秦・恋姫†無双   作:aly

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 お待たせいたしました。
 ようやく真・恋姫†無双 蒼天の覇王での最大のクライマックスとなる赤壁の戦いに到達しました。
 本作ならではのアレンジをお楽しみください。


赤壁の戦い 前夜

「まったく、どうなってるわけ?」

 

 孫策のぼやきを背景に、諸葛亮はその仕組みを考察していた。

 曹操軍は襄陽を攻略した。そこまでは予想通りだった。そこから陸路で漢水沿いまで用意していたであろう軍船を移動し、夏口まで南下。川の上流に陣を敷いた蜀呉同盟に対面することになるというのが彼女と周瑜の共通見解だった。

 しかし事はそうは運ばなかった。

 曹操は大胆にも、どうやったのかは不明だが江陵を先に攻略せしめた。諸葛亮はおそらく漢水と長江の間にある湿地帯をどうにか通過したのだろうと考えている。最近将兵の一部が呼んでいるあの『夷荻校尉』の仕業であるとふんでいる。

 その江陵で荊州の水軍を吸収した曹操は勢力を拡大した。ここでも蔡瑁が内通していた疑惑があるが、想像の範疇でしかない。しかし曹操は蜀呉同盟よりさらに上流から川を下り、現在烏林に停泊して陣を築いている。

 

「落ち着け雪蓮。向こうには神算鬼謀の郭奉孝がいる。何をされたか検討がつかないわけでもあるまいし、まだ良いほうだ」

 

 孫策、劉備、諸葛亮とともに甲板に立っていた周瑜が孫策をたしなめる。

 確かに奇策の名手として郭嘉は名高い。しかしこの一手は本当に郭嘉のものなのか。諸葛亮は考え込んだ。

 夷荻校尉西王秀のそばには必ず程仲徳がいる。彼女もまた変幻自在の幻のような策を用いる。特に定軍山の策は常識外れのものだった。ならば今回も――。

 

「とにかく、我々は当初の予定どおり事を進めましょう。敵が大軍なのは変わりません。まずは矢を得てきましゅ……得てきます!」

 

 今回の同盟は蜀にとってかなり有利だ。しかしその分活躍をしなければ後がない。軍船の多くは孫呉に頼っている。戦功次第では荊州は全て奪われてしまうかもしれない。魏の領土だってどれほど得ることができるか。

 

「うむ。では我らもあれをやるか」

「はいはーい。若い子たちにはちょっと気の毒だけどね。勝つためには我慢してもらいましょう」

 

 曹操の大軍を前に、ついに同盟が動き出す。

 

***

 

 一方、烏林は元の湿地帯とは打って変わった様相となっていた。ガイウスが陣容を見て眉をひそめこう言ったからだ。

 

「これでは病が流行ります。五日あれば私が解決してみせましょう」

 

 彼はまず自らの部隊から測量に長けた人材を選び、迅速に陣地を測量させて地面に杭を打った。同時に騎兵を走らせて水質のいい川を探し出した。これを計算に入れて、地面の上に描かれた設計図に水路がデザインされる。特に排水路は念入りに陣地の内外に設けられ、初日からこの掘削作業が始まった。この土と手配された砂利によって湿地帯を埋めていく。これには曹仁や楽進などの道路建設を経験している将兵が5千の兵をもってあたった。

 二日目には堀と外壁が築かれた。いくら長江で隔てられているからといって、陸からの奇襲がないわけではない。元の陣容にも木柵があったが、堀を作る過程で出た土を使って土塁を高く築き上げる。

 翌日には土塁の上に木の杭や板を組み合わせて矢を防ぐための壁を高く築く。同時に四方に門が建設され、カストラの四隅に物見櫓が簡易的に建設される。これには二日を要した。

 最後の日。内部に再び天幕を張ると同時に、公衆便所と下水溝が整備された。清流から水路が引かれ、安全な水がカストラ内に供給される。そして排水は長江に排出されるのだ。

 

「す、すげぇ……」

 

 初めてローマのカストラを見た一刀は素直に感嘆した。この陣は江戸時代のものより遥かに先進的で、近代日本軍のものに近いとすら感じた。

 曹操はこの出来に満足し、ガイウスへ神工将軍という新たな位を与えた。

 しかしこの陣に驚いたのは魏の将兵たちだけではなかった。完成した翌日に小舟に乗って長江を渡ってきた黄蓋は、次第に近づく敵の陣を見てじわりと嫌な汗を浮かべた。

 

(これが夷荻校尉――いや、西王秀という男の才か)

 

 近頃、呉の内部ではガイウスのことを夷荻の将という意味で夷荻校尉という名で呼ぶことが流行していた。本来は蜀の将兵が定軍山や潼関の戦いでの苦い経験から呼び始めた畏れゆえに忌み名だったが、呉では異国の将など畏るるものかと侮蔑の意味があった。しかしこのとき、黄蓋の思考はそれが全くの検討違いだったと理解した。

 

「士元よ。これが西王秀か」

「はい。潼関で瞬く間に築き上げた砦です」

「このような沼地に陣を築くとは正気ではないと思ったが、これがその正体か……だが我らの任務に変わりはない」

「そうでしゅね。あわわ。そ、そうです。情報を集めて敵の策を罠に陥れましょう」

 

 苦肉の策。三国志由来のこのことわざは黄蓋が周瑜にムチ打たれて謀反したと見せかける呉の策のことである。実際、彼女の背にはいくつもの傷があり、彼女の胆力がなければ真っすぐに立っていることも辛いものだ。

 

「我こそは黄公覆! 孫策にはほとほと愛想が尽きたのでこちらに参った! ぜひ曹孟徳殿の末席に迎え入れてもらいたいと存じる!」

 

 その声に烏林の岸に集う軍船の中から、一隻の先登が現れた。

 

「おう、おう。ホンマに黄公覆やないか。んで、何の用や?」

 

 呉となれば誰もが恐れる張遼が乗っている。彼女はじろりと小舟を見て、罠ではないと確認しながらも一応尋ねた。 

 

「言ったはずよ。先代から仕える将軍の換言も聞かん愚かな君主を捨ててきたのよ」

「そうか。まぁええ。孟徳様が呼んとる。そっちのおちびちゃんと付いてきぃ」

 

 張遼はともかく、黄蓋は自ら船を漕いでやってきた。再び痛む背に汗を流しながら櫂を漕ぐ。

 楼船の合間を縫って桟橋に着くと、楽進や李典といった呉と何度も戦ってきた将が何事かと集まってきている。特に楽進からは今にも飛び掛かってきそうな気配さえある。それを何ということもないと、涼しい顔で黄蓋はにやりと笑みを浮かべて目の前を通り過ぎた。

 カストラの門をくぐり、中央にある天幕に入る。そこは王、曹操の室である。陳留から持たせた椅子に座り、手で黄蓋たちにその場に座るように命じた。

 

「初にお目にかかります。黄公覆と申します。前の主君にはほとほと呆れ、挙句軍師には鞭を打たれる始末。先代からの縁ゆえに仕えておりましたが、ついにそれもここまでと出奔して参りました。願わくば末席に置いてくだされ」

「へぇ。こんな分かりやすく疑わしい罠は初めてね。でもいいわ。ここに置いてあげる」

 

 ほう、と龐統が安堵の声を上げた。

 

「か、華琳様!?」

 

 一方で慌てた様子の荀彧を手で制し、曹操はそれが覇王のやり方だと笑う。黄蓋は予想はしていたものの、それ以上に度量の深い曹操のあり方に内心で感心した。

 それに対して龐統はここに集う面子に恐縮しきりだった。曹操、荀彧、張遼、夏侯惇、夏侯淵がそろっている。門では楽進、李典、于禁がおり、天幕に入る前には曹洪と曹仁、曹純を見かけた。おそらく郭嘉や程昱らもいるのだろう。そしてあの西方から来る将も。

 

「ここにいるならただ飯食らいは許さないわ。荊州から接収した軍船の点検でも頼もうかしら。出来るわよね?」

「呵々っ。誰に言うておる。長江で生まれ育った黄公覆に分からぬ船などありませんぞ」

「ならばよし」

 

 こうして黄蓋たちの魏陣営への潜入は容易に成功した。

 彼女たちが得た情報は想像を上回る量だった。まず、その陣営の造りの高度さに龐統は驚嘆した。沼地と聞いていたが実際には陣の中に不衛生な水は一つもない。逆に清流からの清潔な水が常に流れている。防御機関としても優れているが、内部の配置も優れていて機能的だ。

 また、軍船も状態よく接収されたと黄蓋は見た。おそらく水軍で戦う前に降伏したのだろう。曹操がいかに江陵を電撃的に攻略したかが窺える。実際には襄陽を陥落させたときに蔡瑁は離反していたのだが、黄蓋は事を大きく捉えすぎてしまった。

 中には新品の軍船も見かけた。水兵の数が船に対して足りていないように思える。おそらく魏でも独自に作ったが調練が間に合っていないのだろうと黄蓋と龐統は確認しあった。

 だが、龐統にとって何よりの収穫は陣営の中に異国の将軍ガイウスの姿と程昱の姿が見当たらなかったことだ。彼女は馬超たちからその姿を鮮明に聞いていたので、この砦を築いた人物の不在を訝しんだ。

 

***

 

 諸葛亮は呉の船の上で龐統からもたらされた情報に頭を痛めていた。

 第一に夏口に近い魯山城から長江沿いに攻め入ることが困難になったことだ。龐統の詳細な説明によると、野営ではなく城や砦に近い性質の陣地である。これでは少数の奇襲は困難だ。

 第二に連環の計が失敗したことである。敵将蔡瑁がいることで、船を連結させて不自由にさせるという曹操の水軍への知識の乏しさにつけこむ当てが外れてしまった。しかし、敵軍の三割は水上戦に不慣れであるというのは幸いだ。

 第三にガイウスの不在である。これまでも変幻自在の常識破りな戦術を用いてきた将軍である。必ず長江のどこかに潜んでいるの違いない。諸葛亮は急ぎこの対策を実施する必要があった。

 

「白蓮さんと星さんは兵を率いて艇(斥候用の小型船)と斥候船(盾のついた小型船)を用いて烏林の上流下流をくまなく捜索してください。愛紗さんと鈴々ちゃんは川に罠を張ってください」

 

 諸葛亮はこれまで何度も苦しめられた敵を攻略するために、新たな兵器を用意していた。それは浮きに取り付けられた鎖である。ひとたびこの罠に船が衝突すれば、船体に絡みついて運航に支障が生じる。この罠を決して脱出できない魔の航路として赤壁の陣と名付けた。

 

「あとは計画通りに矢が集まれば……あるいは」

 

 明朝、霧の中で無人の斥候船が魏の陣営の前を何度も横切る。何度射ても動き続ける不気味な船に、兵たちは恐れおののき矢を雨あられと打ち込んだ。草船借箭の計である。

 一方でガイウスの姿は見つからなかった。それもそのはず。彼は烏林の上流の離れたところに、程昱によって巧妙に隠された湾にいたからだ。さすがに趙雲たちもそれほど上流までは魏の偵察網をかいくぐって捜索することはできない。

 両者ほとんど準備は整った。

 ただ一つ、諸葛亮が風を祈ることだけが残された演出である。

 

***

 

 明くる朝、晴れわたる空の下、曹操は一等大きな楼船の上で対岸の呉の船団を見つめていた。その頬は上下していて、うっとりしているようにも見える。

 

「ふふふ、ようやくね」

 

 ようやく天下を統一できる。この大戦に勝利できれば、だが。しかし臣下たちのこれまでの努力を思えばそれも当然のこと。とくにあの男の働きには脱帽するほかない。

 と、ふと脳裏によぎった男のことを思考から排除して、曹操は大きく手をふって周囲の注目を集めた。

 

「見よ、あれが呉と蜀の船団である」

 

 対岸を指さす。

 

「我らが船団の少数を嘆くなかれ。その精強さを誇れ。我は魏の王曹孟徳。必ずやこの戦に勝利してみせよう!」

 

 船の上だというのに、その声は朗々と魏軍の隅々まで渡った。

 途端に怒号が軍内から弾ける。夏侯惇は喜び勇んで飛び跳ねている。夏侯淵も演説の詩的さに惚れ惚れとしていた。

 

「おい、華琳。何人かダメになっちゃってるけど……」

「構わないわ。どうせ船は繋がっているのだもの。ともに進むわよ」

 

 魏の楼船は龐統の提案により、青銅の鎖によって不安定な長江の急流でも安定して進めるようになっている。

 

「それもそっか」

「ええ。じゃあ――碇をあげなさい。出陣!!」

 

 楼船がゆっくりと進みを始める。同時にその左右から小型船がわっと前方に現れ、盾のように隊列を組む。向こうも出港したのか、同じように整然と陣を組んで前進してきた。鎖もなしに正確な隊形を保つのは、さすが呉の水軍といったところだ。

 

 まずは小型船――先登や露橈同士の衝突から始まった。矢が雨のように飛び、木の甲板をかすめる音が響く。矢が尽きた船は、慌てて補充に戻る。楼船からは弓の名手たちが援護射撃を行い、矢は小型船の船首に次々と突き刺さる。小型船の乗員たちはその隙間を縫い、いかにして楼船に接近するかを狙った。中には速度重視の船――赤馬もあり、無謀にも矢の雨に晒されながら突撃していく。

 矢が体をかすめるたび、船員たちは痛みと恐怖で身を硬くした。隣の仲間が甲板に倒れると、緊張が一層高まる。波は船底に激しく打ち付け、船体は絶えず揺れる。木材の軋む音と、焙った矢の煙、混じる血の匂いが甲板に立ち込めた。

 巡視船たる斥候が周囲を旋回し、敵の楼船への道筋を示す。艨衝が敵楼船に向かってその道を行く。

 半日が経過し、腕は疲労で震え、矢筒はほとんど半分以下になった。楼船の帆には裂け目ができ、甲板には矢の破片が散乱する。船員たちの呼吸は荒く、視界には波と煙が入り混じる。だが戦意は衰えず、誰もが次の攻撃のタイミングを狙い続けた。

 小型船は勇敢に攻め、楼船は堅牢に防ぐ。そんな構図がずっと続いている。

 小型船同士が激しくぶつかり合うと、漕ぎ手は舵を握ったまま身をかわして相手の船首に板切れをぶつけてバランスを崩させる。その一瞬の隙を見逃さず相手の船員が飛びかかる。短槍や棍棒が振り下ろされ、盾で防ぐ者の腕に衝撃が走る。狭い船上でのぶつかり合いは困難を極めた。水しぶきが跳ね、甲板に乗っていた兵士たちは船上を滑りながら戦う。

 さらに別の船が横から衝突すると、乗員がよろめき槍を手放す。隣の船員が素早く槍を拾い、反撃に転じる。船同士の衝撃で波が立ち、バランスを崩した者が海に落ちると、泳ぎながら隣の小型船に取りつこうと必死になる。

 船の板を足場に飛び移る者、船首で相手の舵を叩き壊す者、そして槍や棍棒で叩き合う者。局地戦はカオスだった。

 接近戦の恐怖と緊張が、漕ぎ手も戦闘員も全身に張りつめている。

 小型船同士の接触戦は、機動力とタイミングがすべてだ。誰かが押し込まれると、連鎖的に隣の船も揺れる。短時間での判断と勇気が、勝敗を左右する。戦いの波が押し寄せ、また引いていく。局地戦は目まぐるしく、目の前の敵の一挙手一投足が、生死を分ける瞬間となった。

 衝突と矢の雨が繰り返されるたび、戦場の緊張は増す。兵士たちの恐怖、必死さ、そして戦術の読み合いが、一つの巨大な渦となって水面に映し出されていた。

 

(策殿、我が徒花を超えてゆけ。堅殿、今そちらに――)

 

 その様子を遥か彼方に見ながら、黄蓋はひそかに楼船に括りつけていた小舟に積んでいた油を、楼船に向けてぶちまけた。

 

「何をする!?」

 

 名もない兵がそれをとがめるが、急接近してきた黄蓋によって剣を奪われ首を切られて河に捨てられる。

 

「何をとはやるべきことをよ」

 

 曹操の下に危急の報が届いた。右翼の楼船から煙が上がっているというのだ。曹操はすぐに感づいた。ついに黄蓋が動いたのだと。

 

「一刀。真桜と対応に当たりなさい」

「おう!」

 

 連環の計既に破られたり。龐統の進言のすぐあとに一刀が異議を申し立て、鎖は容易に外れるようになっていたのだ。

 急いで鎖を外していく二人。ふう、と額の汗をぬぐっていた時、一刀は向かいの真桜の髪が揺れる方向が変わったことに気が付いた。

 

「しまった。東の風だ!!」

 

***

 

 ガイウスはその時を待っていた。

 魏の勢いが停滞し、下流から数に物を言わせた総攻撃を以って呉が進撃を始める時を。

 

「お兄さん。肩に力が入ってますよ~」

「む。すみません、風さん。なにしろ以前の船戦は負けたもので……」

「おおぅ。そんな経験があったんですねぇ。あとで詳しく聞くとして――そろそろです」

 

 岸に残る程昱がガイウスの上腕をぽんと叩いた。

 物見櫓から旗が振られる。出撃の合図だ。同時に港を隠していた幾つもの藪が工兵たちによって取り払われる。

 

「最速にて出撃!」

「応!」

 

 ガイウスがいるのは一番後ろの船。その視界には次々と港を出港していく船が見える。そして物見櫓からは小型の旗に切り替えて戦況が伝えられる。

 

『魏優勢』『内部に混乱』『呉攻撃』

 

「なるほど~。ここで黄公覆さんの罠ですか」

「分かりやすくていいでしょう。その隙に食らいつきましょう」

 

 ついにガイウスたちの乗る船も出港する。二十を超える櫂が一斉に動き出し、ぐんと速度を上げる。湾を出るころには一気にトップスピードに乗ろうとしていた。

 広大な川は勢いが強く、舵を上手く切らないと一気に船体が倒れてしまう。しかし事前の訓練で全ての船が隊を組んで旋回し、下流に向かっていく。

 ガイウスの視線の先には巨大な楼船が1mほどのサイズで見えている。

 

「全船、注水」

 

 ガイウスの指示で一斉に踏車が回されて、船が一気に水面に沈んでいく。下段の櫂がギリギリ水面の上にあるところで止まり、夕日にまぎれた船隊は真っすぐに呉の船団へと向かう。

 荒い水流が時折ガイウスの顔を濡らした。

 接近してみると、魏の船からはいくつもの火が上がっている。どうやら黄蓋の仕掛けたのは火計だったらしい。

 ならばその火種ごと沈めるのみ。ガイウスは心中で燃えるような意思を発して船を滑らせる。

 ガイウスらの船は全てが黒く塗装されている。さらに兵も黒い装備で統一させているので、暗くなり始めたこの時間に見つけるのは容易ではない。するすると呉の船団に近づいていく。

 呉の船員がそれに気が付いたのは、ふと櫂を持つ手を握り直した時だった。水面に目がある。あっと思ったときにはそれは1mもない距離まできていた。

 ドンともゴツとも形容できぬ激しい衝撃音が船体から響き渡った。ぐらりと大きく船が揺れ、何人かの船員が放り出される。

 

 「うわぁああ!!」

 

水面に投げ出された男たちは、急流に翻弄されながらも必死に手を伸ばす。飛び散る水しぶきが夕日の光に反射して、まるで火花のように煌めく。

船の甲板では、槍や盾を握った兵士たちが互いに押し合い、甲板がきしむ音が絶え間なく響く。隣の小型船に跳ね返された衝撃で、兵士の一人が海に投げ出され、もう一人が必死に手を伸ばして掴もうとする。

 

「くっ……!」

 

金属製の槍先が木の船体をかすめ、鋭い音を立てる。砕ける板、飛び散る波、悲鳴――あらゆるものが混ざり合い、まるで嵐の中に放り込まれたかのようだ。

ガイウスは舵を握り、船の傾きを必死に調整しながら、黒く塗られた船体を水面に溶け込ませて進む。敵船の甲板が目の前でぐらりと揺れ、兵士たちが声を上げて転倒する。

 

「……今だ!」

 

衝突の瞬間、ガイウスの船はすれ違う敵の小型船の横腹に激しくぶつかり、木くずと水しぶきが飛び散る。隣の船員の叫びが耳をつんざき、波の音にかき消されそうになる。

 

 「な、なんだ!?」

 

 周瑜が叫ぶ。

 ガァン、ガァンと金属が木製の船体にぶつかる音がする。いくつもの小型の走河が横に倒れていくのが見えた。 

 

「あれは――」

 

 諸葛亮が周瑜の隣で目を凝らして気が付いた。

 

「西将軍! 西王秀です! まるで水に潜むように船を隠してここまで来たみたいです!」




ここまでご愛読頂きありがとうございます。

最終回まであとわずかになりました。
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