ふわふわタンポポ少女を救いたい!   作:true177

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011 優希をクラスに馴染ませる会。

 ゴキブリ生態学の臨時授業は、思ったよりも奥が深かった。また講師として実際に呼びたいものである。

 

 元々、ゴキブリも野生に住んでいた虫だ。それが、冷暖房を駆使して生活するようになった人間の屋内へと移住したわけである。文明の利器が、害虫を害虫たらしめたのだ。

 

 可哀想だと思うことは無い。奴らは食料を狙って潜伏しているのだから、見つけてみすみす逃すという慈悲を与える必要はどこにもない。お手本である優希ですら処分せざるを得なかった虫であるからには、ゴミ箱に入れられてしまうのも当然と言ったところか。

 

 一方、山を住居にしているゴキブリは無害なのだそうだ。世間のイメージを覆すもので、これを黒板にしたためられた時などは教室中が驚きの声で共振していた。

 

 ……みんなは、優希のことをどう思ったんだろう……。

 

 率直な意見を述べさせてもらうと、ヤケクソで心が傷ついていなければ彼女の菅家をスポンジのように吸収出来ていなかった。それ程までに理解されがたい思想の持主なのだ。

 

 しかし、それとレッテルを貼られて区別されることとを安易につなげてはいけない。おやつが三百円までと決まっているのを、少ないと見る人もいればちょうどいいと感謝する人もいるのだ。

 

 別に、考えを理解して同じになれと主張したいのではない。違う思想もあるよと紹介した上で、普通に接して欲しいのである。航生のように憧れろとは言わないが、話しかけられた時にあからさまな敬遠をすることをやめて欲しいのだ。

 

 航生は、真っ白なホワイトボードとにらめっこをしている。反射した自分の顔と勝負しているのではなく、今からここに提案することを悩んでいるのだ。

 

 あまり表に出る気のない平凡な男子が、よくぞここまで主体的に行動できたものだ。空き教室を一つ借りることも面倒くさくて職員室への足取りが重かったのだが、今日は気付いた時に教室の鍵が手に握られていた。

 

 放課後で早速部活の練習が始まったのか、外の方から掛け声が響いてくるようになった。ボールを打ち合っているのは、テニス部だろう。青春のオーソドックスなものだ。

 

 まだ誰も着席していないがらんどうの机を見て、じれったくなる。ものに当たるなと散々優希から注意されたというのに、もう少しで蹴り飛ばしてしまうところだった。

 

 吹奏楽部は別のフロアで活動していることもあって、校舎の最上階である四階は無人地帯になる。教室で自習をしている真っ当な人間がそうそうこの学校に進学してきているとは思えないので、恐らく用事がある人以外は上って来ない。

 

 しんと静まり返った部屋内に、時計の秒針が刻む時間は聞こえなかった。あいにく、すべてがアナログのアナログ時計なのである。リズムに耳を委ねて暇つぶしをすることもできない。

 

 予定時刻は、四時きっかり。もう五分も無い。集まってくれるのだろうか。

 

 教室に閉じこもっていても進展が見られそうになく、扉の外から廊下を見回した。空気が凍り付いたように、人どころか虫一匹も飛んではいなかった。

 

 ……真面目に受けてくれるわけが無いか……。

 

 流れに任せて突拍子に提案した、『優希をどうにかする会』。ネーミングセンスもさることながら、具体的に何を話し合うかも決めていない。一日でもおおく部活の練習をしたい男子は、まず来てくれはしないだろう。

 

 心に深く染みついている、あの言葉。

 

『変な人扱いされて、クラスに入っていけなかったんだ……』

 

 半分開き直っていたが、絶対にあってはならないことだ。

 

 正義は人によって違うのだが、頭ごなしに却下するのは正義ではない。みんなと仲良くしていきたいという心がたたき出されるのは、仕組みがどうかしている。

 

 ゴキブリに触ったからなんだと言うのだ。手を洗えば不潔ではないし、内心理解できなくともわざわざ口に出すことは無い。自称サバサバ系がデリカシーの無い毒舌を吐くだけのように、馬鹿正直になる必要が何処にあると言うのか。

 

 確かに、優希には自らの考えを人に押し付けようとしていた節があった。タンポポをちぎろうとしていた航生を一度制止したことや、故意に生き物を踏みつけようとしていた人に強い口調で止めに入ったこともあった。

 

 それでも、それらは明確な悪意が含まれていたからだ。ストレスのはけ口を受け止めるために植物が生えているわけではないし、道端をのそのそと歩く生物は憂さ晴らしのためにいるのではない。

 

 その点で言うと山ゴキブリも当たるのだろうが、通常ゴキブリとの混同で致し方ない面もあると補足説明があった。

 

 勘違いは誰でも起こす可能性のあるもので、それを執拗に責め続けるのはナンセンスだ。優希としては不本意だっただろうが、誤った知識が蔓延っているのではと渋々妥協したのだろう。

 

 人を気持ち悪いと思ったことをすぐ口に出すのは、他人の視点に立てない幼児だ。過激な発言が規制され続けている今だからこそ言うが、幼稚園から教育をやり直してもらいたい。

 

 ガラガラと、重厚な音をたてて教室の扉が開いた。経年劣化で扉が床と頻繁に接触するから、屋敷のそれらしい音がするだけだ。年季が入っているので、近い将来に建て替えて欲しい。

 

「やっぱり、桜葉さんのことが気になるから来てみた。満員御礼……ってわけじゃなさそうだな」

 

 飲食店の評判サイトにも載らない、行列の出来ないラーメン店が満員なわけが無い。

 

 ……こいつ、優希に接触することが目的で来てないか……?

 

 隠しもしない下心が見え見えだ。リアル出会い系サイトでは無いので入店をお断りしたいところだが、今回に限っては人が多ければ多いほどいい。

 

 あまり乗り気ではないが、高崎を席へと誘導した。料理すら取りに行くと言う、全てセルフサービスである。

 

「桜葉さんが気になる、って?」

あまり深く掘らない方がいい気もする。余りにも人数に進展性がないが故の、苦肉の策だ。

 

 普通、下心があれば多少なりとも歪んだ感情が顔をのぞかせるものだが、高崎にそういった類いのものは見られなかった。エキスパートの心理学者ではない航生には、行動から心境を推察する能力が備わっていない。

 

「……いや、桜葉さんが来るんなら、俺もこようかなと」

 

 これは、呆れた方がいいのか、激怒した方がいいのか。清々しいまでの不純な動機だ。内容を一切伝えていなかった航生も航生なのだが、女子に会うためだけに部活を放り出してくる高崎も高崎だ。差し引きゼロである。

 

 聴衆は、できるだけ減らしたくない。大人数でやればやるほど、今回の会議で決議されたものの効力が大きくなるからだ。

 

 クラスの過半数を味方に付ければ議決権を乗っ取ることが出来るのは、今日のゴキブリ講義で予習済みだ。半分集まらなくとも、集団が大きければ女子軍団も手出しは出来ないだろう。

 

 今のところ、演説を聞く気がありそうなのは目の前にいる高崎だけ。最低限の最低限といったところだが、これ以上人が来る確証もない。あまり逃がしたくはないのだが……。

 

 ……先に言っておくべきか……?

 

 会うついでに議論に参加するというスタンスの高崎には、悲報があるのだ。

 

「あの、高崎? 悲報と悲報、どっちから聞きたい?」

「……選択権はないわけ? ……悲報からでいいよ」

 

 嘘をついてはいない。悲報と言うべきニュースが二つ手に持っていただけの話だ。

 

「まず、一つ目だな。ゆ……桜葉さんのことなんだけど……」

「言いなおしになってないから。あと、もう俺には関係バレてるんだから、言いたい風にしていいんだぜ?」

 

 あまり深く考えていなかったが、優希を聴衆の前でどう呼ぶかを決めておかなくてはならない。自然体でいくなら『優希』だが、変な目で見られてしまっては意味がない。

 

 もっとも、心が暴発したあの時に何度も『優希』と名前呼びをしていたので、感づかれているかもしれないが。

 

「……優希はだな……、呼んでないんだ。だからここには来ない」

 

 椅子が、けたたましい音を響かせて後ろに倒れた。爆風で吹き飛ばされてしまったようだ。

 

 男子にとって、異性である女子の存在は意欲に多大なる影響を及ぼす。どれだけ興味のない講演でも、アイドルが出演するというだけでチケットが完売することもあり、その効果は絶大だ。

 

 動画でも、同じことがいえる。サムネイルに女子を入れるか入れないかで、興味を引けるかどうかが変わってくる。いかつい強面ヤクザ男が中央に鎮座しているのと、水着姿の女組長がパラソルの下で休息しているのとでは、後者に支持が集まる。

 

「……桜葉さん、来ないのか……」

 

 握手会と偽って連れてきてはいないのに、すっかりしなびてしまった。精神的なダメージは大きそうだ。病院に入らないと太刀打ちできないかもしれない。

 

 やっとこさ脚に力が入るようになった高崎は、おぼつかない足取りで廊下へと出て行った。

 

「……桜葉さんが来ないなら、部活にでも行ってくる……」

 

 年を取った老爺のように、腰が曲がっている。杖を貸してやらないと、また倒れてしまいそうだ。

 

 ある程度織り込み済みだったが、一番頼りになりそうな高崎に抜けられるのは痛い。最後まで隠しておくとキレられそうなので公表したが、やはり最後まで残しておくべきではなかったのか。

 

 見送る気にはなれなかった。どちらにせよ、女子に釣られただけの輩に務まるような話ではない。女子目的なら、それまでだったということだ。

 

 と、何を思ったのか、高崎が教室に駆け込んできた。電車で同じことをやると大変危険なので、やらないでもらいたい。

 

「……本気で信じたな、園部ー? そんなわけないだろ? 桜葉さんがいまいちクラスで孤立してること、分からないわけがないだろ」

 

 ……やられた。

 

 

 

 

 

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 今後の計画がおぼろげながら示されたところで、ようやくお開きとなった。数人で担任に直訴しても変わらないかもしれないが、何も行動を起こさなければスタートラインにすら立てない。

 

 教室を借りたのは航生であるから、後片づけや掃除の責任を負っている。適当にする手がないわけではないが、約束不履行が見つかれば最後、今回のようなことは二度と出来なくなるだろう。

 

「……桜葉さん、来なかったな……」

 

 未練がましく、高崎が肩を落としている。いつまで希望を持って議論に参加していたのだろうか。こちらに落ち度は無いのだが、何となく詐欺を働いてしまったようで申し訳ない。

 

 扉が、勢いよく開いた。運動エネルギー過多で、若干跳ね返った。備品は大切にしろというお達しを全校集会で言われているが、守る気は毛ほどもないらしい。

 

 ……うん?

 

 軽く流そうとしたが、様子がおかしい。高崎はまだ扉の取っ手に手を掛けられるような一におらず、残りの連行されてきた男子たちは雑談に明け暮れている。

 

 扉の向こうには、人影が床に映っているだけだった。この時間帯ともなると実身長より影の長さが伸びるので、推測がしづらい。

 

 犯人は、ひょっこり姿を現した。

 

「航生とクラスのみんなの声が聞こええてきたから、つい開けちゃった。……会議中なら、失礼しましただけど」

 

 声を聞きつけて、優希は急行してくれたようだ。

 

 それにしても、ここは四階である。人間離れした聴覚で僅かに外に出た会話を聞き取ったとでもいうのだろうか。

 

「……どうやって、ここまで?」

「隣で部活やってた男の子に聞いて、いてもたってもいられなかったんだー」

 

 高崎が引き抜けなかった男子から情報を聞き出して、この教室を突き止めたようである。つまり、部活をサボっていることになる。責める気が起きるはずがない。

 

 相変わらずの脱力感で安心しかけたが、周りはそうでもないことに気が付いた。

 

 ……ちょっと待てよ……。

 

 高崎を先頭にした男子の方々は、優希と会う事を主目的として参加しにきたはずなのだ。

 

 ガソリンが気化したもので充満していた部屋に火種が投入されれば、どうなるかは目に見えている。

 

「ところで、航生は……」

「桜葉さん! はじめまして!」

「ゴキブリを平気で捕まえられるの、カッコよかった!」

「このアニメ、おすすめなのでぜひ見てほしい!」

 

 国民的アイドルと熱狂的なファンの熾烈な言い争いは、どこに帰着するのか予断を許さなかった。

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