職場の先輩がウチの飼い猫に似ている件   作:猫好きの餅

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※本作のメインヒロインは綺良々です。


外伝: 波花騎士は彼の前で微笑む

 

 

 

「………ん」

 

朝の布団のまどろみの中、彼女(・・)は目覚めた。まだ寝ていたいが、時計を見るともういつも起きる時間だ。彼女はのそのそとベットから這い出すと開かない瞼に悪戦苦闘しながら洗面台へと向かう。

 

脱衣所で寝巻きを脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になると、浴室のシャワーのノズルを開け、冷たい水を頭から被った。常人なら冷たくて震え上がるところだが、彼女(・・)はむしろ上機嫌になる。そのまま睡眠時の汗を流し終えると、身体の水滴を拭いてバスタオルを巻き、浴室を出た。

 

寝室に戻ってくると、ベットの枕元に置かれてある1枚の写真立てに目が止まる。旅人に撮ってもらったその写真に写っている自分と闇色の髪の彼を指で突っつくと微笑を浮かべ、普段着に着替え始めた。

 

着替えてる最中で、前よりも少し胸部がキツくなったことに気付いた。まだコレは成長しているのか。そんなにあっても剣を振る時に邪魔になるじゃないと、溜息をついて今日の予定に下着の買い物を追加する。

 

動きやすく改造した上下を着用すると、ベットに腰掛け長めのソックスを素足に纏わせていく。最後にベルトで固定して、自身の空色の髪に紺色のカチューシャを付ける。全身鏡の前で異常がない事を確認した彼女ーーーエウルア・ローレンスはふんと鼻を鳴らした。

 

着替えが終わったので次は朝食だ。エウルアは氷元素が循環している冷蔵庫からベーコンと卵を幾つか取り出し、棚から食パンと変わった形のフライパンを取り出した。これはかつてモンドにいた()から貰ったもので、彼の故郷の卵料理を作るのに必須だと言っていた。

 

長方形の形をしているフライパンに火をかけると、ベーコンを香ばしく焼いていく。隣でパンも焼いておくのを忘れない。程なくして焼き上がると皿に移し、エウルアは卵を器に割り入れ、そこに砂糖とほんの少しの塩を加えて溶き始めた。

 

それを熱した長方形フライパンに油を敷き、溶き卵を3分の1程入れてクルクルと手前に巻く。巻いた卵をフライパンの奥に移動させ、空いたスペースに卵を入れる。それを合計3回繰り返し、稲妻料理の卵焼きが完成した。彼がよく作ってくれたもので食べているうちに自分も好きになってしまった。

 

それらをテーブルに並べコーヒーを入れる。席に着いたエウルアは小さく「いただきます」と言うと朝食を摂り出した。この挨拶は稲妻で食事の前にするものらしく、彼が毎度やっていたのを見ていたので知らず知らずのうちに移ってしまった。だからといって言わないのもどこかむず痒いのでこうして続けている。

 

食べ終わると手際よく食器を洗い、水切り台に立て掛けると、キッチンを出て寝室に戻り、壁に掛けられた剣を取る。柄に楽譜のような模様をあしらった綺麗な水色の紺色の鞘に納められた大剣。銘を『松韻の響く頃』という。今日は非番だが、気分で外に出ることもあるだろう。エウルアは剣を背負うと玄関を出た。

 

コツコツとブーツのヒールを響かせ外付けの階段を降りる。元々モンドにあるローレンスの屋敷に住んでいた彼女だが色々あって今はモンド城の外れにある貸部屋で暮らしている。

 

エウルアがそのまま道に出ると外で遊んでいた子供達とその親であろう女性がこちらを見た。

 

「あ!」

 

8才くらいの女の子がエウルアに指を刺す。視線を向けるエウルアに女の子は元気な声で。

 

「エウルアお姉ちゃん!おはよ!!」

「おはようございますエウルアさん、今日は非番ですか?」

「え、ええ…」

 

笑顔で挨拶をする親にぎこちなく返すエウルア。手を振ってくる女の子に小さく振り返すと、エウルアは商店街に歩き始めた。

 

すると手前に商売の準備をしている途中であろう果物屋の男がエウルアを見つけ、声を上げた。

 

「お、エウルアさんじゃないか!城に戻ってたんだな!」

「ええ…」

「んじゃ、今日は非番か。いつもモンドを守ってくれてありがとよ。ほら、コレ品物の余りなんだけど、処分するには勿体ないから、もってけ!」

 

そういい、男は袋に入ったリンゴを差し出した。中を見ると、少しだけ形が悪いだけで、品質には問題ないものだった。エウルアは目を丸くするとかぶりをふる。

 

「えっ?いやそんな、悪いわよ…」

「いいからいいから。俺たちはこれくらいでしか今までの事、あんたに償えないんだ。俺達を助けると思って貰ってくれ」

「そ、それなら、頂くわ…」

 

断れなくて受けとってしまうエウルア。そのままリンゴを下げて歩いていると今度は八百屋の女店主に呼び止められる。

 

「あら、エウルアちゃん!おはよう!この時間にここにいるって事は、今日は非番かい?」

「え、ええ、そうよ」

「なんだ、休みの時くらい家で寝ててもいいのよ?いつも頑張ってるんだから。ほら、これ!今朝取れたばかりのキャベツとトマトなんだけど料理上手なエウルアちゃんが買ったって広まれば宣伝になるし、お代はいいからもってって!」

「えっ!流石にそれは…」

「いいのいいの!私たちが貴方にした事に比べたらこんなの償いにもならないわ。こんなので許してくれ、なんて言うつもりはないけど良かったら持ってってくれないかい…?」

「じゃあそれなら…」

 

その後も同様に色々な住民からあれよあれよと普段のお礼と品物や割引券などを貰い、散歩どころじゃなくなったエウルアは1度家に貰ったものを持ち帰ることに。

 

棚や冷蔵庫に野菜や果物等を律儀にしまったエウルアはまた家を出ると、目立たないように裏路地を通ろうとする。そんな彼女に後ろから声が掛けられた。

 

「エウルア!」

「……アンバー、貴方も非番なの?」

 

聞き慣れた声に振り返ると赤いうさ耳リボンがトレードマークの偵察騎士、アンバーがこちらに走ってきた。同じく非番らしいアンバーと、その後は立ち話もなんだし、鹿狩りでお茶をすることに。

 

向かい合わせで席に座り、紅茶とミントゼリーを注文したエウルアを頬杖を着いたアンバーが笑顔で見つめる。

 

「…なによ。そんなに見て」

「いやー、エウルア、あれからもう1年なのにまだみんなの様子に慣れてないなぁって思って」

「ざ、罪人である私に施しをしようなんて…」

「でも、悪い気はしないでしょ?」

「ぅ…」

 

顔を赤くし萎んでいくエウルアを見てアンバーはくすくすと笑った。

 

 

 

ここまで見て、エウルアを知る者からしたら盛大な違和感を感じたと思う。そう、あまりにも住民がエウルアに対して友好的だ。……と言うより友好的になった、と言った方が正しいか。

 

エウルアはモンドに3つある大貴族の1つ、ローレンス家の末裔だ。そしてローレンス家はモンドの民に嫌われている。

 

理由はかつてローレンス家がモンドにした支配政治にある。もうそれからかなりの年月が経っているが、未だにその遺恨は残っており、その家の末裔であるエウルアもほぼ迫害と言っていいような扱いを受けてきた。エウルアが西風騎士団に入ってからは騎士団の人間はエウルアを認めたが、町の人々はまだエウルアを「ローレンス」としてみる風潮が強く、1人で酒場で呑んでいると誰もが相席を嫌がり、酔っ払いに言いがかりのような絡みを受けるのも日常茶飯事だった。

 

でもエウルアはそれを認めている。自分がローレンスに生まれた以上、先祖の罪は自身の罪。これを背負って生きていくと強く前を向いて生きていた。

 

だが、それもある日。迫害が1年ほど前に嘘のように無くなった。ローレンスに対して遺恨はあれど、「エウルア」という個人をしっかりと見てくれるようになったのである。

 

ある日、住民の殆どがエウルアに対して頭を下げ、これまでの扱いを謝罪してきたのだ。

 

当然、エウルアは困惑した。あれ程嫌がっておいて、今度はなんだと、住民に当たってしまったのも無理は無い。何故今更、こんな事をしたのか。エウルアは住民に問うた。

 

聞かれた住民は全員、違わず同じことを言った。ある男に諭されたらしい。

 

『俺の友達をちゃんと見てやってくれませんか。アイツは嫌われながらも心に傷を負いながらもモンドの人を守るために戦っています。俺は外部の人間で、昔あなた達がされた事に共感することは出来ません。ですが、アイツをローレンスではなく、エウルアとして見てやってくれませんか』

 

その稲妻から来た男は民衆の前で跪き、その国で最も低姿勢である「土下座」と言われる行動をしたらしい。何度も額を石畳に打ち付け、血が滴るのも気にせず、彼ーー迅は一晩中民衆に頼み込んだ。

 

その頃の迅は仙人との修行を終え、そのきっかけを作ってくれた、仲間を殺してしまった罪悪感に苛まれていた自分を助けてくれたエウルアに恩返しをしたいと思っていた。そこで考えたのがコレである。

 

依頼達成率は100%。どんな小さい依頼も受け、人気だった迅が取った行動に民衆は驚き、話を聞いた。先入観による嫌悪感的な物は残ってはいたが、エウルアが普段どんなに頑張っているか、エウルアがどんな女の子なのかを迅から聞き、その結果、ローレンスということはとっぱらって見てみると言う方針になったのだ。

 

などと説明を受けたエウルアの顔は誰も見たことが無いものだった。其の顔は耳まで真っ赤で、茹でダコのようになっていた。エウルアはそのまま「わ、わかったわ。そういうことなら私は今まで通り過ごさせて貰うから」とぎこちないセリフを言って民衆を帰らせると、ふらふらとした足取りでベットに潜り込んでしまった。

 

エウルアと迅はかなり仲が良かったように見える。もともと罪人繋がりみたいな共通点があって、お互いに世話を焼いたり焼かれたりしていた関係だ。そんな中彼が取った行動にエウルアは動揺を隠せなかった。

 

まさかアイツがそんなことを思ってくれてたなんて。前までのエウルアなら「余計なことを…」位の言葉は出て来ただろうが、この時のエウルアは何故か胸がドキドキして眠れぬ夜を過ごした。

 

そんな事があった直後、モンドに龍災が訪れる事になる。金髪の旅人がやってきて、龍災を解決したなんやかんやがあった時もエウルアは迅とまともに会話することが出来なくなった。何故か彼の顔を見ることが出来ない。でも、彼の事を自然と目で追ってしまうし、1人の時もずっと迅の事を考えてしまう。

 

困ったエウルアは騎士団の仲間に相談してみることにした。そして、相談したバーバラ、アンバー、ジン、リサ、ガイア全員が同じことを言った。

 

『それはもう恋だ』と。

 

エウルアは遂に己の恋を自覚した。ただ、少しばかり遅かった。

 

その頃には迅は旅人に付いて璃月に旅立っていた。元々鎖国した稲妻に帰りてぇとボヤいていたということは七国全てを回ると言っていた旅人なら稲妻に帰れる手段があるかもしれないと言う考えの元で、尤もな考えなのだが、少しばかりタイミングが悪かった。

 

あれからもう1年になる。民衆のエウルアに対する当たりはとても柔らかくなり、むしろ人気者に。先程のように道を歩けばお礼の言葉と共にお裾分けを沢山貰う始末だ。エウルアの事を悪く言う者が完全に居なくなった訳では無いが、むしろエウルアを守ろうの会的な物が発足しエウルアが何か言う前に周りが反撃に出るまである。

 

かく言う迅も蛍が稲妻の問題を解決している間に依頼でちょくちょくモンドに来ていたのだが、恋心を自覚し、ますます顔を合わせにくくなってしまったエウルアはちょっと刺々しい態度を迅にとってしまって後でアンバーに泣き付いたりとかわいい一面を見せ始めた。

 

そして最後に迅がモンドに来てからもう半年以上。恐らく稲妻に帰れたのだろう。また会えるのだろうか。もうモンドには来ないのだろうか。こんなに会えないのなら前にもっと話しておくんだったとソワソワしているエウルアを見るのがアンバーの最近の楽しみだったりする。

 

 

そんなこともあって、エウルアに取り巻く環境はここ1年で大きく変わったのだった。

 

思い返していたアンバーはすまし顔でゼリーを食べるエウルアを見つめる。

 

「…なによ」

「んへへ、いやぁ、エウルアも変わったなぁって。だって最近復讐って言葉使わなくなってきたでしょ」

「そ、それはそうだけど、…毎日毎日色々貰ってる相手に復讐とか言えなくなってきたのよ…」

「いい傾向だと思うよ?……でも1番恨みつらみが溜まってる人が居るんだよね?」

 

そういうアンバーにエウルアの口角が上がる。

 

「ええ。アイツ…迅にはもう数え切れないほどの恨み(想い)があるもの。今度目の前に会ったら全て清算してもらうわっ」

「あはは。その意気だね!」

 

その後もアンバーとお喋りをして休みを満喫するエウルアだった。

 

 

 

 

 

 

 

1週間後。

 

 

「ジン。城の周りのヒルチャールは殆ど片付けたわ。それと望風山地の遺跡守衛も何体か討伐しておいた」

「……ああ。ご苦労だった。明日は非番だろう?ゆっくり休むといい」

「ええ、ありがとう」

「………」

「なによ」

 

報告書を受け取ったジン代理団長がエウルアの事を見つめてくるので訝しげに返す。ジンはくすくすと笑った。

 

「いや、君からありがとうなんて言葉が聞けるなんて珍しいと思ってな。前までだったら「そんなこと、言われなくてもそうさせてもらうわ」位は言ってきただろう?………いい傾向だな」

「……知らないわっ」

「悪かった悪かった。ひとつ、君に耳寄りな情報があるのだが…」

 

無意識だったのだろう。恥ずかしくなったエウルアは早足で執務室を後にしようとするがそれをジンが呼び止める。再度訝しげな顔で振り向くと心做しかニヤついている代理団長が見えた。

 

「この後、時間があるならエンジェルズシェアに行ってみるといい」

「なぜ?」

「ま、行けばわかるさ」

「…まぁ、今日は呑みたい気分だったから行く気ではあったけど」

 

そう言い執務室を出る。

 

すれ違う団員からもチラチラと見られ、どうしたのかと疑問を持ちながら建物からも出る。時間は夕方で呑み始めるには少し早いがまぁいいかと酒場に向かう。その途中で青髪の眼帯男と遭遇した。

 

「お、エウルアか。帰ってたんだな」

「…ガイア。こんな明るい時間から呑んでるの?騎士団の品位が問われるわよ」

「なぁに、今日は特別だからな」

 

くくっと笑って話す西風騎士団騎兵隊長、ガイアに呆れた目を向けるエウルア。

 

「そんな目で見るな。お前もエンジェルズシェアに入れば分かるさーーー懐かしい顔がいたぞ?」

「懐かしい顔?」

「おう。服装は稲妻のになっちまってて、俺も最初は分からなかったんだが、あの紫色の刀(・・・・)を見て……あ、行っちまった」

 

紫色の刀。稲妻の服。その単語を聞いた瞬間、エウルアの身体は動き出していた。衝動のままに突き進み、少しだけ震える手でエンジェルズシェアの扉を押し開ける。

 

カランッという音と共に珍しくいるディルックが「いらっしゃい」と迎えてくる。その声すらも右から左で、エウルアは座席を見渡し……見つけた。

 

こちらに背を向けていて顔は見えないが、紺色と空色の稲妻風の服に身を包み、4人がけのテーブルに紫色の長刀を立てかけて座り、蒲公英酒を飲んでいる。その姿を見た瞬間、エウルアの胸がドキドキと跳ね出す。だが、決して嫌な感じでは無い。

 

エウルアは彼の元にゆっくりと歩く。1歩歩く事に鼓動は強くなり、顔は熱くなる。でも止められない。途中で店内の2本の猫の尻尾が生えた少女と目が合ったような気がしたがそんな事はどうでもいい。

 

エウルアは遂に(大好きな人)の後ろに着くと短く深呼吸し。

 

 

「ーーーねぇ、相席いい?」

 

 

振り返った彼に波花騎士は微笑んだ。

 

 

 





・エウルア・ローレンス
多分最強の恋敵。惚れた理由も関係性も想いの強さも隙がない。
迅のおかげで自分に対する民衆の態度が和らぎ、最近女の子らしい笑顔が増えて来た。現在サラとアンバー率いる「エウルアを護り隊」が秘密裏に活動中。本作での年齢は迅と同じ21歳。頑張れ綺良々。


※メインヒロインは綺良々です。
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