長江流域の支配者となった。厳虎ら反対勢力を撃破しているものの、未だ袁家所以の人物や地元の豪族の影響力は強く江東の掌握には時間がかかる。劉備と孫策に挟まれた劉表は、孫堅の仇とあって孫策とは仲が悪く、同じ劉姓の好みで劉備と多少交流はある。しかし曹操の大軍勢の前に抗戦派と従属派の激しい政争が繰り広げられている。
さて、残るは漢で最も僻地である涼州である。高祖劉邦の時代から続く異民族からの防衛拠点でありながら、さきの韓遂のように反乱がしばしば起こる複雑な土地である。
今涼州を束ねているのは部族が集まった関内連合の代表である馬騰である。元々は朝廷側に立っていたが反乱軍に寝返った経歴を持つ。しかしその後の涼州統治や異民族討伐などの実績は中原にまで届いていた。
今後の彼女の動向は天下を左右する。曹操や諸葛亮の注目は漢の最西端にあった。
劉備の軍を退けた後、曹操はまたたく間に荊州北部四州を政治的にも軍事的にも一定水準にまで押し上げた。首脳部が腰を落ち着けて茶を楽しむ時間ができたほどだ。そしてこのタイミングで、曹操は馬騰に使者を送った。
「華琳に降伏するよう説得する使者なんだろ? 春蘭で大丈夫なのかな」
夏侯惇、于禁、楽進、程昱らが西に旅立ってから随分経ち、そろそろ彼女たちも帰ってくる頃合いの茶席で一刀は不安の声を漏らした。
「秋蘭のほうが適任だと思うんだけどなぁ」
「たしかに、春蘭様より秋蘭様のほうが交渉は上手そうだよね」
許猪ですら同意するほどだ。たとえ官位や礼の都合があっても納得できないものだった。
「馬騰様は気の良い人です。元譲様とも馬が合うでしょう。しかしおそらく孟徳様に下ることはないでしょう」
「涼州にいた王秀が言うならその可能性は高いわね」
「はい。馬騰様は一度漢に弓引いたお方。民のためだったとはいえ、二度背くことはないでしょう。忠義の方です」
ガイウスが思い出すのは馬騰の館での日々。そして有無を言わさず漢に彼を受け渡そうとした忠の精神。彼が曹操の下にいるのは董卓の慈愛と曹操の人物収集癖があったからに過ぎない。
「あーっ! 隊長たちのこんなとこにいたのー!」
馬騰の人物像に各々思いを馳せていたとき、甲高い叫び声が一同を現実に連れ戻した。涼州に行っていた于禁がずんずんと足音を鳴らしてやってくる。後ろには楽進の姿もある。旅装のままの上、土埃もそこかしこについている。帰還して間もないのだろう。
「あら。遠征ご苦労さま」
「はっ。間もなく春蘭様たちも参られます」
「では謁見の間で報告を聞くとしましょうか。季衣、流流。皆を集めてちょうだい」
「はいっ!」
***
馬騰の返事はガイウスの読み通りであった。夏侯惇によれば公平にして勇敢、そして豪傑。老いてはいるものの馬超にも引けを取らないだろうという人物眼である。
「双璧と呼ばれた韓文約さんも第一線を退かれましたし、前時代の英雄最後の一人と呼ばれるのは伊達ではないかと」
程昱の漏らした言葉に、ガイウスは横っ面を殴られた心地だった。
「文約様が……?」
自らの価値を見出す先見性と知識。涼州の安寧を導いた外交力。なにより姜族らを束ねたカリスマ性と軍事能力。いずれも曹操の部下に引けを取らない人物だった。食い違う常識を束ねるには政より武が物を言う。それが彼女を蝕んでいったのだろうか。
ガイウスが思案している間にも会議は粛々と進む。涼州と戦う意義、そしてその作戦。まずは潼関に陣営を設けて敵本拠地近くまで安全に兵や糧食を輸送できる体勢づくりが行われることになった。その大将は曹仁。補佐に郭嘉と曹純が据えられる。
「あとは王秀。あなたも行きなさい。敵を最も知るのはあなたよ。華侖を支えてあげてちょうだい」
「しかし私は涼州ではほとんど馬家におりました。戦の経験も北宮殿や韓文約様の指揮下で僅かなことです」
「敵の軍師は凛が読む。大将の機敏はあなたが知る。簡単じゃない」
「それがあなたのお考えならば、謹んで拝命します」
包拳を作り一例。一度会議に出ている者たちの群の中に退くと、そんなガイウスの袖がわずかに引っ張られる感触があった。
おや、と思い後ろを見れば、大将に抜擢されて喜色満面だった曹仁が分かりやすく不満げにジト目で彼を見上げていた。
「秀っちはあたしの下で働くのが嫌……なんすか?」
膨れ面は途端になりを潜め、眉を下げて不安を顕に尋ねてくる。
「いえ、そうではありません。私が何の役に立つのかは不安だったのです」
「ほんとっすか? それならあたしとお揃いっすね。初めての大将。春蘭やシャンみたいに上手くやれるか分かんないっす。でもでも、華琳姉の期待には絶対応えるっすよ!」
まだ花開く前の少女を前に、ガイウスは己の役目を意識した。
(この娘に一軍を率いる将の背中を見せ、少しでも得られるものがあるようにせねば。それも曹一門のご令嬢にとは……孟徳様の注文はいつも厳しい)
***
動くと決まったなら早ければ早い方が良いものの一つが軍の出立である。各人が五日分ほどの糧食を持ち、行軍の中ほどに全軍の二十日分の糧食を馬車で牽く。これは曹洪がすぐに手配できる全てであった。縦に長い軍隊は最前列に曹純と郭嘉、半ばを曹仁、後方にガイウスと程昱の組み合わせて行進した。曹純の騎兵が常に斥候を放っているので、郭嘉は最善のルートを選択することができた。
また、早馬を出しているので途中にある洛陽でもわずかながら補給ができる。それでも足りない分は陳留周辺から集めた分を一刀と三羽烏の四人が運んでくる予定である。さらに本体は冀州の収穫を待って出発することになっている。
一刀がもたらした鐙という馬具のおかげで安定しているガイウスの体躯に背を預けて、程昱は簡単に今回の目的地周辺の地理を教える。実のところ、涼州からやってきたとはいえ、この辺りの地域は 董卓に連れられて洛陽まで移動したのでほとんど知らない。
「潼関は洛陽と長安の間にある関所なのです。洛陽から長安まではずっと北に川があります。南には山がいくつもあって起伏に富んでいるので、ふつうは川に沿って移動をするのですが、潼関はそこを遮るようにあるのですよ」
城や関は自然の要害に建てられればより強くなる。その点では優れた防衛地点であるのだろう。さらに潼関のところで黄河と渭水の二つの川が合流するので、南岸は激しくなっている。
「二つの川ですか。敵の正面以外に回るならばここが肝要になりますね」
「砦を落とすのも大変ですし~、迂回するのも面倒なのです」
洛陽を越えて長安まで半ばという頃である。偵察に出ていた部隊が潼関より手前に駐屯しているのを発見した。
潼関が既に突破されていることに疑問はない。最後に戦場になったのは◯◯の頃で、それ以降は通行用の関としてしか使われていなかったからだ。さらに涼州の軍閥は三輔にも多くいる。董卓の件でいっとき漢中に避難していた者たちを涼州出身の将が密かに取り込んでいたからだ。
「平原での野戦となりそうですね」
郭嘉の読みは曹仁以外にはすぐに伝わった。騎兵を多数擁する涼州連合は関での籠城は不得手だ。仮に破れても平原なら機動力を活かして并州に逃げられる。
「であれば王秀殿に前曲をお任せしましょう。例の装甲の厚い歩兵を中央に集中させてください。この両翼は次第に後退してもらいます。突出した敵の側面を華侖様と柳琳様に押しつぶしてもらいましょう。ほどよく敵が包囲を脱したら軽く追撃すれば十分でしょう」
「風たちは弓兵を率いて貰って前曲とぶつかるまでの牽制をしますね~。その後は両翼のお二人の不利なほうに加勢しますので安心してください」
本来の包囲陣では前線中央に弱い兵を配置して釣るのが定石である。しかし緒戦ということもあり、あえて最も固いガイウスの兵を中央に用いて左右で釣り、包囲できそうだと過たせることで兵の損耗を減らす策を軍師たちは提示した。
「分かりました。では私の部隊に道中木の枝を集めさせてください」
「ふむぅ? お兄さん、それはどうしてですか?」
「短槍を作ります。兵には効かないと思いますが、一斉に投げれば馬は驚くでしょう」
「数日待てば物資の補給があります。矢も惜しまず使ってください」
***
「第一隊投錨。後大盾を構えて突撃!」
一斉に飛来した木製の短槍が馬の視界に広がる。驚きで制御を失ったり二足立ちをした馬の列に、ガイウス隊の最前列に位置する重装歩兵が大盾を両手で保持して体当たりを仕掛けた。
元来馬は臆病な性格の生物である。鉄の塊が迫ってくるのでさらに混乱は増し、中には馬の背から投げ出される兵もあった。
「槍構え! 騎手を狙って押し込め!」
盾の隙間から長槍が振り下ろされる。軽装の彼らは殴打されて落馬していく。残った馬は盾と槍から逃れようと後方に下がり、曹仁軍は作戦通り中央が前に突出した形になる。
「少しやりすぎましたか?」
「いえいえ。敵さんが思ったより弱かったので両翼が拮抗してしまっているみたいなので大丈夫です。ではでは〜銅鑼を鳴らしましょう」
合図とともに、曹仁と曹純の騎兵が大きく迂回して敵側面へ移動を始める。同時に両翼の軽歩兵も盾に身をひそめるように防戦を演じ、徐々に後退を始める。そうなれば、敵は中央の部隊の側面へも兵力を一部割いて包囲を始める。
「かかったっすねー! 全員横から思いっきり突撃ー!」
「姉さんが動きました! 皆さん、行きます!」
その側面をそれぞれ千の騎兵隊が襲撃。騎兵は側面攻撃に弱い。しかし曹仁たちに正面を向ければガイウスの兵に弱点をさらすことになる。そして彼らの悪夢は終わらない。
「う、後ろにも騎兵だ!」
「このままだと囲まれるぞ!」
二人の騎兵がゆっくりと包囲を始める。敵部隊のそこいらから悲鳴が上がる。もちろん、郭嘉の仕込みも何人かある。
「ここは華琳様の領! この場で反旗を翻した者に情けはいりません。殲滅!」
副将郭嘉の宣言とともに激しく銅鑼が鳴らされる。包囲完了の合図である。この段階で半数の敵が四方からの攻撃で息絶えていた。残るはなんとか包囲される前に後方に脱出した者たちだけである。
「それにしても部隊長の貴方が本陣にいるのはおかしな心地です」
「ローマでは指揮官は対局を見られなければなりませんから必ず司令部にいます。将軍の死が与える影響も看過できません」
「おうおう。軍師の役割は風に任せろよ」
戦闘時間わずか一時間弱。敵は潼関を越えてきた先遣隊と三輔に潜んでいた敵対勢力が合流したものだった。
***
敵勢力のほとんどを一網打尽にしたとはいえ、洛陽を越えたこの地は敵地である。かつて何進の率いる官軍の将であった李郭が長安を占拠していた。これを解放したのが涼州連合である。あまりの悪政に逃げ出す人民を救うために李郭を打ち倒し、長安の民に歓迎されて涼州連合の将がここを治めている。そのため、ガイウスたちはちょうど曹操領と涼州連合領の境界線にいる。
「ふむ。やはり潼関には既に別の軍が入ったようですね」
行軍の最中、放っていた斥候隊から受け取った竹簡に目を通し終えた郭嘉は眼鏡のつるを持ち上げて思案に耽った。
曹操からの指示は前線基地を築くことだ。潼関が容易く抜ける砦であれば潼関そのものを前線基地にすればいい。しかし報告によると潼関に入った人物は「馬」の旗を持つ人物である。一族の者を寄越すからには相応の兵数を率いているだろう。この点は曹仁がいるこちらも同じである。
「王秀殿。錦馬超が騎兵五千を率いてきた場合、二刻でどのくらいの距離を進めますか?」
「一里半は進むでしょう」
「そうなると……防衛の視点では三里は欲しいところですね。しかし野戦が可能なほど距離を開けてしまえば交戦の際に不利となる」
「凛ちゃん、凛ちゃん。ならいっそのこと、騎馬で攻められない陣営を築いてしまえばいいのですよ」
扇子で口元を隠してほくそ笑む程昱。彼女の視線は併走して馬を駆るガイウスを捉えていた。
「ほら、あれですよ。かすとらですよ」
「ああ。ここでカストラを築けばよろしいのですね」
「そうですそうです。早く大きく、頑丈なものをお願いしますね?」
「任されました」
カストラとはローマ軍団の陣営のことだ。この時代の中国大陸では主に木の柵で囲った陣地に天幕を張り、いくつかの見張り台を建てて防衛していた。一方でローマ軍団は陣営と言ってもかなり細分化して、必要な規模のものを設置していた。一夜過ごすためのものから数週間の拠点になるものなどである。そして陣営の構築というのはとても無防備になるので、どのような規模のカストラを築くにしても速度が重要視されていた。
「測量長、野営地に赴いて計画を練ってください。奉公殿、予定地まで案内をつけていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「歩兵よ、休息は終わりだ。急ぎ野営地へ向かって陣の構築を始めます」
「おう。何でもやるよ」
***
「なんだありゃ……?」
潼関の物見櫓から恐るべき視力で以って東方を見ていた馬超はいつの間にか形づくられていく人工物に唖然とした。
山脈の中にある潼関に対して、北東の黄河近くに築かれたそれはまず石の壁で出来ていた。小高い位置に作られているので壁の向こうは物見櫓からさえも見えない。おまけに潼関と平行に作られているので奥行も分かりづらかった。石の壁の手前には堀がある。
それにしても立地が見事である。潼関から攻めようとすれば、一度平原に降りて再び坂を登らなければならない。すぐそばには山があるので馬を置いていかなければならないし、回り込むには労力が必要だ。
一方で曹操軍からすれば最も安全な補給路を潼関から守る位置にある。黄河を使って物の運搬ができる上に飲み水にも困らない。とても優れた場所にある。こういう陣営の設置場所の選定はローマ軍が最も重要視していたことの一つである。ガイウスも史書などからそれを学んでいた。
「堀は必ず馬が跳べない距離を等しい距離で作ってください」
「深さはこの棒にある印が大地に来るまで掘りなさい」
「山から運んできた石を土壁に沿って積み上げなさい。そして石壁の上に木の柵を巡らせるのです」
外壁だけでもガイウスの指示はこのように多岐にわたった。ガイウスの部隊にはこのための工兵がいるので、彼らがリーダーとなって作業を円滑に進める。しかし当然ながら全てが迅速に行われたわけではなかった。
「お兄さんもなかなか悪知恵が働きますねー」
「表側は立派な石造りなのに、他は全部土壁のままでいいんすか?」
「華侖様、そこがお兄さんの企みなんですよ。この陣はまっすぐ潼関に向いていますから、斥候でも出さない限り横も裏も見えないのです。つまり、後回しにしても全然バレないというわけでしてー」
「はえ~。だから正面の作業が早いってことっすか。あ、もう櫓まで作り始めてるっす」
ガイウスの策により、正面側はわずか一日で堀、石壁の塀、門と二つの櫓が揃った堅牢な砦が構築された。当然他の面は最低限の野営用の域のものである。
その夜のうちに、馬超は敵の砦を把握しようと斥候を出した。しかし近づけば近づくほど立派な塀と門であることが分かり、煌々と松明の火が灯された櫓では弓兵が幾人も周囲を警戒している。奥の方に目を向けてみると、正面とは真逆に灯りは絶やされてどのような作りになっているのか全く分からない。さらに敵も斥候を出しているらしく、数名の騎兵が砦の正面を中心に旋回している。それを見て斥候は「実に堅牢で砦を攻めて戦うのは困難だ」と口にした。
夜が明けると、ガイウスは山側の側面の城壁を強固にする指示と、物資を保管してある一角(洪水対策で山の方に決めた)を土壁で覆い、火災の対策も行った。前者は主に曹純が行い、後者は曹仁が担当した。
太陽が高く上がろうというときだった。
「錦の旗に馬の印。錦馬超です!」
櫓からの報告に、ガイウスは門の上に駆けあがった。そこには既に程昱と曹仁の姿もある。
「お早いご到着ですね」
「風はここから全体の進捗を把握していたのです」
昼寝をしていたともいう。
「二人とも、何をのんびりしてるっすか! 敵は騎兵で数は……あれ、五百?」
「馬の旗があります。おそらく孟起殿でしょう」
馬超は砦から一里の距離を保って兵を停止させた。そして中央からさらに数歩前に出て、背をのけぞらせて大きく息を吸い込む。そして周囲の山々に反響するほどの大声量で声を発した。
「西涼連合の主として告げる! 曹軍の大将は誰か!」
程昱の脳裏に敵の取りうる策がいくつも浮かぶ。しかしまぁ恐れるようなことにはならないだろうと結論付けて、再び微睡んだ。
「私っす! よーし、私たちもあっちに行くっすよ! 騎兵を五百用意するっす!」
「私も御供しましょう」
「ほんとっすか? 秀っちが来てくれるなら百人力っす!」
ほどなくして両軍は一列になって対峙した。その先で、馬超と曹仁が槍も届こうかという距離で相対する。
これから行われるのは舌戦である。兵士が戦うだけが戦ではない。軍事行動の正当性を弁術を以て主張しあう。勝利すれば味方の士気は上がりその後の行動も有利に進む。儒教が国教である漢では五徳すなわち仁義礼智信を味方や敵のみならず中華に示す。これは大将の頭脳と意志が物を言う戦いである。
「母馬騰は漢の臣だ! 皇帝陛下から預かる涼州を日々異民族から守っている。関中連合も同じ思いだ。曹孟徳は漢の臣でありながら野心を明らかにし領土を求めている。アタシたち涼州は漢に弓引くお前達へ下ることはない。これより先に進むならば涼州の戦い方を見せてやる!」
栗毛の馬の上で、長い髪を靡かせながら馬超は毅然と口上を述べた。それはガイウスも知らない馬家ひいては関中連合を率いる大将としての風格を備えた武将の姿である。
「か、華琳姉は悪い考えで戦をしてるんじゃないっす! もっと民のためとか国のためにやってるんすよ。だから涼州が下ることはきっと将来のためって思うっす!」
「はっ。大将と聞いて呆れるよ。なんだその弱い口上は。何にも伝わってこないぞ。アタシたちは土地と民の生活、そして忠義のために戦うんだ。反論できないなら下がってろ!」
うう、と怯んだ曹仁に同調して馬が後退する。初の大将に舌戦。元来優しい彼女にはあまり向いていないのかもしれない。
後退した曹仁に追い打ちをかけようとする馬超を見て、ガイウスは馬を一歩前に進ませた。
「お久しぶりです、孟起殿」
「……剴植粛。これは大将同士の舌戦だ。邪魔をするな」
一瞬、兜の隙間から覗くガイウスの顔を見て馬超の表情が強ばる。
「なに、大将はこれが初のお役目。私は孟徳様からお目付けを命じられていますので、ここらでご容赦をお願いします」
「……ふん。まぁ弱い者虐めは趣味じゃないから別にいいさ」
「ありがとうございます。ところで私は名を改めまして、西王秀とお呼びください」
「……そうか」
やはり馬超は正義感に強く公平を重んじる。そして未だガイウスに情がある。そこまで確認してガイウスは次の手を打つ。
「ところで他の姉妹方が見当たりませんね。別働隊ですか? だとすれば我が大秦式軍隊にご注意を。大秦は騎馬との戦いに慣れていますからね。ふふ……」
「なっ!?」
「まぁ、天下の大事に涼州のみしか考えられない涼州連合にどうこうすることもできないでしょう。受けた恩は返します。死罪だけは免れるよう取り計らいますので、早めに降伏なさってください。では」
言うだけ言って、ガイウスは曹仁とともに砦に帰還する。舌戦では馬超が優勢で涼州連合の士気は上がった。しかしその後のガイウスとのやりとりで、馬超はひどく動揺していた。
馬超はガイウスからギリシャやローマなど戦の話を聞いている。味方からの報告ではそのような戦いの気配はない。しかし自信たっぷりに話すガイウスの言葉に現実味を感じてしまっていた。さらにいえば名将に憧れる馬超にとって、天下の大事と故郷の安全を量る言葉は大きなしこりとなっていた。
「秀っち、すごいっすね……」
帰路、ややペースが遅い曹仁の呟いた言葉に、ガイウスは振り返った。
「敵の大将と対等にやりあって、ううん。むしろびびらせてたっす。それに比べたらあたしは……」
「あれは風様の考えたものです。私は芝居をしていたのです」
「そ、そうなんすか!?」
ガイウスは程昱に絶対の信頼を置いている。舌戦があればどうなるかを曹仁やガイウスのもたらした馬超の性格を元に程昱は事前にいくつかのパターンの口上を作成していた。
「私に舌戦による戦への影響は分かりません。だから風様を頼ったのです。曹仁様は己の言葉をお持ちです。その言葉は力を持っています。ですが一人で背負うことはないと思いますよ」
二人は完成した堀にかけられた板を渡って陣に戻った。
お久しぶりです。
潼関の戦いは原作ではかなり改変されていますが、こちらもアレンジしています。
この後のシナリオに苦戦していたので遅くなりましたが、道筋はついたので投下します。