フローズと生活して四日が経過した。外の暑さは相変わらず八月であることを嫌というほど教えてくれるが、神室書店の方は扇風機の音だけが反響もせずにお前の店は終わりだと伝えている。事実四日誰も来ないのだから仕方ない。
カランカラン
「おいオマエ!お客さんだぞ!」
相も変わらず本を読んでいるとフローズががしっと肩を掴みぐいぐいと揺らす。爪が食い込んでいるのは言わない方がお互いのためというもの。
「いらっしゃ……お、神林さん。久しぶりですね」
顔を上げると来客は父の代からの付き合いである神林さんだった。白髪に染まった頭も初来店の時はまだ黒一色だったらしい。
「そんな経った?」
「経ちましたよ。一ヵ月顔を出さないってどうしたんですか」
読んでいた本に栞を挟みカウンターから出る。
「娘の出産が近くてね。旦那にばっか任せちゃられんから付きっ切りだったのさ」
「ははっ、そりゃ娘さんも気の毒ですね。で、来てくれたってことは……」
「そう!一週間前に産まれたんだよ!ほらこれ見てくれ」
急に目が若返ったかのように大きく見開いて持っていたスマートフォンで毛布にくるまれた目も開いてない赤子の写真を見せてきた。
「可愛いじゃないですか。女の子っぽいですね」
「そうそう。孫だよ。初孫。だから良い本を読み聞かせたくてね」
それでうちに来たと、と返事をすると神林さんは大きく頷いた。
「ところでそっちの子は?」
「うちの看板娘。フローズです。ほら、ご挨拶」
フローズの手を掴んでぐいと前に出す。さっきまで置いてけぼりだったからかあ、え、と目を右往左往させている。
神林さんがにこやかな笑顔で待っていると、フローズが私と神林さんとを繰り返し見て、あっ……と口を開く。
「ふ、フローズだ……じゃない。です。し、仕事のお手伝いをしてんだ……ます」
「へー……他種族の子を娶るとはいい趣味してるじゃないか」
「娶るなんて馬鹿言っちゃいけませんよ。ホストファミリー。もう家族です」
「こりゃ二人目の孫を見るのも早いかな」
「孫っ!?」
フローズがびくっと飛び跳ね、尻尾が逆立つ。
「フローズ本気にしないで。神林さんは適当言うのが仕事だから」
「コメンテイターと言ってくれコメンテイターと」
「はいはい凄い。で、絵本ですよね。少ないけどありますよ。フローズ覚えてる?」
「あ?え、あ、あぁ!もちろんだ!こっちだ!」
「敬語忘れてる~」
「こっちです!」
フローズがグルルと唸ってこちらを睨み付ける。冗談でやっているのは流石の私でも分かった。
フローズが覚束ない手で絵本がある入り口手前まで神林さんを連れて行く。とはいえそう広い空間でもない。店の手前側と言えどカウンターからもよく見える。
本は傷つけるな。再三言ったことはちゃんと守っているようで柔らかい指で爪を立てないように本を指さしていた。本を取るのはあくまでお客さん。これは念のためを思って約束していおいたことだが、意外と話すきっかけにもなっているようだ。
「ねー神林さん。思ったんですけど絵本とかって新品の方が喜ぶんじゃないですか?」
「新品はもう向こうの親が散々買っるんだよ。だからこっちは古き良きを受け継ごうとね。あとお金落とすために」
「よっ、流石うちのパトロン」
「黙ってればイケメンなんだけどなぁ。ねぇフローズちゃん」
「へあっ!?そ、そうだ……ですね」
「敬語なんて使わなくていいのに」
どうやらフローズを看板娘に招いたのは正解だったようだ。分け隔てなく接してくれているし、接客の才能でもあるんじゃないか……問題は神林さんが色々入れ知恵をしているようで、時々フローズがこちらを見てくる。何か変なことでも教えこんでいるんじゃないか。
しばらくすると五冊の本を持って神林さんがカウンターに来た。自分の商品に言うのもなんだが、昭和の頃に出た絵本というだけあって色落ちが激しいものもある。子供に読み聞かせるには矢張り古すぎるのではないか。
神室書店の本には全部裏表紙の裏に値段が書いてある。それを計算して会計が終わる。
「また来てくださいね~」
「お、お待ちしてます」
「早く子供見せるんだよ~」
「二度とこないでくださ~い」
大きく笑って神林さんは店を出る。よっぽどイジり相手がいなかったんだろう。
それはともかくとして、私はフローズと向き合い、頭を撫でた。
「ちゃんとできたじゃないか。気に入られるのは接客の第一歩だ」
「アタシちゃんと出来てたか?」
「自信持って。店長が言うんだから」
言うとフローズの尻尾がぶんぶんと揺れる。喜んでる証拠だ。
カランカラン。と再び玄関から鳴り響く。今日は来店が多いな。
「いらっしゃ―――」
「マジで他種族がやってんじゃん!」
フローズの元気な声を遮るようにけばけばしい声が似合わず鳴り響く。
未だ状況が飲み込めない二人をよそに、来客のカップルはスマートフォンをこちらに向ける。よく見ればピアスに染めたであろう派手な色の髪。いつもは絶対に来ない客層だ。
パシャ、という音が脳を切り替えた。見世物にされている。気づいた瞬間私はフローズを背中に隠していた。フローズもすっかり萎縮したのかぎゅぅっとシャツを掴んでいる。
「お客様。何をなされてるので?」
「はぁ?人間には興味ないんだけど。それよりも早く出て来いよ」
「出るのはあなた方でしょう」
「お客さんにサービスするんじゃないんですかぁ?」
「客じゃないでしょう? 貴方方は何かこちらで買う予定でもあるんですか?ないでしょう。でしたらお帰りください」
「撮ったら買ってやるよ」
「口ばかり……いいかクソ野郎ども。うちは見世物小屋でも何でもねぇ。本屋だ。俺の好きな本が好きなように並んでる。そしてフローズは可愛い可愛いうちの看板娘だ。商品じゃねぇんだよ」
「黙って聞いてればよぉ!お客様に敬語忘れんじゃねぇ!!」
言って男の方が殴り掛かってきた。彼女の方はケラケラ笑っている。
なら守る。
幸い、武術を習っている様子もないし、いなすのは簡単だった。
「だから言ったろう。客じゃねぇって」
「てめぇ!!」
それでも反骨精神モリモリな男がもう一度拳を降りかかる。
仕方ない……と構えたその刹那。扉が勢いよく開いて警官姿の男が二人入ってきてあっという間にカップルの男の方を取り押さえた。
「ん?」
唖然に取られている私をよそに男の手には手錠がかけられ、もう一人の警官が私とカップルとの間に割って入る。
「先ほど神林さんから連絡がありまして、暴力事件が起きると」
「マジすか……」
恐らく神林さんはこのカップルが店に入るのを見ていて、私の気性を知っているから暴力事件になると思って近くの交番まで行った。ということだろう。どれだけ行動が早いのだあの老体は。
「ふざけんじゃねぇ!あの野郎殴らせろ!」
「帰れクソ野郎!!」
ビッと立てた中指を見てそれを必死に隠した警官がまぁまぁと私を宥める。
男は背面に手錠を掛けられたまま女を連れて外へ出て行ってしまった。
「あれ、どうなるんですか?」
「まぁ、裁かれることは無いと思いますが……それでも二度とバカにできないぐらいには話し合うつもりです」
「そ、そうですか……」
では、と一礼してから警官が去っていった。再び忘れかけていた静寂が流れる。フローズはカウンターの椅子に座ってすっかり萎縮してしまったようだ。
「フローズ……」
「やっぱアタシじゃ……」
「それ以上言ったら本全部覚える刑だから」
「うぇ?」
「言ったでしょ。私がいいと言ったらいい。それに、私はフローズがいいんだ……とはいえ、流石にこれほど酷いことはないだろうけど、気になることはこれからもあると思う。フローズが嫌だって言うなら強制はしないよ」
「アタシ……アタシは」
矢張り悩んでしまうか。仕方ないことだ。接客という仕事ではルッキズムはどうしても付きまとう。それは人間であってもだ。それが嫌で辞める人もいると聞いた。それが他種族ともなれば更に加速するだろう。
「アタシは、それでも立ってたい。オマエがいたら、怖くないから」
フローズがしかとこちらを見る。その目には確かに覚悟が宿っていた。
「そう。私も今回で自分の気持ちに理解がいったよ。フローズがいると楽しい。手放したくないって」
そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でると、フローズが一瞬ビクッとした後盛大に噛まれた。甘噛みとかではなく、顔真っ赤にしながらガチで噛んできた。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
モン娘の日常であるあるとなっている(?)主人公が庇っていくというのをやりたくて今回書いてました。
しかし、この一ヵ月で改めてモンスター娘のいる日常の愛され具合を再確認させられましたね。というのも、感想も評価もハーメルンでは初めてなんです。
実は昔にも別アカウントで投稿していたんですが、当時はモン娘オンラインが配信されていた時か終わり際だったのでそりゃぁこんだけみられるよなーと思っていたんですが、まさか7年近く経っているのにこんなに見られるとは思ってませんでした。
さて小説に話を戻しますと、フローズが接客する時ってどうすんだろうな~と考えながら書いていたのを覚えています。いつも荒っぽい口調なのがまたギャップでいいですよね。
次回の話も出来ているので、また来月になるかもしれませんが、ゆっくりと投稿していこうと思います。まぁ、月一、二回ぐらいのペースを見て頂ければ有難いですね。バイトも決まりそうなのでもしかしたらもっと亀更新になるかもしれませんが……
ついでになのですが、私の作風上あまりえちちな展開が書けないのでRー15タグを外させて頂きました。それを期待していた方は申し訳ありません。