ふわふわタンポポ少女を救いたい!   作:true177

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013 自然とは

 優希を救うと大言壮語したものの、どうしていいかはひらめかない。死に物狂いで勉強に取り組んでいれば、もっと論理的に助けられたのだろうか。

 

 航生の心の中には、理想と現実の開きがモヤモヤとなって蓄積していた。タンスの上に溜まるホコリのように汚く、放置すればするほど増大していくものだ。

 

 ……あれを見させられて、何かしたいけど……。

 

 無意識に駆け足をしてしまう。物理的に優希が苦しめられるようなことがあれば急行できるのだが、そのような事件は起こらないし、起こってほしくもない。

 

 教室掃除を女子がサボったのは、明らかに優希を仲間外れにしようという意志が見えるものである。重責ばかりを押し付け、投げ出さなくとも見栄を張っているとネチネチ責めることが出来る。なんとも都合のいいことだ。

 

 制服から半袖にモデルチェンジした航生は、例の公園にジョギングで向かっていた。ストレスを発散させるには、体を動かして何もかも忘れてしまうのが良い。

 

 あれだけ日光がグラウンドに降りていたはずなのだが、心境を鏡に映すかのように曇天だ。天気予報ではずっと曇りが続くらしい。ランニングに持ってこいの天候である。

 

 春で半袖と言うと、ポカポカ陽気に包まれる日が一般的。まだまだ朝晩が冷え込む日も多く、長袖と併用でスタメンになる程度だ。ランニングでは、半袖は必須級になる。

 

 まだ帰宅ラッシュ前とあってか、人通りはまばらだ。自転車がすれ違うので精一杯な歩道も占領できてしまうほどに空いている。

 

 ……優希も、ランニングしてたんだっけ。

 

 タンポポ動乱の日に、確かそのようなことを言っていた気がする。あの時はそれどころではなかったので、うろ覚えだ。

 

 帰宅部だからと言って、他の部に運動で野次を飛ばされたくない。その捻じ曲がった思いが、航生を初めにランニングへと誘った。毎日塾という地獄設定が課されたのは、その大分後の話である。

 

 人間には持久走に向いている人とそうでない人がいるらしく、それは努力では埋まらない差なのだそう。アスリートほど鍛錬を積んでいない航生は判別不可能だが、恐らく苦手な部類に入っている。

 

 優希の運動神経は、どれくらいのものなのだろう。男女別という隔離された体育の環境では、その良し悪しを推し量ることが出来ない。

 

 文化部所属、好きなものはタンポポの命だいじに少女、優希。この肩書を見るだけでは、数十メートル走っただけで息が切れてしまう貧弱な体しか思い浮かばない。

 

 ……どうなんだろうな……。

 

 バリバリのスポーツ少女でも、それはそれで華があるというものだ。

 

 公園は縦長の構造であり、タンポポが自生していた芝生広場は最奥部に位置している。双方向に移動できるような作りにしなかったのは、どうしてなのだろう。

 

 公園の内外を仕切る門は、学校にある校門をさらに長くしたようなものだった。今は昼間なので解放されているが、深夜帯では鍵が掛けられる。不良たちの溜まり場を作ってたまるかという、町の強い意志が見える。

 

 ランニングコースは、入ってすぐぶつかる道を通る。スタート地点が設定されていないので、キロポストも設置されていない。勝手に走っているから、当然と言えばそうなるのだが。

 

 ……大会前の陸上部じゃないんだから、軽めでいくか。

 

 無い袖を捲し上げて、胸を二度叩いた。やる気スイッチが入りづらい体質なので、こうでもしないと力が漲って来ない。

 

 体力と、気力。どちらが重宝されるのかは、行うものによって異なってくるものだ。

 

 前提として、どちらかが切れていれば何も出来ない。体力が無ければ体が動かないし、気力がなくては行動を起こせない。

 

 長距離を走るのならば、体力が大事になってくる。スパート合戦は根性で食らいつかなければならないが、その段階に行くためには完走できる体力が必要不可欠だからだ。思い立ったが吉日といきなり挑戦しても、成し遂げられはしない。

 

 気力もとい情熱は、その場でじっとするものに影響を及ぼす。体を動かさないと、相対的に他の要素が占めるウエイトが大きくなるのは当然のことだ。

 

 言論の場などは、まさにそうだろう。次々と繰り出される反論を受け流し、カウンターパンチを入れ、自らの主張を通そうとする。根負けしたその瞬間、相手に飲み込まれてしまうのだ。

 

 優希の情熱は凄まじい。すぐ横に並んで立っているだけで、火傷をしてしまいそうなほど熱い。断熱材で包まれた部屋に閉じ込めたら、水蒸気が膨張して爆発してしまうだろう。

 

 自分に自信を持てない人間が淘汰されていく言論の世界で、生き抜いていくために必要なもの。それは、枯れずに湧き出る『想い』だ。

 

 信念が強固なら、その時は実らずともいつか花を咲かせる。表面上で茎がしなびてしまったとしても、根が無事なら新たな一本が芽生える。心に宿る想いは、無限大の可能性を秘めているのだ。

 

 優希が、命を粗末に扱おうとしたことがあっただろうか。弾力のないコンクリートに全身を打ち付けられて、意志の芯は折れてしまっただろうか。いや、そんなことは無い。

 

 理解されることを諦めかけていても、己の考えまで腐らせてはいない。それが、彼女の強さだ。

 

 現に、優希が先を真っすぐ見据えていたことで、助けられた人がいる。真っ先に名乗り出るのは、航生。タンポポをちぎって捨てようとしていたヤケクソ少年は、他人の思いやりについて考える一般生にまで回復している。

 

 単純なものが、結局は一番強い。シンプルであるが故に、無駄がないのだ。

 

 まだ走り始めていないと言うのに、ふとももが武者震いした。心拍数が上がって、血流が脳へと送り出されていく。

 

 ……ほんとに、すごい女の子だよ。

 

 宗教を信仰している人には、神がいつもそばにいるように見えているのだろう。無宗派の航生には分からないが、強い味方がいるというだけで安心できるはずだ。

 

 優希と一緒に走っているわけではない。ストレス解消のためだけの、単独走。砂利が蹴とばされた音も、聞こえない。

 

 それでも、視界から優希が離れなくなっていた。誰もいない遊具に目を逸らしても、それに合わせるかのようについてくる。思い切って目を瞑っても、満足そうに頬っぺたを膨らませている優希がスポットライトに照らされていた。

 

 目から、何かが溢れてくるような気がした。下まぶたをぬぐってみるが、乾いた肌があるだけだった。

 

 いつの間にか、彼女のことで頭が一杯になっている。無心になるはずが、逆に思いつめてしまっている。

 

 ひょんなことから、心が壊れてしまわないか。いじめがエスカレートして、身体的な苦痛を与えられる羽目にならないか。余計なお世話である悩みが、絶えず宙を舞っている。本人にこのようなことをしゃべっては怒られそうだ。

 

 ゆっくりと、足を前へと踏み出す。固い地面の感触が、ワンクッション置いて直に伝わって来た。

 

 現実にいるが、空想世界に身がある。足の感覚と思考の次元が、ズレているようだった。ランニングをしている自分を、上空からカメラで追っている。そのような感じだ。

 

 つい一か月前までは、優希の『ゆ』すら聞き覚えが無かった。それもそのはず、面識も無ければ血縁も無かったのだから。

 

 桜散る季節は、別れと出会いの季節。航生に別れは実質存在しなかったわけだが、大きな出会いはあった。

 

 芝生広場の端に座り込んでいたのは、ほんの出来心であった。ランニングをしていても良かったわけであり、なぜあの日だけタンポポをちぎろうとしたのかは謎に包まれているままだ。

 

 日本の人口から考えれば、一生の内に会うことの出来る人間などちっぽけなものに過ぎない。どれだけ交友範囲の広い陽気な人でも、それは変わらない。

 

 そのような奇跡で、優希と巡り会えた。将来聖人と会えることが確約されていたとしても、今は今だ。今日頑張れないことが、明日頑張れるようになるはずがない。

 

 ……ただの変な女子だと思ってたのが、恥ずかしいな……。

 

 自作小説をゴミ箱へ葬り去ってしまうように、過去をシュレッダーで刻んでしまいたい。事実を改変できないことは知っていても、カギをかけて奥の方にしまってしまいたくなる。

 

 軽く汗をかこうと思っていただけだったのだが、段々ペースが上がってきた。筋肉がほぐれてきたのか、腕振りも肩甲骨まで下がるようになってきた。

 

 優希が今までに受けてきたであろう仕打ちに比べれば、切れ目なく塾に行かされることなどなんでもない。一層力が入り、推進力を生み出す。

 

 スピードに乗ってくると、周りの風景が高速で流れていく。列車の車窓から眺める景色もいいものだが、足を運びながらというものも中々だ。

 

 年齢が上がるにつれ、公園という公共施設を利用する回数は減っていく。遊具が子供用しかないことも要因ではあるが、一番の理由は外遊び自体が減るからだ。

 

 体を動かす元気が有り余っている小学生とは違い、高校生はインターネットやオンラインゲームなどの様々な誘惑が辺りに佇んでいる。スマートフォンを買ってもらった人も多く、電子機器の魔力にのめり込んでいってしまう。

 

 子供の遊び場が減っているのは、子供が遊ばなくなったからではないのか。そんな疑問を投げかけたくなる航生である。

 

 ……優希は、どうなんだろう……。

 

 彼女も、特別ではない。自然保護団体の代表になる気など無いだろう。すべての命を平等に扱うこと以外は、もっぱら女子高生なのだから。

 

 ただ、家に引きこもってばかりの優希を想像できない。生物の知識をたんまり持っていて、外に興味が向かないとは思えないのだ。

 

 あれよあれよと、数分もしない内に芝生広場が見えてきた。親子がキャッチボールをしている姿が微笑ましい。一人で壁当てをしていた頃を思い出す。

 

 凛として咲いていたあの日のタンポポは、真っ白の球体に擬態していた。刺身に添えられる菊と言うよりかは、マリモのようだ。

 

 汗がべとついて、着心地がいささか悪い。綿毛が吹き飛んでいないことからも、今日は凪であることが誰にでもわかる。

 

 これも、自然現象だ。タンポポはいつまでも黄色い花を咲かせ続けない。子孫を残すために綿毛となり、風に揺られて飛んでいく。そうして新天地で、子供がまた立派な花を開くのだ。

 

 優希が、このことを悲しむことは無いだろう。不変であるものはこの世に存在せず、創り出すことも出来ない。老いて死にゆくのも、また運命というものなのだ。

 

 ……このタンポポは、どこから来たんだろうな……。

 

 彼女と接していると、自然に植物の人生へと焦点を当ててしまう。一人一人に代えの効かない物語があるように、植物たちにも生い立ちがある、と。

 

 自分の意志で着地地点を選べない植物は、天運に身を任せるしかない。うっかり道路の上に落ちようものなら、即アウトだ。種子を作るどころか、生きられない。

 

 やっとのことで土の上へと降り立っても、天候と環境によっては枯れてしまう。日照条件が悪ければ、うまく育ってはくれないだろう。

 

 数十キロも綿毛が飛んでいくとは思えないので、生まれたのは近所のタンポポからと見ていい。ご両親は、残念ながらである。

 

 公園ですくすく成長し、苦難を乗り越えて黄色の花を咲かせたタンポポ。これをちぎろうとした自分が、大悪党か何かに見える。

 

 ……何やってるんだよ……。

 

 痛みを感じた時、人間は言葉を発してその旨を周囲に伝えようとする。動物も、鳴き声や態度で示してくる。

 

 植物は、どれだけ危機的状況に立たされようとその場を動けない。一部対抗する種もいるが、大体はそのままやられてしまうだろう。

 

 視野が狭いと、とんでもない事を平気でしでかしてしまう。気を付けなくてはならない。

 

 ……もう、あんな仕打ちをしてたまるか。

 

 握りこぶしが、また一段と引き締まった。

 

「……航生、だよね? 走るの、遅いぞー!」

 

 タンポポの一生で足が止まりかけていた航生に、後ろから追いついてきたらしい女子が肩を小突いてきた。

 

 声がした方を振り返る間もなく、横から人影がぬるりとすり抜けていく。

 

 あの日見た優希と、全く同じだった。運動不足の大人がついていけないようなペースを一定間隔で刻み、平然と悪路を駆け抜けていく。

 

 体力をセーブしようと流れでここまでやってきたのだが、追い付け追い越せと脚の回転が速くなっていた。離されかけていた背中が、また近くなっていく。跳ねる上半身は、リズムゲームに参加しているかのようである。

 

 ピッタリと人の後ろについて追走していると、いいことがある。とは言っても、漂って来たにおいをキャッチできるといった変態的なものではない。

 

 地球に空気が存在する以上、空気抵抗なるものが発生する。スピードが増すほど抵抗も増大していき、これを減らすのは速度を維持する上で大切だ。

 

 新幹線は、在来線を滅ぼさんばかりの猛スピードで軌道の上を進んでいく。このような芸当が出来るのも、前面が流線形になっているからである。

 

 何の予告も無く、地面を蹴った推進力で前へ行こうとする優希の両肩を固定した。抜かされた仕返しだ。

 

「ふええ!?」

 

 素っ頓狂で間抜けな悲鳴が漏れた。濡れ雑巾が首に飛んできたような冷たさに、お化け屋敷を思い出しでもしたのだろうか。どちらかと言うと首よりを掴んではいる。

 

 後ろにいる航生にも聞こえるくらいの大きな深呼吸が、空気を介してきた。既視感のあるような気がして、背筋が凍り付く。

 

 感情を抑えようとする時、頭を冷やすことが多い。議論が白熱した時は、冷水を上からかぶった方が冷静になれる。

 

 この時期の新鮮な空気というものは、ヒンヤリしている。これを脳に送り届けることで温度を下げ、理性を取り戻そうとするのだ。

 

 問題は、何故感情が高ぶってしまうようなことになるか、だ。様々な理由が考えられるが、今回に限ってはサルでもわかる。

 

「……航生? 心臓、止まりそうになったなぁ……」

 

 曇りで洗濯物が乾かない陰気な空が、優希に憑依していた。前髪をもっと伸ばしてばらけさせれば、それこそ幽霊だ。

 

 彼女は何処までも真っすぐだが、ただただ植物にばかり傾倒するばかりではない側面も見せてくれる。

どうしても忘れそうになるが、優希も女子高生だ。精神年齢が子供のまま育ってはいない。ノリが良くていけないことは無い。

 

 ……でも、普段あまり怒らない人だと、やっぱり怖いんだよな……。

 

 こちらの方が心臓を吐き出しそうになるので、あまり迫真の演技をされても困る。

 

「……ゆ、優希だっていきなり抜かしてきただろ……?」

「それと、後ろから襲い掛かることの何か関係あるのかな……?」

「……すみませんでした」

 

 本物か偽物かもわからない威圧感に崖から蹴落とされ、あえなく白旗を出した航生だった。

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