秦・恋姫†無双   作:aly

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ガリア戦記はいったん断念して第二次ポエニ戦争で代用しました。


東の都、洛陽

 董卓は稀に見る善人である。数週間の生活を経てガイウスが出した結論だった。彼女は皇帝の外戚にあたる董家の出身で、皇帝──正確にはその妹である劉協殿下からの覚えもめでたく、権力を得て出世をすることは容易な立場にいる。

 ところが彼女の我欲は母体に忘れてきたのではないのかというほど薄い。関心のあるのは洛陽市民の生活と、貧困と戦乱にあえぐ天下の臣民の暮らしである。さらにいえば宮殿にほど近い邸宅の住人にも気を配っている。つまりガイウスのことだ。

 

「凱植粛さん。今日の食事はお口に合いましたか?」

「はい。漢までの道中で口にした香辛料がひどく懐かしかった」

「よかった……。さすがに大秦の食材はなかなか手に入らないんです。せめて少しでも故郷に近いものをと思ったんですけど……やっぱり異国に一人というのは寂しいですよね」

 

 眉を下げてしゅんとする少女が、涼州軍を破った軍団の一将軍だったことは今でも信じられない。毅然とした態度で横柄とも取れる将校だった賈詡の方がよほど将軍らしい。決してガイウスは口には出さないがそう思っている。

 彼女の貴族らしからぬ──ここでは名士というらしい──行動は他にもある。例えば涼州の陣営やそれまでの道程で学んだ彼の言葉を聞いた彼女は、自ら木柵に手本を書き、簡単な言葉と文字を教えてくれた。その上発音の矯正にも付き合ってくれたのだった。なにしろガイウスの言葉といえば西域の住民や涼州反乱軍の中で覚えたものだ。いくらかは馬岱によって矯正されているが馬超の乱暴な物言いで差し引きはゼロだ。

 当然、彼女の信奉者たる賈詡は異論を唱えた。曰く、奴隷には過ぎたる待遇である。

 ちなみに、ガイウスは董卓邸に居候するようになり、すぐに自分がローマ人であることを告げた。そのときの董卓の驚きようは賈詡ですら見たことのないものだった。

 

「詠ちゃんは知らない土地に連れてこられて、知らない言葉に囲まれたら不安にならない?」

 

 木簡作りのために文机に向き合う董卓は、熱心に字を彫りながら隣で厳しい目を向ける賈詡に問うた。

 

「もし南越とか、もっと遠い貴霜で一人になったら私ならきっとご飯も食べられないよ。頭を下げて物乞いをするにも怖いと思う」

「そ、それとこれとは話は別よ! あいつは奴隷なの。客じゃないの」

「言葉が分かったらお話ができるよ。ちゃんと向き合って、これからのことを話していけば仲良くなれるよ。不安におしつぶされて危険なことにならないんじゃないかな」

 

 賈詡は軍師である。軍師というものをガイウスが知るのはまだ先のことだが、知恵者だということは分かる。そんな彼女を容易く扱う董卓はやはり只者ではないのだろう。

 そうして諭された賈詡は主人に忠実な犬のようだとガイウスは思った。賈詡は譲歩の条件として自らを教師役に推したので、董卓からの正式な指導は終えた。ただし、買い物の補助に指名されては物の名前を教えてくれるので、相変わらず彼女の面倒見の良さは十分に発揮された。

 ガイウスには素地がある。ローマで高等教育を学んでいた彼は洗練されたラテン語の言い回しやギリシャ語文献の読みとりは勿論、弁論述も修めている。さらに漢までの奴隷生活で幾つもの言語に触れてきた経験があった。漢に生まれた庶民とほとんど同等に言葉を操るに至るまでさほど時間はかからなかった。

 

「さすが始皇帝の国、秦になぞらえられるだけのことはあるわね。大秦の文化が優れているからこいつみたいな人間が出来上がるってことか」

 

 賈詡は自身の屋敷で明かりを灯して、ガイウスとの会話で気になった点を取りまとめていた。

 たとえば彼の言葉の覚えの早さ。ためしに故郷の言葉を喋らせてみたが、子供が適当な音を発しているようにしか聞こえなかった。しかし所々で同じ言葉が現れるので規則がある言語だと分かる。涼州で基本を学んだとは聞いていたが、洛陽とは異なる方言や訛のある環境から今の段階までよく到達できたものだと感心する。多少の訛はあるが、出稼ぎにきた労働者と変わらない程度には習熟している。

 彼の出身の都市での暮らしについても興味深い。賈詡の木簡にはもっぱらこのことが記されている。常に国の各地に駐屯している軍隊。多様な人種が共生する社会と、それを取りまとめる法。

 法治国家だった秦は滅んだが、大秦は長く繁栄しているのは不思議だ。汚職の横行している漢は法より徳が重視されている。しかし徳と金が結びついて久しい現在ではあまりうまく機能していない。

 はじめガイウスを下賜されたときは面倒ごとを寄越されたと思った。しかし、この歪な体制を解決する希望を賈詡は次第にガイウスに抱くようになっていく。その日を境に、賈詡は頻繁にガイウスと会話をするようになった。

 

「さあ、今日の講義はおしまい。訛はもう生まれ育った環境があるから長い目で見るしかないわ。だからここからは洛内の言い回しを教える」

「名士の言葉ということですか?」

「間違いではないけど、官吏になるために必要な言葉よ。彼らには名士が多いから概ね正解。でも教養のある人の言葉という側面もあるから、月に恥をかかせないためにも必ずものにしなさいよね」

 

 つん、と顎を上げてあくまでも友のためという姿勢を崩さない。しかしこれはガイウスにとっても有益な技術だ。ただでさえ侮られやすい身なので、言葉という分かりやすいステータスがあるのは心強い。わざわざこれを教えようとする賈詡の優しさを汲んで、ガイウスは頭を下げた。

 

「じゃ、今度は授業料ね」

「はい」

「大秦は幾つもの州なら成っていて、すべて等しい条件ではない。これって漢と変わらないように思えるのよね」

 

 話は賈詡が最も関心のある政についてだ。漢は皇帝、外戚、宦官の三つ巴の勢力があり、そのときもっとも強い勢力によって運営される。今は何大将軍とその妹何大后、そして宦官の力が強い。外戚は一族の繁栄を望み、宦官は富を望むのは歴史が証明している。この三竦みは不健全だ。

 

「そもそも国を運営する側が違います。国を運営するのは元老院──この国の朝廷です。その代表が皇帝なのです。皇帝の交代は制度上可能です。また権力を持ちすぎないように常に運営の厳しい州や前線となる州の運営を預けられ、他の安定した州を元老院が監督します」

「宦官や外戚を含めた国の運営者が指名するのではなく、最初から統治する場所を分けているのね。実際の州の運営は誰がやるの?」

「元老院の州は議員すなわち官吏が。皇帝の州は皇帝が雇った騎士──つまり属吏が行います。議員は数が少ないので、元老院の州を皇帝の属吏が行う場合もあります」

 

 州刺史(朝廷の一員の扱いとして)も皇帝もその俗吏も軍を持てる。内乱が起こりそうな制度だ、と賈詡は感じた。軍を持つことができるということは反乱を起こせるということだ。それは漢にも言えることだが、政治職と将軍職は別々のものだ。同一人物に与えられることも多いが、片方のみ剥奪することも出来るので大秦ほど危険ではない。

 前線を担当させられる皇帝やその軍は不満が多いだろう。それでも反乱が起こらないのは軍が強いからだろうか。掠奪品や賠償金で兵を慰撫しきれている可能性はある。しかし戦に常勝はない。

 実際には兵役が一種のステータスであり、政治の世界への第一歩であることや、市民権を得る手段であるから軍役に漢ほどの不満はない。

 しかし、いずれ負けこんだり元老院領との格差が出れば内乱が起こる。このとき賈詡は未来のローマの運命を読んでいた。

 

*** 

 

 董卓邸には来客が多い。一番は賈詡で間違いないが、代表的なものは宮内からの使者である。劉協殿下からの私的な文が届けられ、董卓は参内のときに返事を持参した。国家の中枢を担う官職にある名士やその代理、彼らとの間を取り持ってほしい下級官吏なども来訪し、彼女はそれらに丁寧に対応した。

 しかし忘れてはならないのは漢にその人ありと謳われる武人で、さきの黄巾の乱で活躍した呂布や張遼。そして涼州の乱で活躍した華雄という武人たちである。武官の職務の傍ら、暇さえあれば屋敷に上がりこんでは酒を飲み、飯を食らう。当然珍しいガイウスの存在は彼女たちの目にも留まった。

 

「ほえー。馬の全身を鎧で固めてなお俊敏に駆けよるんか。その、安息の馬っちゅーんは」

「重くて馬がかわいそう」

「せやな。馬が逞しいんか、鎧が軽いんかは分からんけどすごいことや。兵はビビり散らかすやろ」

 

 酒瓶をまたたく間に空にしながら、重装騎兵に関心を寄せているのが張遼。難色を示しているのが呂布である。

 

「はい。実際に対峙したわけではありませんが行軍を見たことがあります。騎兵の突進も怖いものですが、あれは桁が違います。何しろ重りをつけた馬の走る音は凄まじい。青銅や鉄の擦れる甲高い音や反射する光も恐怖を煽ります。近づけば金属の壁が迫ってくるようにしか思えないでしょう」

「ふーん。天下の騎馬隊を率いるウチとしては気になるなぁ」

 

 と、そこで張遼は酒で湿った唇を舐めてにんまりと笑った。

 

「で? その安息でも自分らがよく飲む葡萄酒を飲んどったんか? それともほかにおもろい酒があるんか!?」

 

 張遼はずいと上半身をガイウスに寄せた。彼女の装いときたら豊満な胸をさらしでまとめた上に羽織があるだけなので、ガイウスは頬を強張らせた。

 

「もちろん葡萄酒がよく飲まれる。ローマにもパルティアにもギリシャ人──ワインを作った人がいる。ああ、麦や他の果実の酒もあった」

「強いんか!?」

「いや。こちらとそう変わらない。しかし道中で噂を聞いたことがある。なんでも酒精を強くする試みがされているとか……錬金術師という輩だ」

「おお! それが成功したら漢にもその酒が来るかな? 待ちきれんくて西へかっ飛ばしてまうかもしれへんなあ!」

 

 蒸留器の誕生ははるか先、八世紀のことである。

 

 ***

 

 彼女たちの中でもっともガイウスが対応に気を配ったのは華雄である。何度か会話を重ねていくうちに、彼女が強者との戦いを好む武人であることはすぐに分かった。さきの涼州の乱でも韓遂と戦い、その配下の武将を討ち取ったという。

 

「韓遂は強かった。できれば馬騰ともやり合ってみたかったが……いずれ機会があるかもしれん。そういえば強さはさほどではなかったが骨のある男がいたな。そう、お前と同じ異国の者だ」

 

 西域から漢にやってきたキャラバンから徴収された奴隷兵がすぐに思い浮かんだ。他にも匈奴とソグド人との狭間で生きてきた民族も軍にいた。しかし骨のある男とあってはガイウスは一人の男しか知らない。

 

「名は……」

「うむ。ヘイシュクのような音だった。ハシュケイだっか? 異国の名は難しい」

「そうですか。やはりヘラシュク、君か……」

 

 酒器を持つ手が止まる。水面には寡黙な男が映ったような気がした。

 

「やはり知人だったか」

「ええ、友人と思ってました。私達は長年戦争をしてきた国々の出身です。しかし彼とは馬が合った」

「ふむ。ワタシを恨むか?」

 

 華雄の視線がまっすぐにガイウスを捉える。許しを請うわけでもない、ただ本心を問うだけの真摯な眼差しだった。

 

「いえ。奴隷とはそういうものです。それに彼は戦士だった」

「そうだ。あいつは戦士だ。分かってるではないか!」

 

 快活に笑って、華雄は酒をぐいを飲み干して、新たに酒を注いだ。

 

「安息の戦士の魂に」

「ヘラシュクの魂が故郷へ還っていることを祈って」

 

 以降、二人が彼について話すことはなかった。

 

***

 

 董卓の屋敷の常連の中で、最も掴みどころのない人物は間違いなく呂布である。日頃から空を見つめて呆けていることも多いが、食事を前にすると豹変する。ガイウスが聞いた話では大陸随一の武を持つらしい。

 

「……?」

 

 人の頬はこれほど膨らむものかと感心しながら、ガイウスは次々と饅頭を吸い込んでいく口をずいぶん長く眺めている。

 家主が用意したものに加えて、客人たちが土産として買ってきたそれは優に五十は超えていたというのに、今や十もない。

 もきゅもきゅと肉汁が溢れ出た餡と生地を咀嚼している様は牧草を食らう馬でも見ているかのような心地になる。

 

「……食べたい?」

「いえ」

「そう。よかった」

 

 口数少なく饅頭を放り込む少女、呂布。よかったとはなんだとも思わないガイウス。あまりの食欲は何度見ても豪快で気持ちがいい。

 ガイウスはまだ見ていたい少しばかりの衝動を抑えて腰を上げた。調理場へ移ると故郷のものとは異なる形の窯の蓋をずらして串を差し込む。悪くないと判断したガイウスは、中の物を箸で取り出した。

 

「いい匂い」

 

 隣にいつの間にか呂布がいた。視線は今現れたものに釘付けである。

 

「故郷の饅頭だ。固いからよく噛みなさい」

「わかった」

 

 その場で一つ鷲掴みにされたパンは呂布の顔ほどの大きさがあった。直接食らいついた彼女の顔がパンに埋まる。

 

「ん。りんごの味がする」

「あなたたち漢の人は具を入れるのを好むから、林檎を刻んで混ぜてみた。どれ」

 

 ガイウスも一千切りしたパンを口に放り込む。林檎の水分のせいか、少し柔らかい。ワインやスープで流し込む必要もない。少し工夫すればもっと旨くなりそうな気がした。

 

「さあ、あっちで食べるといい。私は次の分を焼いてから残りを持っていきます」

「ありがとう」

 

 窯に休ませていた生地を放り込む。竈門の火は点けっぱなしなので窯の中は十分に熱されている。

 パンの中に入った籠を持って客間に戻ると、ガイウスの目に犬が一頭目に入った。

 

「お前も食うか」

「ワン!」

「そうか。麦と林檎なら問題ないだろう。ほれ、少しだけだ」

 

 呂布の家族、赤兎に己の食いかけのパンを割いて与える。呂布がこちらをみているが、何も言わないので問題ないのだろう。既に彼女の手にあるパンはふつうの饅頭ほどになっていた。

 

「恋ー! まだおるかー!」

「ん」

「ってなんやこれ。かちかちの饅頭かいな。大秦の飯? 面白そうやん、ウチにもわけてーな!」

 

 新たな客の訪れに、ガイウスは調理場で仕込んでいた果実酒を取りに戻った。

 

***

 

 董卓の屋敷には様々な書物が有る。故郷ローマより使い勝手のいい植物紙に書き留められた書物には様々な知識の写本がある。

 兵書である「文韜」「武韜」「虎韜」「孫子」や儒教の「経書」「論語」、歴史書の「春秋」、農書の「呂氏春秋」や「氾勝之書」など多岐にわたる。おそらく賈詡のものも混じっているのだろうが、彼女たちの博学には頭が上がらない。

 ガイウスは基本的に暇なので、家事を行う以外はこうした書物を読み解くことを日課にしていた。

 

「おう、凱植粛。なんや今日も読書か」

 

 彼が分厚い竹簡をゆっくり辿っていると、ひょっこり顔を出した張遼が話しかけた。右手は腰に提げた酒瓶に添えられているから、きっと酒を飲み歩きながらやってきたのだろう。

 

「ええ。孫子です」

「おお、孫子か! わかっとるやないか。一番の兵法書や!」

 

 漢の頃、孫子は最新の兵法書であった。孫武が書き記した原本を初めに弟子たちが書き加えた数々の項目。そこに曹操をはじめとする数々の兵法家がこの時代までに様々な注釈本を執筆した。ガイウスの講師である賈詡もその一人である。

 

「詠もなんや書いとったで。ま、孫子はぎょーさん篇があってかなわんから、うちも建陽様(丁原)や詠に教えてもらったんやけどな」

「たしかにここにあるだけでも十冊以上ですからね。賈先生が執筆したときに集めたものでしたか。秦の時代もものは文字すら読めません」

「あっはっは。そらうちもや! せや、今度詠も交えて大秦の兵法書のこと教えてーや。なんか覚えとるか?」

「えぇ、少しなら」

 

 難しい顔をしてガイウスが顎髭を撫ぜるのを、張遼は大笑いしながら背を叩いて帰った。

 その夜、董卓の屋敷には赤ら顔の張遼と賈詡がガイウスの向かいに座っていた。

 

「それで? 何の用よ霞」

「凱植粛が大秦の兵法書を覚えてるって話やから、ちょっと聞いてみよかって思ってん。詠も気になるやろ?」

 

 賈詡の視線がガイウスを貫く。細めた目がなぜ今まで隠していたのかと訴えている。

 

「覚えているというほどではありません。あくまで一部だけです」

「あっそ。まぁアタシに必要な知識ならいいんだけど? どうかしらね」

「まあまあ。そんで? 大秦の孫子はどんなもんなん?」

 

 ローマ帝国時代に存在する兵法書はいくつかある。代表的なものといえば1世紀のセクストゥス・ユリウス・フロンティヌスが戦略論という野戦の指南書だ。ポリュアイノスの戦略論は優れた謀略や政略が記されている。おそらく今頃一巻が皇帝に献上されているだろう。

 

「実のところ、大秦では兵法書はありません。過去の戦例を個別に取り上げ、優れた点や忌むべきことを学びます」

 

 古くはギリシャのヘロドトスの歴史書にペルシャとの戦争が描かれている。キケロもこれを参考にして戦った。しかしこの時代最も有名な歴史書で詳細な軍事的記述があるのはガリア戦記だ。

 

「春秋から戦術を学んでいたようなものね?」

「はい。ですから今回は……まさにローマが春秋であった頃の話をしましょう」

 

 春秋とはかつての王朝周の力が弱まり、大陸に大小様々な国があった頃の中国の時代である。後にこれが統一されると秦が出来て、その崩壊によって漢が生まれた。

 一方ローマはローマという都市国家から拡大を繰り返して生まれたが、共和政の時代はローマを代表とする同盟都市の集合体という形に近い。大きな観点からいえば周とその他の国に関係は近かったとも言える。

 

「ローマには多くの同盟都市がありましたが、他方で敵国も存在します。その時は海を隔ててカルタゴとマケドニアという敵がありました。マケドニアはかつて東に大遠征を行ったのでクシャーナの文化にも影響があります」

「そうなの?」

「はい。仏教にある仏像という芸術もその一つです」

 

 実はかつての仏教では写実的な仏像を作ることをしなかった。しかしヘレニズム文化の到来により、西洋の彫刻技術が伝わり仏像や菩薩像が生まれる。これは後に朝鮮半島や日本へも伝わった。

 

「もう一方のカルタゴにハンニバルという将軍がいました。ローマを長安としたとき、カルタゴは巴蜀で漢中まで進出していました。そこで彼は山道を通って長安のすぐ西に出るという意表をつく行軍を行います」

 

 有名なアルプス越えである。

 

「彼の優れたるところの一つは、遠征を行うために兵の損耗を極力避けるために最大限の努力をしたことです。まず山脈周辺の部族の協力を取り付けます。そのために一度ローマの軍と戦って勝利し、自らの実力と将来の報酬を示しました」

「『善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも、而も戦うに非るなり』ね。最小限の戦闘で最大の戦果を得ている。兵法に通じた見事な将軍だわ」

「はい。しかし彼を最も有名にしたのはカンナエの戦いです。ローマ近郊まで来たハンニバルは実のところローマの智将ファビウスによって苦戦を強いられます。彼は勝てる戦いしかしない将軍でした。一方でハンニバルも兵の損耗を抑えるために戦いを避けます」

「軍形篇ね。『勝は知るべくして、為すべからず』とはこのことよ。確かに体系立てて兵法が記されているわけじゃないけど有用な知識が残されているのね」

 

 賈詡はローマが大国であることに納得した。一方で黄巾の乱においては兵法を理解できていない人物が多く、苦しめられた。朝廷は大軍を動かせばよいとしか考えておらず、大軍を動かすには大量の資源が必要なことを忘れている。軍は鈍重になり、自由に動ける黄巾にいいようにされたのが官軍だった。

 

「しかしファビウスのこのような戦い方を臆病と考えるローマ市民が多く、指揮官が変更されます」

「あっちゃあ。どの国にもそんな奴がおるねんなぁ」

「次の指揮官は早々に決戦を望みました。七万のローマ軍と五万のカルタゴ軍が戦ったと言われています」

 

 カンナエの戦いが今なお優れた戦いだと語られているのか。それにはいくつかの理由がある。第一にローマ軍が単純な横陣をとったのに対し、カルタゴ軍が鶴翼の陣をとったことである。しかも中央には最も弱いガリア人の歩兵を置き、その両脇をハンニバルとハンノという将軍率いる精強な歩兵で固めていたため、ローマの歩兵は深くカルタゴ軍に食い込んだまま抜け出せなかった。第二にカルタゴの騎兵の完璧な動きである。左右の騎兵のうち片方だけが突破できたとき、もう一方の翼を背後から殲滅し、それから中央の歩兵を完全に包囲した。

 あまりに鮮やかに翼包囲を成功させたので、後世でもこの戦術を教材にした軍隊があったほどだ。

 

「うわー。これ成功させたら気持ちええやろなー!」

「これは大秦側の士気はガタ落ちだったんじゃない?」

 

 二人のいうことは正しい。この戦い以降ローマからは同盟都市が大量に離脱する。ハンニバルはそれらの都市から補給を受けることが可能になり、ローマはこれらを制圧する必要が出来た。しかし同盟都市の存在がハンニバルの行動を制限し、最終的にはカプアの戦いでローマが大勝して同盟都市は再びローマ側につく。まさに『勝を見ること、衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり』である。ハンニバルは勝ちすぎてはいけなかった。

 三人の談義はさらに続く。トレビアの戦い、ゲロニウムの戦い、カプア包囲戦。特にヌミディア騎兵の活躍に張遼は大いに歓喜し、賈詡は若きスキピオ・アフリカヌスが元老院に疎んじられながらも戦果を挙げていく様を満足そうに聞くのだった。




二世紀頃のローマ帝国の歴史書や軍事指南書といえば、ガリア戦記が最新なので読み直したいところ。前回読んだのは10年くらい前なので……。
今後の戦乱でガイウスの行動に説得力を持たせられると思います。
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