秦・恋姫†無双   作:aly

2 / 25
少しずつ原作キャラクターが登場します。恋姫のストーリーではなく史実寄りに動いています。


涼州動乱

 ガイウスは本来軍人の家系の生まれである。ローマ人にとって軍に入隊することは当然の使命であり、栄達の道もそこから開かれる。この慣習はかつてシリアがフェニキア領土だった頃に奴隷となった祖先が身分解放のために軍に入ったことが始まりであった。

 長い旅路と奴隷という境遇は十分な栄養が身体に不足した。足腰こそしっかりしているが、脂肪はなく、筋肉も最低限である。しかし北宮伯玉の目に留まったことにより、他の奴隷よりも良い食事を与えられた。訓練は厳しいものであったが、その分身体はかつての張りを取り戻していった。

 

「ヘラシュク、君ときたらヘラクレスのようだな。いや、君にはアレクサンドロス大王のようと言い換えた方がいいか?」

「俺はそこまで評価されるほどではない。が、確かにこれなら思う存分剣を振るえるだろう」

 

 パルティア出身のヘラシュクは、元兵士である。そのため隊商でも有事の際には戦いに出ることがあったので元々あまり痩せていない。訓練と十分な食事、渭水での水浴びや清潔な衣服で見違えるような風貌になっている。大柄の身体に筋肉がはち切れんばかりについたことで芸術品のようで、ガイウスが伝説の偉丈夫に例えるのも無理のないことだった。

 さて、他の奴隷もまた十分に戦働きができるようになったころに南方から馬車がやってきた。物資を運ぶものとは異なり、木の壁で部屋が拵えられたもので、ガイウスも初めて見るものだった。馬車はまっすぐに北宮伯玉の天幕に向かう。先導していた馬から降りたのは荒々しい男だった。躊躇せずに天幕に入っていく。

 

「あの人物はなにか偉い人のようだ」

「そいつが運んできた荷駄か。これは何かが起こるだろうな」

 

***

 

 翌日、反乱軍は渭水に沿って隊列を組んで南下していた。渭水は武威郡と安定郡の境界に位置している。安定郡の反対側には司隸や幷州があるので、渭水の対岸にはひっきりなしに斥候が送られている。同時に西へ南へと斥候が出入りしているので、北宮伯玉はとても慎重な人物であるか相当危険地帯にいるということが分かる。

 行軍は常に川に沿って行われた。全速力で行われるわけではなく、余力を残している。しかしすぐに戦闘があるというわけでもなく、時折休憩を挟んだそれは日が暮れても行われた。その夜、篝火で寒さを堪えていたときのことだった。一頭の馬がさっと野営のための陣にかけ入り、またすぐに宵闇の中に消えていった。

 

「何の伝令だろうか」

「さて。あの様子だと返事を持たされたように見えるな。つまり連絡先は遠くはない。パルティアにいたときは長い行軍をしたものだが、ここでは違うらしい」

「戦士の君が言うのならそうなのだろう。早めに眠ったほうがよさそうだ」

 

 ヘラシュクの予感は当たっていた。翌朝幾人かの見張りを残して集められた兵の前で、北宮伯玉は竹簡を手にして胸を張った。

 

「先日、正当な仕事をしない護羌校尉、伶徴を仲間である宗義従が隴西郡で討った。これに対して無能なる刺史佐昌は官吏の内における良心である蓋長史を阿陽県に送ったと聞く。そこで我々は金城県を奪い、西方を盤石にするものとする。宗義従も昼頃には南から金城へ攻勢をかけるので、我々もこれに続き挟撃するものとする」 

 

 ガイウスとヘラシュクに涼州の土地感はない。しかしこれまでの進路と挟撃という言葉から北東のいずれかから攻撃を行うものだと理解した。

 行軍の速度が増した。今までの速度だと昼に間に合わないのだろう。奴隷たちの面持ちは悲痛で、足を引きずって歩く者もいる。一方で反乱軍たちは獣じみた形相で前へ前へと何かに引き寄せられているかのように進んでいた。ガイウスたちは北宮伯玉の近くに配置されていたので、うっかり余計なことを言えばたちまち殺されてしまうような気がして、黙々と行進するほかなかった。

 日差しが最も激しくなる頃、熱で乾いた大地が汗を奪っていくのを感じていると、大地を踏みしめる足から振動を感じた。はっと五感を集中すれば、遠くで土煙が上がっているのが見える。さらに近づくと、戦をする男たちの声が聞こえるようになる。雄たけび、悲鳴、罵り、声に成らぬ音。そういったものが山々に木霊してぐちゃぐちゃにかき混ぜられたスープのようになって聞こえてきていた。

 

「北門へ行くぞ! 城壁から二里のところまで進め! 私は先にすべきことがある!」

 

 はい! と高い声を上げて、北宮伯玉は馬を駆けさせた。付き従う者たちは彼にならって駆けだしたので、ガイウスたちもそれを追った。途中で後ろを振り返ると、隊列を大きく広げた軍が壁のように追ってくる。止まっては踏み殺される。北宮伯玉はどこまで駆けるのかと思っていると、城門から半里ほどの既に敵の矢の射程圏内まで突き進み、弓に矢を番えた。

 

「まずは一矢! 受け取れい!」

 

 矢は城壁の兵を飛び越え、城内へと吸い込まれていく。すると彼はそのままこちらに戻ってきた。敵の矢の射程外まで来た彼は、首筋にびっしょりと汗をかいていた。

 

「良いか。私が合図をしたらがむしゃらに城門へ突撃せよ。なに。案ずることはない」

 

 北宮伯玉は腰の剣を抜いて、天高く掲げた。

 

「待てよ」

 

 じりじりと熱気が集中力を奪う。それは敵方も同じだろう。ごく至近距離で見合っているのはなぜなのか。そんな単純な疑問さえ抱くことを許さない。

 そんなとき、鏑矢が"城内"から放たれた。ひゅるるると音を立てて進路も決めずにただ高く打ち上げられたそれは他の城門への合図なのかと思えた。しかし北宮伯玉だけは違う反応をした。理知的な顔に獰猛な笑みを浮かべて、天高く掲げていた剣を振り下ろした。

 

「突撃!」

 

 軍というのは恐ろしいもので、不条理に見える命令にも反射的に応じてしまう。背後の軍勢がわっと押し寄せてきたのなら、ガイウスたちは前に進むしかない。

 しかし不思議と矢はまばらにしか降ってこなかった。それどころか、北門が開いていく。どれほどの兵が出てくるのかと思えば、大男と細身の荒々しい男が騎乗して駆けてくる。北宮伯玉の親衛隊は慌てて前方に布陣したが、彼らは目と鼻の先までくると颯爽と馬から飛び降りて跪いた。

 

「捕らえよ」

 

 北宮伯玉の驚くべき命令に、兵士たちが縄をかける。

 

「妻子を人質に取られては、我が武を振るう意味がない。なにとぞ彼女たちの助命を請う」

「我々も純粋なる漢族ではない。家族のためならこの武この知恵貴君のために振るう覚悟がある。証拠に北門は制圧した」

「うむ。金城の雄たる諸兄たちが捕われたとあっては、太守も無視はできまい」

 

 平伏し、命乞いをする二人の武将は無様だった。しかしガイウスはかつて北の拠点を訪れた豪奢な馬車を覚えている。あれは金城攻略より前のこと。つまり、これらは示し合わされた策なのだろう。

 

「四刻の猶予を与える。それまでに太守が現れなければ二人の首を切り、刺史に送ろう。そして金城を滅ぼそう」

 

 二人の男の部下が急ぎ城内に戻る。金城太守はいずれにせよ厳しい条件を突きつけられるだろう。二人の武将を欠けば、南門から兵を割かねばならず苦戦は必至。彼らを取り戻すには土地や情報を失いかねない。

 太守の陳懿を誘い出す間、一応神妙にしていた男たちだが、ガイウスは得意の観察眼で朧げながらも人となりを把握していった。

 韓約という大柄の男は捕縛されてなお毅然としている。先程の命乞いはなんだったのかと思うような振る舞いを平気で行い、北宮伯玉の親衛隊に酒を要求しては両手が塞がっているからと兵士に飲ませる。自分に絶対の自信を持っているかのようだ。

 一方辺という男は荒々しく、立派な鎧がなければ野盗と見間違えてもおかしくない風体だ。彼は韓文約とは対象的に大人しく、こちらの戦力を観察しているようだった。特にヘラシュクへは熱い視線を度々送っている。

 刻限間近になって彼らはやってきた。数十の護衛に囲まれた陳懿は蒼白で、もはや敗北は避けられないこのを理解していた。

 

「彼らを解放する場合、如何様な条件を欲するか」

「金城郡を明け渡せ。貴君らは刺史の下で再起を図るが良い」

「では彼らを見棄てると言えば」

「そのような仁も義もなき者についてくる人はおるまい」

 

 いずれにせよ、金城県は陥落が定まったということだ。

 

「分かった。言うとおりにするので東への道を開けて欲しい。そして彼らの縄を切ってくれ」

「うむ。ではそうしよう」

 

 親衛隊によって二人の縄が切られる。韓約たちは手首を解しながら陳懿のそばに寄り、謝意を述べた。

 

「我々の助命のために金城を捨てることになったこと申し訳ない」

「よい。貴君らは代えがたい財である」

「しかし貴方は一つ大きな過ちを犯した。それは我らが家族のことを考慮しなかったことだ。なぜ我らが投降したか忘れたか!」

 

 韓約はまたたく間に護衛から戟を奪い取ると、陳懿の首を一閃した。首はあっさりと地に落ち、彼らには何が起こったのか分からなかった。

 北宮伯玉はその機を逃さなかった。

 

「太守は死んだ! 残るはこやつに付き従った悪しき兵と官吏のみ! 逆らうものはすべて殺せ! 武器を捨てたものは縄で縛り付けろ!」

 

 反乱軍が城内を飲み込んだ。南門の宋建と共に指揮を取っていた王国も速やかに合流し、一日にして金城県は反乱軍の手に落ちた。ガイウスらも北宮伯玉に付き従って、多くの人を手にかけた。

 城を落とした後のこと、かつて洛陽にいて政治に明るい韓約――名を改め韓遂がここを治めることとなった。また、反乱の泊をつけるため、彼と辺允――辺章が反乱軍の盟主となる。彼らが率いることによって、いよいよ涼州は反乱軍を無視できなくなり、それどころか洛陽にまで活躍は届くようになっていった。

 

***

 

 これまでの責任をとる形で刺史の佐昌が罷免された。次いでやってきた刺史はうにゃうにゃと漢への忠義を説き始めたので、これには反乱軍どころか民まで呆気にとられた。当然すぐに任を解かれてということを繰り返し、刺史は数度変わり、最終的に翌年に耿鄙という人物が刺史に収まった。

 このような珍事を目にした韓遂らは、反乱軍の目的を変更した。それは涼州民が不当に扱われるのは官吏が無能だからである。しかし無能な官吏ばかりが送られてくるのは中央の宦官が涼州を軽視しているためであるというものだ。

 宦官誅殺、と標語を変えたことによって、涼州各地の人心は反乱軍に傾く。そして反乱軍の矛先は、洛陽へ向けて東へと向かうのであった。

 対して朝廷は危険因子として大規模な軍が必要と考えた。先の黄巾の乱で疲弊していたが、長安に左車騎将軍の皇甫嵩を駐屯させ、黄巾で功を挙げられなかった董卓を中郎将とした。しかし皇甫嵩は動かなかった。いや、複数の将によって動く反乱軍は長安に向かって様々な山間を縫って向かってくるので攻勢に出られずにいた。

 朝廷は皇甫嵩を罷免し、車騎将軍として張温を次の指揮官とする。このとき、董卓に加えて孫策、陶謙、公孫瓚が呼び出されたが、公孫瓚は烏桓と組んだ張純を討つために来れずにいた。

 

「ふん、中郎将殿は欠席か」

 

 司隸の最西端、右扶風の城である美陽に詰めることになった董卓と周慎は軍議を開くことになった。しかし周慎の前にいるのは二人の小娘である。一人は小柄でいかにも頭でものを考える人物、名を賈詡といった。そばに控えるのは屈強な武を持っていることが分かる女、華雄。賈詡の護衛である。

 

「中郎将殿の具合が悪いのであれば後ほど見舞いに向かいたいが如何たろう」

「気持ちだけ伝えておくわ。中郎将はあまり人と会うのを好まないの」

「そうか」

 

 とはいえ不信は募る。董卓は賈詡の神輿に過ぎないという噂もある。黄巾で破れたのは董卓が出しゃばったためで、今回賈詡が矢面に立っているのはその挽回のためであろうとも言われている。

 

「今反乱軍はまだ漢陽郡にいるが、どう動くだろう」

「秋ね。侵攻と同時にこちらの収穫前の麦を掠奪すれば兵糧の助けになるわ」

「うむ。たしかに涼州は高地ゆえ収穫時期が違う。ふつうにすればこちらのほうが先に用意が整う。袁執金吾殿はどう思われまするか」

「ワシらは堅実に動けば良い。いついかなるときに涼州の無法者が来ても動けるようにしておかんとな」

 

 賈詡と袁滂はそれぞれ先の手と後の先を主張している。執金吾は本来洛陽の防衛が任務であり、この戦においては四品将軍である董卓と周慎が同格であり、名代である賈詡より周慎に決定権が有る。

 彼は白い色の混じってきた髭を人撫でして決心した。

 

「よし、待とう」

「ど、どうしてよ!」

「無理に押し進んで首を縮められても厄介だ。確実に誘い込み野戦で一当てし、ここに引返す。しかしそれは罠で出城に潜ませておく兵と挟撃して韓文約の首を取る」

 

 周慎には会心の策のように思えた。董卓軍が弱兵だというのは有名なので、逃げるのは自然に見える。袁滂の指揮は不明だが、自らと賈詡、その護衛華雄の三軍が外から攻勢をかければ兵力として不足はない。

 しかし賈詡は不満そうに唇を固く結んでいる。

 

(なに。軍師といえどまだ小娘か)

 

 ところが実際には賈詡はまったく別のところで憤怒していた。

 

(これじゃあ民の蓄えがむざむざ奪われるのを許してしまうわ。あの子が悲しむじゃない……!) 

 

 しかし儒教社会において帝の定めた位は絶対である。秋になる少し前に董卓軍は城を出て野外に布陣する。斥候からの知らせがあれば、側面を急襲する構えであった。

 高台を探してその陰に潜む。予想に反して韓遂は美陽へ直進してきていた。兵は拙速を尊ぶということだろう。いや、戦力を分断させている分官軍のほうが分が悪い。

 

(どれだけの兵を生かして包囲網にかけられるか……ボクの腕にかかってるってわけね)

 

 偵察からの情報によると、敵は韓遂、辺章、王国。宋建と北宮伯玉は領内の守備についているようだった。刺史を始めとする漢の勢力が領内にいることが兵を全て向けられなくしている。

 敵将の力量は不明だが、韓遂は手強いと聞く。華雄には彼に当たってもらうほかない。

 

「賈従事、敵の砂塵が見えました!」

「そう。先頭の旗は?」

「韓です!」

 

 大将自ら先陣を切るとは並大抵の胆力ではない。縦陣にて強力な兵を先頭に置いて途中の障害を突破する算段だろう。

 賈詡はどのタイミングで兵を突進させるか迷った。韓遂にぶつければ被害は間違いなく大きい。しかし中段にぶつけて万が一韓遂が転進してくれば包囲される恐れがある。

 

「〜〜っ!! 韓文約の軍の腹に食らいつくわよ! 指示を出すから銅鑼をいつでも鳴らせるようにしなさい。兵は速やかに騎乗!」

 

 敵兵の姿が見えるようになる。賈詡はその速度を測りながら、先頭が通過するかどうかという頃合いで銅鑼を鳴らさせた。

 高台に突然現れた董卓軍の姿に、韓遂軍の兵がわずかに怯む。しかし韓遂にとって伏兵は織り込み済みである。兵を一喝すると蜂矢の陣へと組み替えて迎え撃つ姿勢を取った。こうなると韓遂軍の中央は最も攻撃的な場所に成る。しかし賈詡はこの陣形の弱点をすぐさま見抜いた。

 

「敵右翼に突っ込みなさい! そのまま走り抜け、右旋回! 後続に牽制の矢を放つのよ!」

 

 先頭に韓遂がいる。伏兵を懸念して中央に手練を置いたなら、最も弱いのは最後尾。賈詡の軍は瞬く間にそこを蹂躙し、指示通りに後続の王国の兵に矢を浴びせた。いくらかの馬が矢傷を負い、機動力が低下する。

 

「右方、敵中央の背後に突撃! 今なら陣形を組み直せていないわ! その後敵前方へ回り込んで進軍を死守!」

 

 韓遂が隊列を旋回させて賈詡を狙うより早く、賈詡はその中央の兵を喰らった。弓騎兵が背後から騎射をしたことで、敵の馬は尻を痛めて暴れ狂い、戦場の混乱はますます大きくなる。

 馬の扱いは涼州が巧い。匈奴と長年戦ってきただけはある。しかし幷州もまた優れた馬を育て、その運用に余念がなかった。

 

「やりおるわ」

 

 韓遂は賈詡を敵と認めた。ならばここで己が力を見せる。

 互いに対峙している片隅で、混乱から立ち返った王国軍が左翼に展開していくのが見えた。このままでは包囲される。

 

「華雄、頼んだわよ」

「任された」

 

 これまでの突撃で返り血を浴び、真っ赤に染まった鎧を見せつけるように、華雄は隊の先頭に馬を押し進めた。

 

「韓文約なにするものか! 行くぞ!」

 

 軍の前段、中段を率いて華雄は駆けた。蜂矢の陣を敷き、その先頭は韓遂に向かっている。超攻撃的な陣形である。

 

「迎え撃てい! 者共、宦官の犬に涼州の強さを思い知らせてやれ!」

 

 韓遂は陣を雁行の形に敷いた。斜めに展開されており、敵の攻撃を逸らすのに優れている。逸れた先には王国の兵がある。

 もちろん華雄が左右対称に近い陣形のため、先頭の反対側にも背後に回られないための兵をいくらかおいている。

 自らは先頭に立ち、華雄の突撃に備えて、最大速度で交戦に持ち込むために馬の腹を蹴り飛ばした。

 戦場は砂塵と震音に包まれる。しかし韓遂と華雄は互いの位置を把握している。ときおり突出してきた雑兵を斬り捨てながら、ついに二人は互いの間合いに入った。

 騎馬民族ならではの腿の締め付けで安定した馬上戦を可能とする韓遂は、長短二本の槍を持って華雄に迫る。長槍を真っ直ぐ華雄に向け、短槍を防御のために身体のそばに控えている。対する華雄は一撃必殺を理念とした戦斧を肩に担ぎ、振り下ろす間際まで力を蓄えていた。

 

「中原の若造の力、見せてもらおう」

「貴様こそかつて洛陽で暴れた腕前に期待しているぞ!」

 

 韓遂の腕が雷光の如く引かれて、寸前の間合いを超えて大きく華雄に肉薄する。それを上体をわずかに反らして交わした華雄は、その反動を活かして遠心力を用いて斧を横に凪いだ。

 

「ッラァ!」

 

 側面から襲う攻撃は馬上でいなすことが難しい。韓遂は上体を馬の背に預けるほどに寝かして、短槍で斧をかち上げた。

 二人の馬が考査する。斧の勢いを活かして素早く反転した華雄が見たのは、長槍を側面に旋回させて既に守りを固めている韓遂である。

 

「そら、行くぞ」

 

 旋回させた長槍の隙間を縫って短槍の刺突が襲う。戦斧を盾にするものの、防ぎきれない攻撃が華雄の身体に傷を積み上げていく。長槍であれば致死の攻撃だった。

 

「器用なやつだ。ならば我が武の力の前に仰天せよ! 武神豪撃!」

 

 華雄の身体から氣の高まりが迸り、馬が驚きのあまり振り落とさんと立ち上がる。しかしそれも華雄の味方となる。より頭上に構えられた戦斧が恐るべき贅力で振り落とされた。

 

「ぬう……!」

 

 受ければ必死。韓遂は二本の槍を束ねてただそれをいなすことに集中した。

 

「はあああぁぁっ!!」

「ぬおおおっっ!!」

 

 華雄の斬撃は地を砕き、礫が韓遂の馬を襲った。しかし韓遂自身は腕の疲弊はともかく無傷である。

 

「見事な武だ。しかし兵の統率は苦手のようだな。見ろ、王国の兵が間に合ったぞ。お前がいくら強くても戦はならん」

「む……。致し方なし。撤退させてもらう」

「させると思うか?」

「董中郎のためなら無理をも押し通す」

 

 華雄は馬を走らせて敵陣深くに入る。韓遂の馬は傷つき追うことはできない。華雄自身が殿に立ち、戦場を縦横無尽に駆け巡り、兵を一人でも多く後方に逃した。追ってくる敵は賈詡が弓兵で牽制し、時に長蛇の陣で縦に伸びた敵陣を引き裂く。

 その結果、賈詡は官軍の強さを見せつけつつ作戦通りに美陽の城に入る。

 最初の交戦は引き分けとなった。

 

***

 

 しかしこの作戦はすぐに泡沫の夢と化した。

 

「なんですって!? 袁執金吾の部隊が潰滅? くそ、やっぱり名ばかりの爺ね」

 

 先の前哨戦で見かけなかった辺章の軍が支城を片っ端から抑えにかかっていた。こちらの策は読まれていたということだ。いずれ周慎の潜む支城も捕捉されるだろう。すでに敵を包囲することは不可能である。

 

「華雄! 千を率いて周中郎将の撤退を援護して。ボクはここを死守する。無理そうなら茂稜まで退くからそっちで判断してちょうだい」

「ふん。最初からお前の策を用いて入れば辺康楽もろとも蹴散らせたものを……。まぁいい。その仕事引き受けた」

 

 さて、ここからは少々眉唾な話となる。人智を超越したもの曰く、定めに従って起きたことである。

 美陽はしばらく持ち堪えた。騎兵に攻城戦は不向きである。しかし奴隷兵や元涼州兵によって門は破られ、賈詡は撤退を余儀なくされた。

 しかしここで不思議なことがおこる。流星が落ちたのだ。この時代の漢人は迷信深く、涼州反乱軍はこれを凶兆と見て慌てふためいた。仕方なく撤退の指示を出したが、これを賈詡と援軍に来ていた鮑鴻が追撃したことで反乱軍に大打撃を与える。

 次いで司空及び車騎将軍の張温は金城への攻勢をかける。後の英雄孫策もまたこの中にいた。

 

「あーあ。弱った敵に仕掛けてもつまんない。冥琳、任せてもいーい?」

「馬鹿者。先代なくとも孫家ありと示すためにはお前が率いての勝利の積み重ねが必要だといつも言っているだろう。」

 

 行軍の場上、二人の会話はいつもこの通りである。それぞれ孫策、周瑜。断金の交わりを誓った歴史に名を残す逸材である。

 

「でもあの周慎ってやつ、ダメね」

「ふむ。勘か?」

「そう。いまいち運気がないというか」

「そもそも軍略もお粗末だ」

「そりゃ冥琳に比べたら誰だってそうよ」

 

 周慎率いる追撃軍が金城に辿り着いたとき、反乱軍は既に籠城の構えを整えていた。こうなると補給線の伸びた官軍が不利である。

 孫策はそれを周慎に伝えた。

 

「いかにも。そのことは重大な課題である。しかし敵が弱っている今こそ反乱の芽を根こそぎ刈り取れる好機だ。みすみす逃すことはできん」

 

 周慎の意思は固い。

 

「では我々に一万の兵をお預けください。敵の糧道を断てば敵は苦しみ、我々の問題も些か楽になります。しかる後に中郎将殿の兵で包囲していただければ敵は自壊するでしょう」

 

 それは金城より前線にある基地の兵糧が不足しているからの提案だった。しかし周慎は後顧の憂いを断つという名目で前線基地の破壊を決定した。

 その結果、逆に糧道を攻められて官軍は撤退を余儀なくされた。この年、涼州反乱軍の防衛には成功したが、それ以上の解決には至らなかった。




演義では董卓はここで散々な目に遭います。ここから天下を取るのはすごいですね。
また本来従軍したのは長沙太守になる前の孫堅です。黄巾の乱で戦果をあげたために抜擢されたようです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。