コツコツ千字ずつ西涼篇を書き、推敲してたらこんなに期間が空いてしまいました……。
よかったら目を通してやってください。
追記
数話にわたって誤字修正のご指摘をいただきました。通しで目を通して頂いたことも含めてありがとうございました!
ガイウスは膝をついて頭を垂れた。胸にはヒナゲシの束が握られている。別名は虞美人草。故人を弔う際に飾る花の一つだ。
彼の正面には墓がある。代々一族の者が弔われてきた隠れた場所でいくつもの墓に囲まれて佇んでいる。立派な石に簡素だが丁寧な装飾が施されている。墓の主は馬騰。字を寿成という。
彼女とは敵対する関係にあったが、そこに至るまではずいぶんと複雑な道のりがあった。しかし最も鮮明に思い出すのは彼女の背に掴まって馬家を出たときのことだ。まったく情がわいていなかったわけでもないというのに、彼女は義のためにガイウスを韓遂の下へ運んだ。その結果、ガイウスは曹操の臣下となり今に至る。
自刃だったそうだが、詳細は曹操が誰にも語らせなかったので不明である。ただ涼州の者たちに馬騰を託し、自らは最上の墓を用意させたのだった。
ガイウスは馬騰本人から伝言を託されたという女中によって墓所を知らされた。馬超たちへ伝えろということかもしれなかったが、彼自身も足を運ばずにいられなかった。
そばには誰もいない。馬家とそれに近しい者、そしてガイウスしか知らない場所だ。曹操でさえも知らない。
ガイウスは脇に置いていた酒瓶と盃を手に取った。ガラスで出来た美しい杯はローマ産のものである。それに酒瓶から葡萄酒をなみなみ注ぐと彼女の墓前にヒゲナシとともに置いた。
「涼州は私に託されました。必ず平穏な土地にします」
ガイウスはそれだけを口にしてその場を去った。
***
曹操の軍勢が武威に到達した後、瞬く間に反乱を起こしていた首謀者たちは討たれた。なかには遠く并州まで逃げた将もいたが、馬騰と戦えなかった無念を晴らすがごとき勢いで討伐された。ただ馬一族の四人だけが蜀に逃れたという。
これで曹操は北は幽州から西は涼州。さらには荊州の一部までを抱える最大勢力となる。
「次は漢中を攻める」
文武のトップたちが集まる謁見の間で、曹操は宣言した。中華にはいくつかの勢力が残っているがほとんどが南にある。中でも曹操が目をかけているのが江東の孫策と巴蜀の劉備である。有象無象は曹操と彼女たちとの戦いの中で吸収されるか消滅していくだろう。これはここにいる全ての者の共通見解だ。
孫策は揚州を手にしたが、ここには根強い豪族支配がある。特に呉の四性(張氏・顧氏・朱氏・陸氏)の持つ力は強く、孫堅が陸氏を敵に回していたので掌握に時間がかかっていた。未だ万全ではない孫策との戦を望む曹操ではない。
一方劉備は宛への侵攻や馬超との戦に賈詡を派遣するなど度々衝突している。今は南蛮攻略を行っているという情報があるが、益州を攻めるにあたって漢中の攻略は必須である。
「当然この軍は私自ら率いるわ。春蘭、秋蘭、季衣、流琉は一緒に来なさい」
「ふん、当然だな」
「やった! 一緒に戦えるね、流琉」
「うん!」
喜ぶ将もいれば居残りを命じられて不満を隠さない者もいる。荀彧は歯噛みしながら自らの役割を理解しているために夏侯惇を恨めしげににらみつけていた。
しかし他にも名前の挙がらなかった者はいる。陳留に詰めておくのかと疑問に思った一刀が挙手をした。
「なあ華琳。他の人たちはどうするんだ?」
「もちろん仕事があるに決まっているでしょう。第一に孫伯符からの備えをしなくてはならないわ。ここの備えはそうね……一刀、そろそろあなたにも一軍を率いてもらいましょう」
「えっ?」
「特別に好きな将をつけてあげるわ。言ってみなさい」
これが合肥の戦いであることは未来の知識がる一刀にはすぐに理解できた。合肥といえば張遼だ。しかしその戦いの概容は十万の孫呉の軍勢を一万の兵で守るというものである。未来の知識を語ることを禁じられている一刀が迷っているあいだに漢中戦に参加できなかった張遼と徐晃が自ら名乗り上げ、奇策の使い手である程昱が軍師として付けられた。これに彼の部下である楽進、李典、于禁が加わる。
「さて、第二に陳留から全体を俯瞰しながら河北の監督と行う必要があるわね。当然ここは桂花が中心になってもらうわ。そして華侖、柳琳、栄華、燈、喜雨に働いてもらうわ。ああ、張三姉妹と傾たちは河北で巡行をしてもらいましょう」
ここまで来て、名前の挙がっていない者はガイウスと郭嘉の二人になった。
「残る二人はここ長安から西涼を掌握なさい。必要とあらば人材を登用して配置してもいいわ。王秀、いえ凱烏。あなたを雍州牧に任じる。この意味がわかるわね?」
雍州とは長安より西、今回獲得した領土のうち最も西の四郡を除いた11郡のことである。そこには彼がかつて身を寄せていた冀県(天水郡)や馬騰の拠点があった武威郡も含まれる。
「か、華琳様。今、こいつの真名を……」
荀彧の顔が真っ青になって足元がふらつく。これまで彼女が真名を呼んだ男性は一刀一人だった。それも特殊な理由があってこそのことだったが、今回は今まで字で呼んでいたものを彼女自ら真名に呼び直したのだ。
「潼関での働きは見事だった。今まで築いた実績と併せて真名を許すに足ると判断したまで。分かったかしら? 桂花、凱烏?」
「はい……」
「承知しました。華琳様」
ガイウスが彼女の真名を呼ぶと、曹操は満足げに笑った。
「では雍州および涼州のことは任せたわ。ああ、それと漢中を攻めるのはここ長安からとするわ。補給線についてはあなたたちに一任します」
***
軍備を整える曹操たちを他所に、ガイウスと郭嘉は小部屋で会議を行っていた。
表向き馬騰が討たれて馬超も敗走。さらに、主だった反乱者たちも討伐されたというのに小規模な反乱はなおも各地で続いている。
これは長年西涼が朝廷から切り離された独立地帯だったことが大きく影響している。漢民族でさえ中央からの変革に戦々恐々としているのだ。異民族はさらに激しく抵抗を覚えている。
この地に安寧をもたらすのは困難な事業である。
「風からあなたの補佐をするにあたっての情報は聞いています。政や軍師としての能力は現段階では低いということも」
直截だが間違ってはいない。そこでガイウスは程昱に対するのと同じように彼女に今後の指針を尋ねた。
「第一に人材の確保です。華琳様の配下は頴川閥と冀州閥がほとんど」
「土地の者を重用するのですね」
これは世界各国共通の政治のあり方だ。領土が広がるほど直轄統治は難しくなる。近しいものを派遣する手法もあるが、反乱の危険もある。
現地の人間を重用するのは、その土地を尊重しているというパフォーマンスでもあり、内情に詳しいという実利も兼ねる。
「おそらく県尉以下の官吏は据え置きとなるでしょう。太守が目を光らせて監督させるのが良いと思います。登用した中で優秀な者を太守に充てがえば風聞も良いかと」
「凛殿は風さんと違って理路整然としている。軍師といっても様々なのですね」
程昱は型破りな軍師だ。あれと比較されてはたまったものではないと郭嘉は眼鏡を直すふりをして話題を変えた。
ちなみに主である曹操に真名を許されたことは大きく、彼女に従う多くの人が彼と真名を交換した。数名拒否をしているが、ガイウスは特に気にした様子はない。
「第二に豪族の説得です。西涼の特異性は刺史よりも豪族が力を持ちすぎているということ。彼らを味方につけなければ安定は無理でしょう」
「たしかに西域でも町や部族ごとの独立性は高かった。ここは土地柄そういう風習があるのでしょう」
「ですが手ぶらで訪れても軽く見られるだけです。したがって私たちには二つのものが必要となります」
「二つのもの?」
「共生と名声です」
共生。すなわち現地の人を重用して尊厳を保ち、しかし曹操の統治は行き届かせる。地位と表現しなかったのはこのためで、難しい舵取りが必要になるのは必至だ。
郭嘉ほどの人材をいつまでも西涼安撫に使う曹操ではない。ガイウスの将器を考えればいずれ孫策や劉備との戦に駆り出されるだろう。
したがって、二人はこの舵取りが可能な人物を発見しなければならない。
名声。西涼の人間は異民族と隣り合わせで生きていたというだけあって、力が物を言う場面が多い。曹操というトップの力は先の戦で認められただろう。しかしその使者は異なる。ゆえにガイウスは西涼に蔓延る反乱の芽や不正を武力を以て鎮圧し、曹軍に西凱ありと言わせしめねばならないのだ。曹操はこれを見越してガイウスを州刺史ではなく軍権を持つ州牧に任じた。
「西に行くほど情勢は不穏になります。まずは足元から固めるのが定石ですが、凱烏殿にはここを攻めてもらいます」
それは雍州の西。中華の外。かつて韓遂が旗頭となった反乱の将だった宋建が築いた独立国だった。
「なるほど。文約様の名は未だ健在。離反した逆賊を討つのに西涼の民も文句は言えない」
「はい。事が成れば韓文約の名声があなたに宿るでしょう」
「私もかつては文約様の下で戦った者。おめおめと逃げた卑怯者を誅することに躊躇はありません」
馬超の連合にも参加しなかった卑怯者だ。誰もが文句をつけれない悪逆の偽王。ガイウスはこの行軍にやる気を漲らせていた。
***
一方、並行して郭嘉は西涼の人材を確認していた。豪族の影響が強い西涼にも漢の時代から推挙された者がいる。特に刺史は漢から任じられていて、その下で働くものは現地で推挙された有能な人材だ。
また、西涼にも名士はいる。たとえば賈詡は武威郡の豪族賈氏の出だ。本人は名士としての側面も持つ。若者は賈詡について蜀へ移住したようだが、老齢のものは武威に残っている。
郭嘉は彼らを厚遇した。優れた人材の一族を害することは曹操の趣旨に反するし、離間の計につながるという打算もある。
その他、西平の郭氏(郭嘉との血縁はない)を取り込めばかなり統治は楽になるだろう。
漢の官吏にも優秀なものはいる。漢陽郡出身の閻温、楊阜、趙昂、羌叙、王霊らは馬超勢力には組みせずにいた。閻温は天水郡上邽の県令で、楊阜は安定郡長史だった。趙昂もまた羌道県令の経験がある。
彼らのような人材の上に老齢の閻行、豪族の郭智を置く。さらに司隸からこの地に詳しい張既、杜畿といった人材を呼ぶことで監視する役目を与えた。この張既という人物がガイウスと郭嘉が去った後の西涼を上手く治めていくことになる。
この度現地の官吏を検め、隠れた人材を探すにあたって郭嘉はガイウスに直接彼らを訪れるように伝えた。幸いにも宋建のいる枹罕は隴西郡の西にある。漢陽郡や金城郡はその周囲にあるので軍勢とは別に行動をしても戦闘には十分に間に合う。
その中の一人、郭智という人物がある。彼は青洲で太守をしていたことがあった。そのとき、杜畿と知己を得た。杜畿は荀彧が推挙した人物なので能力に間違いはない。郭智自身は金城郡の豪族であり、一帯に人脈がある。
「宋建は巴蜀と通じている可能性があります」
彼を訪れると、ひとしきり歓待を受けた後、別室で老いた男が面談に訪れた若いガイウスに頭を垂れてそう告げた。河首平漢王を自称する宋建の国は漢の領土でも西の国境に接している。羌や氐の領域を通れば蜀の土地まで通じている。特に川を使えば一気に成都の近くまで行くことができるという。また、これらの異民族は劉玄徳――いや、諸葛孔明と協力関係にあるという。
「速やかにこれを討とうとするのであれば、どうか我が娘をお使いください」
「ふむ」
「郭沖と言います。見目に覇気はありませんが、伯侯様(杜畿)には郭家を継ぐに値する器であると評して頂いております」
この時代において名士による人物評価は最大の資格である。前漢の宣帝の時代に活躍した杜延年の子孫という家柄の杜畿による評価は無視できる存在ではない。いずれ曹操によって能力で計られるにせよ、今は重用するしかない。
「わかりました。では宋建の城を攻める力になっていただきましょう」
翌朝、郭沖は二人の武者を連れて家の前で待機していた。
一人は若く郭沖と同じ年ごろの男で、あまり身体を鍛えている様子はない。文官の印象を受けた。もう一方は壮年の男で、ガイウスは彼を見ておやと思った。
「あなたはもしや」
そう問いかけると、男は兜を脱いでガイウスに顔をはっきりと見せた。頭髪にいくらか白いものが混じっているが覚えのある顔だった。
「文約様の下にいらっしゃった」
「うむ。久しいな。異国の男よ」
男の名は成公英という。韓遂の度重なる反乱に付き従ってきた男だ。しかしなぜそのような人物が馬超とともにいないのだろうか。盟友馬騰が没したとあれば彼女の側にいそうなものだ。
それが顔に出ていたのだろう。成公英はにやりと笑った。
「はっはっは。曹孟徳の将となったと聞いていたがまだ若いな。俺はここにやり残したことがあったのでお前を待っていた」
「私を?」
「おうさ。俺たちが始めた反乱で、ただ一人涼州のために戦わずに引き籠った腑抜けがいる。やつらがいては巴蜀のやつらが曹孟徳を攻めるのにこの地を通る。西涼を戦場にするのは許さん」
成公英のいうところによれば、河川などを伝って隴西の地まで来ることは巴蜀の北や東にある桟道を行くよりは安全なのだそうだ。それは今のところ完全に曹操に伏していない涼州が格好の隠れ蓑になるからだ。劉玄徳が涼州を得た場合、曹孟徳の治める今より自治を確実なものにできるとふんだ宋建は進んで道の整備を行い、物資を運んでいるという。
郡県を巡回しては有能な若者を召し上げている異国の者がいると聞いて、これはあのときの奴隷に違いないと韓遂から言われてやってきたそうだ。
「文約様はどうしておいでですか?」
「病に伏せている。寿成が逝ってからは一層悪くなった。ゆえに一刻も早く憂いを断たねばならん」
「分かりました。この軍で宋建を討ってご挨拶に伺いましょう」
「おう、頼む。あとこいつも同行させたい。酒泉の龐子異という。太守の横暴に官職を捨てて首を獲ろうとした烈士だ」
紹介された男をもう一度見てみると、体格こそ兵士に劣るが眼光が鋭くガイウスを観察しているようだった。
「分かりました。三人には先導を任せます。予備隊五百を預けますので上手く活用してください」
ガイウスは今回の宋建討伐に六千の兵を率いている。幾つかの有望な官吏のいる郡県を巡っていく都合、あまり多くを率いてはいない。また、彼の軍隊の特徴は隊の有機的な運用であるため、余分な兵はいない。そこで最後方でいざというときに投入される予備隊を彼らに託すことにした。
宋建が漢の領土を勝手に切り取っているのは隴西郡の枹罕県というところだ。彼の故郷であり、漢を真似て百官を置いて国を名乗っている。しかし百官とはいっても県の有力者や宋建の取り巻きを束ねたものに過ぎない。
「第一列、防衛線を構築。第三列、両翼より前に出よ」
宋建の国を守る者は他にない。事実上同盟を組んでいる蜀や異民族がいるが、必ず援軍を送ってくれるというわけではない。籠城はできずに城の前で布陣せざるを得ない。
さらに曹操の軍といえども率いているのは異国の者であり、遊撃に出ている成公英もまた韓遂の下で西涼の圧政に逆らった人物である。異民族にとっては利はどちらかにあるかということだけが重要だった。
「私は馬寿成に代わってこの地を治める曹孟徳が名代、大秦の西王秀! 宋建討伐を邪魔せぬ者は見逃そう。速やかに去れ!」
そう告げると国境を守っていた兵士の二割か三割が逃げ出した。氐族や羌族である。逃げる兵を留めようとする宋建兵を左右から軽歩兵と投擲兵が襲い掛かる。最前列の重歩兵が巨大な盾を構えてじりじりと迫ってくるのを見て、哀れな兵たちは逃げ場を探す。しかし後方にはどこに潜んでいたのか、成公英たちが兵を率いて包囲を完成させた。
「無念……」
宋建はただの兵卒によって斬られた。
***
ガイウスが長安に帰還したのはその戦から二週間経ってからのことだった。
どうして自分の周りには呑気な人間ばかり寄ってくるのだろう、と郭嘉は深くため息をついた。これを程昱が聞けばこう答えただろう。
「凛ちゃんがいれば多少適当にしていても何とかしてくれるので、風を堕落させる凛ちゃんがいけないと思います」
他にも夏侯惇であれば「凛に任せれば大丈夫」と答え、張遼であれば「凛やったらあんま厳しく叱らんし〜?」などと答えるだろう。つまりは力を抜けない己の生真面目さに原因がある。そうと分かっていてもどうしようもない性分なのだから改善の道筋が見つからないのだ。
すべてを理解している郭嘉はこの苦労を共に出来るのはきっと夏侯淵だけだろうと感じていた。荀彧は烈火の如く怒るので、彼女を前にして気を抜けられるのは数名しかいない。
自分も怒り方を学んだほうがいいのだろうかと思案しているところに、扉がノックされた。
「ん、んっ! 凱烏殿! 一度連絡を寄こしたきり軍を放って音沙汰なしとか何事ですか! 今周囲がどのように変化をしていると思っているのです。華琳様はもう漢中を手中にして陳留に帰還なされたというのに……。雍州の掌握が済んだ報告を送れば華琳様に褒めて、ほめ……ぶふはっ」
「……よくわかりませんが、たしか首筋をこうすればよいのでしたね」
扉を開けるなり叱責の言葉が飛んできた。さしもの郭嘉も怒るのかと驚いたが、数秒も保たずに血しぶきを天井まで散らす光景に仰天する。しかしこれは全くの予想外のことではない。
とんとん、と一定の調子で叩くと郭嘉の鼻から伝う血が止む。これは程昱から伝え聞いていたもしものときの郭嘉の扱い方という知識だ。
せっかく怒る練習をしてみたのに、桃色の妄想がすべてを台無しにした。郭嘉は空虚な気持ちで天井を眺めることにした。
郭嘉が何を考えて放心しているのかは分からないが、時間を余計に使った理由を報告しなければならない。ガイウスは郭嘉の執務机の前に戻って咳ばらいをした。
「この度は予想以上に時間をかけてしまい申し訳ありません。つきましては不在の間の収穫を報告します」
さすがに物見遊山ではなかったことに郭嘉は内心ほっとする。かつての旅仲間にそういう輩がいたからだ。
「まずは巴蜀の動向からお伝えします。どうやら宋建は彼女らとつながっていたのは間違いありません。我々が漢中を越えて南下した際には後背を突く約定があった模様です」
「ええ。それは予想していました。報酬は蜀が西涼を切り取った後に国として認めることでしょう」
「羌族、氐族も上手く懐柔されている様子。これは諸葛孔明の手腕と馬孟起の働きかけによるものです」
「馬孟起ですか?」
長安以西で曹操に敗れた後、漢中方面へ逃げたのは多くの将兵が目にしている。その後曹操自ら古城に立てこもる馬超一味の一人、馬岱と対話している。その中には劉玄徳配下の将もいたという。通常ならばそのまま南下して巴蜀に入りその傘下に収まるはずだ。
「どうやら馬一族は西涼の豪族、とりわけ華琳様に否定的な豪族を訪ねて回っているようです。これは宋建を討つ際に同行した酒泉の烈士が太守と会談する様子を目撃しています」
「なるほど……。こちらより先に人材を確保するとともに、反乱の芽を残していったというわけですか。それで、馬孟起の足取りはつかめましたか?」
「いえ、斥候を放っておりますがここは彼女たちの庭です。早晩見つからないでしょう」
既に掌握できていたと思っていた矢先の不穏分子だ。雍州には今しばらく軍を置いておく必要があるだろう。そしてそれを指揮する将もまた必要となる。郭嘉はおそらく陳留に戻される。急拡大した領土を運営するには軍師はいくらあっても足りないのだ。となると残るのはガイウスだろう。
「それで。まさかその追跡だけでこれほどの日数を費やしたわけではありませんよね?」
「はい。少しばかり遠出をしていました」
「涼州ですか?」
「いえ、西域の楼国です」
郭嘉は驚嘆した。かつて武帝の時代に初めて使者を送って以来、公に最後に西域を西方世界の窓口として機能していたのは後漢の和帝が遣わした班超と甘英の頃だったからだ、あれから百年は経っている。しかしガイウスは元々西域を通ってやってきた人物だ。郭嘉にはない知見があるのかもしれない。
「宋建は随分と財貨を貯め込んでいました。それを元手に馬を仕入れました。幸い宗建の下には私と同じく西から連れて来られた奴隷がおりましたので従事として迎え入れ、商いを監視させております」
「馬ですか。それは何頭?」
「まずは二千。汗血馬とはいきませんが、康居国より屈強な馬を仕入れることを約束しました。これ以上の商いについては条件があります。1つに再び関を開いて交易を再開すること。2つに匈奴から攻められた際に援軍を送ること。以上です」
ガイウスが馬を買い求めたのは、先日の馬超率いる騎馬隊の精強さにあった。天険の地である巴蜀へ運ぶのは容易ではないが、ひとたびあちらへ渡れば無類の強さを誇ると確信している。また、強い馬であれば重装騎兵を編成することも可能であるし、騎馬民族の育てた馬であれば背面騎射にも慣れていると考えていた。かの恐ろしいパルティアンショットを再現できるのだ。
「……今回の取引に関しては州牧の権限でよいでしょう。しかし今後の条件に関しては華琳様の裁可なくしてはなりません」
「承知しています」
「よろしいでしょう。では直接華琳様にお伺いを立ててください。華琳様より一時帰還の命令が出ています。今後のことは張徳容に委任しています。文武に優れ人を見る目のある人物です」
「なるほど。彼ならば安心です」
彼らが知るよしもないが、正史において曹丕の下で涼州を治めたのは張既その人であった。
主人公の名前が多くてカオス。
ローマでの名前。馬騰がつけた仮名。曹操に命じられて自らつけた姓名字と真名。
追記:2025年7月6日大幅に改定