生きる意味や希望なんてあるのだろうか。
消えてしまった方が幸せな世界が目の前にあるのに、足掻く必要は、藻掻く必要はあるのだろうか。
でも、それでも進まなきゃ行けない。
その希望になるために。
ーDay1ー
「なぁ……抜け出さない?」
自分の横に立つ凛々しい眼差しを舞台で演説をする人物に注ぎ続ける如何にも真面目そうな彼に問いかけてみる。
「何を言う。俺たちは人類の希望だ。サボりの相談なら他の奴にするんだな。俺はこの場にいることを誇りだと思っている。故に、サボるなんて有り得ない。」
……想定していたセリフをまんま同じトーン、同じ表情、同じ速度で口にしやがった。
「そういやお前はどうして呼ばれたんだ?ここって【セラフ部隊】の入隊式だろ?何かしらの才能に恵まれたから呼ばれているはずだけど。」
「うむ、俺は才能なんて呼べるものは特にない。ただ強いて言うなら、ラグビーで日本全国誰をとっても勝てることのない神童と呼ばれていることくらいだ。」
「わざわざ語り文句覚えてるあたり、自慢に思ってるだろ。」
「ハッハッハッ!バレてしまっては仕方ないッ!そりゃ自慢にも思うだろう!俺の生きる理由であり、俺の誇りでもある!」
「バッカ!声でけぇよ!」
「そこ、私語を慎め。」
桃色の艶やかで綺麗な長い髪を肩の辺りでくくり、腕を組んだつり目で美しい男性が注意をする。
同じ隊員にしては大人びており、司令官と言うには若い。そんな印象だった。
長くだるい入隊式を終えると、先程の桃髪の人が施設の案内をしてくれた。どうやらこの人が【担当司令官】らしい。
「この棟は基本的座学を受けたり、図書館があったり司令棟等の【学舎】だ。そしてこの通りを道なりに進むと【宿舎】というお前らの生活スペースだ。宿舎の部屋割り等は諸々各部隊の【部隊長】に告げてある。彼らからの指示を待つように。」
スポーツジムやショップ、訓練用の【アリーナ】、そして【時計塔】など、それら全ての施設を含めて【学園基地】と呼称されている。
「説明は以上だ。各部隊は自室にて待機及び荷解きを行うように。寮部屋は常に清潔を保ち、【軍人】としての意識を持つこと。」
「どうやら俺たちは【31A】らしい。」
「自己紹介が必要……だよね。」
「ええやんそんなもんノリと勢いでなんとかなるやろ。」
「僕はした方がいいかと。」
「……スゥ……スゥ……」
「おいこいつ寝ているぞ……起こした方がいいのか?」
「とりあえず部隊長の俺から自己紹介しまーす。」
分かりやすく手を挙げ、ゆるゆると立ち上がる。
「俺の名前は【矢柄 陽(やがら よう)】。弓矢の【矢】に柄Tシャツの【柄】、あとは太陽の【陽】だ。よろしく。入隊式で注意されてた声小さい方が俺ね。」
自虐混じりの洒落をスルーされたことに少し心を痛めながらゆるゆると座る。
「僕はこ……【恋川 成龍(こいかわ せいりゅう)】。恋文の【恋】に、簡単な方の【川】、あとは龍に成るで成龍です。よろしくお願いします。」
彼の容姿は一言で表すならば【女】だった。
淡い赤色の長髪に綺麗な蒼眼、スラリとしたスレンダーな体型はパッと見、男とは思えなかった。
「俺は【山永 生剛(やまなが せいごう)】や!漢字とかほんま分からんから適当にあんたらの頭ん中で想像しとったらええ。よろしくなぁ!」
褐色の肌に綺麗に整えられた黒い短髪。誰がどう見てもスポーツマンだということは目に見える。
「おほん……僕は【神川 ユーミカ(かみかわ ゆーみか)】。人種や出身は違うけど、育ちは日本だよ。一応元【空軍パイロット】でもある。よろしくね。」
空軍パイロット……?こんな【幼い】男の子が?
「ぬはぅッ……おはよー……僕は【能登 慎典(のうと まきのり)】。一応人間コンピューターって呼ばれたりしてたんだー……頭使いすぎて常に眠たいけどよろしくぅ……スゥ……スゥ……」
だ、大丈夫かこの隊……不安要素しかない。
「私は【坂村 啓剛(さかむら けいごう)】だ。部隊での訓練及び任務には参加してやるが、それ以外は基本的学園基地の【研究棟】、もしくは【医務室】にいる。基本的には外科治療を担当することになるだろうな。」
眼鏡をかけ、白衣を着た如何にも医者……いや、マッドサイエンティストにしかみえない。
軽く談笑をしていると直ぐに
〖31Aは学舎の【A教室】へ向かうように。〗
と、放送がはいる。
「座学の時間やな、ばりだるいやん。姉ちゃんのケツ追っかけてる方が有意義やで?」
「下品なやつだ……。」
ーA教室ー
「君らは前線に立つ【セラフ部隊】の【31A】だ。まず、何のために前線に立つか、というのを伝えておく。」
モニターに映し出された多種多様な【怪物】と【800万人】という数字、それらを見た途端31A彼らの顔つきは各々違いはあれど、共通している点は【殺意の表れ】だった。
「この怪物は【キャンサー】と呼称される【地球外生命体】だ。こいつらは突如地球外から飛来し、世界を蹂躙した。人類が大きく衰退したのはキャンサーのある特性が原因だが、矢柄わかるか?」
「キャンサーは【現代の武器が一切効かない】。」
「そうだ。こいつらはどんな兵器を用いようとも傷1つ付けることすら叶わなかった。それ故に我ら人類は大きく減少し、今や人口爆発が嘘の歴史のように思える。」
キャンサーは文字通り地球の【癌】と言われているらしい。突如現れては人類のみならず、生物という生物を蹂躙し、捕食はしないものの、生態系のトップに君臨してると言っても過言では無いだろう。
「でだ、我らは知恵を、知識を、何もかもを絞り出し【セラフ】という兵器を発明した。このセラフは適合する者にしか扱えないが、キャンサーに対して唯一有効手段となる兵器だ。奴らの【外殻】を砕き、内部を切り裂く。セラフ部隊はそのセラフに適合した者による【キャンサー特化の部隊】だ。」
説明をしながら講師である若い桃髪の【司令官】はスマホのような端末を取り出す。
「これは電子軍人手帳と言うもので、主に連絡の手段やセラフ部隊であることを示す端末だ。常に肌身離さず持っておくように。」
「せんせー!」
「なんだ矢柄。」
「それはエロいサイトとか見れるんですか。」
「心底真面目な顔をして聞くなそんなもの。ちなみにどのサイトへのアクセスも可能だ。」
「やりぃー!」
「あいつが部隊長とか信じたくないんやけど俺。」
「いや……君も同類だが?」
「静かに。そしてこの電子軍人手帳、まぁ俺は【デンチョ】と呼んでいるが、これはセラフを【呼び出す】のに必要な端末だ。再度忠告するが、必ず肌身離さず持っておくように。」
そして……と口にし、【800万】という数字と時計塔が写ったスクリーンを指さす。
「我らの使命はこの800万という数字をあげていくことにある。この数字は【現日本人口】だ。本来1億をゆうに越えていた日本人口はここまで減少している。ちなみに日本外ではより一層酷い現状にある。その理由として【キャンサーは水を避ける】という傾向にある。故に大陸続きの諸外国とは違い、島国の日本は比較的マシだということだ。しかし、キャンサーを生み出す核(コア)のような物体…【マザーキャンサー】が【北海道】と【九州】にあり、北と南は大打撃を受けている。」
色々説明を受け、改めて己に課された使命を再確認させられたところで…
「今から訓練を行う。君ら31Aには早速だが本日4月1日から本日を含め1週間後の4月7日に作戦に参加してもらう。作戦は至極単純で【八王子ドーム】の防衛だ。」
ドームとはセラフ部隊とは違い、戦う手段のない一般人が住まうコロニーである。人類文明復興の要となるドームはこの【東京】を軸に何個もある。
「なぜ1週間後なんですか?」
「本来ドームの防衛に勤めている隊が他の作戦に必要となり、ドームをあけなければ行けないのが丁度1週間後だからだ。」
「どうして俺たちなんですか?」
「31という数字は【世代】だ。そして後に着くアルファベットはあくまでも隊の識別用だが、【A】は特別だ。その理由として、Aは他の隊と比べて優秀な人材が充てられている。そしてAは【切り込み隊】として常に前線を駆けてもらう。」
「つまり……」
「そう、他の部隊と違いさらに死のそばに居る。だが、最も重要な役割と言っても過言では無い。平均してたかが齢16〜17程度の年端のいかない君らには重荷過ぎるかもしれない。だが、【A】に相応しい人材になるようこちらも鍛えていく。その一環としてこの作戦に参加することを表明した。」
きっつ……この場にいる司令官以外の人物は全員そう思った。あまりにもその双肩には重たすぎる使命と期待に、未だ初陣すら済ませていない素人同然の彼らは投げ出したくなりそうだった。
「本日の座学は以上、カフェテリアで食事を済ませたあと13:30にアリーナへ集合。時間厳守だ。」
ーカフェテリアー
「うどんしか喉が通らないや……」
「なんや隊長さんえらい顔色悪いやんけ。」
「誰も君みたいに馬鹿じゃない。」
なんて皆で会話をしながら食卓を囲む。しかし、彼らの表情は決して年相応の明るいものではなく、各々瞳に陰りを帯びていた。
「人口800万人、ドームしか人類の生活圏がないのにやけに食事が豪華だな……。」
「軍人時代だった僕よりもいい食事なんだがッ……」
「僕もこんなに美味しいの久しぶりに食べたかも。」
「スゥ……ふぁ……おいしいです……スゥ……」
「こいつ座学ん時ずっと寝とったやんけ。」
「隊長のことはなんて呼べばいいんだろうね……」
「なんや恋川んなん気にしてんのか。好きに呼んだらええやないけ。」
「そうなんだけど、隊長は隊長じゃん?親しく呼ぶと周りの目が怖いよ。」
それもそうだ。
現に周りにいる他部隊はみな隊長のことを【隊長】だとか、【さん】などの敬称を付けて呼んでいる。
「こればっかりは俺がこうしろって言えないからなぁ……どうせならキャンサー隊長って呼んでみてよ。」
「なんのどうせやねん。ほなお前は敵なんか。」
「んー……隊長ちゃんとか。可愛いでしょ!」
「んー、なら僕は普通に隊長って呼ぶよ。」
「ふぁ……隊くんで〜……スゥ……」
「あえて先生って呼ぼうかね。」
「ほな俺は隊長はんや。はんの意味?んなん関西人もあんま分かっとらん。」
他愛もない会話をし、食事を済ませてアリーナへ向かう。
その道中、翡翠のような、蒼のような、はたまたそれらが混じったような色をした丸い生物を見かけた。
「僕これ知ってる。【ナービィ】って言うんだって。無害の謎の生物って聞いたよ。」
「なんや恋川えらい博識やな。けどこいつ可愛ええけど触れてもええんか?」
「ぷにぷにしてるし、ひんやりしてるし気持ちいいよ?」
「興味深い。ナービィは研究対象だ。今すぐにでも研究棟に持っていきたいね。」
アリーナへ行く道中、既に10体ほど見かけたナービィという生命体に興味関心を持ちながらも歩みを進める。
なんというか、人間と同じで常に誰かと一緒にいるんだな...ナービィって。
ーアリーナー
「時間通りの到着。可能ならば予定時刻の5分前には着くように。」
この司令官、やけに厳しい。まだ出会って1日しか経ってないのに俺の勘がそう告げている。
きっと時間に厳しい。たった1秒の遅刻ですらも絶対に許さないスタンス。寝坊なんてしてみろ、多分二度と日の目は浴びれないね。そんな気がする。
「アリーナでは模擬キャンサーを用いた訓練を行う。実際に【セラフ】を使用し、キャンサーの討伐及びお前らが今後参加する訓練のシュミレーションを行う。今回、お前らには1週間で実技試験に挑んでもらい、合格すれば晴れて作戦への参加が認められる。心してかかるように。」
「1週間って言うけど実質6日間しかないじゃん。無理ゲーにも程がある。」
「ホンマにあいつが隊長でええんか?」
「君、今日だけであと5回くらいは言いそうな勢いだな。正味、私としてもこんなことしている暇があるなら今すぐにでも研究棟に戻りたいのだがね。」
「静粛に。まず君らにはセラフを【呼び出し】てもらう。デンチョに【セラフィムコード】というセラフを呼び出すための呪文のようなものが載っているはずだ。デンチョを空に掲げ、それを叫べ。本日の訓練内容は雑魚キャンサーと俺個人で呼称している働きアリのような存在の相手だ。そいつらを軽く6体ほど倒してもらう。」
「ま、待ってください!」
恋川が声をあげ、恐る恐る前に現れる。
「僕たちは生身です……兵器すらも通さない外殻を持つ生命体なら相当な攻撃力なはず、僕らに受け切れるのでしょうか……?」
………………ポン
「なるほど確かにそうだ。その説明を忘れていた。」
「あかん俺この司令官嫌いかもしれへん。あとついでに隊長はんも。」
「おい俺は余計だ。」
司令官の馬鹿さに呆れながらも、彼が指し示した制服及び隊服にある小さな部品を指さしていく。
「【デフレクター(以降DF)】と呼ばれるものだ。これはキャンサーの攻撃を防ぐor逸らしてくれる。無論、DFは有限。叶うことなら余り攻撃を受けないのが理想だ。補充は基地でしか出来ないので常に残量には気を付けるように。そして恋川が言った通り、例え雑魚キャンサーでも生身で攻撃を受ければ即死と思っていい。DFが切れたら作戦未遂でも即帰還すること。ちなみにだが……」
多種多様な自分らの隊服に付いたそれらを眺めながら話を聞いていると、突如司令官の声が前から消える。
背後に気配を感じ、振り向くと相変らず仏頂面の司令官がそこに立っていた。
「DFを消費することで短距離だが【テレポート】も可能だ。だが、酷使しすぎると直ぐにDFが切れてしまう。先程も言ったが、くれぐれも残量に気をつけるように。」
司令官が話し終えたと同時にドーム内が赤く光る。
「これより訓練を行う。各自用意ッ!」
各々がデンチョを空に掲げ、セラフィムコードを口にする。
「【あなたを忘れない】」
「【僕だけの人生を】」
「【俺は世界を変えるんや!】」
「【任務を遂行します】」
「【New world with you(新世界へ君と)】」
「【科学と医学は未来のために】」
各々多種多様なセラフを手にする。
矢柄は日本刀のような剣(つるぎ)を。
恋川は自身の身長から頭ひとつ抜けた長槍を。
山永は岩のように粗い大剣を。
神川はその体躯に似合わない大きなガトリングを。
能登は黒い小銃を。
坂村は山永と違い鋭利かつ機械的な大剣を。
「これらを用いて君らには今からキャンサーと戦ってもらう。6体を1分半以内に倒せるように尽力するように。」
「初めてなのにそんな無茶な!」
「やれ。実践で嘆いてる暇はない。」
「……これってスキルみたいなの使えるくないか?」
ある程度戦闘を行うも初日ということもあり各々動きがまとまらず、膠着状態が続く中、坂村が口を開く。
「スキル?何を言ってるんだ坂村。」
「先生は分からないのか?まぁ見ていてくれ。」
眼前に現れる6体の蜘蛛のような気味の悪い怪物を前に、坂村は大剣を構える。
「大剣を扱う時は斬ると言うより砕くイメージだ。」
「ん?どうしたんだ急に。」
「イメージをすればきっと使えるはず。」
〖スキル:ブレイク〗
大きく飛び上がった彼は見上げるキャンサーの脳天に向けて大剣の背を叩きつける。
そこを始点にパキパキと外殻が割れていき、奴の内(うち)が露呈する。
「来たッ!」
「よっと!」
彼によって暴かれた内を刀で一筋に切り落とす。
外殻は弾かれつつも削っていく感覚だったが、内に至ってはスッと刃が通り、いとも容易く斬ることが出来た。
「OK!坂村と山永はこの要領でキャンサーの外殻を破壊していってくれ。各々は破壊された奴から討伐にあたるように!」
一体に約40秒ほどかけ、初手の膠着状態も含めて計300秒、5分ほどした後に訓練終了の合図が鳴り響く。
「訓練終了。初手とはいえ時間がかかりすぎだ。この調子では試験突破は不可能と思った方がいい。明日以降も同様の試験を行う。だがしかし、日によってキャンサーの数は一体ずつ増えていく。覚悟しておくように。」
ーナービィ広場ー
「ぁぁぁぁづっがれだぁぁぁ」
「俺あいつが隊長とか思いたないわ。」
「君はそれを毎回言わなければ気が済まないのか?」
ナービィが沢山集まるナービィ広場の木の下でぐでーんと四肢を投げ出して寝転ぶ矢柄を皆が蔑んだ目で見る。
「あれ、能登はどこにいるんだ?」
「隊長ちゃんが寝転んだ時、【隊くんが寝るなら僕も寝るぅ……】って言いながらどこかに行ったよ?」
「あいつ自由すぎんだろ鳥かよ。」
「それお前がいっちゃん言うたらあかんやつやで。」
「君も人のこと言えないと思うんだけど。」
「なんや神川急に口開いたと思ったらぶっ飛ばすで。」
うるさいと思いながらも空に目をやり、どこまでも広く続く青空に心が吸い込まれるような感覚を得る。
「今日はもう晩御飯まで何も無いんだろ……少し寝るわ。」
そういい瞳を閉じる。
なぜか宿舎に帰らない皆を不思議に思いながらも、海に沈んでいくような安らいでいく心に身を委ね、そのまま深く眠りにつく。
ー裏手ー
「ここなら……よく眠れそうかなぁ……。」
身長は約165cm。神川とまでは行かなくても幼い顔立ちに瞳にかかるほどの長めな前髪、空のように綺麗な蒼髪の青年はチョロチョロと心地いい音を奏でる小さな滝のそばの平たい草原の上に寝転んでいた。
「おや……先約が。」
ふと目を開けるとそこには翡翠色の髪をした青年がこちらを見下ろしていた。
「きみは……」
「僕は【31C】の【佐倉 惰璃(さくら だり)】。気軽にだっちゃんとでも呼んで。」
目がとろんとし、気怠げだが、整った顔に天然水のような透き通った声。もし自分が異性だった場合、一目惚れをしていたことは間違いないだろう。
「だっちゃんも昼寝?」
「そ、ここは入隊式で僕が寝ていた最高のスポットさ。」
「なんで入隊式なのにここで寝ていたの?」
「だってめんどくさいんだもん。めんどいことはやらない主義でね。」
そう言いながら彼は僕の横に寝転び、そのままひとつ欠伸を落とす。
「そういや君の名前は?」
「僕は能登 慎典……」
「じゃあ【マッキー】。よろしくぅ……」
「ちょ、なんでそんな呼び方……ぁ、寝てる……。まぁいいか。」
そのまま瞳を閉じ、人の気配に少し安心感を覚えながら眠りにつく。
ーカフェテリアー
「おい……どないなっとんねん……」
「いや、これは私も想定外だ。」
「空隊時代よりもいい食事……」
「ふぁ……寝起きには……すこししんどいかも……」
「す、すごい……食べ切れるかな……」
「お前ら何してんだ!早く食べるぞ端から端まで一口ずつ集めて超特大プレート作って囲うんだ早く!」
「落ち着け隊長はん!」
カフェテリアの一角に設置された【バイキング】に各々心を踊らせる。
この日本ですら人口が800万まで衰退している上に海外に関してはより強い打撃を受けている。にも関わらず、唐揚げやトンカツなどの揚げ物から寿司や肉、そして王道のカレーなど様々な食事がずらりと並んだ豪勢な晩御飯に腹が鳴るのをやまない。
「こんなん絶対裏あるて。隊長はん食うたらあかんで!我慢や!多分口にした途端急に【毒ガス訓練を行う】とか言われんで!」
「は?ふぁふぃふぃっふぇんふぁ(は?何言ってんだ)」
「もう遅かったぁ!てかお前にいっちゃん言われたかないねん!!」
「添え膳食わぬは男にあらず……」
「おい恋川何言うてんねん。お前もえらいごっつ食うとるやんけ!」
31Aが確保した机いっぱいに並べられた色とりどりの食事を前に、山永は腹の虫を抑えるのが不可能だった。
箸で掴むとサクッと衣(ころも)が音を立てる唐揚げ、口に運ぶと柔らかく溶けていくトンカツ、野菜がごろっと入り食感までも楽しむことが出来る特製カレー、それら全てが少年と同義である彼らの胃を心の底から喜ばせるには充分すぎた。
「あかん……こんな美味い飯いつぶりや……幸せすぎて死んでまう。」
「食い倒すしかねぇ!」
ー数十分後ー
「あかん……死ぬ……」
その夜は腹を擦(さす)りながら満足に動けずその場で蹲る隊員が大量発生したそうです。
ー宿舎(屋上)ー
「まさか食後1時間程度動けなくなるとは思わなかった。」
「隊長ちゃん大丈夫?」
満点の星空の中、絶賛大量の食事を消化している腹を擦りながら胃薬片手に胃をいたわっていると背後から恋川が声をかけてくる。
「どうしたぁ……明日は5:30起きだ。早く寝ないと起きれないぞ恋川。」
「それは隊長ちゃんだって同じでしょ?」
ピンクと白の横縞ジェラピケを着用し、赤いリボンのヘアバンドをしている姿は本当に女の子そのものって感じがする。
「俺はお腹を労るにはここが1番かなと思ったんだよ。いい空だろ?この空を見れるだけで俺は幸せだと思うんだ。」
「そうだねぇ……けど、1人じゃなくて誰かといたらもっと幸せじゃない?」
「ふふっ、それもそうだな。」
と言いながら懐から缶コーヒー(微糖)を取りだし、恋川の頬へピトっとつける。その際、ヒャッと声を出して驚く姿には深くにも可愛いな。なんて思い、2人でコツンと缶をあわせたあと一気に飲み干す。
「ぅげぇ大人の味だァ……」
「隊長ちゃん飲めないのになんでコーヒーなんて買ったの……。」
「うっせ……大人の味を経験したかったんだよ。」
ほんのり口内から香る匂いだけはいいなぁと思い、2人で自室へ戻る。
「これからは僕も一緒に屋上に行っていい?」
「あぁいいぞ。恋川の好きにしていい。」
「そっ♪」
ーDay2《宿舎》ー
《作戦まで残り6日》
「朝の点呼を行います。」
点呼の内容を説明され、それに沿って点呼を行っていく。
「全員確認できました。今更ではありますが、私は司令部にて秘書のようなものを務めています。名前を【八尾 柊(やお ひいらぎ)】と言います。今後よろしくお願いします。」
「…………ひーくん?」
「どつき倒しますよ。」
「あいつ絶対関西人や俺にはわかる。」
ーA教室ー
「本日学ぶのは【迷彩】についてだ。」
「すいません。今日は司令官ではないのですか?」
教室にいたのは司令官ではなく、白髪で隻腕の青年だった。
「司令官は初回+テスト時のみ教壇に立つ。普段の座学の時間は基本的この私、【沢渡 悠真(さわたり ゆうま)】が務める。」
「……さわっち?」
「消し炭にしてやろうか。」
「こいつの口縫うた方がええんちゃうんか。」
話を逸らし、5分程わちゃわちゃした所で本題に入ろうと沢渡がスクリーンをゆびさす。
「迷彩柄と耳にしたことは何回かあるだろう。迷彩は軍などが草むら等のフィールドに上手く溶け込むために作られた【模様】だ。」
「せんせー、それとセラフ部隊になんの関係があるのですか?」
「神川は元空軍だったか。なら知っているかもしれないが、【光学迷彩】というものがある。言わば【透明人間】になれるというもの。もしこれが【キャンサー】共が習得していた場合……どうだ?」
【詰み】だろう。雑魚キャンサーですらDFが切れたセラフ隊員を殺すことができる。もし光学迷彩キャンサーが現れた場合、そいつがこちら側のDFが切れるまでジワジワ多方向から攻め、切れたところで普通のキャンサー共々こちらにトドメを刺しに来る。そういうことが可能になるのだろう。
「光学迷彩に対する手段というのは今の所特にない。しかし、透明になるのは【視覚】のみである。つまりどいうことか……能登答えろ。」
「ふぁい……えーっと……臭いや痕跡などは残るため、過去の特定はできる。」
「正解だ。つまり我々はその残された痕跡からキャンサーの動きの法則性を見つけ出し、それに順応した上で相手の行動を読み、手を打つ必要がある。その適応能力や瞬発性などを鍛える必要があるわけだ。」
……けどそんなキャンサー現れなくね?
「油断していると足元すくわれるぞ矢柄。」
人の心読めるのかよこいつ……キモ。
「喧嘩売っているのか?」
「俺あの隊長心配やわ心底。」
ーアリーナー
本日も先日と同様の訓練を行った。違うところと言えば現れるキャンサーが一体増えたこと。
俺たちは前回5分程かかったところ、今回も5分程かかってしまった。だが、前回と違うところは一体増えたのにタイムが変わっていないこと。
つまり一体にかける時間が短くなっており、前回からの成長を実感できる。
「お前らの実力は確実にあがっている。だが、試験突破には遥か遠い。もっと尽力するように。」
「うげぇ...はぁい...」
ー図書館ー
「恋川くん……だったかな。」
「なんですか?」
読書を嗜む恋川の元に身長は170程度、自信なさげな双眸に引き攣ったような笑みを浮かべる青年がやってくる。
「ぼ、僕は【31B】の【佐原 雅俊(さはら まさとし)】。恋川くんってもう既に有名だから少し話したくて……。」
「僕が……有名?」
「そうなんだよ……女が入ってきたとか……男に見えない男が来たとか……。」
恋川はその噂を聞いてもちろんいい気はしなかった。彼自身、自分の容姿には少しコンプレックスを抱いている。その上に彼は彼なりの苦労や苦悩があり、それらを貶されたような、そんな気分になるからだ。
「それがどうしたの。」
「いや……噂で聞くよりも意外と【男らしいな】と思って。やっぱり噂だけじゃなく実際目で見てみないと分からないもんなんだなぁ……。」
「男らしい?」
「はい...どことなく目の奥にある【色】がそう物語っている...。」
彼はそう言うと少し気まずそうに会釈し、そのまま図書館を後にした。
「佐原雅俊……覚えておくか。」
その日から俺たちは訓練の日々だった。
アリーナに通っては日によって増えるキャンサーを倒し、各々動きも洗礼され初め、5日目にはタイムが遂に2分を切った。
ーDay5《アリーナ》ー
《作戦まで残り1日》
「試験当日。お前らはよくここまでタイムを縮めることが出来た。当目標の1分半には満たぬものの、総合的判断にて、お前らは晴れて試験を受けることが出来る。感謝して欲しいものだ。とりあえず今日、試験に合格し、明日初任務へ向かってもらう。」
俺たちは入隊の頃とは思えないほど腕を磨いた。
雑魚キャンサー一体までならば1人で対処出来るようになり、少し大きめのキャンサーには2人ほどいれば対応可能となった。
試験内容は恐らく訓練時の延長線、きっと時間内に複数のキャンサーを相手にするのだろう。事前にシュミレーションも完了している。寝る間も惜しんで皆で立ち回りを考えた。俺たちなら突破できる。
なんてそんな思いも簡単に砕かれてしまった。
「試験内容は私と【闘ってもらう】。」
「は?」
「何言うてんねんあんた。」
「司令官はあくまでも指導する立場での話。今から君と私たちは同じフィールドにて刃を交える。即ち、それは対等な関係を意味する。故に事前に名を告げておく。」
「え、今更……てかなんの脈絡もないような...」
「うるさいぞ先生。」
「【人を導くは己の為なり】」
司令官のセラフは恋川と同様、体躯から頭ひとつ抜けた長さの長槍だった。いや、あれは長槍ではなく【薙刀】か?
「6人全員でかかってくるといい。試験終了の合図は私が止(や)めというまで。それまで君らには攻防を続けてもらう。八尾、時間計測任せた。」
「はい、任せられました。」
八尾がタイマーを押したと同時に、司令官はテレポートを用い、坂村の背後へ回る。
「ちょ、名前は!?」
「敵が一々こちらの事情を汲んでくれると思うのか?」
「あの司令官めちゃくちゃや!いやわかっとったけども!」
坂村の胴を蹴り、揺らいだところをセラフの柄で腰あたりを突き上げ、坂村は元より小柄というのもあり呆気なく宙を舞う。
「坂村ッ!」
「敵から目を逸らすな。痛い目を見るぞ。」
突き上げるという動作にはどうしても足から地面に負荷がかかる。
その力が強ければ強いほど次の動作に支障が生まれ、【隙】となる。
だが、司令官はその隙を一切感じさせることは無かった。能登ですら想定できなかった行動。
それは至極単純、【脱力】だ。膝から地面にかけてかかる負荷を膝を折ることでずらし、そのまま流れるように腰を折ることで負荷のベクトルを2方向から3方向へ増やす。
後ろへ倒れていく最中(さなか)、腰を勢いよく伸ばすことによりそこにかかっていた負荷が一気に両足へかかり、バネとなり傍らで眺めていた能登の元へ急接近する。
「………………。」
能登はそのまま冷静に司令官の脚部に抜けて2発、発砲するが全てセラフによって弾かれ、勢い止まない司令官が彼の腹部へ蹴りを入れ、彼は無抵抗に地面を転がっていく。
「勝てるわけないやん有り得へんやろ、雑魚キャンサーなんて比べ物にならへんて!」
「どうするどうする、完全にキャンサー戦に向けての訓練だったのに急に対人変更とか聞いてない。どうする……どうする。」
「隊長!貴方が1番それに陥ってはいけない!」
猛攻を続ける司令官の攻撃に山永と神川が必死に応戦する。
だが虚しく司令官の刃は2人の攻撃の合間を縫い、悲しくも見事山永は鎖骨を、神川は肋骨を強打しその場に伏す。
「隊長ちゃん。前を向いてしっかり立ち向かわないと突破できないよ。」
諭すような声色で恋川が語り掛ける。その瞳は突如の事態にも関わらず落ち着いており、ただ目の前の敵を映していた。
「……光学迷彩の授業で習った。適応能力や瞬発能力を高める必要があると。恋川……やれるか?」
「元よりそのつもり。隊長ちゃんに合わせるよ。」
2人で拳を合わせ、剣を、槍を構える。
眼前の強大な敵に少し震えながらも、やるしかないと己を鼓舞し、そのまま突進する。
恋川の槍芸は見事なものだった。司令官同様己の体躯よりも長いそれを軽々と操る。薙刀の軌道をずらし、柄の長さを利用し相手の股へ滑り込ませる。そのまま右足左足と薙ぎ、司令官が少し揺らいだところで矢柄が【反り】で司令官の右腹を叩く。
2人の攻防は出会って約1週間とは思えないほど洗練されており、恋川が受け、流し、隙をうませてそこを矢柄が叩く。体勢を立て直す隙すらも与えず、ただただ司令官は攻撃するタイミングを見失い、防ぐ一方だった。
だが、限界は必ず来る。
矢柄が一瞬柄を握る手が緩んだ。その隙を司令官が逃すはずもなく、恋川によって崩された体勢を再びあの技術、【バネ】を用いて矢柄のセラフを蹴り上げる。
カランと無機質な音がアリーナ内にこだました後、司令官が呟くように
「終了だ。」
と言った。
「はい、タイムは3分程。司令官が押され始めてからは1分です。」
「これ……突破できなかったんじゃない?」
「いや、試験【合格】だ。だがそれはあくまで恋川と矢柄の攻防を見て合格にした。つまり及第点、あの2人がまともに動けていなければ不合格にしていた。それに他の4人に関しては訓練時キャンサー相手ならば問題ない動きができていた。能登は切り替えが、坂村は状況把握能力が、神川は戦況の流れを読む力が、山永は人を鼓舞する力がある。胸を張るといい。」
年相応に皆で抱き合い試験合格の喜びを噛み締めた。明日が本番ということも一時忘れ、そのまま6人は肩を組みながらアリーナを後にする。
ーカフェテリアー
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
各々好きなドリンク片手にカツンとグラスを合わせ、簡易的に試験突破を祝う。
カフェテリアの購買やショップでお菓子やジュースを買ったあと、後に自室で行われる宴の前座としてカフェテリアで美味しい晩御飯でも食べよう。そういう算段。
「俺たちまだ互いのことあまり知らないのに連携できたの普通にすごいな。」
「隊長ちゃんのおかげだよ。」
「何言うてんねん俺らなんかのびとっただけやのにあんたら2人がヤってくれたやんけ。」
「元軍人として合わせる顔がないッ……」
「いやはや……銃は間合い詰められたら何も出来ないね。」
「研究ばかりではなく身体を鍛えるのも重要視せねばならないかもしれないな。」
明日の作戦内容は既に頭に叩き込んである。
1:八王子ドーム周辺の防衛
2:参加メンバーは31Aと【29H】
3:巨大キャンサーが現れた場合至急司令部へ報告+29Hと合流
大まかな流れはこの3つで問題ないらしい。
「そういやあの豪勢なバイキング初日だけやったな。あれ裏あるやろ。」
「1番腹いっぱい食べて1番動くのが遅かったやつが何を言っている。」
「なんや坂村やんのかァ?」
「喧嘩なら僕を巻き込まないところでやって欲しい。」
「ねますぅ……」
馬鹿らしいと思いながらも皆の絡みを見て1口【コーラ】を含む。訓練の日々は疲れが取れないなぁと思いながら弾ける泡に自分の疲れをのせ、そのまま一気に飲み込む。
「カーーッ!うんめぇ!」
「ジジイやんけ隊長はん。」
「キンキンに冷えてるんだから仕方ないだろ。」
カフェテリア内である程度騒いだ後、各々手洗いや追加の買い出しをするために1度解散した。
ー屋上ー
「隊長ちゃん。」
「おつかれ恋川。ありがとうな、お前のおかげで試験突破出来た。」
「隊長ちゃんのおかげだよ。僕はあくまでサポートしかできないからね。」
「いやいや、そのサポートがあったから俺が動けた。本当にありがとう。」
2人して紙パックのカフェオレを片手にいつもと変わらない満点の星空を見上げる。
湯冷めしない程度の爽やかな夜風が張り詰めた1週間の訓練によって蓄積された疲れを流してくれる。
「明日、初任務だね。」
「そうだな、いくら防衛のみとはいえど緊張する。」
「隊長ちゃんならきっと大丈夫。むしろ僕が足引っ張らないか心配なくらいだよ。」
「恋川の方こそ大丈夫だ。セラフ捌きに関しては31Aの中でトップクラスだって評判だしな。」
ゴクリと甘いカフェテリアを飲み込み、一息もらすと再び空を見上げる。
「こんなにも世界は残酷なのに、空は綺麗だよな。」
「上を見れば綺麗な希望が広がってる。それでいいんじゃないかな?」
「おっ、恋川いいこと言うねぇ。」
わしゃわしゃと頭を撫でてやるとニヒヒと照れ混じりの笑みがこぼれる。同性同士なのに不覚にも可愛いなと思ってしまった。前もこんなことあったような……。
「戻ろうぜ恋川。皆が待ってる。」
「そうだね隊長ちゃん♪」
ーDay6ー
《作戦当日》
「31A及び29H全員確認済みです。」
「了解。これより八王子ドーム周辺防衛任務を開始する。」
軍が用意したヘリに乗り込み、遠ざかっていく基地を後にする。
ふと下を見てみると女子用の基地があり、ぼーっと眺めているとふと1人の子が目に止まった。
「可愛いな……」
「隊長ちゃん?」
「いや、可愛いなと思って。」
「もしかして女子基地?うっそ学舎ですらミニチュアのように見えるほどの高さだよ?」
「見えないのか?どんな子かは俺もよく分からなかったんだけど、茶髪で髪の毛が短めの子でさ、【白い虎】を連れていたよ。」
「……幻覚?」
「なんやお前らイチャついとる暇あるんやったら作戦のこと考えとき。」
「うすうす。」
ーヘリ内にて数分後ー
「ドーム内の人間との接触は禁止されている。」
騎士を彷彿とさせる刺繍が施された藍色の隊服を来た青年がヘリの中で話を始める。
「自己紹介が遅れた、29H部隊長の【白井 祭華(しろい さいか)】だ。他のメンバーは別のヘリに乗っている。私は初任務の君らに会うために我儘を言って同乗させてもらった。」
「えらい自分勝手な隊長はんなんやな……」
「ははっ!よく言われるよく言われる。ちなみに何故ドーム内の人と接触しては行けないかわかるか?」
「んぁ……ねむねむ……」
「はい。セラフ部隊は一般の人々の希望でありヒーローです。そんなのが現れては人々の注目を浴び、任務に専念できないからです。」
「恋川……だったか。概ね正解だ。むしろその認識でいい。てなわけで君らはドームの南を守ってもらう。時折……そうだな、作戦時間が3時間程度だから15〜30分おきに2人3組に別れ、1組は引き続き南を、残りの2組はそれぞれ東と西を巡回してくれ。恐らく私たち29Hの2人1組がいるはずだ。連絡事項等があればその人らにするように。」
「了解です。」
「ちなみにだが矢柄、了解ですやOKですというのは目上の人へと回答としてはダメらしい。正しくはかしこまりましたを使うといいらしい。」
「先輩そういうの気にする質(たち)ですか?」
「いいや全く。」
「なんやねんあの隊長。」
ー八王子ドーム周辺ー
ドーム自体キャンサーからの侵略を防ぐために【カモフラージュ】を施しているらしい。どうやらキャンサーは自身の仲間かどうかを外殻によって判別してる可能性があるらしく、ドームの壁を外殻で覆っているとかなんとか。
しかし、稀にキャンサーがドームの存在に気づいたり、巨大キャンサーが雑魚キャンサーを連れてドームを横切る時があったりなど、完璧に安全と言う訳では無いらしい。
「けど今は安全だよな。」
任務開始時刻から1時間。特にこれといって敵性反応は無く、ただただ範囲内に近づいた雑魚キャンサーを狩るだけの簡単な任務だった。
「訓練時の時に出たキャンサーと動きとか諸々変わらないね。」
「そうだな、こりゃ一方向2人でも守り切れるもんだ。」
恋川と矢柄が南を、山永と神川が西を、能登と樋口が東をと組み分けをし、各々成すべきことを成していた。
実物のキャンサーというのはホログラムのような質感はもちろんなく、攻撃の一つ一つに実物でしか感じれないヒリつきがあり、命を懸けているのだなというのが肌で理解できる。
けど訓練時とか違い、意外にも動きが単調でむしろ訓練時より楽に感じた。
ー2時間45分経過ー
あと15分というところで集中力も途切れてき、恋川と欠伸の移し合いをしていると山永神川コンビが慌てた様子で戻ってくるのが見えてくる。
『こちら司令部。31A部隊長矢柄応答せよ。』
「こちら矢柄。どうした?」
『北と南にサイズ大のキャンサーが出現。31A及び29Hは対応願う。』
「つまり俺たちだけでそのでかいキャンサーを倒せと?」
『そういう事だ。DFの残量に注意しつつ、キャンサーとドームの接触を何としても阻止しろ。』
「了解。」
無惨に荒れ果てた街を見渡すと奥からズンズンと大きな黒影が現れるのが確認できる。
「能登!坂村!今すぐ南へ集合!」
無線で2人に告げたあと、恋川と顔を合わせいよいよか……と息を飲む。
初任務で巨大キャンサーの討伐、不安の方が強い。それもそうだ。俺たちはアリーナで相手にしたのはあくまでも雑魚キャンサー。巨大キャンサーなんて想定していなかった。むしろなんで今まで見つからなかったのか謎な程。
しかし、ここでグチグチ言ってても仕方ない、いずれ直面する事態。それが早めに訪れただけだ。
「全員集まったな……」
『こちら司令部。既に接敵した29Hからの情報によるとそのキャンサーは【アビスノッカー】だ。巨大キャンサーの中では幾度も目撃され、幾度も撃破に成功している。健闘を祈る。』
「遠回しにこいつには勝てるだろと圧掛けられてるな。よし、やるぞお前ら!」
「「「「「おう!」」」」」
山永が地を駆ける。
それに坂村も続く。
先鋒はキャンサーの外殻を砕けるアビリティを持っている2人に任せる。
「能登、神川は後方で援護!恋川、行くぞ!」
「もちろんだよ隊長ちゃん!」
〖スキル:ブレイク〗
再び述べるが、大剣は斬るではなく【砕く】イメージだ。
眼前にいる【アビスノッカー】、奴の姿は山脈のように横長に発達した巨大な岩のような肩の端から端にかけて巨大な口のように思える亀裂が入っている化け物。
その岩肌は文字通り砕き甲斐があるだろうと意気込んだ2人はそれに触れた瞬間、無駄だとわかる。
「なんやこいつ!こんな見た目としといて外殻がぐにゃりと変形しよる!有り得へん!例えるんなら片栗粉と水を1:1でといた【アレ】みたいや!硬いけど柔らかくて壊れへんヤツ!」
「【ダイラタンシー現象】だ馬鹿!クソっ、行けないことは無いが効率が圧倒的に悪すぎる!先生!こっちは無理だ!能登及び神川同様援護に移る!」
「了解ッ!」
飛び上がり、剣を構え、奴の右肩を捉える。
〖スキル:一刀〗
振るわれた剣は一筋の光を描き、外殻ごとアビスノッカーの右肩を削ぎ落とす。
しかしあまりにも高く飛びすぎてしまい、着地方法をミスってしまえば死んでしまうだろう。試してみるか...。
着地の際の衝撃を膝から腰へ、その伝わった衝撃を前に転がることで地面に逃がす。
よし...要領は掴んだ!いや、そんなことよりも...
「右肩を中心的に攻撃を行なえ!外殻は砕くよりも【剥ぐ】、【斬る】を意識しろ!」
〖スキル:エンハンス〗
能登のセラフは小銃、あくまでも前に出て活躍出来るモノではないことくらい誰にでも理解出来る。故に能登に備わったスキルは【エンハンス】。対象者が所持するセラフの性能や、対象者自体の性能を上げるスキル。
無論使い所や対象などの判断能力が必要となるが、能登には既にそれが備わっている。
「坂村ッ!」
「援護に移るって言ったろ!仕方ない、やってやる。」
山永と違い坂村の大剣は鋭利である。大剣の重量や刀身などを考慮して叩きつける攻撃を主に行っていたが、坂村はどちらかと言うと【斬】の方が向いている。
〖スキル:一閃〗
巨大な剣を涼しい顔でいとも簡単に振り下ろし、アビスノッカーの左肩を削ぎ落とす。
奴の攻撃手段を全て速攻で奪い、弱点であろう頭部に集中攻撃を行う。
戦闘開始から約10分後。
アビスノッカーの消滅を確認と同時に作戦終了時刻を告げるブザーがなる。
「なんつーもん付けてんねん隊長はん。」
「時間管理は大切って司令官も言ってただろう?てか右肩を中心にって言ったのに誰も言う事聞かなかったんだけど...」
「細かいことは気にするな先生。」
ー自室ー
「あかん...まだ手が痺れとる。」
「俺たちでもあのデカイ奴倒せるんだ...。」
「僕たちの初陣にしてはハードだね。」
「スゥ...スゥ...」
「僕も疲れた...寝るよ。」
「やれやれだ。しかし肌で感じることでいいデータが取れた。これだけには感謝しなければな。」
自室に集まっては昨日の余ったお菓子を食べながら今日のことを話す。
初陣であの巨大なキャンサーを相手にするとは全くの想定外。だがしかし、想定外の対処法は試験にて身をもって実感したこともあり、すんなりと受けいれ正しい選択をできた。
ほんと、司令官には感謝しかない。
「...明日は初の日曜日、やっと休日か。」
「長かったねぇ...」
「そうだな恋川...さて、俺らも寝るかぁ...」
そういうと矢柄はベッドに行かず、その場でゴロンと寝転んだ。
「ちょ、隊長ちゃん!」
「いいじゃん...どうせ明日は休み。能登も神川もこうやって寝てるし、皆で寝ようぜ。あぁ、正月を思い出す...」
うつらうつらと話す矢柄を見て恋川はひとつ溜息を落とすと、仕方ないなぁと呟き彼の横に寝転ぶ。
ーDay7ー
ー自室ー
「隊長ちゃん何聞いてるの?」
外出せず部屋で音楽を聴きながら読書をする矢柄に恋川は興味本位で問いを口にする。
「【She is legend】っていうバンドの曲。ファンだったんだけど急に解散してしまってさ。たまに聞いてあの頃の自分を思い出してるんだ。」
「読書してるのにどうやって思い出すの...?」
「ギクッ...」
「さては隊長ちゃん...本の内容【見ている】だけで【読んでない】ね?」
「ヘッドホン聞いて読書してたらカッコイイかなって...」
「バレたらダサいよ。」
「うるせぇ!」
なんて他愛もない会話をしてから5分くらい経った頃、恋川が「ねぇ隊長ちゃん」と話し始める。
「橋を渡った先にある【フレーバー通り】というショップ街があるんだけど、一緒に行かない?」
「そんな所があるのか!?興味出てきた...行ってみるか。」
ーフレーバー通りー
ブティック、映画館、バッティングセンター、ゲームセンター、ショッピングモール、こんなに派手な施設どうしてあるのか?と疑心暗鬼になってしまうくらい豪勢なショップ街がそこにはあった。
「おい恋川!俺ちょっとショッピングモール行ってくる!」
あっ!と叫ぶ恋川を他所に矢柄は子供のように飛び出し、再奥にあるショッピングモールへ足を運ばせた。
内装は至って普通のショッピングモールであり、フードコートや雑貨屋など、このご時世にしては贅沢なものばかり揃っていた。
「うーん...来たはいいものの、いざ何を買うか一切決まってないぞ...。」
何を買おうか、何が必要かと考えながら歩いているとふと右足に何かが当たる感触を覚える。
もふぅ...
「す、すいません!少し考え事...を...」
咄嗟に頭を下げた途端ふと違和感に気付く。
もふぅ...もふぅ??
もふぅって...なんだ?
ギャウッ!
「わわっ!!」
獣の雄叫びに驚き、情けなく腰を抜かしてしまった。
眼前には人間...ではなく白い【虎】が居た。
白い...虎?
「こら白虎。」
目の前に現れた【彼女】はとても可愛らしかった。
短く整えられた透き通るような美しい茶髪に、翡翠色のパッチリとした大きな瞳、そしてどことなく哀愁漂うその佇まい...どこをとっても可愛くて綺麗な人だった。
「いえ、こちらこそ...前を見ていなくて...えっとその...唐突ですがお名前を聞いても...」
「名前...ですか?【蒼井】、【蒼井えりか】です。そういう貴方は?」
「お...僕は矢柄 陽...です。」
「きっとセラフ部隊のひとりですよね...失礼しました!蒼井はこれにて退散しますっ!」
一人称は【蒼井】...か、可愛いなぁ...きっとヘリから見た子はこの子なんだろうな...。
「そのっ!明日も19:00頃にいるから!もし良かったら!」
彼女は聞こえていたのだろうか、こちらをちらりと見たあとそのまま去ってしまった。
聞こえてはいただろうけど、覚えてはないだろうな...。
なんで少し寂しい思いを抱きながら基地へと戻った。
ー屋上ー
「恋川はもう寝ていたな...。」
深夜24:00ジャスト。今日のあの出来事のせいか矢柄の脳は妙に冴えていた。身体は任務の疲れが残っているはずなのに脳は目覚めている。そのギャップに耐え兼ねて彼は屋上へと足を運んだ。
「蒼井えりか...か。可愛い人だった。連絡先...交換できるといいな。」
ふと空を見上げると一筋の流れ星が見えた。
願い事なんて特にない、だが強いて言うならば何気ない日常が戻ることを願っているくらい。
ゴクッ
未だに慣れない缶コーヒーを1口のみ、星空に向けて「乾杯」と小さくつぶやいた。
ーDay8ー
《カフェテリア》
座学の授業も終わり、本日はアリーナでの訓練もない。夕方5時頃、カフェテリアにてカフェオレを飲みながら1人黄昏ている恋川の姿がそこにはあった。
「やっぱり甘い方が好きだな...。」
なんて呟くと...
「奇遇だね。私もそう思う。」
パッと声のする方を見るとそこには自分と同じ桃色の長い髪を二股に分かれるようにくくった青年がいた。
「僕も人のこと言えないけど、髪長いんだね。それにツインテールだし。」
「私はこの髪型が一番好きなのよ。身長だって180はあるんだよ?あなたより少し高い程度だけどね。【恋川】くん。」
「........(またか )」
「そう警戒しないでよ。私は噂のことで来たんじゃない。シンプルに同じ髪色同士仲良くなれそうだなーって。私の名前は【勝下 色(かつした しき)】よろしくね。」
その後は彼と他愛もない話をし、お互いカフェテリアを後にした。
とても綺麗な人だったな...。
ーショッピングモールー
「来てくれてたんだ...蒼井さん。」
「行くの止(や)めようかなとも思ったんですけど、もし貴方が来てたらと思うと行かなきゃって。」
「別にいいのに。」
相変わらず彼女はとても綺麗だった。ただ横にいる虎がずっとこっちを睨んでるのが怖いけど...。
「蒼井さんの都合でいいのに。」
「そういう訳にも行きません。蒼井のことを待ってくれてる人がいるなら行かなきゃいけませんから。」
「そう?...今日会いたかったのはさ...連絡先を交換したくて。」
「連絡先ですか?それはどうして...」
「男子も女子も互いの基地には入れない。けどいちいちこうやってショッピングモールに集まるのも互いに大変でしょ?だったら連絡先を交換した方が楽なんじゃないかなって。そしたらいつでも話せるでしょ。」
「それもそうですね。賛成です。ただし念の為他の人達には内緒ですよ。」
ー自室ー
陽〘今日はありがとう。〙
蒼〘こちらこそ。白虎大丈夫でしたか?〙
陽〘少し怖かったかな 〙
蒼〘悪い子じゃないので安心してください。〙
少し事務的な返答だが、会話ができているという事実だけで舞い上がってしまっている自分がいる。
自然と口角が上がる、胸の高鳴りが熱を帯び始める。
初恋...かなぁ。
「隊長ちゃん...晩御飯食べに行こ?」
「んぁ...恋川か。いいよ行こう。」
「何かあった?少し上の空だけど。」
「大丈夫。大丈夫だよ。」
ーDay9ー
《ナービィ広場》
「ふぁ...みんなぁ...」
「どうしたんや能登。珍しいやんけ起きとるなんて。」
「一緒に昼寝しない?」
「いつもと変わらんやんけ。」
「アリーナも終わり、座学も終わり、ならねるしかないんじゃない?」
「否が応でもでも寝させる気やなこれなんでや。」
「隊くんが最近寝不足っぽくてぇ...」
「その肝心の隊長はんはここにおらへんで。」
「あれぇ?」
ーショップー
「DFやセラフの性能をあげる【チップ】というものがあるのか...」
「イラッシャイマセー」
「うおっ...店員いるのか。」
「そりゃ居ますよ。馬鹿なんですか?」
「こいつ口わっる!」
「確か31Aの部隊長さんですよね。質素な顔してるね。」
「キレていいかな。」
「冗談冗談。基本的うちはお値段以上のものを取り揃えています。好きにお買い物ください。」
その肝心のお値段が少し高めなんですけどね...それに店内でお客さん俺しかいないし...
「ぼったくりでは無いのでご安心ください。日用雑貨等はフレーバー通りで購入した方が質がいい上に安いだけです。」
「うんそれショップ側が言ったらダメなんじゃない?」
「あくまでもうちは【チップ】をメインにしているので。また財布の中が潤いましたら来てくださいね。」
絶対行かないでおこう...。
ーDay10ー
《A教室》
「日本には古来より【刀】の文化が根強くある。無論戦国時代や江戸時代もそうだが、【三種の神器】と呼ばれる神話上の武具にすらも刀がある程だ。天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれているやつだな。その中でもやはり刀と言えば欠かせない人物が1人いる。その人は二天一流や巌流島で有名だが、矢柄分かるか?」
「...俺。」
「干されたいのか?」
「ものごっつ冷める回答しよったであいつ。」
「正解は【宮本武蔵】だ。彼を題材にした話やサブカルは多く、江戸初期の人物の中ではトップクラスに有名な人物だな。」
「二刀流とかカッコイイよなぁ...俺もやりたい。」
「セラフ1本で我慢しとき。」
「うぃーす...」
ーナービィ広場ー
「よっ能登。」
「んぁ...隊ちゃんどうしたの?」
「いや、少しプレゼントでもしようかなと。」
「どうして...?」
「4月10日は能登の誕生日だろ?だからこれをあげようと思ってな。」
カバンから取りだしたのはとても可愛らしい犬耳の着いたキャップだった。
「この帽子をぼくに?」
「そうそう。よく外でも寝るだろう?寝顔隠したり、これから暑くもなるから日差しよけとしていいかなと思ってな。」
彼は少し照れくさそうにそれを受けとり、ぽふっと頭に被って見せた。
元々目にかかるほど長めの前髪だったからか、意外と様になっており、小動物感が増した。
「いいじゃん可愛いじゃん!」
ウリウリと頭を撫でてやるとニヘヘと笑みを零し、そのまま口角を上げたまま立ち去った。
「いい買い物をしたなぁ...。」
ー屋上ー
いつも通り屋上で缶コーヒーを口にする。
大して得意でもないのにこの習慣のせいで箱買いしてしまった...このままだと歯が汚くなっちまいそうだ。
「能登は気に入ってくれたみたいだな...今日ずっと被ってたよ。みんなに聞かれる度に嬉しそうに自慢してさ。」
彼の喜んでいた顔を思い出しては満足感と幸福感でつい笑ってしまう。
「皆も各々プレゼント渡していたし、能登は楽しい日を過ごせただろうなぁ。」
それほどいい日をすごしても尚、常に頭にあるのはあのことだけ。
「蒼井...次はいつ会えるだろうか。」
今はただ、彼女と会い、話し、同じ場にいたい。その思いで頑張れている。
本当に好きになったんだろうな。
「...?」
にしても今日は恋川来ないんだな...珍しい。体調でも悪いのか?
ーDay11ー
《A教室》
「本日はこの写真についてだ。」
映し出された写真はとあるカップルがカメラに向かって仲良くピースをしている自撮り写真だった。
「...俺たちへの当てつけ?」
「ホンマにそうやろこれムカつくわぶっ飛ばしてええ?」
「馬鹿なのかお前ら。これは少し前まで極秘情報だったんだぞ?」
「流石だ坂村。この写真に写っているこれを見てくれ。」
指さしたところは空を横切る一筋の光だった。
「これは【キャンサー】だ。つまりキャンサーがこの地球に飛来した瞬間を画角に収めた写真である。キャンサーが蔓延る今、隠す必要は無いが当時は大騒ぎだった。」
「ちなみにそのカップルは今どうなったのですか?」
「さぁ...【知らない】。」
「ん...」
「どうしたん?神川。」
「なんでもない。」
ー自室ー
「よっ神川。」
「どうした?隊長。」
自室には神川と矢柄のみ。他のメンバーはフレーバー通りやカフェテリア等様々なところにバラけてもらった。
「座学の時からずっと暗い顔してるからさ。何かあったのかなと思って。」
「特に何も無い。」
「お前、入隊当初から何処と無く俺たちから距離置いてるだろう?中々話してくれないし。」
「関係ないだろう?」
「まぁなんだ、メンバーのメンタル管理も俺の仕事なんだ。なにか引っかかることがあるなら言ってくれ。」
5分程度沈黙が訪れたあと、神川が口を開く。ゆっくりと、話していいのか分からないという風に。
「なぜ教官は【分からない】ではなく【知らない】って言ったのかなと。」
「...たしかに。知らないってことはつまり...」
「その後のことは実際に何かしらの形で【残っている】ということになる。」
この話は2人だけの秘密にし、とりあえず各々自分の時間を過ごした。
神川が提示した疑問、これは以外にも矢柄の胸に深く刺さり、頭のメモリーを大きく圧迫していた。
ーDay12ー
《自室》
〖新宿ドーム哨戒網より入電。第二次防衛ライン内にキャンサー集団の侵入を確認。映像にてレベル2の個体を視認。確認を回します。31Aは直ちに出撃準備。準備終了後格納庫に集合してください。〗
「レベル2の個体ってなんだ!?」
「とりあえずデカイキャンサーと覚えておけ。先生...知識をつけた方がいいのではないか?」
「うるせ坂村。」
ー格納庫ー
「予想より30秒早い集合に感心する。レベル2個体の事だが、過去にも確認されている【Death Slug(以降デススラッグ)】という個体だ。こいつは女子部隊の31Aと31Cが対応する。お前たちはそいつが連れてきたキャンサー集団の排除及びドームの絶対防衛。ドームに1匹たりとも侵入させるな。いいな?一般人には【DFが無い】ということを再認識しておけ。」
ーヘリ内ー
「どうした恋川...怖いのか?」
「いや、怖いんじゃなくて女子たちが対応してるのにどうして僕らは雑魚処理なのかなって。女子たちの方が有能なのかなって。」
「言いたいことは分かる。きっとその思いは神川にしろ山永にしろみんな持ってる。けど、その女子がもし失敗した場合、ドームの防衛及びデススラッグの討伐は俺たちに回ってくる。」
「というと?」
「俺たちだって人の命を背負っている。劣等感を抱く必要なんかない。俺たちと女子は対等だ。それでも尚、ネガティブな気持ちを抱くなら俺を信じろ。俺だけを見とけ。俺が前を見ている限り、お前も一緒に前を見てくれ。」
彼の瞳には人を守り、世界を救うという燃える心が宿っていた。
「...分かったよ隊長ちゃん。」
ー新宿ドーム周辺ー
「キャンサーの排除は基本的女子たちがやってくれているが、取りこぼす時もある。それを排除するのが俺たちの任務だと再度通達があった。」
「なんやキャンサー集団やなくておこぼれかいな。」
「やけに真面目な顔をしているじゃないか先生。」
「未だになんで先生って呼ぶのか分からないけど任務となったら真面目な顔くらいするわ。」
基本的キャンサーの侵入は確認できないが、やはりそれでもごく稀に現れるケースがある。
気配を察知し、二時の方向を確認するとそこには雑魚キャンサーが三体ほど廃ビルの上からドームを見下ろしていた。
「能登。」
「分かっているよ隊くん。」
〖スキル:スマート・ボマー(聡明な爆弾魔)〗
坂村はセラフ研究者の1人である。故にセラフに使える【アタッチメント】の開発及び実用化も彼の仕事の一環。そんな彼が開発したアタッチメントのひとつが能登のような小銃セラフの射程距離を飛躍的にあげるものである。
優に2〜400m以上離れている廃ビルの足元に放ったそれは音を立てて破裂し、建物は原型をとどめることなく崩れ去る。
【スマート・ボマー】。銃弾型の【時限爆弾】を発射する能登のスキルのひとつ。時限式が故に発射するタイミングや距離を見誤ってしまえばただただ花火を見せているになってしまう扱いが難しいスキル。能登に備わった演算能力のおかげで成り立っているスキルだ。
「行くぞ。」
崩れ落ちるキャンサーの元へテレポートと脚力を用い、奴らが落ちる前に辿り着く。
「山永!」
「やったんねん歯ァ食いしばりや!」
山永がセラフを大きく振りかぶる。その切先に矢柄が乗り、そのまま勢いよく振り下ろす。
〖スキル:スター・レイ(一条の星)〗
勢いよく飛んでいく矢柄の背後から一筋の斬撃が彼を追いかける。
〖スキル:ブレイク・フリー(自由へ)〗
刀身が赤く輝き、火を噴く。
キャンサーに触れると刀身からさらに烈火が溢れ出し、キャンサーの外殻を文字通り焼き切る。無論、三体同時に。
外殻が砕かれたキャンサーは山永のスキルによって生み出された斬撃によって追い打ちをかけられ、そのまま呆気なく消滅する。
「あっぶな!」
それでも勢いがやまない彼の斬撃を何とか空中で身を翻し、見事避けきって見せる。
だが少し、いやだいぶ肝を冷やしたが...ね。
「ばっか!威力考えろよ!」
「うっさいお前が発案者やろ!」
「隊長!油断するな!」
斬撃が取りこぼしたキャンサー 一体が矢柄の頭上へその手を振り下ろす。
「っ!」
それを貫く無数の弾丸。それはまるで流星群のようで...って考えてる場合じゃない。
「ちょ、神川!ハゲたらどうするんだ!」
「命があるだけでもマシだと思って欲しい!」
「それはそう!」
「なんでこいつら戦場でコントしとんねん。」
ー数十分後ー
「デススラッグ、どんな怪物かこの目に収めておきたかった。」
「まぁ、平和なだけマシちゃう?とりま俺は能登が寝ぇへん様に見とくわ。」
「...恋川大丈夫か?」
「こんなにポンポン上手く事が運んでるから心配で。」
「何も気にしなくていいと思うぞ。俺たちはあくまでも取りこぼした雑魚の処理だ。」
「そうだ、先生のように能天気になればいい。」
「能天気にさせてやろうか?」
「隊長。警戒は怠らないように。」
「お前のせいで怒られただろうが。」
「酷い八つ当たりだ。」
〜〜〜〜〜〜〜!
ドーム内から金切声が聞こえる。
子供の泣き声のような、そんな声。
「っ!」
「おい!なにやっとんねんドーム内の人間との接触は!」
「んな事言ってられるか山永!もし何かあった場合どうする!」
「っ!」
矢柄の怒声に驚きつつも恋川は彼に続きドーム内に入る。
「怒られても知らんでほんま!」
ー新宿ドーム内部ー
外壁と居住地には隙間があり、それは大体150mほどある。
声が聞こえたのはその隙間の中から。未だに聞こえる叫び声を頼りに場所を特定し、たどり着く。
「...っ!」
目前の状況は1人の子供が紛れ込んだ雑魚キャンサーに襲われる寸前だった。
「やめろッ!」
刃がキャンサーの喉元を捉える本当に1歩手前、それは子供の右足を潰していた。
「ァァァ!!!い゙っ...たぃ...いたいよ゙ぉ!」
辺りに飛び散る鮮血を顔に浴び、同時に心に陰がかかる。
「ぁ゙ぁ!」
烈火に包まれた刀身がキャンサーの外殻ごと首を焼き切る。
音を立てて消えていくキャンサーを後目に子供へ近寄り、なんとか応急手当として止血を施す。
「大丈夫...きっと大丈夫だから。」
「太郎ちゃん!」
「あ、お母さん...大丈夫この子はだいじょう...」
頬に鋭い痛みが走る。
ベッタリと付いた少年の血を剥ぎ取るように、怒りを込めた本当に、本当に痛い一撃。
「どうして守ってくれなかったのッ!うちの子はもう、貴方たちのように大地を駆け回れないッ!歩けないッ!将来自分の子供を抱いて散歩することも出来ないッ!全部貴方達のせいよ!貴方達がもっと、もっとちゃんと守っていたらッ!」
「いや、隊長ちゃんだって!」
「いや...」
反論しようとする恋川を矢柄が制す。
その瞳に宿るのは自責の念と後悔。
「お母さんの言い分はごもっともだ。俺が悪い。咄嗟のことでテレポートを使う選択肢を欠いてしまった俺の判断ミスだ。大丈夫。」
「隊長...ちゃん。」
「帰ろう恋川。ほら、見ろ。」
矢柄が指さした方向には天にまでそびえ立つ白い樹木のような【塔】だった。
そしてそれはまるで墓標のよう...。
「あれは確かデススラッグ並のキャンサーが倒された時に現れる物体だ...文献で読んだことがある。つまり俺たちの任務は終わり...帰ろう。恋川。」
未だに罵声を浴びせられ続ける背中がとても小さく、弱く見えた。
「帰ろう...。」
ーヘリ内ー
プロペラが回る音と振動がこの静寂を物語っていた。
行きは会話があったから音も振動も感じなかったが、今はそれらを鼓膜が、肌が残酷にも伝えてくる。
「隊長はん、せめてそれは落としとけ。」
「いや、いい。」
「けどッ!」
「見栄えのためだけならやめておけ。私も仮に先生と同じ立場なら、そのままにしておく。」
「.........」
「帰ろう...帰ろう。」
虚ろに呟き続ける彼をただただ皆眺めるしかできなかった。
ーカフェテリアー
矢柄はもちろん食事が喉を通らなかった。
流石に洗い落とされた【業】の痕を指でなぞり、下唇を噛み締める。
「隊長ちゃん...食べないと...。」
世界を救おうと息巻いていた彼の燃える心はたった一人の罵声によって消沈していた。
彼の自信も何もかもを砕き、土足で心を踏みにじられた。
無論、彼は常に自責の念に囚われていた。
いつ壊れてもおかしくないほどに...。
〜〜ザザッ〜〜
カフェテリア内にノイズが響き渡る。
スクリーンに突如映し出された映像は【6人の少女】の【バンド】だった。
『じゃ、行こう。開演だ!』
この声...は...
矢柄が突如顔を上げ、スクリーンに映し出された彼女らを見つめる。
虚ろだった瞳に光が差し込み、目玉がこぼれてしまいそうなほど瞼を開いている。
『聞いてくれ!【Burn my soul】!』
「【茅森...月歌(かやもり るか)】...」
矢柄の瞳からは涙が溢れだしていた。
茅森月歌。彼女はあの伝説的バンド【She is legend】のメインボーカルであり、作詞作曲も担当していた超天才児だ。
無論、カフェテリア内は大熱狂。
誰しもが知る超大物バンドの再来を喜び、謳った。
ー君を忘れても僕は連れていくよー
ー孤独の果てー
ー虚数の海ー
ー時が止まってしまってもー
ー待つのは天国?それとも地獄かな?ー
ーこの心臓を捧げてもいい君と燃えつきるのならー
〖She is legendより、Burn my soulから引用〗
音楽は時に人の心を動かす。
オペラにしろクラシックにしろ、未だに根強く人々を支える文化である。
嗚咽をもらしながら泣き叫ぶ矢柄を隊員がそっと包み込む。
「俺ッ...俺ッ!強くなるから...頑張るからッ!」
「俺らやのうてこないなバンドに心動かされるんは少し癪やけど、頑張ろうな。隊長はん。」
「僕も支えるよ...隊長ちゃん。」
「もちろん...僕もだよ隊くん。」
「隊長。君の見る景色は常に僕らの景色でもある。一緒に歩もう。」
「私も協力しよう。大切な観察対象のひとりが死なれては困るしな。」
彼の消えかけていた心は伝説によって再発火する。
人の痛みも、苦しみも背負い、乗り越え、世界を救う。
その役目が彼らの双肩にある。
どれほど残酷な世界であろうと前を向き続けなければいけない。
どれほど強がろうと未来は常に不安で及び腰。
それでも、歩みを止める理由にはならない。
今がある以上、今よりも先を大切にするため彼らは進み続ける。
人々の希望になるために。
第1章:【完】
第2章:【祈りは虚しく死は等しく】