New Styles~シロとクロと灰色と~ 作:Samical
試合開始、…の前から勝負は始まっていた。
“守りの山ノ宮”にとって戦いは、試合前のシートノックから既に戦いは始まっていた。
「ノック、行くぞ!」
「「おおお!!」」
山ノ宮のノックの時間。試合前のノックは時間が決まっている。
その限られた時間で、その日のグラウンド状況、自身のコンディション、感覚。
それを確認する。
そして山ノ宮にとってもう一つ。
相手にプレッシャーをかける、その“守備”で。
古木監督が熟練の技でノックを始める。1周目は基本的な正面の打球。
そして2周目は鋭く、だが山ノ宮の選手たちにとっては当然で、それでいて端から見れば難易度の高い打球が飛ぶ。その後も流れるような併殺、中継プレー。
それを見ていた聖森の久米はポツリと零す。
「…上手いわね、かなり」
久米だけではない。聖森の選手、のみならずスタンドで観ている誰もが思う。
山ノ宮の守備が一級品である、と。
「百合亜も思ったか、あいつらの守備のレベルの高さ、想像以上にハイレベルだ」
「満、あなたの言う通りね。この守備力、甲子園で見てきたチームにも引けを取らない。そして並のチームなら、あの守備を見て“呑まれる”」
久米も満も与り知らぬことだろうが、実際この守備を見て山ノ宮が初戦で戦った風流館の面々は山ノ宮の守備に、試合中からではあったが圧倒されていた。
「つまりもう戦いは始まっている、って訳ね」
「ああ。だが、試合が始まればその主導権を取り返すのは俺達だ」
試合開始に伴い、両校のスタメンが発表された。
先攻 聖森学園高校
1番 遊 冷泉
2番 一 久米
3番 投 白石
4番 三 桜井
5番 左 柏木
6番 中 露見
7番 捕 雪瀬
8番 右 内海
9番 二 田村
後攻 山ノ宮高校
1番 一 青崎
2番 左 勝
3番 投 白水
4番 遊 暮井
5番 二 黒羽
6番 中 赤木
7番 右 代田
8番 捕 木登
9番 三 緑原
共にここまでで最も主流としてきた形。先発もお互いにエースナンバーを背負う光璃と白石がスタメンに名を連ねた。
整列、挨拶を終えて後攻の山ノ宮ナインが守備へと向かう。投球練習を終えて光璃が対峙するのは聖森の切り込み隊長、1番の冷泉だ。
「(とにかく積極的でストレートに強い。だけじゃなく、もっというと速球系、ツーシームとかの小さめの高速変化球にも強い。多少の捉え損ねもスイングの強さで誤魔化してくる。立ち上がりにどうしてもストレートを投げたくなる先発投手にとっては面倒な相手だ。)」
ただのブンブン丸ならよかったが、センバツでも150㌔近い速球を打ち返している。光璃のストレートは130㌔中盤。普通に投げれば絶好球でしかないだろう。
『実況は私、響乃こころが昨年に引き続きお送りします! 今年の決勝戦は昨夏、そしてセンバツに続く甲子園連続出場を目指す聖森学園と、初の甲子園を狙う山ノ宮高校の顔合わせとなりました! さあ、果たして夢を叶えるのはどちらのチームとなるのでしょうか! まもなく試合開始です!』
主審からプレイボールの宣言が行われ、試合開始。
その初球、山ノ宮バッテリーが選択したのは真ん中低めギリギリへのツーシーム。このボール1個分の出し入れが聖森学園を抑えられるかのカギになる。
サイン通りに光璃が投じたツーシーム、それを冷泉はやはり初球からフルスイング強く叩く。
快音を残して打球は理想的なピッチャー返し。それに対して光璃はグラブを伸ばすことは無く、むしろ引いた。
「(グラブを、引いた!?)」
「(触らないのが正解! なぜなら、この打球なら、“クロが届く”!)」
二遊間を抜けようとしたその打球にセカンドの歌月が2塁ベースのやや後方でスライディングで追いつく。
「この体勢なら…、これが一番早い!!」
スライディングで捕球、そしてそのスライディングから立ち上がる時のワンステップで踏ん張り、その場から1塁へと送球する。送球はワンバウンドになるも、ファーストの青崎がきっちりとスク―ピングで掬い上げ、難なく捕球して見せた。
「アウトーー!!」
「す、すげえええ!!」
「なんだあのセカンド、忍者かよ!?」
「完全にセンターに抜けてたろ!」
スタンドがいきなり見せた歌月の守備に熱狂する中、マウンドの光璃は冷静なままだった。
「(狙い通り…。いや、思ったよりしっかりと打ち返された。クロに感謝だね…。さて、1個1個に喜んではいられない。まだまだ気が抜けないしね…)」
打席に入るのは2番、久米。左の巧打者、卓越したバットコントロールはチーム随一。迂闊なセオリー通りの攻めは多少のボール球でも打てると思えば手を出してくる上にきっちりとヒットにしてくることを踏まえると悪手になる。
久米は足場を均すと、背筋を伸ばして後傾気味に重心を取り、右手に持ったバットをぐるりと回してから垂直に揃え、左手で右肩のユニフォームの袖の辺りに添え、投手側を見据える。そして独特の振り子打法で構える。
言わずと知れた海を渡った偉大な日本人選手も行っていたルーティンとフォームだ。
「(もちろんただのモノマネじゃない。理に適った、その上しっかりとこの振り子打法をモノにしてる。さーて、どう攻めるか)」
バッテリーがサインの交換を行い、光璃が投球動作に入る。
その初球はインハイ、というより顔の前を通過するストレートだ。
「っ!!」
久米は咄嗟に身を引いて躱す。光璃の投球フォームは自在にテンポを変える足の上げ方、コンパクトなテークバックで打者にタイミングを取り辛くさせている。さらに3塁ベース側に立ち。1歩分インステップ(右投手の光璃から見て3塁側に左足を踏み出す)にすることで右打者にとっては窮屈に、左打者にとってはスリークオーターのフォームでありながら角度があるように見せている。そのストレートが顔の前を通過すれば130㌔前後のストレートとはいえ残像が残る。
「(コントロールミスするような投手じゃない、わざとね…!)」
久米は足場を均しながら光璃を見据える。当の本人はというとわざとらしく手元を見つめたりしているが、久米ほどの選手になればその仕草が演技で、さきほどの1球が狙って投げたブラッシュボールであることくらいわかる。
一方で光璃もあの程度で当たるような鈍臭い打者ではないと踏んでの1球だった。
「(ちょっと睨まれてるかな。流石にバレてるか)」
だがわざとと分かっていても残像は残る。踏み込みに多少の躊躇いが出る。ここで外に行くかもう一度内に行くか。バッテリーと打者の駆け引きだ。
再び久米がルーティンをこなす間にバッテリーのサインの交換が終わる。2球目にバッテリーが選んだのはアウトローへの速球。インハイで残像を残し、体を起こして遠くに感じさせる。オーソドックスな配球だ。
「(あまり、嘗めないで頂戴…!)」
久米は迷わず踏み込んで、センター返しのつもりで捉えに行く。だがその速球は僅かに外角へ逃げながら沈む、高速シュートだ。
「(っ。逆らわずに、流し打つ!)」
久米は即座に対応を修正する、引っかけないようにバットのヘッドを遅らせ、意識をレフト方向へ流し打つ感覚へシフト。そのツーシームを芯で捉え、快音を響かせ打球は三遊間を抜くヒット…、
になるはずだったのだが。
「ショート!」
「待ってました、っと!」
その三遊間を抜くはずだった打球をショートの灰都が逆シングルで抑え、その三遊間の一番深い位置から踏ん張ってからのワンステップで矢のような返球がファーストへと送られる。
「三遊間を詰めていた…? なるほど、そういうことね…!」
久米はわずかに表情に悔いが滲む。今の配球は決して久米に対して安易に攻めたのではない。むしろ…、
「(久米百合亜ほどの打者なら、あの程度のブラッシュボールでビビらない。そしてあのコースは踏み込んできたうえで逆らわずに、お手本みたいに三遊間へと弾き返せちゃう。それを“信用”させてもらったよ)」
光璃の中では久米があのコースであれば無難に流し打ちを選択すると確信めいたものがあった。彼女のプレーから滲み出る、“真面目さ”、“手堅さ”、“後ろの打者への信頼”。それらを踏まえればその確信が生まれたのだ。だからこそ、誘導した。
聖森学園の1番、2番を切って取りツーアウト。だが右打席に立つのは3番の白石。投球も怪物クラスだが、打つ方でも類稀なスイングスピードを持つ強打者だ。
「(3人で終わる、という欲は出さない方が良いと思うんだけど。とはいえそれで得られるチームの盛り上がり、って言うのは馬鹿にならない。投げミスだけは無しで、打ち取りに行く!)」
光璃の投じた初球はアウトローへのストレート。これは僅かに外に外れてボールになる。
2球目で外角のボールゾーンから変化させて入ってくるシュートを使いカウントを整える。
「(さて、ここをどう攻めるか。確かにスイングの強さでは脅威だけど、久米や桜井と比べれば技術的には穴がある。ここは仕留めに行く!)」
3球目、バッテリーの選択はカットボール。光璃の一番の得意球で唯一空振りも狙える球種。ここで嫌なイメージを植え付け、常に頭の中に選択肢としてチラつかせられれば理想的だ。
「(アウトローに、カットボール!!)」
少なからず自信を持っている球種で勝負に出る光璃。サイン通り、コースは真ん中よりも外角寄り、低めいっぱいのコースに投じられた。
キィィィィーーン!!
という金属音が響いた時、流石の光璃も動揺した。
「(じゃ、ジャストで捉えられた…!?)」
投げミスではない。ほとんど完璧なコース、高さの初見のカットボールを白石はフルスイングで捉えたのだ。打球は高々とセンターへと舞い上がる。
誰もがスタンドイン、少なくとも長打は固いと打球を目で追うと、その視界の端に猛然と打球を追う一人の選手が映る。
「! 赤木くん!!」
『快音!! 打球はぐんぐんとセンターへ伸びていく!! 打球の行方は果たして!?』
センターの赤木は打球の落下地点へ一直線に走る。そしてフェンス際でフェンスを背に張り付く。そして、
「こーいうとこで、見せないでどーすんだっての!!」
両足で踏み込み、グラブを目いっぱい伸ばす。フェンス直撃か、フェンスオーバーかというその打球は、赤木が懸命に伸ばしたグラブに収まった。そしてそのまま倒れ込んだ赤木だったが、すぐさまその右手のグラブを掲げる。相手のヒットをもぎ取ったその証を。
『こ、これは!! なんというスーパープレー!! 山ノ宮のセンターの赤木くん、ジャンプ一番、あわやホームランかという打球をスーパーキャッチ!! まさかこのレベルのプレーを高校野球で拝むことになるとは、まさしく心に響く素晴らしいファインプレー!!』
駆け足で戻ってくる野手陣をベンチの面々が待ち構えていた。
「流石、ウチの誇るセンターライン!!」
「マジで赤木さんすげーっす!! どうやったんすか、あれ!」
「おうよ。まあ、日頃の練習と…、アイツらとの特訓だな」
と言って赤木はスタンドにいる応援に駆けつけてくれた生徒たちの一団を指す。そこにはバレー部やラグビー部の面々がいた。
「とっさの打球判断。角度や初速、金属音はまあ経験値だが。いかに落下地点に最速で入るか、普段のノックとラグビー部との特訓で培ったもんだ。そして最後のジャンプは…」
―「いいか、バレーはとにかく触らなきゃならねえんだ。そのためにとにかく高く飛ぶ、横にも飛ぶ。そして1mmでも先へと手を伸ばすんだ」
「高く飛ぶ、か。ダイビングはある程度心得てんだけど。上にはどう跳びゃいいんだ?」
「そりゃ一番稼げるのは両足踏み込みだ。バレーの基本の動作の一つ。そして必要な要素はいくつかある。タイミング、腕の使い方、強靭な足腰。野球はそうそうジャンプサーブみたいな前に高く跳ぶことは無いだろうから、どっちかというとレシーブの時の横っ飛びとかブロックの時のジャンプをやってみるといいんじゃねえか?」
「なるほどな。よっしゃ、やってみるぜ!!」—
「なるほど、バレー部との特訓の賜物、か」
「おうよ。これまでの特訓の成果の詰まった、自画自賛できる最高のプレーだぜ!」
一方打ち取られた聖森側、戻って来た白石と久米が守備の準備をしながら先ほどの打席を振り返っていた。
「惜しかったわね」
「感触は悪くなかった。向こうのセンター、凄いよ」
「そうね。落下地点、フェンスまでの距離もしっかりと把握して一番高くジャンプできる体勢を整えてからジャストタイミングでジャンプしてのキャッチ。守備がウリというのは伊達じゃないみたいね。球場の雰囲気もすっかりあっちムードね」
「…関係無い。俺が抑えて、また持ってくる」
「…っ」
白石は無口でぱっと見は物静かで冷静な印象を受ける。だが付き合いの長いチームメイトたちには分かる。心の奥底に秘めているものがどこまでもエースに相応しい、勝利やチームメイトの期待に応えることに貪欲な熱い心であることを。そしてそんな白石の一言だからこそ久米は感じ取った。無口な彼が発したその言葉の思いの強さを。
「そうね。頼んだわよ、“エース”」
「ああ…!」
1回の裏、山ノ宮の攻撃。いくつもの好守で山ノ宮と観客たちには山ノ宮が前評判を覆す番狂わせを成し遂げる期待が見え隠れしていた。
それを感じ取った灰都は思考を巡らせる。
「(初回、クロ、赤木のファインプレーもあってほぼ理想的なスタートを切れた。ウチの守備は、ウチの野球は聖森にも通用する。あとはこのムードを押せ押せにまで持っていって、球場を味方に付ける!)」
高校野球における観客の雰囲気により相手にかけられるプレッシャーというものは馬鹿にならず、さらにその応援に判官贔屓は付き物だ。世間から見て格下である山ノ宮には判官贔屓の味方が付けやすい。先ほどの守備のインパクトに加えて先制点を挙げられれば、こちらの選手たちの精神的にも、観客のボルテージも、全てひっくるめて主導権を握ることができる可能性が高い。
「(シロがそんな感じの事を言っていた。今のところは上手く行ってる、が。そう楽に行きゃいいんだが)」
山ノ宮打線の切り込み隊長、青崎が打席に立つ。
「(私がここで出塁して、チャンスを作って灰都くんやクロに回す。私に出来る仕事をするよ~!)」
自慢の守備からペースを作り、下剋上を狙う山ノ宮の選手たちの機運。
同じく、早くも下剋上を期待し始める者も現れた観客たち。
特訓を共にしたメンバーを応援する山ノ宮のスタンドの生徒たちの期待の雰囲気。
それらを全て無慈悲にかき消したのは、マウンドに立った一人の男、白石和真の投じた1球のストレートだった。
洗練されたフォームから投じられたストレートがキャッチャーミットに突き刺さり、革同士が叩き合う乾いた音を響かせた。
そして気持ち静まり返った球場のスコアボードに表示された数字。
“157㎞/h”
白石の自己最速をいきなり更新する、高校生離れした球速。
そしてこのストレートに最も驚愕したのは打席に立つ青崎だった。
「(…う、嘘でしょ)」
見えなかった。コースはそう厳しいものでは無かった、おそらく。
比喩表現、と言えばそうだが無論全く見えなかった訳ではない。だが打つとなると話が違う。単純にこれまでに経験した事の無い暴力的なまでのスピード。そして180㎝台後半の長身と長い手足でマウンドに立つ白石から感じる威圧感。
何より、自信のあった自分の動体視力や反射神経をもってしてこの状況にあるという絶望感が青崎の頭を支配していた。
2球目、再び155㎞/hのストレートが今度は外角に決まる。手が出ない、動けない。
暴力的なまでの格の違いが青崎を襲う。
「(まずい、このままじゃダメだ。何より、“私がこのまま手も足も出ない”のはマズい…!)」
青崎は自分が“山ノ宮打線の切り込み隊長”として期待されていると理解されているし、自惚れでも何でもなく自分にそれだけの実力があるからその役目を全うすべきと考えている。
だからこそ、だ。
ここで“手も足も出ず”抑えられる訳には行かないのだ。
チーム屈指の巧打者である
「(何としても、食らいついて…!)」
3球目、今度はスイングを仕掛ける。
だが金属音が響くことは無い。バットは空を切り、ボールはミットに収まった。
再び156㎞/hのストレートが投じられ、三球三振となった。
『空振り三振!! 聖森のエース白石くん!! 150㌔台連発、山ノ宮の切り込み隊長である青崎さんをストレート3球で捩じ伏せました!! なんという圧倒的なボールの力でしょうか!!』
「っ…!!」
普段飄々としている青崎が顔を悔しさで歪ませる。
こんな表情をチームメイトに見せるのは猶更ダメだと自分に言い聞かせ、なんとか平静を装うとする。
「青崎センパイ! 任してください! 俺、食らい着きます!」
「え?」
唐突に声を掛けられ青崎は思わず素っ頓狂な声を上げる。
打席に向かう勝が青崎を見て笑顔で任せてくれと言わんばかりに自分を指差していた。
「見たことねえくらいすげえんですよね、あの人。ああいうのを見ると、派手にかましてやりたくなるんすよ!!」
「…ふふ、そっか。強いね、勝は」
「青崎さんにはかなわねえっす! どんな時もやって当然、みたいな感じで役目果たしてるの、マジでカッコいいと思ってるんで! でも、俺はそんなのまだできないんで、死ぬ気で食らいついてきます!!」
「…おう。行っておいで! 根性見せてやれ~!」
「うっす!!」
そう言って勝が打席に向かい、青崎も一度自分の頬をパシっと叩いて気を取り直す。
「(あんなに頼もしい後輩がいるんだ。たった一度くらいで、凹むな。次でやり返すんだ…!)」
1アウトとなって左打席に2番の勝が入る。
キャッチャーの雪瀬は勝を冷静に観察する。
「(1年生ながら2番を任される打者。守備だと他より見劣りしていたから間違いなく打撃に期待されてる存在。守備重視の山ノ宮でそれに目を瞑ってまで監督が使いたくなるだけものものがある、はず)」
聖森の女子選手の正捕手、雪瀬は抜群の記憶力の持ち主であり彼女のリードは味方の投手、相手の野手、状況を踏まえて自身の記憶にある最適な配球のセオリーを参考に組み立てる。
「(いかに打力の優れた野手とはいえ、1年生で白石君のストレートを簡単に打てるとは思えない。ここは勢い付かせないためにも、捻じ伏せよう!)」
サインは内角へのストレート。ついこの間まで中学生だった1年生に高校野球で最高峰のストレートは対応できない。そう踏んだサイン。白石が投球フォームに入り、唸るような剛球が勝の内角を襲う。
「っ!!」
掠めるような金属音が響き、直後にドスン、という鈍い音が響く。
打球は差し込まれながらも3塁側のファールゾーンのフェンスのラバーに当たっていた。
「(まさか。当てた? 初見で、白石君の真っすぐを…?)」
これには山ノ宮ベンチもざわついていた。
「あいつ、マジかよ。今のも152出てたぞ?」
「勝の打撃センス、私より遥かに上だよ、あれは」
しかも当てに行ったスイングではない、フルスイングでファールにして見せた。
キイイン!! ガシャッ!!
続く2球目、今度は外角の真っ直ぐにもフルスイングで応じた勝の打球はバックネットのフェンスへと当たる。
「くそ、まだ捉えられねえ!」
「(違う。むしろ当てられてるのが異常なんだ。甲子園でもここまで対応できる打者はそうはいない…!)」
雪瀬は少し考えてからサインを出す。白石は少し戸惑いを見せるもすぐさま頷き、投じた3球目。
「今度こそ…。って、なっ!?」
再びのフルスイングで応じた勝のバットが空を切る。ボールが消えた。
フォークボール。白石の決め球の一つだ。
『空振り三振!! 白石くんの伝家の宝刀、フォークで2者連続三振!! これがセンバツベスト4に導いたエースの力でしょうか!!』
三振に取った一方でマスクに隠れた雪瀬には笑顔は無い。
「(…使わされた。この回を3人で打ち取る、そしてこの1年生打者に何かを掴ませないために。…でも、ここは相手に意識付けさせるため、と割り切るしかない)」
「すんません!!」
「何言ってんだ。十分だよ。お前は相手に使わせたんだよ。フォークボールをな」
「そーだねえ。たぶん、真っ直ぐだけで捩じ伏せるつもりだったんじゃないかな。でもあれだけ合わせられてたら使わざるを得ないよね」
持ち球的にはカットボールという選択肢もあっただろう。ただ雪瀬は変化の小さいカットボールにフルスイングで対応されポテンヒットなどになる可能性さえも嫌ってフォークを選んだ。
『3番、ピッチャー、白水さん。背番号1』
打席には光璃が入る。光璃自身は前の2人に打力で劣ると考えているが、雪瀬含めた聖森の面々は光璃の打力に関しては掴みあぐねていた。
「(…データが少な過ぎる。これが意図したものなのかどうなのかまでは分からないけど。少なくとも長打を打てるタイプではない…と思う)」
ただ雪瀬の中で久米の話していたことが気になる。前の試合の伝令、後ろに強打者が控える3番という重要な打順を任せられていることなどを踏まえて、光璃が山ノ宮のブレーンではないかという予想だ。
「(逆に分かっているのは次の打者、暮井くんが強打者だということ。白水さんの打力の如何に関わらず、出塁させるのは避けたい…! ここは何が何でも抑えに行く!)」
初球、ストレートでストライクを稼ぐが光璃は反応せず。151㎞/hのストレートが外角に決まる。
「(スイングの素振りすら無し…、様子見だったのかな)」
「(…警戒してくれてるなら、下手にスイングしてバレるよりは警戒してもらっとく方が良いかな)」
そしてフォークを見逃しボール、再びストレートでストライクを取ってカウント1-2と追い込まれる。この間、光璃は一度もスイングを仕掛けていない。
「(簡単にフォアボールを出してくれるような投手じゃない。そうなるとここで私が出塁して灰くんたちに回る可能性は低い。なら…)」
白石が投球動作に入り、ボールが投じられるその瞬間。
光璃はバントの構えを取る。そして内角に投じられた150㌔のストレートを器用に1塁側に転がした。
「(なっ…!?)」
「(セーフティーバント!?)」
聖森バッテリーの、それどころか味方さえも意表を突かれるセーフティーバント。
「(1塁側ってのも、案外決まりやすいんだよ!)」
セーフティーバントは一般的に3塁側を狙うのが基本だ。当然、1塁から遠いという大きな要因があるからだ。だが1塁側に転がすことにもメリットはある。
「(そのバントの打球をファーストに捕らせれば、ピッチャーにベースカバーを強要させる投内連携に持ち込める! 内野の連携で最も難易度が高い、ファーストとベースカバーに入るピッチャーの連携に!)」
転がった打球は狙い通り、ファーストの久米が捕球する。タッチやベースカバーは間に合わない、ベースカバーに入る白石との競走だ。
しかし聖森の連携もまた冷静だった。ボールを捕った久米は横手のスナップスローでベースカバーに走る白石の手元にドンピシャで投げ込んだ。それにより白石は一切減速することなくベースカバーに入り、光璃よりも一歩先にベースを踏んだ。
『アウトー!! 白水さんの意表を突くスリーバントでしたが、ここは聖森の守備が1枚上手でした!!』
「…お見事。流石に抜かりないね」
「ばーか。ピッチャーがセーフティーバントなんてマネしやがって」
戻って来た光璃に灰都が声を掛ける。
「ダッシュ1本でバテるような軟な鍛え方してないよ。ありがたいことに相手は私を警戒してくれてた。だったらもう少しそこに意識を割いてもらおうってね」
「…まあそれはいい。それより次は向こうの4番からだ。守りの方、一瞬たりとも気は抜けねえからな」
「もち。さて、ペース作りに勤しむとしますか!」
県大会決勝
山ノ宮 0 |0
聖森学園 0 |0
(1回裏終了)