ファンタジーの片隅にて   作:クロイナニカ

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宿屋

 この町では冒険者として登録したとき、ギルドの施設に設置されてる宿泊用のスペースを二日か三日ほど貸し出される。

 

 普段は他の町から来るギルドが直接依頼を出した冒険者や、王都から監査などの理由で不定期に派遣されてくる職員などのために使われる部屋だ。

 主な使用者がかなりの上客なので、室内の装飾としてはかなり良い。

 しかし、町によっては外部からの冒険者があまり来ないなどの理由で、半年に一度に来るぐらいの上客のために部屋を維持するというのはとても面倒なことだった。

 

 そのため、少々上品質なベッドのシーツなどの物が取り払われた状態で、新人にのみ貸し出すという方法でその部屋は使われていた。

 一度、何故新人のみなのかと、顔見知りの受付嬢に聞いたところ。

 

「事情が事情なのであまり長期間貸し出せないことと、新人さんの予定の調整をするのに便利だからでよ。

 新人の教育のとき、こちらが用意した教育係の方を待たせて遅刻や失踪とかされて予定が崩れたら困りますからね」

 

 とのことだそうだ。

 さて、現在ロゼはギルドの用意した部屋に住んでいるのだが、ギルドの事情を鑑みると、彼女はそろそろ宿泊している部屋を退去しなければならない。

 そんなわけで、俺はロゼがこれから生活する拠点を作るための宿探しをしているところだった。

 

 と言っても、この町では宿をやっているところは四件ほどで、その半分は町から町へと移動する旅商人のための宿だ。

 なので紹介するほど宿は多くないし、なんなら今向かってる宿屋に俺は住んでいる。

 

「そういえば、ガルドさんとか他の冒険者さん達が席に着くときに机を叩いていましたが、あれって何ですか?」

 

 日が落ち始めて月が薄ぼんやりと見える道すがら、ロゼは唐突に問いかけてきた。

 一瞬何のことかを考えたが、ガルドが俺たちの使ってる机を二回ノックしたときのことを言っているのだと気が付く。

 

「あぁ、……あれは相席していいかって合図だよ。

 同意するときは一回か二回、特に決まってないけど同じように机をノックするんだ」

 

 などと返すが、実はそれで合ってるかは知らない。

 教えてもらった話ではなく、誰かの会話を聞いて知った話でもない。

 ただ他の冒険者がやってるのを見て、そういうものなのだと解釈してるだけだ。

 

「へぇー、……断るときは?」

「机の上を手で掃うんだ。それでも無視する奴はするけどね」

 

 主にガルドとか。

 あの野郎、新人におごらせるために伝票を持っただけなのに、さりげなく自分の伝票も混ぜやがって。

 なにが「ちょっと今手持ちがねぇんだ」だよ、お前万年金欠じゃねえか、子供に奢らせやがって。

 

 空を切るように手を振って、呆れたため息とともに思考を掃う。

 諦めよう、アイツに貸した金が返ってきたことはないし、それは今に始まった話でもない。

 

 さて、宿の話の続きだが、実はクエストの報酬の譲渡と宿屋の紹介までが新人の教育という依頼の範疇だったりする。

 まぁ報酬の譲渡は任意らしいのだが、新人の教育という依頼を任せる人は、そもそもそれができるような人を選んでいるのだそうだ。

 

 実際、普段の俺は今回譲渡した報酬の二十倍ぐらいの報酬がでるクエストを受けている。

 仕事用の雑費や生活費以外ではあまりお金を使わないので、どっかの野郎と違って金銭面で困ったこともあまりない。

 だから譲渡することに躊躇することもなかったし、そもそも譲渡した分の報酬の一部が新人の教育の報酬に追加されるらしいので、損をしたという感覚もなかった。

 おそらくだが、ロゼはそのことを知らない。

 ギルド側としては、そういう冒険者になってほしいという教育方針なのだろう。

 何故ギルド側がそこまで新人に労力を割くのだろうか。

 巡り巡って必要なことなのかもしれないが、冒険者が需要に対して少ないという話を聞いても、やっぱり理解はできない。

 

 ――俺の時はどうだっただろうか?

 

 たどり着いた宿屋を見上げて思い返す。

 今住んでいる宿屋は、確か紹介されたものだ。

 報酬は、……どうだっただろうか。

 渡されたものをただ受け取っただけなので、よく覚えていない。

 あの日は何を食べたのだったか。

 

 ……あぁ、そうだ。

 

 俺の時も相席した人がいて、その時はその人が奢ってくれたのだった。

 ガルドではない。

 あいつも相席していたが、別の人だ。

 一度だけ笑いあいながらガルドと殴り合ってるところを見たことがある。

 その時は受付嬢が二人を殴り倒して治めたのだ。

 力強い人で、よく背中を叩かれた。

 早朝にいつも宿屋の庭で体術の訓練をしていて、何故か俺も付き合わされた。

 あの人は俺と出会ってから一月もしないうちに、探索していた洞窟で魔物に食われたそうだ。

 しばらく酒場が妙に静かに感じたことを覚えている。

 

 懐かしい。

 そうか、ずいぶんと時間が経ったんだな。

 

 

 

 宿屋に入ると、最初に見える受付用のカウンターには誰もいない。

 この時間になってから仕事に出る冒険者は少ないので、宿の中は外の風の音が聞こえるほど静かだ。

 これは異常なことではなく、いつもの光景。

 俺はカウンターの一番近くにある家主の部屋の扉を叩く。

 少し間を空けてからの二回目のノックで、扉越しに返事が聞こえた。

 

「ハイハイ、お待たせ。っと、あぁ長期滞在の希望者かな?」

 

 部屋を借りている俺と見慣れないロゼを見て、要件を察した老人はこの宿屋の主だ。

 

「契約書を出してくるから、カウンターで待ってて」

 

 閉じられた扉の奥から聞こえる慌ただしい音をよそに。

 俺とロゼはカウンターの前で静かに待つ。

 椅子はカウンターの内側にしかないので立ったままだ。

 

「……妙に手際が良いですね。もしかして私たちが来ることを知ってたんでしょうか?」

 

 と、ロゼはまるで問いただすように考えていたことを口に出す。

 どうやら酒場の一件で、少々疑心暗鬼になっているようだ。

 

「まぁ、大家に用事があるときなんて部屋を返すか借りるときぐらいだからな」

「そうなんですか?」

 

 もちろんそれ以外もあるのだろう。

 ただ少なくとも、それ以外でわざわざ大家を呼び出すほどの用事というのものが、俺には思い当たらなかった。

 

「大概のことは自分たちで解決するからな。

 宿の壁を吹っ飛ばしたってわざわざ大家を呼ぶ奴はいないよ」

「流石にそうなったら一声欲しいかな?」

 

 歪みか、あるいは潤滑油が切れているのだろう。

 軋む音をたてながら、大家がカウンター裏の扉から入ってくる。

 

「えーっと、今空いてる部屋は二部屋だね。

 あ、ちょうどネロ君の隣が空いてるよ」

 

 ロゼはそのことを聞いて、少し悩み始める。

 顔見知りの隣の部屋を借りれれば安心できる部分はあった。

 しかし、異性の隣の部屋がいい。そう即決することもできなかったのだ。

 

 もちろんそのことに俺は気が付くことはなかった。

 それよりも気になることがあったのだ。

 

「……部屋の掃除はしたの?」

「ん? あぁ、うん。今日終わったばかりだよ」

「……そっか」

 

 冒険者が部屋を返すとき、その後にわざわざ大家が掃除をすることはない。

 転居にあたって荷物をまとめて、自分で掃除をしてから部屋を出るからだ。

 入居が決まった冒険者のために大家が部屋を掃除をすることはない。

 その部屋に住むと決めた冒険者が、部屋の掃除をするからだ。

 

 大家が部屋の掃除をするときは年末の大掃除のときか。

 あるいはギルドからその部屋に住んでいた冒険者が帰ってくることはないと通達が来たときだけ。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 どんな奴が住んでたかは覚えてないが。

 

「どうかしたの?」

「いや、角部屋だからいい部屋だよなって」

「そうなの? ふーん。

 じゃあ、その部屋でお願いします」

 

 元々、彼女の中ではすでに決めていたが、それが後押しになった。

 

 ジンクスというものは確かにある。

 前の住人がどうなったというので気分を害するかは本人次第。

 知らなければ、それが一番良いことなのだろう。

 それでも気にしてしまったのは、きっと俺が宿屋の前で過去を振り返ってしまったからだ。

 

 

 

 月明かりが照らす夜道。

 篝火なんて上等なものはなく、窓からほんのりとランプの明かりが漏れてる家が、ポツリポツリとあった。

 借りたその日から部屋に住むことができる冒険者も多いが、ロゼの場合はそうではなかった。

 荷物がまだギルドで借りてる部屋にあったので、今日はギルドに帰ることになったのだ。

 

「ここまでで良いですよ」

 

 冒険者や町の住人が、町中で粗相を起こすことはそうそうない。

 それだけ刑罰は重いし、魔物が跋扈する世界で人里から追い出され近づけなくなるというのは死に繋がること。

 ただそれでも酔った人が何もしないかといえば、保証できることもない。

 俺がロゼをギルドまで送り届けたのは、やはり夜道を少女が一人歩くのは危ないからだ。

 

「あー、ネロさん」

 

 暗い夜道、当然彼女の顔は見えなかったが、時折何かを悩むように唸り声を上げていた。

 そんな少女が、意を決して問いかけたのだ。

 

「……なに?」

「その、よろしければなのですが、明日も一緒に冒険に出かけませんか?」

 

 そういってギルドの扉を二回ノックする彼女を見て、思わず俺は笑いそうになった。

 冒険者なのだから、冒険に出るのは当たりまえ。

 そんなのは御伽噺だ。

 それを夢見て冒険者組合の扉を叩く者も多いが。

 実際は依頼を受けて、依頼をこなして、報酬を貰うの繰り返し。

 

 きっと少女はまだ夢を見ているのだろう。

 きっと俺の夢は覚めてしまったのだ。

 

「悪いけど、仕事が終わった次の日は休みと決めてるんだ」

「……そうですか」

 

 振り返り、宿に帰る。

 少女の顔は見えない。

 だけど、少し寂しそうな声だった。

 

「あぁ、だから、また今度な」

 

 そう言って、俺はちょっとカッコつけて手を掃う。

 もちろん断る意味を含めて。

 後ろから少女の声が聞こえる。

 暗くとも、後ろからでも、俺には少女の顔が見えた気がした。

 

「はい! また明日!!」

 

 だから明日は無理だって。

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