「フローズ、昆虫図鑑ってどこやったっけ?」
「あれなら一週間前に売れたぞ」
「そうだっけ……ダメだな」
まだ暑さの残る9月は、駄弁りながらの本棚の整理から始まっていた。フローズが来てからもう一ヵ月経とうとしている。仕事も憶えがいいし、何より客層の大幅な広がりが望めた。今やアイドルと会うといった風にフローズに会うついでに本を買っていくというお客さんも出来たほどだ。
お客さんが別のところに戻してしまった本を元のエリアに戻す。それだけだというのに狭く冷房のない店内では重労働に比例する。どうせまたぐちゃぐちゃになるのだし、こんなことしなくても良いとは思うのだが、折角来てくれたお客さんに分かりづらい配置というのもよろしくない。それに今はフローズもいて二人がかりなのだから整理も一日で終わるだろう。
半分ほど片付いたところで二階に戻る。まだ残っていたチョコアイスのカップを取ってテレビをつける。
そういえば、と思ってリビングの端に追いやられていた段ボールを手に取り机に置く。
「なんだそれ?」
「ふふーん、フローズも店番してる時暇だろうなと思って買っちゃいました」
封をしているガムテープをハサミで切って中にあるものを天高々と掲げる。それは少々時代錯誤な黒を基調としたラジカセだった。
「なんだコレ?」
「いいでしょ~。ラジオ聞けるしCDも流せる。それに何とスマホと連動すれば何でも高音質で楽しめます」
そう言ってスマホと連携して適当に音楽を流す。私は最近の流行にさっぱりなのだが、幸い昨日やっていた音楽番組を聴いていたので無問題だ。
「すっげぇ!アタシが好きな曲とかも流せんのか!?」
「何でもござれ」
「なら……貸せっ!確かこんな名前で………あれ?」
暫く私のスマホをいじくっていたがどうも出てこないらしい。検索方法は前に伝えたことがあるし、名前が間違っていても大雑把にでも名前が似てれば最近のAIは答えを導き出してくれる筈だ。なら考えられるは……
「フローズ、その曲何処で聴いた?」
「アタシの故郷だよ」
「うーん……多分だけど、まだ他種族間交流を進めてないバンドじゃないか?」
「マジかー……行けると思ったんだけどなぁ……」
どうやら本格的にショックらしい。耳と尻尾がへなへなと重力に負けている。
「まぁ、まだ慣れないだろうけど日本の曲も聞きなよ。ほら、これとか」
と最近動画配信サイトで流行っている曲を流す。どうやら公式が踊ってみたを出しているようで、それを真似するのが最近の流行みたいだ。
暫く日本の曲に耳を傾けていると、フローズの趣味も分かってきた。重低音の効いたロックバンドが特に気に入っていた。
「さて、本棚整理の再開だ」
「うっし、やるか」
数千はあろう本を整理し終えた翌日から営業は再会だ。とは言え矢張り酷暑。外を見ても時折鳩が地面の何某かをつまんでいるばかり……いっそ閉めてアイスクリームパーティでも開きたい気分だが、もしかしたらがあるかもしれない。それに、今日から本格稼働したラジカセと馴染んだ本の香りとで読書が捗る捗る。営業中は落ち着いた音楽を流そうと昨日一晩かけてフローズを説得した甲斐があった。
――カランカラン
「いらっしゃ……い?」
予期せぬ来客に首を傾げる。来客はただ一人、ハーピー族の女の子だ。しかも必死の形相。ただ本を買いに来たという訳ではなさそうだ。
「あのっ……ボクを匿って!」
「………はぁ?」
本を閉じることも忘れて私は長い沈黙の後そう返した。ちっとも現状が理解できない。
ハーピーの女の子は私の返事をよそに入り口から死角になるような位置にそそくさと隠れた。
暫く静観して見ていると、外を肥えたオークが通っていった。あちらもまた必死な形相だ。恐らくは彼等から逃げて咄嗟に入ったのが偶然この店だったということだろうか。
「行った……?」
「……っぽいぞ。なんだオマエ。かくれんぼでもやってるのか?」
「ち、違うよ。あいつらはボクを襲ってきて……」
「待て待て。話が見えん。取り敢えず君は誰だ?」
「そ、そうだよね。ボクはレア。ハーピー族のレアだよ」
「私はこの店の店長。そっちはホームステイしてるフローズ。落ち着いて状況を説明してくれ」
「え、えっとね。あんまり覚えてないんだけど……ホームステイ先に運ばれてる途中であいつらに襲われて、そこから必死に逃げて……」
「なるほどね。それで逃げた先が偶然この店だったと」
「う、うん。迷惑かけてごめんね」
「まぁ、いいよ。いやよくないけど、まぁいい」
取り敢えず私達が拉致事件の渦中にいることが分かっただけで十分だ。しかし問題はそんなホームステイ先に送るような時に襲ってきたような連中がここで諦めてさっさと帰るとは思えないということだ。
それにオークは確か嗅覚が鋭い。今は本の匂いで誤魔化されているかもしれないが、いつ気づかれるか分かったものではない。
「フローズ、とりあえず二階に上げて。下には閉店まで戻ってこなくていいから」
「お、おう。分かった」
物音ひとつに怯えるレアを連れてフローズは不安げな表情を残し二階へ上っていった。
それから暫く、本を読む気にもなれないのでただ店先を眺めていると、矢張りと言うべきか先のオークがやって来た。店先のドアベルは先と同じ筈なのに、やけに重たく、嫌に耳に残った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「こ、ここにハーピー族の女が来なかったブか?」
相当走り回ったのかゼェゼェと息が上がり汗だくの二人組。どうも隠す気はないらしい。
「来なかったですね」
「そ、そうブか……また探し直し……」
「ま、待ってください先輩。匂いがしますブ」
勘付かれた。
「これはハーピーの匂い……何か隠してるブな」
「何かの間違いでは? 此処には他種族の方も来られますし、その残り香かもしれません」
「いいや新鮮な匂いブ!」
その瞬間、オークの男はこちらに詰め寄って来た。汗の嫌な臭いとフガフガと荒い鼻息が間近に迫ってきて実に不快だ。
「今正直に話したらお前は逃してやるブ」
「……そこ」
一度大きくため息を吐いて、私は男の足元から少し後ろを指さした。
「そこが俺の間合い」
この言葉を理解させる前にドガッと鈍い音がラジカセのBGMを掻き消した。脂肪が溜まっている分、よく鳴る。
「俺は善悪が付かなくてな。他種族を傷つけたらいかんのと一人の女の子を守るのとのどっちが大事かも分からん。それともう一つお前らに悪い知らせだ。今は俺を見る”目”がねぇ。可哀想に」
咄嗟に構えようとした後ろの後輩(?)の頭部へと回し蹴りを入れる。そしてプルプルと小鹿の様に立ち上がった先輩とやらの顔へ踵を叩き落とす。
「お、お前トチ狂ってるブ!他種族の俺らに手を出したら……」
「先に手ェ出したんはてめぇらだろうよ。人間様がせっせこ運んでる最中だったろうに……あと先も言ったろう。善悪が付かんのだよ。今はな。あとお前、ここ」
トントンとこめかみを指でつつくとオークは素直に視線を逸らす。それを見てから私はその反対の脇腹を目指して蹴りが飛び込む……その刹那。
「待ちなさい!」
物騒に重火器を持って見慣れた顔が店に入って来た。正確に言えば見慣れた顔が一つと継ぎはぎの女が一人だ。
「神室くん。流石に限度ってものがあるわよ」
その見慣れた顔はサングラスを外し、険しい表情をこちらに見せる。
「墨須さん。こりゃ失礼……で済む感じじゃないみたいで」
「そうね。恐らく他種族間交流法について一週間の講習を受けるんじゃないかしら。それも24時間監視付きで」
「そう。まぁ、いいや。それで済むなら御の字だ」
「剥奪されないように根回しはするけど……」
「有難い。こんな私の為にそこまでしてくれるとは」
「その話……本当か?」
へらへらと肩を竦める私の後ろから突き刺すような、それでいて震えるような声が通り抜けた。
「フローズ……」
「一週間、オマエと会えないのか?」
「そうなるだろうね」
「そう、か。な、ならよ!アタシがその間店守っててやるから、安心して反省しに行くといいぜ!」
空元気なのは目に見えて明らかだ。
「ありがとね。あと、レア。君が気に病むことは無い。私が好きでやったことだ。私の本能に従って起こした行動に、君は仔細関与していない。だから安心してホームステイ先に行くといい」
フローズの横にいたレアへと目線を落として頭を撫でる。相当怯えてしまっているようだが、今の私にはそれが彼等へ向けてなのか、私に向けてなのかは検討が付かなかった。
それから時を待たずして、講習の通知が来た。翌日の朝には迎えが来て、私は「出かけて来る」とだけフローズに伝えて家を出た。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
レアちゃんっていいですよね。っていうかハーピーの陸上種って原作に出てる子といいなんかストライクゾーンにバシッと来るんですよね。
さて、このレアちゃんが絡んだ話はもう暫く続きます。次回はもう既にメモ帳の方に書き終えてますので、早めに更新できるかと思います。
ではまた、お会いいたしましょう。