New Styles~シロとクロと灰色と~   作:Samical

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12 一球の重み

 互いに無得点で迎えた4回表。

 聖森学園の攻撃は1番の冷泉から。1打席目は影月に阻まれセカンドゴロに倒れたがこの打席でも積極的に速球に対し仕掛けてきた。直球に強く、積極性もある冷泉の果敢な初球攻撃。

 しかし打球は高く打ち上がり、平凡なレフトフライに倒れた。

「(くそ、しまった。1打席目のツーシームが過ったか…!)」

 光璃が投じたのはインローへのフォーシーム。回転数などは突出したものがある訳では無いが、余程の動体視力があって縫い目を目視でもしない限り曲がるまで判別の難しい代物だ。再現性の高いパフォーマンスを発揮できる光璃だからこその武器。

 これによりツーシームが過ってバットがやや下から出た冷泉はボールの下を叩く形となった。

 続いて打席に立つのは2番の久米。光璃は狙い通りに先頭を打ち取ったことに安堵しつつ、最大級に要警戒の打者へと向き直る。

「(変幻自在の打撃スタイル、まさに天敵。さっきは上手く誘導できたけど…)」

「(ゾーン別で打率が一番低いのはインハイ。ただ140㌔以上の速球が前提だ)」

「(じゃあ実質私じゃ弱点を突けないじゃん!)」

「(だからこそ、これだろ?)」

 久米に対する初球。バッテリーが選択したボールは、光璃がリリースした瞬間に久米の視界から消えた。

「…! これは!」

 緩やかな弧を描いた白球は真ん中に構えた木登のミットに収まる。この試合は投球練習を含めても初披露となった持ち球の一つ、スローカーブだ。

「(データにはあったけど、流石に初見じゃ打ちに行けないわね…。いや、私が手を出さないことも踏まえてたってところかしら)」

「(慎重なアンタなら見逃すと思ってたよ、初球のカーブなんかね)」

 これが決まれば、久米に苦手コースが生まれる。インハイへの速球だ。

 光璃が2球目に選んだのはインハイへの速球、140㌔以上の速球であれば久米のウィークポイントになるコース、球種。

「(スローカーブで球速の天井を下げる! MAX140㌔に満たない私でもこのコースはアンタを倒す武器になる!)」

「(その手の攻め、嫌と言うほどされてるわ…!)」

 久米は全国区の選手。ある程度のデータ分析をしてるチームならその弱点は突いてくる。苦手ゾーンであることには変わりは無いが、その窪みは磨いてきた対応力で埋まりつつある。

 だが久米という打者を打ち取るべく、いや久米に限らず聖森学園を倒すべく戦術を練って来た光璃にとって、それは想定内。

「(だよね、だから“そこからもう一工夫”だ)」

「!!」

 久米は咄嗟にスイングを止める。インハイに来た速球はフォーシームでは無く、カットボールだった。止めたバットにカットボールが当たり打球は3塁側のファールゾーンへと転がる。これで追い込んだ。

「流石。あれに対して咄嗟にバット止めるか。ドン詰まりの内野ゴロ期待したのに」

「私ももうちょっとあなたを警戒すべきだったわね。本当に“嫌な”ピッチャーね」

 久米は再びルーティンをこなしてから構える。久米にとってこの打席はあっさり追い込まれている。ただ逆に光璃と木登にとっても今のボールで打ち取れた方が楽だった。

「さて、こっからどーしますか…」

 カウント0-2。カーブもカットも見せた以上、ここで打たれる訳には行かない。

「(これだ。まあ策は任せな)」

「(オッケー。信じるよ、注文通り投げるから、さ!)」

 3球目、投じたのはアウトローへのストレート、フォーシームだ。

 久米は反応はするがバットは止める。僅かに外れてると判断した。

「ボール!」

 スタンドから息を呑む声が聞こえる。それほどに際どいコースだが、審判の手は上がらず。

 そして4球目全く同じコースにボールが投じられる。球種は、フォーシーム。

「(カット、じゃない。さっきと同じコース、外れる…!)」

 前のボールと寸分たがわぬコース、球種。

「ストライク、バッターアウト!!」

「っ!?」

 だが審判のコールはストライク。学生スポーツの審判だ。当然プロ野球ほどの正確なジャッジとはいかないだろう。

 ただそれでも一つ違ったのは、キャッチャーの木登の捕球だった。

「(フレーミング…! 直前の1球では使ってなかった。ラストボールでは使ったのね…!)」

 4球目、最初に外れた方のストレートでは木登はストライクゾーンからボールゾーンへ僅かに流し気味にミットを使って捕った。そしてその次のストレートではフレーミングを用いて捕球した。打者である久米からはほぼ同じコース、一方で主審から見ればボール1個歩かないかとはいえ差が生まれる。

 

 ベンチにて灰都に赤木が話しかける。

「なあ、俺はあんまり詳しくないんだが。フレーミングとミット動かすのってどう違うんだ? イマイチ実感わかねえんだよなあ」

「そうだな…。一番簡単に言うなら捕球後にやるのがミットを動かす、捕球前がフレーミングってとこか」

「捕球前、つーとどうすんだ?」

「手首を上手く使って、あらかじめミットをボールゾーン側からストライクゾーン側へと持っていきながらボールを捕球する。捕球の瞬間っつーのは審判からは見えにくくてジャッジにはミットの位置という先入観が入りやすいからな。ストライクゾーンがボール1個分近く変わる、最近の捕手のトレンドとも言える技術だ」

「木登のやつ、そんなのも練習してたのか」

「まあシロと組む上でめちゃくちゃ重要だしな、使いどころを選び方も大事だけど」

 

カキン!!

「うわ、今の打つの!?」

 外角に外し気味のストレートを白石に強引に引っ張られ打球はレフト前で弾む。

 慎重に入ったバッテリーの初球を力業にヒットにして見せた。

「さて、さっきみたいには行かないと思うけどどうしようかな」

 打席には4番の桜井。前の打席は単打に留まらせて後続をゲッツーで打ち取った。だが流石にここで再びそれをするにはリスクも大きいし、同じ手にかかってくれるとは思えない。

「となるとここは実力勝負…!」

 長打は絶対にNG。とはいえ技術のある打者。安易な攻めは痛い目を見る。

 そして選んだ初球、内角へのストレート。桜井はピクリと動いたがスイングはしない。光璃の速球にはフォーシーム、カット、ツーシーム、シュートと種類が多い。桜井としても初球で不用意に手を出して打ち取られることは避けたかったのだ。

2球目にツーシームが低めに外れ、3球目は外に逃げていく高速シュートで追い込む。しかし4球目のツーシームが厳しいコースを突くも桜井は始動こそすれどスイングはしない。

「(ったく。慎重通り越して最早怖いよこいつ。見逃し三振が怖くないのかね)」

 光璃はセットし直して5球目、木登のサインに光璃は迷わず頷く。どうやらこの局面を乗り切るための策は同じものを思い浮かべたようだ。

「っ!」

 光璃が投球動作に入り、ボールを投じる。リリースの瞬間、桜井の目線からは一瞬ボールが消える。

「これは、ここでスローカーブか!」

 緩やかな弧を描いて光璃が投じたスローカーブは絶妙な高さ、低めギリギリに決まるかどうかといった高さ。こうなると桜井はスイングせざるを得ない。

「(救い上げるな。しっかり溜めて、強く叩く!!)」

 上げた足を一拍溜めてから踏み込む、強くレベルを意識したスイングで真ん中低めへ投じられたスローカーブを捉え、快音が響く。弾き返された痛烈な打球は光璃の足元を襲い、光璃もグラブを伸ばすが届かない。

「(!! それをそんな完璧に捉えるの!? 対応力お化けめ!!)」

 足元を抜かれた打球を光璃は目で追う。光璃だけでは無く球場の誰もが目で追ったその打球の行方、その視界に黒い影が飛び込んでくる。

 センターへ抜けようかという打球にセカンドから影月がダイビングで追いついたが、送球の体勢に入るには体が伸び切ってしまっていた。小さな体を目一杯に伸ばして捕球したが故だ。しかし影月はその倒れ込んだ状態から上半身だけを強引に起こし、ボールを掴んだグラブ、左手の甲の部分を右手で叩いた。そのボールはセカンドにベースカバーに入った灰都がファーストのように体を伸ばして捕球、セカンドで封殺して見せた。

「アウトーー!!」

『な、なんというプレーでしょう! 初回にも好守を見せていたセカンドの黒羽さん!! 今度はセンター前に抜けようかという打球を捕球したに留まらず、芸術的なトスでセカンドをアウトにして見せました!! チームを救う、心ときめくスーパープレー!』

 

ベンチへと戻って攻守交替の準備を進めながら桜井は久米に問いかけた。

「俺、走っててしっかり見えてなかったんだけど、何されたんだ?」

「…“ウッドペッカートス”よ。私も初めて見たわ」

その単語を聞いた内海が久米に聞き返す。

「なんです、そのウッドペッカートス、って」

「今のみたいに、ボールを持ったグラブを右手で叩く、それこそ木を突くキツツキのようにね。元はあるプロ野球選手がチームメイトの外国人選手の遊びを真似して実践した独自技術、だったと思うけど。まさかああやってお目にかかることになるとは思って無かったわ」

「練習してたかはともかく、あの場面でその発想が出来る、あのセカンドは堅守の山ノ宮の中でもさらに頭一つ抜けてるのかもな」

 

 守りでなんとか流れを呼び込みたかった山ノ宮だったが、そこに白石が立ちはだかる。

 先頭の勝はインコースへのカットボールで詰まらされサードフライ。

 光璃もストレートを見逃した後にフォークにカットしようとしたバットを止められずハーフスイングの三振。あっさりとツーアウトまで漕ぎつけられてしまう。

 光璃はベンチへ戻る時に打席へ向かう灰都と言葉を交わす。

「やっちった。掠りすらしなかった。せっかく警戒してくれてるのに」

「まあ任せろ。粘って時間稼ぎとかしねえからちゃっと準備しろよ」

「あいよ」

 そして迎えた灰都の2打席目。先ほどは軽打でセンターへと弾き返した。今度は2アウト、一発を狙っても良い場面だ。

「(狙うか…、で打てたら苦労しないけどな。向こうにとっても2アウトで俺に回って理想的、避けたいのは一発だけ、ってとこか)」

 灰都の考えた通り、捕手の雪瀬は灰都を全力で抑える算段を立てていた。

「(ランナーを置かず、2アウトで回せたのは最高の形。一発だけは絶対に打たせてはいけない、相手は狙ってくるはず…)」

 初球、真ん中から落とすフォークは低めでワンバウンドしてボール。雪瀬は灰都の反応を伺う。

「(全く反応しなかった訳ではない、けど明らかにフォークは眼中に無い感じだった。狙いは、真っすぐ…?)」

 白石は意外と器用な方だが試合で使える球種として仕上がっている変化球はフォーク、カットボール。基本的に力でねじ伏せるタイプが故に1球種ごとのクオリティを高めている。

 この点についてはヤマを張られると苦しくなるが、ヤマが当たったところで打てないボールを投げればいい。それが白石の根幹の投球スタイル。

 2球目、投じたのはストレート。外角いっぱいを狙った1球。それに対し灰都は大きく踏み込んでスイングを仕掛けた。

「(嘘…! 踏み込んできた…!?)」

「(真っ直ぐ一本狙い、貰った!)」

 外角低めのストレートを捉え、打球はライト方向へ。グングンと伸びていく打球は強烈にフェンスへと達して跳ね返る。クッションボールをライトの内海が上手く処理するも灰都は2塁へと到達する。しかしツーベースを放った灰都は首を傾げる。

「(くっそ、捉えたと思ったんだけどな。球威に負けてやがった。まさか完璧にヤマ張ったストレートに圧されるなんて…。これが全国ナンバーワンクラスのピッチャーか!)」

 続いて打席に入るのは5番、影月。左打席に入った彼女はちらりと守備陣形を見やる。

「(外野、やや前進。灰くんの足は速いとはいえこの位置は単打だと帰ってこれるかは怪しい。となると…)」

 必要なのは、外野手の正面では無く間を抜くか、抜けなくとも処理に時間のかかる打球。

 一方のキャッチャー、雪瀬も思考を巡らせる。

「(さっきは浮いたフォークをサードゴロ、ただストレートに良い反応をしてる。歩かせてでも厳しめに行かないと…!)」

 初球、バッテリーの選択は内角へと食い込むカットボール。反応こそ見せたが影月はスイングを仕掛けず見逃して1ストライク。さらに続けざまにさらに内角へのカットボールが2球目で投じられこれは影月が体を引いて見逃してボール。

 3球目、白石が投じたのはアウトコースへのフォークボール。高さ、コース共に文句無しの1球だったが影月がこれに反応する。体勢こそやや崩れているがしっかりとタメを作り、逆らわずに捉えた。

 快音が響き打球はサードの桜井の横を襲う。

「やべっ!!」

 桜井も飛びつくがグラブをかすめることなく打球は抜けていく。

「ファール! ファール!」

 3塁審が大きなジェスチャーでジャッジを宣告する。紙一重、打球は3塁線を切れていくファールとなった。

 

「あー、おっしい!!」

「今の抜けてたら先制だったのに!!」

 スタンドの観客たちも息を吞んだワンプレイ。当然それは聖森バッテリーも同じだった。

「(やっぱりこの5番バッターも危険だ。出し惜しみ無しで行かないと)」

「(そうだね…。ならここで布石を打つ!)」

 雪瀬の出したサインに頷いた白石が投じたのはインローへのストレート。一瞬頭にフォークが過った影月はスイング途中でバットを止めて当たるだけに留めてカット。

「(そんな芸当まで…、でもその咄嗟の反応。十分頭に焼き付けたはず)」

 バッテリーが選択した5球目。再び内角へ、今度は高めへと投じられる速球に影月は反応する。

「(インコース、ストレート…、っ!?)」

 さっきまでのストレート程は圧を感じない、思ったより来ない。しかし内角へのストレートが頭に残る影月は既にスイングを始めていた。ボールは一瞬浮いたように感じる軌道で内角へと食い込んできた

「しまっ…、カットボール!?」

 何とか合わせはしたが打球は力無く転がり、ファーストの久米が抑えて3アウト。先制のチャンスを掴んだ山ノ宮だったがこれを逃す形になった。

 

 攻守交替で戻って来た影月と光璃、灰都は言葉を交わす。

「やられたね、クロ。で、何が来た?」

「確かに、ストレート、カット、フォーク。情報だとその質の高さで勝負してるタイプらしいけど、まさか新球種隠してやがったか?」

「ううん。違う。元々白石くんが球種としては持っていた、けどそれをさらに改良したんだ。おそらくさっきのは、“ライジングカット”」

 

ライジングカット。海の向こうで生まれたカットボールの派生形。繊細でかつ天才的な指の感覚が必要となるが、リリースの角度からは予測もつかない、まるでアンダースローからの軌道のような浮かび上がる感覚を打者に与える変化球。右投手であれば、右打者には外に逃げながら沈み、左打者には浮かび上がるように食い込む。投げられるコースは限られてくるシロモノだが…。

 

「あのストレートに加えてそんな芸当まで。つくづく怪物だなあの白石は」

「まあ逃したチャンスは今さらどうしようもないからね。この回もしっかりと守るよ」

 

 5回表、聖森学園の攻撃。先頭の柏木はスローカーブを泳がせてレフトフライに打ち取る。

 しかし続く露見がカット打法で球数を稼ぎにかかる。これを嫌った光璃はインコースを厳しく突くが見極められてフォアボール。

 さらに続く雪瀬は得意の読み打ちで外角のツーシームに絞っており、見事にレフト前へと弾き返し、山ノ宮もピンチを迎える。

「流石、強豪校だね。下位打線も各々取れる自分なりの対策を打って来たってところか」

 続く打者は内海。天才肌タイプらしく、最大の特徴はその時本人が一番上手く行くと感じた打ち方を実践してくる、故にこれと言った弱点が存在しない。

「厄介だけど、ならばこっちはベストボール投げるだけだ!」

 バッテリーは強気にインコースを攻めることを選択。1球目、2球目とストレートで内角を突いて簡単に追い込む。露見と同様にカットしようとしていた内海も流石に体を起こされ、迎えた3球目、外角からさらに逃げるシュートで泳がせる。打球はサード正面に飛び、緑原が逆シングルで捕球するとサードベースを踏み、そのまま1塁へ転送。ここでもゲッツーを完成させて見せた。

 

「流石山ノ宮の鉄壁守備! ゲッツーのパターン多過ぎだろ!」

「これ、ワンチャンあるんじゃね!? ジャイアントキリング!」

 

にわかに観客が盛り上がる中、それを黙らせたのはやはり聖森のエース、白石。

赤木、代田を連続三振に仕留めると、木登にはカットボールで詰まらせてセカンドゴロ。

この回は完璧な内容を見せ、5回終了後の整地前にリズムを作る。

 

「かーっ、やっぱめちゃくちゃ速いな!」

「赤木はタイミング自体は結構合って来てたけどな。スイングはてんで離れてたけど」

「俺は真っすぐ一本待ちを読まれてたな。徹底してカット攻めか」

この回打ち取られた面々のお手上げ具合に光璃は苦笑する。

「やっぱあのバケモノピッチャーからはそうそう得点は期待できないか」

「そうだね。ここからも厳しい展開続くよ、しっかり休んでおきな」

 光璃にドリンクを手渡しながら藍原が同調する。5回まで聖森打線を僅かに3安打に抑え込んでる。打線はここまで2安打、それも灰都のみと苦しいものだがここまでの展開は概ね想定内。こちらのお得意の展開に持ち込んでいる。

「ありきたりだけど、相手も高校生でプロじゃない。この展開が続けばどこかで焦りが出るはず。こっちはそれまでひたすら粘る、それだけだよ」

「うん、だからこそしっかりと休んでなよエース様」

 藍原は光璃のいつも通りの様子に安堵こそするが、同時に心中では不安もあった。

「(ここまでの展開、投球内容、球数、シロちゃんの調子。正直、想定内どころか想定以上だ。ここまで1イニング平均10球も行ってない球数なんかは特に上出来。だからこそ…)」

 “好事、魔多し”。さっきは相手はプロじゃない、高校生だから焦りが出る、とは光璃が言っていたがそれはこっちにも当てはまる。

「(ウチの選手たちが焦ってしまうかもしれないし、今日の試合、それどころかこの1年に対して重責を背負って来たシロちゃんに、余計な疲労が無い訳が無い…!)」

 

 5回終了後のクーリングタイムとグラウンド整備が終了。得てして高校野球では試合の流れが変わるとされるタイミング。

 6回の表、先頭の田村は2球目のカットボールを打たせてセカンドゴロ。

カッキー―ン!!

「やばっ」

 1番、冷泉。その初球のツーシームを上手くしたから掬って捉えた当たりはレフトの勝の正面を突いてレフトライナー。これであっさりとツーアウトとなった。しかし、

「(…各バッターの狙いがしっかり絞られてる。3球でツーアウト貰えたのは美味しいけど、少しいやな感じだな)」

光璃は心中で少し毒づく。ストレートにめっぽう強い冷泉がアッパー気味のスイングを仕掛けてきた。この打席ではツーシームかカットのような沈む継投の球種を待っていたのだろう。

「(とはいえ、裏を返せば読みを外せば、打ち取れる確率は上がる!)」

打席には2番の久米。ここまで球種のコンビネーションと木登のフレーミングを利用して何とか抑えてきた。

「(初球、スローカーブでまずは一つ貰う…!)」

カキン!!

「うそっ!?」

 インコースへと決まろうとしたスローカーブを久米はしっかりとタメを作り、ショート後方へと弾き返した。巧みなバットコントロールが成せる業だ。ようやく聖森のヒットメーカーにこの日初安打が生まれた。俄然スタンドが盛り上がる聖森サイド。

『遂に聖森学園の2番、久米さんにヒットが飛び出しました! さあ強力クリーンナップにランナーを塁上に置いて回ります!』

「(前の打席と同じ入りは不用意だったか…。というか若干浮いた、インロー狙ったのに!)」

 ツーアウトではあるが、1打席目に特大のセンターフライ、先ほどはヒットを放っている白石が打席に立つ。

「(1打席目、アウトローいっぱいのカットをフェンスまで、さっきは外角のストレートを強引に引っ張り込まれた。となると、流石に内角を攻めるべきか…?)」

「(となると私の球威でフォーシーム勝負は危険、インコースをシュートかツーシームで抉る…!)」

 初球、インハイへのツーシーム。白石は大きくのけぞることなく、最低限身を引くだけに留まる。続くアウトコースへのストレートは見逃してストライクを取るも、外角いっぱいを狙ったカット―ボールは僅かに外れたのを見極められボール。

「(この…、全然内角に恐れてこない! デッドボール怖くないの!? 当てるつもりは無いけどそれにしてもあまりにも怖いもの知らず過ぎる!)」

 内角への恐怖心を植え付けて外角を遠く見せるのは配球の基本テクニックのひとつなのだが、光璃、木登バッテリーから見れば白石には効いている様子が感じられない。アウトコースへのストレートの見逃しも待ち球と違っただけに見えた。

「(もう一つ、内角を見せる。狙うのはボール1個分の出し入れになるけど…決めなきゃやられるのはこっちだ…!)」

 バッテリーが選択したのは、高速シュート。コースは内角低め、それもツーシームならギリギリストライク、高速シュートならボールゾーンとなる絶妙なコース。

「(それを投げるために、今日までやってきたんだろ!!)」

 光璃はここ一番の集中力を込め、渾身の1球を投じる。狙ったコースに完璧に投げられた感触、あとは白石がスイングを仕掛ければ、間違いなく詰まる。

 視界の端にスイングを始動する白石が映る。

「「(“釣れた”! そのまま引っかけろ…!)」」

 光璃と木登が同時そう思った次の瞬間。

 

キイイイイイイイン!!

と金属音が響いた。

「…はっ?」

思わず光璃は声を漏らす。

それはバットがボールを捉えた金属音。そして舞い上がった白球はそのままレフトスタンドへと突き刺さり、ドンッというコンクリートで硬球が跳ねる音が球場に響いた。

『は、入った! 入っちゃいました! 先制のツーランホームラン!! 試合の均衡を破ったのは! 聖森学園のエース、白石君が自ら放った驚異の一撃!!』

一気に盛り上がる球場、対照的に光璃は呆然と打球の飛んだスタンドを見送るしかできない。

「(ベストボールだった。完璧に、組み立て通りの、1球。というかそもそもボールゾーンの球だ。それを、なんで…!?)」

 白石は長い腕を器用に畳みながら、体の回転を重視したスイングで内角に食い込んできたボールを掬い上げた。本人にとってももう一度やれと言われても出来るか分からない、咄嗟の反応の賜物。

 

これが、才能の差。

 

絶望的な事実が光璃に圧し掛かる。

渾身のベストボールも打ち砕かれる理不尽なまでの一打。

 

それでもまだこの回は終わっていない。

「(持ち直せ…! 2点…、痛いけど、まだ、ウチの打線なら、灰くんなら、クロなら…!)」

 

しかし一度揺らいだ心は、ここまで限界まで張りつめて来た緊張感は、簡単には戻らない。

 

「ふっ!!」

カッキーン!!

「(要求コースより真ん中に寄った…! 間違いない、白水のやつ、“切れてる”…!)」

左打者の桜井のアウトコースへと決めようとしたツーシームが真ん中に入った。

傍目に見ればそこまで絶好球だった訳ではない。

だがここまでボール1個分の出し入れすら可能として来ていた光璃のコントロールを考えれば、十分なチャンスボールとなった。

そして聖森の4番、桜井がそれを逃すような打者では無かった。逆らわずに流し打ち、それでも打球は速度を落とさずにレフト線へと飛び、

ガンッ!!

と、レフトのポールに直撃し鈍い音が響いた。

『こ、これも入ったああ!! 今度は4番、桜井くんの逆方向へのポール直撃の一発! 2者連続ホームラン! この回、一気に3得点!!』

 

木登は慌ててベンチをチラリと見やるが、古木監督は首を横に振る。ここではまだ藍原というジョーカーを切る場面ではない。だが間違いなく光璃は精神的に“来て”いる。

「タイムを!」

一旦タイムを取り、間を作る。本来ならさっきの白石の一発の時点で行くべきだったが、その時は木登自身も、他の内野手も流石に呆然としていた。

「(だから今の2本目は俺達全員のミスだ! こう言ったって納得しないだろうけど、とにかく白水を立ち直らせねえと)」

そうしてマウンドにバッテリーと内野陣、伝令の背番号13番の土山が集まる。

「ふう…、ごめん。みんな、今のは完璧に私の失投だった」

「いや、俺達ももっと早く声掛けすべきだった」

「監督も、一発は仕方ない、取られた以上は減らないからこれ以上増やさないようにして来い、ってさ」

「ひゃあ、厳しいねえ」

「ともかくこの回アウト一つ、まずは取ろうぜ。しっかり投げてきてくれ」

「シロ、バックには俺たちがいるからな」

「そうだよ、どんどん打たせてきて…!」

「…うん、ありがと」

一度輪は解かれたが、影月は感じ取っていた。光璃の精神はまだ揺らいだままだと。

「(私たち…、いや私のせいだ)」

今日、自分の前を打つ灰都はあの怪物白石から2安打している。

あの後で自分がもし打っていれば。

光璃にここまでの重圧を与えることは無かったのではないか。

ここまで彼女を追い詰めたのは聖森学園では無く、自分のせいでは無いのか。

「(もう、“言葉”だけじゃ無意味だ)」

影月も投手経験が無い訳ではないから知っている。

マウンドは結局孤独だ。

野手が声をかけたところで全てを委ねられてしまうのが投手だ。

打たせて来ていい、楽に行け。

そういう野手の声は、しっかり守って、打たねば、本当の意味で投手を安心させることなどできない。

「(だから…!)」

桜井と対峙した時よりは制球がマシになったとはいえ、先ほどより甘く入った光璃のカットボールを5番の柏木が捉える。流し打った打球は一二塁間へ飛ぶ。

その打球にいち早く反応した影月は“叫んだ”。

「ファースト、戻って!!」

「え!? わ、分かった!」

影月の聞き慣れない大声に戸惑いつつも一瞬打球方向へ向かおうとしたファーストの青崎はベースカバーに戻る。そして影月は驚異的な守備範囲を見せ打球にランニングキャッチで追いつく。

「(追いついた!? だが体勢悪い、俺の足の方が…!)」

柏木は全力疾走しながら内野安打を確信する。

「たあああああああっ!!」

しかし影月はランニングキャッチの前傾姿勢から、跳んだ。

右足で踏み出してグラブを逆シングル伸ばした体勢から、次の左足の踏み込みで跳躍。

身体の軸を地面と平行にして空中で捻り、右腕が地面と垂直に振るわれる。

影月はそのまま地面へと突っ込む形で滑り込んだが、あり得ない体勢からのノーバン送球が寸分違わず青崎のファーストミットに収まった。

『す、スーパープレー!! い、今のは野球のプレー…、なんでしょうか!? 少なくとも私はこんなプレー見たことありません!! 山ノ宮のセカンドの黒羽さん、またしても神業です!!』

 

“ムササビシュート”。

ハンドボールにおいて、シュートの角度を広げディフェンスを躱すために編み出されたシュートの一つ。だが非常に高度な技術と高い身体能力が求められ、さらに怪我のリスクも大きく、一歩間違えば大怪我も免れない超高等テクニックだ。

 

無論、この一瞬のプレーでこれがムササビシュートだと気づくものはごく僅かだっただろうが、今のプレーが常人離れしたものだということだけは誰の目にも明白だった。

 

「クロ! ナイスプレー…、ってか大丈夫!?」

「大丈夫、慣れてるから」

「そ、そっか…。それよりみんな、ごめん! 打たれちゃった、ホームランだけは避けないといけなかったのに…」

「取られた以上は反省は後だ。とにかくまずは点差を縮めるぞ」

「おう! やられたらやりかえさねえとな!」

「こっちも同じ9番から、取り返すよ!」

「…私はアンダーシャツ変えてくる。打順回るまでには戻るから!」

「ああ、わかった」

 光璃がベンチ裏に下がっていく。そして光璃が去ったダッグアウトで灰都たちは円陣を組む。

「全員、分かってんな。この失点はシロの自責点じゃねえ。“俺達”の失点だ。だがアイツは責任感の塊、言葉じゃ納得しねえ」

灰都の言葉に全員が頷く。

「追いつくぞ、さっさと。何をしてでもあの怪物から3点、いや4点もぎ取る。全員、死に物狂いで次の塁を狙え、行くぞおおお!!」

「「「「おおおお!!!」」」」

 

ロッカールームで着替えを済ませた光璃は、一人泣いていた。

この姿を誰かに見せる訳にはいかなかった。

 

諦めた訳ではない。

心が折れた訳でもない。

 

ただただ、悔しかった、情けなかった、腹立たしかった。

あれだけ積み上げた練習を以てしても、まだ足りなかった。

 

「私は、弱いなあ…。みんなを巻き込んだ張本人がこのザマだ。本当に、カッコ悪い」

 

それでも自分はこのチームのエースだ。こんな弱弱しい姿を見せる訳には行かない。顔を洗って泣き晴らした目元を誤魔化す。覚悟を決め直してベンチへと戻ろうとした瞬間だった。

 

ワッ!!っと大きな歓声が聞こえた。

 

「! 一体何が…!」

光璃は慌ててベンチへと戻っていった。

 

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