New Styles~シロとクロと灰色と~   作:Samical

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7 蒼の羽ばたき

夏の県大会準決勝。

その舞台はプロも使用する夢ケ咲ドリームフィールド。内外野共に天然芝の国内屈指の美しさを誇る野球場だ。

準決勝第1試合。その対戦カードは例年はTHE・中堅校というイメージを持たれながら今年は快進撃を見せている山ノ宮高校と、ここ数年は苦しんでいる強豪校の激闘第一高校。

 

 お互いにダークホースともいえる存在が準決勝で激突する。

 

先攻 山ノ宮高校

1番 一 青崎

2番 左 勝

3番 捕 木登

4番 遊 暮井

5番 二 黒羽

6番 中 赤木

7番 右 代田

8番 三 緑原

9番 投 蒼鳥

 

後攻 激闘第一高校

1番 右 岡田

2番 三 長野

3番 一 朝倉

4番 投 アロネマン

5番 捕 佐々木

6番 遊 井上

7番 左 内藤

8番 中 那須

9番 二 山本

 

 山ノ宮の先発は光璃ではなく蒼鳥。打順は繋ぎの役割で9番に座っていた木登が入れ替わりで3番に入る。

 そして試合前のミーティング。灰都は激闘第一の特徴を並べていた。

「さて、奴さんだが。全体的によく打つチームだが、まあそこは別に大きな問題じゃねえ」

「あ、そこはいいんだ?」

 青崎が疑問を投げるが灰都は頷いて答える。

「聖森倒すぞ、って掲げてる俺らなら苦戦してる場合じゃないレベルだ。っつーか、守備が良くないし、走塁意識もさほど、長打主体の大味な野球しかしてないからそう言うしかないって感じかな」

「うわー、辛辣―」

 そしてそこに口を挟んだのは光璃と木登だ。

「どっちかというと、警戒すべきはただ一人、って感じ?」

「だな。エースで4番のアロネマン、だな」

「激闘第一が今年ここまで勝ち上がった最たる要因。エースで4番でチームを引っ張る、もとい引き上げた男。父親がアフリカ系の血を引くハーフで身体能力お化けで、あと…」

と言って光璃が相手ベンチを指差し、他のみんなもそれに従ってそちらを向く。

 そこにはそのアロネマンがいるが…。

「やっぱデケえな。プロフはマジみたいだな」

「身長195㎝、体重74㌔。背の高さに対してまだ線は細いけど、高校野球で見る分には化け物だね、あれは。」

 アロネマン、プロフィール通りの高身長で黒人の選手。他の選手と並ぶと頭一つ大きい。身長に対して手足の細さは目立つものの背の高さだけでも迫力がありそうだった。

「シロの言う通り。だが、ぶっちゃけ今年の激闘第一は3年生であるアロネマンに頼り切りのワンマンチームだ」

「去年の夏は故障、秋は大乱調で初戦負け。でも冬の間に体作りとフォーム固めを徹底してあんな感じらしいよ」

「Max146㌔の角度のある真っ直ぐに大きく割れるドロップカーブとブレーキの効いたチェンジアップが持ち味。普通に強敵だ」

「まあまずはしっかり守ってくしかないね。って訳で頼んだよつばさちゃん!」

「は、はい!」

 光璃からの声かけに返事をした蒼鳥だがどこか態度が固い。

「(まあ仕方ないか。重要な一戦を2年生ながら先発任されてる訳だし。でも、ポテンシャルは間違いなく…)」

 光璃の目からしても、贔屓目抜きにして蒼鳥の素質はかなりのものだ。村崎共々、未完成だが素質が開花すればその二人の世代で2枚看板のエースとしてチームを引っ張れるはずだと見えている。あとはそこに、自信が付けば文句無し。この二人をさらなる高みへ連れて行ってくれるはずだ。そのためにも今日のこの試合、この二人で試合を作る成功体験が必要なのだ。

 

 そして決勝進出をかけた一戦がいよいよ始まる。

 先攻の山ノ宮高校の前に文字通り立ち塞がるのはアロネマン。マウンドに立つとより一層その高身長が際立つ。先頭打者の青崎に対するその初球、角度のついたストレートが低めに決まり、一つストライクを取られる。

「(うひゃあ。見たことない軌道だね~。今どき珍しいぐらいの極端なオーバースロー。それをあの高身長とマウンドの上から、となるとそりゃ打ちにくい訳だ)」

 2球目も真ん中ではあったが低めに決まる。これも見逃して2ストライク。そして3球目、投じられたのはストレート。今度はインハイへとやって来た。

「っと!」

 青崎はスイングをかけるも空を切り三振。青崎にしては珍しい三球三振だった。

 続く勝は2球目のカーブを引っかけてファーストゴロ。対応力が故にカーブを当ててしまった形だ。そして3番に入った木登が右打席へ向かう。

「(さて、青崎、勝が簡単に打ち取られた訳だが)」

 データは集めているが、そこから得られるイメージと実際のそれとは当然隔たりがある。打撃に自身が無い訳ではないとはいえ、ここでの木登の仕事はヒットを打つ以上にこの後の攻撃に生きる情報を得ることだ。アロネマンが引っ込むような状況は基本的に無いのだから有効になる一手に違いは無いはずだ。

 その初球、オーバーハンドから振り下ろされたストレートが低めに決まる。真ん中低め、見逃して1ストライク。2球目のカーブはワンバウンドしてボール、しかしこれには木登は一瞬手が出かけてしまった。

「(リリースの瞬間、感覚としてはボールが消える。あの高いリリースポイントからさらに上に抜いて投げてる感じか。軌道がストレートと別物過ぎて絞ってなきゃ対応が難しいな)」

 そして3球目のストレートはアウトコース真ん中へ。スイングを仕掛けた木登だが捉えきれず打球は1塁側のファールゾーンへ。

「(やっぱ球威はあるか。というか角度のせいでアジャストしにくい。速球対応には自信があったんだけどな)」

 出来ればチェンジアップまで引き出したいところだ。相手からしても4番の灰都に回したくない心理はあるはず。出し惜しみをせず来てくれるとありがたいのだが。

 4球目もストレート。これにも食らいつく。5球目も同様。バットを短く、ストレート以外は捨てた対応。チェンジアップか、何か他の球種が来れば御の字。カーブが決まった場合は仕方なし、と割り切った対応だ。

 6球目、投じる前にアロネマンが首を何度か振った。サインが合わないのか、しばらくしてようやくアロネマンが頷く。投じられたのはストレートのリリースから投じられる、チェンジアップだった。

「ちっ!」

 木登は何とか合わせに行くが、思った以上にブレーキが利いていた。それに加えて落差もある。バットが空を切り空振りの三振。初回は三者凡退だ。

 だが木登は今のバッテリーのやり取り、そしてアロネマンの表情と態度を見逃さなかった。道具を付ける手伝いにやって来た光璃と木登は言葉を交わす。

「あのバッテリー、薄々感じてはいたが投手主導だな」

「その心は?」

「映像でも見えてたが、アロネマンは良くも悪くも意識が高い。自分のことを強者だと理解してるし、実際それに違わない実力はある」

「そうだね。別にそれ自体は悪いことじゃないよ。ただこの手は崩れると脆いし、仕掛けどころも少なくない」

「ああ。だがどれを選んでどう崩すかなんだよな。…さて、その前に俺はアイツを引っ張ってやんないとな」

 と言って視線を向けたのはマウンドに向かっている蒼鳥だ。

「つばさちゃんのこと、ちゃんとリードしてあげなよ」

「分かってる」

 そう言って防具を付け終えた木登も守備位置へと向かった。

 

 そして激闘第一の攻撃。山ノ宮の先発マウンドには2年生右腕の女性投手、蒼鳥つばさが上がる。武器は球速以上の速さを感じさせる良質なストレート。これをいかにコースに決めて行けるかが勝負のカギになる。そう木登は考えているが。

 初球のストレート。要求した高さよりも高く、真ん中に寄ったボールになった。

 激闘第一の1番打者の右打者、岡田はこれを迷わず振り抜いた。快音が響く。

「(やべ、いきなり甘く入った!)」

 痛烈な打球が左中間を破る、かと思われたが岡田の引っ張り傾向を頭に入れて守っていた赤木が走り込んでランニングキャッチ。センターライナーに打ち取った。

「(あぶねえ。ウチの守備の頼もしさに救われたが…)」

 続く2番の右打者の長野。まずはスライダーから入り、これもやや浮いたが意表を突けたのか見逃しは取れた。木登はストレートを要求。いずれにせよストレートが決まらなければ蒼鳥の投球は組み立てようが無くなってしまう。

「っ!」

 今度はそのストレートが地面に叩きつけられる形でワンバウンド。続けてもう1球要求。今度は低く来た。しかし、明らかに“置きに”来たストレートで勢いが無い。

カキン!!

痛烈な当たりが今度はレフト前で弾む。

「(くそ、どうすりゃいい…? アイツ自慢のストレートがそもそも使えねえ…!)」

 

3番の朝倉に対して思うようにストライクが取れないバッテリー。それを光璃はベンチで監督の横で見守っていた。

「ふうむ…、ありゃ苦労しとるのう。どう思う、白水」

「そうですね。二人とも、調子以前の問題じゃないでしょうか」

「その心は?」

「お互いに気持ちが空回りしている、ってところですかね。」

 そして朝倉に対し3ボール1ストライクからストレートが低く外れて歩かせてしまう。

「…監督。伝令、私に行かせてもらえませんか?」

「分かった。まあここはお前さんに任せよう。こと投手についてはお前さんの方が明るいじゃろう。主審、伝令じゃ!」

 

 伝令として光璃がマウンドへ向かう。

 これに合わせて内野陣、灰都や影月も集まろうとしたが、それを光璃が手で制する。

「(バッテリーの二人とだけ話させて)」

 そういうニュアンスが込められたそれを察して内野陣は足を止めた。

 マウンドには蒼鳥と木登、そして光璃が集まった。

「なんだ? 俺たち二人だけ…、って痛っ!?」

「あたっ!?」

 デコピンが二人の頭に炸裂した。もちろん仕掛けたのは光璃だ。

「二人とも、お互いに周りが見えてない! 一人相撲を各々やっちゃって…!」

 光璃はまず木登を指差して続けた。

「木登くん。ストレートを軸にしょうとして決まらなかった。焦るのは分かる。でもそのせいでせっかくの頭の回転の速さが死んでる。こういう時にこそ抜け出す一手を考えなきゃなのに、軸に固執しすぎてる!」

「それは…」

「リードしてあげろ、とは言った手前。言いにくいけど、でもそれじゃあ押し付けになるよ。そしてつばさちゃん!」

「は、はい!」

「投げてて楽しい? 今」

 からかったり、責めるような雰囲気は無い。ただただ真っ直ぐに問われた。

「それは…」

「言いたいことがあるなら言った方が良いよ。大丈夫、木登くんは頭の固い奴じゃない。むしろそういうの汲み取って、活かしてくれる良いキャッチャーだ。あるんでしょ、投げたいボールが」

 蒼鳥に言葉を促す光璃。薄々気づいてることだったが、何でも言ってやればいいというものではない。こういうことを自分から切り出す、それはその投手の強みを生かすうえで最も必要な情報をやり取りすることに繋がる。たとえそれが自分たちの夏の行く末が懸かっているとしても。彼女の成長を邪魔する訳にはいかないからだ。

「ストレート、です」

「…ああ。俺もそれは分かってる、蒼鳥の武器はストレートだ」

「つばさちゃん、それだけじゃないでしょ?」

「それは、でも」

「気持ちは分かる。つばさちゃんはそれを我儘と思ってたんでしょ? チームカラーに合わないからって」

 光璃の問いかけにコクリと頷く蒼鳥。そこで木登が気づいた。

「もしかして、お前が投げたかったのは…」

「…そうです。私が、本当に投げたいのは…」

 

 マウンドでの話し合いが終わり、光璃がベンチへ戻る。バッテリーの二人も2,3言葉を交わすと定位置へ戻った。

「さて白水よ。打開策は伝えられたかの?」

「はい。あの二人ならもう大丈夫です。今から、つばさちゃんはさっきとは別の投手ですから」

 

 プレイ再開。右打席には4番のアロネマン。

「(長い話し合いだったナ。だがオレにはどんなことしても無駄ダ。オレが打ってオレが抑えて、甲子園へ行く。簡単な話ダ…!)」

 大きく深呼吸した蒼鳥がセットポジションから初球を投じる。その初球は、

 

インハイへのストレートだ。

 

「!!」

 

 甘く入るストレートを狙っていたアロネマンはつい手が出てしまった。豪快に空振りワンストライク。

「(オイオイ。“高め”だト?)」

 制御できず浮いたのか。いや違う。同じ投手であるアロネマンには直感で分かった。

 今のは抜けて浮いたストレート、ではない。狙って投げたスピンの効いた高めのストレートだ。そしてこのボールに驚き、確信したのが木登。

「(そうか。蒼鳥は低めへの制球が苦手だが…、高めに強いストレートを投げる、こっちの方が得意なんだ。守備で戦うチームカラーを意識して打たせて取る投球を目指す中では向いてないと無意識でサインを減らしていたんだ、他でもない俺が…!)」

 予兆はあった。低めへ投げるとき、ブルペンでのスピンの効いたストレートは鳴りを潜めていた。試合では低めを狙うあまり、腕が100%振れてなかったのだ。これが正解なのだと、マウンドの蒼鳥の表情を見れば分かる。

「(楽しそうにしてるじゃねえか…!)」

 蒼鳥自身も、改めて実感した。これが自分が投げたかったボールだ。

「(そうです、これですよ。私が投げたかったのは…!)」

 2球目、今度もストレート、再びインハイだ。木登はアロネマンが対応できないと判断した連続のサイン。

「(私の大好きな、飛行機のように。どこまでも真っすぐ飛んでいくようなストレート!)」

 自分の理想の体の動きと思考が一致した時、そのパフォーマンスは練習でのそれを超える。本人の理想の通りに、飛ぶように進むストレートが再びミットに突き刺さる。

「ストライク!」

「クソッ…!」 

アロネマンは手が出なかった。端から見たら高めの甘いストレート。だが打席に立っていれば分かる。これを打ちに行けば、間違いなくバットはボールの下をくぐることになる。

「(厄介だゾ…! この女ピッチャー、確かフォークも得意球のはずダ。このストレートを意識させられると、対応が難しくナル…!)」

 セットポジションからテンポ良く投じられる3球目。コースはアウトコースいっぱいだった。

「!!」

「ストライク、バッターアウト!」

 アロネマンは微動だにしなかった。まさかの3球オールストレート勝負。見逃しの三振だ。

「ナイスボール!!」

「はい!!」

 木登の声掛けにいつも以上に元気な声が返ってくる。

 

「高めへのストレート。なるほどな、そうか、そうか…」

 その様子をベンチで見届けた古木監督は光璃に尋ねた。

「お前さん、気づいていたな?」

「うっすらとは。とはいえ、あそこまでとは。相手のチームで1番良いバッターを、不意を突いたとはいえストレート3つで三振。しかも最後は得意のアウトコースを見逃させた。これはつばさちゃんにとって大きな自信になり、そして」

 光璃はやや勢いの失われた相手ベンチを見据えて続けた。

「相手にとって、一番嫌なアウトの取られ方になりますよ」

 

「ふっ!!」

「くそ!!」

 5番の右打者、佐々木もストレートにグイグイと押される。元々の質の良いストレートに、今は蒼鳥が自信を持って投じる勢いなようなものも後押ししているのか、球場備え付けのスピードガンの表示以上の球速を佐々木は感じていた。

 そして追い込まれてからの4球目、ボールは真ん中へとやってくる。

「(やっと甘く来た、っ!?)」

 スイングをかけた瞬間、ボールは消えた。少なくとも佐々木にはそう見えた。

「ストライク、バッターアウト!!」

 蒼鳥の武器のひとつ、フォークボール。ストレートが活きれば活きる程、その脅威は増していく。コンビネーションピッチ、追い込んでから空振りを誘える高さに投げ切ることのできる蒼鳥の技術。それらが実を結び、高い奪三振能力が開花した。

 

カキン!!

 続く左打席に入った6番の井上はインコースにクロスファイヤー気味に入ってきたストレートに完全に差し込まれる。高々と上がった打球はセンターの赤木の守備範囲。

 ワンアウト1,2塁のピンチを凌いで見せた。

「ナイスピッチ、蒼鳥!」

「後半のストレート、痺れたぜ!」

「ナイスボ~ル」

「はい、ありがとうございます!」

 野手陣から褒めたたえられる蒼鳥。そして一方で早々と準備を済ませた灰都が打席に向かう準備を終えた。

「さてと、可愛い後輩のためにも援護してやらねえとな、あのデカブツから!」

 

 

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