血を啜る。
生の肉が食べられないから。
木の実を食べる。
五味を問わず、とりあえず腹に詰め込む。
血を吐く。
きっと自分のじゃない。
喉が渇く。
川の音は聞こえない。
どこへ行こうとしてるのか。
きっと帰れない。
進むしかない。
草木をかき分けて獣が現れる。
不思議と奴らは向こうからやってくる。
血油の付いたナイフを握る。
生きたくはないが、逝きたくもない。
――お腹が空いたなぁ。
王都で買ったお気に入りの毛布の中で目を覚ます。
ずいぶんと古い夢を見ていた気がする。
過去にいい思い出なんてたいしてないのに。
今にしてみれば、よくもまぁここまで生きてこれたものだ。
「……お腹空いた」
体を起こし、ベッドから出る。
正直まだ眠っていたいけど。
それが今、俺がしなければいけないことだからだ。
――暑い。
太陽は今はほぼ真上まで上っており、昼食のこの時間は建物の影も小さくなっている。
非常食の用意は冒険者の嗜みだ。
宿屋を出なくても取れる食事はある。
ただせっかく作った物を自身の怠惰で消費するのも憚られる。
なので俺は、干芋を一つ齧りながら酒場に向かう。
それ自体は特別なことはなく。
何も考えず歩いていれば、目的地に着くほど慣れてしまった習慣だった。
酒場の中は気温差のせいか、心地よい空気が流れている気がした。
夏は涼しく、冬が温かいのは壁や床の下に使われている特殊な粘土のおかげらしい。
強度も高く量産も容易なので、貴族の館から庶民の使う物置まで同じものが使われているそうだ。
「あ、ネロさん! 遅いですよ!」
昼食を食べている受付嬢と相席していたロゼは、俺を叱るように呼び掛ける。
ロゼの前に置かれた皿は空なので、どうやら彼女は食事をすでに終えているようだった。
「今日は仕事を休むって言ったろ。
休日に俺が何をしようが遅いも何もないだろ?」
「そうかもしれないけれど、私も冒険者の卵として幾つか聞きたいこととかもあったんですよ?」
「その前に何か食べていいか? 朝食もろくに食べてないんだ」
そう言って席に着く俺を、ロゼはダメなものを見るような目で見ていた。
この国の伝統料理『タルッザ』は、乗せるものを好きにできるので朝から晩まで三食タルッザだという人も珍しい話ではない。
ただそれでも好みというのは人それぞれで、俺は朝食にはだいたい『ハロース』という薄切りにし味付けして焼いた肉を、分厚くデカい葉野菜で包んだ料理を食べている。
ほんのり苦く瑞々しい葉野菜とこってりとした味付けされた肉は、寝起きの食欲がないときでも不思議と食べ進めるぐらいさっぱりとしている。
肉が少ないのでほぼ葉の塊だが。
「それで、聞きたいことって?」
食後のジュースをチビチビと飲みながら、俺が朝食を終えるのを待っていたロゼに問いかける。
本人としては食べ終えてからでいいと考えていたのだろう。
何を話すかを少し考えてから、ロゼは口を開いた。
「えっとですね、今朝ガルドさんから聞いたんですけど、私の魔法銃って競技用の魔法銃らしいんですよ」
「……競技用? そんなのあるの?」
「え? ……あ、はい」
ロゼは一瞬、呆気に取られたかのように答える。
王都では知らない人はいない程の有名な競技なのだろうが、王都から外れたところに住んでいる身としては、細かい文化なんて一々覚えてはいないのだ。
「王都の大訓練場で年に一回開催されるものなのですが、遠くの的を当てる競技大会があるんですよ。
私も詳しくは知らなかったのですが、そこで使う魔法銃は『フューレ六十四型』って魔法銃であることと、銃弾は規定の薬品が使われている火薬弾って決まってるらしいんです」
「六十四? ずいぶん古いな」
魔法銃の名前にも規則がある。
魔法銃の名前は、魔法銃の設計をした奥さんの名前らしい。
これは一番最初に名前を付けた人がそうやって付けたので、後の人もそれになぞっているそうだ。
ちなみに伴侶のいない人は自分の名前を少し変えて付けるらしい。
例えばガルドは結婚していないので、自作銃には『ガトリング』とか名付けていたはずだ。
そして後に続く数字は王都の建国歴。建国してから何年目に設計された銃という意味。
つまり『フューレ六十四型』は、王都建国歴六十四年に設計された銃ということになる。
ちなみに今の王都建国歴は六百三十四年だ。
「そうなんですよ。ですので、魔法銃の新調と、あとは冒険に当たってあるといいものとかのアドバイスが欲しいんです」
「ふーん。……予算はあるの?」
魔法銃は高い。
クエストを受けるときに持っていった方が良い剥ぎ取り用のナイフや収集した素材を持ち帰る用の革袋なども決して安くはないが、魔法銃はその中でも群を抜いて高い。
俺が普段受けているクエストの報酬を丸々使うぐらいには高い。
魔術弾一発だってこの前のクエストで貰った報酬ぐらいの値段がする。
これからの生活もあるので、余分にお金も使えるわけもないはずだ。
「大丈夫です。実はこれでもこの前のクエストで頂いていた報酬十回分ぐらい使ってもおつりが出るぐらいの貯金があるんですよ」
ロゼはそういいながら胸を張る。
が、おそらく足りないだろう。
いや、それなりに型落ちであれば足りるだろうか?
俺はこの後の段取りを想像しながら、残ったジュースを一気飲みした。
「足りませんね」
「だろうな」
魔法銃や魔術弾、予備のパーツまで売っている専門店の中でロゼは虚ろな目をして呟く。
売れ残って型落ちになった古い魔法銃もあるが、これからの生活を考えると、やはりロゼがおいそれと手が出せるような値段ではなかった。
俺もロゼが魔法銃の詳細を店主に聞いているあいだ、予備パーツなどを物色してみたが。
なるほど、こんなもん買ってたら金欠にもなるな、と納得の値段だった。
「……とりあえず魔術弾でも買っとけば? 規格は?」
「ええっと、確か『第三種』だったはずですけれど……」
語尾の勢いを落としながら、言いづらそうに答える。
欲しかったものが買えなかったことによる意気消沈のためか。
予算もろくにないのに、わざわざ買い物に付き合わせてしまったことへの申し訳なさからか。
「まぁ使いづらいからね。中身に好みとかはあるの?」
「いえ、そういうことでなくてですね……」
しかし、彼女が口ごもってしまった理由は、俺にとって予想だにしていないことだった。
「その、実はですね。
私、小さい時から魔術の勉強をしていたのですが。
どうも才能がなかったのか、その手の技術は何もできないんですよ」
「……は?」
いや、魔力を込めるぐらいはできるんですけどね。
そう笑いながら語る彼女に、俺は頭を抱えた。