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神鳥谷天地は誰よりも異形を嫌っているが、だからこそと言うべきか、この世界における誰よりも異形の事を知っている。
異形の能力。異形の性格。異形の悪癖。異形の特徴。その他全て。異形郷という、正真正銘の意味で魑魅魍魎が跋扈する世界においては、敵を知り尽くす事はしなければならない事だった。
或いは、嫌よ嫌よも好きの内というやつだ。本人にしてみれば、心底気持ち悪い言葉なのだろうけれど。
とにかく、彼は異形の事をよく知っている。八雲紫よりも、よく知っている。
「あのメカ野郎はとにかく硬い。それこそ、俺の能力でも壊せるのが少ないくらいには」
『かなりの硬さだね。なら、どうするんだい? 攻撃特化の能力だと君が危ないし、防御特化だと間に合わなくなるよ』
「なら両方取るまでだ。攻防一体の特化型に成れば、充分通用するし、バカ巫女も殺れる」
『幼馴染みになんて言い様だ』
「幼馴染み言うな、気持ち悪い。これでも、他に比べればマシだと思ってるよ。…まぁ、結局は殺すんだけどさ」
『君の容赦の無さは、ある意味で尊敬すべきかもしれないね』
「異形にだけ、だけどな。彼奴等に遠慮も躊躇も容赦も慈悲も要らないってだけの話し。するだけ無駄だし、した所で大した意味も価値もない。
そうだろ―――なぁ、バカ巫女」
此処は、博麗神社。
其処に立つのは、顔面が陰陽玉で構成され、背中から無数の針が突き出た巫女姿の異形。
そしてその背後には、その異形に冷や汗をながすこの世界の住人―――即ち、博麗神社に遊びに来ていたこの幻想郷の霧雨魔理沙。
まぁ、当然の事と言うべきか。
「うっっわ! ちょっと待て魔理沙が居る普通の魔理沙が居るリアル魔理沙が居る! ほわぁぁぁァァァ!!!!!!!」
神鳥谷天地は、発狂した。気持ち悪いと誰もが思ってしまう程に。大変気持ち悪い。
大好きなキャラクターが居ると、そりゃ発狂もするよね。でも状況が状況だ、狂人以外のなにもんでもない。
『うわぁ…気持ち悪いね』
「うわぁ…待って無理…限界化だ。マジ限界化。原作キャラを見ただけであと千年は異形を殺せる」
「カチカチカチカチカチカチ」
「うるせぇぞテメェゴラァ、あ゛ぁ゙!? こちとら現在進行系でまりりん見とんねん邪魔すんなッ!」
「カチカチカチカチ」
「貴様なんざ見る価値すらねぇよ、ボケ。原作の霊夢とお前じゃ天と地以上の差が開いているどころかかけ離れてるわ。疾く失せろ」
「カチカチカチカチカチカチ」
「うっわヤンデレみたいな事言い出した、お前気持ち悪ッ! しかし舐め過ぎだろ。殺れるもんなら殺ってみろよ、クソ巫女。逆に俺がぶち殺してやるよ―――未来の咲夜さんの仇だ、此処で死ね」
先の発狂はどこへやら。
神鳥谷天地はその雰囲気を冷たく恐ろしいものへと変え、一瞬にして異形の巫女との距離を詰め、下から振り上げる様に拳を腹へと叩き込んだ。
バゴッッッ、バギッッッッ!!!!
鈍い音が劈く。木々をも揺らす程の衝撃と共に、解き放たれた拳が巫女を宙へと打ち上げる。
『特化する程度の能力』。
特化とは、他とちがった特別かものとする事。あるいは、ある特定の分野に重点を置く事。
この能力を使用した場合、使用者は様々な分野を選び、それを『特化』する事が出来る。
例えば『攻撃特化』とした場合、使用者は攻撃という一点のみが他よりも秀でる。
それこそ、ただの殴打で岩壁を粉々に破壊する事が出来る程の膂力となるだろう。
だが、神鳥谷天地の場合はその能力の裏を突いた。
ある特定の分野を特化とした、という事には変わりないが、それがある一つを事細かに特化したという訳ではないといつ事。
たった一つの力を特化するだけで、その他の分野すら自動的に特化するという裏技。
彼が特化したのは、即ち――――――『身体能力』。
筋力。持久力。瞬発力。俊敏性。平衡性。柔軟性。戦闘において必要なもの全てが詰め合わさった総合的力。
これを、神鳥谷天地は特化したのだ。
特出した身体能力を持った人間―――要するに、『超人』と化したのだ。
「カチカチ」
「うっせぇ、よッ!」
迅雷の如き速度による勢いが付いた打撃を喰らいながら、しかし異形の巫女は苦悶の表情を浮かべるでもなく、こともなげに針を投げつける。
鋭い針が空を裂く。岩すら貫通する鋭利さを持ったその針は、加速を付けずとも容易く脳天を貫く、絶爪の如き刃。
だが、神鳥谷天地はそれを鬱陶しいと一蹴し、空き缶を蹴り捨てる様に呆気なく彼方へと蹴り飛ばす。
腰を落とし、両足に力を込め、砲弾と化して宙に舞う敵の下へと跳び上がる。
拳を握り、腰を曲げ、血が滲まんばかりの全力を込めて構える彼を、異形の巫女はカチカチと口を鳴らしながら無数の針で迎える。
ザクザクッ―――と、鋭い針が神鳥谷天地の体へと突き刺さり、
「脆い」
パキッ! と、音を立てて粉々になり塵と消える。
身体能力の特化とは、即ち身体に宿った全ての能力の特化。ゲームで例えるなら、魔力と運以外のステータスがカンストしている状態である。
今の神鳥谷天地の体は、肉体的能力のステータスがカンストした状態。
その筋力の強さもまた常人それではなく、細身の体に宿っているその筋力は、針はおろか刀すらも通さない程の強さと化している。
異形が生み出す、特殊能力など何一つとして持っていない単なる針など―――もはや折り紙に等しいのだ。
「―――!」
バギィッッッ!!!!
振り抜かれた拳が、異形の顔面を捉え、その骨身を砕いて遥か彼方へと呆気なく吹き飛ばす。
だが、それだけでは終わらない。その程度で終わらせてやる程に、神鳥谷天地は異形に優しくない。
落下の法則に従って地面へと落ちていく神鳥谷天地は、足が地面に着いたその瞬間に前方へと跳ぶ様に地を蹴って、
「まだまだ続くに決まってんだろッッッ!!!!」
彼方へ殴り飛ばした異形へと、簡単に追いついたのだ。
背後を取り、がしっと首を掴み取り、ゴミを投げる様に容赦なく地面へと放り投げる。
ドゴッッ、バゴッッッ!!!!
背中から地面に叩き付けられ、本来なら走らない筈の激痛が全身を走り出す。
何故? そう疑問の感情が浮かんだ瞬間、それを読んだ様に神鳥谷天地が告げる。
「さっき変えたんだよ―――俺の攻撃が『異形』に“特化”する様にな。まぁ、わりかし諸刃の剣だけどな」
「か…か…」
「なんだ、喋れなくなったか? 背骨が折れただけなのに大袈裟な。異形にしてみれば軽症だろ? お前が咲夜さんや萃香にやった事は、この程度じゃ済まねぇぞ」
「カチ、カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ」
「うるせぇな…耳障りだ。マリッサと同じく、さっさと終わらせてやるよ」
バキッ、ボキッ、ガキッ―――不快感を煽る音と共に、異形の巫女が立ち上がる。
針が増え、背中を覆う。相手も全力になったという訳だろう。
異形特化。異形に対して絶大な力を得た今の神鳥谷天地であるならば―――不死性など無視して、この異形を殺す事が出来る。
「チルノ、刀頼む」
『了解』
空間が歪んだ瞬間、神鳥谷天地の手元に一振りの日本刀が顕現する。
何の変哲もない、単なる日本刀。打刀と言われる類の代物だ。
普段ならば、巫女が恐れる事もないが―――今の彼が持つならば、異形に対して特化したステータスを手に入れた彼が振るうならば、話しは別だ。
死神の鎌。絶対の死。急所を斬られれば、それだけで死ぬ。
「一番イケてるあの人みたいには戦えねぇけど―――この道を、お前みたいな雑魚が通らない様には出来るだろ」
「カチカチカチカチカチカチ」
「返り討ちにしてやるよ。こっからが、神鳥谷天地の戦いだ」
誰一人として死なせずに、異形を殺す。
それはなんと―――“致命的”な事だろう。
神の言葉も、
鳥の喇叭も、
当てにするなよ