New Styles~シロとクロと灰色と~   作:Samical

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6 配られた手札で

数年前の甲子園での出来事だ。

 その年の決勝で顔合わせしたのは対照的な2校だった。

 一つは甲子園常連の名門校、圧倒的な選手層と質を両立させた隙の無いチーム。そしてもう一つは全国的には知名度は低かったが、一人の絶対的エースを中心に勝ち上がったチーム。

 今時の流行りの複数投手運用のチームと、古き良き絶対的エースが一人で投げ抜いてきたチームの決勝戦。注目度も高かったこの1戦、結果は名門校の圧勝。

 この時、絶対的エースが全試合先発完投、という古くからのエース像の時代は終わりを告げた…。

 

「って勝手に私は思ってるんだけどね」

「投げられなくてウズウズしてるのは分かるんだけど、そのとても長い持論語りを私にする必要あった…?」

 夏の県大会2回戦、山ノ宮高校と大吉高校の試合。

 そのベンチで光璃の持論語りに付き合わされていたのは控え投手の3年生、藍原。彼女の出番があるとすれば終盤になるので準備はまだしていない。そして光璃は基本的に今日は投げない予定だ。

「大吉高校。もともと初戦を突破するかどうかのチームで、1回戦で同じようなチームと当たって勝ち上がってきた。今のウチとしては当然勝たないと相手とは言え、今日は投げるなと言われるとね…」

「まあでも監督の言う通りだし、シロちゃん自身も言ってたじゃん。一人で投げ抜く時代じゃないって」

「とはいえ、落ち着かないよねー」

 山ノ宮はエース温存策、先発投手は2年生の蒼鳥が務めている。大吉高校は実際そこまでの強さではなく、4回で既に7-0と大量リードをしていた。

「でもつばさちゃん、なんかイマイチなんだよね」

「うん、いつもはもっと良いストレート投げてるのに、今日は高さも中途半端だよね」

「本人も表情硬いし、緊張なのかな?」

 4回まで無失点なものの、蒼鳥の投球は普段を知る光璃たちからすれば物足りないものだった。元々ノビのあるストレートと落差のあるフォークを中心に投球を組み立てる。しかし今日は低めを狙ったストレートが悉く真ん中に寄っている。相手の打力とこちらの守備力で打ち取ってはいるが。

 そして蒼鳥がベンチへと戻ってくる。

「お疲れ、つばさちゃん。とりあえず無失点にまとめたね」

「は、はい…。あまり納得のいく内容では無いですが…」

「それでもよくまとめたよ、あとは村崎に任せよう」

「うっす! 任せてください!」

 5回からは村崎へ継投。そして状況次第で3年生の代田、藍原がリリーフすることになっている。

 そしてその村崎はと言うと…。

「ボール、フォア!」

「くそ…!」

 7回、ワンアウトからこの回2つ目のフォアボールを出す。

「あちゃー、相変わらずだな…」

「5回からの3イニングで5つ目ですね」

 村崎は村崎で課題の制球難が出ていた。ストレートの球威もあり、スライダーもキレ良く曲がっており、チェンジアップのブレーキも良いがいかんせんストライクが入らない。

「やれやれ…、ここでコールドで終われんと後味が悪い。藍原、頼んだ」

「はい、監督!」

 たまらず古木が交代を告げる。9-0とはいえ、ここからズルズル失点というのはいただけない。ちょうど打者が左打者なのもあり、藍原がマウンドへ向かう。

 藍原は左のサイドハンド。大きく独特の横滑り軌道で曲がる、初見殺しのスライダーが武器であるが、スタミナに不安がありワンポイント中心の起用、本人もそれを想定して練習に臨んでいる。

「っ!」

 変則のサイドハンドからスライダーを外角低めに決めて打たせて取り、ゲッツーを取ってゲームセット。この試合はなんとか無失点リレーで終えることに成功した。

 

 試合後、ベンチの入れ替えも終わり、現在は試合に出ていたメンバーはクールダウン中だ。今日は出場機会の無かった光璃は古木監督と話していた。

「ふむ…、蒼鳥も村崎もピリッとせんかったのお…」

「監督。あの二人は公式戦初登板ですし、仕方ないんじゃ? 私もあんな感じでしたよ、初登板」

 光璃自身もデビュー戦はまともにストライクを取れずに降板した苦い経験がある。

「ああ、1年の秋じゃったか。そういやそうじゃった。今や小憎たらしいほどマウンドでは冷静になりよったが」

「小憎たらしい、は余計ですよ」

「じゃが、甲子園に行くための残り3試合。お前さん一人では投げ抜けまい? そうなれば、他の投手の力が必要じゃ。使わざるを得んのだよ」

 古木監督は温厚で選手の自主性を重んじる好々爺と言った雰囲気だが、采配という点においてはシビアな一面もある。

「(監督も口にはしないし、私もあんまり考えたくないけど。この言い方は…)」

 光璃も薄々古木監督の考えを察する。

 現在、山ノ宮高校にベンチ入りしている投手は5人。エースである光璃。そして3年生の代田、藍原。2年生の村崎、蒼鳥だ。そして監督はおそらく代田は投手としてはあまり計算していない。どちらかというと打力を活かした代打要員。そして藍原はとある事情でスタミナに不安があり投げられてせいぜい1イニング、それも武器である繊細なコントロールと球威は球数と共に失われるので打者2、3人が現実的。そうなると光璃の負担を軽減するためには村崎、蒼鳥の2年生投手二人が必要不可欠だ。

「次の試合はお前さんで行く。その後は状況次第じゃな。なにより、甲子園へ行くなら、決勝で聖森学園、もしくはそれに勝ちうるチームにお前さんをなるべく消耗しない形で当てんと話にならん」

「そのためには1試合分は、あの二人には投げてもらいたい、ってことですか」

「…そうじゃ。なんじゃなんじゃ、ワシが明言を避けたかったことをずけずけ言いよって」

「すみません」

「じゃがお前さんが任された試合を抑えることが大前提になっとるのを忘れるなよ。ウチの武器は守り、それが出来んと…」

「甲子園なんか夢のまた夢、ですよね。分かってます!」

 

 そして3回戦は4日後。これで1回戦からは中9日空き、光璃は万全の態勢で臨む。

 そして試合前のベンチ前。

「今日の相手は彩菊花高校。今年は結構実力者が揃ってるらしい」

「灰くん。特に注意すべきなのは?」

「外野手でリードオフマンの時任、走攻守に隙のないセカンドの物茂、強肩強打のキャッチャーのルーカス、そして主将の江須葉は打力のあるショートだ。」

 灰都に続いて木登が説明を始める。

「ウチほどじゃないが、どちらかというと守備寄りのチーム。打線はルーカス、江須葉の一発に警戒したいな。そしてエースの泉谷は女子投手でサウスポー。一番の特徴はその球速。マックスで120キロ行くかどうかって話だ」

「そりゃ中々…」

「簡単に打てるんじゃないんっすか?」

「勝~。去年の甲子園見てた? まさにそういう投手が活躍してたじゃん。確か…、一芸大付属の緩井、だっけ?」

 勝の能天気な発言に光璃がツッコむ。そしてそれに反応したのが影月だった。

「た、確か…。130キロに満たないストレートと緩急自在の投球で優勝候補だった天空中央を撃破、それから去年の優勝校、聖森学園を苦しめてたね」

「そーそー、だから油断ならないよ、遅いからって」

「うっす! すみません、気を抜くことなく全力でいきやす!!」

「うん、元気があって理解も早くてよろしい」

 勝と光璃のやり取りを見届けた木登が話を戻す。

「で、さっきの話の続きだが。120キロ前後のストレートにスローカーブ、パームといった捉えにくい緩い変化球を混ぜてくる」

「この地区は聖森の白石対策してるところが多いから…」

「ああ。ここまで緩いと慣れないバッターは打ち急ぐ。それにいつもと軌道がまるで違うから感覚も狂いやすい。控え投手にも苦しむ可能性がある」

 それを一通り聞いた灰都は頷き、皆に向けて話す。

「相手は独特のペースで試合を運ぶ。それに呑まれるな。俺たちは相手がどこだろうとマイペースに、守って、勝つ!」

「「「「おおおお!!」」」」

 

先攻 山ノ宮高校

1番 一 青崎

2番 左 勝

3番 投 白水

4番 遊 暮井

5番 二 黒羽

6番 中 赤木

7番 右 代田

8番 三 緑原

9番 捕 木登

 

後攻 彩菊花高校

1番 中 時任

2番 左 矢部越

3番 二 物茂

4番 捕 ルーカス・J

5番 遊 江須葉

6番 三 官堂

7番 右 灰呂

8番 一 和府

9番 投 泉谷

 

 試合開始。

 先攻の山ノ宮。打席には1番の切り込み隊長、青崎が入る。

「(相手投手の泉谷。ストレートの球速は無いけど、持ち球はもっと緩いパーム、スローカーブ。私なら、真っすぐ待ちで対応できるかな…?)」

 その初球、テークバックの小さなコンパクトなフォームから初球が投じられる。その初球はスローカーブ。それは緩やかな軌道を描き、低めへ決まる。

「ストライク!」

「(お~。これはこれは…、考えを改めた方がいいかも~?)」

 初球のスローカーブ、感覚としてはペッパーに近い。そしてそれは普段の対戦とは違う、ペッパーの打ち方は投げ手に打ち返すのが主目的。つまるところ、この泉谷という投手の攻略に、普通の感覚でいるのはナンセンスだ。

 続く2球目、投じられたのはパーム。これも独特の軌道を描き低めへ決まる。そして3球目、投じられたのはストレート。その球速は117キロ。しかし、山ノ宮随一の巧打者である青崎のバットは空を切った。

「ストライク、バッターアウト!」

「うわ、これは思ったより手間かも~」

 青崎は思わずそう零した。スローカーブ、パーム、ストレート。そのどれもが独特の軌道を描く。そしてこれは後続の打者にも効果を発揮した。

 緩いスローカーブを初球から迎え撃った勝は、スタンドがざわつくほどに高々と打ち上げてファーストファールフライ。3番の光璃はパームを引っかけてセカンドゴロと三者凡退に終わってしまう。そして1回の裏、マウンドには光璃が上がる。

「(さて、いつものことながら先制はさせらんない。まあ、私はいつも通りやるだけだね)」

 先頭はリードオフマンの時任。確実性、長打力、俊足を兼ね備えた左打者。どちらかというと巧打者が苦手な光璃にとっては最も警戒すべき打者。というよりも…

「(彩菊花には爆発力は少なくとも、穴の大きな打者が少ない。一番嫌なんだよねえ…)」

 彩菊花の打者はそれをしっかりと自覚しているようで、最も長打力のあるルーカスでも大振りはあまりしてこず、チームバッティングを心掛けている。

 光璃が初球に選んだのはアウトローへのストレート。見逃しでストライクをひとつ。そしてシュートが外れた後、再びアウトコースに決めて追い込む。

「今日は、シロちゃん本格派モードだ!!」

 4球目、投じたのは自慢の決め球、カットボール。

「!!」

 時任のバットは思わず出てしまい、空振りの三振。

「うっし!」

 光璃のカットボールは持ち球で唯一空振りが狙えるボール。だがここまであまり多用はしていなかった。その目的はただひとつ、打ち取るタイプの光璃の投球スタイルの中に、三振を狙うボールというノイズとしての役割だ。だが今日はカットボールで押すと決めた。

 その後も矢部越、物茂と続けざまにカットボールを軸に抑えていく。こちらも三者凡退で初回を0で抑えた。

 2回表、打席には4番の灰都。その初球はパームボールを豪快に振り抜くもレフト側へ大きく切れるファールボール。

「(…やっぱ初見じゃイメージとズレるな。球速も思った以上に来ない)」

 そう考えている灰都に対し、マウンドに立つ泉谷は一見堂々と立っているように見えるが、その内心はというと…

「(ど、どうしよう!? というか怖い! 何あのスイング、見たこと無いぐらい速いんだけど!)」

 泉谷未来は少々テンパり癖のある女子投手である。自らの投球スタイルのため飄々と投げているが、実際は内心がいつもこんな感じである。キャッチャのルーカスが冷静沈着であり、リードで引っ張っているが泉谷本人は基本的にテンパっている。

「(お、落ち着け。私。このバッター、確かにすごい。でも、他は言い方を選ばないならレベルは落ちる…、ってルーカスくんも江須葉くんも言ってたし。みんなしっかり守ってくれるし、ここは最悪歩かせてオッケー…!)」

 2球目、3球目は立て続けにスローカーブが外角に外れ、カウントはボール先行の2ボール1ストライク。

「(ここで、勇気をもってインローへのストレート!!)」

 泉谷が選択したのはストレート。120キロに満たないストレートを打ち損じさせるべく、緩い変化球を散々見せてから投じる渾身の1球。

「ちっ、こりゃ差し込まれるな!」

 しかし1枚上手なのは灰都。そう言いながらもコンパクトにバットを振り抜き、インローのストレートを流し打ってライト前にポトリと落とす。確実にはジャストミートできない、と判断した瞬間に切り替えて確実に単打を狙った。やはりこの辺りの対応力がプロ注目たる所以だった。

「まあ…、単打だから大丈夫、でいいんだよね?」

 奇しくも光璃と近しい考えを持ちながら淡々と投げる泉谷。その後は歌月に痛烈な打球を放たれるも正面を突いてアウトを稼ぎ、ヒットを追加で浴びてピンチは背負いながらも後続はアウトをひとつずつ稼いで抑え、0点で凌ぐ。

 一方で光璃は同様にランナーは出しても自慢の守備の前に打たせて併殺で切り抜けていく。

 試合は硬直状態。どちらがその均衡を破るか…。

 

 そんな中、5回表のことだった。

 打席には6番の赤木。泉谷の投じたパームをフルスイングで迎え撃ち、快音が響いた。

「え?」

「マジ?」

 これに驚いたのはどちらかというと山ノ宮のベンチだった。

 赤木の打率は高校を通して2割どころか1割前半ほど。当たればデカいがまず当たらない。だがバントは上手いし、意外と選球眼も良いので出塁率は打率ほど悪くない。そして足も速く、外野守備に関しては大ベテランの古木監督をもってして歴代最高クラスと称する。結果として不動のセンターとして2年生から試合に出ている。

 そして今、赤木のフルスイングが捉えた打球は高々と舞い上がり、そのままスタンドに飛び込んだ。

「「「は、入ったーーーー!?」」」

「おい、その反応はねえだろ!!」

 これには温和なことの方が多い赤木も流石に怒った。とはいえ味方がこれだけ驚いている以上、それは相手も同じ、むしろそれ以上だった。

「(スイングは良いが当たる気配があまり無かった。かといって気を抜いていたわけでは無いが、時すでに遅しだな)」

 キャッチャーのルーカスもこの結果は悔やむことしかできない。長打という点では灰都のみを警戒していただけにこのホームランは響く。後続は断ったがこの1点は重い。

 

 そして対する彩菊花の攻撃。先制してもらった光璃は改めて気合を入れる。

「(初戦は打線が上手くハマったから圧勝だった。でも本来のウチの得意な展開は、こういう試合…!)」

 守って、守って、勝ち取った1点を全力で守る。それが代々続いてきた山ノ宮の野球だ。

 

 6回の彩菊花の攻撃。先頭は9番の泉谷。

「(打撃は得意じゃないけど、せめて球数稼ぐぐらいは…!)」

 しかしその考えを読んでいるかのように、というよりは打撃が不得手なのを理解した上で山ノ宮バッテリーは2球で簡単に追い込む。そして際どい所はカットしに来た泉谷をボールゾーンに逃げるカットボールで三振に取る。

 続いて打席には1番の時任。

「(打たせて取るタイプ、とは聞いていたが。カットボールを軸に三振も取られている。要警戒だ、なんとか出塁して後ろに繋ぐ!)」

 光璃はシンキングファスト、ストレートを主体に左打者の時任の外角を攻める。そしてカウント1ボール2ストライクからの4球目。インローに右投手から左打者へのクロスファイヤーのストレートが決まる。カットボールがよぎっていた時任は手が出ず、見逃しの三振。

「(しまった…! さっきまでのカットボールのせいで迷いが出た! 決して速い球ではないが…!)」

 

 光璃、そして木登は打者との勝負を、3打席で考えている。もっといえば試合全体で見ている、とも言うべきか。打者とのその1打席の中だけではなく、試合序盤から何を中心に投じていたか。何の球種から入って、何で打ち取ったか。プロ野球ほどデータの取れない高校野球において、実際の対戦で得られるデータの価値は大きい。

 ならば抑える側はそれを利用する他ない。速い球があるわけでは無く、カットボールは勝負できるレベルとはいえ球種も多くない光璃、そしてそもそも決して強豪校ではない山ノ宮が勝ち上がるためには、そのデータ取りから利用すべきだ。

 今日の光璃は序盤からカットボールを多用する普段はあまりしない組み立てをしてきた。コンパクトに振ってくることを徹底している彩菊花にはシンキングファストは効果が薄いと判断したためだ。結果的に相手はストレートとカットボールを上手く判断できないまま凡退してきた。こうなれば相手には十分にカットボールが刷り込まれている。

 ならば後半に入ったここからは一気にスタイルを変える。

「(ここまでカットボールでストライクからボールになっていたコースにストレートを、カットボールでボールからストライクに入ってきてたコースにストレートを)」

 木登のその要求にほぼ完ぺきな形で応えるのが光璃の強みだ。

 そして完全に切り替える必要はない。迷いが生じればそれでいい。

 2番の矢部越もアウトローへのストレートで詰まらせてこの回は三者凡退。

 直後の7回表の攻撃、灰都と影月の連続安打、そして赤木のバントで1アウト2,3塁のチャンスを作る。さらに代田がファールで粘ってフォアボールを選び、代走で郡司が起用され満塁となる。

 ここで彩菊花ベンチが動く。既に体力が限界の様子の泉谷を諦め、2番手投手で白霧という右投手を送り込む。持ち球はスローカーブにパームと奇しくも泉谷とは変わらないが、全く違うのはそのストレート。130キロ中盤をマークする上にやや出所が見づらく、そして手元で若干動く。本人がホワイトアウトと名付けているというこのストレートが、泉谷の軌道に慣れた打者には刺さるのだ。ちなみにロジンバッグを付けすぎてたまにマウンド周りが煙ることがある、らしい。

 打席には8番の緑原だったが、その初球のストレートをまんまと引っかけさせられてしまう。詰まらされた打球はファースト正面でホーム封殺。続く木登も打ち上げてしまいこの回は無得点。この後も白霧のストレートに翻弄され打線は無得点が続く。

 が、一歩も譲らなかったのは光璃も同じ。カットボール主体からストレートも交えたスタイルに変え、彩菊花打線を翻弄。最後はゲッツーを打たせて見事完封。

 山ノ宮野球を存分に見せつけ、見事準決勝へと駒を進めた。

 

 試合後、スマホで組み合わせを確認する光璃。

「…やっぱ勝ち上がってきたか」

「聖森か?」

「ありゃ、灰くんもダウン終わったの?」

「まあな。で、聖森はどんな感じだよ」

「初戦で流星をボコボコにした後、2回戦で去年の決勝で対戦してた聖ジャスミンも7回コールド。で、今日も別会場でやってる3回戦でくろがね商業も7回コールドで下して楽々準決勝。…流石に強いね。他の本命不在、って言われてるのもあるけど」

 実際、この地区の今年は聖森一強と言われている。昨年の甲子園優勝を経験したメンバーに加え、さらに力のある下級生も育っており隙が無い。それに対して他に対抗馬が少ないと言われており、この地区でプロ入り候補を呼ばれているのが灰都を含めてほんの数人である。

「とはいえ、ウチの次の相手は油断ならないよ」

「そっちも決まったか」

「うん。こっちも別会場、次の相手は激闘第一。最近は苦しんでるけど、強豪だよ」

「で、その相手に俺たちは、エース抜きで戦う、ね」

「そう。つばさちゃんと村崎にかかってくる。でも、そうしなきゃ聖森を倒して甲子園なんて夢のまた夢」

 光璃は灰都の目を見据えて言い切った。

「万全の状態で、かつ手の内を伏せるだけ伏せたお前を決勝に持って行って、ようやく勝負になるかどうか、だからな」

「手厳しいね灰くん」

「事実だろ。それだけやつらは強い。だが次の相手を倒さなきゃ挑むことすらできねえ」

「じゃ、任せたよ。私は決勝を見据えて万全に整える。信じてるから」

「おう。それ、クロにも言ってやれよ」

「当然。クロだけじゃなくてみんなにも言うつもりだよ」

「流石、軍師だな」

「はは、違うって。心からの言葉だよ、これは」

 

 茶化したように言った灰都だが光璃の気持ちは十分に分かっていた。

 聖森を倒すため、そしてその聖森が圧倒的な強敵だとは言え、普通にやっては力不足だという事実を嫌というほど突きつけられ、その結果が準決勝の完全温存策だ。基本的には見ていることしかできない、万が一プランが崩れれば手遅れの状況で出てきてそのまま終わる可能性だってある。

「(力があれば、準決勝も投げて決勝も投げて、って言えるんだろうが)」

 誰よりも力不足なことを自覚しているのは光璃であり、光璃自身はそれを前提として自分の気持ちに蓋をして策を監督と話している。

 

 だが、投手という者は誰だって、投げられないことを良しとする投手はいない。

 

 自分が投げなくても勝てればそれでいい、そんなものは綺麗ごとだ。

 

 負けたとしても自分が投げたい。そう思っている投手だって少なからずいる。

 

 だが光璃という投手はそのエゴを自分の夢を叶えるために捻じ伏せている。悔しくてたまらないはずなのに。ならば、灰都たちに出来ることは。

 

「(こいつに、シロに最高の舞台を用意してやる)」

 

 そして幼馴染が交わした約束を、夢を果たすのだ。

 

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