牙克城学院の華と花   作:麟佳さん

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牙克城学院の華と花

放課後、学園のとある木。風の通りはそれなりにあり、人通りも控えめなので閑静である。そこに腰を落としたのは淡い桃色の髪の少女、ミストルティン。普段は別の学園の温室に足を運ぶことが多い彼女だが、こうして一息つくこともしばしばだ。瞳を閉じて、呼吸を自然に溶け込ませれば、彼女の体は木陰に消えるように馴染む。口から零れる小さな吐息と枝葉の揺れる音の外から僅かに学生達の声が届くだけ。だったのだが、今日はその限りでは無かった。10分ほど微睡んだ頃か、彼方から雑音が入る。その雑音は次第に大きくなり、誰かが走る音と認識できるようになる。音だけで分かる健脚だが、グラウンドから離れたこの場を考えれば運動部のそれではなさそうだ。そうしていると突如雑音は消失した。違和感に恐る恐る目を開くが、それよりも先に響きが届いた。

「お、居たな!探したぜ!」

知らない声ではないが、知らない人であった。なにせそれは余りにも唐突で、鮮烈で、非常識で、縁の無い話のはじまり。

「俺の先生になってくれ!」

顔の前で手を合わせて懇願する彼女は方天画戟。最強を目指す志の高さとそれを成しうる実力を持ち合わせている。競争と喧嘩が華の城学で彼女の名を知らずに過ごすのは難しい。しかし彼女が進む覇道にミストルティンが含まれる可能性は本来ならあり得ない。寧ろ人との距離を離し、興味を持たれないために彼女はあえてこの城学を選んだのだから。だが事実として方天画戟はか弱いミストルティンに興味を示している。天地が裏返ってもとはよく言うが、今まさにそれが起こってしまったのだ。何とか返事をしたいが、口からは空気が零れるだけ。そうしているともう一人の生徒が現れた。

「待つんだ方天画戟。事情も話さずレディに詰め寄ってはいけないよ。驚かせてすまない、ゆっくりと呼吸を整えるといい。」

ダーインスレイブ。方天画戟を男勝りの強さと称するなら、こちらは男勝りの紳士である。言われるがままに深呼吸する…僅かながら思考力が戻ってきた。話を聞くと事の始まりは方天画戟の好敵手、マサムネがダーインスレイブの教えで女性らしい強さと柔らかさを身につけた事。強靭さと柔軟さを兼ね備えた強さを目の当たりにした方天画戟もまたその境地に至りたいと思い、ダーインスレイブに頼み込んだのだ。 始めのうちは向き不向きの問題で躊躇っていたが、熱意に折れる形で了承。しかしここまでならこの二人で話は済む。そこから白羽の矢がたったのはダーインスレイブの提案によるものらしい。

『私からも指導はおこなうが、他にも当てがあれば教えてほしい。マサムネには妹のムラマサが別途教えていたように幅があればより良い結果が期待できるからね。』

これに対して方天画戟は腕を組んで、唸りながら考えていたそうだ。彼女の知り合いといえば同じく喧嘩好きが多く、武人たる強さが目立つのだ。そうして悩み抜いた結果出てきたのがなぜかミストルティン。正確には方天画戟本人も名前を知らなかったので、特徴からダーインスレイブが推定したそうだが。

「絶対に迷惑はかけねぇ!だから頼むっ!」

そうして今に至る。口には出さないが、今まさに迷惑を受けてる自覚はある。しかし方天画戟の懇願を払いのける非情さや決断力はない。

「分かりました…。」

「おぉ!恩に着るぜ♪」

もはや諦め気味に了承してしまった。ご機嫌で帰っていく方天画戟を見送る彼女は木陰の下で弱々しい溜め息を吐いていた。

 

そうして始まったミストルティンと方天画戟の生活。と言っても屋根の下で二人なんて事はない。期間は1ヶ月でダーインスレイブによる女性指導がメインとなり、その中にミストルティンとの交流が含まれる形になる。城学では月曜日から激震が走っていた。何せあの方天画戟が喧嘩を売らず、大人しいばかりか、普段見かけない弱々しい生徒と一緒に歩いているのだから。擦れ違っても、漂うのは殺気ではなくシャンプーや香水の華やかな香り。時々喧嘩を振られるブラフマーストラやグラムもその様子に口がぽっかりと開いていた。

「ねぇ、ちょっと殴ってくれない?」

「ちょうど良いね、あたしも頼むよ…。」

本気の鋭さは無いものの、二人の拳は軌跡を交わらせて相手の頬に直撃する。そして脳に到達する痛みに直面し、二人は口をまた力なく開いて見つめ合う。

「え、嘘マジ現実なのこれぇ!?」

「オティヌスー!早く調べてよぉ!?」

そんな混乱を露知らず、二人は並んで歩いて学園を出ていく。そして向かった先は…。

「邪魔す…じゃねぇ、失礼…するね?」

「はい、ようこそ温室へ。」

そう、温室である。特例として出入りを許されているミストルティンの放課後の活動場所は主にここである。今回の事を受けて、園芸部のシタや管理人である理事長にも話は通してある。信頼のおけるミストルティンからのお願いと言うこともあり、二つ返事での了承であった。二人の懐の深さには頭が上がらない。

心配していた方天画戟の様子だが、ダーインスレイブの指導の影響なのか、いつもの激しさはない。口調もたどたどしいが概ね丁寧。

部長のシタはニコニコと迎え入れているが、その後ろでは威嚇する犬のように唸るミトゥムがいる。

「姉ちゃん!やっぱり危ないって!」

「ミトゥムちゃん、そんなに喧嘩腰になるのはダメですよ?それにミストルティンさんが大丈夫って言ってくれていますから。」

「(*`ω´*)」

まさに飼い犬を宥める主の光景。いや、当人達はもちろん姉妹のつもりなのだが。そんな二人の視線の先では花壇の側に屈んで、花の手入れについて説明を受ける喧嘩番長の姿があった。

「水はもっと上げたら駄…い、けないの?」

「方天画戟さん、あまり無理はしない方が…。」

「あ?」

「ご、ごめんなさい…!」

「いや、こっちも悪かった。やっぱ慣れないことは疲れるんだよな…。」

「その…、この温室にいる間だけでも何時も通りの話し方で…。この場所では、皆様に寛いで欲しいんです。ダーインスレイブさんには私からお話しするので。」

「助かるぜ。まだ数日なんだが肩が凝って仕方ねぇ…。で、なんだ?そうだ、水はどんどんやっちゃ駄目なのか?」

「えっと、そうですね…。人がご飯を食べるのと同じで、量が多すぎても食べられないんです。毎日水をあげる子もいれば、数日に一回でも大丈夫な物もあるんです。」

「あー、なるほどな。あと、土をさっき整えたがあれ大丈夫か?他の植木鉢見てるとなんていうかその…固い?って感じがしてよ?」

「えっと…本当はもっと柔らかい方が…。」

「つまり俺が力入れすぎたって事だな?よし、やり直してくるわ。弱く柔らかくだな?」

自分から先生になってくれと頼んだのもあるが、想像以上に真面目に取り組んでくれている。その後の肥料や剪定などの話も分からないことはどんどん聞いてくれるので、自分から話すのが苦手なミストルティンとしても説明がしやすい。ある意味普段話す分をここで使っているのではないかと思うほどだ。そうしているとあっという間に日が沈んでいき夕焼けが建物を温かく照らす。

「今日はこのくらいにしましょう…。」

「あいよ。また明日も頼むぜ。」

 

こういった日常を過ごしている間にレッスン期間は殆ど過ぎていて、あと一週間ほど。その頃には方天画戟は簡単な水やりや土の手入れなど教えたことはちゃんと出来ていた。時には植物の小さな傷みにも気付くほどに真剣に向き合っていた。

「これは肥料や水を調整すればまた元気になってくれると思います。見つけいただき、ありがとうございます。」

「気にすんなって、散々世話になってるかな。にしてもこんなに色々考えてやってんだな、花の手入れって。この辺全部お前がやってるのか?」

「はい、でも私が好きで始めたことなので大変ですけど楽しいんです…。そうだ、方天画戟さんも何か1から育ててみませんか?特殊なものでなければ直ぐに手にはいるので…。」

「それは構わねぇけど、期間忘れてねぇか?」

「あ…。」

方天画戟に変化が見られたように、ミストルティン自身にも変化があった。方天画戟との交流に抵抗が無くなっていたのだ。快活な方天画戟からどんどん話をしてくれるのが一番の要因だが、植物について色々と教えるために自然と会話も多くなったため距離感が近くなった。今も修行期間のことなどすっかり忘れていた。恥ずかしさのあまり、体が暑くなってしまう。

「す、すみません…勝手にはしゃいでしまって…!」

「謝んなって。それだけ真剣に考えてくれてんだろ?にしても花ねぇ…。あっ、青い薔薇は大丈夫か?」

「青薔薇ですか?それなら問題ないと思います。」

「良かった。いやな?前にマサムネの奴に贈ったのを覚えててさ。それと~、なんだっけか…花言葉が、んーっと。」

「青い薔薇の花言葉は不可能、奇跡。夢は叶うや物事を成し遂げるなどですね。」

「それだ、それ!なんだが多いな…しかも不可能だと?」

「完全な青の薔薇は昔は無かったんです。ですので、不可能や神の奇跡と言う花言葉でした。でもその美しさを目指し、色んな人が頑張ってついに青い薔薇を育てられるようになったんです。そこから夢は叶う、成し遂げるなど良い意味に変わっていったんです。」

「いいね、尚更気に入った。方天画戟の天下一を彩るに相応しいじゃないか!いや、逆にあの花に相応しい女になるために今頑張ってんだよな…。なぁ、お前から見て俺変わったか?自分じゃ分からねぇんだよ…。」

「そうですね…。少なくとも植物を扱う基本は出来るようになったかと…。その、お世辞ではなくって…!」

「そうか?ならよかったぜ…。」

照れくさくはにかむ方天画戟。そこには武人ではなく年相応に恥じらう、女の子がいた。こんな彼女を見たのは恐らくミストルティンだけだろう。

「後は、髪の艶が良くなったような?それに立ち振舞いも落ち着いてみえます…。」

「その辺りはダーインスレイブにしごかれた結果だな。歩き方も座り方も全部矯正くらったんだよ…。洗剤とか化粧水とかも渡された奴ちゃんと使ってるしよ。そう言えば、口調はあんまり指摘されなくなったな…。なんでも、『君には口調よりも態度を整えた方がより効果が出るだろう。』だってよ。まぁ一応丁寧には話すけどな?そうだ、アイツの話してて思い出した。これ渡されたんだけどさ…。」

取り出したのはスイーツ店のクーポン券。学園からそれほど遠くない場所にあり、メニューも多彩なため放課後の生徒達が度々訪れている。

「『ミストルティンと2人で行くと良い。なぁに、これも乙女心を知る一環なのだよ。』だと。お前が良ければでいいけどよ、一緒に行ってくれないか?俺こういうの初めてなんだよ…。」

珍しく自信無さげな方天画戟。初めての場所、初めての誘い、そしてーー。学友と出掛ける事は珍しいことではないが、方天画戟そしてミストルティンにとってはそうではない。お互いわたわたと視線を泳がせる様子もまた乙女心なのだろう。

「わ、私で良ければ…。」

「助かる!じゃあ金曜の放課後に頼むぜ。」

 

そうしてやってきたスイーツデート(仮)当日。堂々としている方天画戟の隣でミストルティンは緊張が解けない。人目に付くのが苦手な彼女にとって、人気スイーツ店というキラキラとした場所は少し眩しい。店前で俯いていると、手を引かれる。

「緊張してるのか?大丈夫、俺がいるからな?」

どうやら分かりやすく緊張が見えていたようだ。握る手は大きく、優しく包んで導いてくれた。

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」

「んっん、…あぁ。このクーポン券は使えるかな?」

「割引クーポンですね。はい問題ありません。ではこちらの席へどうぞ。」

「ありがとう。」

店員と応対している方天画戟は普段とは全く違う姿だった。ダーインスレイブのレッスンはしっかりと身に付いているようだ。案内された席で二人は向かい合って座る。たまたま空いていたため、4人用のソファ席に案内されたので広々としている。

「方天画戟さん。あんなに丁寧にお話しできるんですね…?」

「似合わねぇだろ?今のでまた疲れたし、甘いもの食おうぜ。とは言ったが…馴染み無いからなぁ。取り敢えずチョコケーキにでもしとくか?」

「えっと…ここのお店はショートケーキがオススメと他の生徒さんが話していたの覚えがあります。」

「良いなそれ。ちょうどハーフケーキもあるみたいだ。サイズはなんだこれ、切れ?号?」

「切れは丸いホールを切り出した物で、号は直径で3cmほどです。えっと、晩御飯にはまだ時間があるので2号か3号が良いかと…。」

「じゃあ3にしとくか。すみませーん。」

注文から程なくしてケーキが運ばれる。左右対称で白と茶に別れたケーキはシルクと見紛うほど整った表面に雲のように柔らかいクリームが彩る。均等に置かれたイチゴは正にルビーの輝き。

「おぉ…美味しそうを通り越して綺麗だな…。サイズも丁度良いし食べやすそうだ。これって切り分けるのか?それともフォークで適当に食べて良いのか?」

「私は気にしませんから、方天画戟さんの好きなように食べてください。」

「そうか、じゃあ遠慮なく…。うぉっこんなに柔らかいのか…。この甘さも、なんというか…優しいって奴か?どんどん食べられそうだ♪」

ご機嫌な方天画戟の一口目は意外にも小さく、口もそれ相応の開き方。どんどんと言いつつも、一つ一つの動きは緩やかなものだ。本人は自覚していないだろうが、こう言った所作に方天画戟の乙女が見てとれる。そうして眺めていると、方天画戟のフォークが差し出される。

「お前も食べてみなって。ほら、あーん…。」

食べやすいサイズに、テーブルに落ちないように手も添えられている。我儘を行く方天画戟が気遣いを見せるのは恐らく初めての事。ぽけーっと眺めていると、瞳はじとーっと少し狭くなっていた。

「俺はお前と一緒に食べに来たんだぜ?遠慮すんなって。俺は菓子に詳しくないけど、絶品なのは保証するぜ?」

「あ、あー…む。っ!美味しいです…♪」

「だろ!」

口に広がる甘さに釣られるまま、一口また一口と夢中のままフォークで切り分けては口にして行く。方天画戟に差し出される物もありがたく食べていく。会話も程ほどにたべすすんでいると、優しく微笑む方天画戟に声をかけらる

「お前、こういうの好きだったんだな。」

ふと皿の上を見てみると残りはもう半分近くになっている。よーく思い出すと、頬張っている間、方天画戟はじーっとこちらを眺めるだけで手は動いていない。つまり誘われた自分の方が沢山食べているのだ。甘味で蕩ける頭は恥ずかしさでオーバーヒート寸前。

「わ、わわ…私っ…!」

「好きなだけ食べろよな。そうだ、そっちに行くぞ?」

隣に来た方天画戟はまたケーキを切り分けて差し出してくれる。

「美味しいものはしっかり食べて満足しなきゃな♪ ほらほら。」

「はいぃ…。」

おずおずと口にしたケーキはこれ程食べていても美味しさに変わりがない。誰かに食べさせるのが楽しい様で、飲み込んだのを確認したらまた次を差し出してくれる。しかし、もともと少食なミストルティンにはこれ以上は少し苦しい。

「方天画戟さん…私はそろそろ…。」

「あいよ。お前にしては沢山食べてたろ。誘って正解だったみたいだな。さてと、チマチマするのはここまで…残りはガンガン喰うとするか。」

ぐわっと大きく開かれた口は一般的な一切れサイズ程に分けたケーキを丸ごと中に納めてしまった。舌鼓を打ちながらもきゅもきゅと頬張る様子は、とてもケーキを食べているとは思えない。しばらく咀嚼すれば側のミストルティンに聴こえる程の音でゴックンと呑み込む。

「の、喉元を塊が落ちて行きました…。」

「こんな食い方、俺しかやらねぇだろうな。 これでもちゃんと味わってるんだぜ?」

その大口でケーキを一口、二口と呑み込み、残りは小さなカップ程になるがここで方天画戟の動きが止まり、フォークを置く。喉を詰めたか、気分が悪くなったかと心配していると、

「最後の一口は食べさせてくれないか?俺ばっかり食べさせてたから、最後はお前が食べさせてくれ。」

「わ…わかりました…。」

心配していた事態ではなかったが、また別の緊急事態である。食事を締めくくる最後の一口という重大な責任を委ねられてしまったのだ。小刻みに手にしたフォークの先端が震えたまま、ケーキを差し出す。

「あー…あっ!」

「おっと…大丈夫だ、そのまま貰うからな。」

「ふぇ…?」

一瞬の出来事だった。不安定なフォークに止められなかったケーキが落下し、支えにしていた左手に落ちる。直ぐに謝ろうとするも、その手に方天画戟の顔が迫り、温かな舌がクリームを舐め取っていった。

 

ぼんっ!

 

情報を処理仕切れなくなった脳はついに爆発。ぽっかり開いた口からはモクモクと煙が吐き出されていた事だろう。完璧に固まったミストルティンを他所に、方天画戟はおしぼりで丁寧に拭き取ってくれていた。

「悪い悪い、ついベロベロ舐めちまった。これで綺麗になったか?ん?おーい?」

視線は虚空、意識は彼方、肉体は人形のよう。声など脳を通らずすり抜けていく。ペチペチと頬を叩かれてようやく精神が肉体に戻ってきた。

「目ぇ覚めたか~?」

「あれ?私何が何だか…。」

「あー、まぁ気にすんな!ケーキ旨かったな♪ 」

「は、はい…。乙女らしさと言うところは大丈夫でしょうか…?」

「ん?んー…あー、大丈夫じゃねぇか?駄目なら俺が説教くらうだけだし。いいから会計して帰…ん?外暗くないか?」

会計を済ませて、店から出ると空は少し灰色に覆われ、ぽつりぽつりと雫が落ちてきている。天気予報では2,30%の降水確率だったため二人とも傘は持ってきていない。一応ミストルティンの鞄には折り畳み式があるが二人が入るには心許ない。

「雨が強くなる前に帰るか。よっこらと。」

「え…え…ふぇぇぇえ!?」

少しの浮遊感に自分の身を確認すると鞄を抱えたまま地面から浮いていた。要約するとお姫様抱っこだ。

「家まで運んでやるから、道案内頼むぜ!」

「ぴぃぃぃっ!?」

軽めとはいえ女子高生と鞄二つを担いでいると言うのに、方天画戟の豪脚はものともせず疾風のように町を駆け抜けていく。始めは腕を縮めていたミストルティンも、怖さのあまり走り始めて数秒で方天画戟の首にしがみつきながら道順を口にする。5分もすればミストルティン家の近所まで来るが、雨が激しくなる方が先だった。玄関まで来たときには二人とも水が滴る程に濡れてしまった。

「悪い、間に合わなかった…。」

「いえいえそんな…!方天画戟さんは一生懸命走っていたので、これは…運が悪かったんです…。」

「取り敢えず風邪引かないようにさっさと風呂入れよ。じゃあな。」

「え…。」

背を向けた方天画戟の行き先は土砂降りの夜道。丈夫と元気が取り柄と言ってもこれは堪えるだろう。しかし、そんな障害なんて知るものかと彼女は力強く歩み始める。後ろを向いたままひらひらと手を振り雨に打たれる彼女を見たとき、か細い体は鞄を放り捨てて信じられない早さで飛び出していた。

「おい、お前なにしてんだよ!?」

「あ、あのっ!」

突如手を掴まれた方天画戟はそれを払い除けてミストルティンを帰そうとしたが、そうはしなかった。弱々しい彼女が自分の意思で呼び止め、何かを伝えようとしている事を察し、口を開くまでじっと待つ。

「えっと…今晩、泊まって行きませんか?私からお願いするので…。」

レッスンとは関係ない所で、方天画戟に初めて自分の考えを自分の意思で伝えた。質問や促されるわけでなく、自分の意思で。

「ミストルティン…。」

「いつまでも家に入らないと思えば何をしているのですか?」

声の主を見れば玄関先にミストルティンか大人になったかのようにそっくりな女性がこちらを見ていた。

「えぁ?ミストルティンがもう一人?」

「お母さん…!」

「取り敢えず、二人とも入ってください。タオルを用意します。」

促されるまま家の中に通され、体を軽く拭く。冷えた体にタオルは羽毛の様に暖かだった。改めてミストルティンの母を観察すると本当に瓜二つで、未来から来たと言われても信じてしまうかもしれない。違うところと言えば身長が方天画戟と同程度と言うくらいだろうか。

「丁度お風呂は沸かしているところですから、もうじき入れるでしょう。貴女は方天画戟さん、ですね?娘から聞いています。私の服をお貸ししますので、使ってください。もう遅く雨も激しいですから、この家でくつろいでくださいね。そうです、風呂が入る前に貴女の両親にも連絡しておきましょう。」

「あ、あぁ…助かります…。」

ミストルティンを知っているからこそ、僅かな差に違和感を覚えてしまう。口調も思わず丁寧になってしまう。一方のミストルティンの母は電話で話しながらも方天画戟を眺めている。そして内心なるほどと納得する。親だからこそ気づく娘の変化の原因がどういった物だったのか得心いったのだ。

「親の方には確認出来ました。なんならこの土日世話になったらどうだ、なんて言っていましたね。」

「母ちゃんめぇ…。」

「さて、風呂が沸いた様ですから二人とも温かくしてください。夕飯はあと一時間ほどかかるのでゆっくりで大丈夫です。」

 

ミストルティン家の風呂場は一般平均より大きめで、成人男性が横になれるほど。その浴槽もミストルティンが小柄なのも合間って二人同時に入っても問題ない。体を早々に洗って直ぐに湯船へ入り、熱を取り込んでいく。

「かぁ~!生き返るぅ~!」

「暖まります…。」

湯船に身を大きく預ける方天画戟に対して、小さく縮こまるミストルティン。お互いの裸体を見ると改めて差を感じる。程よく筋肉のついた手足、胸元は同年代の殆どを圧倒する大きな乳房。それと比較すると自分の体はなんと貧相か…。そうして俯く少女をこの方天画戟は見逃さない。その腕でミストルティンを掴み寄せ、豊満な胸に押し付ける。

「そんなに離れんなよー。折角の裸の付き合いだろ~?」

「ほ、方天画戟さん!むむ、胸が…!」

「ん?お前なら幾らでも触らせてやるさ。友達だろ?」

「はい友…へ?友達…ですか?」

「おう、友達だ!」

友達。確かに方天画戟の口から友達と言われた。しかし、すんなりと受け取れなかった。確かに現状のミストルティンは方天画戟に対して、とても良い印象を抱いている。それでも、この関係はレッスンの先生と生徒と言うところから始まった。自分にその意思があっても、方天画戟が同じとは限らない。こんなに弱気な少女をなぜ気に入ってくれたのか見当がつかない。そんな不安な様子が伝わったのか、方天画戟は抱き締めていた腕を離して元の場所に帰してくれた。

「あー、やっぱ俺みたいな乱暴な奴は駄目だよな…。悪い!今の忘れてくれ!」

ぱんっ、と音をたてて手を合わせて謝罪する。それを止めて誤解だといおうとするが、それを遮るように方天画戟が続ける。

「始めは俺が無理言って頼み込んで、この関係を受け入れてくれただろ?その時はレッスンが終わったらスッパリ縁を切るつもりだった。俺が強くなれれば後はどうでもいいって思ってた。でもお前と過ごすうちになんか…居心地良くなってきて、興味なかった植物の手入れもやる気が出て…。今日も誘いを受けてくれて嬉しくて、ケーキも楽しそうにぱくぱく食べてくれるし。なんか…胸が熱くなったんだよ!」

思いの丈を真っ直ぐに伝える。自分と同じように彼女も悩んでいた。悩みながら成長し、友情を感じてくれていた。決められた関係や一方通行ではなく、お互いに心から想っていた。そっと近づき、再び方天画戟に背中を預ける。

「ミストルティン?」

「ごめんなさい、私恥ずかしくて…うまく言葉に出来なくて…。始めは恐かった、です…。断ったら激怒するんじゃないかとか、暴力とか…。私なんかに勤まるのかも…。教えているときも機嫌を損ねたらどうしようって…。でも方天画戟さんは優しかったです。きっとその優しさはレッスンの前から持っていた物だと思うんです。そんな方天画戟さんだからこそ、私もいつの間にか笑顔を見せられたんだと思います…。」

「そんなに誉められると照れるな…。そっか、俺の早とちりか。怒らなかったのは俺が頼んだのに文句言うのは筋が違うからな。あとはダーインスレイブ含めて、色んな奴に釘を指されたからな。例えば…。」

 

『絶対に悪いことしちゃ駄目だからな!姉ちゃんが激怒したら怖いし…。』

『お主の行動次第では、拙者は以後軽蔑の眼差しを向けると心得ておけ。』

『あの娘泣かせたらぶっ潰すからね?と言うことで~、ヨロシクね♪』

 

「いや、やらねぇけどさ?万が一あれ全部まとめて敵にしたら、マジで命がやべぇだろ…?」

ミストルティン自身も思い当たる所を想像してみたが苦笑いしかできない。一歩間違えば学園大混乱の抗争になりかねない。とは言え逆にここまで仲良くなってしまったのもそれはそれで大波乱だろう。

「にしても友達か〜。学校で友達が出来るなんて思ってもみなかったぜ。」

「あ…れ?マサムネさんや皆様は…?」

「あれはあれだ。友達じゃなくて、バチバチに競い合う喧嘩相手だからな。顔を合わせたら血が騒いでしまう。だから落ち着けて居心地が良い相手はお前が始めてだ。」

「恐縮です…。」

「そうだ、折角だし呼び方も変えよう。んむむ…ミストルでいいか?俺のことは方天と呼び捨ててくれよ。」

「ほ…ほ、方天……さん。」

「方天さん…。いいな、お前らしいよ。さて、それじゃあ上がって飯に…って、俺がお客様だったな?まぁいいや行こうぜミストル。」

「はいぃ…!」

体も心もしっかりと暖まった二人をリビングで出迎えたのはミートソースパスタと野菜スープ。特に方天画戟の皿は特盛になっている。母曰く、体つきを見ればどのくらい食べるかは察するとのこと。隣のミストルティンを基準にすれば倍以上あるだろう。

「スープの方はお代わりもあるので、遠慮しなくて大丈夫ですよ。」

「なんか至れり尽くせりだな…。まぁ取り敢えず、いただきます!」

手を合わせたのち、静かに一口目を食べる。そこから二口目以降は早かった。トマトベースのソースが絡んだパスタを肉野菜が彩るそれは方天画戟の旺盛な食欲を刺激するのに十分、いや十全であった。数時間前にケーキをばくばくと食べたのを感じさせないほどのハイペース。隣でゆっくりと食べるミストルティンがまだ半分を過ぎた辺りで既に完食目前。お代わり自由と言ったスープも殆ど彼女が飲み干していた。

「それほどに美味しく食べてくれるなら、料理を作った甲斐があると言うものです。お皿はそのままにしておいてください。私が…。」

「いや!こんなご馳走を食べさせて貰ったんだ、せめて洗い物は俺が!」

返事を待つ気もなく、皿をもってキッチンに去っていった。それを見送ったミストルティンの母は娘に視線を移す。

「良い友達を持ちましたね。少し羨ましくなってしまいます。」

「はい。私には勿体無い程に…。」

「卑下するものではありませんよ。彼女の眼を見れば、貴女をどれほど想っているか分かりますから。きっとこの後、もっとそれを知ると思いますよ?」

「ふぇ?」

首をかしげた娘に、微笑みだけ返して母もキッチンに向かう。お風呂にも入って、晩御飯も食べた。その後にあるものは寝ることだけ。そう、寝ることだけ…。

 

「腹一杯に食った食った♪ 美味い物は食えるし、友達は出来るし、しかも同じ屋根の下で過ごせるときた。極上の一日だぜ♪」

「方天さん。服は大丈夫でしょうか?」

「胸が少しキツいからボタンを開けたが、他は快適だよ。肌触りも香りも良いな。すぅ…ミストルがずっと側にいるみたいだし。」

「そうですか…。それじゃあ布団を…あれ?お母さんが用意すると言っていたのですけれど…。ごめんなさい、聞いてきますね?」

「ちょい待ち。どうせだし添い寝しないか?その方が暖かいし楽しそうだしな。」

確かに布団のスペース的に密着すれば入れる。しかし大柄な方天画戟には窮屈ではないかと感じる。そうして悩んでいると急に足が床から浮き上がる。またしてもミストルティンを抱き上げた方天画戟はそのまま布団に入り、自分の上にミストルティンを寝かせる。巨大な胸はクッションとして申し分ない弾力性。腰には腕が回され、下半身も方天画戟の長い両脚がしっかりと挟んで支えている。

「これなら問題ないな。寝心地はどうだ?」

「その…温かくて、柔らかいです…。鼓動はとても強く、大きくて…安心できます。」

「そうかそうか、俺も同じだ。ぷにぷにしてて、良い匂いだ…。あ~、こんな抱き枕があれば毎日快眠間違いなしなんだがな~。あの時お前を選んだ俺の眼に狂いは無かったって事だな。」

そうだ、どうしても引っ掛かっている物が残っていた。この関係の始まりは方天画戟が名も知らなかったミストルティンを選んだから。更なる強さを求める方天画戟が適当に選ぶとは思えない。何か理由があるはずなのだが、皆目見当も付かない。

「どうして私の事を選んでくれたのですか?私にはどうしても理由が分からなくて…。」

「あれ、言ってなかったか?ちょっと前に校内でカンパ募ってただろ?」

問いに対して、返答はあっさりと返ってきた。しかし理解は出来ていない。あの時方天画戟と出会った記憶はない。それにあの様子から何を感じて誘われたのかも全く推察が出来ない。自問自答をいくら続けても飛び回る疑問符は消えてくれないだろう。故に方天画戟の自供を緊張しながら待つ。

「最初はな、なんかやってる位に思ってたんだよ。毎日飽きもせずに立ってる癖に、声は通らないしよ。けどお前の顔…いや眼を見たときに気付いたんだ。あれは強い奴がしている眼だ。あの時は何でか分からなかったけど、今ならちゃんと言葉に出来る。あれは何かを護りたい強さだ。」

ミストルティンと言う名前さえ覚えていなかった彼女の目に、その光景は残っていたのだ。自分より遥かに弱く、か細いその在り方が。

「確か温室を守る為だったよな?お前が強かったから俺はお前に出合えて、今こうして強くなることが出来た。感謝しても全然足りないよ。」

「でも私は方天さんみたいに力は強くないし、臆病でいつも迷ってばかりで…。」

「確かに手足は俺よりずっと細いし体も小さい。なにか決めるのに時間もかかる。でもな?ここ一番、心に決めた時のお前は絶対に折れないし諦めない。さっき俺が雨の中帰ろうとしたのを止めた時も強い眼だった。だから俺はお前が想いを伝えるまで待ったのさ。やっぱりお前は凄い奴だよ、ミストルティン。」

方天画戟の大きな手が頭に置かれた。優しくゆっくりと撫でてくれる。植物と触れ合う事で身に付いていった、柔らかな手。体をそのまま預けてしまうほど、安らかな気持ちになる。

「こんな恐い奴に付き合わせて今まで悪かった。そしてこんな奴に優しくしてくれてありがとうな。俺の夢、野望は最強になることだった。けど新しい夢が出来た。天下を獲って最強の女傑・覇王になる!そして言ってやるのさ。俺より強い、真の最強がいるんだってよ!」

「そんな…!わ、わ、わっ…私は…。」

「ん~♪ 新しい友達に新しい目標が出来て最っ高の気分だ!今日はいい夢が見られそうだな。じゃあそろそろ寝るか?」

「ひゃいぃ…。」

顔を真っ赤にしたまま明かりを消す。こんな状態で眠れるか心配だったが、予想外にぐっすりと深い眠りに落ちていた。方天画戟はいびきをかくタイプだが、ミストルティンの耳には心臓の鼓動だけが響いていた。大きく、強く、温かく包んでくれる方天画戟の肢体。夢の中でも方天画戟と触れ合っているほど心地よく彼女を想っていた。

ところで、ミストルティンの朝は規則正しい。目覚まし通り、もしくはそれより少し早く目覚めて支度をする。それは休日でも変わらない。今日も時計はジリリと朝を告げるが、ベシン!と言う音を最後に黙ってしまう。霞む視界で眼をやると方天画戟の大きな手が時計を鷲掴みにしている。目は閉じたままなので音だけで察知したしたのだろうか。静かになったのを確認した腕はミストルティンの頭に置かれる。頭を撫で、腰に腕を回して一晩中、抱きしめてくれていた様だ。

「あの、方天さん。朝ですよ…?」

小さく唸る程度で反応は薄い。方天画戟はほぼ毎日遅刻しており、当然朝は遅い。休日ともなれば尚更遅いため、いかに友達のミストルティンの言葉と言えど耳には届かない。ミストルティンも遅刻癖については聞いていたため、無理には起こさず、成り行きに任せることにした。数十分後、カーテンから溢れる陽射しを眩しく思ったのか、方天画戟は寝返りをうってうつ伏せになる。勿論ミストルティンを抱えたままなので当然下敷きにされ、顔には胸が押し付けられる。呼吸は出来ているが、口元から首辺りは胸に潰されているため少し苦しい。どうにか出来ないかと考えていると、頭を撫でいた方天画戟の手に力が入りミストルティンを胸に押し付けて来た。寝返りの際に布団が落ちてしまったため、寒さをどうにかしようと側にいる暖かいミストルティンに更に密着したのだ。何とか抜け出したいが腰にあった腕はミストルティンの胴体と両腕をしっかりと抱き止め、両足も絡めるように挟み込まれている。柔道等の寝技をかけられたかのように身動き一つ取れない。

声をかけようにも、口は弾力のある胸に塞がれているので籠った声しか出ない。

「ミストル……♪」

どうやら夢の中でもこうして抱き締めているらしい。夢の行動と現実が繋がっているのもまた方天画戟らしい感じはする。そうしているとまたモゾモゾと動き出す。様子を見守っていると、方天画戟が少しだけ起き上がり、眠ったまま二人の位置を調整し、今度は方天画戟がミストルティンの胸に顔を埋める。

「柔らけぇ…」

どうやら抱き締める側から抱き付く方に変わったらしい。慎ましいミストルティンの胸に顔を擦り付けるのに合わせて、腕や脚もミストルティンを抱きかかえて揉み込んでいる。腕の拘束が外れたので試しに撫でてみると、ご機嫌に唸りながらより強く抱き締めてくれた。まるで甘えん坊の大型犬を相手しているようだ。真っ正面から見た方天画戟の寝顔は綺麗で満足げでとても幸せそうで、彼女が一番乙女になる瞬間は今なのかも知れない。こんな時間が続けば…と思っていると。

「グギュルルルル…!」

咆哮を上げたのは方天画戟の胃袋。密着しているミストルティンのお腹も揺らすほどの大振動だ。それに合わせて方天画戟が動き始める。どうやら彼女の目覚ましはお腹の中にあるらしい。瞼に力が入った様子を見ていると目の前に方天画戟の大きな大きな口が開かれる。昨日のケーキの様にバクンと食べられてしまうかと思いきや、口からは獅子の咆哮の様な大きく長い欠伸が響く。慌ただしい怪物の目覚めの後に少しの静寂を挟んで、方天画戟の瞳がミストルティンを映す。

「おはよ。眠れたか?」

「はい。いつもより沢山眠れました。」

「それはよか…待てよ?。時計どこだ?この感じだとそれなりに寝たような…。」

枕元の時計を見れば8時の中頃。腹部は相変わらず食事を求めて吼えている。いつも通りと思いつつも、相違点にはきちんと気付いていた。

「思い出してきたぞ…。寝惚けながら何か叩いたが、この時計か…。悪いな、俺のペースに合わせちまってよ?」

「大丈夫です、私もゆっくりと眠れたので。それに、方天さんがとても気持ち良さそうに眠っていたようで何よりです。」

服と髪を手早く整えてリビングに向かうと、机にメモが置かれていた。要約すると父は休日出勤で、母は趣味の稽古のため外出しているそうだ。朝食は準備済み。冷蔵庫を覗けばサラダとコンソメスープ、食パンが二人分。方天画戟の制服も洗濯済みで、丁寧に畳まれていた。方天画戟が服を確認していると、ミストルティンは朝食を手早く準備している。サラダと飲み物だけ置いて、スープはレンジ、食パンはチーズを乗せてトースターへ。

「いつもこんな感じなのか?親両方いねぇだろ?」

「いえ、いつもは一緒に朝食を取るのですけど…。」

「あーうん、それは俺のせいだな!にしても土曜も仕事なんて忙しいんだな?」

「お休みの日にお父さんが仕事するのは滅多にないんですけど、時々は…。お母さんはピアノだと思います。近々友人と合奏会があるらしいです。」

「ほーん。ミストルは何か予定無いのか?」

「そうですね…。方天さんと話した青薔薇の苗を探しに行こうかと。」

「なら俺も一緒に行くぜ?まぁ花のことはまだまだ全然分からないから丸投げになるけどな?」

「大丈夫ですよ。ご飯を食べたら行きましょう。」

 

食後の二人が向かったのはミストルティンや園芸部のシタもよくお世話になっている園芸店。足しげく通っているので、店員とも顔馴染みだ。

「こんにちはミストルティンちゃん。今日はお友達と来たのかい?」

「はい。えっと、薔薇の新苗はありますか?色は青色です。」

「それならいつもの薔薇のエリアに何個かあるから見ていくと良いよ。」

「ありがとうございます。」

慣れた店内を迷いなく進むミストルティン。きっと質問すれば店員のように案内してくれるだろうと思わせてくれる姿だ。そんな彼女の足が突然止まる。目的地かと確認するが返事がない。その顔は予想外や信じられない物を見たときの反応だ。ずっとミストルティンを見ていた方天画戟の視線を辿るようにして前をみる。

「おや?意外なところで出会ったね。レディ達。」

ミストルティンの困惑の理由は分かる。なぜなら方天画戟も同じように口を開けて呆けてしまったのだから。麗人ダーインスレイブ。花に劣らない美しい彼女であれば見とれてしまうのも無理はないが、要点はそこではない。

「おま、何でここにいるんだよ!?」

「レディたる者、声を張り上げてはいけないよ?私もたまたま花を見に来ただけで、別段特別な用事は無いのだよ。私としては、君達が休日に二人揃って出掛けている方が驚くべき点だと思うのだがね?」

「昨日傘無しで帰ろうとしたときに泊めて貰ったんだよ。」

「なるほど、私が思っていたよりも遥かに強い絆を結んだようで何よりだよ。ところで君達はどの花を探しに来たのかな?もしかすると、この薔薇かい?」

「はい、そうです。どれにしましょうか?」

いくつか並んだ苗の状態を確認しようと顔を近づけたミストルティン。一つ一つの生育はどれも良く、差は僅かな物。しかしその差は最終的に大きくなる可能性があるのが植物だ。どれが良いかと吟味していると、肩を叩かれる。

「ミストル~、俺もう決めたぞ?」

方天画戟の手を見れば既に苗が一つ掴まれている。驚くべき即決に眼を丸くしてしまう。経験と知識で選ぼうとしたミストルティンに対して、方天画戟が彼女ならではの感性でそれを手に取ったのだろう。

「第六感で選ぶのは君らしいね。いや、そこにこの一月の経験も加算されているかな?」

「どうだろうな?でもざっと目を通した時にコイツが気になった。ミストルから見てコイツはどうだ?」

「見なくても大丈夫だと思います。方天画戟さんが植物に対して真摯な姿をずっと側で見てきましたから。」

ミストルティンは大して確認しなかったが、この苗を100人が判断すれば程々やもっと良い物もあると答えるだろう。恐らくミストルティンも他の物を手にしたかもしれない。しかし己の信念を元に行動する方天画戟の眼にはどれよりも強く大きな輝きを放っていた事だろう。縁や運命を感じたと言っても良い。己の強さと美しさに相応しい物こそ最上なのだ。

「きっと君達が選んだそれは素晴らしい花をつけるのだろうね。さて、この後時間があれば私に付き合ってくれないかな?お茶でもしながら、二人の話をゆっくりと聞きたいのだが。」

元々急遽出来た予定でその他は無かったため承諾する。方天画戟が一瞬眉をしかめたのに気付いたが、それは内緒だ。ダーインスレイブに先導されて到着した喫茶店でコーヒーとサンドイッチを頼んで、これまでの日々について語り合う。ミストルティンとダーインスレイブは自分と一緒にいた時間しか知らないため、他の時間に方天画戟がどう過ごしていたかは興味深いところ。しかし方天画戟にとっては堪ったものではない。先生の間で交わされているのは未熟な己の過去。言葉遣い、所作、料理、植物の扱いや手入れ…上げればまだまだ出てくる。恐らく失敗するところはほぼ全てやらかしたのではないかと思われる程だ。恥ずかしさの余り空になったサンドイッチの皿が積み上がり、その様子を楽しんでいた店主がサービスと言って出してくれたオムレツも既に胃袋に収まっている。

「お前ら…俺がこんなに苦しんでるのにまだやるのか?」

「すまないとは思っているよレディ?しかし君の一面どころでは収まらない話題に興味が尽きなくてね。」

「私も思わず口が緩んでしまって…。」

「人が手を出さないからっていい気になりやがって…。チッ、そのままずっと話してろ。俺は俺で楽しんでやる。」

そう言って席を立った方天画戟はミストルティンの隣に行く。苛立ちと覇気に満ちた立ち姿に先程まで朗らかだった二人も行きを飲んで顛末を見届ける。体を少し強ばらせているミストルティンに手を伸ばした方天画戟は力付くで持ち上げて、後ろから抱き上げる。そしてガタンと椅子を鳴らしながら席につく。その上に座らされたミストルティンを方天画戟の腕がシートベルトの様にガッチリ固定する。おずおずと振り向いて見ると、ミストルティンの桃色の髪に方天画戟が吸い付いている。対話は拒否されたが、目線で全てを物語る。鬼の目にも涙と言うべきか、今にも零れそうな涙を蓄え睨み付けている。そのまま会話を再開してみると、とくに妨害は無いが時折締め付けが強くなったり、左右に揺さぶられる。食欲はまだまだ溢れているようで、ときどき食物を口に運んでむしゃむしゃと食べる。因みに対面していたダーインスレイブはずっと覇王の眼光に晒されていたらしいが、表情一つ変えないのは流石と言ったところ。それどころか楽しんでいるようにも見える。

「いや、こうして交流していると本当に君達の絆の深さに感服するね。もはや私が教えることは何も無いよ。」

「ん?ってことは指導終わりか?」

「本当は週明けにと考えていたが、今日のミストルティンへの態度を見れば他の事なんて確認する必要は無いだろう。今の君はまさに求めていた柔と剛を兼ね備えた存在だ。」

「そう…か…。なんか今虐められてる感じだから実感ないんだが?」

「以前の君であれば殴り倒してでも黙らせてくると思うがね?」

「一応世話にはなったからな。それに…ミストルが楽しそうだし…。」

「義理厚く、穏やかな心に感謝するよ。改めて、私からの指導は一先ず終了。今後は良き友人として頼むよ。」

「頭の隅には置いてやるさ。」

「あ、あの…。そろそろ下ろしてくれませんか…?」

話が一段落したところでミストルティンが声を出す。抱き締められたまま動けない状態がそろそろ30分近くになる。しかし願いを取り下げる様に方天画戟はより強く抱きしめ、愛でるように頭を撫で始める。

「駄目だ。俺の機嫌を損ねたらどうなるかみっちり教えてやるから覚悟しろよ~?」

「観念して、もう少しお茶を楽しもうか。」

そのあとは喫茶店を出るまでずっと抱かれたまま。店を出たら降ろしてくれたが、歩いてる最中ずっと腰に手を回して密着している。ダーインスレイブと別れた後もずっと続いていた。そしてミストルティンの家についたところでようやく距離が離れる。

「本当は今日も一緒に寝たいんだが、独り占めするわけにはいかないからな。また来週、温室で合おうぜ?」

「はい!」

ミストルティン自身が驚くほど、はっきりとした返事だった。方天画戟も笑顔で頷き、背を向けて帰っていく。が、数歩歩いたところで何かを思い出したのがこちらに帰ってくる。そして──

 

「…………。」

「………え?」

 

方天画戟の顔が近づいて来たと思った次の瞬間、頬に感じたことのない柔らかさと暖かさがあった。引き伸ばされた須臾の中で、二人の瞳は交錯する。

「実践すると、やっぱ照れるな…。じゃあまたな!」

今度こそ方天画戟が去っていった後、ミストルティンは力が抜けて、ペタリと座る。頬に手を触れればまだ熱が籠っている。この熱こそ方天画戟の想いであり、この名残がミストルティンの想いなのかもしれない。そして方天画戟との時間がどれ程楽しく、待ち遠しく思っているかも表していた。園芸部での時間以外を恐る恐る過ごしていた彼女が、今は学園での時間を過ごしたくて仕方無い。

日陰から眩しく見えていた世界に足を踏み出すときが来たのかもしれない。

 

 

指導が終わった彼女はまた喧嘩を吹っ掛ける元の日々に戻っていった…。と思ったが全部が全部元のままではなかった。

まず、喧嘩の頻度が減った。その喧嘩も相手から売られた場合が殆どだそうだ。要するに自分から攻めることが少なくなった。まぁ、もともと果たし状を束で送りつけられてる事もあったそうだが。勿論マサムネやグラムなどに喧嘩を売りにいくこともあるが、事情があればあっさりと引くらしい。因みに喧嘩した時は…。

「くっ…。」

「隙ありだ!」

「マサムネ…。」

「ーー!?」

体勢を崩した方天画戟にマサムネは木刀を振り下ろそうとするも、方天画戟は闘気を消して潤んだ瞳でマサムネを見る。武士道を重んじる彼女がこんなか弱い乙女に暴力を振れるだろうか?いや無い。思わずブレーキをかけるも直撃は免れない。しかし遅くなっただけで十分すぎる。

「甘ぇな…そらぁ!」

「な、にっ!?」

勢いが死んだ木刀を捌き、そのまま腕を掴んで一本背負い。間髪いれず馬乗りになって拘束し、振りかぶった拳を顔面に叩き込む…事はなく、額にコツンと当てた。

「おいおい、弱くなったんじゃないのかマサムネ?こんな手にかかるなんてなぁ?」

「いいや、それも戦法の一つであろう。拙者の心に迷いが生まれてしまったのも含めて完敗だ…。拙者の一太刀も渾身だったのだがな。完璧に見切られてしまった。それより、降りてくれぬか?この体勢はその…。」

「仕方ねぇな…。前の俺だったらこのままボコボコに殴っていたぜ?これから俺の連勝記録を積み上げてやるから覚悟しとけよ?じゃ、俺用事あるからまたな~。」

「今日も行くのか?拙者に負けていたらどうするつもりだったのだ?」

「そん時は慰めて貰ってたかもな。」

 

そうして勝負を後にした方天画戟の一番の変化は今も温室に度々やってくることだ。

「よぉミストル~。」

「こんにちは方天さん。」

レッスンが終わった後も変わらず、いや以前より近く親しい距離で触れ合う。シタミトゥム姉妹もすっかり心を許し、会話も増えてきた。時折先輩だぞ!と威張るミトゥムを軽々あしらう方天画戟をシタとミストルティンが見守るなんていう光景もあったり。その結果、園芸部の名簿に方天画戟の名前が書かれる話が出たが、流石に照れ臭かったのか方天画戟に却下されてしまった。しかし温室の一角には方天画戟が選んだ青い薔薇が育てられている。方天画戟が一人で育てたいとは言っていたが、やはり喧嘩とは縁が切れないので、園芸部の面々に頭を下げて面倒を見てもらっている。その甲斐あって順調に育ち、梅雨前ごろに初めての花を咲かせた。手助けを受けたとは言え、自分が選んだ苗の成長に方天画戟は確かな達成感を覚えていた。

「方天画戟さん。とても良い笑顔です。」

「だろうな。鏡を見なくても顔が緩んでるのが分かる。でも、まだまだここからなんだろ?」

薔薇は花をつけた後も成長を続け、適切な剪定や植え付け等の手入れをすることで数、大きさ、美しさを増していく。そこに至るまでは多くの時間、努力、苦労がある。だがそれに物怖じする程方天画戟は柔ではない。寧ろその茨道に自ら足を踏み入れていくのが彼女だ。

「何か、目標はありますか?」

「生け垣を作って、花束が作れるくらいにはしたいな。ホワイトデーのあの日に俺が持ってたくらいにでっかい花束さ。なぁ、ミストル…。」

声をかけられて方天画戟に向き直るが、少し様子がおかしい。いつもは真っ直ぐにこちらを見る瞳があっちへこっちへ揺れ動く。頬も少し紅く、珍しく緊張していたのだ。何が起こるかは分からないが、そうすべきと感じたミストルティンは方天画戟の手をとり告げる。

「大丈夫です。方天画戟さんが言うことであれば、きっと大丈夫ですから。」

あの雨の人とうって変わってミストルティンが待つ側になる。この小さな手にどれだけの勇気を貰えたのだろう。深呼吸一つ、そして想いを伝える。

「いつかこの薔薇の花束を俺達の絆の証として受け取ってほしい。」

 

 

数年後、学園の生徒館の間で間でこんな物語が語り継がれるようになる。

「あなたが心から変わりたいと思った時、その青薔薇を手にとって決意を言葉にすればそれは現実になる。強さと美しさを宿した薔薇は成し遂げる道標になってくれるから。」

 

 

 

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