秦・恋姫†無双   作:aly

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現在潼関の戦いを執筆中。全然進まないのは恋姫の省略っぷりと正史や演義、ローマ的要素との妥協点が中々見つからないこと。大規模な改変になるかも……。


反董卓連合

 

 西園八校将。史実ではこの結成によって劉広は皇帝でありながら将軍であるという至上将軍を名乗る。それはまだ鎮圧ままならぬ黄巾の乱に対応している各州各郡への恣意行為でもあった。

 曹操は派手に着飾り踏ん反り返る袁紹を一瞥した後、参列している諸侯らを順番に品定めをしていた。

 彼女ですら滅多に訪れることを許されない宮城の、政治や軍を司る高級官僚たちが帝に施策を進上するための部屋には七人の諸侯とその直臣が列を成している。

 荀彧の出身である豫洲潁川郡の名家淳于氏の淳于瓊。司隸の生まれの馮芳はまず間違いなく家柄で選ばれている。下軍汝南黄巾賊相手に活躍し、涼州の乱にも繰り出した鮑鴻は功績で選ばれたのだろう。趙融と夏牟についてはよく知らなかったが、趙融の膨らんだ腹では武勲を立てたとは思えなかった。

 袁紹も家柄で選ばれたとすれば己はどうだろう。黄巾賊の本陣を一番に制圧した実績と家柄が半々だろうか。列の端に陣取る蹇碩を見て、曹操は目を閉じた。蹇碩とは因縁がある。かつて洛陽で騎都尉をしていた頃、厳格な法の下で彼の叔父を棒叩きの刑に処して死に至らしめたことがある。とはいえ宦官の中では絶大な権力を有する中常侍であるから、宦官に連なる曹操を招集するのは理にかなっていると思えた。

 一方で一刀は緊張のあまり、居並ぶ人物を注視することはなく、むしろここまでの道程で出会った人々を思い返していた。

 まず、宮城内の案内役を買って出た二人の少女、董卓と賈詡。董卓といえば言わずも知れた悪逆非道の人物で、洛陽を焼いて長安に遷都したことや酒池肉林で知られている。賈詡もまた曹操の敵に次々と仕え、張繍の下では曹操の嫡男曹昂と典韋を失わせた。その後官渡の戦いの折に曹操に下ってからはその智謀を存分に発揮している。

 とはいえこの世界の曹操に子供はいない。一刀には珍龍で出会った呂布が人を裏切るような人には思えなかったから、彼女たちの未来はよく分からない。

 とにかくそんな彼女たちだが、一刀は一目見たとき衝撃を受けた。曹洪に足を強く踏まれるほど見入った。董卓の眼尻は緩く垂れ下がり、ふわりと持ち上げられた口角は柔和な雰囲気を醸し出していた。幼く可憐な少女を愛好する曹洪もまた彼女の清楚な美貌にノックアウトされている。

 

「皆さんの案内役を務める董仲頴です。こちらは賈文和。ここまで入ってしまえばあまり急がなくても大丈夫ですよ」

 

 宮城に入ったときに彼女は待ち受けていた。ゆったりとした話し方は曹純に近い。一刀はまるで役に立ちそうにない歴史知識が音を立てて崩れ去っていく幻影を見た。

 

「そういえば──」

 

 歴史知識と考えて一つ思い出した。

 

「ここに来るまでに変わった男の人を見かけたんです。布を被った背の高い人なんですけど、あれはたぶん安息とかもっと西の人なんじゃないかと思うんです。洛陽では珍しくないことなんですか?」

 

 それは洛陽の南門から宮城までの道のりですれ違った男だった。

 

 洛陽に入ってすぐのところで留まっていたのも束の間、曹操率いる一行はやや早足で大通りを真っ直ぐ進む。最初は露天なんかを見てみたかった、なんて考えていた一刀だったが、すぐにそんなことは忘れてしまった。この中で誰よりも足が遅くて体力がないからだ。

 禁城の規模の大きさゆえに距離感が狂う。まだ辿り着かないのかと何度も前方を確認していると、その禁城の方角から男性が一人歩いてくるのが見えた。この時代の男性にしては背が高い割に、布を被っていて顔が見えづらいので余計に目立つ。

 一刀は中東の人のようだと思った。ターバンのように見えたからだ。これは一刀の誤りで、頭巾はクーフィーヤやゴドラと呼ばれるスカーフである。

 古代中国に来てから初めて見るファッション──頭巾なら荀彧が被っている──だったので気になって見ていると、風が吹いて布が舞った。高い鼻、青みの強いグレーの瞳。そして浅黒い肌。この時代にも地黒の人はいるが、一刀にはそれが全く違うものに見えた。言うなれば、インドや中東の人のようにも思える。

 

「華琳、あの人……」

「なに? ふぅん、珍しい民族ね。色は濃いけど南越族とは違う。昔西域から来た奴隷を見たことがあるけど、それに近いわ」

「そう! 西だよ! 今は安息とか大秦っていうんだっけ? そういう人も洛陽にはいるの?」

「大秦人はいないわよ。安息人なら少しはいるかもしれなぃね。でもそんな遠くから連れてくるなんて無駄ね。物珍しさだけなら貴霜でも十分に演出できるわ」

 

 貴霜とはクシャーナのことで、現在のインドである。洛陽に住む彼女たちなら、と思って質問を投げかけたのだが、返ってきた反応は思っていたものと違った。

 董卓は何も言わずに微笑み沈黙した。どういうリアクションなのだろうかと思うが、その美貌に思考がうまく働かない。これほど優しく笑みを与えてくれる人は曹操の元にはほとんどいないからだ。

 

「珍しい、と思う。もちろん西域以西の奴隷はいるわ。名家や豪商のところや後宮にでもいるんじゃない? でも数はそんなに多くないから、本物なら幸運だったと思えば?」

 

 ピシャリと賈詡が董卓の言葉を待たずに告げた。董卓とは対称に眼尻を鋭く釣り上げた彼女は風貌だけではなく口調まで厳しい。そんな彼女の言葉は、まるでそれ以上話すことはないというように思えた。

 

***

 

 特別豪奢な部屋へ通される。テレビで見た海外の宮殿に勝るとも劣らない金や宝石の装飾。その空気だけで萎縮してしまいそうになりながら、一刀は夏侯淵の先導で曹操がいる前列とは離れた後列に並ぶ。

 緊張を紛らわすように視線を彷徨わせれば、偉そうな武官や先日書簡を運んできた役人などがいる。最後にやってきた袁本初で全員だったらしく、式典の開始とともに一刀は陳桂に倣って平伏した。こっそりと一瞥した先には幼い少女が玉座に座っている。

 

「皆、此度は大儀であった。今後も朕の西園軍を支える八校尉として、一層奮励努力するように」

 

 陳桂の諫言ですぐに視線を床に戻す。気だるげな声で発せられた玉声は色気を感じさせる。一瞬映った相貌からは独特の魅力すら感じられた。

 

(あれが皇帝か……)

 

 三国志に登場する皇帝はお飾りかと思っていたが、とんでもない。人の上に立つ魅力を備えている。それがどうして今後の混乱を招くのか、一刀には不思議でならなかった。

 

「続いて尚書令、劉伯和様」

 

 今度は頭を上げることを許される。劉協もまた幼く、彼女は形式的な挨拶──天子がすでに自らの軍と認識していたら西園軍の任命を宣言し、印綬を宦官から曹操たちに授ける。ちなみにこの宦官は女性だったので一刀は驚いた。彼の認識では宦官は去勢された男だったからだ。しかし史実でも女の宦官は存在する。不義を働いた女性を隔離する宮刑というものがあったからだ。

 続いて偉そうな武官改め何進大将軍の演説が始まる。それは漢の軍の精強さを自慢するもので、事あるごとに「我が軍は」という主語とともに、もっと訓練に励み、黄巾の残党狩りに勤しみ、新たな不穏分子を徹底的に潰すようにという命令だった。

 しかしながら八校尉は軍を持たない名誉職であるから、実際には自身の軍を動かさなければならない損な役回りである。

 

*** 

 

 全てはガイウスの知らぬところで起きていた。一介の奴隷──董卓は使用人としか考えていないようだが──にとっては家がほとんど全てである。彼女たちが政治の重職に就いていることと軍事にも携わっていることは知っていたが、言い換えればそれだけだ。

 このとき、権勢を増す宦官と成り上がりの后妃と大将軍による幼い帝と妹王をめぐっての対立があった。董卓は妹王、劉協派である。中立に近いゆえに両者からの圧力も大きい。その状況を親友の賈詡が黙ってみているはずもなく、政争しいては陰謀へと足を踏み入れている。

 事態がガイウスにも明らかになったのは、洛陽の外から来た商人による「董卓の悪政」なる噂が洛外で蔓延っているということを耳にしたときであった。

 董卓討つべしという機運が高まり、河北の名家が長である袁紹の檄文が大陸中に送られた。それは皇族劉焉から県令に過ぎない劉備にまで届く。

 賈詡の耳に入ってから間もなく、参加を表明する諸侯が次々と名のりを挙げていく。唯一の救いはほとんどが洛陽の東に拠点を置く者ばかりで、西にある有力な劉焉は不参加。涼州は馬家といくつかの豪族が参加するのみであったことだ。

 

「ボクなら……というかふつうなら数の利を活かして包囲する。河北、潁川、南陽あたりに駐屯すれば糧道も固い。対する洛陽側は汜水関、陽城、潼関あたりに守兵を配置しなければならない」

「道理やな。間断なく仕掛けられたら休息も援護もままならんちゅーわけやな」

 

 今回の戦はまず間違いなく宦官の仕込みだ。単純な袁紹を煽る細工をしたのだろうと賈詡は確信している。董卓と何進をここで袁紹に討たせて、自分たち宦官は帝の陰で平伏しておけば、これまで通りの権勢を保てられる。

 劉協と接近しすぎたことが遠因だが、悩む幼帝を心優しい董卓が放っておけるはずもなく、賈詡もまた主のためなら戦なぞなんの障害にもならない。ここにはそんな仲間が集っていた。

 

「でも相手の盟主は袁本初。はっきり言って馬鹿ね。だからこそ何をするか分からない。他に参加する諸侯も勝ち馬に乗りたいだけのぼんくらがほとんどよ。袁本初や袁公路の意見を退けられる力はない」

「……ふつうの策をしない?」

「そうよ、恋。全軍を一箇所に集めてこちらに見せつけるなんて暴挙に出ても驚かないわよ、はぁ」

「うりうり。ため息ついたら幸せが逃げるで? 凱やんの用意してくれた甘味でも食べて落ち着き」

「甘味」

 

 賈詡より呂布が食いついたが、毒気を抜かれた賈詡は凝ってきた頭を拳で按摩して改めて敵の顔ぶれを思い出した。

 西園軍任命式で目にした袁本初。金色の鎧で揃えた親衛隊を伴にするほど目立ちたがりの馬鹿だが、肥沃な土地と豊富な人材を持つ名家。兵数も多く、それを維持する兵糧も十分にある。

 同じ席にいた曹猛徳。野心家で武に長けた臣下を持つ。城を案内したときにいた男が凱植粛を気にかけていたのも気になる。

 汝南袁家の袁公路はさらに馬鹿だが、やはり財力に物を言わせた兵数と、孫文台の娘たちを飼っているのは危険だ。

 孫伯符は文台の長女は親譲りの気性で華雄と因縁がある。個の武はこちらと遜色ない。

 残るは河北の雄である公孫瓚、涼州の馬超、徐州牧の陶謙、何進派の鮑信、北海太守孔融、日和見主義の劉表、そして檄文を飛ばした橋瑁らがいる。

 

「常道で来ない場合特をするのはボクたちのほう。だから馬鹿を誘導する。あえて先んじて汜水関に戦力を集中させる用意を見せれば、袁本初なら挑発に乗る」

 

 危険な賭けだ。特に黄巾の折に智謀を見せた曹操には見破られるだろう。しかし味方の数が多すぎることが彼女の脚を引っ張る。

 

「ボクは洛陽に残って宦官の動きを見張るから、皆は汜水関をお願い。ここに敵を集めればあとは士気と糧食の勝る者が勝つ」

 

 そして賈詡にはもう一つ仕込んでいる策があった。

 

***

 

 戦の噂が洛内に広がっている。食べ物を運ぶ馬車が頻繁に門を出ていったり、訓練で傷だらけになった兵士が酒で疲れを癒やす姿をよく見るようになった。

 安全上の問題から、ガイウスは一人で外出をすることはないが、隣で果実を頬張りながら、戦の話を聞こうとする八百屋の店主に「大丈夫」と答える呂布からは平時とは異なる力強さがある。それを聞いて、ガイウスはやはり噂は真実なのだと確信した。

 そもそも最近は董卓邸を訪れる客もめっきり減っていた。おそらく戦の準備に駆られているのだろう。

 ある日董卓と二人になった。

 

「この国は内乱が多いですね」

 

 小細工なしの正面からの問いに、董卓は走らせていた筆をぴたりと止めた。

 

「悲しいことです。高祖が中華を統一してから、これほど荒れるのは王莽以来です。大秦は平和なんですか?」

「いえ。戦は常にあります。我々の場合は外敵との戦が悩みの種です」

 

 ローマは共和制末期の内戦以来、基本的には版図を広げるための戦争を絶え間なく続けている。ローマ文明を広めることが尊ばれていると同時に、強い執政官──皇帝こそ理想なのである。

 

「高祖や武帝のころは匈奴も難敵でしたが、今はずいぶんと弱くなりました。外に敵がいなくなれば内で争うのは世の定めなのでしょうか……」

「さて……しかし黄巾で地位ある方々が兵を持ちすぎたのがよくありませんでした。やはり食が充足してこその平和ということでしょう。我が故郷では古くから様々な農書が記されてきました。それを以って我々は農場を経営してきたのです」

 

 筆を置いてガイウスの話に耳を傾けていた董卓が、はじめて驚いた様相で顔を向けた。

 

「凱植粛さんの家は農家だったんですか?」

「いえ」

 

 ローマでは富のあるものが農場や牧場を持ち、奴隷に生産を任せることが常識であった。奴隷はそこで暮らし、その働きで賃金を得、ゆくゆくは独立していく。

 そういったことを説明すると、漢の富裕層のあり方を嘆いた。

 

「私たちは商いをひどく軽視してます。かくいう私も儒者の端くれですから、そんなお金の使い道を考えたこともありません」

「当然大秦人も政治のために金を使いますよ」

 

 ローマでは公共施設のための寄付は善いもののされている。建立の石碑には名が刻まれ、名声が高まり政治的影響力が増す。

 話は内乱──つまり反董卓連合に戻る。

 董卓は軍事は国のことだからという賈詡の言葉と、自分自身がガイウスに心配をかけまいという思いからこれまで触れてこなかった。しかし事ここに至ってはある程度状況を話したほうが、聡明なガイウスには良いのではないかと思った。

 

「では、私はどうしましょう」

 

 全てを聞き終えたガイウスの一言目である。主人は董卓なのでその手伝いをするのが望ましい。しかし混乱に乗じて誰かに攫われでもすれば面倒だ。しかし最も恐れるべきは董卓軍が敗北したときである。武将たちはそれぞれの信念において身の置き方を決めるだろう。自分についてはきっと賈詡が何を置いても優先するに違いない。しかしガイウスだけが宙ぶらりんであった。

 

「この屋敷から出ることを禁じます。ですが、洛陽の門が破られたときはすぐに逃げてください。涼州から馬猛起さんが参加されているので、彼女に保護してもらってください。その後は自由です。故郷へ帰るのがいいと思います」

 

 多額の私財を投げ売って保護した人間をこうも容易く手放すという董卓に、ガイウスは言葉を失った。漢に来て儒学を学んだが、徳というものを体現した人物が董卓なのだろう。

 

「賈文和殿がいますから、負けませんよ」

 

 ガイウスが返せたのはそんな陳腐な言葉だけだった。

 

*** 

 

 四方の壁が取り囲まれている。それはあっという間のことだった。汜水関が陥落したという一報が庭の外から聞こえてから一日も経っていない。虎牢関がどうなったのかも分からぬまま、袁の旗を筆頭に色彩豊かな旗が盆地に佇む洛陽の街を取り囲んだ。

 最初は数刻の戦闘と休息を繰り返していたが、いつからか間断なく城外からの攻撃が続くようになった。兵数を活かす作戦に切り替えたのか、とガイウスはすぐに判断した。

 

(これでは城内の兵は疲弊する一方。董仲潁様と賈文和殿も城内におられるが……)

 

 二人がいるのは宮内のはず。必ず秘密の逃げ道があるとふんだガイウスは董卓の言いつけ通り馬超の下を目指すことにした。

 元々奴隷だったガイウスは身軽だ。董卓に買い与えられた漢式の服に頭巾だけが彼の荷物である。外出を禁じられていたためにしまい込んでいた頭巾を手に取ろうとすると、ごとりと鈍い音を立てて何か金属のようなものが落ちた。

 

「これは……」

 

 懐刀だった。いざとなればこれで身を守れという董卓からの餞別だろう。

 

「軍神マルスよ、建国の王ロムルスよ。隣人たる彼女たちに力をお貸しください……」

 

 礼拝堂もなく、ただ天を仰ぐだけの簡素な祈りを済ませて戸口を出る。感傷にひたる時間もなかった。

 ところが、扉を開けると小さな友人が彼を迎えた。

 

「セキト?」

「ワン!」

 

 ガイウスの姿を認めると、呂布の愛犬セキトは背中を見せて駆けていく。そしてしばらく先で振り向く。付いて来いということだ。

 まだ敵は城内へ辿り着いていないのか、兵の姿はない。大きな通りを真っ直ぐに進むと城門付近の入り組んだ路地の中、呂布邸の前に彼女の軍師陳宮が仁王立ちで待ち構えていた。

 

「遅いのですぞ! しかし間に合ったのは褒めてやるです」

 

 呂布の家には多数の動物がいる。獣の匂いを嫌う上流層のいない辺鄙なところに居を構えているのもそうした理由がある。

 

「音々はもしものときに恋殿の家族たちを逃がす役目を負っているのです。ですがすぐに恋殿の下へ馳せ参じなければなりません。本来ならお前なんかに構っている暇はないのです」

 

 城の防衛を任されていた陳宮が場を離脱していることは相当な劣勢を窺わせる。ガイウスが戸惑っている間にも彼女は動物たちの縄を切り、食事を与えている。そして小動物を脇に抱えると、セキトを始めとした自力で駆けられる動物たちの先頭に立った。

 

「馬家は遊撃に配置されてます。あいつら騎兵だけで来るなんて阿呆です。おかげでお前は今からどこにいるか分からない軍を探さなければなりません。城内に来たとしても袁軍の後なので、先に見つかって斬り捨てられては恋殿の目覚めが悪くなるというもの」

 

 どこにそんな力があるのかという走力で、城壁を目指す陳宮。後ろに動物たちとガイウスが連なる。

 彼女の与えてくれた情報によるならば、遊撃部隊は同じ騎兵の張遼を追い回しているという。 

 

「音々たちは兵を連れて恋殿に合流します。それなりの集団になるので目立つでしょう。ゆえに、その後に少数の兵を連れてまっすぐ張の旗を目指すのですぞ! 今なら恋殿や華雄を追って敵も散っているのです」

 

 見目幼い音々が囮になるというのは心苦しい。しかし彼女とて本気で呂布の下へ向かおうとしている。兵法に長けている分防衛しながらの行軍は無茶ではないのかもしれない。

 一方で陳宮はもう一つ情報を与えた。城に張り付いているのは功を求める両袁軍がほとんどで、陥落寸前に他の雑軍が加わるのでその前に脱出しなければならない。騎兵には公孫軍もいるので決して間違えてはいけない。

 

「まあ、公孫白珪はお人好しなので殺されはしないと思いますぞ。ただ、大陸の最東端に領地があるのでお前にはお勧めはしません」

「ハハハ! 西か東か究極の二択というわけですか!」

「笑ってる場合ですか!」

 

 器用にも駆けながら両腕を振り上げて怒りを表現する陳宮に、ガイウスはさらに笑いが込み上げた。

 二人と数匹が辿り着いたのは一見倉庫に見える建物だった。しかし扉を開けるとそこには鎧を着込んだ兵士が数人と馬がいる。建物の奥は斜面になっていて、地面の下を続く隠し通路になっているらしかった。

 

「近くに禁城に植えてある木の元となる林があるです。これはそこに繋がっているのです。先に音々たちが行くので、百数えたら鏑矢で詠に合図をしてから進むのです!」

 

 言うべきことは全て伝えた。陳宮は敬愛する呂布の下へ疾走した。そうしてその場に残ったのはガイウスと兵士三人である。一人の手には弓が握られている。

 

「馬はないのですか……目立つし仕方ない」

 

 それにしても……とガイウスは思う。この預けられた兵士たちは何者だろうか。洛陽の防衛にも加われず、異国の男を逃がす任につかされた心境はどのようなものなのだろう。

 

「我々は董卓様にお仕えしていた人を安全な場所へお連れするよう命じられています」

 

 ガイウスの胡乱な視線に気づいたのか、兵の一人が答えを明らかにした。

 間もなく百。扉の外に立つ兵が矢を番え、鋭い音を尾に引くそれを放った。

 

「走ります!」

 

 先頭を走る兵の松明を頼りに四人は走る。はじめは急な下り坂だったものが次第に緩やかな上り坂に変容する。道はほとんど真っ直ぐだった。

 出口は木の板で、少しずれてはいたが陳宮は一応脱出後に隠していてくれたようだった。木の板の表面には苔がむしていて、頭上の木のうろと合わせればよほどのことがない限り見つけられそうにない。

 

「少し迂回しましょう。城壁に近づきすぎては袁家の兵に見つかります」

 

 土地勘のある兵士に案内は任せると決めていたガイウスは即座に頷いた。林を出る頃になると、陳宮たちの乗る馬の蹄の跡が南へと走っている。ガイウスたちは南東を目指し、戦場から付かず離れずの位置で潜むことにした。

 張遼なら敵騎兵を本隊から引き離すとしても必ず戦うために前線に戻ってくる。董卓邸でのやりとりで、ガイウスにもそういう気性は理解できていた。

 目を凝らせば遠くどこかで何れかの軍が行動している。剣戟の音が鳴り続く中、低い音が時折地面を揺らす

 。破城槌が門を打ち破ろうとしている。

 低身で駆け、最前線を通過する。陳宮の助言通り、あちらこちらから威勢の良い声とともに見たこともない旗が城へ近づいていくのが見えた。

 そのとき、砂塵の向こうで翆色の馬の旗が高速で駆け抜けていくのが見えた。その場所へ着いたときには既に影も形もなく、あるのは大量の蹄の跡だけだった。

 

「くっ……これを追っても追いつけるはずもないか」

「ええ、ここで待つか、分かれて探すかでしょうか」

「いや、待て! あれは張将軍!」

 

 馬軍が去った先の方角から、戦場に向かってゆったりと馬を走らせている女性が現れた。青龍偃月刀は遠方からでも目立っている。しかし彼女はガイウスたちに気づかずに去っていった。

 

「将軍のおられた方に行けば馬軍が追ってくるのでは?」

「そうかもしれない。よし、あの辺りで身を隠そう」

 

 荒涼に散在する岩陰に身を潜める。兵士の一人は同じ岩に、残る二人はそれぞれ木陰や身長よりも高い岩の上へ隠れた。

 西のほうから怒声や鉄のぶつかり合う高い音が聞こえてくる。ずいぶん距離はとったが、やはり大軍団の戦ともなると激しさがすさまじい。

 顎をつたう汗が岩をにじませる。随分待機しているが馬超たちは現れない。焦りばかりが募るころ、城のほうから落雷でもあったかのような音が届いた。ついに城門が破られたのだ。

 ガイウスは隣の兵士の指が岩を叩いているのに気づいた。落ち着きをなくしている。

 

「戦場に戻りたいのですか?」

「いえ、これが俺の任務です」

 

 そういう兵士の顔は真っ青になっている。

 

「同僚のために命をかけることを私は責めませんよ。もちろん、董相国様もそうでしょう。なに、これから敵兵は城に殺到するのですから、馬軍を待つくらい対した護衛は要りません」

 

 ガイウスの饒舌な方便は、元々揺らぎかけていた兵士の意思を決定づけるには十分だった。

 

「じゃ、じゃあ俺はこれで……!」

「もう会うことはないけど、あんたの無事を願ってるよ」

 

 一人、また一人と駆けていく。そうして独りになってしまったかと岩に体重を預けたとき、するりと誰かが隣の隙間に収まった。

 

「せめて一人くらいは残らねば相国様や将軍方に顔向けできませんので」

「ハハハ。君は損な性分をしていますね。でもありがたい」

 

 若い男だ。おそらく軍歴が浅い。城へ戻った兵士たちより同僚への情が強くないのだろう。しかし任務に忠実な若者というのは好感を抱ける。もし自分が将軍ならば彼のような人物を副官に置きたい、とガイウスは考えた。

 城に兵が集まるという予想は的中したようで、ここからやや城に近いあたりで怒声が聞こえた。女性のものだ。誰のものかは不明だが、周辺の戦闘音が止んだことから名のある武将同士の一騎打ちが始まったと思われる。

 華雄か、呂布か、張遼か。知己が近くにいるという事実にガイウスの腰が浮く。耳をすませようと意識が遠く先に向かう。

 

「あっ!」

 

 それは青年の声だった。同時に彼の体重が全身にかかる。覆いかぶさってきたのだ。それでようやくガイウスの意識は現実に戻ってきた。

 

「その鎧、董軍の物だな。誰を隠した!」

 

 ガイウスの視界は半分が青年で隠れていたが、残る右目は彼の肩に矢が生えている様子を写した。

 

「この方は兵士や宦官、官吏ではありません! 街の縁者を逃していたのだ!」

「そうか。しかし確認せねばならんことに変わりない。武器を捨てて出てこい!」

 

 遠くから聞こえていた女の声が近づいてくる。力を失っている青年を肩で支え、ガイウスは倒れ込むように岩陰から大地に倒れ込んだ。

 

「季衣、流々。武器を剥いで二人の顔をこちらに」

「はい!」

「わかったよ、秋蘭様!」

 

 流々と呼ばれた少女がガイウスのそばにやって来る。力なく伏せていたガイウスから懐剣を探し出して上官に放り投げる。青年も同様に剣を奪われていた。

 

「ほう。これは……」

 

 秋蘭と呼ばれた上官の顔がガイウスに近づく。頭巾はいつの間にか取れていて、ガイウスの風貌は露わになっていた。

 

「お前、この男はただの縁者ではあるまい?」

「……」

「ふっ……。その沈黙は答えを言っているようなものだな。しかし良い気概だ。曹猛徳に下るなら悪いようにはせん。我が部隊にて存分に働かせてやろう」

 

 さて、と再び彼女はガイウスを見る。

 

「こちらは私では判断できんな。華琳様に委ねよう。私は姉者の下へ行かねばならんので、二人のどちらかに本陣まで連れて行ってほしいのだが」

 

 ガイウスたちを背後から拘束していた少女たちから抗議の声が上がる。しかしガイウスらを連れて移動しては少なからず危険があり、なにより探し人である姉者が問答無用で斬り殺しかねない。

 沙汰を待っているガイウスはもはや自らの力ではどうにもならないと遠くを眺めていて、その瞳と目が合った。

 

「ふわあー! すっごく綺麗な目! なになに、この人どうしたっすか!?」

 

 そうかと思うと、その声の主は猫のような俊敏さで瞬く間に一団の中にやってきた。ガイウスの周りをくるくる移動しながら、「ほへー」や「はー」などと気の抜けた声を漏らしている。

 

「む。華侖か。ちょうどいいところに来た」

「ほえ?」

「この二人は捕虜でな。本陣まで運んで欲しい。縛った後は好きに話でもしてとくといい」

「いいんすか!?」

「ああ。頼んだぞ」

 

***

 

 さて、本陣に着いたらという約束はどこへ置いてきたのか、少女──曹仁は二人を肩に担ぐと大急ぎで走り出した。その間、ガイウスは名前や出生を聞かれ、ローマ人はみなガイウスのような風貌をしているのかなど様々な質問を矢継ぎ早に浴びせかけた。

 彼女たちの本陣に着いてからも大変だった。天幕の一つに放り込まれると、縄もかけずに質問を続けるので、近くで心配そうに佇む女性に自分たちに縄をかけることと、青年の治療を頼まなければならなかった。

 

「浴場! いいなー。行ってみたいっすよー」

「たしかに心地よい場所ですがそんなに気に入りましたか?」

「気に入ったっす! いろんな温かさの水があって、身体も動かせる。何より服がいらない! まさにわたしの理想郷っすよ」

 

 肝心の曹仁はこの様子である。政治や軍には全く興味がないらしく、庶民の暮らしに夢中になっている。その質問会はなんと夕刻まで続いた。

 曹操がガイウスのいる天幕を訪れたのは日が傾く少し前のことだった。別の天幕で何進とその妹何大后の訊問を終えた足での来訪である。

 曹仁との会話を聞いていたもう一人の少女、曹純によって簡潔にまとめられた記録を一瞥すると、彼女はガイウスを舐め回すように視線をやった。

 

「大秦の出、とあるけれどこれを証明するには……一刀」

「へっ?」

「大秦に関する問いを何か言ってみなさい。当然だけど今より古いものよ?」

 

 曹操の後ろに控えていた男は突然の名指しに驚いた様子だった。しかし曹操の命令(後半は耳元で囁いたのでガイウスには聞こえなかった)を聞いて納得したらしい。少し思案した後、彼は「カエサルが遠征したのは?」と問うた。

 

「ガリアです」

 

 曹操の視線に一刀は頷いた。

 

「あなたは奴隷として漢までやってきた。実は私達はあなたを洛陽で見ているの。あなたが董仲潁の縁者だということは分かっているけど、どうも逃げられたみたいだから今はどうでもいいわ。あなたが大秦人であるならば、私達とは異なる知識や考え方を持っているはず。それをこの曹操のために奮うというのなら生かしておいてあげるわ」

 

 ガイウスには天幕の空気が一気に冷え込んだように思えた。曹操の後ろに控える人物が持つ大鎌。その切っ先が喉元を這っているような気さえする。

 

「分かりました」

 

 ようやく絞り出せたのはそれだけだった。

 

「よろしい。ところであなた名前は? ああ、大秦には真名の文化はあるのかしら」

「いえ」

「ではあなたを唯一示す名以外を教えてちょうだい」

 

 そう言われて困惑したのはガイウスである。ローマ人は個人名、氏族名、家名から成る。場合によっては称号などが連連と続く。しかもガイウスは六男という意味であり、ローマ人には山ほどいる名前なのだ。

 

「氏族名はリキニウス。家名はアウスです」

「は?」

「あっ。そうだ、ローマ人は名前が長いしややこしいんだよ。マルクス・アントニウスとかマルクス・クラッススとか覚えるの苦労したんだよな」 

 

 曹操は一刀に続く異国の文化にこめかみを抑えた。

 

「これでは生活に不便しそうね。まず最初の仕事よ。陳留に帰るまでにこちら風の名を決めなさい。命名法はあなたの面倒を見ていた子の妹、曹子和に教わりなさい」 




世界史な苦手な人はローマ人名と〇〇何世が原因説。あると思います。
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