おまたせ致しました。
結構難産でした……。
☆☆☆☆☆
「うぅ、私としたことが……兄さん、申し訳ありません…」
「いいって、俺は気にしないから」
色々昔話をしながら歩いているうちに手を繋いでることを忘れていた俺たちはそのまま鳥居をくぐって大社の門を叩いてしまった。戸を開けた宮司に開口一番「何をしているのじゃ?」と半目で言われてようやく気がついたのだが、時すでに遅し。ニヤニヤした八重宮司に存分につつかれて疲弊した綾華を見て俺は少し笑ってしまう。
そのままこの前のお礼の出汁漬け油揚げうどんトッピングを宮司に作り、神事の会議を終える。あ、ちなみに俺には会議の内容はさっぱりわからなかった。神事とか読み上げるお経の種類とか、もう訳分からん。
その後はそのまま屋敷に戻った。出た時から時間はだいぶ経ってたから、もう奴らは居ないと思ってたんだけど。
「やっと帰ってきましたか!この無礼者めっ!」
なんでまだいるのこの人?俺は綾華に一瞬目を合わせる。もう神里と関係ない人だし、俺も世話になった記憶が無いので下手に出なくていいそうだ。謎に憤慨している智久と甥っ子らしい侍をちらりと見ると。
「だってさ綾華」
「……智久、この私にそんな口の利き方……いい度胸ですね」
「ち、違いますっ!私はこの呪子にっ!……貴様っ何を笑っているっ!」
「いや、すみません。つい滑稽で」
綾華からのGOサインも出てるのでしおらしい態度を辞めて何時ものようなテンションで後頭部をかく。
「…っ!このっ!誰に向かって口を効いているッ!」
「まぁ、そちらのご要件を聞かずに出ていっちゃったことは、少しだけ悪いと思ってたんですよ。……改めて要件をお伺いしても宜しいですか?」
「綾華お嬢様と即刻縁を切りなさいっ!せっかく屋敷を追い出したと思ったらまたこうして関わって…!貴様の存在は稲妻社奉行にとって灰汁でしかないのですよッ!」
「いやあの、別に俺はいつも綾華のお付きをしてるんじゃないんですがね。
……まぁ、御託はいいや。ここは武士らしく
俺が腰の得物をポンポン叩きながら言うと、最初からそれが目的だったようでニヤニヤとし出すふたり。
「ふっ、それもそうですね。
「わかりました、叔父様」
俺たちはそのまま神里の修練場に移動する。すると、今仕事から帰ったのか、綾人兄さんも顔を出した。智久をみると察したような顔をされて、口を出そうとしたので俺が首を振ると、頷きを返してくれた。綾人兄さんは微笑みながら首にトントンと手刀を当てるジェスチャーをしながら口パクをしてきた。えっと…?やっちゃいなさい…?兄さんも綾華と同意見なんかい。
俺たちのそんなやり取りに気が付かない智久は綾人兄さんが来たことに大喜びだ。
「おおっ!当主様まで!これは良いですね。当主様と綾華様の前でこの妖魔の子に甥が手を下す所が見せられるとは」
いいからはよ始めてくれよ。キレそうな綾華を引き止めるの結構苦労するんだからさ。とりあえず、猛人とかいう甥っ子の侍に声をかける
「……刀は木刀にしますか?」
「そんなもの使うか。……それとも、真剣は怖いのか?」
「いやべつに」
一応心配して聞いてるんだけどな。まぁいいか。
騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の従者の人達や、宏達さんも見に来た。修練場に向かい合って立つ俺たちは同時に自分の獲物を抜く。
天目影打を抜いた甥は、俺の刀をみると目を細めた。
「……貴様、その刀は神里に代々伝わる名刀『霧切の廻光』だろう?それをなんだお前は。そんなに黒く染めて、失礼だと思わないのか?」
これ一応将軍様が創り直してくれたやつなんだけど、どうせ信じてくれねぇか。俺は何も言わないで刀を構えずにダランとリラックスした体勢でじっと相手を見つめる。
俺の態度が鼻に来たのか、舌打ちをすると天目影打を上段で構えた。
「この状態で刀を構えないとは、どこまでも失礼なっ……!」
余談だけど、俺が普段から使う剣術って神里流じゃない。仙人から習った武器術というか、体術の「
これは剣を身体とは別のものとして捉える剣術とは違って、「剣も身体の一部」と捉えるもので、だから俺の戦い方に刀持ってるのに蹴りとか投げが入る。ちなみに今のリラックスした直立もちゃんとした構えのひとつだ。両者準備が出来たことを確認した綾人兄さんは開始の合図を出した。
「それでは…始めっ」
「セァァァ!!」
それと同時に猛人は雷元素を身に纏い凄まじい踏み込みと共に俺に突進してきた。やっぱり天才ってのは嘘じゃないようで、思い切りも良く剣速もかなり速い。
正直な話、向こうの突進に合わせるように進行上に前蹴りを置けば勝手に相手が蹴りに突っ込んでそのまま終わるのだが、イチャモンを付けられたくないように徐々に圧倒していくことにする。
俺は猛人の唐竹割りを半身になって避け、返す刃を後ろに下がって躱し、雷付きの中段突きを転がって逃れる。
「シッ!!」
俺の転がりの終わりに合わせて振られた袈裟斬りに霧切を合わせて防ぐと、刀を引いた猛斗は飛び退くと思いきや、すぐさま腕を閃かせた。
紫電を纏ったひし形を象ったような袈裟と逆袈裟、左右切り上げを全て外側に弾いた俺はおぉ、っと目を見開く。
「今のって確か、神里流の…霞四段だっけか。やるなお前」
「無論、叔父様から叩き込まれておるわ……しかし、貴様のその実力…叔父様から聞いていた情報と違いすぎるぞ」
両者刀を構え直す俺たちに横から場違いな声が響いた。
「猛人っ!さっさとのしてしまいなさい!その妖の子は昔から妙な力を使いますっ!」
「…セァッ!」
「ちょっとギアあげるぞっ」
猛人の袈裟斬りを刀身で捌いた俺はそのまま一歩前に出て彼と密着した。
目を見開かれたが間髪入れずに飛んできた引き胴に合わせて俺ももう一歩踏み込む。 そのまま俺は腕を掴むと、片腕を猛人の顎の下に差し込んで足を刈り、転ばせにかかる。
「うぉっ…ッ!」
お、すげぇ。今の対応した。
だが猛人は身を倒しながらも、片手の平を地面につかせて天目影打で足払いをかけて来たので軽く跳んで避ける。着地際に足払いを返した横凪が飛んできたので後ろに下がると、体勢が崩れているにも関わらず雷元素の身体強化で強引に追撃に来た。首を刈らんと迫る連撃を後ろに全力で下がりながら避け続けると、急に足を狙った斬撃に切り替わったのでこちらも霧切を合わせる。今度は上を狙ってきたので腕の経路を邪魔するように霧切を振ると避ける動作と一緒になった回転横凪が襲ってきた。
いや、さすがに強いな。幕府軍入ったらかなりの地位に付けるんじゃないか?元素の使い方も上手いし、稲妻出る前の俺だったら最初の霞四段で死んでるくらいには鋭い技だった。
「ああもうっ!何をしているのです猛人っ!早くやってしまいなさいっ!」
だからアレもうちょっと静かになってくれねぇかな。うるさくて気ぃ散るんだけど。
「貴様、なんと面妖な技を…!それも妖魔の能力かっ」
「何言ってんのお前?」
鍔迫り合いの途中、猛人が口を開いてきた。
「貴様のことは叔父様から嫌という程聞いているぞ妖の子。叔父様がやっとの思いで屋敷から追い出したというのに我が物顔で綾華様の隣に居るなど……言語道断、即刻去れ。あの方の隣はこの俺が相応しい」
「だからさ、普段綾華の従者やってんのは俺じゃなくてトーマだって。俺に勝っても従者になれる訳じゃないぞ?」
「同じ事だ。あの薄汚い余所者も貴様と同じく追い出してやる」
聞き捨てならないことが聞こえた。
「……誰が、なんだって?」
「あの余所者も追い出してやると言った。よくぞまぁ、あんな海に流れ着いた何処の馬の骨とも知れん様な奴を従者に置いたものだ。ククッ、そういえばその余所者は体調が優れないそうだな?」
その言い分に、俺は目を細めた。
「…お前ら」
「お前が何を言ったところで何も変わらない。貴様はここで俺に倒され、不幸にも余所者は病に侵される。そして、綾華様の隣は俺のッ……がはァッ!?」
もう加減すんの辞めた。
鍔迫り合いで拮抗していた猛人に仙力付きの回し蹴りを叩き込む。猛人は胴を守る鎧を俺の脚の形に凹ませながら横に吹き飛んだ。地面を転がった猛人は凹んだ鎧を手で抑え、何が起こったか理解できない顔をしている。そこに俺は仙力と元素を解放しながらゆっくりと近づいて行く。
「き、貴様ッ、俺に何をしたっ!?」
「おい」
「ッ」
俺は霧切の峰を肩に乗せ、恐らく金色に変色してるであろう目で猛人を睨んだ。
「別にさ、俺に対する悪口なら放って置こうって思ってたんだ。まぁ、俺がちょっと人外なのは事実だったしさ。……でも」
俺は雷を纏うと、それを高圧縮していく。
「…家族を馬鹿にされちゃ、黙っておけないよな」
「か、雷が青く……ま、まさか噂は本当で…!?」
「今更かよ」
出力が普通とは桁外れの青い雷をバチバチとスパークさせながら、仙力と共鳴している霧切の凱旋を携えて歩く俺を化け物を見るかのような目で見てくる。
「と、とうとう正体を現しましたよっ!やはり彼奴は稲妻に仇なす化け物ですっ!だ、誰か天領奉行を呼んで来るのですッ!」
とか騒いでるけど、周りが冷めた目で見てることに気が付かないのかこの人は。
「貰ったッ!化け物めっ!」
俺が呆れた目で見ていると、その隙を突いたつもりか猛人が雷を圧縮した天目影打を振りかぶった。
それを俺は受け止めもせずに肩口で受ける。
「兄さんっ!!」
響く衝撃音。修練場に綾華の声が響き渡るが、心配は無用だ。
「なっ…………?」
目の前でこれ以上無いってくらいに猛人の目が見開かれている。
その目線の先には、青い雷に天目影打の雷元素が相殺されてそのまま肩で受け止められている。刀身は俺の肌に到達をしておらず、俺の肩の雷元素と天目影打の刀身に同じ極の電気を付与して斥力で完全に止めていた。
「とりあえず、化け物って言われたからには化け物なりの行動しないとな」
そのまま元素だけで刀を弾く。それを信じられないような目で見た猛人は雄叫びを上げて俺に刀の連撃を見舞うが、それを全て直立のまま元素だけで流してやると、俺はすれ違い様に彼の腹に熊手の掌底を放った。指の間に電気を流しながら突いたので、鎧に5本の指の穴が空いた猛人は感電してその場に崩れ落ちた。
「勝負ありです」
結構異常な試合運びだったのだが、全く動じずに試合終了の合図を出す綾人兄さんに蒼ノ雷光状態を解きながら苦笑していると、智久がまた騒ぎ始めた。
台詞はもう聞くに絶えないので省略するが、喚く智久に綾華は声高らかに言い放った。
「これでわかったでしょう。兄さんは仙人の末裔であって、妖の子という名で蔑まれていいような存在ではありません。智久、即刻彼を連れてこの場を去りなさい」
「ぐ、ぐぅ……!」
(智久視点では)信じていた主にすら裏切られた様に感じたのか、怒りに染まった顔の智久の手が腰の刀に向かいそうになっている。少し拮抗してはいたが、とうとう敬愛が憎悪に裏返った男は腰の刀に手をかけーーーようとした所で。
「ーーなんですか、この騒ぎは」
突如響いた、この場にいる訳がない人物の声に、智久も、綾華も綾人兄さんも、周りの家臣団も、俺も固まった。
全員が信じられないような顔で声の方を見ると、そこには紫色の髪を三つ編みにして、薙刀を背負った長身の美女が腕を組んでこちらを見ていた。
『ーーー将軍様ッ!?』
突如響いた、この場にいる訳がない人物の声に、智久も、綾華も綾人兄さんも、周りの家臣団も、俺も固まった。
全員が信じられないような顔で声の方を見ると、そこには紫色の髪を三つ編みにして、薙刀を背負った長身の美女が腕を組んでこちらを見ていた。
声を揃えて叫ぶみんなを尻目に俺は彼女に目を凝らす。
俺が1番知りたいのは、彼女が
大抵こういう場に外出するなら影さんの方なんだけど、今の言い回しは将軍っぽい。じっと見ていると、彼女の目があった。……ってか俺の方しか見てないぞこの人。
俺が目をぱちくりしていると綾人兄さんが彼女に一歩近づいた。
「将軍様、お会いできて光栄です。…しかし、何故この場に来られたのでしょうか」
「散歩です」
さんぽ?
「…散歩、ですか?」
流石の兄さんでも困惑してるのが伝わってくる。
「ええ、いけませんか?」
「いえ、滅相もありません」
「それで、この騒ぎは一体どうしたというのですか?」
「将軍様っ!」
なんと恐れを知らぬのか神経通ってないんだか、将軍の前に智久が跪き、俺を指さした。
「あ、あの妖魔の子は神里家に取り付き、社奉行を内側から崩壊させようとしていますっ!それをどうかーー「ふむ、元気そうですね」……はっ?」
将軍は懇願する智久を完全に無視してその横を通り過ぎるとパンパンと俺の身体を叩いて怪我の有無を調べてきた。多分将軍の方なので小声で尋ねる。
「将軍ですよね。影さんはどうしたんですか?」
「影は今瞑想中です。仕事がひと段落して暇になったので顔を見に来ました」
「顔を見に来たって……どうせ明日鍛錬するんですよ?」
「いけませんか?」
「いえそういう訳では」
つーか、前会った時と将軍の俺への当たり方がやわらかくなっているような。なんなら口元は微笑さえ見える。
えっと、将軍の方がこうやって外出する事ってあるのかな?なんかめちゃくちゃ命令違反してそうな雰囲気なんだけど。
そんな俺たちに震えた声の智久の声が耳に届く。
「し、将軍様…?一体その化け物と何を……そいつは危険ですっ」
「黙りなさい。貴方の妄想に興味はないです」
「っ」
たが、将軍の神言ですぐさま押し黙った。
腕を組んだ将軍は、綾人兄さんに視線を飛ばす。
「神里家の当主、状況を説明しなさい」
「はい。こちらの男は神里家の元従者長、あちらはその甥です。体調を崩してしまった妹の従者の代わりを迅が引き受けたところ、そのことに対して元従者長は自身の甥と代わるように要求をしました。そして、今迅が決闘に勝利した形になります」
「なるほど、理解しました」
将軍は跪く智久の元へ歩き、腕を組む。
「普段ならこういった民同士の争いに関与はしません。神里家当主が取り仕切っているところを見ると正式な決闘なのでしょう。…ですが、…元従者長」
「は、はいっ…」
目線と共に降り注ぐ神の威光に智久は縮こまる。将軍は周りをぐるりと見渡して口を開いた。
「――私は今、自分の弟子が妖魔の子と迫害されていることに少し、憤りを感じています」
「えっ、………でし?」
それは誰の言葉だっただろうか。皆将軍が発した言葉の意味を飲み込めずにいる。俺の元に走りよった綾華でさえ、目を瞬かせていた。
「い、今……弟子と……この者が将軍様の弟子と仰られましたか……?」
「なんですか?この私が嘘をついていると…?」
「め、滅相もありませんっ!」
「理解したのなら、私の薙刀が落ちる前に即刻この場を去りなさい。次に迅に手を出したら命は無いと思いなさい」
「は、ハーーッ!」
将軍が背中の薙刀に手をかけながらそう言うと、智久は猛人を連れ足早に屋敷を出ていった。すごく何か言いたそうな顔をしていたが、さすがに将軍の前だと何も言えなかったらしい。それを唖然とした顔で見送ったみんなは薙刀を背負い直して息を吐く将軍にどうしていいのかわからないといった表情だ。ちなみに、俺もどうしていいかわからん。
と、とりあえずお礼を言わなくては。
「し、将軍。ありがとうございました」
「いえ、私の私情で行動したまで。礼は要りません」
「私からもお礼申し上げます。この度はありがとうございました」
「ありがとうございました」
横から綾人兄さんと綾華も頭を下げた。頭を上げた兄さんは手で周りの観衆を解散させると、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「あ、綾人兄さんっ?」
「迅もすまなかったね。こういう事の処理は私の役目なのに任せてしまって」
「いや謝らなくていいよ。俺はそもそも気にしてなかったしさ」
「に、兄さん。それと……」
「あ、ああ。説明しないとな」
綾華はチラチラとこちらを見守る将軍を見る。顔に「一体どのような関係が…」と書いてあった。
「白鷺の姫君、彼と私の関係は先程言った通りです」
「そ、それでは本当に雷神のお弟子様だったのですか…!」
俺を見る綾華の瞳がめちゃくちゃキラキラしてる。だが、それも少しの間で、少しずつ視線に訝しげな色が混ざり始めた。それを見て綾人兄さんが笑いを堪えているのが目に入る。
「えっと、申し訳ありません、将軍様。一つ…お聞きしても宜しいでしょうか?」
「言ってみなさい」
「その、兄さんとの距離感が…少々近すぎるような気がするのですが…?」
それ、俺も思ってた。綾華に自分の弟子だ、と言ったあたりから、将軍の立ち位置が俺の真横だ。ほとんど間隔が無くて肩が当たってしまっている。
「師匠ですので」
「そ、そういうものなのでしょうか…?」
だがしかし相手は将軍様なので綾華もそれ以上の追求は出来なかったみたい。
「彼は私の一太刀を前にしても倒れなかった唯一の人間です。それがあのような者に悪く言われて、少し大人げなかったですね」
彼女はそういい、くすりと笑った。珍しいというか、初めて見た将軍のちゃんとした笑みに全員で目を奪われていると、将軍は片耳に手を当てると微かにげんなりとした顔をした。
多分、影さんが瞑想から覚めたんだろうな。脳内でめちゃくちゃ文句を言われてるのだろう。心配して声をかける神里兄妹に大丈夫だと返した将軍は、そろそろ戻りますと踵を返して屋敷を去っていった。
その後にトーマの見舞いに行ったらもう起き上がっていて、体調も回復していた。起き上がったあとのトーマは智久の話を聞いて顔を顰め、将軍が乱入したと聞いたら微妙な顔をしていた。まぁお前神の目奪われかけてたもんな。ちょっと思うところがあるのだろう。俺は寝巻き姿で智久を締めに行こうとしていたトーマのおデコに綾華の氷元素を纏わせた布巾を叩き付けてもう一度寝かせた(気絶)。
「ふふふっ…こう改めてお邪魔するのは初めてですが、兄さんの洞天もとても綺麗です」
「蛍のとはまた違う景色だよな」
色々なことがあって外はもうすぐ日没だ。気を利かせてくれた綾人兄さんに家の事は任せてゆっくりしてきなさいと言われたので、綾華を連れて俺の洞天に招待した。
今は洞天に誰も来ていないようで洞天の中はしんとしている。
玄関の横に甘雨さんの野菜庭園があるんだけど、「食べないでくださいっ!」って書いてある立て札がぶっ刺さっててちょっと面白かった。俺以外にも刻晴とかが掃除してくれているので中はいつも綺麗になっている。邸宅の中に入るなり綾華の目が少し細まった。
「む、兄さん以外の女の人の香りがしますね」
「ま、まあよくみんな来るからな。…よし、ひとまず夜ご飯にするか」
「はい。私のお手伝いしますねっ」
時間も時間なので夕ご飯を摂ることに。折角だからと綾華が好きなお茶漬けに刺身や薬味を盛り付けた豪華バージョンを振舞ってやると昼間の曇り顔が嘘みたいな程に大喜び。前も作ってくれた緋櫻餅も一緒に平らげ邸宅の暖炉の前で2人して剣の手入れをした。
そういえばこの新しい霧切を見せるのは初めてだったかもな。随分色が変わってしまって神里の剣とはいえなくなってしまった事を謝ると、気にしないでくださいと綾華に言われた。
「こ、こほん。お、お兄ちゃん」
手入れを終えた刀をしまってくると、昔の呼び方に戻った綾華が謎に咳払いをしだす。チラチラこちらを見てくるのが可愛らしい。
「…どうした?」
「…その、…今だけで良いので…昔の様に接してもいいでしょうか…?」
なんだ、そんなことか。俺は勿論良いぞと頷く。するとソファの隣をポンポンと叩かれたのでそこに腰掛けた。
「……お兄ちゃん」
「…ん?」
「…膝まくらを…してもらってもいいですか?」
「いいよ」
そういえば昔はよくやってたなこれ。失礼しますと呟いた綾華はポニーテールにまとめている髪留めを取り払って俺の太ももの上に頭を滑り込ませてきた。目線で訴えられたので頭も撫でてやる。
パチパチと音を立てる暖炉を揃って無言で眺めていると、綾華がおもむろに口を開いた。
「…お兄ちゃん。実はひとつ、謝らなければならないことがあるんです」
「謝らなきゃいけないこと?」
「……私は、お兄ちゃんに嘘をついていました。………その、本当は今日はそれほど忙しくなかったのです」
「あ、ああ。色々あって忘れてたけど確かに下見と会議だけだったもんな」
「ですから、…本当はお兄ちゃんを呼ぶ必要はありませんでした…。でも、……その、会いたくて……わがままを言ってしまいました。ごめんなさい」
申し訳なさそうな声を出す綾華に、俺は苦笑しながら頭を撫でる。絹のような手触りの髪が揺れて、綾華は気持ちが良さそうに目を細めた。
「なんだそんなことか。全然良いよ何時でも呼んでくれ」
「……ですがっ、そのせいで智久に…」
「あの人が来るのなんて綾華は知らなかったんだろ?仕方ないよ」
「…お兄ちゃんは優しすぎますっ」
「…綾華?」
綾華は俺の膝から起き上がると、今度は俺の頭を自身の膝に誘導した。後頭部に柔らかい感触が感じられて、俺の顔を見下ろす綾華はふふっと微笑む。
「お兄ちゃん。私からひとつ、提案があるのですが……」
「提案?」
「はい。元給仕長には前々から話をしていたのですが…。お兄ちゃんさえ良ければ、籍を神里家に戻しませんか?」
「ってことは俺も社奉行になるってことか?」
つまり、ばあちゃんに引き取られる前の状態に戻るということ。流石に配達員は辞められないので聞き返すと綾華はかぶりを振った。
「いえ、社奉行の一員になっていただく必要はありませんし、住み所も今のままで構いません。ただ、これから面倒事が生じた時に神里の力を使って頂きたいのです」
「…い、いいのか?」
「もう神里に貴方を拒む者はいません。お兄ちゃんの武勇は私が隅々まで広めておきましたのでっ」
「ちょっと恥ずいなそれ」
ちなみにばあちゃんは俺の判断に任せるそう。俺の名前もかなり有名になっちゃったしいざと言う時は神里家が後ろ盾になってくれるとの事だ。圧倒的にメリットの方が大きいので、しばし考えた俺は膝から起き上がって頷いた。
「そういうことなら。お願いしようかな」
「はい。……ふふ、また兄妹になれましたね」
「今でも兄妹だっつの」
こうして俺は苗字が「篠田」から「神里」に戻るのだった。
「そうそう、その調子。そのまま元素力を片手に集中させるんだ」
「むむむ……なかなかに難しいですね…」
それからしばらく経ち、暇だったので元素力のコントロールを綾華に教えていた。
今やっているのは俺が甘雨から教わったもので、両手に集めた元素力を片手に集中させてそれをもう片手に移すというもの。俺がよく使う元素圧縮の基礎練だ。
だがやはり飲み込みはめちゃくちゃ速く、すぐに移し渡しはできるようになった。俺は綾華を褒めながら頭を撫でる。
「……お兄ちゃんって、私にはこういうことをやる時に緊張しませんよね…」
「いや妹に緊張する方がヤバいと思うけど?」
そんなことを言ってはいるけど、最近はちょっと危ういのが現実だ。首を傾げて聞き返すとムッとした綾華は立ち上がり、自分の胸に手を置いた。
「……やはり、私ではじ、女性として見ていただけませんか…?」
「それとこれとは違うんだよなぁ」
実際、綾華を妹として見るのを辞めると危ないくらいには可愛いし魅力的なのだ。つまりこの妹扱いが俺の生命線。死守しなければ。
すると、綾華が急に俺とくっつくように隣に座ってきた。そのまま肩に寄りかかってくる。おずおずと俺の手の甲に自身の手を置いた綾華は上目遣いも完璧に使って俺を落としにかかる。こんな大胆なことをしているのに顔は真っ赤なのが余計に可愛らしい。
「こ、こういうのはいかがでしょうか……」
綾華は妹綾華は妹綾華は妹綾華は妹っ!!!密着度は綺良々とかよりも少ないのだが、あの綾華がこれをやってくるって所でダメージが増している。手続きとかはまだだけど綾華と俺はちゃんとした兄妹に戻ったんだ。ここで陥落する訳にはいかない。
反応を返さない俺に更にむむっとした顔になった綾華は、なんと自分の上着に手をかける。
「わ、私、昔よりも色々と成長を…」
「ストップ綾華っ!それ以上はまずいっ!」
「や、です」
俺の懇願を却下した綾華はむすっとした顔に戻ると俺の肩に顔を載せながら、手をにぎにぎしてくる。
「最近、お兄ちゃんは多くの女性から言い寄られているとお聞きしました」
「ま、まぁ間違ってはいないけど……」
「そ、その中に私は入れませんか……?」
「おまえ、今自分が何言ってるのかわかってるのかっ?」
俺の手を控えめに握りながら、真っ赤は顔で言ってくる綾華に俺も声が上擦る。
「存じておりますっ。私は…神里綾華はっ、貴方のことをずっと…お慕い申しているのですから…」
「……っ」
綾華は肩に寄りかかったまま、俺の顔自分の顔を寄せながら上目遣いで想いを告げてきた。
「もっとムードを作ってからお伝えするつもりだったのですが……自然と口から出てしまいました。……迅…さん」
「…」
「どうか私と、恋仲になっては頂けませんでしょうか……?」
手を包み込みながら伝えてくる綾華に、俺は彼女から身体を離す。誠意を持って身体ごと綾華に向き直ると、言葉を紡いだ。
「……ごめんな。綾華の気持ちには応えられない」
「……っ……そう、ですか」
スカートに手を置いていた綾華の手に力が入った。
「……やはり、綺良々さんですか?」
「………ああ」
するりと手が離れる。俺は項垂れる綾華の頭を撫でようとする自分の手を自分で掴んで止めながら、綾華から一歩下がる。多分、一人にした方が良いのかなとか考えながら、ゆっくりとその場から去ろうとして。
走りよってきた綾華が俺に抱き着いてきた。
「あ、綾華っ?」
「…いやです」
綾華は俯かせていた顔を上げた。同時に回した腕に力を込めてくる。
「いやですっ、諦めませんっ!たとえ何度断られても……私は貴方しか居ないんですっ」
「そんなことっ」
マジで皆俺の事過大評価しすぎだぞ!?とりあえず身体を離そうとするとギューッとしがみついてきてなかなか離れない。
「お、恐らく私が皆さんの中で1番不利なのは存じておりますっ。妹ですし、お兄ちゃんには幼少期から面倒を見て頂いてましたので……」
「…あ、綾華っ」
「ですが想いの強さは負けませんっ!お兄ちゃんのことを私は愛しておりますっ。他の男性の事など到底考えられませんっ!」
そう思ってくれているのはとても嬉しいのだが、ダメなものはダメなのだ。俺は綾華の肩に手を置いて、身体を離そうとした。
「でも、俺は綾華の想いには応えられってあっぶねっ!あ、綾華もかっ!!」
「なっ、避けないで下さいっ!」
不意打ちで放たれた綾華の唇をギリギリ首で後ろに下がって避ける。宵宮といいエウルアといいなんで俺が断ってそのまま話を終わらせてくれないの君たち!?
ま、まさか綾華もやってくるなんて……!
俺が断ろうとした瞬間を狙って放たれた唇を避けた拍子にそのまま綾華に上を取られた。梳いた綺麗な白髪が俺の頬をくすぐる。
「わ、私の初めての接吻を避けないで下さい兄さんっ!」
「無茶言うなって!」
さすがは神里家の才女。俺が綾華から離れようとするのを組技の応用で妨害するとそのまま唇を近づけて来る。俺は何とかと口で言って止めようとするけどヒートアップした綾華は止まらない。
綾華の唇を首を捻って躱そうとするが、避けきれずにほっぺに着弾した。
「ほ、ほらっ!もうしただろ?お、終わりっ!」
「まだダメですっ!宵宮さんとは唇でしたとお聞きしましたっ!ここで終わっては不公平ですっ!」
「な、何でそれを知っーーんむっ!?」
「んっ…」
とうとう、避けきれずに唇を奪われてしまった。
3人に比べて多分1番柔らかいかも、などとクソほど最低な思考が頭の端を過ぎる。俺の見開いた視界いっぱいに目を閉じた綾華の綺麗な顔が写った。
「…ん……んんっ」
すぐに離すかと思いきや存外長い。綾華は唇を合わせたまま夢中で啄んでくる。俺が唇を離そうとするとさらに引っ付いてきてキスし直して来た。
「…ぷはっ」
酸欠になるかと思ったわ。唇が離れた瞬間に身体を横に転がらせてソファの上から離脱する。
湯気が出そうなほど真っ赤になった綾華は自分の口元を手で抑えながら、絞り出した様な声を上げた。
「ぁ、ぁりがとぅごさぃました」
「おっお前っ…これ性別逆だったら事件だぞっ」
この状況でお礼言われるってなんなんだよ。
「その、ごめんなさい……私、兄さんの優しさに付け込むような事を…」
「……まぁ分かってるとは思うけどさ……俺は、綺良々のことが好き……だと思うんだ。だから、みんなの思いには応えられない。ごめん」
「はい…。それはずっと感じていました。私達と綺良々さんの間では兄さんと縮めることが出来ない差があると。……それでも、夢を見てみたかったのです。……こうして断られても、諦めたくない程に」
「綾華…」
「宵宮さんからお聞きしたかも知れませんが、私と宵宮さんは綺良々さんと徹底抗戦を続けると宣言致しました。私はこれからも妹という立場を存分に利用して兄さんを落としにかかりますので、あしからず」
「えっ?」
はい?いや、今話丸く収まらなかったっけ?綾華告る、俺断る、俺の本心話す。………なんでまた話が振り出しにもどってるの!?
「いや待て待て、綾華さんや。ちょっと話の順序がおかしーー「兄さん、私、以前読んだ本にこう言うことが書いてありました」え?」
「『女の恋の特権は諦めなくてもいいこと』だそうです。素敵だと思いませんか?」
「いやちょっと、個人的には微塵も」
なんじゃその無敵の理論は。俺が嫌な予感がして後ずさりすると、洞天のチャイムが鳴った。よし、いいタイミングの来客だっ!この空気を打破するためにもお客さんを出迎えて中に入れ、俺はその隙にここを離脱するッ!
「……迅く〜ん!遊びに来た………よ?」
「じ、迅、この間ぶりやな。トーマの見舞いのついでに来た……え?」
洞天に来たのは綺良々と宵宮だった。正直申鶴とか甘雨が良かったけどこのまま2人きりよりはマシなので中に入れようと出迎え………ようとしたところで、俺たちを見た2人が固まる。
「迅くん?」「迅?」
「ど、どうした2人とも…?」
「…どぉーして、真っ赤になってソファに座ってる綾華ちゃんと、迅くんの着物が気崩れているのかなっ?」
「あ」
ヤバい慌ててたから色々直すの忘れてたっ!俺達はバッと音が出そうな勢いで着物の裾を直すと、ジト目で見てくる2人を視界に入れないように思い切り目を逸らすのだった。
「ええっ!そんなことがあったの!?」
「その人が神里で迅をいじめてた主犯格だったんか……うちがその場にいたら、矢ぁハリセンボンの刑だったわ」
「ええ。……口を開く度に兄さんのことを侮辱するので、何度刀を抜きそうになったか……」
「頼むからマジで止めてくれよ。身内が殺人犯とかシャレにならないぞ」
2人のジト目攻撃を綾華と協力して何とか凌いだ後、それぞれ湯浴みを済ませた俺たちはお茶を片手に今日あった出来事を綺良々と宵宮に話していた。
ちなみに2人とも夕飯はまだだったので刺身の漬け茶漬けを出してやると瞬く間に平らげた。2人とも2杯おかわりしてたけど、カロリー面は大丈夫なんだろうか。
「っても、俺は本当に気にしてないんだけどな……ってなんだよ3人して」
俺は湯呑みを置くと頬杖をついてそう言うと、3人の目がぎゅんと釣り上がる。
「………そう言えば迅くん、将軍さまと交流があるなんてわたし知らなかったよ?」
「せやせや!あの将軍様の弟子って、一体何があったん!?」
「あ、あー、話すと長くなるんだけど……」
俺は3人に将軍とのなれそめを大まかに語った。蛍経由で知り合ったこと、そのまま手合わせをすることになって鍛錬相手になってくれないかと頼まれたこと。それが今まで続いてること。
影さんと将軍の関係は伏せて置いた。話した所で混乱するだけだしな。
その後は将軍との勝率を聞かれて「ゼロ」と俺が即答したり、女子3人で俺にはわからんオシャレの話で盛り上がって肩身が狭くなったり、そういや俺今この場にいる女の子全員から告白されてキスされたんだよなと今更自覚して震え出したり。実際にその3人から「断られても諦めない」宣言もされていることにも気が付いて身の危険を感じた俺は、こっそり洞天から脱出を図ったが速攻でバレて3人にしがみつかれて止められるという天国と地獄の体験をしたのだった。
頼むから3人で取り合うように同じベッドに入ってこないで欲しい。大きさ的に4人も寝れないからっ!と少々ズレたツッコミをした俺だったが、結局両腕に引っ付かれ上に乗られ、全身にやわこい感触で身動きひとつ取れなくなった俺はその夜は一睡も出来なかった。
たすけて。
本当は甥っ子との戦闘シーンがあったのですが尺の都合でカットしました。もし読みたい方がいましたらXでdmくださいな。