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初っ端からだが、さして驚愕する事もない事実を伝えよう。
異形郷に存在する、ほぼ全ての異形は―――既に何度も殺害されている。
異形妖精は無論の事、異形霊夢や異形魔理沙、さらには魔王レミリアですらもが、何度も殺されている。
相手は勿論―――神鳥谷天地。『ありとあらゆる能力を扱う程度の能力』を持つ人間によって、彼女達は幻想破壊を始める以前から死を経験している。
彼女達は蘇っている。だが、その肉体には神鳥谷天地から受けた傷が今も尚、根深く残り続けている。
神鳥谷天地は異形を誰よりも憎んでいる。それ故に、誰よりも異形を知っている―――以前、そう言ったのを憶えているだろうか。
憎んでいるから、というのも勿論だが―――彼が何度も何度も異形を殺してきたからこそ、異形を知っているのだ。
「これこそ出落ちってな」
『…!……!!!』
地底。或いは、旧地獄街道。
その広場で―――異形の星熊勇儀は、描写される事もないまま、呆気なく敗北を喫していた。
「異形の不死性ってのは確かに便利だが、同時に不便だよなー? 何せ肉体に刻まれた傷、その魂に刻まれた負傷は残ったまんまなんだから」
『ありとあらゆるものを開く程度の能力』。それが、今回の神鳥谷天地の能力である。
それは文字通り、この世界に存在するありとあらゆるものをこじ開ける力。
閉ざされた扉は無論の事、時空や概念にすら干渉し、こじ開ける。
開かれたのは、古傷。かつて神鳥谷天地によって刻まれ、蘇生した際に回復し、消え失せた筈の致命傷。
胸に開けられた風穴。
抉られた両腕。
切り裂かれた両足。
砕き折られた角。
潰された両目。
引き抜かれた舌。
見るのも憚られる程の重傷。目に映す事すら悍ましい致命傷。
かつて、神鳥谷天地が与えた傷。ただの人間に負わされた敗北の印である。
神鳥谷天地は、嘲笑った。
「調律者になった気分を味わえるのは良いね。この世界でも充分に通用する」
『彼女達からすれば、君はどちらかと言えば赤い霧だと思うけど』
「それはちょっと恐れ多いかな…流石に、あの人みたいに強くない」
『ふふっ、だろうね』
「あ、笑ったなお前? 納得してるけど笑わないでね、心は硝子だから」
『君の心は鋼鉄以上の何かだよ。或いは既に壊れているかだ』
「うっわ酷い。収容違反起こしてやろうかな」
『ジョシュアに勝る者は居ないさ』
「白夜を思い出すから止めて」
『―――!!――――――!!!!!!』
声の鳴らない咆哮が上がると共に、鬼が飛び跳ねる様に起き上がる。
鬼には為す術などない。四肢はもがれ、角だけでなく歯すらも壊されているのだから。
だが、それでも鬼は立ち上がった。欠けた角を突き出して、人間の喉へと突っ込む様に。
しかし―――それは、虚しく意味を失った。
角は、人の喉には行き届かなかった。
“開かれた”境界線、或いは空間の傷によってそれは何も無く誰も居ない闇に突き出された。
神鳥谷天地は、それを遠慮なく嘲笑った。
「油断大敵でも狙ったか? 残念…お前ら相手に油断なんざするかよ。俺は常に警戒状態だっつーの」
『――』
「次元の狭間にでも落ちてろよ」
虚無が広がる世界―――次元の狭間。森羅万象の存在しない無の空間。
決して戻れないその世界に落ちた鬼に一瞥もくれず、神鳥谷天地は安堵した。
「おし。これで戦力はだいぶ削れたな。残りは迷いの竹林だが…」
『それなんだけど、どうやら此方の藤原妹紅がやったらしい。反応が消えてるのと同時に、熱を確認した』
「マジか、流石はもこたん! いやー、やっぱ原作キャラが創作キャラを倒すのは胸熱だよな!」
『よく分からないけど、君が好む展開なのは確かだね』
「そりゃね。俺が愛すは」
幻想郷。そう言おうとして―――口が閉じる。
突如として、背後から体へと衝撃が走ったのだ。
硬い感覚と柔い感覚。本来なら一気に訪れる事がない筈の二つの感覚が、神鳥谷天地の体を駆け抜けた。
それと同時に―――周囲から歓声が鳴った。
「あっはっはっ!!! 凄いね、お前さん! 私らでも歯が立たなかった奴を瞬殺だ! 本当に人間かい?」
衝撃は、彼よりも少し大きい女性が肩を組んできたものだった。
額から映えた一本角。現代で言う体操服に長いスカートを着る女―――鬼。
地底に住む鬼。かつて妖怪の山を統べた四天王が一人―――星熊勇儀。
語られる怪力乱神が、神鳥谷天地を褒めたのだ。
「―――此処は天国か…?」
『落ち着け。君が居るのは地獄だよ、旧だけど』
「あーやばい。本当に死にそうなんだけど。勇儀姐さんに褒められるだけでもすっげぇ嬉しいのに肩まで組んでもらってんのやばくね? あれ、俺の命日って今日だっけ?」
『本当に気持ち悪いね、君…』
「これを喜ばずにいられるか! マジで嬉しいんだぞこれ!」
オタクにとっては死んでも良い状況である。
推しに会えただけでなく、推しに褒められ、さらには密着すらされているこの状況。死んでいないだけマシと言えよう。
それはそれとして羨ましいな神鳥谷天地。そこを代われ。
「あんたみたいな人間が居たなら、萃香とかが直ぐに気付きそうなもんだが。しかし、アイツより先にあんたと会えたのは幸運だね」
「俺も姐さんと出会えて幸運です!」
『キャラ崩壊が凄いね』
「これを幸運と言わずして何と言う! くそっ、なんで紙持ってきてねぇんだ! サインが貰えん!」
『多分サインとか知らないと思うけど…。と、残念なお知らせだ』
「嫌だ聞きたくない!」
『そういう訳にはいかないよ。紅魔館で反応あり。これは―――チルノと幽香だね』
「やべぇじゃねぇか!? なんで面倒くせぇ奴らがタッグで来てんだよ!?」
『向こうも本気という訳さ。大方、八雲藍の差し金だろう』
「あの狐…油揚げにしてやろうか」
『本望だろうさ』
「すんません姐さん! また来るんで! 絶対に! 多分!」
『どっちなのさ』
開らかれた穴に入り込み、神鳥谷天地は紅魔の館へと向かう。
神鳥谷天地の地雷が踏み抜かれるまで―――あと少し。